東京坂道さんぽ

2008年02月

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所在地:港区赤坂6


ころび坂とよぶそうです。
場所は、氷川坂 (NO.127) のすぐそばというか、坂下どうしでつながっており、氷川坂の坂下から北西へとのぼっていく坂道です。


転坂 (NO.128) 1
坂下より

坂下からの風景で、このすぐ後ろあたりが氷川坂 (NO.127) です。
すでにここから坂上のほうが見えるほど短い坂道でした。


転坂 (NO.128) 2
坂上より

ということで、あっというまに坂上まできてみました。
坂下でのちょっと乾燥した雰囲気とはちがい、ここからみるとまわりの雰囲気もなにか違うもののように見えてしまいました。
しかも、坂道をよくみると、勾配具合が急な道によくあるドーナツ型の舗装になっており、そんなに急な坂道だったかなと思いつつ、坂道全体をあらためて見渡してみると、遠景にミッドタウンや六本木ヒルズもみえていました。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑があり、『江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよくころんだために呼んだ。一時成徳寺横の元氷川坂もころび坂といった。』とありました。


転坂 (NO.128) 3
氷川公園より

これは、すこし余談ぽくなりますが、2枚目の坂上からさらに道沿いを北にむかってすすむと、氷川公園なる公園が隣接しているのですが、その公園あたりまでの坂道を転坂という説もあるみたいだったので、いちおうのせておきました。
写真は、手前が氷川公園で、目の前の道を写真右側のほうへいくと、坂の碑がちゃんとある転坂の坂道(現地では、1・2枚目の写真の坂上と坂下に坂の碑がありました)があるということになります。




地図
港区赤坂6

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所在地:港区赤坂6


ひかわ坂とよぶそうです。
場所は、南部坂 (NO.124) の坂上をあがりきり、すこし南西に歩くと、氷川坂の坂上あたりに合流し、氷川神社の東側を北西へ下る坂道です。


氷川坂 (NO.127) 1
坂上より

ここからみると緩やかな坂道という感じですが、道が長いので見た目よりは、勾配具合のある坂道で、そんなにひろい道ではないのにもかかわらず車がひっきりなしに通っていました。


氷川坂 (NO.127) 2
坂の途中より

すこし坂道をくだり、坂上のほうをみたものですが、坂上の立派な擁壁のうえの一段高いところになにげにアメリカ大使館宿舎がまじかに見えていましたが、やはりここから見ると宿舎よりも、その下の石積み風の擁壁が、やたらと印象的だったかもです。

ちなみにここには、写真でも見えていましたが、いつものように坂の碑があり、『八代将軍吉宗の命で建てられた氷川神社のもと正面に当たる坂である。』とありました。



氷川坂 (NO.127) 3
氷川神社の入口

2枚目の写真のちょうど右側に、坂の碑の説明にもあった氷川神社への入口が、こんなところに忽然とありました。
さすがに氷川坂と名づけられている坂道だけあって、かなり唐突な感じにもかかわらず、昔からあるものなのかもしれませんが、なかなかおもむきのある入口でした。


氷川坂 (NO.127) 4
氷川神社

せっかくなので、境内にも入ってみたのですが、思っていたよりは、中は広く落ち着いた雰囲気でした。
正面が本堂で、この右手のほうに氷川坂があることになります。
(氷川神社については、公式HPがあるみたいなので、詳しくはそちらをどうぞ。)


氷川坂 (NO.127) 5
坂下あたり

そんな感じで、また坂道にもどり、さらに坂下のほうまで下り、坂上のほうを眺めてみました。
坂上を歩いていたときは、なんてことないふつうの道だなあという感じでしたが、氷川神社にいったあとにこの坂道を歩き、ここまでくると、なにか違った印象を持ってこの風景をみることができたかもです。



地図
港区赤坂6

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今日は、とりあえず一休みという感じですが、前回の愛宕新坂 (NO.126) から赤坂のほうへ(わざわざ)歩いて向かう途中になぜか気になったので、ぱちりと。



街の中の新旧

歩いていたときは、手前の家がものすごく古く感じ、そのむこうに愛宕グリーンヒルズの近代的な高層ビルが見え、そのコントラストが印象的だったので、おもわず撮ってみたのですが、写真でみると手前の家もすごく古いという感じにはみえませんね。。

もうすこし、ひいて撮っておけばよかったのですが、まわりの家がこれと比べるとかなりあたらしい感じの家ばかりだったので、かなり目立ってみえてしまったようです。


でも、やっぱりこういう感じの家も、おそらく僕が小さいときにはけっこう普通にあったような気がするのですが、今は(気にしていないからかもしれませんが)あまり目にしないし、ましてやこの地域ではかなりめずらしい雰囲気をかもしだしていたかもです。


地図
港区虎ノ門あたり

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所在地:港区愛宕1


あたごしん坂と呼ぶようで、別名で新坂ともいうそうです。
場所は、これまた以前にとりあげた愛宕坂(NO.121NO.122)のすぐそばにあり、愛宕山の北西を巻いて下る長い坂道です。


愛宕新坂 (NO.126) 1
坂上より

坂上あたりの様子ですが、この右側あたりに愛宕神社があり、写真でもわかるかもしれませんが、どうやら現在のこの坂道はこの愛宕山の頂上へ車でくるためのゆるやかな長い坂道となっているようでした。
でも、やっぱり坂道の舗装がドーナツ舗装になっていることからもわかりやすいかもしれませんが、けっこうな勾配具合でしたよ。


愛宕新坂 (NO.126) 2
坂上あたり

今度は、坂道をすこしくだり坂上の方をみたものですが、真冬ということもあり木々には緑もなくすこし寂しげでしたが、その分、ちょうど愛宕グリーンヒルズ内にある2本の高層ビルがよく見えていました。


愛宕新坂 (NO.126) 3
NHK放送博物館

あっ、そうそう、2枚目の写真でもすこし見えていますが、坂上にNHK放送博物館なる施設がありました。
いちおう、僕も中を見させてもらいましたが、ここでは詳しく書きませんが、なかなか興味深い内容の博物館でしたよ。


愛宕新坂 (NO.126) 4
坂の途中より2

そして、てくてくと坂道を下っていますが、さすがに愛宕山に沿って下っている坂道なので坂下が見えてきません。
でも、なんだかいい感じ。
しかも、この日は車も通らず快適、快適・・・。


愛宕新坂 (NO.126) 5

そんな感じですこし坂道を下っていると、坂上にも実は看板があったので、気にはなっていたのですが、こんなひっそりとした坂の途中に、あの田崎真也さんのお店がありました。


愛宕新坂 (NO.126) 6
坂の途中より3

とりあえず、さらりとワインサロンをあとにして(もちろん中には入っていませんよ・・)、すこし坂道を下り、坂上のほうを眺めてみました。
このあたりは、すこし勾配もゆるやかになり、右側の木々やゆるやかなうねり道がなんともいい感じで、左側の和風な建物(軽く調べてみると食事処らしく豆腐屋という話もでていたのですが、僕がいったときは休みみたいだったのでほんとうにそうなのかはよくわかりません)が、ふつうにあったりして、さっきのなにげにあるワインサロンといい、この坂道(というか愛宕山)って何者?という感じでした。。


愛宕新坂 (NO.126) 7
坂下あたり

そして、すこし坂道を下ると、やっと坂下あたりが見えてきました。


愛宕新坂 (NO.126) 8
坂下より

そんな感じでしつこく写真をのせてみましたが、坂下より坂上のほうを眺めたものです。
ちょうどこのあたりは愛宕神社の北側にあたる場所で、正面左に見えている電柱あたりにワイルドに木々が茂っており、けっこう急な崖でもありました。

ということで、かなり長い坂道だったので写真の枚数が多くなってしまいましたが、景色の変化がはげしかったせいもあってか、歩いていてもあきることなく、なかなかおもしろい坂道だったかもです。
ちなみに、ここにはいつもの坂の碑はありませんでした。




地図
港区愛宕1

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所在地:港区虎ノ門1


今回は、以前に坂道散歩をしたときに見に行くのを忘れていた坂なのですが、あおい坂とよぶそうです。
ただし、いまはもうない坂道です。
場所は、メトロ銀座線の虎ノ門駅のすぐそばで、現在もある琴平神社(地図で見ると金毘羅神社とも書いてありますがどっちが正しいのかはわかりません・・)の西南を旧赤坂葵町へ上がる坂道だったそうです。


葵坂 (NO.125) 1
琴平神社

今回は坂道ではありませんが、なんともおもしろいものが、虎ノ門駅のほうからてくてくと国道一号を歩いていたら見えてきました。
なんと、神社への参道の上にビルが建っていましたよ。。
このあたりを歩いたことがあるかたなら、かなりの確立で見覚えのある場所ではないですかね。


葵坂 (NO.125) 2

境内から国道のほうを見るとこんな感じ。
ここまでやるか〜という感じですが、なかなかインパクトがありました。
まあ、東京らしいといえばそうなのかもしれないような、そうでもないような・・。


葵坂 (NO.125) 3

そして、境内をぶらぶらしていると、神社の敷地の西南部にこんな抜け道を発見しました。
いちおうだれでも通れる道になっているみたいでしたが、なぜこんな立派な抜け道があるのかは、不明でした。


葵坂 (NO.125) 4

最後に、この抜け道の途中で上を見上げてみると、ちょうど同じ敷地内にある高層ビルがうまい具合にみえたので一緒にパチリと。。

ちなみに、ここにはあたりまえですが坂の碑はなかったのですが、「新撰東京名所図会」に葵坂に関する一文があり『葵坂は芝区西久保明船町より溜池町に通ずる道路を云う。此所今も多少の勾配なきにあらざれども、殆ど平坦にして、坂といふも名のみに止まれり』とありました。(※ いつものように江戸東京坂道事典からの抜粋です。)



地図
港区虎ノ門1

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所在地:港区六本木2


なんぶ坂とよぶそうで、難歩(なんぽ)坂とも書くそうです。
場所はアークヒルズのそばにあり、ちょうど六本木通りをはさんで反対側の路地を一歩入ると、南部坂の坂下あたりになります。


南部坂 (NO.124) 1
坂下より

ドーナツ型のすべり止めが見えることからも、けっこうな勾配具合が予測できましたが、見ためは道がカーブしているためかそれほどの感じはうけませんでした。


南部坂 (NO.124) 2
坂の途中より

すこし坂道をのぼり坂下のほうをみたものですが、坂下から見た印象とはちがいふつうのビルが建ちならんでいる感じでしたが、その裏手が六本木通りということもありそれらのビルのほうが数階背が高いようで、さらに奥には泉ガーデンタワーもみえて、ビルの段々畑みたいになっていて、なんだか変な風景でした。


南部坂 (NO.124) 3
坂の途中より2

今度は、坂上のほうを眺めてみたものですが、なにやら左側にかわった擁壁が見えていますが、下は石壁のようになっており、そのうえもなんだかかなり凝っている感じでした。
あとで、地図を確認してみると、このうえには、アメリカ大使館宿舎の敷地のようでした。


南部坂 (NO.124) 4
坂上あたりより

正確にはもうすこし上あたりが坂上みたいなのですが、このあたりからが坂全体も見渡せる感じで(しかもこの横でなにやら作業されている業者のかたがいたもので)、とりあえず、このあたりから見てみました。
ここまでくると、坂下で感じたような勾配具合はありませんでした。
あと、道幅はかなり狭く、車一台通れるくらいでした。
それと、写真では信じられないくらいの割合で写っていますが、正面にアークヒルズのビルが見えていましたよ。

ちなみにここにはいつもの坂の碑があり(しかも4枚目の写真の立ち位置のすぐそばなのですが)、『江戸時代初期に南部家中屋敷があったためといい「忠臣蔵」で有名である。のち険しいため難歩坂とも書いた。』とありました。
ということで、この坂の碑にもあるように、あの忠臣蔵とも縁がある坂道のようで、講談や浪曲で有名な「南部坂雪の別れ」にもでてくるそうですよ。
”南部坂雪の別れ”といわれても、わかるかたにはわかるかもしれませんが、実は僕自身も時代劇ものにはそれほど詳しくないので、江戸東京坂道事典の一文をそのまま抜粋させていただくと、『元禄十五年十二月十四日夕刻、仇討を決意した大石内蔵助が、折からの雪のなかを南部坂上浅野候の屋敷に身を寄せていた亡君の奥方の瑤泉院を訪れて、心ひそかに最後の別れをつげたという。』とあり、これがだいたいのストーリーらしいです。
(それにして、ここ最近ハードな内容というか歴史の坂道が多いですね。。(汗))



地図
港区六本木2

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昨日は、東京でも2年ぶりという大雪でしたね。

そんなこともあり、やっぱり外出してみたくなり、今回は新宿に行ってみました。


あっ、そうそうこれは個人的なことなのですが、昨日、新宿に行く前に4年か5年ぶりに家の近くの駅で大学時代の友人と会いましたよ。

おたがいこんなところで〜、という感じでした。。

おそらく、雪が降らなかったら、ぜんぜん違う時間帯に外出していたと思うので、今回の再開は雪さまさまという感じだったかもです。(それにしても、なぜ家の近くの駅に友人がいたかはわからずじまいでしたが。。(笑))



新宿雪見散歩1

そんな感じで、新宿駅についたときはお昼をすぎたころだったので、外はまだかなりの雪が降っていて、ふつうの道でもそれなりに積もっており、外を歩いていると靴もすぐに湿ってきそうだったので、ほとんど外に出ずにアクセスできる都庁の展望台にきてみたわけです。

ただ、やはりというかなんというか、予想はしていたのですが、ここの展望台くらいの高さとなると、さすがに雪のせいで窓の外は真っ白でした。

けど、ねばっているうちに、かろうじて新宿中央公園が見えたので、パチリと。

ほとんどわかりませんね・・。(汗)



新宿雪見散歩2

すこし遠目のほうを見ると、もうこんな感じで、外は雨ではなく雪だったこともあり、こんなスモーク状態の景色も、なんというかスキー場で、外が吹雪いているときにレストハウスで休憩している時のような気分になってしまいましたよ。

まあ、そういう空気感みたいな想像がふと頭をよぎったというほうがよいのですかね。。



新宿雪見散歩3

そんなこともあり、ふと思いついて、行く予定はなかったのですが、気がつけば1年以上訪れていなかったのですが、さっき窓から見えていた新宿中央公園にきてしまいました。

ここは、見てのとおり(といってもわからないですよね・・)、前にも何度かこのブログでもとりあげた富士見台からのものです。

この公園内では一番の高台でもありますし、かつてはここから富士山も見えたとか。

前にきたときは、9月だったので、かなり緑が生い茂っていましたが、今回は、さすがにその景色も一変していました。

前がグリーンでいっぱいなら今回はホワイトでいっぱいという感じですかな。。


ということで、一日おくれの雪見散歩でしたが、今日はこんな感じです。


地図
新宿区西新宿2

所在地:港区赤坂1

えのき坂とよぶそうです。

場所は、汐見坂 (NO.118) と一本道でつながっている坂道なのですが、汐見坂とは逆に西側へと下っている坂道です。



榎坂 (NO.123) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、実は坂道をすこし下って、そこから坂上のほうを眺めたものですが、ご覧のとおり汐見坂 (NO.118) 方面というか坂上あたりは、この右側にアメリカ大使館があることもあり警備の警察官のかたがあまりにまじかにいたため、ここからの撮影となりました。

見た感じはあまり高低差はない(かなり平坦な)ように見えましたが、なにぶんこのような物々しい状況だったもので、落ち着いて観察するわけにもいかなかったのですが、写真でみえる感じでは勾配具合がそれなりにありそうにみえている気がしますがどうでしょ。



榎坂 (NO.123) 2
坂の途中より

今度は、一枚目の立ち位置とだいたい同じ場所からの坂下のほうの風景ですが、ここからみるかぎりは、ほとんど平坦なふつうの道という感じでした。

ただ、左の高層ビルが、この坂道の途中でつながっている新榎坂 (NO.120) のほうではそれなりに坂道になじんでいる感じがあったのですが、ここからみるとかなり浮いた存在になっているように思いました。

(しかし、写真ではたまたま人通りが多そうにみえますが、ほんとたまたまだったんですよ。この時間帯は。。)



榎坂 (NO.123) 3
坂下あたりより

どこまでが坂下なのかわからなかったので、とりあえずこのあたりから坂上のほうを見てみました。

ここからみると、坂上あたりのわずかばかりの勾配具合がわかりやすく見えていたかもです。

あと、右側にアメリカ大使館の建物も見えていたりします。


ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はありませんでしたが、江戸東京坂道事典には『同名の坂が多いが、むかしは街道の道しるべとして榎が植えられたことが多かった。一里塚のわきには必ず榎があり、芝の二本榎などの名もその一里塚の名残りの地名だといわれている。』とありました。
(いらぬお世話かもしれませんが、 ”一里塚”を辞書で調べてみると「主要な街道に1里(約3.927キロ)ごとに築かれた塚。榎・松などが植えられ、旅人のための里程標となった。」だそうです。)



地図
港区赤坂1

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