東京坂道さんぽ

2011年07月

脱線ついでにもういっちょです。


清水坂と清水堂1
写真1

まえにまわった上野公園内にある清水坂(NO.192)
前回の湯島天神の坂道の風景画と同じように、こちらも広重さんの浮世絵「上野清水堂不忍池」にちょっぴりとだけ描かれていました。


清水坂と清水堂2
上野清水堂不忍池

絵の一番下に人が昇り降りしている階段がみえていますけど、こちらが江戸時代の清水坂。
現代の清水坂(NO.192)と比較してもそんなにかわらない感じですかね。
右側の赤い建物が坂の名の由来にもなった清水堂です。
前にも書いたかもしれないですけど、京都の清水寺を模してつくられたそうです。
左側には不忍池が描かれています。


清水坂と清水堂3
写真3

そして写真3が現在の清水坂(NO.192)からみた清水堂です。
広重さんの絵にかなりのデフォルメがはいっているのか、はたまた新しくリニューアルされて昔の絵の建物とちがってしまったかは不明ですけど、舞台と下の地面の高さ具合がかなり違っているみたいですね。


清水坂と清水堂4
写真4

また清水坂(NO.192)の坂下のすぐそばには不忍池へと下っていく階段もありました。
おそらく昔は「上野清水堂不忍池」の絵にあるように坂自体も一気に池の端まで下っていっていたかもしれないですが、今は途中に公園をぐるりと歩くための歩道がひとつできていて、これはそこから池の真ん中あたりにある弁財天の方向を眺めたものです。
階段というか坂道的には美階段で(笑)、坂上の眺望も今思い出してみても、なかなかいい感じだったと思います。
(ちなみにこちらの階段坂道風景はブログ初公開の写真です。そのほかの写真も実は坂道散歩した時とは別の日のものなんですけどね。)


清水坂と清水堂5
上野山内月のまつ

それでもって最後にもう一枚。
こちらも広重さんの浮世絵です。
実はこの絵、写真4の奥のほうの不忍池がうつっている風景とだいたい同じ場所(方向)を見ているようなんですよ。
ちょっと木々に隠れてわかりにくいですけど。
手前に大きく描かれている松が、この絵のタイトルにもなっている“月のまつ”とよばれる松で、実は上でのせた「上野清水堂不忍池」の左側にもちらりと見えていたりします。(笑)
そんなこんなで「上野清水堂不忍池」の絵に松のそばでぼんやりと池のほうを眺めている人も描かれてますけど、この「上野山内月のまつ」の絵はまさにこの人の視線(と場所)でシャッターを切られたものといえるのかもしれないですね。


地図
台東区上野2あたり

半年くらいまえ(かもうすこしまえ)に、古地図の本を買ってしまってからというもの、どうやら坂道散歩にかなりの影響を与えだしていますよ。。
まずはじめにみちくさ学会の記事書くときに応用してみたのですけど、そのおかげで、最近やっと坂道取材で皇居編につづくあらたな場所にいって取材がてらあるいてきたんですけど、それを記事にしようと思った時点で、古地図やら浮世絵(こちらは前からそれ系の本持ってましたけど、古地図と連動して気になりだしたという感じです)やらをあっちみてこってみてという具合に、なかなか進みません・・・。(汗)
まあいろんな時代や場所、言葉のレイヤーを行き来している感じですかね。

そんなわけで、今回も坂道記事書いてて、ちょっと気がついたので脱線話です。(笑)


湯島天神坂上眺望

去年ぐらいに湯島天神訪れたときに、このブログでも天神石坂(NO.186)天神女坂(NO.187)のエントリー書いたと思いますけど、最近広重さんの浮世絵系の本をぱらぱらと見ていたら、なんとストレートにも、湯島天神内の坂道の坂上からの風景を描いた浮世絵を発見しましたよ。
それが上の浮世絵で、タイトルもずばり「湯しま天神坂上眺望」となっていました。(驚)
なんで今まで気がつかなかったんでしょ?(笑)

絵は、今でいえば女坂(天神女坂(NO.187))から坂下のほうを眺めたもので、右下にちょこっと石段みえてますけど、それが男坂(天神石坂(NO.186))ということみたいです。
そして遠くには池らしきものが見えていて、それが今の上野公園内にある不忍池で池の真ん中の弁財天のあるあの島も描かれています。
また坂上からの景色は、なんだかすごく雄大に描かれていて、実際、池までこんなに高低差あったっけと思えなくもないですけど。
あとは、この雪景色ですかね。
雪の時期の景色がよかったのか、それともたまたま雪の降る時期に描いたものなのか。。
本人がいればきいてみたいですよ。

というわけで、今回もさらりと脱線話でしたけど、湯島天神かいわいの坂道話については過去エントリーをみてください。

いちおう上でもリンクしましたけど。
湯島天神の男坂→天神石坂(NO.186)
湯島天神の女坂→天神女坂(NO.187)


住所
文京区湯島3(湯島天神内)

またまた補足的な坂道話です。

まずは、みちくさ学会で「アメリカ大使館と霊南坂」という記事がアップされましたのでよかったらどうぞ。


霊南坂とはとバス1
写真1

てなわけで、みちくさ学会の記事では字数オーバーのためのせれなかった写真などをいくつかのせつつ、記録がてら書いておきたいと思います。

まずは写真1ですね。
おまわりさんが見ている目の前で(実は)、あやしい目でみられながら(笑)、はとバス@霊南坂の写真を撮ることに成功。

とりあえず、はとバスのサイトでちょこちょこ調べてみたんですけど、これまでどのコースを通ってきてこれからどこへ行こうとしてるバスなのかまではわかりませんでしたけど、とにかく写真の記録に残っているとおり、この霊南坂もはとバスツアーのコースには入っているのかもしれないですね。
(もし、はとバス乗って、ここでアナウンスきいたよ!とか言うかたでもいればぜひメールください。笑)

そんでもってよく考えてみれば、僕が坂道をぶらぶらしているときに「アメリカ大使館の写真は撮らないでください」と言われたんですけど、このはとバスからなら、さらに高い位置より大使館撮り放題なんですけど、まあそのあたりは深追いしないことにしますよ。。


霊南坂とはとバス2
写真2

そして、この近くにはこんなものがありました。
はて、これは?
トマソン的な、なんというかなにかの計画のあとに取り残されたものなのか、最初からこの形でつくられたものなのか?
うーん、わかりません。(笑)


霊南坂とはとバス3

写真3

さらに、写真2の道路向かいにはこんなものも発見。
もちろん写真まんなかの奇妙な石柱みたいなやつですよ。
右が電柱で、上にのびている方向が垂直な方向だとすると、この石柱もどきはすこしななめに地中からはえでてきている感じ、わかりますかね?
しかも左側のガードレールよりも背が低いみたいで、これまたなんの用途に使われていたものかも不明です。。


霊南坂とはとバス4
写真4

最後は、霊南坂の坂上から徒歩1分くらいの場所に、かの有名な霊南坂教会がありました。
といっても霊南坂側の道路から見える教会は写真4のようにちょっと教会といわれても判断しにくくて、屋根上のほうにある十字架やら壁に「霊南坂教会」とかかれているのを見て、やっとここが、あの教会なのねえという感じでした。
全景をみたいというかたは、教会の公式HPみるとわかるかもです。
あと、過去ログで、霊南坂教会のことにもふれている記事(雁木坂 (NO.116))があったので、よかったらそちらも見ながら比べてみるとおもしろいかもですよ。

ちなみに霊南坂はウィキペデアで調べてみると、おそらく僕より下の世代の人にはぴんとこない話なのかもしれないですけど、1980年に山口百恵さんと三浦友和さんが結婚式を挙げた教会でもあるらしいです。
そして赤瀬川原平さんの「超芸術トマソン」の“ビルに沈む町”という項で、今のアークヒルズができるまえの霊南坂教会がちらりと写っていたりもします。

あと、この霊南坂教会も含めて、霊南坂まわりには、知る人ぞ知る有名建築もあるんですけど、そちらのほうは、4年ほどまえに霊南坂をおとずれた時に書いたエントリー(霊南坂 (NO.117))で書いてますので、こちらもよかったらどうぞ。

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