東京坂道さんぽ

2011年10月

知ってました?
新宿駅から徒歩5分もかからない場所にある新宿三越アルコットというビル(ジュンク堂が入っているビルです)の屋上に神社があることを。

というわけで、このまえ新宿をぶらりとしたときにふと気になる場所をみつけてしまいました。


新宿三越アルコットの神社1

このビルの屋上にはフットサルコートもあります。
というかこっちのほうを知ってる方多いかもですね。

でも実は、その向こうにちらりと見えているのですけど、なんとビルの屋上に小さな鳥居が見えています。
なのであそこが三圍神社ということみたいです。
僕もそういえばあったかなあというぐらいの感覚で、ここにきてみてなんとなく思い出したくらいの神社だったかもです。


新宿三越アルコットの神社2

とりあえず近寄ってみました。
いちおう正面のが本殿ということになるんですかね。。
かなりこじんまりとしてます。


新宿三越アルコットの神社3

社務所らしき建物も隣にありました。
しかも本殿より大きいなつくりかも。。
ということは僕が立っている場所は境内ということですか・・・・。(汗)


新宿三越アルコットの神社4

そして、左隣にはおみくじを結ぶ場所がありました。
ということは(しつこい・・・)、隣の社務所に人がいる時があるということですかね。


新宿三越アルコットの神社5
それはさておき、さらにその後ろには、木製の案内板もありました。
でもあまりに傷んでいて読めません・・・。(汗)
屋根が上に架かっているのにもかかわらず。。
(これはせめて直しておいてほしかったかも。運気下がりそうですもんね。)

でも、検索してみると・・・・。
今回は情報ありませんでした。(泣)

ただ日本橋三越のほうのHPに「三圍神社(みめぐりじんじゃ)」という記述を見つけました。
それで、HPの説明文を新宿の案内板と見比べてみるとすこしだけ解読できました。
『今から六二五年前の文和年間(1352年〜1356年)の頃、近江三井寺の僧源慶が東国を巡錫中、墨田川牛島のほとりの弘法大師建立になる、荒れはてた小堂に立ち寄った際、その床下より現れた壷をあけると、その中より忽然と白狐が現れ、壷の中の宇迦之御魂命の神像のまわりを、三度めぐっていずこともなく消え去ったので、爾今この社を「みめぐり」(三圍)とよばれるようになったと伝えられております。(あとの文は解読不能) 』
という感じで、ここの案内板は下のほうがかなりかすれていたので、幾分推測入ってますけど、こんな具合の内容でした。
案内板のほうはさらに説明が続いているんですけど、さすがにこれ以上はちょっと判別不能でした。

そんなわけで、案内板のはじめにある「今から六二五年前」という記述から想像するに、この案内板はおそらく1980年前後に作成されたもので、それ以来ほとんど修理されてないものなのかもしれないですね。


新宿三越アルコットの神社6

最後はなんとなく屋上からの包帯ビルの眺めなど。

というわけで、なぜこんなところに神社があるのかはわからずじまいだったので、またそのうち調べるという宿題にしておくこととして、今日はさらりとこんな感じです。


住所
新宿区新宿3-29

所在地:千代田区神田駿河台2

がんき坂と呼ぶそうで、場所はここもJR御茶ノ水駅から徒歩数分の場所にあり、紅梅坂(NO.207)の坂上からだと西へ歩いて1分くらいのほんとうに間近にあり、そこから西にある明大通りへと下っている坂道です。


雁木坂(NO.212)1
写真1

まずは坂上からの風景です。
見てのとおりなんですけど、ここ本当に昔からある坂道なの?と疑うくらい平坦具合が強くてちょっとびっくりするくらいでした。

でもこのすぐ横あたりに、おなじみの坂の碑があり、
『この坂を雁木坂といいます。今はその面影はありませんが、昔は急な坂で雁木がくまれていたといいます。雁木とは木材をはしご状または階段状に組んで登りやすくしたもので、登山道などに見られます。『新撰東京名所図会』には「駿河台西紅梅町と北甲賀町の間を袋町の方に行く坂を雁木坂と称す。慶応年間の江戸切絵図をみるに、今の杏雲堂病院の前あたりに「ガンキ木サカ」としるされたり」と書かれています。』
とあり、また古地図で確認してみても、現在とほぼ同じ位置に道があり、坂名まで書かれていたので、ここが昔からある坂道だということは正しいと思われます。

そんなわけで、いつごろに地形がいじくられたのかは不明ですけど、僕が歩いた限りでは、現在の雁木坂はほんとうにかつての急勾配の坂道の痕跡すらない感じだったかもです。


雁木坂(NO.212)2
写真2

また後ろを振り返って坂上のほうをみてみると、ニコライ堂がちらりと見えていました。


雁木坂(NO.212)3
写真3

次は、一気に坂下あたりまでやってきて、坂上のほうを眺めてみました。
ここからだと、坂の勾配具合もなんとか確認できるかもですね。
あとは左の樹がなんとも気になるところですが、歩いたときには樹の左側にある杏雲ビル(ここからだと隠れていて見えてませんけど)のものかなあと思ってたんですけど、この写真3をよくみると、いちおう歩道上にあるみたいですね。
ということは公共の街路樹なんですかね。
(まあどうでもいい話なんですけど・・・。)


雁木坂(NO.212)4
写真4

そして最後は写真3でもちらりと見えているのですけど、日大病院のビルの側面の配管がなんだかすごい感じだったので、思わずぱちりと。。
なんかもうここまでくるとアート作品みたいですね。

そんなわけで、今回はこんな感じです。


地図
千代田区神田駿河台2

前回、御茶ノ水の坂道の話がでたついでに、今回は前にみちくさ学会で、同じく御茶ノ水にある坂「日本一の古書店街を見守り続ける富士見坂」の記事を寄稿したついでのこぼれ話でも。


御茶ノ水の富士見坂いろいろ1
写真1

短くて勾配もゆるくて、けっこうつっこみどころない坂なんですけど、とりあえず坂上の明大通りから富士見坂を眺めたものです。
こちらは寄稿した記事にはのせなかったものなんですけど、散歩の時は、通り沿いの手前のビルが坂道に対してやけにアンバランスに背が高かったので思わずぱちりと。
しかも僕が写真撮るために立っているこの明大通りと呼ばれる道も実は坂道になっていて、写真1の左右でけっこう複雑な高低差具合になってました。
なので右側のビルに入居しているはなまるうどんの店舗への入口もなぜか階段になっているという具合で、これはこの道路が右側へ上り傾斜になっていて、そちらの高い側を一階レベルにしたのでこんなややこしいつくりになってしまったようですね。


御茶ノ水の富士見坂いろいろ2
写真2

あと、坂上からすこし下って坂上のほうをみると、なにやら変わったつくりのビルがふたつ見えていますけど、こちらは(寄稿した記事ではほにゃららと流してしまったんですけど)、左側が「お茶の水スクエア」といい、右側が「明治大学・紫紺館」というそうです。
なんていうか使い勝手はどうなのかわかりませんけど、どちらも知る人ぞ知る建物で、建築散歩する際には見学コースにいれてみると玄人の人(=マニア)ならほほ〜と喜ぶという感じのものですかね。(笑)

あと、坂上あたりにある緑の看板に「ロシア料理サラファン」とかかれているのが見えているのですが、こちらさらにその横にちょっと写真じゃ見にくいですけど、「御茶ノ水で40年」という謳い文句まで書かれていました。
ということはこの坂道に店を構えてから40年!。
(ごくり。しかも違う意味で・・・。笑)
なんとも、そんなに歴史あったんですね、また今度食べにでも行ってみますかね。


御茶ノ水の富士見坂いろいろ_03
写真3

そして、この坂道沿いにも(正確に言えばちょっと違うんでけど)、古本屋さんありました。
けっこう前からあったような気もするんですけど、ちょっと記憶が定かではないです。


御茶ノ水の富士見坂いろいろ_
写真4

最後に、あまりこのブログでは登場しませんけど、いちおう坂の碑も記念に毎回撮ってたりします。
でもなぜか過去記事(富士見坂 (NO.5))にはのせていて、10年ほどまえの富士見坂の碑は手描き感いっぱいという感じだったのが、現在のものはだいぶきれいになっていました。

ちなみにこの坂の碑の説明にでてくる「新撰東京名所図会」は1896年(明治29)より発行されたシリーズ本です。(いまさらですけどね・・。)

というわけで、そんな名前のはじまりみたいなことをふつふつと考えていたら、実は「富士山」という名がいつからそう呼ばれていたのかどうか、かなりあいまいに理解していたので、そんなことまでこまかく調べてしまいそうな勢いの今日この頃です。。


住所
千代田区神田小川町3あたり

所在地:千代田区神田淡路町2あたり


かんのん坂と呼ぶそうです。場所は御茶ノ水の新坂(NO.210)のひとつ南側を外堀通りから西へと上っている坂道です。


観音坂(NO.211)1
写真1

まずは坂下からの様子です。
都心部のちょっと駅からはなれた場所によくありそうな感じの風景ですけど、しいていえば坂上に行くほどビルが高層になっていくというのは、あらためてじっくり見てみると、ちょっと珍しい感じかもですね。
またここは一方通行の道なのに道幅はけっこう広めなつくりでした。


観音坂(NO.211)2
写真2

それからこちらは一気に写真1で見えていた奥のほうの勾配が急になっているところまでやってきて、さらに坂上のほうを見たものです。
遠くからみると緩い坂だなあと思ったんですけど、いざこのあたりまできてみると、以外と勾配具合を感じました。
あと、どうでもいいといえばそれまでなんですけど、左側に見えているオレンジ色のシャッターがちゃんと斜面の傾斜にあわせてぴったりと地面にひっついている感じがなんとも日本的な細やかさというかかんというか。

そして、もうひとつは正面の白いビルですかね。
地図でみると全電通ホールと記されてましたけど、なんか気合入ってますね。
首を左に傾げてじっくり見てみると、なんだか階段にも見えてくるところがなんとも良い感じです。(笑)
(こういうつくりのビルがここと同じ感じで坂の傾斜部分の両サイドにあるとちょっと目がまわりそうですけどね。。)


観音坂(NO.211)3
写真3

そういうわけで、あっというまに坂上あたりまでやってきました。

と・・・、あ、むむむ。
今、写真3をじっとみてたら奇妙なものを発見してしまいました。
ここの道路の両サイドにぽつぽつと置かれているガードレールの下よく見てみてください。
なんとH型の断面をした鉄骨造の柱に使われていそうな鉄材の上にガードレールが取り付けられていますよ!
ある意味最強のおもしかもしれないですけど、はたして、どういう経緯で導入されたものなんですかね。。(汗)


観音坂(NO.211)4
写真4

そして、ちょうど写真3の左側にいつもの坂の碑と小さな観音堂がありました。
というわけで、この坂の碑には、
『この坂を観音坂といいます。『東京名所図会』には”新編江戸志に、観音坂は埃坂の並び、むかし、茅浦観音寺やしきありし故に名づくなりと見ゆ。此の坂の上観音院という称する仏刹ありしことは寛永の古図を見ても知らるべし、新編江戸志に観音寺とあるは観音院の誤りなるべし”とかかれています。しかし、延宝(一六七三〜八〇)、元禄(一六八八)の古図には、このあたりに「芦浦観音寺」が見え、名の起こりは観音寺または観音院によるといえます。』
とありました。

あと上の説明だけではちょっとぼんやりとした感じですので、千代田区のHPにもここの坂名についての記述があったので、最後にそれも載せておきますね。
『「本郷通り」から、全電通労働会館とホテル竜名館の間を「外堀通り」に抜ける下る坂です。寛永の頃から元禄の頃までホテル竜名館の所に茅浦観音寺があったことから呼び慣わされた坂の名です。』


地図
千代田区神田淡路町2あたり

フジテレビの大階段1

そういえば、だいぶ前にお台場のフジテレビの展望台に行ったときのことを書いたことあったと思うんですけど、たしか当時はたしかここもぶらりとしたと思います。
けどおそらくおまけみたいな感じで使われていたかなあという記憶しかなかったんですけど、今回訪れてみると、前は上の展望台やら名物の建物内の展示室めぐりにアクセスするのにチューブのような構造になったエスカレーターで行き来したと思いますけど、どうやら最近はこの大階段を通らなければいけないようになっていました。

よくよく考えてみれば、本来の想定していた使われ方をしているのかなあとも予想してますけど、どうでしょうかね。

それはさておき、この大階段の上も下もいちおうフジテレビの施設なわけで、そういう意味では、おそらく今じゃこんな場所の提案してもなかなか実現しそうにないほど贅沢なつくりをしているかもですね。


フジテレビの大階段2

しかも階段上からの眺めも、今でこそ正面にホテルが建ってちらりとしか見えてないですけど、海まで見えるという設定。
そして地図で見てみると、ちょっとだけ軸ずれているっぽいですけど、いちおうこの階段、富士山方向に向かって下るようになっているんですよね。
(このあたりの街区の向きの偶然もありますけど。。)
なので、手前のホテルがもしなかったら今でも時期がうまくあえば、、階段のどっかから富士山見えていたかもしれないですけど、今となってはその真相は闇の中です。(笑)

それにしてもここを歩く方々、みなさん楽しげでした。
もちろんこの上のアトラクションをこれから楽しみにしている人や見てきた人ばかりで、この場所(階段)に興味を持っている人はほとんどいないでしょうけどね・・・。


フジテレビの大階段3

そして、階段の頂上でもあり上の展望台へと続くフロアにて、外海方面をぱちりと一枚。
この日のお台場は快晴でした。
あと、写真よく見てみると遠くには最近完成したばかりのかの特異なつくりの東京ゲートブリッジも見えていましたよ。


フジテレビの大階段4

おまけです。
当日めちゃくちゃ暑かったんで、おもわず撮ってみたものです。。
でも考えてみれば、まだ一ヶ月とすこし前の話なんですよね。。


住所
東京都港区台場2

お台場でのひととき1


まずは、ちょうどこのブログの更新とかぶってしまいましたけど、僕が坂道記事を寄稿しているみちくさ学会で、最新分が今日アップされました。
よかったらどうぞ。
http://michikusa-ac.jp/archives/3582864.html

あと、みちくさ学会の話題がでたついでに、気がつけばけっこう時間がたってしまいましたけど、一ヶ月ほど前にお台場のカルカルで「みちくさ学会の発表会」の二回目のイベントが開催されたんですけど、当日は(なんとなく前回のエントリーなどからも予測されたかたもいたとは思いますけど)、僕もイベントに顔だしていました。
それで今回は特にイベントの感想などは詳しく書きませんけど、その代わりに当日会場内でこっそり撮った写真をすこし前にピカサにアップしておきましたので、気になる方はよかったらどうぞ。
https://picasaweb.google.com/115600521876663816377/LYaKyC


そんなわけで、上の写真はお台場つながりの東京テレポート駅で出会ったキャラたちです。
なんていうか日本で人気のあるゆるキャラはどうしてこう頭でっかちで小人風で足短いんですかね。(笑)

あっ、あと最後にもう一枚。

お台場でのひととき2

こちらもお台場で撮ったもので、カルカルのあるZEPP東京の隣にあるトヨタメガウェブでは当日こんなイベントやってました。
左の道を100キロかそれ以上ぽいスピードでビュンビュんとレースカーが走ってましたよ。
なんていうかあんなゆるキャラがいる一方、こんな具合に過酷なレースにも参加してしまう人たち。
不思議な国ですね。
でもなんだかんだといってレースカーかっこよかったです。(笑)

お台場海浜公園とモノレールのお台場海浜公園駅の間に不思議な階段+造形物を発見しました。


お台場海浜公園そばの謎の階段1
写真1

なにこれ?という感じですが、いちおう階段をすこし上った位置から見たもので、道路の向こうにある緑はお台場海浜公園の敷地内という場所です。


お台場海浜公園そばの謎の階段2
写真2

遠くを見るとこんな感じでした。
冬だったら海も見えたかもしれないですけどね。


お台場海浜公園そばの謎の階段3
写真3

そんでもってまずは、地上レベルからみると第一の踊り場にあたる場所にやってきて、さらに上のほうを見てみたものです。

どちらかといえば、大きめの商業施設なんかにありがちな、階段のぼる→大きな踊り場のような空間→また階段のぼる→そしてまた平らな場所みたいな流れの場所なんですけど、ここではそれに加えて黄色と青緑(黄緑?)の、これ正式にはなんて言うんだったか忘れちゃいましたけど、お寺でいえば鳥居みたいなつくりのゲートがぼこぼこと連続して並んでいるところが、なんか異様な空間という変な雰囲気を醸しだしているというかそんな感じのする場所でした。

まあなんとなく、この色使いやら、各ゲートに照明まで取り付けられている豪華っぷりからもなんとなくバブル期に造られたものなのかなあと想像しているんですけど、どうなんでしょうかね。

しかも奥の階段の途中にはきれい丸くカットされた樹までポンポンポンと左右に3つずつ置かれていたりするのも、なんだかおもしろくて、なぜそんなに気になるかといえば、ここの階段をつかっている人がほとんどいなかったからなんですよ。
詳しくいえばですね、大概はこの西側(写真でいえば右側)にあるジョイポリスなんかがあるかの有名な商業施設に人が流れていて、なんていうかここを通って海浜公園に行く人はほとんどいないのかなあという感じの場所といえそうだからです。


お台場海浜公園そばの謎の階段4
写真4

そしてこちらはゲートの枠の中に入り、そこから上のほうを向いて撮ってみたものです。
個人的にはちょっと目がチカチカしまったかもです。(笑)


お台場海浜公園そばの謎の階段5
写真5

でも反対側からみると、まるで別の場所のようなカラーリングが施されてました。
僕も写真整理していて、え?これ間違えた?と思ったくらいですよ。


お台場海浜公園そばの謎の階段6
写真6

それから、もうひとつの階段を上り、下のほうを眺めたものです。
カラーリングのせいなのか、下り側をみているからなのかどうかわかりませんけど、なんかすこし落ち着いた感じですかね。


お台場海浜公園そばの謎の階段7
写真7

そして最後は、こんな感じでした。
ルービックキューブのように9つに分割された鏡に埋め込まれるようにかのゲートが設置されてました・・・・。

そんなわけで、最後の最後に地図で確認してみると、お台場海浜公園とモノレールのお台場海浜公園駅の間にマルエツがあるのですが、ここはその上にある屋上という扱いになるのかもしれませんけど、なんのためにあるのかちょっとわからない場所だったかもです。

ということは、これもしかしてアート作品と捉えたほうがいいんですかね。。


住所
東京都港区台場1-5

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