東京坂道さんぽ

2010年03月

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このまえ、突然思い立ち、都庁の展望台に行こう!というか行きたくなり、新宿に立ち寄ったついでに、ふらりと。
しかも、今までは、都庁の第一展望台(地図でいえば北側ですね)ばかりを訪れていたこともあり、今回は、このブログでは初登場の第二庁舎(南側)のほうから、東京を眺めてみました。



新宿の南側の眺め1

まずは、明治神宮の広大な森が、正面に見える場所でぱちりと。
まあ、なんというかこれだけだと、ちょっとわかりづらいですけど、森のむこうに見える代々木体育館の特徴的な屋根の具合が、明らかに、ああ、あそこは代々木公園だねといえる場所といえますかね。
なので、そのむこうが渋谷ということになりますよ。
でも、ここからだと、街の地形のへこみ具合は、あまりわかりませんね。(あたりまえですけどね。。)
でも、森の手前というかオレンジいろっぽい色の建物(ユースホステルだと思います)周辺はなんとなくですけど、高低差の具合が見えていますかね。(しかも、以前歩いた場所ですし。。)



新宿の南側の眺め2

次に、今回はだめでしたけれど、うまくいけば、この視界内に富士山がみえるはずの場所からもう一枚。
光の加減で、真ん中やや左にバックの展望室内までがぼんやりと映ってしまってますが、これは幽霊現象ではありませんので、あしからず。。(笑)



新宿の南側の眺め3

今度は、新宿駅方面を見つつ、左側にモード学園のビルも見えているなあと、キョロキョロしていると、なんと、その向こうに、東京スカイツリーがぼんやりと見えていましたよ。



新宿の南側の眺め4

それで、そのスカイツリーがぼんやり小さく見えている場所を、僕のカメラの貧弱な望遠機能で、アップしてパチリと。
そういえば、今日のネットニュースなんかで、今の時点で、高さ338メートルに到達して東京タワーをこえて国内で最も高い建築物となったとの記事が満載でしたよね。
(いちおう付け加えておきますけど、なんだか、ねらったように今日、このエントリーでスカイツリーの話ができてしまったのは、別に、わざとじゃないですよ。。本当に偶然です・・・。(笑)しかも最近こういう展開が多いんですよ。。本当はあざとく、それくらいの時期あわせは当然ですよ、ふん。と、鼻で笑うくらい計画的にやれればいいのかもしれないですけどね。(汗))



新宿の南側の眺め5

そして、最後は、おとなりの第一庁舎の展望台を眺めていたら、向こうの人もこちらに気づいているようでしたよ(おそらく外国人の観光客です)。
なので、たまたまむこうもこっちを見ている時にぱちりと。(笑)



住所
新宿区西新宿2

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今回も新富士坂(NO.180)の続きといってもいいかもしれませんし、そうじゃないかもしれないですが、これまた、坂の途中におもしろい坂道があったので、別枠で取り上げてみることにしました。



新富士坂の枝分かれ1

坂の途中から、真西に上りながら、枝分かれてしていた坂道があったので、おもわずパチリと。
以外と高低差のあるこじんまりとした坂道に加えて、なんとも不思議な木がそびえ立っていましたよ。
太い幹には縄がまかれ、その下には、ぐにゃぐにゃしたコンクリートらしき部分にも根がはりつき(根もそうですが、このぐにゃコンもかなりインパクト大ですけどね・・・)、写真をじっとみていると、なんだかこの木も一緒に坂道を歩きはじめそうな感じにも見えてきて、なんだか不思議な風景がひろがっていましたよ。
また、坂道の舗装が急勾配の道にはよくみられるドーナツ型の滑り止めの舗装ということもあってか、左側には親切なんだかどうなのかわかりませんけど、手すりなんかもついていますね。。
本当にじっと眺めていると、するめのようにハムハムとつっこみどころがにじみでてきる坂道かもなんて、思ってしまいましたよ。。

しかも、坂上には、専門学校があるみたいなので、この景色を、毎日のように、地元の人だけでなく、いろんな地域に住んでいる人たちがみているということですか。(特に深い意味はないですけどね。。)



新富士坂の枝分かれ2

そして、一枚目の写真の右側にも見えていたのですけど、謎の白階段を発見。。
微妙に不親切な階段の高さ設定もそうなのですが、階段を上りきっても、そこには看板の裏側か草むらしかなく、そこにいくための目的の階段にしては、造りが立派すぎるような気もしますし・・・。
むむむ。
謎です。。(笑)



新富士坂の枝分かれ3

最後は、坂道を上り、坂下のほうを眺めたものです。
なので、正面に見えている道が新富士坂(NO.180)ということになりますかね。
それにしても、左側に見えている巨木は、ここからみると、何度もいってもうしわけないですけど、ほんとうにごにょごにょと動き出しそうな感じですね。。

あと、今思いついたのですけど(どうでもいいことなんですけどね)、もし今回の巨木の幹に、特に意味もなく(もしありそうなら教えてください)縄が巻かれているとしたら、これは参考になるかもなあと。
こういうなくなってほしくない立派な木にこんな感じで縄をまけば、気分的にも、将来、そういう土地が開発される時にその木を切りにくい気分にさせることができるかも、なんて思ってしまいましたがどうでしょ?(笑)


住所
渋谷区恵比寿南3

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とうとう『ブラタモリ』が終わってしまったということで、ちょっとばかし、感謝の気持ちと復習がてら、取り上げてみることにしました。

なんていうか、見ている方向が、あっ、いっしょだあ!なんてことも多く、もちろんこれは違うなあ、というか、おーなるほどねえという時も多々ありつつも、月並みな言い方ですけど、最後まで、なかなか楽しめる番組だったなあと。

そして、今回は、いつものように番組の感想みたいなことをさらに書こうかなとも思ったんですけど、それもいまさらだし、なんだか番組批評みたいな話になりそうなので、それはとりあえずおいておくことにしますよ。

それで、今日は、このブログではまだ各坂道を区ごとだったりで整理していないこともあり(汗)、せっかくなので、記憶が薄れないうちに、番組でタモリさんたちが歩いた坂道をおさらいがてら、このブログで、まわったところとまわっていなかったところを一目で読めるようにしてみようと思います。


なので、まずは、第一回から、順にはじめてみますので、お暇なかたはどうぞ。。(笑)

第1回:早稲田をブラタモリ
@胸突坂[文京区目白台1あたり]→まだ歩いてないです。

第2回:上野をブラタモリ
@暗闇坂(清水坂)[台東区池之端4あたり] →まだ歩いてないです。

第5回:三田・麻布をブラタモリ
@暗闇坂[港区元麻布3あたり]→暗闇坂 (NO.69)

第8回:本郷台地をブラタモリ
@妻恋坂[文京区湯島3と千代田区外神田6]→妻恋坂(NO.170)
@立爪坂[文京区湯島3]→とある街の風景(立爪坂)
@見送り坂[文京区本郷4あたり] →まだ歩いてないです。
@見返り坂[文京区本郷4あたり] →まだ歩いてないです。
@菊坂[文京区本郷4丁目あたり] →まだ歩いてないです。
@炭団坂[文京区本郷4丁目あたり] →まだ歩いてないです。

第12回:神田をブラタモリ
@昌平坂[文京区湯島1あたり] →昌平坂(NO.162)
@相生坂[文京区湯島1あたり] →相生坂(NO.161)

第14回:赤坂をブラタモリ
@薬研坂[港区赤坂4]→薬研坂 (NO.137)
@丹後坂[港区赤坂4]→丹後坂 (NO.138)
@円通寺坂[港区赤坂4あたり]→円通寺坂 (NO.134)
@三分坂[港区赤坂5あたり]→三分坂 (NO.133)

第15回:六本木をブラタモリ
@ねずみ坂[港区麻布狸穴町あたり]→鼠坂 (NO.94)
@三年坂[港区麻布台1]→三年坂 (NO.59)
@けやき坂[港区六本木6]→六本木けやき坂通り (NO.24)
@さくら坂[港区六本木6]→さくら坂 (NO.77)
@玄硯坂[港区六本木6] →玄硯坂 (NO.78)


と、こんな感じだったと思いますよ。
今、あらためて昔の坂道散歩記録を読んでみるとはずかしいこともたくさん書いてますけど、そのあたりはさらりとお願いしますね。(汗)
いちおうこれらは、放送時の自分の記憶とウィキペディアと番組公式サイトを参考にしながら、番組内で、タモリさんたちがただ歩いていた場面だけから判断したものも含めて、リストアップしてみました。

ただ、以外とこの作業時間かかってしまいましたよ。。
なんていうか、さらさらといつものように番組の感想書くだけの方がラクだったかもです。(笑)


参考サイト
ブラタモリ(公式サイト)
ブラタモリ(Wikipedia)


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前回の新富士坂(NO.180)の続きです。
おそらく、前回の坂道記事だけでは、あれれ?もうおわり?と思ったかたもいたかもしれないですけど、あまりに話が長くなりそうだったので、今日の第2段ということにしてわけみたわけですよ。



新富士坂(NO.180)その2_1

それで、まずはこれ。
新富士坂(NO.180)の坂下からの眺めをおさめた一枚目の写真でも見えていたのですが、「道しるべ」なる道しるべです。(笑)
道しるべなので、他に言いようがないのですけど、隣に案内看板があったので、そのまま書き写してみると、
『江戸時代中期の安永八年(1779)に建てられたこの道しるべは、中央に南無阿弥陀沸、その左側にゆうてん寺道、右側には不動尊みちと書いてあります。ゆうてん寺道とは、目黒方面から別所坂を登リ麻布を経て江戸市中へ通じる最短距離の道、不動尊みちとは、目黒不動へと続く道のことです。そして台座には道講中と刻まれています。このことから、単に道路の指導標というだけではなく、交通安全についても祈願し造られたものであると考えられます。この地域は江戸時代、渋谷広尾町と呼ばれた小規模な町並みが存在していただけでした。町並みから外への道は、人家も少ない寂しいところであったため、このような宗教的意味をもった道しるべが必要だったのでしょう。』
と書いてありました。
まあ、ここに書いてあることをそのまま理解すればいいんじゃないですかね。
ただ、「1779年に建てられたこの道しるべ」というのはすごく気になりますけどね。
(それと、これはお地蔵さんとは、また違うみたいですね。なんだか調べてみたくなってきましたが、それはまたいつか・・・。(汗))



新富士坂(NO.180)その2_2

これも坂の途中にあったものです。
「馬頭観世音」というらしいですよ。
後ろのハイソな塀(壁?)とのコントラストがなかなかいい感じかもです。

そして、ここにも、なにやら案内看板が設置してあり、
『このお堂に、馬頭観世音菩薩がおまつりしてあります。縁起によると、享保四(1719)年、このあたりに悪病が流行し、これを心配した与右衛門という人が、馬頭観音に祈って悪病を退散させました。そのお礼に石で観音をつくり、祐天寺の祐海上人に加持祈祷�偃を願い、原(当時、このあたりを原といった)の中程へ安置した、と伝えています。そして村の人は毎年二回、百万遍念佛を唱え祈願をしたので、その後、このあたりに悪病は流行せず、住民は幸福に暮らしたとのことです。
 この道は目黒・麻布を経て江戸市内に入る最短の道で、急な別所坂をおりると目黒川が流れ、すぐ近くに正覚寺があります。別所坂上には、庚申塔(六基)と、広重が江戸名所百景に画いた「目黒新富士」などの旧跡があり、昔の主要道路であったことがわかります。』
とありました。
なるほど、なるほど。。

とりあえず、こまかいことはおいておいて(汗)、気になることといえば、この坂道が、「目黒・麻布を経て江戸市内に入る最短の道」という記載のところですかね。
道しるべの説明のほうでも、似たようなことが書いてありましたけど、この新富士坂(NO.180)は昔の主要道路だったんですね。
あとは、別所坂だったり、目黒新富士なんていう気になる名前がでてきますけど、このあたりのことは、目黒区の坂道めぐりを、またそのうちに始めたときにでも、取り上げてみようかなと思っていますので、少々お待ちください。



新富士坂(NO.180)その2_3

最後はおまけです。
これも坂の途中で見かけた教会です。
閑静な住宅街のなかに、とりたてて目立つ感じでもなく、かといって、あまりにひっそりいうわけでもない、ちょうどいい感じでたたずんでいる姿におもわずぱちりと。



住所
渋谷区恵比寿南3

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所在地:渋谷区恵比寿南3


しんふじ坂とよぶそうで、別名で観音坂ともいうそうです。
場所は、ちょっとわかりにくいのですが、恵比寿駅から西へ歩いて数分のところにあり、駒沢通りよりすこし南側にある坂道です。



新富士坂(NO.180)1
坂下より

恵比寿駅のほうから歩いてくると、このあたりにやってきます。
そして、この新富士坂は、さらに西に向かって上っている坂道のようでしたよ。
このあたりから見る分には、写真でみてもわかりやすい感じで、勾配具合が見えていますかね。
ちょうど、このあたりから恵比寿駅前の雑踏が薄れてきて、落ち着いた雰囲気になってくる場所みたいでした。



新富士坂(NO.180)2
坂の途中より

すこし坂を上り、坂下のほうを眺めてみました。
現地では、手前の坂道のほうばかりに目がいってしまっていましたが、この風景をじっと見ていると、坂のむこうに見えている、恵比寿駅前のビルやら駅ビルなんかのほうが、気になってしまうんですが、どうでしょうかね。。



新富士坂(NO.180)3
坂の途中より2

さらに坂を上り、同じく坂下のほうを見たものです。
このあたりまでくると、坂下あたりほどの勾配具合ではなくなりましたが、基本的に、ここの坂道は、それなりに高低差はあるのかもしれませんが、道自体が長いので、勾配具合が感じにくい坂道なのかもしれないなあと思ったりしましたよ。
あと、ここからだと、恵比寿駅というか駅ビルの異様な大きさがわかりやすく見えていますね。。



新富士坂(NO.180)4
坂の途中より2

そして、3枚目の写真とだいたい同じ立ち位置から、坂上のほうを眺めたものです。
なかなかいい具合に、上りながらカーブを描がいてます。



新富士坂(NO.180)5
坂上あたり

最後は、カーブを曲がりきり、さらに坂上のほうを見たものです。
なんていうか、閑静な住宅街というかマンション通りというべきかはわかりませんけど、坂上にきても、ここは坂下の雰囲気とはあまり変わらず、落ち着いた感じの空気が流れていましたよ。


ちなみに、ここには、いつもの坂の碑はなかったのですが、「歩いてみたい東京の坂(下)」にて坂の由来に関する記載があり、
『江戸時代、北海道探検で有名な「近藤重蔵」がこの坂上に屋敷を構え邸内に富士山を模した小山を築造した。それ以降、茶屋坂上(目黒区三田2丁目12番)に築かれてあったミニ富士山を「元富士と呼び、近藤邸内のものを「新富士と呼ぶようになった。坂名はこの「新富士による。「新富士」は安藤広重も描いている。』
とありました。

(あと、余談ですが、この坂道から実際に富士山が見えたかどうかはわからないのですが、いちおう、今回は富士見坂カテゴリのほうにふりわけてみましたので、あしからず。)



地図
渋谷区恵比寿南3

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