行善寺横の階段 /世田谷区瀬田

前回とりあげた「行善寺坂(NO.250)」の坂上でつながっていて、行善寺に隣接した場所に良い感じの無名坂というか階段がありましたので、ちょっと寄り道してみましたよ。


行善寺横の階段-1
写真1

まずは、行善寺坂(NO.250)の坂上あたりを歩いていると、坂道から路地の奥のほうに視界の開けている場所がちらりと見えたのでおもわずぱちりと。(写真1)
また路地の左側に見えている渋いつくりの建物は、行善寺の境内の建物みたいですね。


行善寺横の階段-2
写真2

せっかくなので、行善寺の境内に入るための門を坂道側から見てみたものなども。(写真2)
位置的には、写真1の場所からすこし左側(坂下方向)に移動した場所になりますかね。
あとこのアングルからだと、行善寺の由来などが書かれた案内板が見えているので、そのまま抜粋するとですね、
『本寺の開基は長崎伊予守重光(法名・行善)、開山は法蓮社印誉上人伝光和尚であり、永禄年間(一五五九〜一五六九)に建立された。
本尊は阿弥陀如来で、寺宝にが玉川出現楠薬師があった。
この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。

二子渡船 太田子徳
玉くしけ二子のわたり明ぬやと
見しや鵜船の篝也けり』
とありました。

ちなみに、長崎伊予守重光さんなる方は、北条氏の家臣だったとのこと。
しかも、城めぐ.comというサイトの説明によると、この場所には瀬田城というお城がかつてあったそうですよ。
なるほどー。
(なお行善寺については、猫のあしあとなるサイトの解説ページが詳しいです。)


行善寺横の階段-3
写真3

そんなわけで、写真1の路地を奥に進むと、いきなりこんな急傾斜の階段が姿を現しました。(写真3)
坂下には、東急田園都市線が横切っていて、撮影時にはうまい具合に電車が走りぬけてくれました。


行善寺横の階段-4
写真4

いちおう、坂上方向も見てみました。(写真4)
右側の緑に覆われた塀がすごく印象的な感じですが、こちらは行善寺の塀ですね。


行善寺横の階段-5
写真5

坂上からの遠景はこんな感じでした。(写真5)
正面には玉川通り(246号ですね)の高架もちらりと見えているのですが、高さ的には、地形の高低差の関係もあって全然目立っていませんでした。
このあたりの地形のことを知らないでこの景色をみてしまったらちょっと不思議な風景と感じてしまうかもですね。


行善寺横の階段-6
写真6

そして、一気に坂下までやってきて、坂上のほうを眺めてみました。(写真6)
両サイドの樹々といい、傾斜具合といい、ちょっと無名階段として放っておくにはもったいない風情のある階段だったかもです。
ただそういう意味では、もしこの階段に名前をつけるとしたらやはりここも写真6の右側に行善寺が隣接しているので「行善寺坂」ということになるんですかね?


行善寺横の階段-7
写真7

ちなみに、右側の行善寺のほうも見てみました。
まさに崖の上に建つお寺という感じでしたよ。
まあこんな感じなら、昔の人もこの崖の上にお城をつくりたくなるのもなんとなくわかるかもですね。


行善寺横の階段-8
写真8

最後は、写真6・7の場所から、左側方向を見てみたものです。(写真8)
実はこの道路も坂道になっていたんですよ。(もちろん無名坂です。)
しかも景色的にもなんだか良い感じ。


ということで、今回はこんな感じです。


住所:
世田谷区瀬田1-12あたり


行善寺坂(NO.250) /世田谷区瀬田1丁目

所在地:世田谷区瀬田1丁目12あたり


とりあえずこれまでの品川駅界隈の坂道探索は、いったん中断して、今回からは、そういえば今住んでいる地元の世田谷区の坂道をこのブログではまったく取り上げていなかったことを思い出しまして、ちょっとふらりと行ってきましたよ。


坂名は、ぎょうぜんじ坂と呼ぶそうで、場所は、東急田園都市線の二子玉川駅から北側へ徒歩10分くらいの場所にあり、坂下を流れる丸子川から北へと上っている坂道です。


行善寺坂(NO.250)1
写真1

まずは坂下からの眺めなど。(写真1)
見た感じは、両サイドに緑が満載で、まさに閑静な住宅街といった感じでした。
勾配具合は、写真で見た感じではそれほど急な感じには見えないですが、実は、この坂のまわり(界隈)は、知っている方も多いとは思いますが、国分寺崖線と呼ばれるかの有名な崖線エリアで、実は坂上と坂下でけっこうな高低差があり、この坂も例にもれずの場所だったので、歩いているときはなかなかしんどかったです。


行善寺坂(NO.250)2
写真2

すこし坂を上り、坂下のほうを見てみました。(写真2)
写真2の奥に見えている信号のあたりにさきほどの話でもでてきた丸子川が横切っていたりします。


行善寺坂(NO.250)3
写真3

次は写真2とだいた同じ位置より、坂上のほうを眺めてみました。(写真3)
坂道はまだまだ続いており、実はこのあたりからの坂道景色も良い感じだったのですが、左側の場所で住宅の新築工事中だったため、散歩時には工事車両が止まっていて、ベストアングルからの撮影ができなかったのはちょっと心残りだったかもです(天気もよかったので。。)。


行善寺坂(NO.250)4
写真4

そんなわけで、工事車両がぎりぎりに写らない場所まで坂を上り、坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真4)
坂道のカーブ具合と左の大きな樹木がかなり良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)5
写真5

そして、しばらく坂を上っていくと、坂の途中になかなか良い感じのお店を発見。(写真5)
僕が行ったときは店は休みだったので中には入れませんでしたけど。
また、この向かいには、次回以降に話す、坂道もあったりと。


行善寺坂(NO.250)6
写真6

写真5で出てきたお店の場所から、もうすこし坂を上ってから坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真6)
ここから見た感じだと勾配具合もほんと緩やかに見えていますね。。
しかも左側の石垣やら樹木もかなり良い感じだったのですが、現地では宅急便の車両が止まっていて(しかもけっこう待ったのですがなかなか動かずでした・・・。)、ちょっと残念な感じとなってしまいました。
でも、まあ、これもとある街の生活風景と考えればいいかもですし、車の通行が少ない道路なのかなということもこれから想像できそうですしね。


行善寺坂(NO.250)7
写真7

さらに坂は続きまして、このあたりはすこし勾配具合がちょっと急な感じでした。(写真7)
おそらくこのあたりで一気に高低差を稼ぐ感じの場所だったかもです。


行善寺坂(NO.250)8
写真8

さらに坂を上りまして、次は坂下のほうを眺めてみました。(写真8)
いわゆるここは地域のなんてことない生活道路みたいだったのですが、なにやら改めて整備されたかのように坂道景色はなかなか良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)9
写真9

とまあ、そんな感じで距離の長い坂道を上り終えた頃に、やっとこの坂道の名前の由来ともなった「行善寺」の門が見えてきました。(写真9)
ちなみに、ここにはいつものような坂の説明を記した碑はなく、坂上のこの門のところに(写真9では見えていませんけど)、「世田谷百景 瀬田の行善寺と行善寺坂」と書かれた標識があるのみでした。
ただこの奥にある行善寺についての説明を記した案内板も同じ場所にあるのですが、ここに、『この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。』という一文がありましたよ。
なので、昔からここは高低差があり景色が開けた場所だったと読み替えることもできそうですね。
あと、この坂道は、大山道なる古道でもあったそうですよ。



行善寺坂(NO.250)
写真10

こちらはおまけです。(写真10)
実は、写真8の場所からすこし坂を上ったあたりに「瀬田貝塚跡」なる石碑がありました。
ネットで軽く検索してみたところでは、どうやらこれは縄文時代前期の頃の貝塚跡という情報が多かったです。(文献をきちんと調べたわけではないので、これくらいでぼかした言い方してます。。)
まあ、古道沿いの坂道なのでそういう場所があってもおかしくはないかもですね。

ということで、いろいろと話を広げたくなる史実もけっこうありましたけど、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1丁目12あたり