東京坂道さんぽ

2012年01月

所在地:千代田区神田駿河台1


こうが坂と呼ぶそうです。
場所は前にとりあげた池田坂(NO.213)の坂下から西へ上る坂道で明大通りにぶつかるまでの道が今回の坂道ということになります。
そしていちおう古地図も確認してみましたけど、この道はいちおう昔からある道みたいです。


甲賀坂(NO.214)1
写真1

そんなわけで、まずは坂下あたりの様子など。
見てのとおりここって坂なの?と思ってしまうくらい勾配具合はゆるく、しかも写真奥に信号見えてますけど、あのあたりが坂上ということで距離も短い坂道です。
また右側には日大の校舎が見えているとおり、このすぐ右側も坂道になっていて上でもあげた池田坂(NO.213)がぼぼんと控えています。


甲賀坂(NO.214)2
写真2

次はさらに坂を上り、坂上のほうを見てみたものです。
左側は広大な駐車場となっていて、さらに奥には明治のリバティータワーがそびえ建っていて、空地に高層ビルという感じでどこぞの再開発地域なんでしょ?と思いたくなるような景色が広がっていました。


甲賀坂(NO.214)3
写真3

またちょうど写真2の右側に日大歯学部の建物があって、その道路際にこんな銅像があったわけですけど、やっぱり無視できませんで、なんとなく日本的な感覚でみると(というか大仏さん想像してですけど)、こんな雨風激しくあたるとこにたてちゃって大丈夫なんですかねなんて思いつつ、でも銅像っていえばやっぱり青空の下にあるもんだよなあと思いなおしてみたりと、まあいろんな考えがぐるぐるとまわりつつ、思わず近寄ってぱちりと一枚。(笑)


甲賀坂(NO.214)4
写真4

そして、一気に坂上あたりまでやってきて、坂下のほうを眺めてみました。
のっぺらりんとした坂道で、都心らしく高層ビルもたくさんあって、こちら側からみると坂下からみた感じと違い、どちらかというと丸の内あたりの雰囲気とかぶってくるというか、そういう気もしてくるんですけど、どうでしょ。


甲賀坂(NO.214)5
写真5

あと、写真4の左側に東京YMCA会館なる施設があるんですけど、ここけっこう有名な施設らしくてHPをみると、「日本では、初めて公にYMCAの「Young」を「青年」と訳し、広く用いるようにした。」なんてことが書かれていて、ほかにもバスケやバレーボールを日本に紹介したのもここに所属していた人たちだったなんてことが書かれていましたよ。ただ個人的には、この建物、僕が大学在学中に学校で教えていた先生が設計されたビルということで記憶していただけだったので、今回、坂道資料をいくつか見ながらあらためて、ほほーと思いなおした感じでした。

ちなみにここにもいつもの坂の碑があり、
『この坂を甲賀坂といいます。「東京名所図会」には”南北甲賀町の間に坂道あり、甲賀坂という。甲賀の名称の起源とするところは往昔、甲賀組の者多く居住せし故とも、又光感寺の旧地をも記されるが云々”とかかれています。どちらにしてもこのあたり甲賀町と呼ばれていたことから名がつけられました。甲賀町の名は、昭和八年(一九三三)から駿河台一、三丁目となりました。』
とありました。

なので、昔はこのあたりは忍者屋敷ということだったんですかね・・・(わかりませんけど)。
でも今はYMCAだったり学校の施設だったりと、まあそのつながりみたいなものはちょっと想像できないものとなってしまったかもですね。

ということで、あとは「甲賀組」というキーワードでここからたらたらとさらに調べたくなってきてしまいましたが、それすると話長くなりそうなので(汗)、とりあえず今回のところはこんな感じです。


地図
千代田区神田駿河台1

ちょっとまえひさびさに近くを通ったので立ち寄ってみました。


道源寺坂&行合坂1
写真1

もう過去にこのブログでも訪れている道源寺坂 (NO.67)ですね。
まえはかなり良い感じの抜け道てきな雰囲気の情緒感ある坂道でしたが、今回きてみると、なんと写真のように坂の右側の敷地で工事がはじまっていて仮囲いなどがぼこっとあって、なんとも痛々しいご様子。
しかもあたりまえですけど、工事中なので、以前のひっそり感はまったくなくけっこう騒々しかったです。 


道源寺坂&行合坂2
写真2

そんなわけで、余計なお世話とは思いながらも、すぐ隣に建っていた泉ガーデンタワーのとある階から、道源寺坂 (NO.67)を見てみることにしてみました。
いちおう坂はお墓のすぐ下のほうを走ってるんですけど、今、工事中の坂側の隣接地は頑丈そうな土留めみたいなものが施されているようで(たぶん)、土でも盛られるのかなあと思いつつも、よくみるとその横は元からあったのか改めてつくられたのかわかりませんけど、坂下と同じレベルくらいのスロープっぽいのが見えていたりと、なんだかんだといって地形的にどう処理しそうなのか今の状況ではなんともよくわからないというのが本当のところですが、とりあえず坂側のほうはうまく計画していただければなあと願うばかりです。


道源寺坂&行合坂3
写真3
ちなみにこちらは高速道路がある大通り側から見た泉ガーデンタワーの低層部分の様子です。(この右側に高層タワーがあります。)
なんだかすごい感じですけど、元々このあたりの地形が手前から奥にかけて勾配になっている場所なのでこんな具合に計画されたのだと思います。
こういう感じは割と嫌いじゃないので、思わず撮ってみました。


道源寺坂&行合坂4
写真4

そして最後は、右に二階建ての高速道路も見えつつ、左に泉ガーデンタワーもみえるというかなり豪快な感じの場所ですが、実は正面の道が行合坂 (NO.63)の坂下らしいということでとりあえずこちらもぱちりと一枚。
行合坂 (NO.63)の場所については坂の碑のある場所からいってもいろいろ迷うところも多く、もしかしたらこのあたりはもう行合坂 (NO.63)ではないのかもしれない可能性もあるんですけど、とりあえず坂上の平坦な場所に対して明らかにこのあたりは坂道となっているので、いちおうそうとらえてみることにしました。

ということで、坂道に囲まれた写真4の左の工事中の建物がどういう感じになるのかちょっと楽しみになってきた今回の坂道散歩でした。


住所
港区六本木1

もう17年ですかあ。
阪神大震災の年に生まれた子ならもう高校生。
しかもいろんな意味で将来のことをちらちらと考えだすおとしごろ。
でもやっぱり僕の中では昨日のことのように思い出すことも多いです。
(知らない方には突然な話で恐縮ですけど、毎年1.17の日には、僕の生まれ故郷である神戸の阪神大震災の追憶記事を書くことにしていますので、ご了承ください。)

去年はあの3月11日の地震もあり、過去の記憶ばかりに注意を払うだけにもいかず、今だから言いますけど、そんな中過去のいろんなフラッシュバックと現実の世界の光景とがオーバーラップして、かなりの精神的なダメージ感みたいなものを受けてしまいまいってしまった時期もありました。
あの当時は僕もまだ21歳だったのでまあいろいろと影響受けやすいしいろんな選択技もありけっこうまじめに考えてしまう時期でもあったわけで、これがもうすこし年齢を重ねていれば社会的なポジションもある程度決まっていたりいろんな意味で諦めたりとまたそれなりの精神的な対処もできたかもしれないですし、逆にもっと若ければそれはそれで他人ごとのように振る舞えたかもしれないですしね。
そういう意味では、現在二十歳前後の人たちも同じような境遇にあるのかもしれないですね。

そんなわけで、今回はそんなことを思いながら、ふと実家に帰省したときに突然思い立ち、過去の記憶をたどる意味もかねて、とある場所にでかけました。


17年1
写真1

こちらは高速道路の橋脚です。
見てのとおりなんですけどね。。
下の道路は国道43号線で、上のは阪神高速です。
場所的には、神戸市東灘区と芦屋市の境あたりになります。
また、ここは僕の実家からも徒歩10分もかからないくらいでこれる場所でもあります。


17年2
写真2

そしてこちらは、17年前の1・17当時の写真で、神戸キッズページのサイト内にあった写真を拝借したものです。
当時はよくこの映像が流れてたと思いますので知ってるかたも多いと思いますけど、高速道路が地震で横倒しになってしまった時の記録写真で、ちょうど芦屋市側から西側方向(神戸市内方面)を望んだものです。
当時はネットなんかなかったので、まわりの状況を把握するのにも時間がかかり、こんな光景が近所でおこってるなんてことを知ったのもおそらく数週間後か一ヶ月くらい後になってからだったような気もします。
ただテレビでそういうのが近所にあるとは見聞きしてもすぐに見に行く元気もなく、たまたま用事で近くを通ったときに一度ばかし見たくらいの記憶しかありません。

そんなこともあり、今回あらためて、この場所がそういう記憶をとどめた場所であるということを再確認する意味で、歩いてみたわけです。
ただよくよく昔の記憶を思い出してみると数年前にもこのあたりを正月に歩いたような記憶があるんですけど、その時はなぜかこういう気持ちにはならずただ素通りしただけだったので、今回なぜこんな気持になったのかは不思議ですけど、まあそのあたりは3.11の影響もあるのかもなあと。

それで話をすこし写真のほうに戻しますと、写真1の左のほうにちょこっと写っている白い外壁のマンション、実は写真2の左上に写っている白い外壁の高層マンションなんですよ。
なので写真1で見えている橋脚は震災当時、ぽっきりと折れていた場所ということになるみたいで、地震の時ここにいれば間違いなく高速道路の下敷きになっていたわけですが、現在は当たり前ですが御覧のようにがっちりと造り直されていてその痕跡らしきものはまったくわからない状態になっていました。


17年3
写真3

またこちらはグーグル画像検索でヒットしたもので、元ネタは朝日新聞『報道写真全記録 阪神大震災』の書籍からの拝借画像のようですが、今回あえて使わせていただきました。(問題あればご連絡ください。)
こちらも同じ場所で、芦屋市側から神戸市方面をとらえた写真です。
ただキッズサイトの画像と違い、高速道路上の車の様子なども写っていてかなり生々しいですが、今年の3.11のいろんな生々しい映像と比べればそれほどえげつないこともないかなあとも思われます。(でも心臓はバクバクとしてきますけど・・・。)


17年4
写真4

そして、最後は神戸市と芦屋市のちょうど境目あたりの高速道路の様子です。
もうおわかりかと思いますけど、ここにみえている4本の柱は震災当時すべてぽっきり折れていた場所のはずで、その証拠といったらなんですけど、いちおう写真4で右から2番目と3番目の柱の間に「鉄」と壁に書かれた三角断面のプレハブ工場ぽい建物が見えているんですけど、これ写真3で探してみると、高速道路の右側に「ぼんち」と書かれた看板のちょっと下あたりにあるんですよね、わかりますかね。
そういうわけで、この時期になると特にうまくはいえませんけど自分の精神を保護するために現実と妄想と過去の世界をいったりきたりしてしまうわけですが、現実世界はなんだかんだといってちゃくちゃくと再構築されていくわけなんですね。


17年5


ということで、去年の3.11があった中でなんですが、やはり1.17の記憶も忘れないようにと思い、ここに書かせていただきました。

なるイベントがこのまえ文京ふるさと歴史館なる場所でやっていたので行ってきました。


坂道ぶんきょう展1

場所的には東京ドームの北側、メトロ本郷三丁目駅が一番近い駅となる場所でまわりにはまだこのブログで取り上げてない坂道もたくさんあったのでそちらに足が向きつつも気持ちでなんとかおさえて(笑)こちらの展覧会に訪れてみることにしたわけですな。
そしてエントランスあたりには、写真のようにけっこう本格的なポスタ―が設置されていて、ふーむふーむ。


坂道ぶんきょう展2

また会場入口あたりにはおそらく記念撮影用のパネルらしきものもありました。
ここ来る前はもっと閑散としたものかなあと予測していただけに、会場もきちんとしていて図録もあったりと、けっこうな力の入れようだったのでちょっとびっくりという感じでした。

また展覧会の内容も文京区の坂道をこのブログでとりあげたのはおそらく半分いったかいってないくらいだったので、なんだかんだとといってまだ歩いていなくて名前だけしかしらない坂もけっこうあり、かつての坂道浮世絵なんかでも知らないものもあったりとなかなか参考になったかもです。
あとは会場内で黙々と黙って展示物を見る若者に対してご年配の方々(団体客や夫婦)が口々に昔歩いた坂のコーナで立ち止まり長々と思い出話を語り合っていたのはなかなか印象的でしたよ。

なんていうかとにかく学術的に坂道を調査して、その成果を展覧会でみせるとこんな感じになるのかなあと思いつつ、僕ならここはこうするかなと思うところも多々ありましたし、30代の今しか見えない風景やものことだってあるはずなので、そのあたりは今後のブログの記事をお楽しみにということでお願いします。

あっ、あと展覧会の内容に感動してしまっておもわず会場のスタッフのかたにこの坂道ブログのことをお知らせしてしまったんですけど、そういうのってまずかったですかねえ(笑)。
とりあえず見てくれてるとうれしいなあ。

ということで、今日はさらりとこんな感じです。


住所
文京区本郷4

まずは、あけましておめでとうございます。


文京シビックセンターからの富士山1

で、いきなりの写真ですが、こちらはタイトルにもあるとおりちょっと前にメトロ後楽園駅近くにある文京シビックセンターに立ち寄ったときに、撮ったものです。
とりあえずこの施設はだいぶ前にも登場したことありますし観光スポットでもあるので知っている方も多いとは思いますけど、ここの25階に展望ラウンジなる場所があってさらに無料でぶらりとできるというなかなかありがたい場所だったりします。

そして今回は前の時と違って、偶然にも富士山を遠くにみることができました。
写真ではちょっとわかりにくいかもしれないですけど手前の高層ビルと奥の新宿にある都庁とのあいだに見えていたりします。


文京シビックセンターからの富士山2

いちおうわかりやすくするため、同じ写真にちょっとした処理をしてみました。
とにかく富士山を見ようと狙ってきたわけでなかったので、かなりのお得感あったかもです。


文京シビックセンターからの富士山3

また展望ラウンジをぐるりとすると、今度は富士山の方向とは反対方向にスカイツリーも見えていました。
まわりのビル群とのコントラストもものすごく、かなりの近距離感でした。
(あとは上空に月も写ってるんですよ。)
とにかくここからのスカイツリーの眺めはおすすめだと思いますので、まだ見てないかたは訪れてみるといいかもですよ。

というわけで、今年もぼちぼちとぶらり坂道散歩を続けていきたいと思っていますので、気楽にお付き合いください。


住所
文京区春日1

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