2007年04月

2007年04月30日

日が変わって30日になったから、今日がちょうど劇場入り一週間前だ。
劇場入り、とはあまり言わないな。

「小屋入り一週間前」。

おかしな話だが、1000人以上入るようなでかい劇場でも、我々はもれなく「小屋」と呼ぶ。
青山劇場だろうが銀河劇場だろうが「小屋」なのである。

それにしても「銀河劇場」ってネーミングはないんじゃないか。
まあいいけど。

今まで、何度の「小屋入り一週間前」を体験しただろう。
100回以上であることは確かだ。

不思議なことに、多くのエンゲキニンは、「小屋入り一週間前」になると「小屋入り一週間前モード」とでも言うべき、ある特別な状態に、精神的にも肉体的にも、自動的に、なる。

周囲の方々もその事を感じとってくれるようで、本当なら至急打ち合わせをしなければいけないような用件があっても、「小屋入り一週間前ですものね」と言って先延ばしにしてくれたりするから、ある意味とても便利だ。
来週も再来週も一ヶ月後も「小屋入り一週間前」ならどんなにか楽だろう。
何を言われても
「悪いけど、俺今、小屋入り一週間前なんだよね」
と言えば、それですべて諦めてもらえる。

ばかもの。
そんなにいいもんじゃないよ、小屋入り一週間前は。

100回以上通り過ぎて行った「小屋入り一週間前」だが、時間的に「充分だ」と感じながら迎えた「小屋入り一週間前」が一度たりともないのは何故なの?

大抵「あと一週間あれば」と思うのは何故なの?

今回などは、あと一ヶ月あってもいいとすら思う。

何度も書くようだが、岸田國士ちゃんの戯曲は、表層のふわふわ感とは裏腹に、のっぴきならない強度を内包している。
もっと徹底的に、あーでもないこーでもないと言いながら、思い付いたことを試行錯誤してみたり、役者の体に馴染ませるためにただひたすら繰り返したりを試みるなら、まだあと一ヶ月ぐらいあったって構わないはずだ。

構わないはずだって言ったってあと一週間なんだけど。


それでも、台本があるだけやりようはある。
俺が新作を書き下ろす公演では、劇団公演だろうがプロデュース公演だろうが、「小屋入り一週間前の状況」といえば、ほぼ平等に

「まさに本日脱稿しました」

あるいは

「明日こそ、明日こそ脱稿させる所存です」

もしくは

「正直申し上げて、台本完成にはあと二、三日かかります、で、今日は執筆に専念したいので大変申し訳ありませんが、稽古場には行けません。できてるところまでを自主稽古していてください。こんなことはもう二度と繰り返すことのないようにしたいです、本当です」

みたいなことを繰り返しているわけで、もちろんそれはあるまじきことで、だからこそ休筆しているので、もう金輪際こんなことはないので、であるからまた執筆再開するのがこわくてならないのだが、そのことは、まあ、老いとく、いや、置いとく。


今回の公演に話を戻そう。
國士ちゃんとのコラボの成否が、この一週間で決まる。
悪いけど、今回はほんっっと、粘らせてもらう。
いや、いつも粘ってるけどさ。いつもより客観性がある分、なんとしてもクリアしたいラインが明確にある。だから、役者さん、(スタッフさんもだけど、それは毎度だから)、体を休められる時には休めておいとくれ。
じゃないと、もたんよ。体がもっても集中力がもたんよ。
俺もなんとか一日4時間は眠る時間作るよ。

國士ちゃんは
「何かを言ふために戯曲を書くのではなく、戯曲を書くために何かしらを言ふのだ」
と書いている。

公言しないぜ、普通こんなこと。
三十代前半でこんなこと言っちゃいかんのではないかと思うのだが、言っちゃったもんはしょうがないし、
「あ、やべ、言っちった」
と國士ちゃんも口をすべらせちまったことを後悔したのかしてないのか知らないけれど、すげえカッコイイことは間違いない。

その覚悟に拮抗するだけのものを板の上に立ち上げるのであれば、こちらも生半可なキモチでは失礼だし、第一太刀打ちできるわけがないじゃないか。

國士ちゃんとはどうせ今回の公演限りの付き合いだ。わからないけど。だからこそ徹っっっっっ底的にやってやろうじゃないか。


で、今日は坂井真紀が稽古場見学に来た。
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この写メを見て、自ら「カワイイ〜」と言い放つのはいかがかと思うが、彼女は、昼間の芝居稽古〜夜の振り付け稽古の間、役者たちが代わる代わるロビーに休憩しにいく中、ほとんどぶっ通しで、最後まで食い入るように稽古を見つめていた。
聖人がそれを見て、しきりに「偉いなあ」を連呼していたが、「偉いなあ」じゃなくておまえも頼むよ。

ちなみに聖人と坂井はその昔、FRYDAYされたことがあるそうで、聖人曰く、「貸したマンガ本を返してもらうために会ったら撮られた」そうだが、真相は闇の中だ。闇の中ってことにしといた方が面白いし。

にしても芸能人は大変ね。聖人も坂井も芸能人っぽくないところが、個人的にはとても好きなのだが。

できるなら坂井とも近いうち芝居をやりたい。

そして、大山が、ある日突然、聖人に向かって、
「萩原さんて、ヨン様の声演ってたんですね・・・」
と感慨深気に言い、その日以来、明らかに聖人を見る目が変わったのは、なにか間違ってはいないか。

keralino at 04:02 

2007年04月28日

本日、つーかもう昨日は、昼間は稽古場で衣装パレード、夜は森若香織のライヴにゲスト出演。

「衣装パレード」というのは、まあ、衣装合わせのことなのだが、すべての衣装を一度に合わせるから「衣装バレード」というのだろうか、実はまだ俺もよく知らないのであり、「衣装合わせ」でいいじゃん、とも思うのだが、ここ何年か、あちこちの現場でこの言葉が多く使われていることを知り、なんとなくウチのスタッフも「衣装パレード」と呼び始めたので、まあいいかと思い、俺も「衣装パレード」と呼んでいるものの、それでもなんとなく違和感があるのは、「衣装」につづく「パレード」の部分で、みんなで衣装を着て、街を練り歩くようなイメージがあるからだ。

豊洲の街を、白昼堂々、なんだかポップな和服を着た男女が行進する。

悪い光景ではないが、行進している余裕はとてもじゃないけどありゃしないのだった。

「パレード」するのは「衣装を着た役者」ではなく「衣装自体」という意味合いの言葉なのだろう。

もういい。
どうでもいい。

そんなことより、豆千代さんのコーディネートによる着物を着た役者たち、特に女優陣は皆楽しそうで、楽しいのは重要だ。

そもそも我々が芝居を始めたのは、「楽しいから」なのだから。

和服は不思議だ。
着る人間の見え方を変えるし、逆に、どんな着物を着るかで「別人のように心もちが変わる」と劇団員の一人が言っていた。

それにしても、もっと稽古がしたい。
俺は寝不足になっても夜遅くなってもいいから、繰り返し稽古をしないと、まだまだ役者は不安そうだ。

そんなことを考えながら稽古場を16時に出て、新宿に移動。

この小さなライヴハウスで、盟友、元ゴーバンズの森若香織は、今年1月からマンスリーでアコースティック・ライヴをやっている。
メンバーも皆さんゴキゲンな方々で、今夜ばかりは岸田國士を忘れて気分をリフレッシュできた。

アコースティックで有頂天の「べにくじら」を歌うのはどうかと思ったが。


明日、つーかもう今日は稽古はオフ。稽古場では仕込み作業が行われ、より本番に近いカタチでの稽古が可能になる。

稽古は休みだが、打ち合わせが立て込んでいる。

「グミ・チョコレート・パイン」の追加撮影の打ち合わせ。

秋以降の公演の打ち合わせ。

夏に撮る予定の新作映画の打ち合わせ。

もちろんどれも必要な打ち合わせだ。
今打ち合わせておかないと、諸々進行が間に合わなくなり、後で後悔する。って後でするから後悔なんだけどさ。

だけど、稽古がしたいのだ。
稽古が必要だ。
稽古さえできれば本番なんかやれなくてもいい。

keralino at 04:14 

2007年04月26日

稽古を終え、取材を終え、タクシーで帰宅中なのだが、高速が溜池で渋滞し、ほとんど動かない。

このまま明朝まで動かないんじゃないかというぐらい動かない。

明日は衣装パレードだ。行かないわけにはいかない。
稽古後は新宿で森若香織のマンスリー・ライヴに出て歌わねばならない。
なんせ、先月出ると言って情報公開までしておきながら、「グミ・チョコレート・パイン」の撮影が延びたためにどうしても行けず、すっぽかしたのだから、明日はどうしても行かないわけにはいかないのだ。

と書いてる間にも6メートルぐらいしか動かない。

5分で6メートルだとしたら、渋谷に着くのは何日後だろうか。

そう言やあ、渋谷の高速道路からは、いつもブルセラショップの看板が見える。

とっくの昔にブームは去ったのに、まだやっていけるんだなあ、と思って感心するのだ。

おそらく、こだわりの主人が経営しているのだろう。
ブームなんか関係ない。
納得のゆく商品しか扱わない。
やれ頑固だ、時代遅れだと言われても、まったく気にしない。

見る人が見ればわかるはずだ、俺の店のブルマーの質の良さ、セーラー服の味わい深さ。

どうでもいい事を書いてるうちに道が流れ始めた。

運転手さんに
「なんでこんな混んでるんスかねえ?」
と聞いたら、
「ゴールデン・ウィーク前だからじゃないのぉ?」
と、「そんなこともわからねえのか」みたいなニュアンスで答えられた。

知らねえよゴールデンウィークなんて。もう10年ぐらい関係ないもん。原稿や印刷物や大道具の締め切りが早くなって迷惑なだけだ。
あ、渋谷着いた。
風呂入って寝る。

keralino at 23:55 
今日も一日中、岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士岸田國士

と、岸田國士で模様が出来るぐらい岸田國士漬けだった。

間違いなく、今俺は世界で一番岸田國士のことを考えている男だと思う。

そうでないとしても、世界で一番岸田國士のことを考えている44歳の男であることは間違いなかろう。

万が一のこともあるから、世界で一番岸田國士のことを考えている44歳のナイロン100℃の主宰としておく。
これなら誰かに「いや、それは私だ」と言われることはまずあるまい。

稽古後、最終日だった犬山のレコーディングにも、オールアップした時効警察の打ち上げにも、ナイロンの役者達の軽い飲み会(それにしても役者という職業の人は酒で一日を締め括るのが習慣の人が多い)にも参加せず帰宅し、しばし台本と睨めっこしてから、明々後日の稽古オフの日に立て込んでいるいくつものミーティングの下準備。
しかしその間にも、常に頭の中を岸田國士が駆け巡る。
気がつけば、見ろ、もはや外は明るい。

何時間かでも眠らないと、そして岸田國士以外のことも考えて、例えば娘さんの岸田今日子さんのことを考えたりして、気分転換を計らねば、このままではいい加減、岸田國士になってしまう。

まあ、なることはないかもしれない。

別の話をしよう。

先おとといだったかの、稽古場からの帰路のことだ。
豊洲からタクシーに乗り、高速を飛ばしていた。
クルマのスピードは90キロぐらい。空いた高速ならフツーの速さだ。
岸田國士のことを考えながら、ふと運転席上のミラーを見て、ギョッとしたのだ。

今にも眠ってしまいそうなのである、俺を乗せて90キロで運転してる人間が。

とたんにクルマのスピードが速く感じられ、俺は慌ててシートベルトを締めた。
まず確実に何かに衝突するだろう。
運転手は今にも眠りそうだ。
今更シートベルトなぞ締めたところで死ぬ時は死ぬのだが、万が一助かる可能性について、シートベルトを締めると締めないではかなり差があるのだと皆言っている。

なんとか運転手の覚醒の役にたてばと、震え気味の声で話しかけるが、限りなく無反応に近い。起きているだけで精一杯なのだろう。

ミラーを覗く限りでは、もはや起きているとは言えない。ほとんど目をあいてない。

俺は、鼻歌にしては大きすぎるに違いない声で、出まかせの歌を歌ったと思う。そのメロディーは、「ZOO」だったかもしれない。

よほど熟練した運転手なのか、夢心地の割りに、見事にカーブを切る。しかしハンドルを切る手つきは非常に緩慢だ。
次の瞬間はさすがに切りそこねるに違いない。
と思い、身を固くしながら、助手席のネームプレートの写真を見て愕然とした。

ものすごく目の細い人だったのである。

ネームプレートの写真も熟睡してるかのような顔だった。
まさか、奥さんが撮影した寝顔をそんなところに使うはずはないから、やはりそれは起きている時の顔なのであり、俺はドッと疲れた。

乗る時に言ってくれないと。

「お客さん、私、目がかなり細いですけど、眠ってるわけではありませんから、どうぞご安心ください」

とかさ。

「俺、目、線ですけど、それでもお乗りになりますか?」

とかね。

「禁煙車」みたいな感じで「目細車」とわかりやすく表示するとか。

あるいは、いっそのこと、目の細い人は免許取れないようにするとか。

目的地に着き、誇張でもなんでもなく、どこを見てるのかすらわからないぐらい細い目の運転手に、理不尽さを感じつつも正規の料金を手渡した刹那、運転席のケータイが鳴った。

着信メロがガッチャマンだったことに、何故か無性に腹が立った。

keralino at 05:27 

2007年04月25日

気がつけば、もう劇場入り13日前だった。

衣装合わせだの、振り付けだの、あと1回だけあるオフだのを鑑みると、丸一日稽古できる日はおそらくあと8日ぐらいだと思われ、まあ確かに書き下ろしの新作の時は小屋入り5日前とか4日前に台本が上がるのがザラだったから、それに比べりゃ余裕はあるとは言え、岸田國士ちゃんの意外に強靭な世界と拮抗するにはとても充分な時間とは言えない。

稽古場での稽古はもちろん大切だが、それ以外の時間に、机の前で台本をめくりながら、あーでもないこーでもないと考え、「ここいらねーじゃん」とバッサリ台詞を切り、やがて眠くなり、ベッドに横になったとたん、さっきカットした台詞の意味にハッとして起き上がり、あわてて消しゴムで台本に引いた線を消す、みたいなことを繰り返すうちに朝になっている。

こんなに何度も台本を読むのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。

自作の台本は読み返したりしないものだ。なんせ書いたの俺だし。

ともかく粘ろう。

俺がこんなに粘るのだから、役者にはもっと粘ってもらう必要があるし、さらに言えば、お客さんには想像を絶する粘りが必要とされる。ネバネバだ。ネバー・セイ・グッドバイだ。うるせー。誰がうるせー。俺がうるせー。


これが客演の植本潤くん。
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パンを食いながらヘラヘラ笑っている。さぞかしうまいパンなのだろう。

しかし、今回の役柄は非常にシリアスだ、しかしってこともないが。

植本くんに出てもらうのは8年だったかか9年前だったかにやった「偶然の悪夢」以来。あれも他人のホンで青山円形劇場だった。
別に意図したことではない。
他人の台本で円形劇場じゃなければ出てもらいたくないわけでは決してないのだ。
その証拠に、次回に出てもらう時に確認してほしい。きっと、俺の作・演出だし、会場だって青山円形劇場ではないはずだ。

なんて言っておきながら、やっぱり他人の台本で円形劇場だったら笑うけど。

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そして、植本くん以外の4人の客演さん。
萩原聖人、大河内浩、松野アリミ、緒川たまき、以上敬称略。
どれが誰かは書かなくてもわかるだろう。

一人一人については、追い追い書くこともあると思う。なにしろ6月まで一緒なのだ。

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で、これが、本物にしか見えないだろうが、作りもののキャベツである。
その精巧さには驚く他なく、小道具スタッフの腕前を誇りにさえ思うが、それよりなにより、「キャベツ」という雑誌の存在が驚きなのだった。
この雑誌は作り物ではない。キャベツを作るための参考資料だ。


昨日の朝は徹夜してそのまま稽古場へ行き、読売新聞と日経新聞の取材を受け、最も大勢が出演するシーンを稽古し、そんなに大勢が出るわけでもないシーンを稽古し、むしろ少ない人数しか出ないシーンを稽古し、稽古後は犬山のレコーディングに行った。

レコーディングは佳境で、これはワケあって詳細は後日、おそらく5月上旬に書くことになるが、2枚組のCDのうち1枚の歌と伴奏を入れていたので、ノリで犬山、三浦、俺の三人で太鼓を叩いてきた。
レコーディングは夜明けまで続いたのだろうが、さすがに眠さと疲労に勝てず、2時過ぎに早退。


今日は昼間は井手くんの素晴らしい振り付け。

夜は、みのすけ、長田、聖人、緒川さんの4人のシーンを稽古。

みのすけは明日、いや、もう日が変わったから今日が誕生日だ。

おめでとさん。もう知り合って25年以上だ。

ただ、今日の稽古で、長田はともかく、客演の二人までが台本離しているのに、一人だけ台本持って稽古してるのはどうなんだ。

ま、たしかに台詞多いが。
ま、確かに台本渡したの昨日だが。

岸田國士の限りなく深い台詞をプレゼントだと思って遠慮なく覚えてはくれまいか。


keralino at 00:49 

2007年04月23日

結局、必死の作業にも拘わらず、昨日中には上演台本は脱稿せず、ようやく今、原稿用紙の最後に「幕」と書き終わった。

俺は、自作の最後にはいつも「了」と書くのだが、岸田國士はどの戯曲でも「幕」で締めているからには、今回ばかりは自分の流儀を通すのは諦めて「幕」で終わらせるべきだろう。

さて、上演用の台本として、一応完本はしたものの、まだ机に向かい続けなければならないのは、ダンスや映像を含めると、上演時間が、トータルで3時間以上あると予想されるからだ。

さしたる大事件も起こらず、ビミョーなニュアンスを汲み取って楽しんで頂くしかない、つまり、観客に相当な集中を強いる舞台にしては、3時間強の上演時間はあまりに長い。

さらに、俺にはよくわからないのだが、劇場の退館時間の問題や、マチネとソアレの間が極めて短くなってしまうという問題もある。


切らなくてはならない。


物理的にはそれほど難しい作業ではない。容赦なくバッサバッサ切ったところで、ストーリー的には殆ど影響なくカットできるだろう。何故なら、元々たいしたストーリーも無いからだ。

しかし、そうした問題ではない。
切れなかったからこそ、これだけ長くなってしまったのだ。

含みのある台詞、

響きの美しい台詞、

とぼけた台詞、

味わい深い台詞。

物語を進行させる為だけに、台詞はあるわけではないのだ。


それでもやはり、切らなければならない。


本来、新劇の方々が上演したら、7本合計して(今回の公演は短編7作をコラージュして一本にまとめている)5時間になるだろうモノを2時間半にまとめるのだから、至難の技だ。

國士ちゃん、ごみん。

keralino at 00:22 

2007年04月22日

ナイロン100℃「犬は鎖につなぐべからず」の稽古も折り返し地点を過ぎ、俺にとってはいよいよ、第一の正念場に来ているのだった。

というのは、明日までに上演台本を仕上げる約束をしたからだ。
いつだって、脱稿する日は少し脳みそから分泌されるモノの分量だか配分だかがおかしく、異様に紅葉、いや高揚した状態になる。
この日だけは、一睡もしなくてもまったく眠さを感じることがない。もう20年近くそうだ。

しかし、いくらここ数日間か岸田國士の世界に浸りきりだったからといって、あまりに世間に起きたことを知らな過ぎて、今日は何人かの人に驚かれた。

まず、アメリカのどこだかの大学で、どこか劇作家のブルースカイに似た感じの韓国の人が随分と無茶したことを、俺はついさっきまで知らなかった。

石川県や三重県が次々と地震の被害にあったことも知らなかった。

若村麻由美さんのオリジナリティ溢れる旦那さんが急逝されたことも知らなかった。

というか、どれもこれも詳しい事情については、今もってまだ俺的には調査中であり、では知ってる事件は何かと聞かれれば、植木等さんが亡くなったことと、バナナマンの設楽のマンションが火事になったことぐらいで、決して最新とは言えないニュースだ。

夢中になって稽古をしていると、毎日、生きる空間が極端に限定される。
稽古場へ向かうタクシーの中と、稽古場と、帰宅するタクシーの中と、机の前と、トイレと、浴室と、煙草の自販機前、近所の定食屋か富士そばか松屋、あとはベッドの上。

今も浴室で入浴中に書いている。
そんな人間に世間の、それも外国のニュースなぞ伝わるわけがないじゃないか。

以前も、劇場入りして初日が開いてから、俺が向こう数週間の世の中の動向について、あまりに無知だったことに唖然とされたことが何度かある。

まずいのは、回転ドアの事故を知らずに回転ドアのギャグを書いてしまったり、電車の事故を知らずに電車の脱線ギャグを書いてしまったりすることだが、逆に言えば、それさえ気をつけてさえいれば、俺が世間知らずなだけなのだから、なんの問題もないのだ。

keralino at 00:38 

2007年04月19日

また今日も、昨夜22時までの稽古のあと、悶々と岸田國士の世界と格闘して、朝になった。

昨日から抜き稽古。
今回の舞台は、7本の短篇戯曲をコラージュして1つの作品にしている。

といっても、オムニバス感がないわけではなく、なんというか、「きちんと区切られていないオムニバス」みたいな、あっちいったりこっちいったり、岸田戯曲なのに落ち着きのない、妙な舞台だ。

抜き稽古とは、時間で区切って、作品ごとに稽古しているわけである。
だから、稽古場には、4人ぐらいの役者しかいない。

人が少ないのは落ち着けてよい。
集中して稽古ができる。

ただ、地下で稽古している「ザ・コンボイ・ショー」の音がやかましいことだけが難なのだった。

岸田國士の芝居は、非常にセンシティブであり、咳ばらいひとつでも気になるほど繊細なシーンもある。
「長い沈黙」というト書きも多い。
その沈黙が、場の空気をグッと締めるのだ。

そんな、大切な大切な沈黙の最中に、床下から、壁が震えるような大音量で、往年のヒット曲「ZOO」の生演奏が聞こえてきたら、あなたはどうしますか。

♪愛をください
うぉう うぉう
愛をください

♪愛をください
うぉう うぉう
愛をください

そりゃまあ、愛も欲しかろうが、俺達は愛以上に沈黙を欲しているのである。
それも、奴ら、ハンパない音量で愛を欲しがっているのであり、もはやこれではこちらの稽古場の人々が咳ばらい我慢する意味なぞまったくなく、仮に猛然と咳き込んだところでさしたる影響もないほど、揺るぎないZOO的世界に支配されてしまう。

俺は、辻仁成の曲なんかを、岸田さんの芝居のBGMになんかしたくないのです。
人生の機微を描いた名作群が、とたんに一昔前の安いテレビドラマに見えてしまうのをどうしてくれましょう。

しかも、どうしたわけか、こちらが休憩すると、計ったようにコンボイどもも休憩し、こちらが再開するのと同時にZOOのイントロが始まる。

スパイがいるとしか思えないのである。

大体、そんなに何度も練習しなくたっていいじゃないか。
もう充分できてます。
もう充分いい曲です。嘘だけど。
もうあとは本番でいいと思いますぜ。

あのな、俺、仁成嫌いなのな。

もう25年ぐらい前、まだアマチュアだった有頂天が、やはりまだアマチュアだった仁成率いるエコーズと、あともうひとつのバンド、3バンドで、高田馬場のBIG BOXの中にあるステージの無料ライブに出演したことがあるのだが、初対面から印象がひどく悪かったのだ。
ライブの出演順は、くじ引きで決めることになっていた。
主催の人がその旨を伝えるやいなや、仁成はこう抜かしたのだ。

「あ、俺たちは、トリしかやらないんで」

なんだそりゃ。
何様だ。
くじ引きだって言ってんじゃん、BIG BOXの人が。でかい箱の人が。

結局、有頂天はトップに出て、MCでさんざんエコーズの悪口を言って、楽屋に戻るなり殴られないように隠れたのだが、エコーズが出る頃には客席はガラガラで、本当に嬉しかったのだった、20歳になったばかりの俺は。

その後、エコーズはメンバーチェンジをして、メジャーデビューし、二年だか三年遅れて、有頂天もメジャーからレコードを出すようになった。
あちこちのロック・フェスで一緒になったが、決してエコーズがトリだったことはなく、かと言って有頂天がトリだったこともないのだが、ともかく会わないように会わないようにコソコソとするのはとても疲れ、ステージに出る頃には歌うどころではなかった。

そんなことを思い出すから、そしてそんな思い出は、岸田國士を上演するに当たり、まったくもって邪魔でしかないから、コンボイの方々には一刻も早く、「ZOO」の出来に満足して頂きたいと、心から願うのだ。

keralino at 08:10 

2007年04月18日

よく、「憧れの印税生活」などと言われるように、印税というものには、どこか「黙っていても、自然にガバガバ入ってくるもの」というイメージがある。

もちろん、著作印税にせよ、歌唱印税にせよ、プロデュース印税にせよ、著作したり歌唱したりプロデュースしたりの労働があってこその報酬なわけだが、印税というと、どこか、「労働以上の報酬」というイメージがつきまとうのは不思議だ。

確かに、10年前にした仕事だろうと20年前にした仕事だろうと、商品が売れ続けている限り、印税は振り込まれる。

実際、有頂天のCDの印税計算書が今でも郵送されてくるが、その額たるや、「だったらもらわんでもええわい」というような額であり、つまり1000円以下であり、「少額のため、次回に繰り越されます」と但し書きがついているが、次回になってすらまだ1000円に満たない場合もあり、そんな計算書を送るために毎度80円の切手代を使わせているのかと思うと申し訳なくなる。

一方では、ごく稀に、「時効警察」のDVDのように、小銭というには巨額な印税が不意に振り込まれることもあり、こちらは80年代ではなくつい一年前にやった仕事だから、さすがにまだ労働した記憶は残っているものの、やはりウン百万の金が突然舞い込むと、こう、「あぶく銭」感は拭えず、キング・クリムゾンのCDを全部買うとか、「こち亀」全巻買うとか、欲しくもないものを買ったりしてしまうので、細心の注意が必要だ。

それにしても、戯曲を一冊出して一刷が完売してもせいぜいが40万の印税だというのに、時効警察9本中1本を書いて演出しただけで、その分のギャラは貰った上に、さらに印税が入ってくるというのは、ステキなことではあるものの、あまりにバランスを欠いているように思う。

「時効警察」は、まあ、頑張ったけど、俺にしてみれば、「頑張って仕事をした」というより、「一生懸命遊んだ」という感覚が強い。

それに比べて、戯曲は、どれもこれも、死にそうになりながら書いた。

んなこたあ、関係ないのね。

売れれば入る、売れなければ入らない、それが印税だ。

改めてそう考えたとたん、やはり印税なんてあぶく銭だとしか思えなくなるのだった。
例えば100万の印税は、おそらく1万円ぐらいの価値しかないのではないか。

keralino at 01:38 

2007年04月17日

一昨日は稽古から帰って、数時間眠り、深夜に起きて、岸田國士の戯曲と格闘。
で昨日の朝になり、慌てて、舞台「ひばり」と「メタル・マクベス」のDVDをザッと観る。

合計すると6時間を越える舞台を2時間で観たのだから、それはもう、かなりザッとだ。
何故そんな横着なマネをしたのか。
午前中、松たか子さんとの対談があったからである。

彼女の舞台は、「オイル」以来観ていない。その前は「夏ホテル」で、その前は「嵐ヶ丘」だ。
つまり、あまり観ていないのである。
しかも、この対談はナイロンの次回公演のパンフ用なのであり、である以上、いくらなんでも四年も五年も前の芝居の話ばかりはできないのだった。

とは言え、6時間分の芝居を2時間で観てもなにがなにやらわからず、ほとんど、観た意味はなかった。

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一応、演目が和モノなので、俺も着物を着てみたりしている。コーディネーターは豆千代さんだ。
松さんはシンセサイザーズのジャケを掲げてくれている。いい人だ。


さっきから「松さん」と「さん」づけになったりもしているのは、何度か楽屋などでは会っているが、きちんと話すのは昨日が初めてだったからで、何度か会ってみると、自然に呼び捨てになったりインチキなあだ名を勝手につけたりするのは、ハタから見ると極めて傲慢に見えるかもしれないけれど、それが俺なりの親愛の提示のしかたなのである。

中には、清水宏やウチの劇団の廣川三憲に対するように、いつまでも「清水さん」「廣川さん」と「さん付け」のまま今日に至る人もいるが、これはタイミングを逸してしまっただけで、距離があるわけでもないし、逆になんの尊敬もしていない。


で、昨日は対談の後、午後から夜まで稽古して、帰るなり爆睡してしまい、目が覚めるともう稽古場へ向かわねばならない時間だった。

岸田戯曲は思ったよりはるかに強敵で、それはやはり「出来事で見せる芝居ではない」からなのであれば、やはり内側を強固にしなければ何も始まらないのだった。
イメージをしっかり固めつつ、一度作ったイメージを臨機応変に崩していくだけの覚悟と力がないといけない。


keralino at 23:59