東京坂道さんぽ

2011年06月

今回は、こちらの坂を正式な富士見坂と書いている資料もある坂道の話です。
(というより、みちくさ学会の取材のために一緒にまわった坂で、こちらは僕的には正規な富士見坂でないと分類してしまった坂ということなんですけどね。)


所在地:目黒区三田2あたり


読み方はもちろん、ふじみ坂です。
場所はJR目黒駅から北へ徒歩10分もかからないところに日の丸自動車学校なる自動車教習所があり、その敷地の道路向こうが今回の坂道の坂上あたりになり、そこから南東へ下っている坂道です。


(目黒・富士見坂)1
写真1

こちらは坂下からのものです。
見るからに、ドーナツリングの滑り止めがついていることからもけっこうな勾配具合だというのはわかりやすいかもですね。
あとは、すこし緑率が少ないのと、ごちゃごちゃしたつくりの電柱が、どちらかというと複雑にからみあって坂のにはりめぐらされた電線なんかよりもうっとうしく感じるなあという感じですかね。


(目黒・富士見坂)2
写真2

もうすこし坂をのぼり坂上のほうを見てみました。
右上の立派な木の枝がぶつぶつと切られて調整されているのが痛々しい感じですけど、やはり3月なのにあまり緑がないのは、老木だからなのかもうすこし暖かくなれば増えてくるのか・・・。


(目黒・富士見坂)3
写真3

さらにもう一段、坂を上り今度は坂下のほうを眺めてみました。
もうこのあたりまでくると坂下とは建物3階分くらいの高低差がありましたけど、左側の高い擁壁(塀でなく)やら電柱、電線のおかげであまりひらけた景色という感じではなかったです。


(目黒・富士見坂)4
写真4

でももうすこし上にきてみると、だいぶ景色もひらけてきます。
ただ両サイドの擁壁と道路との関係をみると、これほど背の高い擁壁があることからも、どうやらこの坂道はむりやり崖地を削って道をつくった感があり、そんなこんなでここはもしかしたら新しめの坂道かもと思ったわけです。(まあ、わかりませんけどね。)


(目黒・富士見坂)5
写真5

今度はだいたい同じ位置より坂上のほうをみてみました。
このあたりから勾配具合はぐっとゆるやかになってきます。
あと、坂道とは関係ないですけど、写真右側の電柱、よくみると金属製ですよ。
なかなか普段お目にかからないつくりの電柱かもですね。


(目黒・富士見坂)6
写真6

そんなわけでやっと坂上あたりまでやってきました。
もう坂下のほうは見えなくなっていました。
こうしてじっくり見てみると、以外と道幅は狭かったんですね。
だから電柱やら両側の建物がせまって見えてきていたのかもしれないですね。
そしてここもいちおうは(もしかしたら)富士見坂かもしれない坂道です。
なのでかってはここからも富士山が見えたのかもしれませんね。


(目黒・富士見坂)7
写真7

最後は坂上の坂上、坂端です。(笑)
もうここまでくると大通り沿いのビルのすきまからやっと坂道が見えているのみでした。


地図
目黒区三田2あたり

最近ネットニュースで流れていたんですけど、ブラタモリの第3シリーズ放送が決定したみたいですよ。

http://b.hatena.ne.jp/articles/201106/4470

そのほかにWikipediaのブラタモリのページでもちらりと書かれていて、よくよく公式サイトをみてみると「第3シリーズ 始動!」なんて感じでバーンと書かれていましたよ。

しかも公式サイトには日本地理学会賞なる賞を最近受賞したなんてことも書かれていました(おめでとうございます)。
たしかにタモリさんがいなければ、ブラタモリはかなり教育番組てきな内容になってしまうかもなあと思いつつも、番組内容的には、僕は地理学のほうは本で読んだくらいの知識しかありませんけど、建築学的な見方でいえば、番組の出演者として建築史などに詳しい先生方が多く出演されていたように土地の歴史を調べるときなんかはあの番組のように土地やら人やらモノやらを探っていくことも多々あったような気もしています。
ただ、それらをうまく整理して番組として仕上げている点はすごいことだと思いますし、へたをすると大学のいち授業で使ってもいいくらいの内容だと思いますし、もしそういうことが地理学会の方々にとって新鮮にうつったのだとしたら、ある意味ちょっと驚きかもです。


そういえば1
写真1

話はかわりますけど、みちくさ学会でここ最近、僕のライフワークてきな活動でもあった富士見坂やら富士山と坂道との関係を探る内容の記事を書き始めたわけですけど、その中で各記事にのせてなかったけど今思い出してみるとのせときゃあよかったなあと思った写真を最後にちらりと。

写真1は「目黒駅ちかくにある富士見スポット」の坂下あたりにあったものです。
ふつうのマンションの擁壁にこのようなアートてきな匂いのするものが忽然とつくられていました。
今の坂下あたりはせまめで一方通行のほんとうに抜け道といった具合の道路なので、よくよく考えてみるとこんなに手入れされた(真っ白ですからね)状態で誰に見せるともなく堂々とあるのはなかなかなものかもですよ。


そういえば2
写真2

あと同じく「目黒千代か池と富士見坂」と「目黒駅ちかくにある富士見スポット」の坂上の間にはさまれたホテルの敷地はかっては三条実美なる政治家のかたの家だったそうです。
さっきぱばらぱらと現地で撮ってきた写真を見直していたらそれが書かれたホテルの看板の写真を見つけてしまいましたよ。。

ということで、話がいろいろとびましたけど、結局今日はいつもの坂道散歩話をする気がおきなかったので(汗)、こんな話でもしてみることにしてみました。

さてさて、まずはみちくさ学会にて坂道と富士山つながり記事がこのまえアップされましたので、よかったらどうぞ。
http://michikusa-ac.jp/archives/3250140.html

ということで、今回は(も?)坂道話はひとやすみして、三軒茶屋にあるキャロットタワ―の展望台にひさびさにのぼってきたときのことでも。


世田谷三茶から富士山を探してみる1

もちろん展望台では、富士見坂つながりというか富士山がみえないかなあということで、まっさきに富士山があるほうを眺めてましたが数時間前に雨が降っていたこともあってか、なにも見えませんでした。
これだけ高い位置からみているので、うまくいけばシルエットだけでもみれるかなあと思っていたので、ちょっと残念な訪問となってしまいました。
また真夏のころの天気のよい時にでもきてみてばっちり写真におさめたいと思います。

そういえば、この景色をみながらふと、ちょっとまえに設置可能な日本の各家の屋根に太陽光発電パネルのとりつけをめざすというニュースが流れていたことを思い出したんですけど、こうあらためてまじまじと(しかもはずかしげもなく)眼下の家々を見てみると、以外と設置できそうな場所がけっこうありそうなので、もしそういうことになったらなんかすごい風景になるかもですね。
ただ、いくつかの家の近くに背のたかめのマンションがあったりしているので、(今みているのは南西方向なので)ここからだとビルの手前にみえている家なんかはパネルをとりつけてもかなり効率わるそうですし、もし義務化でもされたら、それこそ新旧の背の高いマンションと低層住宅とのあいだで日照権の争いがたいへんなことになりそうな気もしますがどうでしょ・・・。


世田谷三茶から富士山を探してみる2

それはさておき、こちらは展望室の窓そばにあった案内パネルです。
うまくいけばこんな具合に富士山がみえるみたいですよ。


世田谷三茶から富士山を探してみる3

というわけで最後は、ほっこりと世田谷線の風景でも。
上りと下りの電車がちょうど駅に停車しているめずらしい場面にでくわしたので、おもわずぱちりと。


住所
世田谷区太子堂4

所在地::千代田区千代田1


ばいりん坂とよぶそうです。
場所は、汐見坂(NO.205)の坂下からすこし北側に歩くと、梅林坂の坂下あたりにやってきます。


梅林坂(NO.206)1
写真1

まずは坂下からの様子です。
くねくねとした感じの抜け道というか散歩道というか、ここに梅林坂とかかれた案内板がなければまったく気がつかずに通りぬけてしまいそうな坂道でした。
とにかく梅の木などの緑色率がかなり高めなのがなんとも印象的かもです。


梅林坂(NO.206)2
写真2

どちらの道が梅林坂かという疑問はありますけど、考えようによってはおおきな下り坂の真ん中に梅の木が3本あるというとらえかたもできそうですが、どうでしょ。。
坂下のむこうのほうは大きな樹々があってみえてませんけど、林のむこうは天神濠なる水辺場所があるみたいです。


梅林坂(NO.206)3
写真3

もうすこし坂を上り、坂下のほうを眺めたものです。
このあたりまできてみると、以外と高低差もありそうですね。

また写真でも見えているとおり、途中にさきほどもちらりとでてきた坂道の由来を記した案内板があり、
『梅林坂は、本丸と二の丸を結ぶ坂です。文明10年(1478年)太田道灌が天神社をまつり、数百株の梅を植えたので梅林坂の名が付いたといわれています。現在は約50本の紅梅の梅が植えられており、12月末から2月まで花が楽しめます。』
と書かれていました。

ちなみにこの案内板にはめったにお目にかかれないこの坂道の英語表記(公式ですよ)が書かれていて、「plum tree slope」となっていましたよ。


梅林坂(NO.206)4
写真4

それから、後ろをふりむいてみると、坂道はこのあたりから大きくカーブしながら上っていっているみたいでした。
道の両サイドには立派な石垣も見えていました。
なのでこのあたりからが本丸の敷地内ということになるんですかね。


梅林坂(NO.206)5
写真5

そして、やっと坂上あたりまでやってきて、坂下のほうを見てみました。
急カーブとともに急勾配な坂道がなんともいえない雰囲気をだしているかもですね。
しかもまわりは緑だらけ(笑)。

あと、最後に江戸東京坂道事典によると、この本が出版された当時は、まだこの皇居内は開放されていなくて位置が確定できなかったらしく、そのかわりにかつての梅林坂の様子を描写した「東京市史・皇居篇第一」なる資料の一文がのせてあったので、とりあえず抜粋して今回はおわりたいと思います。
『「権現様、小田原表より御城へ御移り遊ばされ候節・・・・小坂の上に梅の木を数多植廻し、其内に宮立両者これあるを御覧遊ばされ、道灌は歌人ゆえ天神社を建置きたると仰せにて、残る一社の額を御覧遊ばされ候。・・・・御普請の節、北の丸の内にこれあり候山王の社をば紅葉山へ引移し候様にと仰せつけられ、右両社の跡梅の木あまたこれあり、今以て梅林坂と 申しふれ候なり」と記されている。』


地図
千代田区千代田1

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