東京坂道さんぽ

2009年10月

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タイトルどおり、今回はちょっと3年前にトリップ・・・、じゃなくて、前に坂道記事にしようと思って撮っておいて、いつのまにかそのままになっていたものです。



3年前の道玄坂1

写真は、この道玄坂を通るたびに、ああ撮らねば書かねばといつも思いつつ、なぜか素通りしてしまうことが多い中、めずらしく撮っておいたものなのですが、それでもはじめにも書いたとおり、3年とちょっと前のものです。。
正面やや左側にちょっと見えにくいですが、ボーダフォンの赤看板があり、それがちょっと時代を感じるくらいで、あとは、ほんとうにこのあたりをよく歩く人ぐらいしか違いがわからないんじゃないですかね。

あと、今もそうですが、ビルにとりついた看板多いですね。。(笑)
なんちゅうか、坂道の高低差のおかげで、歩道を歩いていると平地に比べて各種看板が目の前に飛び込んできてしまうのと、道路自体もけっこうな具合でカーブしているため、そのカーブの内側(写真でいえば右側ですかね)のほうの看板が、歯車の出っ張りの部分というか、ひだというかそんな感じで、ぼこぼこと飛び出しているように感じてしまい、個人的にやたらと気になってしまいます。
なので、ほぼまっすぐな道での左右の看板ではそれほどまでには感じないんですけど、このあたりのカーブ坂道を抜けた時は、なんだか自分が看板歯車の中をガタガタと抜けてきたような気分になってしまうんですよ。(笑)
まあ気にしなければいいだけなんですけど。。



3年前の道玄坂2

そして、もう一枚。
おなじみの風景です。
これはもう、あと数ヶ月して真冬になり、つい最近撮りましたよといっても、そのまま誰に指摘されることもなく過ぎてしまいそうなくらい、今とあまり変ってないかもしれないですね。(109の正面広告さえ気にしなければですけど。)
かといって、数ヶ月ごとに、建物やら景色やらがころころと変ってもいやですけどね。
ただ、坂道の勾配具合やら道幅なんかはそう簡単には変らないと思いますし、ましてやここの歴史はただ積み重なっていくだけなので、そのへんからでてきたすきまみたいなものを楽しめればいいかなと思う今日このごろです。。



住所
渋谷区道玄坂2

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所在地:渋谷区千駄ヶ谷1


はちまん坂と呼ぶそうです。
場所は、榎坂(NO.174)の坂下の道をすこしばかり北上すると、神社前の五叉路にぶつかる場所があるのですが、そのあたりが八幡坂の坂上あたりということになります。



八幡坂(NO.175)1
坂下より

まずは坂下からの風景です。
この道沿いを坂上のほうに歩いていくと、東京体育館の横を抜けて、JR千駄ヶ谷駅にいけたりします。
いちおう正面に、東京体育館の建物が見えているんですけどね。。



八幡坂(NO.175)2
坂の途中より

今度は、すこし坂道を上り、坂下のほうを眺めたものです。
坂道自体は、車通りも多く、そんなこともあり、周辺の道と比べても道路の道幅もそれなりに広かったです。
また、勾配具合も坂道がほぼ直線だったこともあってか、歩いているときはあまり気にするほどの感じではなかったですけど、あらためて写真でみる分にはそれなりにあるみたいでね。



八幡坂(NO.175)3
坂上より

そして、あっというまに坂上まできてみました。
隣に鳩森八幡神社の鳥居も見えたので、せっかくなので、一緒にパチリと。
それにしても、神社の敷地内の樹木、大きいです。。
もうちょっと違う角度(もっと引いた位置)から撮れば枠内に入ったかもしれませんね。(汗)
あっ、そういえば、一枚目の写真でちょっと見えていたりしますよ。
でも、やっぱりでかい・・・。(笑)
(それで、ちょっと気になり、世界で一番大きな生物はなんだろう?と、ちょっと検索してみると、なんとクジラでも、樹でもなく、一番はキノコなんだそうですよ。。(汗))

と、脱線はこれぐらいにして・・・、ここにはいつもの坂の碑はありませんでした。
ただ、おそらくこの坂の名は写真でも見えている鳩森八幡神社の名からきているとは思います。

また、いつもお世話になっている江戸東京坂道事典に鳩森八幡神社のことがすこし書かれており、
『鳩森八幡神社は千駄谷八幡もよばれ、江戸時代には千駄ヶ谷の総鎮守で、境内もひろく水茶屋がもうけられ、宮芝居や相撲の小屋がしばしばかけられていたという。明治になって、神仏分離のために別当の瑞円寺と分離し、村社に列せられた。』
ということだそうです。

ちなみに、今回僕は見損ねてしまいましたが、鳩森八幡神社の境内には、富士塚もあるみたいです。

そうそう、あと鳩森八幡神社でちょこちょこと調べていたら、このすぐ近くに村上春樹さんがかつて経営していたジャズ喫茶(ピーターキャット)もあったらしいことがわかりましたよ。



地図
渋谷区千駄ヶ谷1

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所在地:渋谷区千駄ヶ谷2

えのき坂と呼ぶそうです。
場所は、観音坂(NO.173)の坂上あたりから、南のほうへと抜ける道があり、そこから瑞円寺の横をぬけると、榎坂の坂上あたりにやってきます。



榎坂(NO.174) 1
坂上より

坂上からの風景です。
瑞円寺横の平坦な道をぬけるとこのあたりにやってきます。
見てのとおり、道がけっこうな割合でカーブしていて、道幅もそれほどなく、まわりにお寺や大使館なんかがあるためか、けっこう静かな感じで、この坂道自体抜け道なのか、車の行き来も少なかったです。



榎坂(NO.174) 2
坂の途中より

すこし坂を下り、坂上のほうを眺めたものです。
勾配具合も適度で、カーブの具合もよく(トラックで見えにくですけど。。←とまりっぱで、すこし待ってみたのですけど、なかなか動いてくれなかったもので・・・。)、それはそれでいいのですが、ちょっと気になったのは、一枚目の写真もそうなんですけど、ここではカーブする道の外側(この写真なら右側です)に、車が駐車している場合が多く(仕方ないんですけどね)、やたらと目に入ってしまい、けっこういい感じでカーブしている道なのになんだかもったいないなあなんて思ってしまいましたよ。
あと、どうでもいいといえば、それまでなんですけど、写真左側に見えている、鉄柱に竹らしきものが巻き付けられているみたいなものはなんでしょうかね?
いちおう一枚目の写真でも見えているんですけどね。。



榎坂(NO.174) 3
坂の途中より

そして、さらに坂道を下ると、坂下あたりの様子が見えてきました。
現地を歩いている時は、坂道のカーブ具合と右側のマンションの石垣や左側に見えている蔦におおわれた家に、おお〜、という感じだったのですが、あらためて帰ってから写真を見直してみると、なんと、左側の家の蔦が電線まで伸びているじゃありませんか。(驚)
いやはや。(笑)



榎坂(NO.174) 4
坂下より

最後は坂下からの風景です。
こうしてみるとかなりの勾配具合の坂道だったんですね。
しかも、電線に巻き付いている蔦もよく見えます。(笑)

ちなみにここにはいつもの坂の碑があり、
『「榎坂」とは、ここから右手に瑞円寺の門前へ向かって登る細い坂道のことです。
かつて、榎の巨木があったことから「榎坂」と名づけられたといわれており、現在は鳩森八幡へ向かうこの道の右手に商売繁盛・縁結び・金縁・子授かりや子供の病気平癒などの信仰を集める榎稲荷があります。』
とありました。
“現在は、この榎はなく、瑞円寺の地続きに日蓮宗仙寿院があり、その地境に榎の古木があったそうで、今は、その跡に「江戸名所お万榎」の石碑と稲荷の小祠が建っています。”(江戸東京坂道事典より)
詳しいことにはふれませんが(ちょっと検索すればわかりますけど)、このかつての榎は“「千駄谷の例の榎」といっただけで誰もにやっと笑う。”(江戸東京坂道事典より)という地域ではちょっとした有名な榎だったらしく、稲荷は坂の碑の説明にもあるとおり、榎坂の坂下の大きめの道をすこし北上すると、榎稲荷神社という名で実際にあるみたいです(今回は写真に納めてませんけど)。



地図
渋谷区千駄ヶ谷2

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所在地:渋谷区千駄ヶ谷1あたり

かんのん坂と呼ぶそうです。
場所は、国立競技場の西側でもあり東京体育館の南側に位置し、坂下あたりは、外苑西通り(キラー通り)につながっている坂道です。



観音坂(NO.173)1
坂下あたりより

外苑通りから西方面へと抜ける道をすこしばかり歩くと、この場所にくるわけですが、ここから、さらにの左側(写真の)の道を上っていくほうが、今回の観音坂ということになります。
なんとなく雰囲気的には、右側のドーナツ型滑り止め舗装されている方がなんだか、坂道っぽいですけどね。。
でもこの二股道にも見えなくもないこの見え方は、なかなか悪くなかったかもです。(実際は、メイン道路の左折道だとは思います。)



観音坂(NO.173)2
坂の途中より

今度は坂道をすこし上り、坂下のほうを眺めたものです。
一方通行の道ということもあって、道幅は狭かったです。
あと、坂下からの写真だと、それなりに勾配具合があるように見えていたのですが、ここからの写真だと、あまりその感じがでていませんね。。(というか、写し方というか視点が下向き加減だったからかもしれないので、今度、坂道さんぽするときは、そのことを意識して撮ってみようと思いますよ。)



観音坂(NO.173)3
坂上あたりより

そして、ぎゅいーんと大きくカーブしている道をさらに上って、道自体は、さらにここからもうすこし上っていく感じでしたが、いちおうここに坂の碑が見えていたので、このあたりから坂下にむかってパチリと。
見た目は、静かな住宅街の抜け道という感じですが、実際は、散歩中も車が何度も通りすぎるといった具合でした。

ちなみに、ここには写真でも見えているとおり、いつもの坂の碑があり、『坂名は、真言宗観谷山聖輪寺の本尊であった如意輪観音像に由来します。観音は当寺の開山とされる行基の作と伝えられていましたが、残念ながら戦災によって焼失してしまいました。「江戸名所図会」によると、身の丈は三尺五寸で、両眼は金でつくられていたといいます。』
とありました。



地図
渋谷区千駄ヶ谷1あたり

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所在地:渋谷区神宮前2


せいぞろい坂と呼ぶそうで、別名、源氏坂とも言うそうです。
場所は、外苑西通り(キラー通り)と明治神宮外苑にはさまれている場所にある坂道です。



勢揃坂(NO.172)1
坂上より

坂上からの風景です。
見てのとおり、ゆるやかな勾配具合の坂道で、道幅も適度にある感じでしたが、地図でみると、すぐ西隣がキラー通りということもあってか、車の通りはあまりなかったです。



勢揃坂(NO.172)2
坂の途中より

そして、すこし坂道を下り、坂上のほうを眺めたものです。
こうして見ると、距離が長いのでゆるやかに見えていただけなのかどうかわかりませんが、意外と高低差はあるみたいで、しかも微妙にカーブしていたので、なかなか雰囲気は悪くなかったです。
また、写真右側には龍巌寺というお寺があり、その敷地内の樹々がたくさん見え、さらに、左側も都営アパートの敷地のものかどうかわかりませんが、大きな木が数本立派に育っており、このあたりだけ、やたらと緑が多く、なんとなく淡々とした感じの坂道の雰囲気の中で、やたらと気になったかもです。



勢揃坂(NO.172)3
坂下あたり

最後は、坂下あたりの様子です。
もうこのあたりまでくると、道の勾配もほとんど感じられなくなっていました。

ちなみに、ここには、いつものような坂の案内標識があり、
『ここのゆるい勾配の坂を勢揃坂といい、渋谷区内に残っている古道のひとつです。
後三年の役−永保三(一〇八三)に八幡太郎義家が奥州征伐にむかうとき、ここで軍勢を揃えて出陣して行ったといわれ、この名が残されております。
このとき従軍した武士のなかに坂東八平氏(平氏の一族)のひとり河崎重家(渋谷の領主)がおり、手柄をたてたという伝説があります。
真偽についてはもちろんわかりませんが、区内に伝わる源氏に関する伝説のひとつとして注目されます。』
とありました。

要は、この坂の名は、すごく淡泊な言い方をすると、戦にむかう武士たちがこのあたりで勢揃いした場所だからということみたいですね。



地図
渋谷区神宮前2

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