東京坂道さんぽ

2009年05月

所在地:文京区湯島1


あいおい坂と呼ぶそうで、別名で昌平坂や団子坂とも言うそうです。
場所は、御茶ノ水駅そばにあり、駅からも実は見える坂道で、聖橋(このブログでも何度か登場していますが)のあたりがちょうど坂上になっている坂道です。



相生坂(NO.161) 1w
坂上より

坂上からの景色です。
見た感じはなだらかな坂という感じですが、実際歩いている時は、もうすこし体に感じるくらいの勾配具合だったかもです。
坂道自体は道幅も広く、整備も行き届いているかんじで、すぐよこにはJRや神田川が並行に走っています。
あと、坂道の途中から街路樹がなくなっているのが、なんでかなあと、ちょっと疑問に思ったりもしましたけどね。。



相生坂(NO.161) 2w
坂の途中より

今度は坂の途中より坂上のほうを眺めたものです。
なので正面に見えているのが聖橋です。
坂と橋が一緒に楽しめるなんてなかなか、いままでの坂道散歩でも数少ない場所だったような気が・・・。
しかも、電柱がないので空が広く見えますね。



相生坂(NO.161) 3w


そいで、せっかくなので、JR御茶ノ水駅のほうもちらりと。
なんだか後ろの高層ビルがなければ、ここはどこ?というくらいレトロな雰囲気が漂っているような気がしてしまいましたよ。
ただ現地では、高層ビルの左側あたりにニコライ堂の建物がチラリと見えるはずなんですけど、この写真では緑で隠れてしまっていて見えていませんね。




相生坂(NO.161) 4w

坂下あたり

そうこうしているあいだに、あっというまに坂下あたりまできてしまいました。
この写真はさらに坂下のほうへと続く道を眺めているものですが、ちょうどこれをそのまま道沿いに行くと秋葉原へと行けたりします。
またこのちょうど左側には湯島聖堂への入口もありましたよ。
(湯島聖堂については、また機会があれば散歩するかもしれませんが、今回は最後のほうでちょこっとふれるのみにしておきますよ。)

ちなみにこの坂道にはいつもの坂の碑みたいなものはありませんでしたが、坂の由来がかかれた案内板があり、

神田川対岸の駿河台の淡路坂と並ぶので相生坂という。
「東京案内」に、「元禄以来聖堂のありたる地なり、南神田川に沿いて東より西に上る坂を相生坂といい、相生坂より聖堂の東に沿いて、湯島坂に出るものを昌平坂という。昔はこれに並びてその西になお一条の坂あり、これを昌平坂といいしが、寛政中聖堂再建のとき境内に入り、遂に此の坂を昌平坂と呼ぶに至れり」とある。そして後年、相生坂も昌平坂とよばれるようになった。
 昌平とは聖堂に祭られる孔子の生地の昌平郷にちなんで名づけられた。

  これやこの孔子の聖堂あるからに
     幾日湯島にい往きけむはや   法月歌客  

とありましたよ。

また、はじめにちょこっとでてきた団子坂という別名は、ここが悪路で転ぶと団子のように泥まみれになる(江戸東京坂道事典より)という意味から名付けられたらしいです。

あっ、そうそう、そういえば広重さんの名所江戸百景の「昌平橋聖堂神田川」に、かつての相生坂(昌平坂)や湯島聖堂も描かれていたみたいなので、ウィキペディアのページもリンクしておきますね。
→「昌平橋聖堂神田川


地図
文京区湯島1


おまけ

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今日は(も?)とりあえずひと休みがてら、このまえひさしぶりに六本木ヒルズをぶらりとしてきた時のことでも。


とある街の風景(六本木けやき坂通り)w


ひと休みといっても、結局坂道関連の風景でなんですが、見てのとおり六本木ヒルズ内にある六本木けやき坂通りの風景です。
もうここまでくると、昼間のけやき坂の風景を過去に撮ったかどうかなんて忘れてしまいましたが、それでもこのアングルからここの坂道は眺めていなかったなあと思いぱちりと。
そいでもってひさしぶりの東京タワーも。。

通り沿いの街路樹も徐々に大きくなり、写真で見える感じでは、テレビ朝日の建物の壁にわさわさとぶつかっているようにも見えつつ(実際はどうだったか覚えていません・・・)、だいぶいい感じになってきたんじゃないですかね。
ただここからではこの通りが坂道だという感じがあまりしないアングルではありますけど・・・。

あと、六本木ヒルズのサイトでこの坂というか通りのことを書いているページがあったのでちょっと見てみると、写真ではけやき並木で隠れて見えてませんが、その下にひっそりあった花壇のことがしっかりと書いてありましたよ。
なんというか花を道路に植えるだけのことでも、いろんな意味での壮大なコンセプトをあたえているみたいですけど(サイトを見る限りですね)、なんだかここでの花は見て楽しむというよりは舞台装置の一部みたいにとりあげているだけのような気がして、実は都市を設計する人たち(ちょっと大げさな言い方ですけど)が、私たちはここにこんな考えのものをつくってみたんですけど、みなさんどうですかね?と言われているような気もして、ちょっといろいろなことを考えてしまいましたよ。。



住所
港区六本木6

今回はひさしぶりに御茶ノ水あたりをぶらりと。


聖橋よりw


タイトルにあるとおり御茶ノ水駅そばの聖橋を渡っているときに、あまりに気持ちよく川横の大きな樹たちがふさふさと風になびかれていたので、おもわずぱちりと。
なんというか文学的でもあり政治的でもある景色というか、ちょっと最近都心なんかに増えつつある工学的景色とはなにかが違う場所なのかなあと、かなり感覚的ですが、そんな気がしてしまいましたよ。(わかりにくい適当な表現ですいません・・・。)

また、この風景、以前このブログでもとりあげたかもなあと思って過去のエントリーをたどってみると“駿河台渓谷”というタイトルで約4年前にJRのホームから撮った写真がありましたよ(とりあえず、過去の写真と比べてみても、現在の風景と四年前の風景とはあんまり変わっていないようですね)。
それで、このあたりのことは駿河台渓谷って言うだったなあと、「駿河台渓谷」でさらに検索してみると、今度は“とある街の風景138(駿河台渓谷) ”なんていうエントリーもちょうど、検索結果としてひっかかってきて、これも過去にこのブログで書いたものだったよなあと思いだしたりしたわけなのですけどね(完全にこの記事書いたこと忘れていました・・・)。
なので気がつけば、この数年でいろんな視点からこの渓谷を撮っていたんですね。。

ちなみに橋のたもとには、聖橋の由来と書かれたプレートがあり、
『聖橋は、東京市により関東大震災の復興橋りょうとして、総工費72万4807円で2年8ヶ月の歳月を要して昭和2年7月に完成した。
神田川の美しい景観の中にあってこの橋のデザインには、とくに気を使い、橋長92.47m、幅員22mのモダンなアーチ橋が架けられた。
橋名の由来は、北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所「湯島聖堂」と、南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風の建物「日本ハリストス正教会堂復活大聖堂」(通称ニコライ堂)の両聖堂にちなんでいる。
聖橋は、近くの鋼ラーメンの御茶ノ水橋、アーチの昌平橋、万世橋とともに「東京の著名橋」に選定され、神田川の名所となっている。』
とありましたよ。
なるほどなるほど、橋の両サイドにある各聖堂を結んでいるから聖橋ですか。。

ということで、この聖橋とその周辺のことを調べていくときりがなさそうなので、今回はこのあたりでとどめておくとして、実はそのついでに坂道散歩もしていたこともありまして、とりあえず渋谷界隈の坂道散歩は中断して、次回からこの近くの坂道話でもしようと思っていますのでよろしくです。



地図
聖橋(地図ではこのあたりは文京区と千代田区の間なもので・・・。)

ブログネタ
風景 に参加中!
気がつけば2005年に書いたスペイン坂(NO.23)の続きというかなんというか。
前は坂下からテクテク歩いたパターンだったので、今回は坂上からなんとなく足元を気をつけながら2005年の時には載せていないアングルで写真を撮りつつ、坂道を下りながら、スペイン坂を歩くなら冬より今頃から夏にかけての時期がなんとなくいいだろうなあということで、ぶらりと散歩してみました。


スペイン坂(NO.23)その2_1w


見てのとおりスペイン坂の坂上の風景です。
まあどちらかというと「渋谷スペイン坂」と言ったほうがピンと来る場所かもしれません。
おそらく現地では、右側に派手に見えているシネマライズというミニシアターの建物のほうばかりに目がいってしまい坂道のほうは気がつけばあったのねという感じで、道幅も狭く、坂下とのあまりの高低差(ウィキペディアによると3.5mくらいあるらしいです)のためか、ここから坂道の様子はほとんど見えず、人の流れや姿がずんずんと現れては消える様子から、なんとかここは階段なんだなあと感じる場所なのかもしれませんね。




スペイン坂(NO.23)その2_2w


それで、人の流れに吸い込まれるように坂上あたりまでやってくると、こんな景色が広がっていました。
坂上から見えるのはビルの壁ばかりだったので、自然と坂下のほうへと視線がいくのですが、そうすると坂下から階段を上ってくる人と目があったりとどこを見ていいのかわからない感じでした。
そんなこともあり実際に歩いている時は、道の狭さと人の行き来の多さにまわりの景色をあまり楽しむことはできなかったんですけど、こうしてあらためて写真で見ると、この階段てS字にくねくねとカーブしていていたんですね。
あっ、ということは、案外、スペイン坂の頭のSとこのS字カーブの階段のSという文字は見えない何かでつながっているんですかね。。
でも実際のところは、この坂道の名を命名した方がスペイン好きだったことから名付けられたみたいですけどね。


ということで、今回の話は“とある街の風景”シリーズにまわそうかとも思いましたが、やっぱり坂道カテゴリーのほうで、ひさしぶりにさらりと取り上げてみることにしましたよ。



地図
渋谷区宇田川町

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西新宿のすきまw


今回は西新宿を歩いていた時に、たまたま工事中のため空地ができていて、その奥に見えている雑居ビルの明かりが煌々と輝いている感じや周辺のビル群に比べてあまりに低層な具合なんかが、なぜだか懐かく感じてしまい、思わずパチリと一枚。
しかも写真ではちょっと見にくいかもしれませんが、さらにその奥にモード学園コクーンタワーが見えていたりもしましたよ。

ちなみに、ここには以前「新宿スカイビル」という名の特に有名な建築というわけでもなく、ただ人が使うため、はたまた家賃を得るためかなにかのために造られたビルがあったみたいです(なんかこうして言葉にすると悲しい響きに感じてしまいますけどね・・。でも調べてみても特になにもなかったもので。)。
ただ、あと数年後にはここにヤマダ電機が入居するビルができるようですね。

そんなこともあり、今回は、数年後にこの期間限定の写真を見れたら、おもしろいかもなあということで、このブログにてメモがてらこの景色を記録しておくことにしてみました。


住所
新宿区西新宿2

人波の中をかきわけ 壁づたいに歩けば 
しがらみのこの街だから
強く生きなきゃと思うんだ
ちっぽけな俺の心に空っ風が吹いてくる
歩道橋の上 振り返り
焼けつくような夕陽が
今 心の地図の上で
起こるすべての出来事を照らすよ
SEVENTEEN'S MAP

尾崎豊


いきなりですいません。。
この前の坂道散歩の時に、金王坂(NO.160)の坂下あたりにある渋谷クロスタワーなる高層ビルの地上から見ると2階にあたる場所に、なんと今は亡き尾崎豊さんのメモリアルプレートがあり、上に書いた詩がプレートに刻まれていましたよ。



十七歳の地図1w


実は坂道散歩をする前は、ここにこんな記念碑があるなんて知らなかったのですが、金王坂(NO.160)のエントリーでも取り上げた坂道の途中にある歩道橋があまりにも立派(四角錐のやつですね)だったものでとりあえず階段をえんやこらと上り渋谷クロスタワーのほうへ行くと、これがあったわけですよ。
なんというか尾崎豊さんの熱狂的なファンの方なら知っていて当然の場所なのかもしれませんが、僕の場合それほどではなかった(でも以前は比較的よく聞いていましたけどね)こともあり、あまりに偶然に出会った感覚が強かったので、これを見つけた時はほんとびっくりという感じでした。
ただ、僕がここを訪れた時は、けっこう前だったので、人も全然いなくてひっそりとしていましたが、ここ数日の間はここに来る人も多くなっているのかもしれませんね。




十七歳の地図2w


そして今度は、手摺のむこうの景色を眺めてみてねと言わんばかりの記念碑まわりのつくり(デザイン)に誘われるように、テラスの向こうに見える渋谷の風景を眺めながらぱちりと一枚。

そこには色とりどりの風景が広がっていましたよ。(笑)

ちなみにいくつかの熱烈な尾崎ファンであろう方々が書かれたサイトによると、尾崎さんも十代の時にこの景色をこの場所から眺めていたそうで、「十七歳の地図」の歌詞もここからの風景を描写したものというかここの景色を意識して書かれたものだろうということでした。
(まあそうじゃなきゃ、プレートに歌詞なんか刻まないですけどね。。)
そんなこともあり、記念碑が1995年に設置されたということみたいで、プレートに書かれた詩(歌詞?)は、もうお気づきかと思いますけど「十七歳の地図」の一部を抜粋したものみたいですね。


地図
渋谷区渋谷2

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