2008年03月

2008年03月30日

以前お伝えした、犬山イヌコとの隔月トークライヴ第一回の詳細。

日時はいつか?

5月28日の水曜さ。
開場は6時半で開演は7時半さ。

どこでやるの?

だから新宿のロフトプラスワンだって言ったじゃん?言わなかったっけ?言ったよ。

タイトルは?

「INU−KERA」。当たり前だが「いぬけら」と読む。「なぁんにも考えてないタイトルだ」とか言わないでくれる?

入場料はいくら?

前売2500円、当日3000円。但し飲食代別。最低でも1ドリンク(500円〜)のオーダーが必要。

前売って言うけど、それはなに、どこでいつから買えるわけ?

4月12日土曜からローソンチケットで前売開始だってさんざん言わなかったっけ?言わなかったか。

問い合わせはどこにすればいいんだよ。

なんだその高飛車な態度は。ロフトプラスワンでやるんだからロフトプラスワンに問い合わせりゃいいんじゃねえの?

いいんじゃねえのじゃねえよ。やる気あんの?

あるさ。ちょっとは。

だったら電話番号なりURLなり教えろよ。

今わかんねえからテメエで調べろよ。自分のことは自分でやれ。

俺のことじゃねえよ貴様のライヴだろ。

もう聞こえません、ゲームやってます。

このヤロ。



と、まだいくらでも続けられるが、2ちゃんの喧嘩みたいになっちゃったのでやめる。
そんなわけでよろしく。
VOL.2は7月だす。

何度も言うように、基本は犬山と俺が二人で喋るだけだけど、その時々で歌ったり踊ったりもするかもしれない。
あと、ゲストも飛び入りで来たり来なかったり。

去年の頭に克実さんと八嶋とやった禿禿祭の時、自分のトークの下手くそさに嫌気がさしたことは、始めたばかりだったこのblogにも書いた。
トレーニングの為にトークライヴでもやってみようか、みたいなことも書いたかもしれない。
ともかく、鍛えねばと思った。
劇作家も演出家も歌い手もトークの上手さなぞ必要ないが、趣味で鍛えるのも悪くなかろう。

「上手さ」より、なんつーか、スタイルを確立したい。

それが「INU−KERA」始動の理由のひとつ。

もうひとつは、言葉にしてしまうとキモチワルイが、コミュニケーションができたらよいなとさ、思い始めたのね、こうしてblogやっててコメントもらったりしてるうちに。

あまりに閉鎖的になったら辞めるかもしれないけど、ともかく始めてみる。やってみないとわかんないし。


それはそうと、「どん底」稽古はあと4回。

いよいよ佳境だ。

まだ細かくは詰めねばならないトコロは多いものの、なんとか作品らしくはなった。

「いいとも」効果かどうかは知らないが、チケットの売り上げはここのところ急激に伸びて来たそうで、もうあとは頑張るだけなのだった。

keralino at 05:56コメント(15) 

2008年03月25日

「どん底」、気がつけばスタッフは劇場入り9日前、キャストは11日前。

いつもならまだ台本を書いている時期だから(例えばコクーンでいうと、「カメレオンズ・リップ」も「労働者M」も脱稿は劇場に入る一週間前と六日前だった)焦りの度合いで言やあ、たいしたことはない。

と思いたいのだが、未決事項も多く、なによりも今回は劇場に入って実際の舞台装置でやってみないことにはわからないことがたくさんあって、結局はいつもとさして変わらず、心はザワザワしているのだった。

今日初めての通しを、半ば無理矢理敢行する。

まだまだイロイロ変化していくに違いない。

上演時間は今のところ、休憩込みの3時間5分から3時間10分。
なんとか3時間に納めたいけど、こりゃ無理かも。

ともかく、精一杯頑張る。

平日はまだまだチケットがあるに違いなく、日によってはないのかも知れないが、基本的にはあるに違いなく、後半は口コミで当日券の観客が増えるに違いないが、前半はこのままでは空席が目立つに違いなく、それは大変勿体ないことです。

ぜひとも諸君の体が空席に座ることによって、空席を「元・空席」にして頂きたい。「Ex.空席」だ。「ノー・モア・クーセキ」。

とは言え、観に来たくない人にまで観に来てほしくはないんだけど。

稽古最後のオフだった一昨日は、世田谷美術館に永井荷風展「シングル・シンプルライフ」を観に行き、あとは来月23日のソロ・ライヴの準備。
選曲した曲をCD−Rに焼いて、封筒に詰め、住所を書いて、郵便局へ行き、ミュージシャンたちに速達で送付。
そんな地味な作業をしていたら、先週、ボーッとしていて壁にぶつかって以来グラグラしていた歯が、ポロッと抜ける。

下の前歯。

人間歯が一本減るだけでこんなに異様に見えるのか、というぐらい異様なのが面白く、空気が抜けてしまう為に「し」の発音がしづらいのもちょっと面白い。
歯医者に行く時間はとれるのだろうか。

keralino at 09:49コメント(22) 

2008年03月22日

皆様のコメントからお分かりの通り、江口洋介くんからの紹介で、19年ぶりに「笑っていいとも」の「テレフォン・ショッキング」に出演した。

もはや「ショッキング」でもなんでもないこのコーナーだが、久しぶりにタモリさんと話せたのはとても楽しく、別にテレビじゃなくても、喫茶店でもなんでもいいから、たまには話したいと思うのだった。

しかし、19年の時を経て、同じ番組にまた出ることになるとは思わなかった。

第一、音楽もやっているとはいえ、今の俺のパブリック・イメージは19年前とは違って完全に裏方だ。

いや、パブリック・イメージもなにも、実際裏方だ。

そういえば、19年前と21年前に出た時は、「ケラ」の名前だった。
今回は「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」。
19年の歳月は、人の名前を二文字から十四文字にする(中黒コミ)。


ってわけで犬山に繋いだ。
犬山とは、「どん底」のあと、5月から、隔月で、新宿ロフトプラスワンでトークライヴを行う。

トークだけ。
音楽も芝居も、原則としてナシ。

金をとるだけの喋りができるかどうかは甚だ疑問だが、そして何年続くかわからんが、続けられるだけ続けてみようと思っている。

このライヴについての日時、料金などの詳細はまたいずれ。

keralino at 01:14コメント(31) 

2008年03月16日

「どん底」稽古はようやく軌道に乗って来た。

だいぶ時間がかかってしまったが、ある手応えを感じている。

大丈夫そうだから、どうぞ安心して観に来て頂きたい。
平日はまだまだチケットあるようだ。

ガラガラの客席はテンション下がる。

演劇史上かつてない、ポップな「どん底」でありながら、ゴーリキーの意志はきちんと受け継げてるはず。

って、まだあと四分の一、上演台本の執筆が残ってるんだけどさ。

そんなわけで「どん底」はまずまず光明が射してきたものの、他の様々な仕事上のトラブルというかなんというか、問題?が山積みで、日々、気が滅入り気味。

あー、社長はもう嫌だ。

主宰者の立場も、できれば誰かに代わってもらいたい。

ずーーーーーーーーーー〜ーーーー〜ーーーーーーーー〜ーーーーーーーっとそう思ってきた。

なぜか、ナゴムだのシリーウォークだのナイロンだの、すべて長を務めてきてしまったが、本来、モノを作る人間は経営なんかしちゃダメなのだ。

いらぬ責任が生じる。

入社した時は元気一杯だった社員やバイトたちが、多忙さと複雑怪奇な人間関係の中、神経を病んだり治ったりまた病んだりするのを見ているのはつらいものだ。

社長なんて、やってくれる人が周りに誰もいないから成り行きでやってしまってるだけだ。

誰かシリーウォークの社長をやってくれまいか?


なんて書いて、「じゃあワシがやりましょう」なんてよくわからない人に来られても、結局断るんだけどな。

じゃあ書いてもしょーがないんだけどな。

で、今日16日は稽古オフ。
でも台本書いて一日終わっちゃうんだろ、どうせ。



keralino at 04:10コメント(38) 

2008年03月13日

広川太一郎さんの訃報を、稽古場で三上市郎くんに聞いてショックを受けていたら、間髪入れずに、今度はもっとずっと近いところにいる仲間がこの世からいなくなってしまった。

上田現。
レピッシュでキーボードを弾いていた。
80年代には幾度もいろいろなイベントで一緒になった。

気がつくと、有頂天のステージなのに俺の後ろでMAGUMIと二人で上半身裸になって腕立て伏せをしていたのは、日比谷の野音で行われた「インディーズ・フェスティバル」だったか。

レピッシュ脱退後は、一度しか会ってない。
内田春菊さんと舞台をやった時、彼女が声を掛けて観に来てくれたのだ。

日曜のマチネだったと思う。
終演後みんなで一緒に居酒屋へ行って、隣り合って座り、昔話をしたり、カフカの話をしたりした。
その時我々が演っていたのは「カフカズ・ディック」という、フランツ・カフカの評伝劇だったから。

ヤケに気が合った。

携帯番号を交換し、店を出た。

別れ際に、現は

「また会おう」

と言って手を振った。
あれから何年経つだろう。
俺と現は、また会うことはなかった。

入院していたことすら知らなかったし、昨年秋のレピッシュ再結成も、「また見れるだろう」ぐらいの気持ちで見送った。

どんな気持ちで、現はステージに立ったのだろう。


また、会いたかった。
どうぞ、どうぞ安らかに眠ってください。


稽古稽古で、コメントもロクに読めず、申し訳ありません。

あ、4月23日のソロライヴ、おかげさまでチケット完売致しました。頑張ります。

keralino at 03:20コメント(27) 

2008年03月07日

「どん底」との格闘で、精神的にも物理的にも余裕がなく、blogの更新が滞る。また10日ぶりの更新。申し訳ない。

今日は久しぶりのオフだが、台本のリライトはまだまだ終わらない。

つい先日久しぶりのソロアルバムを発表した鈴木慶一さんのライヴ(ラジオの公開録音)が東京FMホールで行われている。
当然行けない。
アルバムを聴いて我慢。

「春琴」にもとうとう行けなかった。

日々「どん底」だ。
「どん底」のことばかり。

アダプテーションを施すとはいえ、やはり他人のホンを演出するのはむつかしい。

自分で書く場合、考えるまでもなく理解できることが(なにしろ自分で書いているわけだから)、他人の本だと熟考を要することだらけだ。

それでも30日後には初日の幕があく。

なにをこんなに焦っているのだろう。
「わが闇」の時は、劇場入り29日前に稽古開始で、まだ15分ぶんぐらいしか本が書けていなかったばかりでなく、この先物語がどんな展開になるのかすら、ようとしてつかめていなかった。

今回は少なくとも一時間半ぶんぐらいの台本は渡せているし、原作があるから、結末も見えている。
圧倒的に材料は揃っているのだ、いつもに比べて。

なのに、焦る。
焦りが空回りしている。

ひとつは、一日の稽古での消化量の問題だ。昨日、江口(洋介)くんも言っていたが、アクセルがかかってきた頃に時間切れになる。
全四幕のうち、序幕をまとめるだけでもあと数日かかるだろう。

全体の分量が見えているからこそ、間に合うかどうかが不安になる。

今回の俺の仕事のウェイトは、圧倒的に演出だから、どうしたって時間がかかってしまう。

何度も繰り返し稽古することによってしか見えてこないものが、必ずあるハズだ。

でなければ、台本なんて早くても遅くても同じだということになってしまう。
「むしろ遅いぐらいの方が集中力が高まる」という危険な考え方だってできてしまう。

そんなんじゃダメだ。やればやるほど良くなる。そうに決まっている。

岸田國士は、昭和29年3月、文学座の「どん底」の演出中、劇場入り二日目に倒れ、翌日、つまり公演初日の朝に永眠した。

病院に運び込まれた時、岸田はまだ意識があり、男爵という役をやっていた仲村伸朗(今回は三上市郎が演じる)に向かって、「大丈夫、死ぬ前にはみんなこうなるのさ」と言ったという。
戸惑う仲村に向かって「ルカの台詞だよ」と言ってニヤリと笑ったそうだ。
謎の老人ルカは、今回は段田安則さんに演じてもらうが、それはともかく、死の間際に演出中の戯曲の台詞を言うなんて、なんという執念だろう。

俺もそんな境地に辿りつけるのだろうか?
仮に辿りつけるとして、辿りつこうというだけの勇気と執着をもてるのか?

作品への疑念をもっていたら無理だ。
考えるしかない。
まずは、ゴーリキーと握手する術を見つけださねば、勇気もクソもない。

keralino at 20:12コメント(16)