手段と目的


お昼休みで時間が15分くらいあったので、ぐわーっと思ったことを書いちゃいます。乱文。

僕があんまり好きじゃない言葉に以下のものがあります。

「手段を目的化しちゃいけない」

なんか一見正しそうなんです。そして、適当に人を説教するときにとても便利な言葉なんですよね。上司とかが知ったかぶりの顔をして「それは手段の目的化じゃないか」みたいに言っちゃう時とか、よくあるじゃないですか。

でも僕は思うんですよね。手段を目的化するのが何がいけないんだって。というか、全部目的があってやるのなんてつまらなくないですか?

「顧客はドリルではなくて穴を欲しがっている」

みたいなセリフもマーケティングでありますよね。かっこいいドリルなんて作っても意味がなくて、本来欲しいものは穴なんだから、顧客が欲しいドリルをつくるんじゃなくて、顧客がどんな穴を求めているかを考えろ、みたいなやつです。

これも僕はつまらねー、と思ってしまったんですよね。

僕はiPhoneが出た時に異常に欲しかった。別に電話したいわけでもメールしたいわけじゃなくて、猛烈に欲しかった。ジョブズは「顧客が欲しいのは携帯電話じゃない、電話を使って何をするかだ」なんて言わなかったと思うんですよね。素晴らしいプロダクトを作りたいと常々いっていた。そしてiPhoneは素晴らしいプロダクトだった。だから欲しかったんですよ。「iPhoneを使って何をするかがあって、はじめてiPhoneを買うべきだ。iPhoneを持つことが目的になるのはおかしい」なんて言われたら、僕はそいつのことをなんてつまんねー人間なんだと思うと思うんですよ。

iPhoneかっこいいじゃん。超欲しいじゃん。

それで購入して全然いいと思うんですよ。高級時計だって高級車だって同じですしね。

すげーかっこいいドリルがあったら欲しいですよ。どんな穴をあけてやろうか、何を作ろうかなんてどうでもいい。とにかく欲しい。買ったら、きっと穴をあけたくなるんですが、そっから何をつくるか考えてもいい。そして出来たものが、素晴らしい本棚だったりしたら、それはそれで価値があるんじゃないかと思うわけです。

手段と目的


ハンターハンターでこういうシーンがあります。

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今まで誰も調べていない遺跡を調べるという目的のために、いろいろがんばるのですが、そのゴールよりも、その志を一緒にした仲間のほうが大事、みたいな話です。ゴールについたことより、その仲間と一緒にがんばったりするほうが価値があった、みたいな話です。

陳腐な話に聞こえますか?陳腐かもしれません、物語ではよくあるパターンです。でもすごくわかります。目的なんかよりも、手段のほうが輝いてたりすること、よくあります。サービス作ったり、起業したりいろいろしてきましたが、やっぱり宝物は、一緒にやってきた人だったり、その過程だったりするのですよね。「結果がすべてだ」というのは一瞬かっこいいかもしれないですし、潔いかもしれないですけど、僕は「過程がすべて」なんですよね。どう何をやったかってとても大事なんです。

「いい結果」とは何か?なんていう定義はコロコロ変わりますしね。

そういえば、はてなブックマークでこういう投稿をみました。

「起業」が最終目標ってどう考えてもおかしい。「起業」するためにプロダクトを探しだすって本末転倒だよね。世の中に出したいアイディアがあって、その手段として「起業」するのが普通だと思うのだけれど。
はてなブックマーク - 起業して3ヶ月で会社を崩壊させて思ったことと、近況報告です。

起業するためにプロダクトを探しだしても全く問題ないと思うのですよね。目標地点であるのはおかしいけど、目的でなければいけないという道理は存在しない。

世の中に出したいアイディアがあって手段としての起業、ってめちゃくちゃ言い古されている意見なんですが全然違うと思っています。起業が目的の人で、世界を変えるような人なんてたくさんいます。起業したい!なんかデカイことしたい!という若者の夢によって変わったケースなんていっぱいあるでしょ。

「本末転倒」みたいな言葉が、万能すぎて、若者を説教するときに本当に使われるんだけど、若者のエネルギーなんてそんなもんですよ。もっと根源的というか。理由なんてなくて、とにかくやりたい!かっこいいからやるんだ!でもいいと思う。

バンドマンだってそうで、「自分の音楽を通じてこういうことを伝えたい」なんて人はそんなに多くないと思うんですよ。バンドかっけえ!やりてぇ!と思って始めていると思うんですよね。「バンドをやることが目的になっては本末転倒ではないか。自分が何をしたいかを考えて、その手段としての音楽でありバンドをやるというのが普通だ」とは言わないでしょ。もし言っているとしたら、本当につまんねー人間だなーと思います。

初音ミクとかを見ていて思うんですが、初音ミクを使っている人って、音楽で表現したいことがあって、その手段として使っているだけじゃないと思うんですよね。(そういう人もいるとは思いますが)

初音ミクを使いたいんですよ。この素晴らしいプロダクト、キャラクター、世界観を使って何が表現できるだろうと思ってワクワクしてるんじゃないかって。あ、こういうことも歌ってもらえる、こういう世界が表現できそう、こういう曲はどうか?こういう歌詞にしたら受けるんじゃないか?そう思って作っている。

目的とか報酬とかどうでもよくなっちゃうんですよね。ただその行為にわくわくして睡眠時間削っちゃったりしながら作っちゃう。

そういうことないですか?目的なしに、その製品を使うことにドキドキしたりとか、わくわくしたりとか。なんてこともない、その行為自体にテンションあがったりとか。その時のエネルギーってすごいと思うんですよね。

うん、まあ、何が言いたいかというと、手段の目的化とか全然オッケーだと思うんですよ。むしろ、その瞬間、すげー楽しいとか、わくわくするとか、そういう気持ちを大事にしたほうがいいと思う。

もちろん、すげーわくわくする目的があって、それに向かって何かなんでもやる、というのも素晴らしいと思います。

手段を目的化しちゃいけない、とか本末転倒だ、とか、つまんない言葉で、今やりたいと思うそのエネルギーを喪失しないほうがいいんじゃないかと思います!

漫画のコマは


HUNTER×HUNTER モノクロ版 32


の 162ページより引用しました。