東京坂道さんぽ

2012年09月

みちくさ学会に記事掲載されてまーす。

さて最近、急に思いついたんですが(汗)、せっかくなので今回の分からいつもお世話になっているみちくさ学会で掲載された坂道記事のお知らせを軽くこちらでもエントリーしておくことにしますね。
いままではなんかのついでにお知らせという感じが多かったとお思いますが、数もそれほど多くないので今回からは独立エントリーという具合ですかね。

というわけで、今回のみちくさ学会での最新記事は、
大田区仲池上の神社の名前に由来する眺望坂
を取り上げてみました。
よかったらどうぞ。


あっ、そうそう今日は台風で各地が大変なことになりそうですが、みなさんお気をつけください。
では。

今回はこの前とりあげた大尽坂(NO.233)から北に徒歩1、2分のところにある無名坂を取り上げてみます。

場所的には大尽坂(NO.233)の北側に位置し、ほぼ平行に同じく東に向かって上る坂道です。


大田区仲池上2丁目の眺望坂1
写真1

まずは坂下からの様子など。
なんとなく雰囲気が新しい感じというかそんな風な坂道ですが、勾配具合はけっこう急でした。


大田区仲池上2丁目の眺望坂2
写真2

写真1で見えていたカーブするあたりまで坂を上り、さらに坂上のほうを見てみました。
ここも距離的には短い坂道なので、もうこのあたりから坂上の頂上のほうも見えていました。
まわりは落ち着いた住宅街といった雰囲気だったかもです。


大田区仲池上2丁目の眺望坂3
写真3

あと、坂をもうすこし上ると、途中にこんな具合にけっこうな高低差というか急勾配の階段がありましたよ。
方角的には南方向に上っています。
おそらく階段の頂上あたりが、この坂の頂上の高さと同じくらいだと思われますが、こうしてばっと見るとかなりの高低差あるんですね。


大田区仲池上2丁目の眺望坂4
写真4

そして、一気に坂上までやってきて坂下方向を眺めてみたのがこちらです。
やはりここまでくると坂下との高低差もかなりのためか景色ひらけてましたよ。
しかも写真4の右側はテニスコートというなかなか優雅な感じの場所でもあります。
あと、ネット情報(坂学会などその他)によれば、この坂からもこの頂上からか坂の途中からか、時期があえば富士山が見えるそうですよ。
ただ、細かい場所については、写真4でいえばひらけている場所の右側よりに見えるはずなのですが、ネットに流れている富士山写真を見る限りではちょっと特定できなかったので、これはまたのちほどの宿題ということでお願いします。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
大田区仲池上2-1あたり

だいぶ前のエントリー「東京人から」の時から、いくつか気になる坂道本やらその他の関連本やらがけっこうでているみたいですので、今回はそのまとめがてらひさしぶりに軽く紹介エントリーでもしてみたいと思いますね。



東京人 2012年 08月号
おなじみの雑誌、東京人ですが、この号では地形に着目して特集が組まれています。いろんな切り口で地形散歩するためのヒントが満載の本ともいえるかもですね。またこの坂道ブログをよく読んでくださっている方なら一度は目を通しておくのもよいかもですよ。



東京人 2012年 10月号
同じく雑誌、東京人の今月の特集号です。愛宕山にはじまり都心の低山を主にリストアップして、これまたいろいろな視点で散歩(または調査)するためのヒントを満載している本ですかね。また最近の自分は(この坂道ブログを読んでもらえばわかるかもしれませんが)、どちらかといえば、こちらの視点を気にしつつ坂道とのレイヤーすりあわせしているような気がしますよ。そしてこちらも同じくこの坂道ブログ読んでくださっている方にはとりあえず一読をおすすめします。



江戸と東京の坂
「江戸の坂」の著者でもあり、日本坂道学会会長でもある山野氏の本ですね。昨年の9月にでたばかりの本のようです。前著と比べてもカラー図版が多くなり、江戸切絵図と現在マップを見比べれるマップがついているなの坂道ファンにはかなり参考になる本です。


凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩
「東京スリバチ学会」の代表者の方の著書です。どちらかといえば、専門家、土地開発者の視点というかそういう延長線上でスリバチに着目していろいろ調査して書いてみた学術本というか個人的にはそういう印象を持ってしまった本ですが、地形散歩初心者の方にもとっつきやすくわかりやすく書かれているので一度は読んでおくとなにかのヒントになる本だと思います。



東京の階段
こちらはけっこう前に出版された本ですが、かなりおもしろいです。写真も多いです。この坂道ブログでいえば、無名坂にあたる階段坂道をひたすら調査して集められています(時には坂名のある階段坂道もでてきますが)。とにかく分析とかなんとかあまり気にせずに階段ばかりを集めている感じがすごく好きです。そしてこの調査の数と写真、各階段の解説(エッセイ?)には頭が下がるばかりですよ。



坂の町・江戸東京を歩く
こちらもけっこう前から出ている本ですが、まだ紹介していなかったのでとりあげてみました。こちらは他の坂道関連本に比べると写真はあまりなく文章で勝負している印象を受ける本ですかね。また著者の方が歴史に興味があるというか専門の方みたいなので、そちらの視点をかなりふまえた坂道解説が満載で、その点でいえば僕も最近はかなり影響受けてるかもです。


ということで、ほかにもまだあるのかもしれないですが、とりあえず目についた本についてピックアップしてみました。またそのうち続編あるかもですが、今回はさらりとこんな感じです。。
それにしてもリンク作業しててはじめて気がついたんですけど、アマゾンさんのページで各本かなりの割合で品切れ状態になってるんですね。。まだ持ってないのもあるのに・・・・。(図書館で借りて読んだだけというのも中にはありますです、汗)

追伸:なんかさっそく本の表紙が表示されてないのもあるみたいですけど、そのあたりはスルーでお願いします。。

所在地:大田区仲池上2-5あたり


だいじん坂と呼ぶそうです。
場所は西馬込駅から西へ5分から10分くらいの間の場所にあり、坂上あたりにある馬込中学校のほうから坂下の大森第10中学校へ東に下る坂道となっていました。



大尽坂(NO.233)1
写真1

まずは、坂下からの様子など。
勾配具合もなかなかきつく、道幅も車2台くらいがちょうど通れそうなくらいの道幅の坂道でした。


大尽坂(NO.233)2
写真2

次は坂をすこし上り、坂下のほうを見たものです。
とにかく舗装具合やら歩道のブルーのペンキ舗装などけっこう坂道的には丁寧に整備されているようで、その具合は坂下のほうの道路の整備具合と比べてみても一目瞭然といった感じでした。

またここからも見えていますが、ここにもいつものように坂の碑があり、『昔、大尽(財産をたくさん持っている人)が、このあたりに住んでいたということで名付けられたという。』と書かれてありました。

あと、大田区のHPにも坂名の由来についての説明があり、
『仲池上二丁目2番と5番の間を東へ上がるかなりの急坂。昭和初期に行われた耕地整理によってできた坂道であるといわれています。坂名は、その昔大尽(財産をたくさん持っている人のこと)がこのあたりに住んでいたということで名づけられたと伝えられています。この大尽が誰であったかについては、諸説があり明らかではありません。』とありました。
ですので、ここは江戸からの坂ではなく昭和初期にできた坂道ということのようで、そんなことからも道幅なども住宅街の中の坂道の割に広めなのかもしれないですね。


大尽坂(NO.233)3
写真3

さらに坂を上り、坂の中腹あたりまできてみると、ここからも坂上の頂上あたりが見えていました。
もうこのあたりまでくると、まわりは閑静な住宅街といった感じでした。


大尽坂(NO.233)4
写真4

そして、最後は坂上からの景色など。
坂下からかなりの高低差になっているためか、まわりの景色もけっこうな具合で見えていました。
またこの坂上からの軸線は地図でみた感じでは東に向いていることもあり、ネット情報ではこの坂から富士山が見えたという情報はなかったのですが、やはりここの地形具合や高低差などから想像してみても、もしかしたら写真左側のレンガ色の建物が2階建てくらいのものだったならば、ちょうど屋根のむこうあたりに富士山見えたかもしれないんですよね。
ですので、確定ではないですがこの大尽坂も隠れ富士見坂としてメモくらいはしておいてもいいような気もしますので、この坂もいちおう富士見坂カテゴリーとして扱っておくことにしますので、あしからず。


地図
大田区仲池上2-5あたり

9月11日のテレビニュースなどでは、あの3.11からちょうど一年半をむかえるということで、けっこう被災地の特集くまれていましたが、そういえば3.11とは直接関係ないですが、ほんの一週間ほど前の9月1日の防災に日に前にもブログ記事(そなエリア東京に行ってみた。)でとりあげたそなエリア東京に再びぶらりと行ってみたわけですが、そこででちょっと気になるパネルが期間限定で展示されていました。


11そして防災の日1
Web171

まずは、こちらですかね。
ネットの災害伝言板の説明パネルです。
携帯各社の災害伝言板があることは知っていたのですが、NTTが運営しているものもあったんですね。
いちおうサイトも確認してみましたが、こちらは当たり前ですけど、災害時になるまではサービスを提供しないことになっているみたいです。
→ 災害用伝言板(web171)


11そして防災の日2
火災による被害

そして、次はさらりと描かれてますが、中身はけっこうインパクト大のパネルもありました。
関東大震災当時の火災による被害状況をパネル化したものでした。
延焼動態図と左上に書かれてますが、まさに火災の延焼の広がり具合やら動き、そして規模などが描かれていて愕然としてしまいました。
今でも都内には消防車も通れないような幅の狭い道もあいかわらず多いのに、昔ならもっとあっただろうし(そもそも消防車があったのかという話もありますが)、木造の建物も多かったのでこうなってしまったのでしょうが、これはひどいですね。
しかも最近、文庫化されたばかりの、田山花袋の「東京震災日記」を読んでいたので、当時の状況がすこしばかりですが想像もできたので、目の前にあるのは矢印だらけの地図パネルなのですが、ほんと見ててつらくなってきてしまいました。


11そして防災の日3
復興と公園

ただ現在は、そういう過去の教訓もあってか延焼をふせぐ公園が都内にはたくさんつくられているようで、そういう公園が焼失エリアにどれくらいあるのかという公園マップというか分布図がパネルに描かれていました。
ですので、さっきの「火災による被害」のパネルなどで、火災の時に風向きや延焼具合も記録されていることからも、普通に考えればこれらの史実も考慮にいれてこれらの公園がつくられているのかもしれないわけですよね。
というかそうあってほしいわけですが・・・。


というわけで、今回もさらりとこんな感じなのですが、実はこれらのパネルは、東京臨海広域防災公園(そなエリア東京)のサイトを見てみると、「防災の日〜関東大震災を忘れない〜」というタイトルで紹介されていて、9月23日まで展示されているそうですよ。
ただブログでとりあげておいてなんなのですが、現地では見た目的にはパネルがさらりと横に並んでいるだけですので、これ目当てで施設に行くと、けっこうがっくりするところはあるかもしれないので、お台場になにか用事があるかたで防災に興味があるかたなら行けばいいんじゃないのかなあという感じですかね。
そんなわけで今回は、これらのことを記録しておく意味も兼ねてのエントリーでしたのであしからず。

今回も無名坂です。
そして、やっと坂道です。


大田区山王4丁目のひっそりとした坂道1
写真1

まずは坂上からの様子など。
見た感じはなんてことない抜け道ですが、まさにそのとおりの坂道でした。
ただ散歩当日はなんとなく山道ぽくもあり、このひっそり感と緑率の多さなどその他諸々のことが気になり思わずぱちりと。
なんというか現地ではなにかすごく引き込まれる感じだったんですよね。

あっ、あと場所ですが、ここは前回とりあげた「大田区山王の厳島神社へ下る階段」の坂上から南東に徒歩1分くらいの場所にあり、写真1の坂上の場所から東に向かって下っている坂道でした。
(ただ、写真だけでは下っている感じがちょっとわかりにくいのでなんですが。。)


大田区山王4丁目のひっそりとした坂道2
写真2

そして、こちらは一気に坂下までやってきて、坂上のほうを眺めてみたものです。
右側はちょっとした崖になっていて前の記事(大田区山王の厳島神社へ下る階段)でもとりあげた厳島神社と一体になった公園の敷地もすぐそばの場所のようでした。
そのためかここは左から右に下る崖地を削ってつくられた道のようで、右はフェンス、左側もこれまた擁壁という具合に、まわりが住宅街にもかかわらず坂上から坂下にかけて家の出入り口とまったく接していない具合がなんともめずらしい坂道なのかもなあなんて思ったりもしたわけなんですよ。

ちなみに写真ではけっこうな勾配具合に見えていますが、おなじみのマピオンで高低差を計ってみたところおよそ3m(坂上16m、坂下13m)という具合でした。(なんかこの数値もちょっと違うような気もしますが・・。)

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
大田区山王4-23あたり

またもや無名坂です。
で、場所ですが、今回の坂は前にとりあげた「大田区山王3丁目の眺望階段」の坂上から北に向かう道をすこし歩くとあり、そこから北に下り、坂下には厳島神社という公園と一帯になった神社があるというこじんまりとした抜け道的な階段坂道です。


大田区山王の厳島神社へ下る階段1
写真1

まずは坂上からの様子など。
もう坂上からいかにも抜け道ですよーという匂いのぷんぷんする階段坂道でした。
また遠目に見えている街の景色というか見え具合もなんか良い感じでしたよ。


大田区山王の厳島神社へ下る階段2
写真2

すこし坂を下り、坂下のほうを見てみました。
家と家のあいだを無理やりに階段にしてみたという感じもなくはないですが、この階段の痛み具合や左側の擁壁の経年劣化具合からするとけっこうこの階段古いかもですね。
ただ、その割には階段右側の銀色の手摺がぴかぴかしていて新しい感じなのが気になるところですが。。


大田区山王の厳島神社へ下る階段3
写真3

さらに階段を下り、今度は坂上方向を眺めてみました。
このカクっと曲がる感じとか、正面の緑の無造作な管理具合とかが、けっこう良い感じで混ざってて特徴的な坂道風景つくってました。


大田区山王の厳島神社へ下る階段4
写真4

で、一気に坂下あたりまでやってきました。
ここでも手摺が、気になってしまいました。
左の立派な銀のものに対して、右側の無骨なパイプ手摺のコラボがこれまたなんともいえないというかなんというか。


大田区山王の厳島神社へ下る階段5
写真5

そして、すぐそばには、厳島神社なる神社と公園があり、実はここ、厳島神社の本堂部分が写真5のような感じで、島になっていて、そのまわりに公園があるという名前もさることながら、神社のつくり自体も一風変わったものになっていました。


大田区山王の厳島神社へ下る階段6
写真6

またその近くにはこんな案内看板もありました。
室伏高信なる方がこの近くに住んでいらしたようですね。
なので、このあたりも馬込文士村の一郭として捉えてもいいのかもしれないですね。


大田区山王の厳島神社へ下る階段7
写真7

最後は、今回の神社のまわりの池を弁天池というそうなのですが、そこでまさに甲羅干しならぬ日光浴していた亀がけっこうな数いたので思わずぱちりと。


住所
大田区山王4-21あたり

またまた無名坂です。
でも今回のは前回に比べてちょっと有名かもという階段坂道の話です。

場所は、前回の「いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂」の道ひとつ向こうのすぐ北隣にあり、西に向かって上っている階段坂道です。


大田区山王3丁目の眺望階段1
写真1

まずは坂下からの様子です。
前回の「いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂」とは坂下でつながっていて、ここからなら徒歩1分くらいで行き来できてしまうくらい近い場所にあります。
坂道というか階段自体も前とは違い、ほぼ一直線で見てのとおり勾配はかなりきつめの坂でした。


大田区山王3丁目の眺望階段2
写真2

次は階段を踊り場2つ分くらい上がって坂下のほうを眺めてみました。
おそらくこのあたりまでで、高低差は建物3階分くらいはありそうでしたよ。
あとは手摺が地面にでなく壁に取り付けられているのが、なんか外の手摺っぽくないのかなあとか思ってみたり。


大田区山王3丁目の眺望階段3
写真3

で、写真2と同じ位置よりちょっと視線を上げて遠くのほうもみてみました。
もうすでにこのあたりから良い感じで景色ひらけていましたよ。


大田区山王3丁目の眺望階段4
写真4

こちらは写真3の場所より上にもう一段踊り場があったので、そこまで上り、同じく坂下方向を見てみたものです。
もうすでに坂下あたりからはものすごい高低差になっていましたよ。

ちなみにこの階段風景、ちょっと見覚えある人いないでしょうか?
実はここ、雑誌、東京人の2012年8月号特集の地形散歩・大森山王のページでもなにげに取り上げられているんですよ。(写真では著者の方も写っていますけど。)
なので、この階段、無名坂とはいえ、実は知る人ぞ知る坂というか階段だったりするわけなんですよ。


大田区山王3丁目の眺望階段5
写真5

いちおう写真4と同じ位置より、さっきと同じく遠目の景色を眺めてみました。
なんだかどこぞやのマンションの上層階からの風景のように見えてますが、こちらはれっきとした地面からのものなんですよ。


大田区山王3丁目の眺望階段6
写真6

そして、最後は、坂上からの景色など。
坂下のほうははるか彼方といった感じでしたよ。
もう高低差も測るのも恐いくらいです。
でも念のためというか興味本位で、前に登場したマピオンで標高差をはかってみると、なんと13m(坂下10m、坂上23m)とのこと。
ということは建物でいえば4階分くらいですか?
うーん。
なんかそれ以上ある感じですけどね。
まあ、とりあえずそのことはさておき、もうひとつここのおもしろいところは、ネット情報(坂学会など)によれば、ここからも時期があえば富士山見えるそうですよ。
位置的には、正面の電柱の左に斜線制限のため斜めに壁が削られた形をしているマンションが見えていると思うのですが、富士山はちょうどそのマンションのむこうに見えるはずなんですよ。
なのでじっくりと見ると写っていませんかね。(冗談です、笑。でもなんかそれらしき影が見えなくもないような感じも。。)

ということで、今回はこんな感じです。


住所
大田区山王4-29あたり

今回も無名坂です。
このあたり、無名坂で気になる坂多すぎです。〈笑〉


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂1
写真1

というわけで、まずは坂下あたりの様子など。
場所は、前回のエントリーで取り上げた「馬込文士村散策コース道中で見つけた無名坂」の写真3の坂をつらつらと上っていくと、この風景に出会うことになります。
なので、坂下とはいえ、環七あたりの場所からするとすでにけっこうな高低差の場所のはずなのですが、今回の坂はさらにそこからこのように、さらに急勾配で上っていく坂道となっていました。

しかも左右の階段やら手摺やらも意味不明な位置につくられていて、どちらかといえば左右の家の入口に向かうための専用階段といったほうがいいかもしれないぐらいだったかもです。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂2
写真2

すこし坂を上り、坂下のほうを見てみました。
こうしてみるとこの坂の急勾配具合がわかりやすいんじゃないですかね。
正面の建物と高さ比べをしてみても、どうやら3階床分くらいの高さはありそうな感じです。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂3
写真3

さらに坂を上ったところからの坂道風景です。
なんか景色もすこしひらけてきた感じですかね。
また高低差具合も坂下からなら建物四階分くらいという普通に考えれば恐いくらいの高さになっていました。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂4
写真4

でも坂上のほうを見ると坂は勾配具合は緩くなったとはいえまだ上がり続けていました。
しかも右側には車見えてますね。
ということは、これまでのこの急坂にもかかわらず車で上り降りされている方いるんですね。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂5
写真5

こちらはさらに坂を上り、坂下のほうを見てみたものですが、坂は途中でくねりと曲がっていたため、もうすでにここからは坂下の様子を確認することはできませんでした。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂6
写真6

写真5とだいたい同じ位置よりさらに坂上のほうを見てみると上のほうにやっと頂上あたりの様子が見えてきました。
しかもここで写真手前のような6段のちいさな階段が存在している感じがなんともいえない雰囲気だしてました。


いろんなバリエーションが楽しめる眺望坂7
写真7

そして、最後は坂上からの風景です。
かなりひらけていて遠くのほうまでかなり見えていました。
またこちらは、ネット情報(坂学会など)によれば、写真7の正面左の電柱の左か右のどちらかあたりに、時期があえば富士山が見えるそうですよ。


住所
大田区山王4-32あたり

この坂を取り上げてしまうと、この界隈の無名坂のほとんどを取り上げてしまいかねないことになる可能性もありますが、今回はあえてあまりに普通な感じだけれどちょっと気になった階段坂をリストアップしてみました。


馬込文士村散策コース道中で見つけた無名坂1
写真1

いきなりですが、こちらが今回の坂を坂下から眺めてみたものです。
場所的には、右近坂(NO.232)の坂下あたりから西にすこし歩くと環状7号線にでてくるのですが、今回の坂は環7からほんのすこし西へ歩いたあたりにあります。
そして、なぜこの坂を選んでみたかといえば、まず馬込文士村のサイトに“馬込文士村散策マップ”の散策コースのメインコースとしてこの道を通ってみてくださいと書いてあり、実は散歩当日はこの散策コースのことは知らずに適当に歩いていたわけですが、こういうのは偶然というかなんというかちょっと街並み道の雰囲気を気にしながら歩いていると以外とわるくない方向を選んでいるというか、そんな具合にたまたま散策コースどおりに歩いていて、そこにこの階段があったことがかなりの理由です。

で、坂自体に話をもどすと、この階段で見た目的に気になるのはやっぱりきらりんと光っている手摺ですかね。
古めかしい階段(しかも傾斜が途中で変わっています)に新しい手摺。
もうそれだけで、なにやらここが地霊的にもなんか気にしてみてねと言われているような場所なのかもと思ってしまうわけなんですよ。
また、ちょっとまわりの家と比べてみても、この階段の道幅、どうやら家の敷地を削ってつくりましたという感じではなく、昔からある道ぽい雰囲気ですよね。
まあ、そんなこんなで思わずパチリとしてみたわけなんです。


馬込文士村散策コース道中で見つけた無名坂2
写真2

今度は一気に坂上からの眺めなど。
あえていえば、両サイドの塀がなんか良い感じですかね。
しかもよくみると、左側の塀は段々になるように塀がつくられたあとにブロックをはずしたみたいで、針金みえてますよね。
こういうダンダンをつくろうというこころくばりはなんかうれしいです。


馬込文士村散策コース道中で見つけた無名坂3
写真3

そして、写真2の右側は、こんな具合に急坂でした。
道幅も狭くなんとなく古めかしい感じがちょっと不思議な雰囲気だったかもです。

というわけで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
大田区山王4-20あたり

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