東京坂道さんぽ

2013年06月

そういえば、つい最近、「今日も日暮里富士見坂」というブログがあるのを知り、そちらの投稿で知ったのですが、とうとう6月22日に新築のマンションのために日暮里富士見坂から富士山が見えなくなってしまったとのこと。
2013年6月22日の日暮里富士見坂からの富士山(今日も日暮里富士見坂より)

うーん。
残念ですねえ。(といっても僕は保存活動とかそういうのには参加していなかったので偉そうなことは言えないのですが。。)

しかも、「今日も日暮里富士見坂」のブログの写真を見てみると、富士見坂から見える方向に”seiwa”という広告が足場を覆っているシートらしきところに堂々とかけられていますし。・・・。(汗)
(ちなみにどうでもいいことですが、この看板に書かれているseiwaとは生和コーポレーションという不動産業者(元々は建設業者)のようですね。しかもここ、今は本社が東西にあるようですが、たしか関西系の会社だったような。ということは地元企業にあたる会社ということではないですか・・・。(汗、なんかもうこんなどうどうとやってしもうている感じが恥ずかしいですなり・・・。))

あ、あとこれは備忘録ですが、今回のニュース、地味に朝日新聞デジタルでも取り上げられていましたよ。
日暮里富士見坂から富士山が…「眺望遺産」消える(朝日新聞デジタルより)


まあ、それはそれということで備忘録としてひと段落して、話はすこし前になるのですが、さる2013年1月の終わり頃にダイヤモンド富士が見られるという日が数日あったのですが、実はその日、現地に僕もいまして、天気もよかったのでみることができたんですよ。
ただ、そのことをこのブログでもそのうち記事書いて取り上げようと思っていたらあっというまに半年が経ってしまったわけでして、この機会だからせっかくなので、当日撮った写真をいくつか載せておきたいと思います。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・1
写真1

まずは、まだまわりが明るくて富士山がほとんど見えない時のものです(うっすらですがいちおう見えていますが)。
この時間は、左の方に謎のバルーンが見えていました。
(あとで確認してみたところ、地元の人が抗議のために打ち上げたもののようでした。要は富士見坂から見られること意識したものらしいです。)


日暮里富士見坂からの富士山が・・・2
写真2

写真1の時から30分くらいのち、いよいよ夕日がちょうど富士山と重なる時間帯に近づいてきました。
もちろん、まわりは見物客でいっぱい。
ただこの時は、あまりの逆光状態で富士山はまったく見えず。。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・3
写真3

そして、こちらが(待望の)ダイヤモンド富士直後のものです。
山頂の位置からはすこしずれてますが・・・。(そこはご愛嬌。。)


日暮里富士見坂からの富士山が・・・4
写真4

それから5分くらいであっという間に太陽はこんな位置に。
(なので今の現況からいうとこれが最後のダイヤモンド富士ということだったのですね。(泣))


日暮里富士見坂からの富士山が・・・5
写真5

写真4の時から、5分後の世界です。
富士山のシルエットがきれいに見えていました。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・6
写真6

で、最後は、そのまた30分後の世界です。
いちおう、このままでは、なんかあれでしたので、富士見坂と一緒にですね。
とにかくこの時間になっても富士山のシルエットはよく見えていましたよ。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・7
写真7

あと、こちらは同じ日に富士見坂でこんなこともやっていましたよ。
坂の途中の両サイドの壁や柵などに路上写真展と称して写真がいっぱい貼ってありました。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・8
写真8

中にはこんなものまで。。
建築模型みたいでしたよ。


日暮里富士見坂からの富士山が・・・9
写真9

そして、在りし日の坂からの富士山の写真も。


ということで、今回はなんかいろいろ詰め込んでしまった感ありますが、富士見坂の番外編でもあり、備忘録というか記録もかねてこんな感じです。

本日登録が決定されたようですよー。
もちろん富士山がですね。

富士山、世界遺産に=三保松原も逆転登録―「信仰と芸術の源泉」・ユネスコ委(Yahoo!ニュースより)

とにかくおめでとうございます〜。


と、言いつつも今回の件、いいニュースなのはたしかなのですが、とりあえず今後、どういう展開になるのかが楽しみでもあり、心配なところでもありますのでしばらくは冷静に様子見という感じなのですかね。

ちなみにこれは余談ですが、今日のグーグルさんのトップページも富士山バージョンになっていましたよ(備忘録)。
富士山、世界遺産へ_1



また、このブログでもよく取り上げている都内および近郊の富士見坂についても、今後なんらかの影響はありそうな気もしますので、これからもどんな風な動きというか展開になるのかということも気にしつつ、なにか気になることでもあればこのブログで取り上げられればなあとも考えてますのでよろしくです。


富士山、世界遺産へ_2
日暮里富士見坂より



関連:
世界遺産:「富士山」登録決定 「三保松原」含め(毎日jpより)

前回は上目黒氷川神社だったのですが、今度は渋谷駅のすこし東側エリアの文教エリアに隣接してある渋谷氷川神社で見つけた坂の話でも。

あ、ただこれは別にねらって氷川神社ばかりを散歩したわけではなく、最近、過去に取材したところを整理していたら、たまたま同じ神社名だったので、せっかくなのでまとめて取り上げてみただけですので、あしからず。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ1
写真1

で、いきなりの坂の全景です。
まあ、これを坂道とよんでいいのかという基本的な疑問は残りますが、とにかく地形に沿った斜面の真ん中あたりに大きな樹木が一本、立派に育っていました。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ2
写真2

そして、いつものようにすこしディテール(意味不明?)の紹介。
写真2はすこし角度をずらして見てみたものです。
実はここ、奥から手前に傾斜している場所(坂)に加えて、この場所より本堂側の道は幅が狭くてUターンが困難なため、こんな具合に木のまわりをラウンドしてもときた道にもどれるようなつくりになっていたようなんですよ。(ただし散歩した時は鎖がかかっていてただの駐車場になっていましたが。。)


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ3
写真3

いちおう坂をぐるぐるしてみることにして、まずはすこし坂を上ってみました。
これだけだと普通な坂の感じですかね。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ4
写真4

ちなみに写真3の左側のほうにで見えていた階段、坂上のほうは謎のつくりになっていました。。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ5
写真5

そして、木の裏側あたりにきてみました。
坂道ラウンド中です。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ6
写真6

もう一方のほうはこんな感じでした。
やはり明らかに車がぐるぐるするための道幅とちょうどいい勾配具合になるようにつくられているようでしたよ。


渋谷氷川神社のぐるぐるスロープ7
写真7

最後はもう片方の坂下よりです。

そして、さらに下るとまた写真1の場所にもどる、という感じになるんですかね。
なんとも、よくよく見てみると不思議な場所かもですね。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
渋谷区東2-5

けっこう前になってしまったんですが、目黒区にある上目黒氷川神社にふらりと立ち寄った時に、いい階段があったのでちょっと取り上げてみたいと思います。

場所は、目黒区とはいってもいろいろあるわけですが、細かい場所は田園都市線の池尻大橋駅の近くにあり、最近話題にもなった大橋ジャンクションの目の前にある神社で、今回はそこの階段でのことです。


上目黒氷川神社の階段1
写真1

いろいろ説明していてもあれですので、まずは坂下からの様子でも。
とにかくここの階段、急勾配でしたよ。
ただここは別に“上目黒氷川神社男坂”とかそういう名前が他の神社のようについているわけではなく、いわゆる無名坂の部類に入るものだと思います。
でも良い感じの坂というか階段ですねえ。


上目黒氷川神社の階段2
写真2

こちらはすこし階段をのぼり、さらに坂上のほうを見てみたものです。
この段階でも坂上になにがあるかもわからないくらいの高低差がまだまだありました。


上目黒氷川神社の階段3
写真3

そして、一気に坂上までやってきて坂下方向を眺めてみました。
目の前にみえている高速道路のおかげですこし圧迫感はありますが(そのおかげで大橋ジャンクションも見えてないんですが)、かなり印象的な坂上からの眺めだったかもです。
高低差も遠くに見えている建物と比べてみると4階分くらいはありそうですかね。


上目黒氷川神社の階段4
写真4

ちなみに坂の全景が見れる場所があったので、いちおう撮っておきました。
なんかもう、こうしてみると(しつこいですけど)すごい傾斜の階段ですね。
見た感じでは45度以上ありそうにも見えるんですが、真相やいかに。

またこの階段下に、氷川神社の由来みたいなことが書かれた案内板があったのですが、そこにけっこう面白いことが書かれていてですね、
『正面の石段は文化13年(1816)に造られましたが、明治38年(1905)に前を通る大山街道(現、玉川通り)を拡張する際に、現在の急勾配な石段に改修されました。』
ということなんだそうです。
なので写真3でいえば、坂下の大通りが玉川通りなのですが、どうやらこの階段、道路の拡幅工事が行われる前はもっとゆるやかな勾配の階段だったみたいですね。
そして、同じく案内板の最後には『境内には、目切坂上(現、上目黒1−8付近)にあった目黒元富士から石碑などが移され、「目黒富士」と称す登山道が築かれています。』とも書かれていたんですよ。
(これはわくわくドキドキ。)


上目黒氷川神社の階段5
写真5

そんなわけで、階段を登りきると、正面にこんな感じで本殿が見えていました。


上目黒氷川神社の階段6
写真6

そしてそして、その本殿の左側にかなり気になるお堂がありました。
見てのとおりなのですが、「目黒富士浅間神社」という木碑があり、そのそばには案内看板もありました。
せっかくなのでそのまま抜粋するとですね、
『目黒富士 江戸時代に富士山を対象とした民間信仰が広まる中、富士講という団体が各地で作られ、富士講の人々は富士山に登るほかに身近なところに小型の富士山(富士塚)を築き、これに登って山頂の石祠を拝みました。目黒区内には二つの富士塚がありました。一つは文化9年(1812)に目切坂上(上目黒1-8)に築かれたもので、「元富士」と呼び、後に別所坂上に築かれたもう一つの富士塚を「新富士」と呼びました。元富士は高さ12mで、石祠(浅間神社)を祀っていましたが、明治11年(1878)に取り壊しとなり、この氷川神社の境内に石祠や富士講の石碑を移しました。昭和52年(1977)7月に富士山に見立てた登山道を開き、境内の一角を「目黒富士」と呼ぶようになりました。7月1日には山開きの例祭が行われています。』
とのこと。
とにかく、前に歩いた代官山駅近くにある目切坂(NO.154)とこの神社はどうやら昔から富士山(富士塚)つながりの場所だったみたいですね。(ちなみに別所坂はまだです・・・。)

ということで、富士塚と坂道の関係についても、もうすこし話を切り込んでいきたいところなのですが、またそのうち、目黒区内の他の坂道話の時に必ずでてくるであろう「元富士」と「新富士」の話をするときに、ちょっとずつ歴史を紐解いていければなあということで、今回はとりあえずこんな感じです。


住所
目黒区大橋2-16

六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂1
写真1

いきなりですが、こういうところを歩いていると、ここを計画した人たちはなにをしたかったのか、つたえたかったのかと思ってしまうんですよ。

場所は、前回とりあげた六本木の三角地帯にある歩道橋(「とある街の風景210(すれ違えないですよ。。)」)からすぐ南にあり、六本木ティーキューブなる高層ビル(写真1でいえば右側ですね)のあしもとの道路に面してあった歩道です。
写真1でいえば、左側が三角地帯になり、写真は坂下方向からのものです。
とにかく敷地内にきれいなタイルを敷き詰めるだけならまだしも、それに加えて写真のようなフライング・バットレスのようなL字型の柱のような(まあなんと呼べばいいのかわからないので適当に言っております)、そんなものが歩道に沿って並んでいました。
そしてそして、この歩道、(見てのとおりなんですけど)坂道になっていたんですよ。
地形的にみれば、こちらも前にとりあげた「とある街の風景208(六本木一丁目駅の上にある坂道)」の坂でいえば、このあたりは坂下のほうの場所なので、ここも自然とこんな坂道になっているというわけなんです。


六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂2
写真2

もうすこし坂をのぼり、坂上のほうを見てみました。
こうしてみると、道が右側のビルのカーブにあわせて曲がっていて、それにあわせて柱もいい感じで見えていて、なかなかおもしろい風景になっていました。
ただここ、こんな立派なつくりしてるんですけど、人の流れはほとんどなかったんですよね。。
でも坂道風景は前述のとおりかっこよかったです。


六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂3
写真3

いちおう、すこし離れた位置からも見てみました。
こうしてみると結構な勾配具合というものわかりやすいかもです。
そして、このL字型の柱のようなもの、はじめにフライングバットレスのような感じと言いましたが、ここからみると、柱がくっついている壁が奥に見えているんですが、どうやらその壁をフライングバットレスのごとく支えている可能性があるみたいですね。(裏側は見てないのでなんともいえないのですが、手持ちの写真とここから見た感じだとです。。)


六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂4
写真4

ちなみに、前回とりあげた三角地帯との関係はこんな感じで、すこしだけですが例の歩道橋もちらりと見えていたりしたんですよ。
(実は、前の「とある街の風景210(すれ違えないですよ。。)」の1枚目の写真でも右側のほうにちらりとこのバットレスもどきが見えていたりするのですが。)


六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂5
写真5

こちらはまた坂にもどり、坂上あたりからの様子です。
ここまでくると、もうなんのためにつくられたのかもわからない感じの豪華な歩道であり坂道ですが、坂道風景的には都内でもなかなかめずらしいものだと思いますので、今回はそれでよしとしておきましょうかね。。


六本木の三角地帯に隣接した回廊のような坂6
写真5

そして、フライングバットレスもどきのある坂道を抜けて、坂上のほうをみるとこんな感じでした。
こうして見ると、ここからみえる坂もけっこうな傾斜具合で、そういう意味では右側にある六本木ティーキューブなる高層ビル、かなりの高低差のある場所に面して建っていたんですね。


住所
港区六本木3-1

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