東京坂道さんぽ

2010年04月

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所在地:文京区湯島3


なぜかカタカナで、ガイ坂と言うみたいで、別名で芥坂(ごみさか)というそうです。
場所は、三組坂(NO.182)の中腹あたりから、北へと下る坂道です。



ガイ坂(NO.183)1
坂上より

坂上からの風景です。
いちおう、これは、三組坂(NO.182)からの景色でもあり、ここからでも坂下の様子が見えるので、かなり短い坂道みたいですよ。
両サイドには、それなりに高層なビルが建ちならび、いまどきのよくありがちな、道の景色という感じでした。
坂道自体も、勾配具合はなかなかいい感じですけど、カーブの手前で、すでに平地になっているようなので、まあそのあたりが、残念といえば、残念ですかね。。



ガイ坂(NO.183)2
坂下より

なので、一気に坂下まできてみました。
こうしてみると、けっこうな高低差具合の坂道みたいですよ。

ちなみにここには、いつもの坂の碑はなかったですけど、「歩いてみたい東京の坂(上)」に、この坂道のことが書いてあり、
『江戸時代、三組坂の付近が御家人衆の拝領地で、その崖下が芥捨場であったため、この名がついたとされている。ガイは芥の音読み。』
とありました。
ただ、この「歩いてみたい東京の坂」の地図は、たまに見当違いな場所の道を選んでいることもたまにあるので、もうすこし手持ちの坂道本で探してみると、「江戸の坂」にも、この坂道のことが書いてあり、同じ場所で、だいたい同じことが書いてありましたよ。

あと、余談ですけど、ガイ坂でネット検索してたら、なにやら、「ガイじゃのう!」という言葉がひっかかってきて、これはなんぞね?と思ったら、あの「坂の上の雲」のドラマでよくでてくるセリフというか言葉というか方言みたいで、“たいしたもんじゃのう”、とかそういう意味みたいです。
なので、今回のガイ坂のガイとはまったく関係ないと思われますので、あしからず。。



地図
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三組坂(NO.182)を歩いていると、ちょうど坂道から見えていた階段なんですけど、ちょっと不思議なつくりというか配置になっていたので、さらりと取り上げてみることにしてみますよ。



謎の階段抜け道1

ということで、三組坂(NO.182)の途中から、南側に抜けることができる階段です。
ちょっとした高低差具合の階段で、幅もなかなかいい具合で、ちょっと気になりパチリと。
そして、地図で確認してみると、やはりというべきか、階段上の道をさらに南に道沿いに(写真で言えば、正面のマンションのほうですかね)歩くと、どうやら芥坂(NO.181)にぶつかる道のようですよ。



謎の階段抜け道2

同じ階段を、階段上から三組坂(NO.182)のほうを眺めたものです。
このような抜け道階段にも立派な手すりがついていることに、ちょっと驚いてしまいましたよ。



謎の階段抜け道3

そして、2枚目の写真の立ち位置から右側を見ると、これまた細幅の道がすらりと見えていました。



謎の階段抜け道4

てくてくと歩き、さらに奥に行き着くと、かなりの高低差具合の階段がありましたよ。
ちなみにこの階段を下り、道沿いに左側へ折れると、また三組坂(NO.182)と出会うことになります。



謎の階段抜け道5

最後は、階段下からの眺めです。
おそらく、建物一階分くらいの高低差はあるんじゃないですかね。
しかも、この階段も完璧な裏道なのに、手摺がきちんとあり、左側にも鉄製らしき手摺や木製らしき柵があったりと、なんだか立派なつくりですね。

さらに、地図でみると、右側に見えているホテルを囲むように、抜け道があり、さらにその道には、それぞれ立派な階段があったりと、なかなか想像力をかきたてられる階段であり、抜け道かもですよ。

ということは、やっぱり、ここもかなり昔からあった道ということになるのですかね。
じゃないと、わざわざこんな近距離に、二つも立派なつくりの階段抜け道なんてつくらないと思うんですけど。。
どうでしょうかね。(笑)
(余談ですけど、実は、江戸東京坂道事典の地図では、この階段抜け道が、前にとりあげた芥坂(NO.181)らしき感じで書かれていて、てっきり僕も、この階段のことがそうなんだあと勘違いして、当日は坂道散歩していたんですよ。。汗)



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みくみ坂と呼ぶそうです。場所は、前回の芥坂(NO.181)の坂上をさらに北側へすこしばかり道沿いに歩くと、出くわします。
坂道自体は、東西に長く、西から東へと下っている坂道です。



三組坂(NO.182)1
坂上より

坂上からの風景です。
なんというか、これでもかあ、といういうくらいまっすぐな坂道ですね。
そして、平坦なところになってもですよ。
しかも、遠くのほうにビルが見えてますけど、かなり遠い場所にあるようなので、最近ありがちな、近くの高層ビルのおかげで遠景の眺めがよくないなんてこともなく、ひさびさに遠くまで視線がぬけている坂道に出会ったという感じですかね。
そして、近くをみれば、両サイドに、ホテルもたちならびつつ。。(笑)



三組坂(NO.182)2
坂の途中より

もうすこし坂を下り、坂上のほうをみたものです。
両サイドは、旅館(ホテルですけどね)ということもあってか、やはり訪れる人をあまり不快な気分にさせないようにしているためか、道沿いはそれなりに清掃されていて、建物自体もそれなり(個人差はあると思いますけどね)に秩序を保っているような気がしましたよ。
あとは、このアングルからだと、坂道のこう配具合もわかりやすいんじゃないですかね。
ちなみに、このあたり(特に坂上あたり)には、昔から旅館が多くたち並んでいたそうですよ。(江戸東京坂道事典によるとですけどね。)




三組坂(NO.182)3
坂の途中より2

そして、坂道の中腹あたりまで下りてきて、さらに坂下のほうを眺めてみました。
このあたりまでくると、両側のビルもいろんな姿かたちをみせだしていて、ちょっとごちゃごちゃ感はありますけど、坂道自体は、あいかわらず勾配具合といい道幅といい、なかなかいい感じでしたよ。
(勾配具合については、まわりのビルを見るのもいいですけど、坂下の道を偶然横切っているシルバー系の色の車の姿をみると、おお〜、と感じるかもですよ。)



三組坂(NO.182)4
坂下より

最後は、坂下からの眺めです。
こうしてあらためてみると、やっぱり、坂上と坂下の風景はちょっと違っているかなということが、実感できたかもです。
あと、手前の道路に記された矢印から判断すると、この坂道、坂上から坂下への一方通行の道みたいですね。

そして、この坂道には、いつものように坂の案内標識があり、
『 元和2年(1616)徳川家康が駿府で亡くなり、家康お附きの中間・小人・駕籠方の「三組」の者は江戸へと召し返され、当地に屋敷地を賜った。駿河から帰ったので、里俗にこのあたり一帯を駿河町と呼んだ。
 その後、元禄9年(1696)三組の御家人拝領の地である由来を大切にして、町名を「三組町」と改めた。
 この町内の坂であるところから「三組坂」と名づけられた。
 元禄以来、呼びなれた三組町は昭和40年(1965)4月以降、今の湯島三丁目となった。』
とありました。



地図
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今回は、文京区の坂道散歩を最近再開してわかったことです。

実は、「江戸東京坂道事典」や「江戸の坂東京の坂 」に、今回の芥坂のことが書かれているのですが、その中で、なんと、芥坂の別名が「立爪坂」ということみたいなんですよ。
(この立爪坂は、以前に書いた、"とある街の風景(立爪坂)"でとりあげた坂道のことなんです。)

とりあえず、江戸東京坂道辞典には、
『妻恋坂の中腹を北へ折れて上る湯島三丁目の坂で、立爪坂の別名があるのでもとは険しい坂だったのであろう。「府内備考」の湯島三組町の条に「芥坂は妻恋坂の中腹より北へ通る坂なり、その辺芥を捨てる処なれば里俗呼名とせりとあり、(略)』
と書かれてありました。

なので、昔は立爪坂という坂名よりも「芥坂」という名のほうが、一般的だったようですね。
そんな具合に芥坂の別名として、立爪坂という感じで本には書かれていたので、ぜんぜん気がつきませんでした。
しかも、江戸の坂にも、ちらりと書いてありましたよ。(汗)

ただ、その地図上の場所については、江戸東京坂道事典でも、芥坂は妻恋坂の中腹より北へ通る坂道というくらいにしか書かれていないこともあり、本当に正確な場所はわかりませんでしたけど、とりあえず、以前に書いた”とある街の風景(立爪坂)”と今回の芥坂(NO.181)”とは、同じ坂道として扱ってもいいのかもなあということで、今回メモがわりに書いておくことにしました。

ちなみに、芥坂について、「江戸の坂東京の坂」の本には、ここ以外にも東京には七カ所ほど残っているとのことで、本文には、
『こんなわけで、江戸時代の芥坂は、衛生的なところとは言えなかった。しかし、その芥捨場に簡単な施設をしたり、溜った芥を車に積んで、河岸についている芥船運んで行き、その船に芥を移して、指定された埋立予定地まで、芥を捨てに行く、その一切の費用は、その町内でまかなっていたのである。勝手に坂の下へ芥を溜めていたわけではなかったのである』
とあり、芥坂だからといって、その道周辺に、ゴミが散乱していたという感じでもなく、ましてや、ゴミの不法投棄の場所ということでもなかったみたいですね。
要は、東京に七カ所しかなかったということからも、ちょうど坂道の勾配のおかげで道のわきにゴミをおいても、ふつうの道のわきにおくよりはそれほど目につかないだろうし、昔は、そういう芥坂と名のついた坂がゴミ置き場というか保管場所的な役割の場所だったのかもしれないですね。(かなりいいかげんな予測ですけどね。。)

ということで、詳しい坂道の写真や状況などについては、以前書いたものでなんですけど、とある街の風景(立爪坂)のほうに書いてますので、よかったら見てくださいね。
とある街の風景(立爪坂)


地図
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