東京坂道さんぽ

2009年01月

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今回は、旧山手通りの北側に通りと並行してあった坂道をぶらりと。


かめやま坂0

名前は、かめやま坂というそうで、別名で亀山坂とも呼ばれているそうです。
ただ、この坂道名の由来などについては、はっきりしないのですが、他のいくつかの坂道サイトさんでもとりあげている坂道だったもので、まあなにかあるのかもしれませんね。

ということで、この坂道ですが、代官山からもそれなり近く、旧山手通りから渋谷方面へ一歩奥に入った場所ということもあり、坂道沿いも含めて閑静な高級住宅街だなあといった感じで、そんなこともあってか、道沿いの各住宅の敷地内に写真でも見えているとおり、立派な木が競うように点在していましたよ。
なので、温かい時にきたら、この時期とはまた違った風景になるかもしれませんですな。
坂道自体は、裏通りの割には、道幅もゆったりとしていて、適度な勾配具合がのんびりと続いている印象だったかもです。
ちなみに、写真は坂下からの風景です。



かめやま坂2

そして、坂下(要は一枚目のうしろあたり)には、こんな景色がひろがっていましたよ。
まあいうなれば、ただのY字路です。(笑)
なんというかいろんなことが想像できそうだったので、ぱちりと撮ってみたわけですよ。
で、実際帰ってから、この写真をあらためてじっくり見てみると、やっぱりというか現地では気がつかなったのですが(もしかしたら無意識に枠内にいれたかもしれないです)、真ん中の道にはさまれたところを見上げると、なにか花のようにぴよーんと茎が空高くのびて、その上で枝分かれし、その先にサイレン(だと思います)が四方向に設置されているのを見つけてしまいましたよ。。
こういうのってよくあるんですかね。


※追伸
ひさしぶりにその他もろもろもかねて再確認してみると、なんと、最近、図書館で再び借りてきた「江戸の坂-東京・歴史散歩ガイド」の中で坂道のことが一文ともに、地図にも記載されているのを発見してしまいましたよ。


住所
渋谷区鉢山町3と9の間

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所在地:渋谷区猿楽町5

てんぐ坂と呼ぶそうです。
場所は以前に書いた代官山坂(NO.152)の坂上を通っている八幡通りを渋谷方面へと歩くと、山手線と交差する場所があるのですが、今回の天狗坂はその近くにあり、八幡通りから北西に下っている坂道です。(ちょっと説明しにくいのですが・・・。)



天狗坂(NO.156)1

これは坂上からの風景です。
八幡通りからちょこっと歩くと天狗坂の坂上にやってきます。
なんとなく天狗という名前がついていたことから、ここに来る前はなにかふわふわとした浮遊感がどこかに漂う坂道だったらおもしろいのになあ、なんて思いながらきてみたわけですが、実際はすでに坂下まで見えているほど短く、抜け道といった感じの坂道のようでした。
ただ写真では坂道だけしかのせていないので、なんですが、周辺はおしゃれでこじんまりとした店も多く、なんだかこの道だけが、和のにおいみたいなものを他の場所よりただよわせているような気がしてしまいましたよ。

あと、写真でも見えていますが、坂上にはいつものような坂の碑ではないですが、坂の由来がかかれた案内標識があり、
『この坂を、天狗坂といいます。岩谷松平(号を天狗、嘉永二年〜大正九年1849〜1920)は鹿児島川内に生まれました。明治十年に上京し、間もなく銀座に、紙巻煙草岩谷天狗商会を設立し、その製品に金天狗、銀天狗などの名称をつけ、「国益の親玉」「驚く勿れ煙草税金三百万円」などの奇抜な宣伝文句で、明治の一世を風靡しました。
煙草の製造に家庭労働を導入するなど当時としては画期的、独創的な工夫をしました。
明治三八(1905)年煙草専売法が実施されると、この付近の約四万三千平方メートル(一万三千坪)の土地に、日本人の肉食による体質の向上を考えて、養豚業始めるなど、国家的な事業に貢献しました。晩年、岩谷天狗がこの地に住んだことから、この坂の名が生まれました。』
とありました。

なので、いうなればここも、前回の坂道話ででてきたビール坂(NO.155)と同じような流れで名付けられた坂なのかもしれません。

ちなみに、「たばこと塩の博物館」のHPに当時の岩谷商会(岩谷天狗商会)の宣伝ポスターなんかみれるみたいですよ。
(→天狗煙草



天狗坂(NO.156)2

そして、いっきに坂下までやってきました。
ここからみると坂上からの風景とは一変して、けっこうな勾配具合であることがわかりやすいんじゃないですかね。(よくみると、一階分くらいの高低差があるような・・・。)
どうりで、急な坂道によくあるドーナツマークのすべりどめがあるわけですな。
あと、坂上と坂下に石杭が見えていますが、坂上のほうだけひとつというのが妙に気になってしまいましたよ。
もしかしたら、以前は坂上のほうもペアであったのかもしれないなあとしょうもないことを考えてみたり。。
ただ、この石杭については妄想とは別に、実際いろいろと過去の道路補修のたびに迷惑をこうむっているみたいですけどね。。
(そのあたりのことは他の坂道サイトでも書かれているようですので、そちらを見てくださいね。)


地図
渋谷区猿楽町5

もうこの時期がきたんですね。
いつもながら2度目の正月がきた気分であります。

実は今年も正月には実家の神戸に帰省(節約モードで)していました。
正月のエントリーでは書きませんでしたけど。
そいで、やっぱり東京とは違う雰囲気、自分の生まれ育った場所で落ち着いてじっくりとまわりをあらためて眺めると、神戸のことはもちろん、東京のことまでも、年末までの絞りがきいていたような視点や思考みたいなものが、ふわりと広く軽くなる感じがあって、いろんなことを思ってしまいましたよ。
でも、東京にもどると、またキューとなってくるわけで。。

そして、この1月17日になり、またふわりとなるわけです。

それにしても、もう14年が経ってしまいましたか。
なんというか、ここ数年はもうこのブログで書く必要もなくなってきているんじゃないかという自問自答の中、1月17日だけは地震のことを書いてきたという感じです。
でもまあ、やっぱりこのブログを続けている限りは、書き続けるんだろうなあとは思っていたりします。



14年_1

この写真は、いちおう今年の正月に地元をぶらりとしたときに撮ったものです。
震災当時はほとんど更地だった埋め立て島(地)から神戸の中心街の海辺にある人工島(埋立地)のほうを眺めたものです。
なんというか、ここにくると、地震の時は、ほとんどが更地で人もいない場所だったのがこの島も含めてこの数十年であっという間にどんどんできているという戸惑いみたいなものや当時のなんともいえないやりきれなさやくやしさみたいなものが、急によみがえってくるという感じで、実家に帰省するとなにかその気持ちを確認するかのようにだいたい毎年訪れる場所だったりします。(ただ海を見たいだけということも含まれますけど・・。)
でもそんなことをしているうちに当時の感情的な気持ちは年月が過ぎるごとにうすくなり、それはそれとしてどこかにまったく形をかえて数十年かけて記録していこうかなあと思いながらも、今はとりあえずもっと冷静になり、できあがってしまったものもうまく活用して、その土地に関わるひとたちが幸福になる方法(変な言い方ですが)みたいなものを考えることも大事なのかなと。
もちろんこのブログもそのうちのひとつかもしれませんし、この気持ち自体もいつ変わるともわかりませんけどね。。


14年_2

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ようこそ日本1

このまえなにげに、新宿のハンズ前にあったショーウインドの前をとおったら、なんともふるあたらしい感じ(どういう言葉じゃ(笑))のものがディスプレイされていましたよ。

都内でも人が多くあつまるスポットにいけば、以前はいたるところで「ようこそジャパン」と称してキャンペーンをやっていたりポスターやらが張られていたような気がしますが、最近は急激な不景気の流れになったためか、それとも自分自身の中で興味が薄れていたのかわかりませんが、なんとなく忘れられていたような気がしてたので、ここはひとつ自分の中の記憶に刻み付けるという意味でも、パチリと一枚。。(そのほかにも、明治神宮でたくさんの外国人の方たちをみたということもありますけどね。)

それにしても、昔だったら古くさーと思っていたものが、こうしてリニューアルされていたり、きれいにディスプレイされているのを見るとなんだか不思議な気持ちになるのは、僕だけなんでしょうかね。

まあ、それはさておき、あまりに気になったので、さっきちょこっと調べてみると、やはりきちんとしたホームページもあったのですが、その中に「日本のおみやげコンテスト」なんてページもありましたよ。
しかも、今年もそのコンテストはやっているようですね。
いままであまり、意識してなかったので、知りませんでしたよ。(汗)
でも、そういえば、ネットニュースか暮らし系の雑誌(どの雑誌だったかは忘れました)かなにかで、クールジャパンとか日本の匠などの商品をたくさん紹介していたような・・・。
(そっか、そういう視点で、最近ごぶさたしている街角shopのカテゴリを書くというのもおもしろいかな。でも、あまりに海外を意識しすぎた日本らしきものというのも、なんかいまさらのような気もしないわけではないですし、まだまだ日本は広いし、人も多いし。(笑)なので、まあいまさら街角shopのカテゴリをやるとしたら、ある意味、気分転換にという感じなのですかね。。と、自分で納得してみました。)



ようこそ日本2

ということで、いろいろと話がとんでしまいましたが、今日はこんな感じです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷5(おお、ここは渋谷区でしたか・・。)

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今年もやっぱり行ってきましたよ。
場所は、もちろん明治神宮へです。
去年は、カメラを持っていくのを忘れてしまいましたが、今年はきちんと持っていきましたよ。。



正月の明治神宮

やっぱり、まだこの時期は人も多く、神社の雰囲気も十分に正月モードだったので、おおいに初詣気分を味わいつつ、参拝してきました。
そんな中、参拝もおわり一息したときに、夕日がまぶしいなあなどと思いながら、歩いていると、ちょうど境内の木が光を遮ってくれたときの様子がなにか気になり、パチリと一枚。

なんというか、この光と影の景色を見ていると、なんだかほっとする反面、ここ最近の東京の建物は、明るく、白く(もしかしたら透明?)、そして、できるだけ照明をつかって、建物と人の影を消そうとしているのかもなあ、なんてことまで思ってしまいましたよ。。
しまいには、影はなくなってしまい、現実の人までいなくなったりして。。
とまあ、妄想はこれくらいにしておいて、とにかく、人は多かったですが、なんだかんだといっても元旦の時のような人の数ではないだろうし、それ以上にこの明治神宮の敷地が広大なこともあって、けっこうゆったりとした気分で、参拝できたかもです。

ということで、まだ明日も休日なので、なんとなく正月気分がぶりかえしてきている感もあるので、今日もさらりとこんな感じです。


住所
渋谷区代々木神園町1

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とりあえず、正月のことはそのうちおいおいはなす(かも?)として、今日はさらりと代々木公園からです。



代々木公園18時

なんだかけっこうなまっくら具合なのですが、時間はなんとまだ18時前のものなのですよ。
夏ならまだまだ明るい時間帯です。
ただ、このサイズだと、わかりにくく真夜中との区別もちょっとむずかしいですかね。。(そもそも区別できるのかという話もありますが・・。)

場所的には、いつもよく訪れる噴水広場のあたりです。
しかも、写真では遠くのビルのあかりなどをカメラがひろってくれていて、それなりに明るい感じに見えなくもないのですが、実際はもっと暗かったです。

でもそんな中、すぐ近くにあった影のように見える樹木と夜空とのコントラストだけは、はっきりと区別できたのはなかなかだったかもです。

そんなこんなで、6時まえということもあり、たまに人を見かけてもカップルばかりという中、あまりの寒さとカップルの雰囲気に負けて、ただぶらりと公園内を1周して渋谷の街のほうへとむかったのでした。。


ちなみに、暗くてどこの景色なのかわからんという方には、だいぶ前に書いたもので、明るい時にだいたい同じ位置から撮った写真をのせたものもありましたよ。(→2007年03月22日

ということで、今日はこんな感じです。


住所
渋谷区代々木神園町

おめでとうございます。

それにしても、もう年が明けてしまったんですね〜。

昨年は、”100年に一度の危機”なんてことも言われるなか、かなりのんびりペースでこのブログを更新しながら、どちらかといえば散歩話をたんたんとしていたような気がしますし、ちょっと書くのめんどくさいなあと思った時期も実はありましたが、そんな中でもブログを書き続けることで、自分なりに気がつくことが2008年もあったなあという感じでした。

また、プライベートでもささやかながらいろいろとありつつも(それはおいておくとして・・・)、このブログで書いたことで昨年印象的だったことといえば、やはりビックサイトでの森博嗣さんのセミナーに参加できたことだったかもなあと。
あと数日で終わってしまう(正確には2008年いっぱい)ブログなどでも宣言されていたように2009年からメディアなどの表舞台には登場されないとのことで、そういう意味でも、昨年は最後の最後で森博嗣さんの話などが聞けたり、タイムリーでブログをみれたりできて、僕自身、ここ数年の中でもいろんな意味で影響をうけたかたの一人ということはまちがいなく、そういう意味ではラッキーだったなあといまさらながら思っていたりしますよ。

あと、もうひとつブログ関係で印象的だったことは、昨年の3月くらいの話で、たしかこのブログでもほんのすこしふれたことがあったかもしれませんが、とあるTV局のニュース番組のとあるコーナー(もちろん内容は坂道話系です)への出演依頼がきたりもしていたんですよ。
ただ、この話は、すごくありがたいなあと思いつつも、もともとそういうことをねらって書いていたわけではなかったもので、迷ったすえおことわりしてしまったのですが、意外とこのブログもすてたものじゃないのねということだけは再確認できたかもです。

そんなこんなで、新年のくせして昨年のこともいろいろ書いてしまいましたが、やはりたくさんの迷いもあるなか続けてきたブログですし、今後もなにかあらたな自分、はたまたあらたな人と出会えるかもという願いもこめて、今年もこのブログはささやかながらも続けていたいなあという思いを再確認したこの元旦です。

それでは、今後どんな展開になっていくかは自分自身でもいまのところ決めてはいませんが、2009年も気楽におつきあいください。

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