阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント。そして22年

今年もこの日がやってきました。
昨年は、熊本地震が起きてしまったり、東京近郊でも中程度の地震が頻発していたこともあり、例年になく、この1.17のことを思い出すことも多かったです。

そんななか、2017年を迎え、今年もこれまで同様、阪神淡路大震災で被災し、その後復興をとげ、今はその記憶を留めるために当時の様子を復元・保存されている場所(震災遺構ともいいますかね)を見てきました。

昨年は、神戸ルミナリエの会場のひとつでもある東山遊園地にあるモニュメントに訪れたわけですが、今年はその近くにひっそりと存在している「阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント」のある場所を中心に歩いてきました。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント1
写真1

それがこちらです。(写真1)
三宮駅からほど近い東山遊園地のさらに海側(南側)に、阪神高速3号神戸線が通っているのですが、今回のモニュメントはそんな高速道路の高架のそばにひっそりとありました。
見てのとおりですが、地震で被災した阪神高速道路の鉄筋コンクリートの橋脚などが当時のまま残されているモニュメントです。
鉄筋がむき出しになっていて、なかなか生々しいかったです。

そばには、これらのモニュメントについての案内板がありました。
なので解説もかねて一部抜粋してみます。
『(略) 中でも、2号浜手バイパス、2号ポートライナー、43号岩屋高架橋および171号門戸高架橋の4箇所においては、橋脚が傾いたり、橋桁が落橋あるいは大きくくずれるなどの大きな被害を受けました。
(略)
こうしたことから、「被災の姿」を後世に残すことを望む声や、防災意識の高揚に資するため、ここに被災した浜手バイパスの「RC橋脚、伸縮装置、支承」を保存することとしました。』

要は、写真1でモニュメントの奥に見えているのが現在の阪神高速道路で、さらにその高速道路の奥には浜手バイパスも走っているわけですが、目の前にあるモニュメントは、その浜手バイパスを支えていた橋脚を復旧後にここへ持ってきたということのようです。
はじめは、この真上をかつて浜手バイパスが通っていて、そのままの場所に保存したのかと思ってしまいましたが、どうやらそうではないみたいです。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント2
写真2

近くでみるとこんな感じでした。(写真2)
折れるまではいかなかったみたいですが、地震のすさまじい力が感じられますね。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント3
写真3

橋脚のそばには、伸縮装置のモニュメントもありました。(写真3)
これはよく、橋梁の路面端部に設置されるものの一部のようです。
車で高速道路走っていたら、「ガタンガタン」と小さな段差を乗り越えたような揺れが一定間隔でよく起きますが、それはこのジョイントというか伸縮装置を通ったときにおこるものです。
それにしてもすごい曲がり方ですね。
どうなったらこうなるんだろ。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント4
写真4

あと、支承のモニュメントもありました。(写真4)
説明が、難しいですが、ウィキペディアによると橋梁において、上部構造(主桁・主構)と下部構造(橋台や橋脚)の間に設置する部材ということです。(詳しくはウィキペディアの説明みてください。ああ、あれね!とおもいだすと思いますので)
こちらは上部のほうがぽっきりと折れていますね。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント5
写真5

はしっこの方にあった案内板をそのまま撮ってみたものです。(写真5)
ちょっと写真では見にくいかもしれませんが、これまでに出てきたRC橋脚、伸縮装置、支承の被災時と復旧後の写真ものせてありました。
ただここには、「ほにゃららモニュメント」などという言葉は書かれていなかったので、実はこの場所についての正式名称はわからないのですよ。
なので実際のところはどのように呼んでいいのかは不明ですが、今回はとりあえずタイトルのような感じでまとめてみたというわけなのです。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント6
写真6

そして、ここからは場所を移して、東山遊園地のそばには神戸市役所があるのですが、今回はその24階に展望ロビーがあったことを思い出し、寄ってみました。(写真6)
写真6では、海というか港の手前にさきほど登場した阪神高速3号神戸線の高架橋が見えているのですが、橋脚モニュメントについては、ビルが邪魔してやはり見えませんでした。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント7
写真7

もうすこしズームしてみたものです。(写真7)
ちょうど昨年訪れた東山遊園地のモニュメントも俯瞰できました。


阪神高速道路の橋脚メモリアルモニュメント8

写真8

最後は、地上にもどり、昨年、訪れたときは閉まっていて入れなかった東山遊園地内のモニュメント「COSMIC ELEMENTS」の地下瞑想空間に入った時のものです。(写真8)
中には神戸市内外の震災犠牲者の名前が多数掲示されてありました。
写真8は、瞑想空間の天井を撮ってみたものです。
さすがに室内をそのまま撮ったものを掲載する気にはならなかったもので。
というか、これを載せること事態かなり迷いましたが、やはり思い切ってのせておくことにしました。


ということで、今年は昨年の訪問からの続きのような記事ともなりましたが、これからも引き続き震災遺構の旅(散歩?)については続けていきたいとは思っていますので、よろしくお願いします。


地図
神戸市中央区新港町など

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たびねすの記事掲載されてます。今回は、永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈についてです。

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり』
http://guide.travel.co.jp/article/23524/


今回は、記事見てもらってもわかるかもですが、富士見坂沿いにおもしろそうなポイントがいくつかあり、さらに新たにできた散歩スポットもあるなど、盛りだくさんな感じになったのが特徴ですかね。
下手すると、永田町の富士見坂だけでも記事にできてしまうほどでしたが、そこに無理やり諏訪坂をねじこんだという感じです。(笑)

ちなみに今回の記事で紹介した坂道については、富士見坂のみですかね。

富士見坂 (NO.10) /千代田区永田町2丁目
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/50058235.html


あとはいつものようにおまけ写真をいくつか。


永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について1
写真1

これは、東京ガーデンテラス紀尾井町敷地内にある赤坂プリンスクラシックハウスですね。(写真1)
東京ガーデンテラス紀尾井町ができるときに、あわせて改修され、写真1のようにきれくなったみたいです。


永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について2
写真2

こちらも同じく、東京ガーデンテラス紀尾井町敷地内にある場所です。(写真2)
「空の広場」と名付けられたまさに広場ですかね。
そして、ここから見るとまったくわからないのですが、記事にも書いた説明のとおりで、赤坂御門の古い石垣をうまく再利用した広場でもあったんですよ。



永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について3
画像1

最後はいきなりですが、たびねすの記事は、オリコンニュースでも転載されているのですが、ちょうど僕がページを開いたときにでてきた画面です。(画像1)
なんともびっくりというか、綾瀬はるかさんのCMに坂道記事が囲まれるという事態に思わず、記念にスクリーンショットしてみたものです。(笑)
とにかく、こんなことに反応してしまうのもどうかと思ったのですが、記事のマニアなタイトルに対しての、このまさに凹凸な感じというか違和感がなんとも面白かったもので。。

ただこの時は、次に開いたとき、普通の画面になっていたので、今でもオリコンニュースのサイトでこれが見れるかは運しだいかもですね。(試す人もいないとは思いますが。笑)


ということで、これ以上脱線してしまわないうちに今回の記事おわります。

では、よろしくです。