教授と學生『ブヴァールとペキュシェ』(フローベール作)(第181回)

第181回 教授と學生『ブヴァールとペキュシェ』(フローベール作)(その三)

(讀書會、續き)

山口教授 「松原正全集第三巻書評」の爲、『ブヴァールとペキュシェ』を休んでゐたが、再開しよう。何についてだつたかな。

葉月 ペキュシュのメリーへの感情について論じてゐて、漱石の『それから』に話が及び、「性愛」と「愛」とはどう違ふのかといふ話をしてゐました。本居宣長は「すべて好色のことほど人情のふかきものはなきなり。千人萬人みな欲するところなるゆへにこひの歌は多き也」と書いてゐます。「好色」も「こひ」も、「性愛」も「愛」も、日本人に取つては、同じ「人情のふかきもの」であり、「もののあはれ」に通じるものです。詰り、宣長によれば、「性愛」と「愛」に本質的な違ひはありません。

藤野 私が通つたミッション・スクールでは、神の愛であるアガペーと性愛のエロスとは明確に違ふと教へてゐました。

山口教授 「性愛」の中の「愛」を主題にして、グレアム・グリーンが大層興味深い短編小説を書いてゐる。「ポルノ映画」(The Blue Film、1954))といふ作品だ。大分前に讀んだきりだから、登場人物の名前は忘れたが、良く出來てゐるのに感心したので、筋書は詳細に憶えてゐる。

 登場人物は倦怠期に入つた中年のアメリカ人夫婦で、夫は休暇を取り、妻とベトナムにやつて來る。三十年前、彼がまだごく若く獨身だつた頃、ベトナムにゐた事があるから、仕事を一休みし、想ひ出の土地を再訪した譯だ。妻はかう言ふ。「寢そべつてゐるブッダ像も見學したし、水上マーケットで買ひ物もしたわ。後はホテルで寢るだけかしら、、、。あなた、あたしに約束したぢやあない、ここに來る前に。いい所に連れてゆくつて。」夫は思ふ、うるさい奴だが、これまで、あまり相手をしてやらなかつたから、これも仕方が無いか。妻が「いい所、いい所」とやかましくせがむので、彼は根負けして到頭意を決する。「君が行きたいと言ふんだからな、ショックを受けても知らないぞ。」「あら、あたし、平氣よ。」二人はホテルを出て、ポン引きに金を拂ひ、タクシーでとある祕密の場所に案内される。息の詰るやうな狹い部屋で二人は映画を見る。ポルノ映画だが、演技ではない。本當に行爲を行つてゐるのである。最初のは詰らなかつた。好い年の男がブロンド女と絡む。「面白くない」と、夫は言ふ。「だから、Blue (ひどい)と言ふのよ」と妻が應じる。二本目が始まり、それを見てゐた夫は驚愕する。完全に思ひ出した。
 画面の中の男も女もひどく若い。少女のやうな女は服を脱ぎ、まるで儀式を行つてるかのやうに、脱いだ服をきちんと疊むと、全裸の體をカメラに、それから若い男にさらす。女はまだ二十歳になつてゐないやうに見えるが、夫は二十一歳だと知つてゐる。「どこで、こんな二人を見附けるのかしら。」「賣春婦だよ。ここを出ようか」と夫が言ふ。「いやよ、お金を拂つたもの。」男はカメラから顔を隠してゐたのだが、うつかりカメラを見る。「いやだ、あなたぢやあない。」「僕だよ、三十年前の。」「どうして、こんな事を。あなたがこんな事をしてゐたと知つてゐたら、あたし、絶對、あなたと結婚しなかつたわ。何か言ひたい事がある、あたしに。」さう言ひながらも、妻は画面の中の二人の行爲を凝視してゐる。「遙か昔の事だよ。他に方法がなかつたんだ、彼女を助けるのに。彼女は纏まつたお金を必要としてゐた。彼女が映画に出たのはこれが初めてだ。僕は頼まれたんだよ、愛してゐたからね。」「商賣女を愛せるの。」「愛せる。」「で、あなた達、どうなつたの。」「彼女はゐなくなつた。一年續いたけどね。」
 ホテルに歸ると、夫は浴室に入つた。服を脱ぎ鏡の中の體をちらりと見ると、彼は老いを感じた。部屋に戻ると、妻が半裸になつてゐた。細い裸の足が獲物の小魚を狙ふ青サギを思はせた。明らかに先ほど見たベトナムの少女に自分を重ねて興奮してゐるのだつた。かうなつては、滿足させてやる以外に方法が無い。その最中に、彼女は怒り傷ついた鳥のやうな聲を上げた。行爲のあと、彼女は喋り續けた。「何年ぶりかしら、こんなに好いの。」夫は黙つたまま、孤獨と罪の意識を感じてゐた。彼が愛した、ただ一人の女とのあの一夜を、自分は裏切つてしまつたと思つてゐたのである。

 今では、インターネットでポルノを簡單に見られるが、これは六十年以上前に書かれた小説だよ。

藤野 (溜息を吐いて)色々考へさせられますね。作者のグリーンはカトリックですから、性行爲は「罪」であるが、婚姻の祕蹟に於てのみ、「罪」から免れると知つてゐる筈です。ところが、この小説の夫は、妻との行爲に「罪」を感じ、賣春婦との行爲に神聖な「愛」を思つてゐます。小説の讀者もこの「夫」と同じ氣持になる。慾望を滿足させるだけの、「愛」の缺けた「性行爲」と「愛」のある「性行爲」。やはり「性愛」と「愛」とは違ふのですね。

葉月 日本人はどう轉んでも「性行爲」を「罪」とは考へませんから、性慾だけの「性行爲」であつても、それを「罪」とは感じません。「愛」のある「性行爲」も「愛」のない「性行爲」も、「罪」が無いといふ點では、同じになつてしまひます。松原正は『知的怠惰の時代』に収録されてゐる「教育論の僞善を嗤ふ」に、かう書いてゐます。頓智の一休さんが「性愛」に溺れた「破戒僧」だつた事です。(ノートを開く)

一休は淫房酒肆に遊んだ破戒僧であり、歳七十を越えて三十歳の盲女との性愛に惑溺した男であり、盲女の淫水を吸ひ陰に水仙花の香を嗅いだ男なのである。(中略)
 一休は心中に地獄を見、「野火焼けども盡きず、春風草又生ず」る事に苦しんだ。「一切の物をよしともあしともおもはざるところを、よしとも又思はず」との境地には達しなかつた。(中略)戒律が絶對善に支へられてゐない以上、戒律を破る破戒の行動たる逆行も惡とはなりえない。そしてそれなら、「坐禪するにもあらず、眠るにもあらず、口のうちに念ぶつ唱ふるにもあらず」、大愚と稱し、托鉢して暮らし、米が餘れば雀にくれてやつた良寛を順行の僧とは言へず、かと言つて、盲女の楚臺に接吻する一休を逆行の僧とも言へぬといふ事になつてしまふ。(松原正、「教育論の僞善を嗤ふ」)

 一休は性慾を克服しようと苦しんで、結局、良寛のやうに克服出來なかつた譯ですが、だからと言つて、一休を惡僧と罵る日本人はゐません。逆に、「昨非今是、我が凡情」と言ひ切つた一休を知れば、彼の「融通無碍」に感心する人も多いかも知れません。

黒田 成程、我國では「戒律」を媒介に男女の關係を考へても、肝心の「戒律」の背後に「絶對善」が無い以上、「性愛」に溺れる一休も、煩惱解脱を果たした良寛も、「罪」とは無縁の存在となつてしまふのですね。だから、グリーンの小説「ポルノ映画」の夫が、若き日に、可憐な賣春婦を救ふ爲、破廉恥な行爲を行ひキリスト教の「戒律」に背き、そしてそれゆゑ彼女に「愛」を感じた、などといふ逆説は、理窟としては兎も角、日本人には實感としては解りません。精々、氣立ての良い貧しい若い女を救ふ性行爲の方が、ポルノ映画に興奮した古女房との性行爲より、遙かにましだと思ふくらゐですね。(讀書會、續く)

松原正全集第三巻「戰爭は無くならない」(書評補遺)

書評補遺 「全集に寄せて松原先生を偲ぶ」

 本全集第三巻第二部冒頭に「二つの正義」(昭和五十一年十一月)が収録されてゐる。單行本には未収録、初出は『正論』昭和五十一年十一月號であり、松原正先生が四十七歳の時である。昭和四十九年に松原先生の戲曲代表作「サイゴンから來た男」が三百人劇場で上演され、その當時は評論より劇作に力を入れてをられた。評論「二つの正義」を皮切りに、昭和五十二年六月七日から産經新聞にコラム「マスコミ論壇・週刊誌評」が隔週で連載される事になり、その頃から、急速に劇作よりも評論に執筆の軸足を移された。「二つの正義」は劇作時代と評論時代とを繋ぐ中間地點に位置する論文であり、文學者松原正を論じる時、重要な意味合ひを持つ。私はこの論文が載つてゐる『正論』を大事にしてゐたが、何時か紛失してしまつた。捨てた筈が無いと思ひ、これ迄何度も書庫を探したものの結局見附からず、單行本未収録の爲、讀み直す事が出來ず、酷く悔しい思ひをしてゐたので、今回、全集第三巻に収録された事は洵に嬉しい。
 本ブログに「松原先生の思ひ出」を書いたが、そこに記した通り、當時は松原ゼミ草創期であり、先生は我々草創期ゼミ生五人(留守、野中、蔦原(芦原すなお)、高橋、北村)の指導の爲、毎週金曜日の午後から深夜に至るまでの時間を割いて下さつた。通常の授業、研究、論文執筆、劇團との附き合ひ、韓國訪問といふ多忙の中で、長時間に亙るゼミ生指導は、教育に對する竝大抵の熱意で出來る事ではない。これは、私が長年、九州大學で學部生、大學院生のゼミを指導した經驗から良く解る。深夜まで續くゼミといふのを、私も何度か眞似した事があるが、ゼミ生も私も疲勞困憊となり、勞多くして益が少ない爲、私の場合ゼミは昼間通常三、四時間程度に留めた。
 さて、「二つの正義」は、「數の正義」即ち「民主主義」か、「力の正義」即ち「獨裁」かといふ問題を扱つてゐる。一讀明らかなやうに、松原先生の評論文に特徴的な、竝居る論客を次々に斬倒してゆく論爭的な文ではない。それだけに、何か松原先生の發想の本質とでも云ふべきものが、剥き出しの形で現れてゐる。論文末尾の文章を引かう。

われわれとしては、數の正義、弱者の正義がのさばり返つてゐるところでは、執拗にその虚妄をあばかねばならない。
 それは負け軍かも知れない。なぜならそれは、力の正義の限界を心得たうへで數の正義を否定するといふ、相對主義の泥濘に足を取られての軍だからであり、理想と現實の二元論はその緊張を失ふ時無氣力な中庸に堕するからである。しかし、負け軍を覺悟のうへで、われわれはそれをやるしか無いのである。

 本全集第二部には、主に、韓國の朴正熙、全斗煥兩大統領の政治についての論攷が收められてゐる。兩大統領とも「力の正義」により、功績をあげた軍人兼政治家であり、この「二つの正義」を讀めば、危機に瀕した祖國を救ふ爲に、「力の正義」を重んじ、「獨裁」との批判を受けた二人の大統領の「治世」の本質を理解するのに役立つ。だが、それは、第二部を讀めば誰でも解る。拙文の讀者の注意を喚起したいのは、引用文に「理想と現實の二元論」といふ表現があるくらゐで、その他の箇所には「二元論」といふ言葉が遣はれてゐないといふ事である。「二元論」だけではない、「絶對」も「絶對者」も「キリスト教」も出て來ない。松原先生が「二つの正義」をお書きになり、劇作から評論に向かはれた時、ゼミで良く仰つてゐたのは、日本の物書きの文章が西歐の物書きのそれに劣る理由として、日本には「絶對」が無い、「絶對者」がゐない、「キリスト教」が無い、従つて「絶對」と結附く「理想」と我々の生きる「現實」との「二元論」が無い、かうした類ひの事が馬鹿の一つ覺えのやうに云はれるが、ほとほと聞き飽きた、もう澤山だ、他の説明が出來ないのか、といふ事であつた。日本には「絶對」が無い、それゆゑ「二元論」が無い、それは紛れも無い嚴然たる事實である。しかし、かうした便利な言葉を持出せば、思考はその途端に「紋切型」となる。ウィリアム・ブレイクは「抽象化とは白痴化を意味する」と言つたが、「紋切型」とは詰り「抽象化」である。世には、かうした「抽象化」の擧句の「白痴」じみた駄文が溢れてゐる。日本と西歐の彼我の違ひを論じるのに、「絶對、絶對者、キリスト教、二元論」といふ言葉を遣ふのは仕方が無い。が、それには、「紋切型」でも「抽象化」でもない「生きた學問」が必要である。「紋切型」、「抽象化」を好む精神からは「死に學問」しか生まれない。
 さう云へば、小林秀雄も「絶對」だの「絶對者」だのといふ言葉は殆ど遣はない物書きであつた。早稲田大學英文學會發行『英文學』本年號は、松原正先生追悼號であり、留守晴夫、臼井善隆、大島一彦、村田薫の各氏が、「松原正先生を偲ぶ」文章を寄せてゐる。その内、臼井、大島兩氏が松原先生と小林秀雄の類似を指摘してゐる。大島氏は、松原先生の「小林秀雄そのひとに對する敬愛の念」は最後まで揺るがなかつたと書いてゐるし、臼井氏によれば、松原さんは、師福田恆存に對してよりも、「性格的には小林に近かつた」さうである。私も、松原先生から小林秀雄の文章に附いて直接伺つた事がある。あれは何時の事だつたか、我々草創期のゼミ生五人が、松原先生のご自宅で晩飯を御馳走になつた事がある。好い加減酒が廻つた頃、先生が「文章とはとどの詰りリズム」であると仰り、突然、小林秀雄の「モオツァルト」末尾の文章を暗誦された。有名な「レクイエム」について書いた文章である。「彼は、作曲の完成まで生きてゐられなかつた。作曲は弟子のジュッスマイヤアが完成した。だが、確實に彼の手になる最初の部分を聞いた人には、音樂が音樂に袂別(べいべつ)する異樣な辛い音を聞き分けるであらう。そして、それが壊滅して行くモオツァルトの肉體を模倣してゐる樣をまざまざと見るであらう。」先生は、これこそリズムであると言はれ、次に「實朝」から次ぎの文を引用された。

  箱根路をわれ越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄るみゆ

 この所謂萬葉調と言はれる彼の有名な歌を、僕は大變悲しい歌と讀む。實朝研究家達は、この歌が二所詣の途次、詠まれたものと推定してゐる。恐らく推定は正しいであらう。彼が箱根權現に何を祈つて來た歸りなのか。僕には詞書にさへ、彼の孤獨が感じられる。悲しい心には、歌は悲しい調べを傳へるのだらうか。(小林秀雄「實朝」)

 暗誦された後、「昔は、もつと澤山小林の文章を憶えてゐた。北村は音痴で音樂にさつぱり興味が無いが、文章のリズムが解ればそれで好い」と、松原先生は仰つた。他のゼミ生四人よりも、私は先生のお宅に獨りだけ早く着き、皆が揃ふまで、先生ご自慢のステレオで、音樂を聽かせて戴いたのである。オッフェンバックの「天國と地獄」をかけて下さつた時、「これは運動會の音樂ですね」と、私が言つたので、先生は思はず吹き出し、「そりやあさうだがね」と笑つてゐらした。樂しい想ひ出である。

松原正全集第三巻「戰爭は無くならない」(第5回)

第五回 對話「國家にも自尊心がある」

登場人物: 山口教授、北村

(深夜、北村が焼酎を呑みながら、自宅で炬燵に入り、炬燵の上のパソコンに向かひ何やら書いてゐる。ふと人の氣配を感じる。)

北村 (部屋に置いてあるソファーの方を見て)おや、山口教授、、、。「教授と學生」を暫くお休みにしてゐますので、出ていらしたのですね。(炬燵の上に置いてある焼酎の四合瓶を手に取り)こんな物で良ければ、お飲みになりますか。山口さんのお好きなスコッチは、生憎切らしてゐます。

山口教授 有り難う。だが、僕は「北村賢介ブログ」の中だけに棲息する架空の存在なのだから、僕の作者である現實の北村さんと飲む事は出來ない。

北村 今、丁度、「松原正全集第三巻」書評の最終回を書いてゐたところでした。(コップの焼酎を飲み)全集第一部「戰爭は無くならない」ですが、あれを松原先生が執筆なさつてゐた時、ゼミでは「悲劇論」をやつてゐました。あれからほぼ四十年たち、今、我國と韓國との仲が險惡になり、北朝鮮も何時暴發するか解らない状勢になりましたが、こんな非常時に、米軍は沖縄から出て行けなどと太平樂を竝べてゐる輩(やから)がゐるのですから、日本は平和惚けが昂じて、國家危機不感症です。「悲劇」の高貴など藥にしたくても無く、「喜劇」の幇間だけが太鼓を叩いて、阿呆踊りを踊つてゐます。この爲體(ていたらく)では「悲劇論」より「喜劇論」が必要です。米軍にしてみれば、何でこんな「喜劇」の國を守らなければならないのかと云ふ思ひでせう。

山口教授 ロシアとは北方領土、中國とは尖閣、韓國とは竹島、北朝鮮とは「日本國民の拉致」、どれを取つても我國は國益のかかつた難しい對應を迫られてゐるのに、米軍を邪魔物扱ひだからな。北朝鮮が日本海にミサイルを飛ばし、核兵器を既に開發してゐる。肝心の自衛隊は憲法で活動を雁字搦めに制約されてゐる。常識的に考へて、こんな時に、強力な軍事力を持つ國が味方についてくれるほど有り難い事はないのにな。多分、日本人は利益の相反する周辺諸國に虐められるのが嬉しくて嬉しくて堪らないのだらう。「被虐」としか言ひ樣がない。だが、松原さんが「被虐症こそ日本病」(第四部)に書いてゐる通り、「被虐が快樂なのは生命の安全が保障されてゐる場合だけ」だよ。「なにせ日本國」は七十二年間も「安穏無事だつたのだから、被虐症の流行は當然の事、一向に怪しむに足りない」。それが何時まで續くのか。今に「被虐が快樂」では無くなる時が、必ずやつて來る。「戰爭法案絶對廢案」などと、太鼓を叩いて遊んでゐる事が出來なくなる日が來る。久保田万太郎に「永き日や機嫌のわるきたいこもち」と云ふ句があるが、人間、常に道化て此の世を渡る事は出來ない。
 まあ、日本國民はこれまで「戰爭絶對反對」でやつて來たがね、それで無事だつたのだが、その爲に、「道德不感症」を患つてしまつた。この病(やまひ)の毒に當つてしまつた。「團結と和合の微温湯」(「戰爭は何故無くならないのか」六)で松原さんが言ふやうに、「戰爭とは國家のエゴとエゴとの單なる衝突ではない。他國からすれば「小異」でしかない樣な道徳的信念と信念との衝突、それが戰爭」を引き起す。だから、日本が平和であり續けたといふ事は、「道徳的信念」を持たずに、これ迄やつて來た證しといふ事でもあるのだからね。

北村 確かに、アメリカが戰つたベトナム戰爭、灣岸戰爭、イラク戰爭などは、アメリカの「道徳的信念」が引き起こした戰爭でした。それに、國家と國家との間には必ず利害對立が生まれますから、自國が正しいと他國に主張する必要が生じ、さうなると國家間の衝突が不可避です。國聯の仲介を求めても無駄ですね。國聯の裁きが自國に不利なら、不利な方の國が納得しませんから。「正義」は相對的です。國聯が裁いても、その裁きの正しさを認定する存在がありません。神樣を持出す譯にもゆきませんし、多數決で決めようにも超大國が多數の決定に從はなければ、決定が有効になりません。

山口教授 どんな利害對立も起らなければ、正義を問題にする必要はないのだが、さうはならないからな。そこで、國と國との衝突になる。そして、國益を尊重するか人命を尊重するかといふ問題が出て來る。「人命尊重」で、戰爭を放棄し、國の自衛まで否定すれば、國家の滅亡を是認せざるを得なくなる。奴隷になつても生きてゐる方が良いといふのが「喜劇的精神」だね。人命を犠牲にしても、國の存立を選ぶのなら、そこには「悲劇的精神」がある。それなら、戰爭は無くならない。
 さて、そこで、戰爭になつたとするね。「戰爭で勝つ」のは、「正しい者」ではなくて、「一番強い者」だ。それはハンス・ケルゼンの言ふ通りだ。松原さんは「力が正義なのか」(「戰爭は無くならない」)に書いてゐる、「今なほ國際社會」は「勝てば官軍、負ければ賊軍」の「禽獣世界」なのであり、「國聯といへどもそれをいかんともし難い」。

北村 國聯會議に加盟國が集まつて、多數決を取つても、多數意見が常に正しいとは限りません。そこで合法的に決議されたものを正しいとするか。もつと言へば、合法性を眞實に優先させるかと云ふ事になります。その場合、「何が正義か」を絶對的に判定する存在が無い以上、たとひ國聯決議を左右する力を持つ強國が、自國の利益の爲に、嘘と證明出來ない嘘を吐いて、自國に有利なやうに國聯決議を動かしたとしても、それが合法的に行はれてゐる限り、「正義」になる、詰り「力は正義」といふ事になりますね。どうしても「道義」は個人に属し、國家といふ「集團」は「政治」に属し、「政治と道義は切斷せざるを得ない」時がありますから、國際政治に於ては「國益」が「道議」に優先する事になります。E・H・カーは『危機の二十年』に、國家といふ「集團」が「個人」より強力であるゆゑんを書いてゐます。引用します。

集團は個人の道義的義務の一部を免除されるばかりでなく、鬪爭性や自己主張と明確に結びついてをり、しかもこれらは集團人格の肯定的な美徳となつてゐる。個人は、集團における他の人びとと結合することによつて力を追ひ求めるのである。(中略)我々は、他者への敵意も集團に委ねてゐる。個々のイギリス人が個々のドイツ人を憎むよりも、「イギリス」が「ドイツ」を憎む方が簡單である。個々のユダヤ人に敵意を抱くよりも、反ユダヤ主義である方が容易である。我々は、個人としての自分たちの中にあるこのやうな感情を批難する。しかし一方で我々は、集團メンバーとしての立場で何の良心の咎めもなくかうした感情をほしいままににするのである。(原 彬久譯)

 成程、カーの言ふ通りです。韓國は「慰安婦像撤去」に關して、日本との外交條約を非禮にも一方的に反故にしました。今現在、我々が「個々の韓國人」を憎むよりも、我々は「反韓・嫌韓」である方が「容易」です。さうして、我々は日本といふ「共同體への獻身感情」を、詰り「愛國心」を「容易」に滿足さす事が出來ます。韓國人は韓國人で「慰安婦像撤去」反對で、「愛國感情」ゆゑの「反日感情」を煮えたぎらせてゐるでせうから、戰爭は無くならない。

山口教授 日本の側から見れば、十億円を拂ふ事で「慰安婦像」を「撤去」するといふ約束をして、それを完全に破られた譯だから、韓國はまともな國家に非ず、「やらずぶつたくり」の「ならず者」國といふ事になり、正義は我が方にある。万太郎の句を持出し、「短日や小ゆすりかたりぶッたくり」と罵りたくもなる。しかるに、韓國は韓國で自國に都合の良い理窟を捏ねるだらう。幾ら議論しても恐らく決着はつくまい。何故さうなるか。ケルゼンの言ふやうに「人間の理性が、相對的な價値しかとらへる事が出來ない」からだ。ケルゼンは『正義とは何か』に書いてゐる。「何物かを正しいとする判斷は、決してそれと反對の價値判斷の可能性を排除する資格」がない。「合理的認識の立場」からは、ただ、「人の諸利益」と、それゆゑ「利益の衝突だけが存在」する。もう少し引用しよう。

 この利益の衝突を解決する方法は、一方の利益を、他方の利益の犠牲において滿足させるか、または、双方の利益の妥協をはかるかの、二つの道しかない。一方の解決が正しく、他方の解決が正しくないといふことを、證明することは不可能である。もし、社會の平和が最高の價値であるとすれば、妥協的解決が正しいものと思はれるだらう。しかし、平和といふ正義(正しさ)も、ただ、相對的正義にすぎず、決して、絶對的正義ではありえない。(宮崎繁樹譯)

 人間が正義に拘る存在である以上、ケルゼンの言ふ通り、「妥協的解決が正しいものと思はれ」ない場合、絶對的正義に非ざる「平和」は斥けられ、國家間の武力衝突、すなはち戰爭は無くならない。

北村 人間は自己の行動を正義であると信じなければ、本氣で行動する事は出來ません。他人に良く思はれたいといふ衝動、自分を良く思ひたいといふ衝動、詰り強固な「自尊心」があるからです。松原先生は「戰爭は無くならぬ」(第四部)に書いてゐます、「個人と同樣、國家にも自尊心がある。それゆゑ戰爭は決して決して無くならない」。(「松原正全集第三巻」書評終り)
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