東京坂道さんぽ

2007年07月

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3


やくえん坂と呼ぶそうです。
別名で、御薬園坂、相模殿坂、御役人坂、役人坂、役員坂といろいろな呼び名もあるみたいです。。
場所は、奴坂 (NO.103) の坂上から南へすこし歩くと、薬園坂の坂上あたりにきて、明治通りにつきあたるまで下る坂道です。


薬園坂 (NO.104)1
坂上より

坂上あたりの様子ですが、まわりは閑静な住宅街といった感じで、かなり長い坂道で高低差もあるようで、坂上からの遠景のみえ具合ももなかなかな感じでした。


薬園坂 (NO.104)2
坂の途中より

坂道をすこしくだるとこんな感じの風景でした。
坂上からでは、わかりにくかった坂道のこまかな雰囲気が、ここからだとわかりやすいのではないですかね。
車は以外と通る道なのですが、みてのとおり落ち着いた雰囲気のある坂道でした。


薬園坂 (NO.104)3
坂の途中より2

今度は、坂上の方を眺めてみました。
こうしてみると、けっこうな高低差のある坂道だったのですが、距離が長い坂だったので、道自体は思ったよりは勾配具合がないようでした。


薬園坂 (NO.104)4
坂下より

そして、ほとんど坂下あたりにきてみると、左側にモダンな建物のイラン大使館が見えていました。

ちなみに、この坂道には写真でも見えているとおり、いつものような坂の碑があり、
『江戸時代前期、坂上の西部に幕府の御薬園(薬草栽培所、小石川植物園の前身)があった。なまって役人坂、役員坂と呼ぶ。』
とありました。
そして、江戸東京坂道事典に”寛永15年(1638)にこの地にこの地にもうけられた薬園は正徳三年(1913)に廃されて、小石川御薬園(現・小石川植物園)に移った。”とあり、坂の碑とあわせてみてみると、以前にとりあげた御殿坂 (NO.17) でもすこしはなしている小石川植物園とゆかりのある場所だったんですね。


薬園坂 (NO.104)5
坂下あたり

最後に坂下の様子ですが、坂下までくるとこれまた坂上とは一味ちがった雰囲気になっていました。
また、正面にみえている高速道路の高架らしきものが見えているあたりが、明治通りということになります。



地図
港区南麻布3

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3


やっこ坂と呼ぶそうです。
場所は、新坂 (NO.102) の坂上あたりのフィンランド大使館の横を東へすこし歩くと、奴坂につながっています。


奴坂 (NO.103)1
坂下あたり

坂下あたりと書いているので、あれ?と思うかもしれませんが、たしかに見た目では、下り坂なのですが、下ってさらにまたあがる坂道で、江戸東京坂道事典にも西へ下る坂道(ということは東へとあがる坂道)と書いてあったので、こうしてみました。

ちなみにここには、写真でも見えているとおり、いつもの坂の碑があり、
『竹ヶ谷の小谷で谷小坂、薬王坂のなまりでやつこう坂、奴が付近に多く住んでいた坂の三説がある。』
とありました。
(奴をネットで調べてみると、Wikipediaに説明がありました。また竹ヶ谷とは、麻布区史に古来ここを竹ヶ谷と称し、別にねくるみ村といい、古くは鶯の名所であったということが書いてあり、かってのこの地域の呼び名のようです。)


奴坂 (NO.103)2
坂の途中より

もうすこし坂をのぼるというか東側へ歩くと、こんな感じでした。
道自体は、イボイボの舗装になっていることからも、見た目以上にけっこうな勾配の坂道のようですね。
また、左側は幼稚園と小学校があり、そのためかいい感じで木々が生い茂っていました。


奴坂 (NO.103)3
坂の途中より2

そして、こんどは2枚目の写真と反対方向を眺めたものです。
ここからは、見た目にもわかりやすい住宅街という雰囲気になり、目の前にはカーブしていて先が見えませんが、さらなる急坂が見えていました。
なので、2枚目の写真とあわせて、このあたりは、坂道の途中でちょっとした谷になっている部分となっているようです。


奴坂 (NO.103)4
坂の途中より3

そして、急坂をテクテクと。。
ここはなかなかの勾配具合でした。


奴坂 (NO.103)5
坂上より

そんでもって、やっと坂上にやってきました。
急勾配の坂でしたが、特に景色がひらけているというわけではありませんでしたが、右側には、よく街でみかける小さな児童公園があり、そのためか、これまた立派な木々が生い茂り、坂道にもとびだしていました。
また、江戸東京坂道事典に、この坂道のことを、5枚目の写真の坂上あたりより”西に入り、さらに折れて南へ下る小阪”と書いてあり、もしかしたら2枚目の写真を左へいくと下っていたので、そこも奴坂の一部なのかもしれませんし、かってあった道なのかもしれませんが、今回は一枚目の写真に坂の碑があることもあり、それにしたがって歩いてみました。



地図
港区南麻布3

もう3日前となってしまいましたが、16日に新潟県中越沖地震が起こってしまいました。

そういえば、かなり場所てきにも近い能登でも3月に起こったばかりということで、この地域は地震の頻発地域かもしれないということが言われていますが、なんとか原因がわかないものかとも思いながらも、今回は被害にあわれた方も多いらしく、これからいろいろとたいへんなことが起こるとはおもいますが、ここからは頑張ってくださいという他はどうにもならない感じです。

あと、この夏の時期に水が使えないというのは、かなりきついことだと思いますし、トイレの問題って以外と、普段は気がつかないけど、こういう災害時にはすごくありがたさを感じることだと思いますので、その点でも早く復旧が進めばよいのですが・・・。
そして、もうひとつとして、今回はあの原発があるあたりらしく、地震での被害とあわせて、たしか昨日か今日ぐらいに停止命令が出たはずで、その分の電力不足分が関東にも直撃するかもしれないとのことらしく、今回はかなり広域にわたりいろいろな被害が直接的ではないにしろ、でてしまう地震になってしまうかもしれませんが、こればかりは後になってみないとわからないことではありますけど・・・。

ということで、今回も他人事とは思えないこともあり、いろいろ言ってしまって、もうしわけない感じですが、やはりここに記録しておくべきだと思い書いてみました。

最後にですが、被災地の方々へは心からお見舞い申しあげます。
あと、今回は、いままでと比べて義援金などの受付情報が早くにだされていたみたいで、ヤフーでもそれらのリンク集がありましたので、こちらからもリンクを張らせていただきます。

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3あたり


しんざかと呼ぶそうです。
場所は、南部坂 (NO.101) の坂上からすこし歩いてから、南の方へ行くとある坂で、坂下は明治通りにつながっている坂道です。


新坂 (NO.102) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子です。
近くには、フィンランド大使館がなにげにあったりしましたが、道自体はすこし勾配がある感じで、実際の坂道はもうすこし先のほうにあるようでした。
ただ、左手に見えている茶色の建物が気になりましたよ。


新坂 (NO.102) 2

ということで、もうすこし近寄ってから撮ってみましたが、かな〜り古い感じですが、電柱のうしろあたりにみえている建物のファサードというか建物にとりつけられている格子というかルーバーみたいなものはなかなかいい感じだったかもです。。


新坂 (NO.102) 3

もう一枚です。
一枚目の茶色の建物の奥に建物の壁いっぱいに蔦がからまっている建物が見えていますが、正面から見るとこんな感じでした。
こちらも、かなり古い建物のようで、さすがに茶色の建物と同様、まわりの建物と比べると浮いている感じではありましたが、なにか惹かれるものがあり、撮ってみました。


新坂 (NO.102) 4
坂の途中より

坂をてくてくとすこし下り、坂上のほうを眺めてみました。
ここからみると、坂道の勾配具合もわかりやすいかもしれませんね。


新坂 (NO.102)5
坂の途中より2

さらに坂道をくだると、こんな感じの風景で、気のせいかもしれませんが、両サイドの建物が以外と個性的なつくりのものが多かったような気がしました。


新坂 (NO.102) 6
坂下より

坂下から坂上のほうを見たものです。
なので、この写真の背後が明治通りということになります。

また、この坂道には、いつものように坂の碑があり、
『できた当時は、新しい坂の意味だったが、開かれたのは古く元禄十二年(一六九九)である。しんさかとも発音する。』
とありました。
それにしても、1699年からとはなんだかんだといって歴史のある道というか坂道だったのですね。。



地図
港区南麻布3あたり

ブログネタ
街写真 に参加中!
最近とりあげた木下坂 (NO.100)南部坂 (NO.101) にかこまれたようにあるといってもいい場所にある公園ですが、坂道散歩のついでに、園内をぶらりと歩いてみました。


有栖川宮記念公園1

木下坂 (NO.100) の5枚目の写真にのせた坂上あたりの公園への入口からはいると突然こんな景色が広がっていました。
ちょうど、この高低差は、木下坂 (NO.100)でいえば、坂下方面をみているので、公園もそれと同じように、ちょっとした崖といっていいくらいになっていました。
しかも、都心とは思えないほど、静かで木々にかこまれた公園らしく、びっくりという感じでした。


有栖川宮記念公園2

園内に公園の案内板があったのですが、公園の左側の写真が木下坂 (NO.100)で、右側が南部坂 (NO.101) ということになりますかね。
なので、1枚目の写真は、三問屋門あたりということになり、ちょうど木下坂 (NO.100)と並行して川らしきものもありますね。


有栖川宮記念公園3

そんな感じで、実際にも園内に川をみつけたので、そこをてくてく歩くと、なかなかユニークな橋が架かっていました。
手すりのカーブ具合や小川に面している半円のアーチの部分もなかなかいい感じだったかもです。

ということで、園内をいろいろぶらぶらしてみましたが、この公園の歴史というか名前の成り立ちは、以前に書いた南部坂 (NO.101)のページに書いていますので、あまり書きませんが、実は、それ以外にも、ネットでいろいろ調べてみると、盛岡城主南部家の屋敷になるまえは、もともとは忠臣蔵でも有名な浅野家の下屋敷があったところだったという話もあるそうですよ。

あとは、園内の何箇所かには有栖川宮威仁(たけひと)親王の像を含めいくつかの像があったり、しかも、園内はまわりに坂道がふたつも隣接していることもあり、起伏にとんだ地形をしており、それとあわせて静かで多くの木々に囲まれたこの公園は、かなり印象的な公園だったかもです。



地図
港区南麻布5

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布4あたり



なんぶ坂とよぶそうです。
場所は、有栖川宮記念公園の南側にあり、木下坂 (NO.100) とは坂下でつながっており、その坂下から東にあがる坂道です。

南部坂 (NO.101) 1
坂下より

坂下よりですが、左側の有栖川宮記念公園の立派な木々が印象的で、右側はナショナル麻布スーパーマーケットというこの地域らしいインターナショナルなスーパーがあり、買い物客と公園への散歩の人たちでけっこう人がいました。


南部坂 (NO.101) 2
坂の途中より

すこし坂道をのぼってみると、公園の緑が坂道へせりだすような感じで生い茂っていました。


南部坂 (NO.101) 3
ドイツ大使館

2枚目の写真の右側にちらりとみえていましたが、なかなかモダンなつくりのドイツ大使館が坂の途中にありました。


南部坂 (NO.101) 4
坂の途中より2

さらに坂をのぼり、坂下のほうをみてみました。
予想以上に公園の木々がせりだし、ドイツ大使館の背の高い塀のためか、ある程度はまわりの景色も見えましたが、あまりひらけた感じはしなかったです。
でも、そのぶん坂道のほうにじっくり集中できる感じでした。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり、
『有栖川宮記念公園の場所が、赤坂からうつってきた盛岡城主南部家の屋敷であったために名づけられた。(忠臣蔵の南部坂は赤坂)』
とありました。

また、江戸東京坂道事典に、”南部氏邸後は明治以降再三代替わりし、明治二十九年に有栖川宮の御用地となり、おいて大正二年には高松宮邸となったが、宮家の好意によって昭和九年、東京市へ下賜され、有栖川宮記念公園と称することになった。”とあり、有栖川宮記念公園の名前の由来についても書いてあり、坂道の名前と公園の名前が直接てきではないにしろ、密接にむすびついていることがわかりました。


南部坂 (NO.101) 5
坂上より

そして、坂上まできてみましたが、坂道自体はいいかんじでカーブしていたのですが、そのアイストップの方向に、ドイツ大使館の建物がちょうど見えていたので、坂の途中の雰囲気とは、なんだか違っているというか、いっきに住宅街といった雰囲気になっていました。



地図
港区南麻布4あたり

ブログネタ
建築 に参加中!
この前、すこしおもしろいところに行く機会がありましたよ。


新橋というか銀座のカプセルマンション1

見てのとおりというか、知る人ぞ知るといった建物で銀座の近くにあるのですが、このまえの都知事選にも立候補したことで知られる建築家の黒川紀章氏の設計した中銀カプセルタワービルという名前のついたマンションなのですが、なんと、ここに大学時代からの友人が住んでいるということで、見学がてら来てみたというわけです。


新橋というか銀座のカプセルマンション2

ちなみにここは、見た目の奇抜さからもわかるとおり、過去にもそれなりの話題を提供した建物なのですが、写真にも見えているとおり、ブドウというかとうもろこしというかそんなイメージで、部屋の部分(こちらが実の部分ですかね)が建物の中心部にあるエレベーター(これが芯です)にくっついて存在しているという感じの建物で、しかも、最近、残念ながら取り壊しが決まったらしく、そんなこともあり、かなり忙しい友人にお願いして、夜にも関わらず、おしかけたという感じです。。


新橋というか銀座のカプセルマンション3

そして、部屋に入り、外から見えていた丸窓を通して外をのぞいてみました。
ただ、ちょっとこれだけでは、なんともいえない感じで、部屋も暗くしないと、あたりまえですが室内ばかりが反射して見えてしまうので、むずかしいところではありましたよ。
(ちなみに室内の様子は、さすがに現在も使用中なため、撮りませんでしたが、じつはここの室内もあまりにシンプルな設備しかなく、なかなか興味深い感じでしたよ。)


新橋というか銀座のカプセルマンション4

せっかくなので、窓から見える風景など。
ちょうど高速道路が、いい感じで見えていました。


新橋というか銀座のカプセルマンション5

そして、今度は、もうすこし上を眺めてみると、正面に、以前にこのブログでもとりあげた汐留の電通ビルも見えていましたよ。
こうしてあらためてまじかでみると、大きいビルですね。。
(これでだいたいの場所がわかったかもしれませんが・・。)
でも、取り壊しがはじまってしまったら、こんな感じでみれないかもしれないので、なかなか貴重な体験ができたかもです。


新橋というか銀座のカプセルマンション6

最後にすこしまわりが明るくはなっていましたが、(それでもちょっと感度がよすぎて明るい感じですが)ここから、見るとなんだか違った感じにみえたので、ここからも一枚撮ってみました。
ちなみに、この建物は、1972年にできたらしく、できた当初には写真で見る限りはまわりに同じような高さのビルもあまりなかったようですね。(当時の室内やまわりの様子、この建物にまつわる話が建築マップというサイトにありましたよ。)

ということで、ここにくるまでは、実はただの派手な建物という感じで見ていた感があったのですが、ここにきてみていろいろ体験させてもらい、しかも黒川氏設計の建物で銀座に近い場所というのにもかかわらず破格といっていいほどの家賃の安さや、さらにこのマンションの年もひとつだけ自分より年上ということがわかり年齢も近いこともあってか、なんだか親近感がわいてきた感じかもです。。

ブログネタ
★自分にとっては大切なこと★ に参加中!
やっと、坂道シリーズも大台の100坂になりましたよ。。

ただ、これまでにとりあげた地域でも、現地での事情(工事中とか・・・(笑))や参考にした資料が統一されていなかったことから、別の資料にはあるけど参考にした資料にはなかったりなどで、まだまだ取り上げていない坂もあったりもしますが、そのあたりは、これからぼちぼちと、訪れては補足しつつも、さらに新たな地域の坂道についても取り上げていかないとなあとも考えています。

それとあわせて、これまでのように、坂道とともに、その周辺のことにも気をくばりつつ、記録していければと考えていたりしますが、もともと坂道の名前がつくような道は、それなりになにか歴史性があってつけられたものである可能性が高いので、それが、どこからきているかもなんとなく想像しながら散歩してみようとは思っていたりします。

でも、まあこのブログをはじめた当初はもっと気楽にぶらぶらしていた感じなのですが、いろいろ坂道をまわっていると、ああだこおだと考え、いろいろ見えてくる部分もあったりして、最近はお気楽な感じが抜け気味なのがやや気がかりなところですが(汗)、なんだかんだとって、この坂道散歩を通して、東京のなにかが見えてくればそれはそれで、このブログをやっていてよかったとなあといえるかもしれませんので、東京には僕の知らない坂道がまだまだあるので、これからも坂道散歩は続くといった感じですかね。。

ということで、これからもよかったらお付き合いくださいね。

このページのトップヘ