2007年11月

2007年11月20日

世の中はクリスマスだ年末だ正月だの話になっており、例えばプロダクションとの交渉事などは、11月中にある程度終わらせないと、来月になってからだと「じゃあ、返事は来年に」ということになってしまう、そんな時期だ。

昨日も稽古後に定食屋へ行くと、店の主人と常連客がお年玉について話をしていた。
中学生だと最低いくらだとか、よくあるそんなような話だ。

幸い俺はもう何年もお年玉なんてものをあげたことがない。

大体、働いてもいない奴にやる金などないのだ。

将来なんらかのカタチで見返りがあるならまだ納得もゆくけれど、見返りどころか、ヘタすると覚えてすらいないわけでしょ?子供はバカだから。

店の客は「なんだかんだで毎年10万は飛ぶ」と言っていたが、10万をバカ共にやるくらいなら、さほど欲しくないものを10万円分買った方がずっといい。

たまに、どうしても親戚づきあいで正月にお年玉を用意せねば、と焦ることもなくはないが、親戚の子供はむやみに育つ。

一度など、幾袋かに札をつめて、親戚の集いに出掛けたところ、中学生かせいぜい高校生だと思っていた親戚の子供たちが、皆さんすでに結婚とかして、ひどい奴は子供まで産んでいた。

おかげでお年玉はやらずに済んだわけだが、あいつらはいつの間にあんなに育つのだろう。

育ち急いでるとしか思えない。なにしろ猛スピードだ。

そう言えば、先月蜷川さんの稽古場で久しぶりに会った小栗旬君も育っていた。
前に会ったのは彼が19だか18の時だ。

勝地涼も「1980」出演時と比べると相当育って、今にも女とか口説きそうだった。

皆、勝手に育って、勝手に俺の人生を追い越してゆくつもりだ。許可もなく、無断で。

ああ、構わんさ。
育て育て、育つがいいよ。
俺が台本執筆で四苦八苦している間にな。

コソコソ育つなよ。
どうせ育つなら世間様に恥ずかしくないよう、胸を張って育て。
女の子なら胸も育て。


keralino at 03:06コメント(34) 

2007年11月18日

こうして、毎晩徹夜して台本を書きたくても頭も体もついていかないようになると、若い頃にした、無駄な、なんの得もしない幾晩もの徹夜が思い返され、俺はなんてもったいないことをしていたのだろうと悔やんでも悔やみ切れない。

「スター・ウォーズ」の初日を観る為に、今は亡きテアトル東京の前で徹夜して並んだのは高一の夏だ。

徹夜するのだから、昼間か、せめて前日はしっかり睡眠をとっておきゃあよいものを、あろうことか、前日も無駄に徹夜をして映画館に向かったのが間違いだった。

友人四人で列に並び、交代で吉野家に牛丼を食べに行ったり、持って行ったラジカセから流れる大場久美子や河合奈保子で踊り狂って、夜が明ける頃にはヘトヘトで、映画館に入って着席するなり熟睡した。

目が覚めると、ジョン・ウィリアムスの壮大なテーマに乗せてエンド・クレジットが延々流れていた。

俺が「スターウォーズ」をちゃんと観たのは二作目が公開される直前である。

そして、たいして面白くなかった。

あの二晩の徹夜を今できるなら、「わが闇」はより素晴らしい作品になるだろうに。

今日も明日も明後日も、14時〜20時は稽古、その後頭と体のどちらかがへたばるまで執筆。

これが脱稿までつづく。
本日が劇場入り16日前、台本約4割。

keralino at 01:18コメント(15) 

2007年11月13日

いろいろな演劇人がいるだろう。
何が楽しくて演劇をやっているかは人それぞれだ。

1:そりゃ当然、何よりも本番が楽しい、という人。

2:いや、作品を作り上げてゆく稽古が一番楽しい、という人。

3:いやいや、稽古後や本番後や千秋楽後の打ち上げこそが一番の楽しみだ、という人。

4:いやいやいや、本番開けて4日めの、楽屋入りから開場時間までの間に舞台上でするウォーミングアップほど楽しいことはない、という人。

5:楽しくない、という人。

意外な話だが、5みたいなことを言う奴って結構いたりするのだ。
その筆頭が、俺の回りでは大倉孝二だったりするし、やる舞台やる舞台でキレまくっていることで有名な入江雅人だったりするわけだが、「犯さん哉」の打ち上げのコメントで、大倉は「何年ぶりかで楽しい芝居ができました」と言い、イリポンも「なぁんだか知らないけどホンット楽しかった」と満面の笑顔で語った。

普段そういう事を言いそうにない人間が、そういう事を言うからには、よっぽどそういう事だったんだろうと思えるから不思議だ。

まあそれは余談で、何が言いたかったのかというと、

「今現在、稽古が非常に楽しい」ということと、
「もしこれが、台本を書きながらの稽古でなかったら、もっとずっと楽しいだろうに」ということと、
「自業自得だ」ということと、
「でも頑張ります」ということだ。

ちなみに、階下では野田秀樹さんが、階上では長塚圭史が演出をしており、もし今この建物に爆弾が落ちたら、来月行われる三本の「目玉公演」が中止になるので、どうか我々の稽古場の棟には誰も爆弾を投下しないで頂きたい。
そして野田さんは、ヒトの稽古場に遊びにきたついでに、セットの箪笥の引き出しにくだらないモノを入れようなんてくだらない事は考えないで頂きたい。

残された稽古日数を考えると、今の台本のペースはかなりヤバめなだけでなく、明日明後日と役者のNGで理想的な稽古スケジュールが組めなかったり、不安は多いものの、稽古を楽しめるだけの精神的体力的余裕があるのはよいことだ。

この余裕も一週間後にはなくなっているに違いないけれど。


話は変わって、日々行われている試写会で「グミ・チョコ」を観たキャストたちから、「面白かった」という感想が届けられて、嬉しい。

さっきもマギーから電話をもらった。

今の俺は「わが闇」にかかりっきりで、とてもマスコミで「グミチョコ」を宣伝する余力はない。

キャストの皆さん、面白いと思ってくれたなら、どうか「おもしれえ、おもしれえ」と所構わず狂ったように吹聴してまわってほしい。

映画「グミ・チョコレート・パイン」は12月15日か22日か29日から、東京テアトル新宿にてロードショー。
大阪は1月下旬より、テアトル梅田にて公開。
以降、全国順次ロードショーのはず。

いろいろあったけど、死にそうになりながら頑張って完成させた映画だ。
一人でも多くの方に観ていただきたい。

keralino at 01:21コメント(19) 

2007年11月10日

8日、9日と稽古がオフだったので執筆に専念していたが、思うように進まず、10日もオフにしてもらった。

専念とは言っても、9日には毎日新聞、10日にはクイック・ジャパンの取材が入ったり、事務的ななんやかんや(主に来年のこと)があったり、夕刊フジの連載を書いたりで、専念という程は専念できない。

あ、前回ロッキン・オン(正確にはロッキング・オンだということですが、俺にとっては30年近くロッキンオンだったので、もはや修正はきかないのです)について書いたら、「私も嫌いです」みたいなコメントをいくつか戴いたけれど、俺は別にロッキンオンが嫌いなわけではない、逃げるわけではなく。

ただ、なんとなく関係がしっくりいかないだけで、それは望んでのことではない。誤解なきよう。

クイック・ジャパンで取材に来たキレイなお姉ちゃんが、なるほどと思う分析をしてくれて溜飲が下がったのは、エグさに対する世の中の反応についてだ。

「今や食傷気味でしょう」という俺の発言に対し、
「グミチョコに描かれる青春には援交もトラウマも出てこないのがかえって新鮮だった」
とコメントしてくれたのだ。

そうやって具体例を出されると、なるほどなあ、と思う。

芝居にしろ映画にしろ、もはや「援交」や「トラウマ」をキーワードにされたところで、観る者にはなんの驚きもなかろう。

ホストに何千万注ぎ込もうが、だからどうした、てなもんであり、それは「不治の病」と同じぐらい陳腐に感じられるのが「今」だ。
10年後にはわからない。「今」に限った話である。

もっとも、「陳腐だ」とは感じない陳腐な方々も大勢いるから様々な商売は成り立つわけだが、そんな奴らのことはこのblogではどうでもよい。


「わが闇」では、あまり大きな事件を書きたくない、

みたいな発言を受けて、キレイなお姉ちゃんは前のようなことを言ったのだった。

そう、「わが闇」では、事件の意外さや大きさで物語ることをせず、誰でも少なからず抱えているだろう小さな(少なくとも、死にたいと思うことはあっても、結局は生きていくことを選ぶ程度の)傷をもつ人々を丹念に書きたいと思っている。

俺もたまには誠実な芝居を書きたくなるのさ。なったら書くさ。


話は逸れるが、先日ある演劇人と話をしていた時のこと。

彼は、自分の芝居はつまらないと言われてばかりだと落胆していて、彼が

「つまらないと思う人を説得して、ああそう言われるとなるほど面白かった、と思い直してもらえるならいくらでも説得するんですけどね」

と言うのを聞いて、同じようなことを映画監督の黒沢清氏も誰かとの対談で発言していたのを思い出した。

ハワード・ホークスの映画を観て面白いと思えなかったのに、蓮實重彦の批評を読んで、えっ、そんなに面白いの?と半信半疑で再見してみると、驚くほど面白かった、という話だ。

対談の成り行きはよく覚えていないが、「面白さ」は個人的なものだけれど、「面白がり方」というものがあり、それを共有させることが面白さの広まりなのではないか、みたいな話だったように記憶する。

おおいに同意できる部分と、そうとばかりも言えない部分がある。
ともすると本来はまったく意図していない部分を面白がられてしまう危険性を感じるし(例えばみうらじゅんさんのような人にね)、どこを面白がるか、あるいはつまらながるかは観る人の自由だから、「ここをこう面白がれればOK」みたいな提示をしてしまうのはヤボなのではないかという思いもなくはない。

しかしまあ、「面白がり方の共有」は適材適所でさえあれば有効だろう。

さじ加減を考慮しつつ、このblogが、自分の作る作品の「面白がり方」のヒントを与えるサブテキストとして機能するのもよいかな、と思ったりした。

keralino at 03:33コメント(11) 

2007年11月08日

知らないところで自分について語られることがあるのは、立場上しかたないにせよ、自分の部屋の本棚に並んでいる、まさか、と思うような本に自分の名前を見つけてギョッとすることがある。

高平哲郎さんの「アチャラカ」(ビレッジセンター刊)は一年近く前に購入したまま読まずにいた評論集だが、なんとなく手にしたままタクシーに乗り、パラパラめくっていて、次の一文に思わず煙草の灰を落とした。


2000年の東洋館の平成アチャラカ座旗揚げ公演には、いとう(せいこう)さんも、翌年「空飛ぶ雲の上団五郎一座」を上演する予定のケラ・サンドラビッチさんも見に来てくれました。


本を出す時には、必ず校正という作業があるはずで、「あ、誤植だ」と思ったら、「まあいいか、このままで」となることはまずないのだ。

たいていの誤植は、見つけ次第、修正。
それが出版界のルールだ。ルールというか、あたりまえじゃんか、バカ。


なかなか、自分の名前に三箇所も誤植されることはない。

俺もまだまだである。

さて、「犯さん哉」は演劇界に絶賛と怒号の嵐を巻き起こし、無事終了。
来てくれた方々に、改めて謝意を表します。

現在は「わが闇」稽古が三回ほど終わったところ。
執筆も稽古もまだまだ導入だが、「犯さん哉」とは180度違う作品になることは間違いない。
今度は「笑いに来たのに」とか「暗い」とか「くだらなくない」とか怒られるのだろうか。
何をやっても怒る人はいる。そして喜んでくれる人も。

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「グミ・チョコレート・パイン」の宣伝で大槻と対談した某雑誌(CUT)で、グミチョコプロデューサーへの苦言、というか単なる悪口を一杯言ったら、それこそ校正で「わが雑誌は他人の誹謗中傷は掲載しないのでカットしてくれ」と言われた。
さすがはカットである。

どうもロッキンオン社とは折り合いがわりぃなあ。

昔、LONG VACATIONというバンドで、アルバムをけなされたから、アッタマきて、中野サンプラザでのライヴでMC中に、そのレコ評を読み上げ、ロッキンオンジャパンを引き裂いたばかりでなく、その模様をライヴ盤で発売したことがあって、以来、しばらくロッキンオン社には相手にしてもらえなかったのだが、ようやく取材、と思ったらまたコレだもん。

て俺がコドモなんだけど。

コドモに向かって「コドモじゃないんだから」と言っても無駄だ。

グミチョコを宣伝したくないわけではまったくないのだが、電気グルーヴだか石野だかがやってるラジオへのゲスト出演も、大槻のアスキーだかの連載の対談だかも、せっかく誘って頂いたものの、台本執筆の為に断ってしまった。

ともかく「わが闇」だ。


keralino at 21:15コメント(12) 

2007年11月03日

「犯さん哉」今日と千秋楽の明日はおかげさまで満席。

「わが闇」執筆はボチボチ。
机に向かえば書けるというものではない。
コーヒーをお気に入りのTシャツをこぼし、あわてて水につけたりしている間にも、どんどん時間は過ぎてゆく。

本番観たり台本書いたりの間に、取材をいくつか。

1月にはナイロンでも来阪するし、やはり1月の下旬にはテアトル梅田で「グミ・チョコレート・パイン」も公開されるから、宣伝せねばならないのに、「わが闇」についてはまだストーリーを語れない。設定と心意気だけを滔々と述べて勘弁してもらう。


本日はソアレ後に、総打ち上げ。
千秋楽はバラシがあってスタッフが参加できない為、前日に打ち上げをするというのは、地方公演ではよくあることだ。

Tシャツは衣装さんに洗濯してもらい、シミは免れ、ホッとする。

keralino at 18:16コメント(14) 

2007年11月02日

「犯さん哉」大阪公演二日めは、平日だというのに、マチネとソアレの2ステ。

それでも満員になるなら問題ないが、マチネは六割程の入り。

ソアレはわからない。
劇場に行かず、「わが闇」の人物相関図を、ウンウン言いながら書いていたからだ。

主宰者は、全6ステ中、2ステめ〜4ステめに空席があるようなことを言っていた。
昨日(1日)の2ステと今日(2日)のソアレのことである。

だったら無理して6ステージもやらなければよいのに。
と思わずにはいられないけれど、入ると思ったからやったのだろうし、そう思わせた俺にも責任はあるのである。

さて、「わが闇」の相関図は、この二週間の間にかれこれ20パターン以上を書き、ようやく「これでいけるのではないか」と思えるものが出来上がった。

それでも、しばらく眺めていると、「いや、もっとなんか、あるんじゃないか」と感じてくるので、眺めるのはもうやめて、ついにノートから原稿用紙に筆の先を移した。

このままでは人物相関図しかないまま初日を迎えかねない。

まずお断りしておくと、チラシに書かれたストーリーとはまったく異なるお話になります。
一応チラシにも「変わるかもしれない」的なコトワリを入れておいたハズなので、変わったら変わったでいいじゃんか、の心意気で、結果、やはり変えたワケである。

「犯さん哉」で自分の中の「駄菓子的部分」をすべて吐き出してしまったので、「馬鹿馬鹿しいのはもうしばらくいいよ」という気分になっている。

てことは、「馬鹿馬鹿しくない芝居」になるのだろうかね?
え、コメディじゃないってこと?
クスクスぐらいは笑えるんでしょ?
どうなのどうなの?

バカタレ。どうなのじゃない。
小屋入り一ヵ月前になろうというのに、推測してる場合ではない。書くのは俺だ。


まだ役者も知らない情報なのにここに書いてもよいのかどうかわからぬが、以下が今回自分に課した注意事項&禁止事項。

1・へヴィになり過ぎないこと。かといって無駄に笑いに逃げないこと。

2・キャラクターで語らないこと。

3・演劇的な表現を畏れないこと。

4・何度も使った手法や世界感を繰り返さぬこと。


書き出すのは簡単だが、これはとんでもなくむつかしいことだ。

だからおもしろい。

keralino at 05:11コメント(10) 

2007年11月01日

バリ島にはキンタマーニ空港、オランダにはスケベニンゲンという名の都市があるそうだ。
(前者は、間違えて「パリ」と書いてしまったところ、コメントで指摘していただきました。そうだよな。パリにキンタマーニはないよ。ありがとさん。)

それはそれとして、大阪初日終了。

意外にも、東京より細かいところをしっかり拾ってくれる観客で、非常に気持ち良く終えることができた。
感謝。
「意外にも」というのは、これまでナイロンで何本か「ナンセンス系」の作品を大阪で上演してきて、東京の七割ぐらいしかウケないのが常だったからだ。

今夜、4回ものカーテンコールを求めてもらえた要因はなんなのか。
「古田力」なのかなんなのか、よくわからない。
きっとそれもあるだろうし、役者も俺も、皆それぞれ頑張ってきて、そうしたアレが、なんというか、ようやく認めてもらえてるとゆーか、伝わってるのではないか。

モヤモヤッとした説明になってしまったが、ともかく有り難いことだ。

とは言え、明日はまたどうなるかわからない。油断は禁物。

keralino at 01:13コメント(15)