August 06, 2016

渡辺茂さんのこと

7月17日にベーシストの渡辺茂さんが旅立たれました。
初めて茂さんのベースを聴いた時、こんなに優しくて柔らかくてセクシーな音がベースから出るのかとびっくりしたことをとてもよく覚えています。身体中から音楽への愛情があふれていました。その後、私が2007年から継続しているMarmalade Skyというバンドでメンバーチェンジがあり、茂さんがベースを弾いてくださると知った時、本当に嬉しかった。記録によれば茂さんがMarmalade Skyに加入したのが2010年の3月のライブから。それから5年弱、年間10本くらいのステージを共にしました。2014年の夏にMarmalade Sky待望の、12曲入りのアルバムをレコーディング、その年の11月のレコ発ライブが、一緒にステージに立った最後のライブになってしまいました。
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ちょうど今から一年くらい前、二度目の手術をされた後に病院へお見舞いに行きました。右手に麻痺が残ってしまってベースが弾けなくなって家族にあたっちゃったんだ…と小さな声でうつむいていた茂さん。あんなにベースと一体だった人がもうベースが弾けない、そんな想像を絶するような絶望的な状況の中にあってもご家族のことを気にかけていました。
7月19日のご葬儀は、茂さんを慕う仲間がたくさんたくさん集まって、教会の中にずっと柔らかい日がさしてとても穏やかで美しいお別れの会でした。茂さんのお顔も、一年半闘病されたとは思えない、とてもとても綺麗なお顔でした。奥様の最後のご挨拶が心に沁みわたりました。

茂さんが旅立ってしまってから三週間近く、ぼんやりと日が過ぎてしまいました。つい先日、用事があって西荻窪へ行きました。西荻窪はMarmalade Skyでリハやライブをたくさんやった町です。西荻窪で、突然、茂さんとの思い出やステージでの風景、飲み屋やスタジオで交わしたたくさんの会話が、ものすごい勢いでフラッシュバックしました。急に強い喪失感に襲われました。
もう戻らない時間。とても穏やかで優しくて大らかな日もあれば、ナーバスでピリリと厳しく眉間に皺を寄せる日もありました。けっちゃんはそのままでいいんだよぉ〜とやたらと褒めてくれる時もあれば、厳しく叱られる時もありました。あんなにたくさんのことを教えてもらったのに、私は何をしてきただろうか。ふりかえれば本当にいつも音楽のことを思い、音楽や音楽仲間の話ばかりしている人でした。

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上の写真はたぶん2012年の12月かな…Powers2でのライブの時、この日ほんとに一瞬だったけど、茂さんのベースと自分のドラムがひとつになってどんどん転がっていくような感覚を体験しました。初めての感覚でした。あれがグルーブってやつなんだろうか…?今もよくわかりません、そして今でもどんな時も、あの時の感覚を追いかけ続けている気がします、でもあれ以来まだ体験できないままです。どんな感じだったのか、録音を聴き返してみたいけど、まだちょっとつらくて聴けないです。
ステージに立つ時は、頭のてっぺんから先は宇宙と、ケツの穴からは地球のマグマとつながってんだよ、と教えてくれた茂さん。きっと生まれ変わってもまた、同じステージに立って同じ宇宙とつながりたいと強く思います。そのためには今、もう少しがんばらないといけないな。
茂さん、本当にたくさん、たくさん、ありがとうございました。相変わらずへたくそで怠け者の私ですが、もうちょっとがんばりますね。

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2014年の夏のレコーディング。私は夏の主食とうもろこしを、地方戻りで羽田からスタジオへ直行した茂さんは買ってきた太巻きを切る包丁がなくてそのままがぶり。大好きな2ショットです。


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