東京坂道さんぽ

2008年06月

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所在地:港区赤坂4と元赤坂1


だんじょう坂と呼ぶそうです。
場所は、牛鳴坂 (NO.139) のある道沿いをさらに坂上とつたつらと歩いていくと、弾正坂の坂上あたりにやってきます。


弾正坂 (NO.140) 1
坂上より

坂上からのものですが、見た感じはそれほど勾配具合もない感じでしたが、左側には建物がまるでないので、なんだか落ち着かない感じだったのですが、本来ここにあった赤坂署は、現在、建替えの真っ最中みたいで、なーにもないのっぺらな土地でした。
あと、正面には青山通りが見えていましたが、普通なら、今回の坂道は青山通りにぶつかった時点でおわり・・・、ということになりそうなものなのですが、今回の弾正坂は、写真でもすこし見えていますが、さらに通りの向こう側まで続いていたりするんですよ。


弾正坂 (NO.140) 2
坂の途中より

そんなこともあり、いっきに青山通りを渡り、そこから坂上のほうを眺めたものですが、やっぱり青山通りは幅が広い道路ですね。
しかも、歩いていると、ふと見つけてしまったのですが、なんと高級和菓子(僕の中ではようかんのイメージが強いですが)で有名なとらやの本店が、坂の途中にありましたよ。
いちおう、写真でも、左手に大きく「やらと」と書いてあるので、わかりやすいかもしれませんが。。


弾正坂 (NO.140) 3
坂の途中より2

今度は、2枚目の写真の位置あたりから、ふりかえり坂下の方をみたものですが、ちょうどこの道は、左側に赤坂御用地、右側に豊川稲荷にはさまれており、そこをぬけていく坂道だったりします。(実は、とらやのあたりから青山通りとあわせて坂下のほうを撮れば一番わかりやすくて印象的な感じだったのですが、どうやら、とらやに気をとられて、その一枚は撮り忘れたみたいです(汗)。なので、また機会があれば撮ってきますね。)


弾正坂 (NO.140) 4
坂の途中より3

そして、さらに坂道をくだり、坂上のほうを見たものですが、青山通りのあたりから見た時には、坂上と坂下でけっこうな高低差があるように思えたのですが、そのぶん道がけっこう長いようで、以外と勾配具合はゆったりしているようでした。
また、左側には、豊川稲荷の立派な石垣が見えていました。


弾正坂 (NO.140) 5
坂下より

そいでもって、やっと坂下までやってきました。
ここからみると、坂上から見たときは若干並び方がぱらぱらして見えていた感があった右側に見えている街路樹が赤坂御用地内の木々とまざりあってけっこう印象的な風景に見えたかもです。
また、途中でなんども見えていたミッドタウンのビルが、ここから見るとやたらと気になったりもしました。

ちなみに、ここにはいつもの坂の碑があり『西側に吉井藩松平氏の屋敷があり、代々弾正大弼(だいひつ)に任ぜられることが多かったため名づけられた。』とありました。



地図
港区赤坂4と元赤坂1

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いきなりなんじゃ(これを言っているといつもの話になりますが・・・)というわけではありませんが、牛鳴坂 (NO.139)に行く途中というか、そこからすぐの場所に赤坂不動尊なる、なんだか不思議な雰囲気を醸しだしていて、なにか引き込まれる感じのする場所があったので、ふらりと中に入ってみることにしてみました。



赤坂不動尊1

一ツ木通りを歩いていると、なんともわかりやすいというかなんというか、一瞬、中華街でもこのお奥にあるのかな、と思うくらい派手な赤坂不動尊への入口(鳥居?)がありました。



赤坂不動尊2

これは、入口(鳥居?)の奥が坂になっていて、ちょうどその坂道を上り、一ツ木通りのほうをみたものですが、となりには見てのとおりビルにかこまれていて駅からすぐの繁華街の中にもかかわらずぽっかりと墓地があったりしました。

あと、さすがにここはお寺の中ということもあってか坂道の間の塀も低く抑えられており、ちょっと右側をみるとずらりとならんだお墓がばっちり見えてしまったのですが、さすがにその写真はスルーしておくことにしておきましたよ。(汗)

でも、なんていうか、ここから見ると、まわりはビルに囲まれているのに遠くにはさらにそれらのはるか上に高層ビルが見えているけれど、目の前の坂道は下っていたり、なぜかここからはお墓を見下ろせたり(まあ地形のせいなんですけど・・・)という、もしこのあたりの地形の複雑さを知らずに歩いていれば、ほんとうに不思議な気持ちになりそうな風景がひろがっていたかもです。



赤坂不動尊3

そして、さらに坂を上がると本堂がありました。

しかもここは1600年ごろに創建されたお寺らしいですよ。(ということは、もう400年以上も続いているということになりますね。(汗))

でもさすがに、この正面の建物が400年前からあったとは思えませんので、この敷地や不動明王像がということなんでしょうね。(たぶん。)

また、一ツ木通りと反対の方向にもちょっとした抜け道があり、そこからお寺の敷地をでて、路地をえっちらおっちらと曲がって進んでいくと、牛鳴坂 (NO.139) や丹後坂 (NO.138) に通ずる道路に出るという感じです。



地図
港区赤坂4

過去のこのブログの記事を見ると、国内での大きな地震はほぼ一年ぶりのようですが、今度は宮城で14日に地震が発生してしまいました。

おりしも、都内では地下鉄(東京メトロ)副都心線が同じ日に開通して前日からすこしお祝いモードになっていた感があったので、僕自身、14日もなにか副都心線関連のニュースでもやっているかなと思いなにげなくテレビをつけた時に、この地震での現地の様子が刻々と伝えられているのを見てあっけにとられた思いがあったかもです。

ただ、そのほかになにかコメントを残すには、あまりにいろんなメディアで、いろんなことが書かれているので今回はこれ以上あまり書かないことにしようと思います。

でもちょっと気になったニュースもあったりもしましたが(まあ偶然だったということにしてそのことについてはあまりふれないようにしつつ)、それはさておき今回もけっこう早くから義援金の受け付けが始まっているようで、ヤフーに義援金の受け付けのページがありましたので、とりあえずそのリンクを張っておきますのでよかったらどうぞ。

ということで、今回はかなり独り言のようになってしまいましたが、やはりここに記録しておきたいと思い書いておきました。

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うしなき坂とよぶそうで、別名で牛啼(うしなき)坂とも書き、皀角(さいかち)坂とも言うそうです。
場所は、丹後坂 (NO.138) の坂上をつらつらと北上していくと、ちょうど牛鳴坂の坂上あたりにぶつかる坂道です。


牛鳴坂 (NO.139) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、このあたりはほとんど平坦で、坂道自体は、ここから左にカーブするように下っていっています。
あと正面に見えている電話ボックスのあたりを右に曲がる道があるのですが、ここをそのまま道沿いにまっすぐ南下すると丹後坂 (NO.138) の坂上ということになります。


牛鳴坂 (NO.139) 2
坂上より

そして、すこし歩き、坂上まできてみると、正面に青山通りが見えていることからも、ここからはすでに坂全体が見えていました。
ここから見る分には、勾配具合も適度な感じでしたが、ちょっとばかり空を見ようと思うと、なんだか道路いっぱいまでせっかちにつくられた近代的なビルが左側に見え、あれれと思い、道のほうへ視線を戻すと、今度は右側に立派な石垣を配したゆったりとしたつくりの白い建物が気になったりと、ちょっとした抜け道と一言では片付けられないような、なにかがあるような気がした風景だったかもです。

ちなみにここには、いつものような坂の碑があり、『赤坂から青山へ抜ける厚木通で、路面が悪く車を引く牛が苦しんだため名づけられた。さいかち坂ともいう。』とありました。


牛鳴坂 (NO.139) 3
坂下より

そんな感じであっという間に坂下まできてみました。
とりあえず、坂道の幅や勾配具合のバランスはいい感じかなあと思いつつも、右側のビルのあまりの背の高さが気になる感じでしたが、まあこのすぐ後ろが青山通りだし、仕方ないのかなあと思いつつも、ちょっと歩いていて気になったことが・・・。


牛鳴坂 (NO.139) 4
謎のガードレール

ちょうど3枚目の写真の坂の途中の歩道のさらに左側に、ちょっと人が数人歩いていて見えにくいのですが、なんだか気になるガードレールを発見しました。
写真はそれを拡大したものです。
なんかここだけ立派なガードレールがあったのですが、はっきりいってなぜこんなものがあるのか”?”でしたが、まあ軽く考えれば壁と歩道のあいだにちょっとした隙間があり、坂を上るほど、その深さが増していたので転落防止のためだとは思いますが、坂道を歩いていて全体の景色というか流れからこのガードレールをみるとどうしても不思議さがぬぐえず、やっぱり、あれれ?という感じでした。


牛鳴坂 (NO.139) 5

あっ、そうそう、3枚目の写真でもちらりと見えていますが、坂上あたりにかわったものがあったので、ぱちりと。
まあ、なんていうか、金色のラクダ(目立てばOKという意味ではなく、なんだかあまりにもふつうにそこにあったオブジェのようなものという意味なのですが、やっぱり目だっていますね・・・)と坂の碑、そして、その奥に見える一面緑に覆われた建物があったもので。。
あと、このあたりにあったのかどうかわかりませんが、江戸時代にこの坂道は定火消組屋敷前の坂道だったらしく坂上に火の見櫓がそびえ建っていたらしいですよ。



地図
港区赤坂4

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たんご坂と呼ぶそうです。
場所は、ちょっと入りくんだ場所にあるのですが、わかりやすい地点で言うと、赤坂サカス前から一ツ木通りを北へと向かい、さらにその通りから左折してすこしばかり西へ歩くと今回の坂下あたりにくる階段坂です。


丹後坂 (NO.138) 1
坂上あたりより

坂上あたりの様子ですが、ここから見える感じではなにも坂道が見えていないのでなんですが、今回は(上の説明とは違うのですが・・・)坂上のほうからテクテクと歩いてきたこともあり、このあたりにくると、なにやら木がたくさん茂っていて、おっ、なんか抜け道があるぞ、という感じでした。
あと、正面に見えている高層ビルは、ちょっとぱっと見た目ではわかりにくいですが、地図で確認してみると赤坂サカス内にあるBIZタワーのようでした。


丹後坂 (NO.138) 2
坂上より

ここから見ると、坂道というか階段が一望できたのですが、まあなんというか、こんな路地がたくさんある地域にこのようなきれく整備された階段が忽然とあったことには、なんだか不思議な気分になったかもです。
それにしても、高低差もかなりある階段ですね。


丹後坂 (NO.138) 3
坂の途中より

そいでもって、階段をゆっくりと下りつつ、その途中でなにげに見えたものです。
遠くにBIZタワーが見えるのですが、その手前に一般住宅の瓦屋根やらお寺の屋根などが見えたりしていて、そのあまりのコントラストが気になり、思わずぱちりと。。


丹後坂 (NO.138) 4
坂下より

そして、坂下まできてみました。
なんとも坂下にくるほど道幅が拡がっているというつくりになっていて、ここから撮るとなんとも絵になる階段といえるかもです。
しかも、真ん中の木もなかなかいい味だしているといえますし、この時期になると木に緑がたくさんついて、ほんと木が大きく感じてしまいますよ。(笑)


丹後坂 (NO.138) 5
坂下あたり

あと、これはおまけですが、ちょっと4枚目の写真の右側を見てみたのですが、となりの敷地にも緑がいっぱいあって、いい感じで住宅を覆っていて、その奥にはうまい具合に視線もぬけてビルが見えていたりと、階段の風景とあいまってなかなかいい感じでした。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり、『元禄(一六八八〜)初年に開かれたと推定される坂。その当時、東北側に米倉丹後守(西尾丹後守ともいう)の邸があった。』とありました。


追伸:だいぶ前にとりあげた”とある街の風景167(丹後坂かもしれない名もなき坂)”の丹後坂はこの坂のことですので、あしからず。




地図
港区赤坂4

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前回のオペラシティに立ち寄った帰りに、気になったので。。



西新宿ジャンクション1

オペラシティを出て甲州街道沿いに新宿方面へと行こうとすると、ちょうどその真上に見えていたのでパチリと。

なんというか、驚きの3層構造の立体ジャンクションと言えばいいんですかね。。

以前にきた時は、下から見ても明らかに工事中のようだったのですが、今回は写真のように、見た目はしっかりと完成しているようでしたよ。

帰ってからすこしばかり調べてみると、”西新宿ジャンクション”という名前があるみたいで、首都高速道路のサイトにも説明があったりして「甲州街道(国道20号)の上部を通る高速4号新宿線と山手通り(環状第6号線)地下に建設中の中央環状新宿線(山手トンネル)を接続するジャンクションです。」だそうです。(Wikipediaの方にも、説明がちゃんとありましたよ。)



西新宿ジャンクション2

遠めに見るとこんな感じ。

ちょっと建物や木があったりして全部は見えてはいませんが、ここから見ると3層構造で、さらにそれぞれの高架がかなり近い距離にあるのがわかりやすいかもです。

おそらく日本中探しても、こんな立体ジャンクションは、なかなかないように思うのですがどうでしょうかね。(もしあればごめんなさい。。)

しかも、この見た目だけの景色だけでなく、このあたりは、空中には以前からある首都高速4号新宿線の高架に今回のジャンクション、地上では甲州街道と山手通りが交差して、さらに甲州街道はこのあたりから地下にもぐって山手通りをさけるための新宿駅方面へと抜けるトンネル道があり、そのさらに地下には電車が走りと・・・、まあ地上だけでなく、空から地下までかなり立体的に使いつくされている場所でもあり、あとで調べていて、あらためておもしろい場所だなあと思っていましましたよ。

ちなみに、このジャンクションはグーグルの地図ではまだ載っていないようでした。(ヤフーの地図にはありましたが・・。)



地図
新宿区西新宿3

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この前なんとなく行ってみたくなり、新宿の東京オペラシティアートギャラリーにて「F1 疾走するデザイン」なる展覧会がやっていたので、ふらりと見てきました。



新宿でF1

オペラシティアートギャラリーといえば、いつもはアート系の作品の展覧会をやっているイメージだったので、今回のようなF1に関する催しものが開かれると知ってすこしびっくりしたのですが、実際に行って見てみると、思っていたより、シンプルというか過去のF1マシンがデデ〜ンと数台並んでいて、車の説明やレーサーの話などのパネルが年代ごとに展示されていて、どちらかというと、自動車メーカーのショールームで開催されていてもおかしくない雰囲気もあったかもです。

それに加えて、見方によっては、よくテレビなんかでやっている社長宅訪問で、車のコレクションがずらりと並んでいる風にもちょっとだけ想像してしまったりもしましたが(汗)、そこは、やはり美術館ということもあり場内を歩いているとF1カーがまるで、美術品のように感じてしまう自分がいるとともに、各時代の最先端のテクノロジーのかたまりをみることで、その時代の雰囲気まで感じることができたかなあ、なんて思ったりもしました。

そして、いつものように展覧会を見ていたのですが、今回は、なんだか普段とは違う感覚で展覧会を見ている自分がいたようで、数台のF1マシンがならぶなか、やはり自分のなかで期待していたというか忘れかけていたアイルトン・セナの乗っていた赤白のマクラーレン・ホンダの車が目の前にあわられ、そして、セナがガレージからコースへと出る映像のシーンを横の映像パネルで見たときは、ほんとうに涙がでそうになりました。

僕にとってセナが活躍した10代後半というのは、地元にいてテレビを通じてしか、そのF1の雰囲気を感じれなかったわけで、ある意味一番影響を受けやすい年頃に見て(今思えば、テレビでセナ、セナと言っていたこともあり影響を受けたのかなという面はあると思いますが・・)、やはり、今、そのあこがれていた車が目の前にあるというのは、やはりどうしようもなくうれしくせつないことで、しばらくはマシンの前で足がうごかない状態でした。

そんな感じで、それ以外にも、懐かしい車から最新の車まで、いろいろ展示されていて、F1好きならだいたい知っていることばかりだったとはいえ、なかなか興味深く、落ち着いた印象の展覧会だったのですが、いちおう車の宣伝というわけではなく(はじめに、ショールームで開催されていてもおかしくないなどと書きましたが・・)、F1におけるデザインをテーマとした国際巡回展の日本展という位置づけでやっているみたいですね。

ということで、ある意味、道つながりということもあり、ひさしぶりに展覧会のことなど書いてみましたが、こういうイベントにありがちなテクノロジーの説明ばかりになったり、宣伝目的のはなやかなイベントという感じでない雰囲気でF1の説明やマシンを見れたのは以外と新鮮なことだったので、なかなかよかったですよ。

ちなみに、場内では撮影禁止だったもので、写真は上の一枚のみです。。



地図
新宿区西新宿3

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