明治公園と国立に挟まれた無名坂

今回も、国立競技場に隣接した明治公園界隈の話です。


明治公園と国立に挟まれた無名坂1
写真1
まず、いきなりですが、坂道の写真など。(写真1)
左側に国立競技場がちらりと見えていることからも、ここはちょうど国立と右側に隣接している明治公園に挟まれた道路というか無名の坂道だったりします。

ただ、この場所。
今、話題になっている国立競技場の建替話の中で、ネットなどで公開されている渦中の計画案を調べてみると(図面みただけですが・・)、この坂道は、建替にしても改修されるにしても、どうやら存続があやしいようなんですよ。
そんなことから、そのような場所に都内で出くわすのはなかなか珍しいことからも、すこし前にここを通った時にぶらりと取材してみたわけなのです。
なので、前回前々回の記事も、実はこの無名坂の途中にあった”埋蔵文化財発掘調査工事”という案内板も見かけたことから、ついでにあたりをうろうろしてみると、前から気になっていたこととあわせていろいろな発見があったので、話を広げてしまったというわけなのですよ。


明治公園と国立に挟まれた無名坂2
写真2

そんなわけで、話を坂道のほうに戻しまして、写真1の場所の右側を眺めてみると、写真2のように明治公園内の広場と名付けられた場所が見えていました。
明治公園といえば、この場所を思い浮かべる人が多いのではないですかね。(僕もすこし前まではそうだったんですが・・・。)


明治公園と国立に挟まれた無名坂3
写真3

そして、一気に無名坂の坂上あたりまでやってきて、坂下のほうを眺めてみました。
坂下から見た感じより、高低差感があるかもですね。
ちなみに、表参道原宿エリアの情報「おもてサンド」なるサイトさんの記事によると、前回の記事の最後のほうでもふれたとおり、坂下の外苑西通りはかつては川だったという話につながるのですが、現在の坂下にある観音橋交差点(写真3では信号が見えている場所)のあたりに、交差点と同じ名前の「観音橋」なる橋がかつて架かっていたそうです。
なぜ観音橋かというと、この無名坂の東側に「聖林寺」なるお寺が、いまもあるのですが、そのお寺に由緒正しい観音様が祀られていたことから、この名が付けられたそうです。
(なので、この坂に名前をつけるとしたら、”観音坂”というのがいいかもしれないですね。)
しかも坂の途中に新宿区と渋谷区の区界が横切っているという割と珍しい事例もおまけについていたり。


明治公園と国立に挟まれた無名坂4
写真4

こちらは、さっきと同じく、坂上あたりから明治公園のほうを見てみるとこんな感じでした。(写真4)
これだけでも、なんかこのあたりが高低差のある場所だということが想像できそうなつくりかもです。


明治公園と国立に挟まれた無名坂5
写真5

あと、公園内にはものすごく斜めってる木が数本ありました。。(写真5)
なんでこうなったんですかね・・・。
実は、この木々、写真4でもちらりと見えていますので、興味あるかたは探してみてくださいな。


明治公園と国立に挟まれた無名坂6
写真6

いちおう、公園側から、さっきの無名坂の坂上あたりを見てみました。(写真6)
正面の立派な木に目が行きますが、右側の階段も、階段上と下が膨らんでいるちょっと変わったつくりをしていて、手すりの湾曲具合もかなりのもののようでした。


明治公園と国立に挟まれた無名坂7
写真7

最後は、写真2で登場した明治公園の広場側から、写真5ででてきた傾き樹木のほうを見てみました。(笑)(写真7)
とりあえず、ここから観察してみても、あの樹木がなぜあんなに傾いていたかは謎のままですが、こうしてみると、坂上と坂下で、正面の階段と写真6の階段をあわせた、けっこうな高低差(1階半くらい?)があったことはわかりやすいかもですね。

あと余談で、実は最近、再びこのあたりを通る機会があったのですが、そのときはすでに公園内の一部に囲いがつくられていたりと、取材したときとは違った雰囲気になっていましたよ。
(あれは遺跡の調査のためなのか、はたまた・・・。)

ということで、今回はこんな感じです。


地図
新宿区霞ヶ丘町6あたり


明治公園の高低差のある場所

前回の「国立競技場横にある明治公園と遺跡」の記事に引き続き、明治公園の話です。

前置きだけで中断した話の続きですが、明治公園の四季の森なる、あの不思議な雰囲気の国立競技場に隣接している細長い場所に、気になる階段があったのですよ。


明治公園の高低差のある場所1
写真1

それがこちらですね。(写真1)
ひっそりとした場所なのに(今は)、立派なつくりの階段でした。
しかもこの背後に、ばばんと現在の国立競技場が見えていたんですよ。
なので、ここは見た感じでは国立に入るために演出も兼ねて人工的に高低差をつけられた階段のように見えますが、実はこの階段、僕がまわりを歩いて調査した結果ではおそらくここは地形的な要因で、このような形になったと思われ、そんなことからもこの階段をまずは取り上げてみたわけなんですよ。


明治公園の高低差のある場所2
写真2

もうすこし近寄って見てみました。(写真2)
遠くからみると、階段の真ん中にある花壇がけっこうかっこよく見えたのですけど、近くでみるとなんか荒れてますし、階段上のほうには謎の柵がつくられていたので、見た目てきにも悲しい感じではあります。。
しかも手前の地面やら階段自体もなんか草ボーボーで、世田谷の駒沢公園なんかと比べてみても手入れが行き届いてないなあと、いらぬことを考えてみたり。(まああまり人が通らなそうなところではあるんですが。。)
ただ、上空のほうを見ると、そんな場所にもかかわらず国立競技場の外観のカーブ具合が、写真1と同様にかっこよく見えてちょっとびっくりしました。


明治公園の高低差のある場所3
写真3

こちらは見てのとおり、階段上からのものです。(写真3)
鳩と雀がタイミングよく一緒に階段で休んでいたので、おもわずぱちりと。
あと、写真3の左上になにげにオレンジの柵が写っていますが、これは前回の記事の写真5でもとりあげた遺跡からの石がたくさん置かれているかもしれないと予想してみた場所だったりします。
あんな感じでごろごろと置かれていたのですよ。
しかも、この明治公園の四季の森には、この石を小さくしたようなものがいたるところでオブジェのように配置されて使われているんですよ。
なんか関係あるんですかね。


明治公園の高低差のある場所4
写真4

そして、こちらです。(写真4)
これは、写真1に戻って見てもらうとわかりやすいのですが、階段上のさらに国立側(上)のほうに設置されていたものです。
しっかりと1964年と刻まれてましたよ。


明治公園の高低差のある場所5
写真5

隣をみるとこんな感じでした。(写真5)
各種目の優勝者の記録が刻まれているみたいでした。


明治公園の高低差のある場所6
写真6

また階段下の道路近くにも、こんな感じで東京オリンピックを記念した石碑が置いてありました。(写真6)
なので、この公園もつくられた当時はオリンピックに関連してしっかり計画してつくれた場所だったということがこの石碑からも想像できそうですね。


明治公園の高低差のある場所7
写真7

そして、階段からさらに北側(千駄ヶ谷駅)方向に歩いていくと、明治公園の最北端の場所にもこんな無名の坂道もありました。(写真7)
こちらは、明らかに地形的な高低差による坂道というのがわかりやすいかもですね。
ただここは、知る人ぞしる無名坂というよりは、手前の外苑西通りから千駄ヶ谷の駅前あたりに行こうとするとかなりの確率で通る坂道なので、知ってる方も多いとは思いますけど。


明治公園の高低差のある場所8
写真8

写真7の右側をみるとこんな感じで、外苑西通りと、前回の記事の写真3と4でも登場した明治公園の四季の森(写真7の左側)から東京体育館のあるほうへと渡れる歩道橋が見えていました。(写真8)


明治公園の高低差のある場所9
写真9

無名坂の坂上からの景色です。(写真9)
見てのとおり外苑西通りの向こうには東京体育館がででんとそびえたっていました。
そして、どうやらこちら側から体育館を見ると千駄ヶ谷駅からの様子とは違いかなり大きな建物のように見えるので、その謎を軽く調査してみるとですね。


明治公園の高低差のある場所10
写真10

ここから最後までは違う日にちょっと気になって立ち寄った際に携帯カメラで撮影したものになりますが、ここは右側に外苑西通りが見えていることからも、ちょうどさっきの写真9の坂の向こうに見えていた東京体育館の壁のように見えていた場所を、同じくさっきの写真8で見えていた橋の上から見てみたものです。(写真10)
右側に見えている道路が外苑西通りなので、写真1の四季の森内の階段の場所とこの道路はほぼ同じ高低差のレベルなので、そう考えると同じ明治公園内なのにかなりの高低差があったんですね。
しかも左側に見えている東京体育館側の歩道はずっと奥のほうに向かうと千駄ヶ谷駅のほうに行くことができ、じつはこの歩道、千駄ヶ谷駅前の海抜というか高低差とほぼ同じなのですよ。
なので、このあたりはかつてはちょっとした崖だったのではないかなどと想像してみると、なぜさっきの場所から東京体育館が大きく見えたのかもすこし納得できるかもですね。


明治公園の高低差のある場所11
写真11

いちおうさっき立っていたあたりもぱちりと。(写真11)
奥には国立競技場もちらりと見えていましたよ。
ただ暗くなりだしていたのでかなりぼけた写真ですが、記録ということでご容赦を。。


明治公園の高低差のある場所12
写真12

こちらは、道路のむこう側の明治公園がちょうど見える場所がありましたので。(写真12)
こうみるとかなりの高低差でしたよ。


明治公園の高低差のある場所13
地図

そして、最後は周辺地図にめもしてみたものなど。
赤の点線の場所がはじめにでてきた階段と坂道ですね。
で、オレンジの点線の場所が、写真10〜12に登場した場所で、だいたい高低差の違いはなく千駄ヶ谷駅も同じくらいの海抜の場所にあるということをめもしています。
あと、ブルーの点線もわかりにくいですがめもしているのは、実はこのラインに沿って、渋谷川の本流がかつてこのあたりを流れていたそうなんですよ。
いちおう古地図でも確認してみると、このあたりはたしかに川があったようですし、昭和毎日のサイトにある昭和31年の地図にも記載があるので、このことはどうやらほんとみたいです。
しかもですね、昭和毎日の池田信「1960年代の東京」のページにて、1962年10月(1964年のオリンピック直前ですね)に撮影された隠田川(渋谷川上流の本川)の千駄ヶ谷2丁目付近(要は今回の場所あたり)の写真と解説が掲載されていましたよ。
一部抜粋させていただくとですね、『隠田川の千駄ヶ谷2丁目付近。川は埋立てられ、流路は「オリンピックサービス道路」の外苑西通りに変身した。』と書いてありました。
なるほど。
あとリンク先の当時の写真を見てみると、どっち側から撮影したのかはわかりませんが、川の右側が崖みたいになっているようにもみえませんかね。
しかも、さっきの”千駄ヶ谷2丁目”という記述で気がついたんですが、この明治公園の四季の森なる場所、かつての渋谷川の川跡をなぞるように公園内に渋谷区と新宿区の区界が走っていたんですよ。。
たしかに意識してみれば、もっと前に気がついていたことかもしれなかったですが、僕自身はこの記事書いていて気がつきましたよ。。(だから公園の管理具合も中途半端になっていたんですかね?わかりませんけど。。)
そんなことからもこのあたりは元々あった川を底部とした高低差がある場所だった思われ、しかも現在の区界でもある場所に国立競技場(新宿区)やら東京体育館(渋谷区)やらができてしまったということで、なんか不思議なスキマの場所ができてしまったのかなと思うと、なんかいろいろおもしろいかもと思ってしまいましたよ。


ということで、今回はこんな感じですが、明治公園の話はもうすこし続くかもです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷1あたり ‎