1995年、大和銀行ニューヨーク支店における巨額損失事件で逮捕され服役した際、交流のあった刑務所ギャングのボス、ジョージ・ハープを描いた、元債券ディーラー井口氏の作品。
 将来を嘱望される高校生であったジョージ・ハープは有能なフットボール選手であり、奨学金付きで大学の進学も決まっていた。しかし、卒業間近に友人と酒を盗み警察に捕まってしまった。警察との話し合いでジョージ一人が罪をかぶることにより、ジョージは実刑を免れ保護観察処分で済み、有力者の息子であった友人は無罪放免となるはずであった。しかし、裁判では罪を認めたジョージ一人が実刑判決を受けた。警察に裏切られたのである。大学への進学内定も取り消され服役した17才のジョージは、この日から、法律、警察、裁判官といった、社会のルールやそれを守ることを強制する権力を拒否するようになった。洋の東西を問わず、前科者に世間の目は冷たい。出所後、まともな職にも着けず燻っていると昔のムショ仲間から銀行強盗の誘いが入った。他人の金を盗むという行為に抵抗があったが、銀行は保険に入っており、誰ひとり被害者のない犯罪であると説得され、犯罪に手を染めてしまう。そして意外に簡単に出来てしまったことに味をしめ強盗を繰り返し、結局刑務所へ逆戻りしてしまった。そして、刑務所という本音ベースのハッタリのきかない、閉ざされた空間にジョージは適合していたのであろう、その後、娑婆にでることはほとんどなかった。
 刑務所は服役者にとって戦場である。食うか食われるか、弱者はカネを巻き上げられ、ケツの穴を掘られる。そして刑務所では強者弱者を分けるのは肉体的強度よりも精神的強さである。塀の外では、腕力の強さや社会的地位がモノをいう場合が多いが、所詮それらは法律や社会的ルールといったものに守られた虚飾に過ぎない。刑務所ではそんな見せかけのハッタリは通用しない。喧嘩になると報復を受ける危険性があるので、一旦闘争状態になると相手を殺さないといけないのである。しかし、殺人が見つかると15年は懲役が延びる。刑務所では、そのような不利をものともせず平気で人を殺せる人間が強者となるのである。刑務所は法律も社会慣習も通用しない独立した世界なのである。
 常に死と隣り合わせの状態にあると、真実がより重視される。嘘や詭弁、相手の尊厳を傷つける発言などでもナイフが飛び交う喧嘩になる。本音だけの厳しい世界では曖昧な態度許されない。そんな世界で三十年以上生き抜いてきたジョージは一般社会人より厳しい規律と信念をもって生きてきた。自分に攻撃を仕掛けてくる人間には容赦ない攻撃を与えるが、そうでない人間には礼儀正しくふるまい、毎日腹筋1000回、腕立て500回をこなし肉体を鍛え、一週間に3冊の読書というノルマを課した。
 古今東西、強きをくじき弱きをたすける男は尊敬を集める。それは犯罪者の巣窟、刑務所でも同じである。婦女暴行などの破廉恥犯や弱者を虐める者は金があっても腕力があっても侮蔑の対象にしかならない。ジョージは元来一匹狼であったが、弱者を庇護し、暴力や権力に屈しない侠気を持つが故、自然と刑務所内の白人社会でボスに祭り上げられ、プリズンギャングAB=「アーリアンブラザーフッド」を組織するようになった。メンバーは厳しく選定しルーズな者は排除した。掟も厳しく、メンバー以外には誰がメンバーか判らないほど組織の実態は秘匿され、敵対者や裏切り者は確実に殺された。当初は囚人数で圧倒的に上回る黒人ギャングに対抗するために組織されたもので、不要な抗争や殺人を起こさない規律のとれたギャング組織であった。しかし、時が経ち、他のプリズンギャングとの連携、抗争を経てABも変容していき、凶暴で過激な集団と化していった。そんなABではジョージを追い落とそうと目論む若手も現れてきた。そんな組織に嫌気のさしたジョージは再び一匹狼の世界に戻っていくのである。
 己を押さえつけるあらゆる権威を否定し、厳しい己の掟に忠実に生きるジョージであったが出所、三日前に卒中で倒れてしまった。杓子定規に決まりで対応する刑務官に6時間以上も放置された。リハビリのため出所を延長したジョージはここでも刑務官の報復に晒される。長年プリズンギャングの長として不自由な刑務所で、自由勝手に生きてきたジョージであったが最後の最後になって大きなしっぺ返しを食らったのである。
 犯罪者であり、最後は権力によって半身不随の体にされてしまったジョージであるが、その強靭な生き様には驚嘆する。ほとんど刑務所内の話ばかりであるが、ジョージ・ハープの強烈な個性と筆者の筆力で全く飽きずに一気に読める作品。