新しい意見や考え方について


この前、MOVIDA JAPANがやっている学生起業家のイベントに講演してきたのですが、僕のあとのコンテンツが、現役学生起業家がチームについて語るというものでした。

その中で、以下のような趣旨の質問が学生さんからあったのですね。

会社はチームで経営すべきだとみなさんおっしゃっているが、実際、本当にチームでやるべきなのか?1人、もしくは少数精鋭のほうがコストもかからず効率的ではないか?

この質問の背景として、会社経営などをする場合は、基本的にはチームでやるというのは鉄則になっているのですね。シリコンバレーでも「チームに投資する」というのが基準だったりしますし。優秀な人が1人だけいても成り立たなくて、数人のチームのコラボレーションが必須というのは、もはや常識といっていいレベルのセオリーといっていい。

なので、これはなかなかいい質問だなあ、と思ったのですね。なぜ1人ではだめなのか、というところは考えてみるとおもしろいと思ったからです。

当然、これに対して、講演者のみなさまは「良いチームがあるからこそうまくいく」という答えを言ったのですが、質問した人は「今はクラウドソーシングがあるから1人でもいける」「韓国に1人でやって大成功した例がある」などと、反論をしはじめたのです。そうしたら、モデレーターの孫泰蔵さんが

「そんなにそれが良いと思うなら、やってみればいいよ」

といったのです。文字面にすると突き放したように見えちゃいますが、本当に、それを信じるなら他の人の意見とかを聞かずにやってみたらいいかもね、という返し方です。

これには僕も同感で、常識とは違う新しいことをやろうとするときは、人を説得する必要なんてないわけですね。自分で信じたものをやってみればいいわけです。

でもほとんどが失敗している気がする


ただし、ただしですよ。そういう「常識とは違う新しいこと」をやろうとする99%以上は失敗している気がするのですよね。

というのも、常識とかセオリーというものは、多くの人たちがチャレンジして、一番うまくいくものというのが残っているからです。試行錯誤の果てに出来たものなのです。

それを超えるほどの新しいものというのは、当然出てきにくいのです。それらをすべて超えたものを出さないといけない。それは難易度が非常に高いことです。

成功者というのは人と違うことや常識と違うことをやって成功することが多いので、称賛を浴びやすいのですが、ただ常識と違うことをやっているわけじゃないのです。

成功の事例というのは割とワンパターンなんですが、失敗というのはめちゃくちゃいろいろなパターンがあるのですね。

「新しいこと」で失敗するパターン


例えば、コンビニを経営するとして「コンビニは24時間あいているというのが常識だが、実はピーク時の11-13時だけ開けておいたほうが効率的で儲かるのではないか?」という仮説を思いついたとします。これをあなたがコンビニ経営者たちに聞いてみたら「そんなにうまくいくわけない」と言われます。

そこで「いや、これは新しいやり方だ。きっと成功する。新しい発想というものはいつの時代も拒絶されるものだ。俺は信じてやるぞ!」とやってみるべきでしょうか?

そういうやり方をして成功するパターンはもちろんあります。もし成功したら、あなたは業界の革命児として称賛されますし、莫大な成功を手にするかもしれません。

ただ・・・ほとんどの場合は単に失敗ですよね。そしてみんなから「ほら、いわんこっちゃない・・・」と呆れられるわけです。素人が思いついた考え不足のアイデアがうまくいくのはかなり稀なんです。セオリーも無視して、ただ新しいことやっても意味ないわけです。

みなさんのいる業界で考えていただければ想像しやすいと思うのですが、素人がいきなりやってきて、突拍子もないアイデアを披露して「こういう理由でそれはうまくいかないと思うよ」といっても「いや、これは新しいんだ!業界に長くいる古い人にはわからないんだ!僕みたいな外部の人だからこそわかることがあるんだ!」といってたら「ああ・・・じゃあまあやってみれば?」となりますよね。で、たいていがうまくかないと。

セオリー通りにやるのが一番いい


実際、多くの場合は、セオリー通りにやるのが一番です。基礎が大事といいますか、何か始まるときに、いきなり突拍子もないところからやったりするのは、成功確率が低いのですね。

空手の世界の「守・破・離」でも、最初は型を守って、型を破り、最後は離れていくのがいいと言われているのも、基礎の型を知らずに適当にやってもダメだということからなんじゃないかと。(2013/05/05 21:36修正済み:守破離の順番が違っていました、ごめんなさい)

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15歳のデッサン - パブロ・ピカソ | みんなの美術館 アトコレ

個性的な絵で評価されているピカソのことを「あれだったら俺でも書けるわ」とかいってしまう人がいたりしますが、基本的なデッサンなどの技術も極めて高いのです。

コピーキャット: 模倣者こそがイノベーションを起こす
コピーキャット: 模倣者こそがイノベーションを起こす [単行本]


上記の本に書いてあったのですが、
創造性が自社の中核的な優位性を高める領域ではイノベーションを推進し、それ以外のところでは模倣する

他は真似したほうがいいという話です。この本はイノベーションについてのものですが、イノベーションには莫大な投資がかかるため、いかにうまく模倣するかのほうが経営的には大事かもね、ということが書いてあります(おもしろかった)。

ということで、普通に成功したければセオリーや型を大事にして、先輩のことをしっかりと聞き、基本的な部分をきちんと抑えた上で、本当に大事な核の部分のみで革新的なことを試すのがいいんじゃないかと思うのです。

なぜ「新しい」ものに固執しちゃうのか


では、セオリーがあるのに、なぜ新しい考えとかに固執しちゃうのでしょうか。

というのもセオリー通りにやるのが、一番難しいからです。アイデアよりも実行のほうが難易度が高いのですね。

セオリーを教えてもらっても「それを実行するのは難しいな」と思ってしまう人が多くいます。たとえば、Webサービスを提供する会社では「優秀なプログラマーが最初から中に1人いたほうがいい」というのがセオリーとしてあるのですが、優秀なプログラマーの知り合いもいなくて、イベントで会った人に入ってもらおうとしても断られてしまう場合、「最初にプログラマーがいなくても成功する方法」などを考えついちゃうのですね。

ともに戦える「仲間」のつくり方
ともに戦える「仲間」のつくり方 [単行本(ソフトカバー)]


この本は、IT出身ではない社長の南さんが、プログラマーを雇おうとするけど100人断られるところから話がスタートしますが、ほとんどの人は100人も声をかけれません。

それは難しい、と思うと、逃げで自分が思いついた変なアイデアを信じたくなっちゃうのです。「いや、これは新しいから評価されないんです」とか「こういう理由でうまくいくんです」と楽観的な考えで実行に移しちゃうのですね。都合のよい考えでやっちゃうと。

常識破れのことをやって成功する1%未満の人というのは、だいたいにおいてしっかりと基礎やセオリーができる人が新しいことをやっていたりするので、そういうものがない人が、新しいやり方をやろうとしても、ダメなんじゃないかと思います。

(それでも極希に、まぐれで成功したりするケースがあるから、新しいやり方に固執しちゃう人が多かったり)

おわりに


というのをなぜ書いたかというと、自分の経験からも、セオリーと違ったトリッキーなことをやっても、だいたい失敗するというのがあったからなのですね。

当たり前のことをちゃんとやって、しっかりとコツコツとやるのが一番数字が伸びるというのが、4年会社をやって感じたことなので、これからも一発逆転的な発想ではなくて、コツコツとがんばりたいなーと思いました。