2009年11月22日

業務連絡のみ。

来年3月5日(金)に新宿LOFTで
「続・ケラリーノ・サンドロヴィッチ・ミューヂック・アワー」
を開催する旨はすでにこのブログで告知済み(チケット発売日はもうすこし待ってね)だが、その前に、1月13日にもLOFTに呼んでもらうことになった。

<シンジュクアクション オトノミライ5>

出演
ケラ&ザ・シンセサイザーズ
GOATBED
RAVOLTA(日暮愛葉&TSUTCHIE)

2010年1月13日(水)
開場18:00 / 開演19:00

前3300/当3800(ドリンク別)

チケット発売
イープラス先行プレオーダー受付/11月26日より
一般発売/12月13日より

3バンドなので演奏時間は必然的に短かろうが、もはやあまりそんなことは気にしないことにした。機会さえあれば、演奏時間が短かろうが長かろうが、動員が少なかろうが多かろうが、来年からは歌うつもりだ。出来る限り。
短くちゃ嫌だという人はまたいずれ。
しくよろ。

不明点があれば新宿LOFTまで。電話番号は各自で調べなさい。

INUーKERAオリジナル・Tシャツの通販についても、近日中にお知らせできると思う。(「東京月光魔曲」上演中のロビーでも売らせてもらえるってさ。ワ〜イ。)



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2009年11月19日

先程、雨の中、俺の前を散歩していたオスイヌが、歩道に植えられた一本の木に小便をかけようとして左後ろ足を上げたのはよいが、老犬だったのだろう、バランスを崩し、そのまま右側にゴロンと転がってほぼ仰向けになり、そんな非常事態なのだから出てる小便をひとまず停止すればよいのに、彼はそれをよしとせず、自分の小便のほぼすべてを自らの腹に浴びていたのが、大変微笑ましかった。

俺も最近膝と腰がダメだから、彼の失敗を反面教師にして気をつけねばと思ったのだった。

睡眠以外の時間の大部分が執筆と稽古に費やされるような日々の中では、些細な出来事から微笑みをもらったり勉強させられたりする。

今日明日は稽古オフ。つまり執筆日。なのだが、作詞を頼まれたままなんだかんだでニ年以上待たせてしまっていた歌の詞を書き、先程メールしたところ。

そしたらもう夜だ。
まいった。
夜め。
朝まで台本を書くしかない。

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2009年11月15日

たまには更新しないと死んだと思われるかと思い、こうして「記事を書く」をクリックしてみたはよいけれど、頭の中は「東京月光魔曲」でいっぱいで、申し訳ありませんが例えば森繁御大のことも、無難に、
「まあ、大往生じゃないスか」
と片付けるぐらいで済ませたく、まったく人間なんて自分勝手な生き物だ。

「社長シリーズ」について8000字書かないと殺すと言われれば書くことだってできるし、むしろ暇だったら殺されなくたって書かないテはないと思うほどであり、なんなら改めて「社長シリーズ」を一本一本見直し、森繁さんのみならず、三木のり平や有島一郎についてもこの機会に触れてみることだって出来なくはないが、やはり今は
「安らかにお眠りください、なぜなら俺は台本を書かねばならないのだから」
と黙祷することでご容赦願いたい。


若い時分に比べ、圧倒的に集中力と持続的がなくなっているのを実感している、と以前も書いたかと思うが、今再び書くのは、かつてそのように書いた時に比べても、さらに集中力と持続力がなくなっているのを実感しているからだ。

このままいくと、あと10年もすれば、ブログひとつ更新するにも、ひとつの話題を掘り下げるだけの集中力も持続力もなくなってしまっているのはまず間違いだろうし、結論もないまま中途半端に放り出してしまうに違いなく、それはそうとテリー・ギリアムの新作の試写状を戴いた。主演のヒース・レジャーが撮影半ばで急逝した為、三人の俳優が手伝い、つまりは四人がかりでひとつの役を演じるという、山本政志監督のように乱暴な方法で完成させたらしいが、それはともかく、新宿ロフトで30日間に渡って行われた「DRIVE TO 2010」もついに先日終わり、俺はなんだかんだで自分の日を含め計6日間通い、そのうち3日間ステージに上がったけれど、そんなことよりリザードやSーKENを観ることができて感激で、モモヨ氏にはこの歳でサインをねだる始末、宮沢章夫さんの新刊「時間のかかる読書」が面白く、横光利一の「機械」が書かれた1930年は「東京月光魔曲」の時代背景とぴったり重なることもあって、ブックオフで本を買うのはいいが、古本はどうしても「におい」の問題がありはしないか。古くなった紙は独特のにおいがする。あれを「オエッ、カビくせえ」と思うか「ああ、ノスタルジックで胸がキュンとなる・・・・」と思うかは、腹が減ってきた。家の近くに松屋とか王将とかがあればいいのに、






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2009年10月31日

ウディ・アレンが「それでも恋するバルセロナ」の前に監督した「CASSANDRA'S DREAM」の公開が、今頃決まったらしく、試写状を頂いたのだが、邦題が、ここに書くのが嫌なぐらいにひどい。

「それでも恋するバルセロナ」も

「タロットカード殺人事件」も

「さよならさよならハリウッド」も

「ぼくのニューヨーク・ライフ」も、

近年のアレン作品の邦題は「マッチ・ポイント」と「メリンダとメリンダ」以外はどれもこれも泣きたくなるくらいひどいが、今回のが優勝かもしれない。


「ウディ・アレンの夢と犯罪」


なんだそりゃあ。

なんという志のない邦題だろう。

もっとマシなタイトルならいくらでも思い付く。


「ウディ・アレンのメガネと鼻」


「ケラリーノ・サンドロヴィッチの犬と猫」


「ケラリーノ・サンドロヴィッチの体重と揚げもの」


「ケラリーノ・サンドロヴィッチの台本と締め切り」


「鶴光のオールナイト・ニッポン」


「廣川三憲の正月気分」


「酒井と押尾」


「高相」


「ウディ・アレンの夢と犯罪」


どうでもよくなってしまったあげく、偶然最後のは同じになってしまったが、どうにかならないのか、この味気無さは。
だからと言って、ウディアレンの映画のタイトルが「高相」だったら笑うが。


マッチ・ポイント」「タロットカード殺人事件」に続く、アレンのロンドン3部作最終章!

「高相」


いやいや、せめて


「ウディ・アレンの高相」

せめてもクソもなかった。
この期に及んで高相だの酒井だのと抜かしてる俺も俺だ。
「俺も」ってなんだ。「俺も俺だ」って、俺しかいねえよ。じゃあ、俺は俺だ。あたりまえだ。
台本書け台本。はーい。


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2009年10月29日

■「東京月光魔曲」で俺と初手合わせになるのは、(以下敬称略)瑛太、松雪泰子、西原亜希、岩井秀人、吉本菜穂子、長谷川寧、ダンサーの5名、そして伊藤蘭。

同世代の知人にチラシを渡すと、開口一番

「あっ!ランちゃんだ!」

という声が返ってくる。これは8割以上の確率と言ってよく、ランちゃんおそるべしである。心してかからねばならない。まさか稽古中に「普通の女の子に戻りたい」とは言い出すまいな。

キャンディーズ知らない人にはなんのことやらで申し訳ない。


■一昨日は例によってDRIVE TO 2010開催中の新宿ロフトで、カーネーションのステージに飛び入りゲスト参加し、「夜の煙突」のコーラスをとった後、なんとなくズルズルと、頭脳警察のアンコールに於ける出演者全員のセッションにまで加わる。

昔はこんなんばっかりだった。

「観に行くと、出てる。」

演劇の世界ではなかなかないことだ。
観に行った芝居に逐一出演していたら大変なことになる。

それはそうと、一昨日のアンコール・セッションの曲目はパンタさんらしく「コミック雑誌なんかいらない」だったわけだが、20年近く前に渋谷公会堂で、やはりパンタさんと一緒にやった「COVERS」というイベントのアンコールでも、出演者全員でこの曲を歌ったのだ。
だからだろう、歌いながらまた思い出してしまっていた。清志郎さんのことだ。
あの時も、ちわきまゆみの胸を揉んだりしながら、清志郎さんが一人ですべてもっていってしまった感があった。

お祭騒ぎをしながら故人を回想し感傷的になるのも妙な話だが、思い出してしまったものは仕方ないじゃないか。

「KERA痩せろ!」という、頭脳警察ファンらしい威勢のいい野次に、「るせー余計なお世話だ、放っといてくれ」とも言い返せず、「痩せます」とフツーに返したのも、清志郎さんのことを考えてボォッとしていたからだ。
痩せやしないのだけれど。

先日、ライター今井智子さんの、30年に渡る清志郎へのインタビューをまとめた本「清志郎が教えてくれたこと」を読んでしまったからだろうか。
野音の楽屋でRCのメンバーに俺を紹介してくれたのも今井さんだった。

こんなタイミングで再び大きな喪失感、というか欠落感を感じることになるなんて思いもよらなかった。なにしろステージ上も客席も、それなりにすごい盛り上がりだったのだから。(突然段ボールの人たちはそうでもなかったかもしれないけど。)
いやあ、まさかこんなに引きずるとはなあ・・・・。


■なにはともあれ、東京月光魔曲だ。稽古初日まで、気がつけば二週間を切っている。






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2009年10月26日

今年最後の仕事にとりかかっている。

Bunkamura20周年記念公演「東京月光魔曲」の脚本。演出もやらせて頂く。

昭和初期の東京を背景にした、狂騒的で怪しげでエロティックなエンタテイメントになる予定。

当時「探偵小説」と呼ばれる通俗的な読物が流行した。今回はその舞台版といった趣を目指すことになっては、いる。

「東京月光魔曲」には、橋本さとし紛する探偵が登場するが、「探偵不在の探偵小説」も多く存在した。
探偵小説とは推理小説のことではないのだ。いや、推理小説も含みはするが、平たく言えばエロ・グロ・ナンセンスの俗称である。

ご存知江戸川乱歩は別格として、
後に少年向けのSF冒険小説でも活躍することになる海野十三や、
「痴人の愛」「蓼食う虫」でブレイクし、「春琴抄」「細雪」で大谷崎と呼ばれ巨匠化する以前の、長い迷走期にあった谷崎潤一郎、
やっつけと力作のムラがすごい夢野久作らを筆頭に、
無数の作家達が、大正の終わりから昭和の始めにかけて、無数の「探偵小説」を発表した。

自身の屈折した性的趣味や、猟奇的ともいえる嗜好を露骨に書いていた作家も珍しくない。
まさに玉石混淆の小説群の中には、ぶっちゃけ「おまいさんはなにかい、素人かい」と言いたくなるようなモノもゴロゴロあり、辻褄も糞もあったもんではないが、そうしたB級C級感や胡散臭さも含めて、時代の雰囲気であり、魅力だったに違いない。

とは言え安心しなさい。
今回の作品を観た方々に「おまいさんはなにかい、素人かい」と言わせたりはしないから。万が一言わせたとしたら、言う方が観劇の素人なのだから。なんつてな。頑張るだ。




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2009年10月20日

随分昔に、電車の中で外人の子供に耳を噛まれた話を書いたと思う。

しかも一度ならず二度までも同様の経験をしており、それが恐ろしくて最近はあまり電車に乗らないのだ。

というのはもちろん言い過ぎだが、ライブに来てくれたお客さんに、バー・スペースのカウンター前でいきなり

「あたしも耳を食いちぎられそうになったんです」

と話しかけられ、最初は一体なんの話かわからなくてたじろいだものの、すぐに

「ああ、あのことか」

と思い出し、数分の会話の末、

「外人の子供すべてとは言わないが、ある種の民族に耳を見ると噛む傾向があるのはまず間違いない」

という結論をみた。

そんな17日土曜日、DRIVE TO 2010「ケラリーノ・サンドロヴィッチ・ミューヂック・アワー」は、反省点ゼロとまでは言わないが、些細な失敗なんぞはまるで気にならぬぐらい、何から何までイイ感じで終われた。

全出演者、全スタッフ及び関係者、そして全観客の皆様に、心の底の底から御礼を申し上げる。
以下、わかる人にしかわからない内容かもしれない。あしからず。

実行委員会の古参三人組、清水寛(コンクリーツ!)地引雄一(テレグラフレコード!)サエキけんぞう(歯科医!)各氏や、いぬん堂の方々(すみまへん、名前、まだ誰が誰やらわかっていない)には大変お世話になったばかりではなく、交わした言葉はそう多くはなくとも、なんつーか、絆的なモノを感じた。

ロフトチェーン創立者の平野ボスとも、80年代にはこんなにニコニコ語り合えなかったよ。こわくて。

俺の日以外にも、今のところ二日ばかり通ったが、自分にとって懐かしい顔があちこちに見られ、昨年代官山UNITで行われた「ナイロン100%NIGHT」に引き続き、改めて、我々が様々に関わり続けてきた、日本の(あえてこう書くが)マイナー・ロックシーンの奥深さを痛感すると共に、自分の辿ってきたルートと現在の位置を再確認し、普段やり過ごしてきたことを考える大きな契機となった。

中でも、ロング・バケーションの頭脳だった中野テルヲが観に来て、髪型以外まったく変わらぬ佇まいで楽屋に現れ、嬉しい感想を残してくれたのは予想外の驚きで、10年以上ぶりに会って話せたことで、自分の中でモヤモヤが一気に吹き飛んだ。

別の日には、バー・ステージでタバコを吸っていたら、隣に、元アレルギー、そのあとPモデル、現・恒松正敏グループのドラマー、アーちゃんこと荒木康弘氏が喫煙していて、お互い「おおっ」となり、タバコ吸いながら少し話した。

他にも、挙げるだけで5000字は埋まるぐらい、たくさんの古い知人達に会ったのだ。

懐かしい人に会い、懐かしい話をすれば、そりゃ多少はノスタルジックな気持ちにもなる。
だけどそれより、あの時を経てきたあの人やあの人の今を見て、むしろ考えるのは、自分の今とこれからだ。

過去のことはもう充分評価された。もう結構。

DT2010が回顧を目的としたイベントだとしたら、30日もの日数を費やすのはもったいないし、第一、今がやりきれずに毎日同窓会やってるなんてわびし過ぎる。この度のイベントはそんなことの為のイベントではなく、タイトルが示す通り、あくまでも未来へ向かうためのライブ・イベントであるハズだ。

かつてと今を比較して、状況の変化を嘆くのは簡単なことだ。「昔と違って今はねえ」と言っていても何も始まらない。

今さらながら、マーケットのことはどうでもいいじゃないかと思う。
たしかに今はやりにくい。CDが売れない、ショップが置いてくれない、ライブのチケットが思うように売れない。
だけどそんな事に絶望していたって時間の無駄だ。どれもたいした問題ではない。昔はもっとやりづらい事だってたくさんあった。それらがさほどの苦に感じられなかったとすれば、理由は若かったからだけではないだろう。何よりも、「まずは自分が楽しむために」やっていたからだ。

民主党を見習うわけではないが、40代後半にして来年こそは、やると言ったらやる。くれぐれも、やってしまっている俺を見て、気が違ったとは思わないように。フンと鼻で笑う程度でお願いします。

俺が演劇でやっている事と音楽でやっている事の間に、さほど違いはないような気がしてきているのだった。

ますます、気に入った人と気になった人だけ観てくれればよいと思う。
こちらはいつだって門戸全開にしておくから。

gakudankenkou2
デビューステージを華々しく終えた楽団健康。

synthe2
シンセサイザーズwith緒川たまき+犬山イヌコ、みのすけ。

lonbake
今世紀最初のロンバケ3ショット。俺の顔がでかいのは俺の顔がでかいからでもあるが、乗り出しているからでもあるから。







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2009年10月14日

ナイロン100℃34回めの本公演「世田谷カフカ」全19ステージ終了。

稽古開始から千秋楽まで、2ヶ月あまりを費やしただけの意義を充分に感じられる公演だった。

演劇界及び芸能社会の知人友人たちには楽しんでくれた人が多かったようで、それはそれでとても嬉しかったが、カフカ文学の翻訳と研究にかけてはどう考えても我が国随一の池内紀氏が、俺の腕を掴んで離さぬという態度を以って感激を示してくださったのが、何より嬉しかった。
池内さんにはギャラが支払われるわけでもないのに、潤んだ眼差しで「ありがとう」と繰り返してくださった。こちらこそありがとうございますなのである。池内先生を通してカフカに言われているような気持ちになったのだから。

来てくれた方にありがとー、全スタッフと全キャストにお疲れ様と言って、次に進むことにする。
またいつか回想することもあるかもしれないが、今はもう終わったことだ。
疲れている場合ではない。感傷にひたってる時間もない。

なにしろ3日後の17日には新宿ロフトでDrive To 2010参加イベント「ケラリーノ・サンドロヴィッチ・ミューヂック・アワー」がある。

これはもう、とんでもなく盛り上がってもらわないと困るアワーなのであり、盛り上がってもらうためにはまず俺のテンションが上がらないとどうにもならない。
だからと言ってヘビメタやハードコアパンクみたいなうっとおしい盛り上がりはまったく必要としないし、ならばまあ、具合が悪くなりさえしなきゃいいか。
あとは楽しいに違いないから自然にルンルン、みたいな、ウキウキした心境になるだろう。
来てくれるみんなもどうか、無駄にワーワー言って騒いでくれ。それがロックコンサートだ。
休みたくなったら休めばよい。俺も疲れたら歌うのやめて休む。

当日券も多くはないが出ると聞く。

18時開演。あたりまえだがオールスタンディングだ。椅子はない。体力貯めての御来場を待つ。

昨日は同じリハスタの一階と二階で、俺ソロと楽団健康が同時進行のリハーサル。
楽団健康は数日後にオールナイトのリハーサルを入れるほどの念の入れようだ。嬉しくなるじゃないか。オールナイトなんて、そんな、聞いただけで。


追伸

この日の終演時にも、性懲りもなくINUーKERAオリジナルTシャツを、物販コーナーにて販売する予定なのだ。まだお持ちでない方はぜひ。
冬が来る。Tシャツの季節だ。
さすがに疲れ果てていて俺のじか売りはできまいが。




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2009年10月12日

本日12日のマチネで「世田谷カフカ」東京公演が終わる。御来場の方々には改めて、厚く御礼申しあげる。昨日なぞは超満員だった。今日はいよいよ入場をお断りする方が出るのではないかと制作が心配している。だから前半に来てと言ったのに。

今回の公演は東京でしかやらないのだから、東京公演が終わるということは全公演が終わるということで、どんな舞台にも千秋楽はくる。

今回も様々な制約の中、なんとか、やりたいことを概ねやれたのではないか。
制約があるからこそ、やりたいことを見つけられるのかもしれない。

劇団公演は、自由度が高いぶん、プロデュース公演にはないハードさを強いられる。まあ、主に経済的に。経済的にキツイということは、すなわち肉体的精神的にキツくなる。お金を使えば済ませられることを、知恵をしぼり、人脈を駆使し、体を酷使することで、極力お金を使わずに乗り越えてゆかねばならないのだから。

どこぞのプロデューサーに頼まれて公演を行うのではなく、自分達が主体となり自分達発信で公演を行うのであるから、ハードなのは当然と言えば当然ではある。

別の言い方をすれば、
あくまでも世間的な常識の範囲内で創作を行うのがプロデュース公演、
法律に抵触さえしなければ常識なんていくらでも踏み越えられるのが劇団公演。

おのずと、出来上がる作品の強度は後者の方がはるかに高くなる。そりゃそうだろう、何をやってもいいんだから。

「強度?そうでもねえじゃん」
と思える劇団公演が増えているとすれば、それらの集団がもはや形骸化しているか、もしくはよほどのばかものの集まりかだ。

劇団公演は、とてもよい。素敵だ。だが、劇団はモロい。劇団という存在自体が不合理だからだ。
不合理であることを前提に、その不合理を楽しみ続けることができる人間なんて、あまりいない。

一体我々はどこまで楽しみ続けられるのだろうか。それが問題だ。
「耐えている」という気持ちの方が強くなってきたらもう終わりは見えていて、有頂天というバンドがそうだった。

有頂天のことはいい。ナイロン100℃だ。
はてさて、30代後半から40代半ばまでを中心とするメンバーで、あと何年続けられるものなのだろう。
人間、ずっと30代後半から40代半ばでいるのは至難の技だ。十中八九、5年後には40代前半から50過ぎまでを中心とするメンバーになり、10年後には40代後半から50代半ばまでを中心とするメンバーになる。

想像しただけで暗澹たる気持ちになるが、まあ、しばらくは大丈夫なのではないか。大丈夫だと思えてるからこんな話題を書けるのだ。いずれはダメになるだろうが、まだ先のことなら、その時に考えればいい。

次回作であるシアター・コクーンの「東京月光魔曲」のチケットが数十分で完売したそうだ。
実に有り難いが、一方で「世田谷カフカ」の公演前半平日の空席具合を思い返すと複雑な心境だ。

なにを呪うべきか。不況か?カフカか?劇団なんぞに腐心している自分をか?



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2009年10月09日

萩原健一の自伝「ショーケン」を読んだ。

河原雅彦が8月のINUーKERAにゲストに来てくれた時、皆で観たのが、オールナイトフジ出演時のショーケンの、シラフでないのが一目瞭然なライブで、あまりの傍若無人ぶりに呆気にとられ、「すげーなショーケン」と思って少し尊敬すらしてしまっていた矢先に書店で見つけてしまった本だ。

読まなくてもなんら差し支えない本ではあるし、ショーケンが、帯のコピーにあるとおり「傷だらけの天才」かどうかはともかく、面白くて一気に読んだ。

いしだあゆみとつきあい始めた日に、いしだ邸のベッドで寝小便をしたエピソードなど、たしかに凡人ではない。

が、黒澤明の「影武者」に出演した時の話を読むと、上には上がいることを思い知らされる。
黒澤さんの上をゆくガイはちょっといまい。なにガイかは書かないが。

なにしろ、撮影中に阿藤海(現・阿藤快)の目に槍が突き刺さり、
「突かれた眼球が飛び出して、今にも落ちそうになっている(本文より)」
といったとんでもない状態の時に、慌てて「救急車を呼べ!」と叫ぶショーケンに向かって
「馬鹿野郎!なんでカットかけるんだ!」
と言ってのける人だ。

ガイである。
なにガイかは書かない。キチだが。

「マイクに騒音が入る」と言って助監督に国鉄と交渉させ、結果、新幹線を20分間止めたというのもすごい。
止める方も止める方だ。
乗客の身にもなりなさい。

仮に俺が明日JRに出掛けて行って
「頼むから新幹線を20分間止めてくれ」
と言ったらどうなるだろうか。
いや、20分とは言わない、5分でもいい。
遅らせた分俺が急ぐ。

ガイだと思われるだけだろう。

そこに巨匠と凡人の差が歴然と見える。
「新幹線を止めてガイ呼ばわりされる人」と「新幹線を止められなかったのにガイ呼ばわりされる人」の差だ。

なんの話をしていたのかわからなくなったが、だから、つまり、かように巨匠というのは力を持っているのだ。

だだ、さすがに、例えば舞台の本番中に、何かの間違いで廣川三憲が槍で目玉をえぐられたら、俺は躊躇なく緞帳を降ろして芝居を中断するが、目玉を逸れて額のあたりに数センチ刺さったぐらいであれば、なんとか舞台を続行させようとするかもしれない。これは真面目な話である。そんな俺を、周囲はガイだと思うかもしれない。

ある映画の撮影中、助監督が川に落ちそうになって、カメラマンがいいところで勝手にカットをかけてカメラを止めた時、イラッとしたのも事実だ。落ちたって死にはしないのだから、いっそ落ちてしまえばよいのにと思った。それがガイだと言うなら、俺もその程度にはガイさ。

それはそれと致しまして、黒澤と言えば「七人の侍」である。
「七人の侍」と(記憶に間違いがなければ)同年に作られた「ゴジラ」を35年近くぶりに再見した。あ、DVDでね。
東宝特撮映画DVDコレクションの創刊号というのを「ショーケン」と一緒に買ったのだ。990円だったから。

子供の頃にテレビで観た時は、ゴジラの出てるシーン以外はボォッとしていたし、ゴジラの出てるシーンはゴジラしか見ていなかった。

充分な大人になってから観たら、まず、逃げ惑う人々の演技の真に迫り方に驚いた。
考えてみれば、戦後10年も経たずに作られた映画なのだ。
エキストラの方々の脳裏には、ついこの間の空襲や戦地の風景が生々しくよぎっていたに違いない。

もちろんゴジラの演技も彼らと同じぐらいよかったけれど。

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