東京坂道さんぽ

2007年01月

ブログネタ
こんなことありました に参加中!
こんなページができていたんですね。
SOUBOU WALKERさんのサイトを見て知ったのですが、ヤフーのサイトに期間限定(3月15日まで)で古地図が見れるサイトがオープンしたようですよ〜。。
古地図で東京めぐり」というサイト名で、なんとその一部に今の地図に明治、江戸時代の古地図が重ねあわされてデータ化されており、グーグルなどのネット地図で航空写真が一緒にみれるのと同じ感覚で古地図がみれるという、なんともうれしいというか驚きというかはうまくいえませんが、そんなことができるサイトでしたよ。
スクロール地図のURLはこちら → http://map.yahoo.co.jp/kochizu/maptop

いやいや楽しいです♪
ちなみに江戸時代の古地図は1856年(安政3年)のもので、明治時代の古地図は1907年(明治40年)のものを使用しているらしいですよ。
それにしても、こうしてあらためて、特に江戸時代の古地図をみていると、過去にとりあげた坂道もいくつか今と場所が違っているものもありましたよ・・・。

でもまあ、僕の参考にしている本は2、3冊なので実際のところはよくわからないんですけど。(ほんと坂道本によって坂道の場所の記述が違っている坂道があったりと、たまにわけがわからなくなるときがあるんですよ。。)
そんな感じなので、ほんとは今回のような古地図も参考にしたほうがいいかもしれないのですが、それをしているとお金がいくらあっても足りない状況になりそうかもなので・・・。(汗)


古地図_現代
現代


古地図_江戸
江戸

ということで、古地図の一部をプリントスクリーンさせていただいて、あらためて見てみると、最近とりあげた芥坂 (NO.80) や大横丁坂(NO.79) などがある西麻布あたりも、江戸時代の地図でみると、今とかなりちがうんですね〜。(あたりまえですが・・。)

しかも、坂道でみても、芥坂 (NO.80) は江戸の地図にも”ごみ坂”とかいてあり今とぜんぜん違う場所で今ある坂は別の名がついていたり、大横丁坂 (NO.79) にいたっては江戸時代には古地図でみるかぎり、ちょっと小道になっているし・・・。

まあ、そんな感じで、たまたま最近とりあげた直近の2つの坂道に疑問をもちつつも、坂道本のとある1冊の一文を信じることにして(汗)、今日は見てみぬふりをして(笑)、終わりたいとおもいます。。

ブログネタ
街写真 に参加中!
先週、原宿駅からすぐの場所にある明治神宮に行ってきましたよ。


明治神宮参り01

駅からはほんとに長いながい参道を歩いてやっとこたどりつくことができた本殿のある敷地への入口附近の鳥居があるあたりのものです。
まだまだ僕と同じような新年のお参りに来た感じの人がたくさんいました。


明治神宮参り02

さらに奥へと歩くと正面に本殿が見えてきました。
やっぱり正月とは比べものにならないほど空いていたので、ほんと大助かりでしたよ。。
それにしても、立派な建物ですね。


明治神宮参り03

そして、撮っていいのか不安でしたが、他にも撮っているかたも何人かいたので、パチリと一枚。(汗)
もちろん、写真を撮る前にお参りしましたが、実は新年のお参りをかねて1月にここに来るのは初めてで、今年は去年とはすこし違っていままで考えていたことをすこしづつでもいいから実行に移したい年にしたいなあという思いもあったし、表参道という坂道にもつながっている神社でもあるし・・・。(笑)
そんな感じだったので、なんだかいろいろとお願いをしてしまいましたよ・・・。

あと、ここは場所柄なのか、そういう時代なのかはわかりませんが、日本人ばかりではなく外国人のひともかなりいましたよ。

ということで、今回は雨が降っていたこともあり、広大な明治神宮の中はまわらず、本当に新年のお参りだけをして帰ってきたので、また近いうちに明治神宮内を散歩するかもしれませんが、今日はこんな感じです。


地図
渋谷区代々木神園町

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区西麻布3



ごみ坂とよぶそうです。
場所は、テレビ朝日通りにある中国大使館のすぐそばで、前にとりあげた富士見坂 (NO.7) のすこし南側にあります。


芥坂01
坂上より

見てのとおりかなり小さな坂で、正面のフェンスが張ってあるところまでしかいけない坂でした。

ただこの坂にもいつものような坂の碑がなかったこともあり、はじめは、あれ?ここかな?という感じでしたが、江戸東京坂道事典には、”西麻布三丁目五と六番の間を中国大使館前から西へくだる小坂で、中坂の北にならぶ。”とあったので、たぶんここだろうと思います。

また、同じくこの本では、この坂道の由来は坂下のほうがかつてゴミ捨て場に使われていたことだったからとも書いてあり、さらにこの坂辺に紺屋が一軒あったため”紺屋坂”という別名もあるということだそうですよ。


芥坂02
坂下より

こうしてみると、道幅のせまい坂道という感じでした。
あと、写真では、あまり見えていませんが、この正面の坂上に中国大使館があるのですが、この大使館の場所はもとはあの後藤新平の屋敷だったらしいですよ。

いやはや(汗)

そういうことを考えていると、かつてここで暮らしていたであろう人が計画した東京の都市計画が当時しっかりと実行されていれば、歩いていても楽しい東京になっていたかな〜?、それとも車にやさしいだけの街になっていたのかな?、それとも・・・。

まあ、なんともいえませんですが、そんな都市計画だけでふりまわされるような街にはなってほしくないと思いつつも、なんだかいろんなことをふと考えてしまいましたよ。。



地図
港区西麻布3

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区西麻布3


おおよこちょう坂とよぶそうです。
場所は、六本木ヒルズより西側にあり、だいぶ前にとりあげた富士見坂 (NO.7) の途中にあるギリシャ大使館の東側を南へのぼる坂道です。

大横丁坂01
坂下より

閑静な住宅街のふつうの道といった感じでした。
しかし、ちょうど右側が、実はギリシャ大使館ということなのですが、警備をしている人もいない感じで、建物自体もふつうのマンションでした。

ちなみに、この坂にはいつものような坂の碑はなく、富士見坂自体が大横丁坂という説もあるようですが、江戸東京坂道事典には「富士見坂の途中、西麻布三丁目三番ラオス大使館の西側から四番へ上る坂道で(略)」(まあ文章だけで判断すると富士見坂上にあるように勘違いしそうですけどね・・)とあることからも、今回はここを大横丁坂としてみました。


大横丁坂02
坂の途中より

坂の途中より坂下を眺めるとこんな感じで、かなりゆるやかな坂道でした。
正面のつきあたりの道が富士見坂 (NO.7)ということになります。


大横丁坂03

2枚目の写真の手前右側にありました。
パッとみると、え?なに?という感じかもしれませんが、階段下のすきまになんとも風情のあるというかなんというかはわかりませんが、小さな場所にも日本のこころといわんばかりに様々な形をした石がところせましと置かれていましたよ。。


大横丁坂05
坂上より

坂上は、見ての通り途中でカクっと曲がっていました。
左側は散歩した時は、工事中でしたが、坂上からみても坂下から見てもけっこう目に入る場所であり建物になりそうな感じなので、この建物しだいでは、この坂道の印象が良くも悪くもなりそうかもでした。




地図
港区西麻布3

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区六本木6


実は、この坂道は、今はもう無くなってしまった坂道なのです。
というと、え〜!という感じですが、正確には、前回とりあげたさくら坂 (NO.77) とだいたい同じ場所にかつてあった坂道で、六本木ヒルズの再開発というか建設が始まる前までは、たしかにあった坂道らしいですよ。
なので、いちおう玄硯坂≒さくら坂と考えていいみたいです。
(たぶん・・。)

坂名は、なかなかむずかしい漢字ですが、げんせき坂とよぶそうです。


げんせきさか1
現在のさくら坂

江戸東京坂道事典によると、
『藪下に下りる坂なので藪下坂ともいった。六本木六丁目四番と十五番の間をテレビ朝日通り桜田神社前から南東、日々窪へ下る狭い急坂で、坂の南側に日蓮宗妙経寺がある。』
とあり、地図でみると今のけやき坂通り (NO.24) の坂上あたりに桜田神社があることから、けやき坂の入口あたりが、かつての玄硯坂の坂上あたりだったようで、さくら坂 (NO.77)に隣接している妙経寺が玄硯坂の南側にあったということからも、もしかしたら建物の配置の計画上、玄硯坂をそのまま残すことができなかったため、むりやり今の2つの坂にしてしまったのかもしれませんね。(あくまで予想ですが・・。(汗))

う〜ん、それにしても、どうしてこうなってしまったんでしょうね・・。

最後に、”歩いてみたい東京の坂〈下〉”という本に、かつての玄硯坂の写真があったので、拝借させていただきました。(問題があればご一報ください。)


げんせきさか2
かつての玄硯坂

かなりの急坂だったようですね。
見えないかもしれませんが、写真のなかの電柱に住所が六本木6-15と書いてあることからも、江戸東京坂道事典の文も納得といった感じですかね。



地図(いちおうです。。)
港区六本木6

今年2度目の正月が来た気分です。

あの1995年の地震から12年ですか。。
よくよく考えてみると、神戸(というか兵庫)では、震災後に生まれた地震を知らない子どももいるわけで、その子たちも一番年上で12歳くらいになっているのですね・・・。
いやはや。(汗)

去年は、なにかと世間もさわがしかったし、そのせいか僕もテンションがあがりえらいものをお見せしてしまいましたが、今年はぼちぼちという感じです。
でも、この日になると、6434人という膨大な犠牲者のかたが亡くなった意味ってなんだろう?と考えつつも、その中で生き残れた自分というものはなんなんだろうと考えてしまいます。
そして、時々、以前にあった映画”黄泉がえり”のように、あの時、僕は一度死んでしまっていて、今は夢の世界にいるんではないのか・・・なんて思いこむときもあるくらい落ち込むときもあったりします。
(そんな時は、ほっぺをギュっとつねって確かめるんですけどね。 あっ!現実だ〜と。(汗))
でも、神戸という土地には、そういう黄泉がえりみたいなことをしたいと願っている人の霊もたくさんいるのかもしれませんが・・・。

と、突拍子もないことを言ってしまいましたが、12年前に起こったあの自然災害に対する経験や教訓、悔しさは、いまでは僕の中では計り知れないほどの財産にもなっているわけで、このことはけっして忘れないようにしたいとあらためて感じた12年目の1月17日という日でした。

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区六本木6


とうとうこの坂にきてしまいましたよ。。
住所的には、六本木にあたるのですが、前回の内田坂 (NO.76)とはとなりだったので取り上げてみました。
場所は、六本木ヒルズ内の最南端にある坂で、前回取り上げた内田坂 (NO.76) の北側に並行にはしっている坂道で、見た目はかなり新しい坂道です。


さくら坂 (NO.77) 01
坂上より

だいぶ前にとりあげた同じヒルズ内の六本木けやき坂通り (NO.24) の坂上あたりに、このさくら坂への入り口があります。
あ〜ここ!と思ったかたも多いかもしれませんね。(笑)
なので、このことからもわかるかもしれませんが、さくら坂は新たにつくられた坂道といってしまっていいかもしれませんが・・・。


さくら坂 (NO.77) 02
坂の途中より

坂上のカーブをきゅっと曲がって坂下方面をみるとこんな景色がひろがっていました。
六本木ヒルズの再開発とともに、整備された道のため、やっぱり整然としていていい感じの坂道ですね。
適度にカーブしているのもなかなかかもです。


さくら坂 (NO.77) 03
日蓮宗妙経寺

ちなみに、2枚目の写真のすぐ右手には、日蓮宗妙経寺なるお寺がありました。
このお寺もかなりあたらしく、調べてみると、やっぱりここも再開発地区の一部だったらしく六本木ヒルズ建設とともにここに移転したとのことです。


さくら坂 (NO.77) 04
坂の途中より2

そして、つらつらと坂道をくだり、またカーブを曲がったあたりで、坂上をみてみました。
ここもカーブの具合がよいですね。


さくら坂 (NO.77) 05
さくら坂公園

また、4枚目の写真の橋らしき建造物の向こう側にさくら坂公園なる写真のようなダイナミックなつくりの公園が坂道に隣接していましたよ。
そして、この公園は、お隣の内田坂 (NO.76) とも接していて、どちらの道からでもアクセスできる公園でした。


さくら坂 (NO.77) 06
坂の途中より3

左側には、レジデンスやゲートタワーなどの建物が見えてかなりダイナミックな風景がひろがっていました。
それにしても、また道がカーブしていて坂下がみえませんね・・。


さくら坂 (NO.77) 07
坂下より

やっとこ坂下にきてみると、これまたなんとも大迫力な景色が・・・。
正面のレジデンスの建物がやたらと迫力があり、なんだか坂道の存在を忘れるほどでしたよ。
ということで、かなりくねくねした道だったので、写真がかなり多くなってしまいましたが、歩いているぶんには、なかなか楽しい坂道でした。

ちなみに、この坂道には、はじめの写真にあった坂上のさくら坂という標識以外、やっぱりというか、いつものような坂の碑はありませんでした。



地図
港区六本木6

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区元麻布3あたり


うちだ坂と呼ぶそうです。
場所は、わかりやすくいえば六本木ヒルズのすぐ南にあり、ヒルズ内のけやき坂通り、その南隣のさくら坂、そして内田坂の順に坂道が並行にはしっており、いうなれば一番南側の坂道ということもできるかもしれません。


内田坂 (NO.76)01
坂上あたりより

この坂道は西から東方面へと下っている坂道なのですが、もしかしたらもうすこし西側までが、ここの坂道の坂上かもしれませんが、今回はこのあたりにしてみました。
道自体は古くせまめの道路でしたが、写真左側の建物が新しいためか、なんだか新しい道のように感じてしまいました。
あと、建物のあいだからひょっこりと東京タワーが見えていたのもなかなかよい感じかもです。


内田坂 (NO.76)02
六本木ルーテル教会

1枚目の写真のすぐ左側には、建物自体はやたらと新しい”六本木ルーテル教会”なる教会がありました。


内田坂 (NO.76)03

また、同じ場所から、ちらりと上を見るとこんな景色が・・・。
これで、ここがほんとに六本木ヒルズの隣ということがわかってもらえましたかな。(笑)


内田坂 (NO.76)04
坂の途中

そして、写真のようなちょうどいい感じの勾配の坂道がすこし続いていました。
ちなみに、この坂道には、いつものような坂の碑はありませんでした。


内田坂 (NO.76)05
坂下あたり

坂道がいい感じでカーブしていて、歩く先がなかなかみえてこなかったのは歩いていておもしろかったです。
また、写真右側には高校があり(あとで調べてみると六本木高校ということらしく、また左側には小学校もあるみたいでした。)、手前の落ち着いた雰囲気の学校と一番奥に見えるヒルズの建物群が一緒にみえていて、これまたこういう景色をみているとなんだか変な感じというか違和感というかなんというかはわかりませんが、ヒルズとお寺の関係を一緒にみているような・・・そんな気持ちになってしまいましたよ。



地図
港区元麻布3あたり

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区元麻布3


ちょっと間があいてしまいましたね・・。(汗)

みやむら坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狐坂 (NO.74) の坂下ちかくで、実は狐坂の坂下写真から右側を見ると、今回の坂下がすぐみえる場所にあります。


宮村坂 (NO.75) 01
坂下より

写真を見て、え〜!、と思ったかたもいるかもしれませんが、この道だけがやけに計画された感じで周辺の道路とはかなりかけ離れており、どうも私道っぽい雰囲気でした・・。(近くに中国大使館の警備をされていた警察の方がいたので、ついでにこの道のことを聞いてみても、そんな感じの答えでしたよ。)
でも、坂道自体は、勾配はほとんど感じないくらいでしたが、かなりインパクトのある道というか両サイドの建物との一体感もなかなかのものでした。

あと、この坂はいろんなサイトをみさせてもらってもいくつかの説があるようなのですが、江戸東京坂道事典には”元麻布3丁目5番と6番の間を西北に上る坂で、もと宮村町の坂道なので、宮村坂とよぶ。”とあるようで、住所でみるとやっぱりこの道だったので、今回はこちらを参考にさせてもらいました。

ということで、もとからあった坂道のうえからこのような住宅開発がおこなわれたようですが、坂道の両サイドにあった主に3階建ての団地風というかマンション群自体は、なかなかすっきりとしたデザインというかこの場所にあった感じのなかなかな高級感を持ったものでしたよ。


宮村坂 (NO.75) 02
坂上より

坂上あたりから見たものですが、写真のようにいきなり道の途中で、舗装のつくりがいきなり変わっていました。
しかも、舗装が変わったとたんに、両サイドに電柱があるのもなんかおもしろいかもです。

ただ、ここにはいつものような坂の碑はなく、そんなことから、今回の再開発の様子とあわせて考えてみると、かっての宮村坂の坂下が狐坂 (NO.74) までのびていたかは、実は不明で江戸東京坂道事典の本文をみてもわからず、もしかしたらあとで坂下が狐坂 (NO.74)とつながった可能性もまったくないわけではないかもしれないのですが、今回はこんな感じにしてみました。

でも、やっぱり昔からこの道はあったと思いたいのですけどね。。



地図
港区元麻布3

ブログネタ
ヒトリゴト に参加中!
やっとこ正月気分もぬけていつものような気分で書けるようになってきました。

でも、正月に東京と違う場所にいるとほんと気分転換になりつつも、へんないい方ですが、東京という枠の中で、きゅ〜と、目線というか考えがせまくなっていたかもと感じてしまいましたよ・・・。
なにが、狭くなっていたかと言われると僕も説明できないのですが(汗)、ひとついえるとすれば、なんだか東京を離れているとインターネットや政治、経済その他の東京で話題になっている僕的には興味があったニュースなども、地方では、”へ〜東京ではそうなんだ・・・”という気分というかなんというか(笑)・・。
まあもどってきたら、なんとなく感覚がもどってきましたけどね。。

あと、最後にですが、今年は新たなサイト(ひとりでのんびり更新でき自分の中では実験的な意味あいがつよいのですが・・)をまずはこっそりと始めてみようと考えていて現在は準備中なのですが、この坂道さんぽもいつもどおり更新していく予定なので、ほんと今年はどうなるかはわからんです。(笑)

ということで、いきなり坂道話をする気分になれなかったので、こんなことを書いてみました。

ブログネタ
街写真 に参加中!
いきなりでもうしわけないのですが、こんなタイトルにしてみました。(笑)

というのも、実家からの帰りにどうしても使ってみたかった(というか決めていた)昨年できたばかりの神戸空港から飛行機で東京にもどってきましたよ。
関西の中では、伊丹空港や関西国際空港の大きさと比べると規模は小さいのですが、なんといっても空港自体新しくてデザインもすっきりしていて、しかも家から近いし(笑)・・・、あと飛行機で移動というのも実はネットで的を絞って予約すれば値段的にも新幹線とほとんどかわらないというのはいい感じだったかもですよ。。
でも、実際は移動のラクさというよりは空港見たさなんですけどね・・・。(笑)


あてんしょんぷりーず

そして、神戸の話はこれくらいにして(汗)、今度は東京羽田に到着したあと移動ロビーでぱちりと。
実は、ご覧のとおりわかるかたもいるかもしれませんが、今年はANAをつかってみました。
なので、新しいほうの空港施設を体験できましたよ。

ということで、わかりにくいかもしれませんが、写真左側が滑走路で、大きな窓からさらに大きな飛行機が何台もとまっているのが見えて、お〜空港だという感じでした。(笑)

また、だいぶ前に記事で取り上げたときは、だれでも入れるところだけだったので、今回は飛行機に乗った人でないと入れない場所で撮ってみたのですが、まわりがもう暗くなっていたので、照明効果も重なり、かなり近未来的なロビーに見えてしまいましたよ。



地図
大田区羽田空港3

ブログネタ
日記 に参加中!
まだ、実家なのですが(汗)、最近はインターネットのおかげで、家にいれば、TV以外はほんと東京にいる時と同じ状況がつくれてしまうんですよね・・・。

まわりの風景や部屋は小さいころに慣れ親しんだものなのに、その中で東京発のネットラジオを聞いたりネットテレビを見たり(別に無理に見なくてもいいんですけどね・・)してみると、ほんと変な感覚におちいる感じですよ。(笑)

ということで、家もそこそこにして、とあることのため神戸というか三宮に行く用事があったので、そのついでに、三宮界隈をふらりと散歩してみました。

ただ余り時間がなかったので、行く場所をしぼり、どうせならいつもと違って観光客気分でぶらぶらできる旧異留地あたりを歩いていたのですが、実はこの近くに横浜の中華街とおなじような中華街(正式には”神戸南京町”です)がここにもあることを思い出し、いってみました。


三宮界隈01

そして、一枚、中華街の広場のあたりでぱちりと。
あいかわらず、中華街らしいというかなんというかはわかりませんが、なんとも華やかで活気にあふれていました。
しかも、日本語とともに中国語も飛び交っていて、別世界のようでしたよ。。
また、各お店の前にでている露店で麺類や肉まん(関西では豚まんと呼びます)なんかも売っていて、そのうちの一軒で買ったものも手ごろな値段のわりにうまかったです。

ということで、またまた地元ネタでもうしわけない感じなのですが、数年ぶり(もしかしたら10年ぶりくらいかも・・)に中華街にきてみても、ここはあいかわらずの感じだったのでうれしくなりましたよ。

ブログネタ
写真日記 に参加中!
おめでとうございます。
気がつけば、元旦がすぎてしまいましたね・・。
実は、今、実家に帰っています。
なので、かなりのんびりモードです。(笑)

そして、今日は、高校時代の部活が一緒で学校からの帰りもいつも一緒だった近所の友人たち3人でご飯を食べました。
まあふつうの公立の高校だったもので、帰れば近所に高校の友人はいたのですが、それにもかかわらず、なんとなく連絡も途切れ途切れになり、個別にはそれぞれ会っていたのですが、3人が一同に集まって会うのは、なんとも高校卒業以来というかなり久しぶりの集まりとなりましたが、やっぱりすぐに慣れてしまうものですね。。
ただ、友人たちもなにかと忙しいようなので、その後はわかれて、僕はひとりでふらりといつものように近所ですが散歩に行ってみました。


あけまして2007

もうすでにあたりは暗かったのですが、近くの海というか海辺に行ってパチリと一枚。
ここは、写真で見てもわかるとおり防波堤にもなっているのですが、正月休みのためか、海釣りをしている人がかなり多かったです。
ずら〜と防波堤沿いに並んでみなさん釣りをしていましたよ。(笑)
そして、正面の沖に見えているのは、人工島(あえて名前はいいませんが・・・)で、僕が生まれた時には、ほとんどないに近かった島なのですが、今はひとつの街のようになり、いつものようにコンテナなどをおろす港の明かりがすごく目立って見えていましたよ。

ということで、今日は・・・・
あっ、そうそう、いい忘れていましたが、年明けということでせっかくなのでブログタイトルのデザインをすこし変えてオリジナルなタイトル画像にしてみたり、サイドバーをすこし整理してみましたよ。

ということで、今日はこんな感じですが、あらためて本年もよろしくお願い致します。

このページのトップヘ