2007年01月16日

祭の準備

禿禿祭のスタンバイは整い、いよいよ本日、16日、開幕。


それはそれとして、ある「ヒドイ出来の芝居」が何日か前から、ある馴染みの劇場で上演されているらしい。

最初は、一昨日だ。ある演劇ライターから、興奮した様子で

酷い。あまりにも酷い。

と報告するメールをもらった。
わざわざメールしてくる位だから、よっぽどなのだろうな、と思ったのだが、昨日、また別の人ふたりから、同様のメールを受け取った。

一人は、俺がかつて教えていた演劇学校の生徒、もう一人は演劇好きの女優さんだ。

曰く、

もうこれは演劇とは言えないと思います。
心底がっかりしました。
途中、50回ぐらい時計を見てしまいました。
期待値の1万分の1にも達していませんでした。(BY 生徒)

曰く、

ハア・・・この先、一週間ぐらい、不快になりそうな芝居だったなあ・・・。(BY 女優)


どんなんだ。
面白さを、観客の期待値の、わずか一万分の一に押さえ、観た人間を一週間ものあいだ不快にする芝居って。

観たい。
ものすごく観たい。

不可能を可能にする舞台だ。

しかも、キャストやスタッフには、俺の知人も何人かいて、なるほど、期待を煽るに充分な顔ぶれなのだった。
一体、彼らに何が起こったのだろう。
それとも、何も起こっていないのか。
なにも起こっていないのに、出来高0.01%、不快持続時間一週間か。
謎は深まるばかり。
様々な空想が頭に浮かぶ。


そして昨日、禿禿祭のスタッフの一人が、三日前にこの舞台を観劇していたことが発覚。仕事で忙しそうなところを、そこをなんとか、と感想を問えば、

「一言でいうと、ひとっっっっもいい所のない芝居でした」


ああ観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい!

普通、どう頑張っていい所を隠し通そうとしたところで、ひとつやふたつは見つけられてしまうものだ。
ホンが駄目でも演出がある。演出も駄目でも演技がある。演技が駄目でも、衣装がキレイとかさ、全部の衣装じゃなくても、あの役者さんのあの衣装の、襟元のところだけほんの少しキレイだったとか、かろうじて装置だけは微妙にカッコよさげだと言えなくもなかったとか、あのシーンに流れた音楽の、イントロ後半のセンスだけはなかなかどうしてだったとか。なんかあるだろう。
それを、ついぞひとつとして表に出さないとは。

ちくしょう。なんとしてでも観ておかないと、一生後悔するような気がする。
不快は一週間だが後悔は一生だ。


当事者たちは、今自分たちが、巷に、とまでは言わないが、少なくとも俺周辺に、これほどの嵐を巻き起こしていることを知っているのだろうか。

観たい。
これだけ皆が騒いでいる芝居だ。
どうしても観たい。
多少、いや、かなり無理してでもみたい。
なんとかして観にいこう。
頑張ってスケジュールをやりくりすれば、きっと、なんとかならないことはない。
だけどあれだぞ、こんなに頑張って行くんだから、面白かったら承知しねえぞ。


つまらないことを楽しみにして観に行った芝居が面白かった時ほどつまらないことはないからね。
頼むよ。


keralino at 01:41