東京坂道さんぽ

2013年04月

前回に続き、泉ガーデンの話など。


泉ガーデンの階段いろいろ1
写真1

泉ガーデン内のあの壮大な階段をぷらぷらしていたらなんと階段から写真1のような草が生えていました。
これは雑草なのか?とはじめは思ったわけですが。。


泉ガーデンの階段いろいろ2
写真2

別角度から眺めてみたりもしたわけですが、どうやら生え方にも規則性があり、どうも人が後で植えた可能大のようす。
とにかくこんな大胆に階段と共生している植物は坂道散歩してからはじめてかもという感じだったのでちょっと驚いてしまいました。


泉ガーデンの階段いろいろ3
写真3

いちおう写真1・2と同じ場所から坂上方向も見てみるとこんな感じでした。
なかなかの高低差ですね。
でもこんな階段つくるくらいならなんか建ててお店でもしたらいいのにと思う人ももしかしたらいるかもしれないですね。

そこでこの泉ガーデン、なんでこんなつくりになったのだろうと調べてみたら、この施設を設計した日建設計のサイトにここのことがちらりと取り上げられていて、サイトに書かれていることをいろいろ統合してみるとですね、この場所というか斜面は昔からあった地形を参考にしてこういう形になったようで、この階段をとんとんとんと上っていくとこの写真3に対して左右に走っている昔からある尾根道があり、そこから階段下のメトロ六本木一丁目駅のコンコースまでの全長200mそして高低差20mの斜面を再開発してこういう場所ができたとのことで、それを「アーバンコリドール」というなんともわかりにく名前がつけられていますが要は“都市の通路”なる場所がつくられたということだそうですよ。
なんていうかこういう一見無駄そうに見える庭というか外部空間の辻褄をあわせるというのもいろいろと大変なのですね。

ちなみにこのアーバンコリドールとこの階段の関係については日建設計のサイトの「地下コンコースに光と緑を取り込む」というページの最後の図(断面図)がわかりやすいかもです。
そして、同じページの3枚目の図(真ん中あたりの地図)なんかもあわせて見てみるとこのあたりの広域計画とこの階段のあるアーバンコリドールがどんな関係にあるかなんてのもちょっと見えてくるおもしろい図なんですけど、こういうこと想像しながら新しくできた階段をあらためて見るというのもなかなか面白かったりするのですよ。



住所
港区六本木1-6

泉ガーデンタワーの庭の空中坂道1
写真1

いきなりですが、場所はメトロ六本木一丁目駅のそばにある泉ガーデンタワー(このブログでもたまに取り上げていますけど)内の泉ガーデンの最北部にあった坂道です。
実際にここを歩く時は、もう坂道としてしか感じられない場所なんですが、実は横から坂全体を眺めてみると写真1のように歩道橋のような構造になっていたりするのですよ。
なのでこの歩道を奥の工事中のビルの側の地形と一体になっているかもしれないのでここは坂道と言い切ってしまうのかそれとも見た目どおり建築的なスロープまたは歩道橋としてまとめていいのかは意見がわかれそうですし、僕自身も断定はさけたいところですが、とにかくなんだか気になりました。


泉ガーデンタワーの庭の空中坂道2
写真2

そしてこちらが写真1の人工坂道の坂上からの風景です。
右側に泉ガーデンタワーがあるわけなんですが、そちらは軽くスルーするとしてですね、左側には前に書いた記事(とある街の風景(道源寺坂&行合坂))でもちらりとでていますけど、泉ガーデンタワーの上層階から見えていた工事中のビルが隣接していて、そのため仮囲いがびっしりとつめられていてちょっと不思議な光景になっていたかもです。


泉ガーデンタワーの庭の空中坂道3
写真3

いちおう坂下のほうにも行って坂上のほうも見てみました。
こうみるとけっこう高低差もありそうな感じでした。
あとは地面のタイルがきれいに敷きつめられているなーと関心しながらも遠くには首都高の壮大な景色も見えていてこれまたしつこいですがなんか心にひっかかる風景というかなんというか。


泉ガーデンタワーの庭の空中坂道4
写真4

最後は坂下からの人工坂道の全景など。
それにしても右側の建設中のビル、2012年01月にブログで取り上げたころはまだ更地だったのにもうこんなにできあがっているんですね。
まあ、はたからの立場としては頑張ってねえーというしかない感じですかね。。

ということで今回はこんな感じです。


地図
港区六本木1-6

しかしまああれですね。
今回は神社内の階段が現地ではかっこいいなあと思い歩いていたのですが、帰ってから軽く調べていたら現地では気がつかなかったけっこうおもしろい史実がでてきたのでそのあたりのこともまじえながら。

場所は前回取り上げた「大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂」の坂の途中の道を南にすこし下ると湯殿神社なる神社があるんですが、今回はそこの境内の無名階段です。


馬込城と湯殿神社の階段1
写真1

まずは「大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂」から歩いてくると道沿いからこうま児童公園なる小さな公園が見えてきて、ふと奥をみると写真1のような感じで湯殿神社の本殿が見えていました。


馬込城と湯殿神社の階段2
写真2

気になり境内に入ってみると途中には写真2のような味のある階段もありつつ。


馬込城と湯殿神社の階段3
写真3

本殿の前には写真3のような階段もありました。
右の大木の育ち具合といい階段との関係といいなかなか良い感じでしたよ。


馬込城と湯殿神社の階段4
写真4

また写真4はすこし位置はもどりますが、本殿のそばから坂下のほうを眺めたものです。
こうみると坂下まではけっこうな高低差具合で、右側の社務所の屋根がいい感じのつくりでこちらも気になるところでした。


馬込城と湯殿神社の階段5
写真5

そして、一気に坂下の神社の入り口までやってきて坂上のほうを見てみました。
手前の階段のなんとも古そうなつくりと鳥居の奥のうっそうとした緑と大木がこれまた良い感じの風景つくっていたかもです。

そしてそして、実は湯殿神社の史実を軽く検索していたら、なんとこのあたりにはかつてお城があったそうなんですよ。
それがタイトル名にも加えたように馬込城というそうで、大田区のHPにも馬込城跡として説明があったのでそのまま抜粋するとですね、
『戦国時代の後北条氏の家臣である梶原助五郎(三河守)の所領で、東は北野神社(南馬込二丁目)、西は湯殿神社(南馬込五丁目)、南は臼田坂下(中央一丁目、中央四丁目)、北は大田区立馬込図書館(中馬込二丁目)までに及ぶ中世城郭でした。城の構えは周囲が急な崖で、周辺の谷に沼を配し、敵の侵攻に備えていました。特に西側の部分はかつて根古屋ねごやと呼ばれ、このあたりが城主の館の跡と伝えられています。写真は湯殿神社に隣接する湯殿公園の様子です。城の遺構は残されていません。』
とのこと。

そこで、湯殿神社と前にとりあげた臼田坂(NO.231)以外の北野神社、大田区立馬込図書館の場所はどこだろうと思い、地図におとしこんでみたものが次の地図です。


馬込城と湯殿神社
馬込界隈の地図


おそらく紫の点線で囲んだあたりがかつての馬込城の城郭だったエリアのようですね。
それで、肝心の馬込城のほうは、もちろん今はないのですが、こちらの東京都の城というサイトの説明によると今回の湯殿神社のすぐ東隣、しかも前回とりあげた「大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂」も含めた場所にあったみたいなんです。
なのでこの無名坂の坂上からの風景は、かつてあった馬込城からの眺めとかぶっているところはあるかもですね。

というわけで、よくよく考えてみるとかつての馬込城は、「大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂」とその北側にある南坂(NO.239)の間にあったということになりますかね。
むむー、現地ではまったく気がつきませんでしたよ。南坂(NO.239)の坂の碑にこれ書いててくれたら気がついたんですけどね。(笑)


地図
大田区南馬込5-18

また期間が空いてしまいましたが、また馬込界隈の坂道の話にもどりまして、今回は南坂(NO.239)の坂上あたりから南へ少し歩いたあたりに坂の途中から富士山が見えるという場所があるということで、ついでに寄ってみました。


大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂1
写真1

いきなりですが、こちらが坂上からの様子です。
坂上あたりはかなり平坦でした。


大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂2
写真2

ただ写真1の左側はちょっとした高低差のある場所になっていて、たまたま駐車場だったこともあり、景色が開けていました。
歩いていた時は、おお!この向こうに富士山が見えるのかもと思ったのですが、地図で方向を確認するとどうやら違う方向を見ていたようでした。。
ちなみにタイトルにでてきた大田区立郷土博物館は写真でいえば左側の緑でいっぱいのあたりにあるようでした。


大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂3
写真3

さらに坂下の方へすこし歩くとやっと坂らしく勾配がすこしでてきました。
そして、ネット情報などによると、むこうに見えている屋根と空の境界線あたりにどうやら富士山が見えるらしいのですが、今回は見えずじまいでした。
でもこのあたりは両サイドが住宅街しかも背の高いマンションもなかったので歩いていて気持ちよかったです。


大田区立郷土博物館の北側にある眺望坂4
写真4

そんなわけで、坂道は写真3の場所からまだまだ下っていたので、とりあえず坂下のほうまできてみて坂上のほうを見てみたものがこちらです。
このあたりまでくると高低差感もわかりやすくなっていたかもです。

というわけで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
大田区南馬込5-9あたり

そういえば最近は前よりも坂道の舗装具合も気にして見るようになったんですけど、この前のテクテクさんのイベントのコースの下見がてらぶらりとした時にちょっと気になったことでも。


坂の舗装あれこれ1
写真1

まずはこちら。
狸穴坂 (NO.61)の途中にあった舗装です。
この矢印タイプのオレンジ色と黒のアスファルト舗装、最近の坂道散歩では見なかったタイプですかね。
たいがいはオレンジならオレンジ一色のパターンが多いのですが、ここは違っていて、もしかしたらこのほうがコスト安いとかそういうことなんですかね。
とにかく謎の舗装タイプでしたが、見た目にはけっこうかっこいいので、細かいことは軽くスルーしますかね。


坂の舗装あれこれ2
写真2

あともうひとつはこちら。
永坂 (NO.99)の途中にあったけっこう高級な感じのマンションの駐車場が外の道路から見えていたのでちらりと観察してみると、なんと手前はまあすこし勾配があったのですが、奥はほぼ平坦にもかかわらずのジャノメタイプの舗装でした。
ちなみに坂道でいえば、ジャノメタイプの舗装といえば急坂なのですよ。
ただここ、当たり前ですけど私有地の中なので建て主の好みやメンテナンスのことなども関係あるかとは思います。
でもやっぱり気になりますねえ。
しかもこういうマンション内の駐車場もたまに気にして見てるとこういうパターンけっこうあるんですよ。
そういうわけですので、またこのことについても軽く宿題ということにしてまたそのうち詳しく調べてみたいと思います。


住所
港区麻布永坂町あたり


※今回の写真は携帯のカメラで撮ったものですのであしからず。(おそらくこれからはたまにこういうことあると思いますので携帯で撮ったものがある時は最後にお知らせしますね。)

今回はずいぶん前に「ミッドタウンわきの名もなき坂」でとりあげた坂にひさびさによってみると、ちょうど坂上から桜もみえていたので、ちょっと歩きがてら気がついたことでも。


ミッドタウンわきの名もなき坂の夜景
写真1

ここの坂はもちろん無名坂なのですが、写真のとおりかなりの高低差のある場所におそらくミッドタウンの再開発にあわせてつくられたであろう坂道で、実はこの坂のおかげでミッドタウンの裏側が崖地のような場所だったのだなあと、ふと夜道(写真ではけっこう明るく写っていますけどね。)を歩いていて感じてしまったのですよ。

そして、坂下に見えている敷地の外にある道路は檜坂 (NO.131)と呼ばれている坂道で、坂上にいくと今回の無名坂とおなじくらいの勾配具合があり、このあたりの地形の複雑さがよくわかったりするのですが、ここではそれは軽くスルーさせてもらうとしまして、とりあえず今回は坂下のほうをよくよくじっとみると坂の右側にある檜町公園に面した部分には桜がずらりと道沿いに植えられていて、それらがちょうどほぼ満開状態で咲いていてなかなかいい感じでした。

あとは坂の舗装がグリーンのアスファルトになっていて、はじめは車がそれほど通らない急坂ならこのタイプもあるのかもなあと思っていたのですが、最近はオレンジのアスファルト舗装タイプもけっこう増えてきているので、このあたりのことは要調査といった感じですかね。

ちなみにこの無名坂、古地図で確認してみると昔は屋敷の敷地内だったため存在は確認はできなかったのですが、坂下の檜坂 (NO.131)は江戸時代からある坂道のようでしたよ。


住所
港区赤坂9

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