「ダニング=クルーガー効果」という、身もふたもないものを偶然に知った。

「自分の実際の能力が低い分野ほど、自分の能力を高く評価してしまう」傾向のことだそうで。

一瞬、えっ、逆じゃないの?と思ってしまう。「能力が高い分野」ほど、自分を高く評価するんじゃないの?……と考えるが、これ、逆ではない。

つまり、能力が低い分野では「自分の能力」を正しく評価できず、「自分以外の人の能力」との差も評価できない。そのため、どんな分野であれ、人は実際の能力が低い分野ほど自分を過大評価する傾向があるんだそうです。
能力が高い分野では、自分のレベルをある程度正しく判断できるので、自分をそれほど過大評価しない。
あ〜ごめんなさいおっしゃる通りです自分もやっちまってるかも……似たようなことは古今東西あるような気もする。



ここからは自分の考えたこと。

つまりアレです、初心者が「このくらい自分でも出来る、根拠はないけど自信はある」というアレ……

自分をかえりみても、西も東もわからない、要は知識も能力もない超・超・超初心者のうちは「やればできるはず」と、むしろ根拠のない自信を持っていることが多いです。「自信」そのものは、習得を目指す時には必要なので、悪いことではないのですが。

しかし少し上達して視野が広がってくると、自分の本当の力を判断できるようになる。自分の能力が上がってくると、自分に対する過大評価は出来なくなって来るわけです。

たぶんそこで初心に立ち返って、改めてスタートを切る場合が多いのでしょう。
でもそこで「ヘタな自分」「未熟な自分」を受け入れることが出来ないと、続けることがつらくなってしまう。自分がヘタであるという事実が嫌になって、それ以上続けられない。
ジャズピアノに限らず、学習の初期の挫折って、ここで起きることが多いような気がする。

コードをある程度覚えてリードシートで弾いたら全然サマにならなかった、あの記事の時の自分は、まさにこの「無知ゆえに過大評価していた自分の能力の、本当のレベル」を突きつけられた状態だったんだ、と今になって思います。


でも、職業にするなら別ですが、趣味でやるのなら「今はまだまだヘタだけど、まあ練習してだんだん良くなればいいのさ ♪」っていう、のんきなスタンスでもOKなんですよね。

自分はまだヘタだ、でも練習して、少しずつレベルアップすること自体を楽しもう、というのを基本にしてやって行けば、どんなレベルでもそれなりの楽しみがあるわけで。
上手な他人と比べて自分はヘタだから楽しくない」とか「こうありたい理想の自分よりヘタだから楽しくない」と私も思ってしまうことがあるけど、それはなるべくやめようと思うのです。
過去の自分と比べてほんのちょっとだけは上達したぞ」と思うほうが、残りの人生を楽しめると思います。楽しみのためにやることを、趣味と呼ぶんだよね。



そう言えば、ジャズ漫画「BLUE GIANT」※1 の、第9話(2巻)のシーンであったなあ。
街なかの路上演奏で熱唱してるいかにも初心者っぽいアマチュアバンドの兄ちゃん達に、酔っ払った観客のおっさんが「ヘタクソ」とからむ。で、通りすがりの主人公がおっさんに「みんなヘタクソから始まるんだ」とか「この人達の音楽に救われる日は来ないと、どうして言えるんすか 」って、とんでもなく真っ正面なことを言うんだよね。自分自身と重ね合わせて。

主人公の一途さがわかり、その後の伏線にもなっている、ちょっといいシーンなんだけど。せっかく主人公に援護されたバンドの兄ちゃんたちは、ヘタだという自覚が全然なくて、おっさんと主人公のやり取りを聞いて「オレたちヘタなの?」って愕然としてるのが、気の毒やらおかしいやら。今思えば、あれってダニング=クルーガー効果だよね……

    

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※1  『BLUE GIANT 2』石塚真一 著、小学館 ビッグコミックススペシャル、2014年


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☆今やっていること

・『コード・ヴォイシング・ワークブック』基本コード、ケーデンス

・『ジャズピアノの練習法を教えます』毎日の指慣らし用

・『ジャズ・ピアノ・メイカーズ vol.2』

・『やさしいブルース・アドリブ入門』

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