教授と學生『銘々のテーブル』(テレンス・ラティガン作)(第245回)

「銘々のテーブル」(その一)

 山口教授は文學書房發行『文學研究』にエッセイを寄稿した。以下がそうである。

「銘々のテーブル」

 今から丁度三十五年前の事になる。私は夏休みを利用し、七月、八月、九月の三ヶ月間、英國エクセター大學英文科に研究留學した。宿舎は大學構内にある施設が利用出來たが、風呂が共用なのがいやで、B&Bに宿泊する事にした。大學に間に入つて貰ひ、一週間契約で、希望する限り契約延長出來ると云ふ條件であつたが、私は結局三ヶ月間このB&Bのお世話になつた。B&B、つまりベッド・アンド・ブレックファーストとは一泊朝食附きと云ふ意味で、ホテルに近い高級なものから、民宿に近い簡素なものまであり、私の利用した「公園亭」は、丁度、ホテルと民宿の合の子であつた。「公園亭」は、夏の旅行シーズンには、レギュラーと呼ばれる長期滞在客が私を含めて五名、カジュアルと呼ばれる短期客が常時十五名くらゐ、計二十名で満室の小ぢんまりした宿所であつた。毎朝、イングリッシュ・ブレックファーストを食べる爲に食堂に宿泊客が集まる。當然、レギュラー同士親しくなる。その中で忘れ得ぬ人が二人ゐた。一人は主人の死後、娘夫婦とロンドンで同居してゐたが、或る時、娘と修復不能な大喧嘩をやらかし、温暖なエクセターにやつて來た裕福な老婦人で、年金暮しださうだ。もう一人は八十歳を大分越えてゐると思はれる老紳士、スコットランドのアバディーン出身で、もう何年も「公園亭」で獨り暮らしだと云ふ。ミスター・ウイリアムと呼ばれてゐた。
 初めて、私が朝食の席でミスター・ウイリアムと交はした會話はかうである。

私「グッド・モーニング」

ウイリアム「今、外では雨が降つてゐるのに、何でグッドだ」

私「バッド・ウエザー、しかしグッド・モーニング」

ウイリアム「バッド・ウエザーぢやあない。ナアスティ・ウエザーだ。お前はナアスティ・ジャパニーズだ」

私「さうですか、ナアスティ(いやな)イングリッシュ」

(ウイリアム、恐ろしい顔をする。)

私「ウエザー」

(ウイリアム、うなづく。ベティと云ふ給仕がやつて來て)

ベティ「おや、おや、仲良くね」

 何とも狷介な爺さんではあるが、それはさておき、表題の「銘々のテーブル(Separate Tables)」と云ふのは、ラティガンが書いた人情喜劇の表題であり、第一部は Table by the Window 第二部は Table Number Seven で、紹介したいのは第二部の方である。ウイリアム氏が一寸した事件を起し、それが Table Number Seven のテーマと重なつてゐるからである。(續く)

教授と學生『ビリー・バッド』(ハーマン・メルヴィル作)(第244回)

第244回『ビリー・バッド』(その五)

 クラッガートが床に倒れた後、ヴィア艦長はビリーを特別室に入れ、軍醫を呼んだ。軍醫はクラッガートの死を確認すると、ヴィア艦長に理由を訊ねた。ヴィアは烈しくかう叫んだ。「神の御使ひに打たれて死んだ。けれども、御使ひはつるされねばならない」。これは、軍事法廷で審議が行はれるのに先立つて、ビリーに對するクラッガートの告發は事實無根である事、しかし、ビリーの上官殺害を見逃す事は出來ない事を、ヴィア艦長が確信した「叫び」であつた。ビリーがクラッガートを毆り倒した時、艦長室には、ヴィアとビリーとクラッガートしかゐなかつたが、ヴィアにはビリーに有利なやうに事件を始末すると云ふ發想はまるでなかつた。
 軍事法廷で、ビリーは「自分とクラッガートの間に惡意はなかつた」し、「殺す積りもなかつた」と言ふ。「ちやんと喋れてゐたら、毆つたりしなかつたでせう。でも、あの人は僕に面とむかつて、しかも艦長の前で、卑劣な嘘をついたのです。僕は何か云はなくちやならなかつた。でも、毆る事でしか云へなかつた。」
 裁判官の一人である海兵隊長がかう言つた。「先任衛兵長がお前を告發して云つた事は嘘だと、さうお前は云ふ譯だが、では、どうして彼はそんな嘘を、そんな惡意のある嘘を吐いたのか。二人の間に惡意は存在しなかつたと、お前は供述したではないか」。ビリーはこの質問に答へられない。そこで、ヴィア艦長の方に訴へかけるやうな視線を向けた。「ヴィア艦長こそは自分を助けてくれる最善の友と思つた」からだ。ヴィア艦長はかう言つた。それはクラッガート以外に答へられない質問だ。だが、實際には海兵隊長の指摘した問題は「判決に殆ど影響するものではない」と私は思ふ。「先任衛兵長の行動の動機が如何なるものと考へられる」にせよ、或はまた、「何が誘因となつて彼が毆られるに至つたかといふ問題」とは關はりなく、「本件に關して本法廷は毆打の結果に注意を限定しなければならないし、その結果をもたらしたのは、云ふ迄もなく、毆打といふ、被告の行つた行爲以外のなにものでもない」。
 ビリーにはヴィア艦長の「毆打とその結果に審議を絞るべき」と云ふ理窟がまるで理解出來ないが、尊敬するヴィアに自分の運命を委ね、異議を一切申立てなかつた。しかし皮肉な事に、このヴィアの言葉こそ、ビリーの死刑判決を強力に示唆するものだつたのである。まことマシーセンの云ふ通り、クラッガートの惡意に對して無防備であつたビリーは、全く同樣にヴィアの正義感の發露にも打ち負かされることになつてしまつた。ビリーは、裁判で自己辯明することさへ思ひつかなかつた。
 無論、ヴィア艦長は專制君主ではないし、獨裁的的軍艦運營を行つてゐた譯でもない。ビリーの處刑は秩序維持の爲の秩序維持ではない。本論冒頭に置いた留守晴夫の解説が、ヴィア艦長の苦しい決斷の意味を解き明かしてゐる。要するに、ヴィアは己の信念に從つて、爲さねばならぬ事を爲したのだが、では、果してビリーはどうか。ビリーは云はば南海の樂園に住む高貴な蠻人であり、全てが満ち足りてをり、「贈り物が手の平に置かれても、指がそれを掴む事をしない」。エゴイズムが欠けてゐるので、腕力が強くてもそれを自己の利益に用ゐる事はしない。このやうな牧歌的生き方は、クラッガートが住む「強奪」的な世界では通用しない。「大人の無垢」は樂園だけの特權だからである。ミルトン・スターンの云ふ通り、クラッガートにとつてビリーの生き方はこの世の虚偽の證しであり、憎むべきものであつたが、一方、ヴィアにとつては人間らしい心であり、美しいものではあるが物の役には立たない。しかしながら、心情には知性の力が及ばぬものがあり、「知的未成熟」のビリーをヴィアは心の底から哀惜し、生涯忘れはしなかつた。ビリー・バッドの悲劇はヴィアの悲劇となつたのである。

教授と學生『ビリー・バッド』(ハーマン・メルヴィル作)(第243回)

第243回『ビリー・バッド』(その四)

 ビリーに對する「一方的な惡意」を、クラッガートは持つに至つたのだが、その「惡意」の發露の仕方には、獨特のものがある。彼は「不徳行爲や些末な惡事とは無縁」であり、「金錢で動く譯でもないし強慾」でもない。要するに、「低劣な慾望も官能的慾望」も持たない。この種の「人間の示す冷静な氣質や愼重な態度は、理性の法則にその人間なりの從ひ方」をしてゐるやうだが、心中は理性の縛りから外れて荒れ狂つてゐる。かう云ふ人間にとつて「理性」とは「非理性的目的を達成するための巧妙な手段」に他ならない。そして、「非理性的目的」とは、ビリーを「ねたむ」あまり、彼を破滅させる事であつた。
 クラッガート自身は「一方的な惡意」などと云ふものは無いと信じてゐる。詰り、自分がビリーを憎むのは、ビリーもまた自分を憎んでゐるからであり、「憎しみ」は常に双方向で働くと思つてゐる。そこで、彼はビリーを「祕かに苛むやうな事」をやり始めたのだが、それはビリーの「氣質を試してみる」ためだつた。ところが、「そんな事をやつてみても無駄だつた。クラッガートが役職を名目に己が敵意の餌食となし得るやうな、或は、いかに尤もらしい自己正當化の具に歪曲し得るやうな、いかなる性格もビリーは自らの中に育てよう」とはしなかつたのである。
 マシーセンによれば、クラッガートは『白鯨』のエイハブ船長が持つ偏執狂的性格と、ホーソン作『緋文字』のチリングワース医師に見られる「抑制された邪惡な性格」の合はさつた人物と云ふ事になる。メルヴィルは實に入念な性格造形を行つて、專ら「惡意」を糧として生きるクラッガートを作り上げたのだが、その結果、クラッガートは『オセロ』のイアーゴのやうな普遍的典型となるに至つた。そのクラッガートがオセロを嫉妬の罠に嵌めるイアーゴよろしく、ビリーを根も葉もない「叛逆罪」で告發したのである。
 クラッガートはヴィア艦長に「ビリーの言動のあれこれを微に入り細に亙つて述べ立てた。それらが信じてよいものだとするならば、總體としてビリーを死罪と判定するに足る根拠となり得る證言」だつた。ビリーが艦長室に呼ばれた。再度、クラッガートはビリーの前で前言を繰り返した。ビリーは言語麻痺に陥つた。「身動(みじろ)ぎもしないビリーの姿に衝撃を受けた」ヴィア艦長は、「何か云へ。自分の身を守るんだ」と、ビリーに言つた。「何とかして言葉を發しようといふ焦燥感にビリーはなほさら烈しく驅り立てられーーーその結果、發語麻痺の症状は益々惡化」した。次の瞬間、「ビリーの右腕が素早く飛ぶと、クラッガートはどうとばかりに床」に倒れた。「一度か二度喘いで、それから全く動かなく」なつた。
 クラッガートは死に、ビリーは上官殺害で裁かれる事になつた。思ひがけぬビリーの反撃により、クラッガートは倒れたが、彼の思惑は「叛逆罪」で、ビリーを絞首刑にする事であつた。軍事法廷でビリーに死刑判決が下り、結果的に「絞首刑」の企みが實現してしまふ。何とも救ひの無い結末であるが、では、軍事法廷を指揮したヴィア艦長は如何に「心情」と「知性」の葛藤に耐へたか。ヴィア艦長はクラッガートのビリー告發がでつちあげである事を見拔いてゐたのである。
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