(2011年08月16日15:02に一部追記&編集)

こんな記事を見て


ソーシャルメディアでつぶやく前に注意したいこと・・・ | IDEA*IDEA

こんな記事を見つけました。これを書いているのは、田口さんという人で、割とインターネット業界では有名な人です。

一言でいうと「誰かと会ったという情報をTwitterとかに気軽に書くと迷惑をかけるかもしれないから気をつけよう」ということだと思うのですが、この記事にたいして違和感というか、なんか違うんじゃないか?と思ったりしたので書いてみます。

(個人的には「人が嫌だと言っていることはしないほうがいいよね」と思うので、嫌だと言っている人に対しては、それをしないほうがいいとは思っている前提で書くのでよろしくです。)

何が違和感?


その違和感とは何か?これを書いている田口さんは自分のほうが常識だと思っていて、それを読者(というか、周りの人)に伝えたくて書いていると思うんですが、そもそもその常識って古い常識じゃないか?ということです。

今回に限らず、「オトナが自分より若い人に対して、昔の常識に縛られて文句を言うのは、言う人にとって損じゃないか」と個人的には思ってたりするのですね。それを堂々とやっちゃってるので、損しちゃってるんじゃないかなあ、という気がしてならなかったのです。

たとえば、昔は不動産の価値はあがっていたので、ローンでも家を買ったほうがお得な時代がありました。

しかし、物価も不動産価格もあがっていない今の時代に、自分の支払い能力の30倍以上の借金をしながら、買っただけで価値が8割とかになる家を買うとか常軌を逸しています。つまり、マイホームを購入したほうが幸せ、という常識はもう通用しないのですが、それが常識だった時代の人にはそれが理解しにくいのです。

で、今の常識を知らないまま、過去の常識を押し付けると「この人は変なことを言うなあ」と思われてしまうと思うのですね。

仮説


じゃあ今回の件に対して、常識は何か?という点です。

個人的に大学生とか自分の周りとか、ソーシャルメディア使いこなし層と触れ合っていると、「共有(share)」「公開(open)」「つながり(connect)」に対して非常に積極的になっていると感じています。これらはFacebook創始者のマーク・ザッカーバーグが「コネクトとシェアで世の中をもっとオープンにする」といっている感じと似ているかもしれません。

つまり、「リアルでの出来事を共有しないでくれ」はおそらく前近代的なマナーになりつつあるのではないかと思っています。

ソーシャルメディアが盛り上がってる世界において、アイデンティティを切り替えたり、他人と関わったことにかンしての隠し事をする難易度が高くなりました。

正確に言うと、今までも他人が関わっている以上、「誰々といつ会った」というのは隠しづらかったと思うのですが、ソーシャルメディアの流行で「自分が気づく回数が多くなった」、また「より拡散されやすくなった」だけに過ぎないと思うのです。

なので、僕の個人的な結論としては

「ソーシャルメディアで隠しごとをするのは不可能」

だと思っています。

正確に言うと、自分がプライバシーだと思うものは完全に自分(もしくは非常に親密な仲)に閉じておくべきだし、そうでないのであれば、もうオープンしている情報と同じだと考えたほうがいいわけです。

他の人がいる飲み会にいっている時点で、それを隠せると思うこと自体が変というわけです。

世界最大の実名SNSのマーク・ザッカーバーグさんは

「Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity.」
(2つのアイデンティティを持つことは、誠実さが欠けた例だよね」

といっていたりします。憎いですね。

そういう世界だとどうか?


なので、こういう世界が来ると仮定し、これらが常識になるとしたら、田口さんの言っている言葉は以下みたいに指摘されちゃいます。

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「@taguchiさん、今日は○○までお越しくださり、ありがとうございました!」 ← すまん、そこに行ったこと、内緒なんだ!(他の予定や仕事を断ってきているし!)


「知られて嫌なら他の予定を断る時に理由を言うべき」
「仕事を断って遊んでることがバレたらいやなら仕事するべき」

「@taguchi @(他の人)… 今日の飲み会ではありがとうございました!」 ← すまん、(断った人もいるから)今日の飲み会のメンツ、公開しないでくれ!


飲み会のメンツは公開されてもいいようにするべきだし、メンツの基準もオープンにすべき

「@taguchiさん曰く、○○らしいよ。勉強になるね!」 ← (前後の文脈なしだと)他の人に迷惑かける場合もあるから許可をとろう!


勘違いさせているのを知ったのであれば訂正をするべきですし、いちいち訂正するのが嫌なら諦めるべき

その人自身が「今日はここに来ています!」「今日は誰々と呑んでいます!」とソーシャルメディア上で公開しているのならいいですが、そうではない場合はちゃんと許可を取った方がいろいろと良いかと思いますよ。


言われるのが嫌なのであれば、飲み会やイベントのたびに、口外しないでくれとお願いをするべき

程度の差こそあれ、わりとツイッターを使いこなしている風の人でもうっかりそうしてしまっているような・・・(「あれ、わりとリテラシー低い?」と思われるのは損かと・・・)。


程度の差こそあれ、わりとツイッターを使いこなしている風の人でも自分の古い常識にあてはめて文句をいってしまっているような・・・(「あれ、わりと頭が固い?」と思われるのは損かと・・・)。

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という感じですね。

まあ、どっちの世界がいいか悪いかなんて誰にもわからないわけです。

「Twitterとかに書くと迷惑をかけるかもしれないから気をつけよう」というのは非常に同意なのですが、一方でその古い常識を守ってくれるかどうかは微妙で、すでに新しい考え方や常識になっているのであれば、その世界に自分を合わせたほうが楽なんじゃないかなあ、と思っています。そのほうが、よほどよほど個人としては幸福度が高いかなあ、と思っています。

どうですかねえ・・・?