東京坂道さんぽ

2014年08月

前回の「国立競技場横にある明治公園と遺跡」の記事に引き続き、明治公園の話です。

前置きだけで中断した話の続きですが、明治公園の四季の森なる、あの不思議な雰囲気の国立競技場に隣接している細長い場所に、気になる階段があったのですよ。


明治公園の高低差のある場所1
写真1

それがこちらですね。(写真1)
ひっそりとした場所なのに(今は)、立派なつくりの階段でした。
しかもこの背後に、ばばんと現在の国立競技場が見えていたんですよ。
なので、ここは見た感じでは国立に入るために演出も兼ねて人工的に高低差をつけられた階段のように見えますが、実はこの階段、僕がまわりを歩いて調査した結果ではおそらくここは地形的な要因で、このような形になったと思われ、そんなことからもこの階段をまずは取り上げてみたわけなんですよ。


明治公園の高低差のある場所2
写真2

もうすこし近寄って見てみました。(写真2)
遠くからみると、階段の真ん中にある花壇がけっこうかっこよく見えたのですけど、近くでみるとなんか荒れてますし、階段上のほうには謎の柵がつくられていたので、見た目てきにも悲しい感じではあります。。
しかも手前の地面やら階段自体もなんか草ボーボーで、世田谷の駒沢公園なんかと比べてみても手入れが行き届いてないなあと、いらぬことを考えてみたり。(まああまり人が通らなそうなところではあるんですが。。)
ただ、上空のほうを見ると、そんな場所にもかかわらず国立競技場の外観のカーブ具合が、写真1と同様にかっこよく見えてちょっとびっくりしました。


明治公園の高低差のある場所3
写真3

こちらは見てのとおり、階段上からのものです。(写真3)
鳩と雀がタイミングよく一緒に階段で休んでいたので、おもわずぱちりと。
あと、写真3の左上になにげにオレンジの柵が写っていますが、これは前回の記事の写真5でもとりあげた遺跡からの石がたくさん置かれているかもしれないと予想してみた場所だったりします。
あんな感じでごろごろと置かれていたのですよ。
しかも、この明治公園の四季の森には、この石を小さくしたようなものがいたるところでオブジェのように配置されて使われているんですよ。
なんか関係あるんですかね。


明治公園の高低差のある場所4
写真4

そして、こちらです。(写真4)
これは、写真1に戻って見てもらうとわかりやすいのですが、階段上のさらに国立側(上)のほうに設置されていたものです。
しっかりと1964年と刻まれてましたよ。


明治公園の高低差のある場所5
写真5

隣をみるとこんな感じでした。(写真5)
各種目の優勝者の記録が刻まれているみたいでした。


明治公園の高低差のある場所6
写真6

また階段下の道路近くにも、こんな感じで東京オリンピックを記念した石碑が置いてありました。(写真6)
なので、この公園もつくられた当時はオリンピックに関連してしっかり計画してつくれた場所だったということがこの石碑からも想像できそうですね。


明治公園の高低差のある場所7
写真7

そして、階段からさらに北側(千駄ヶ谷駅)方向に歩いていくと、明治公園の最北端の場所にもこんな無名の坂道もありました。(写真7)
こちらは、明らかに地形的な高低差による坂道というのがわかりやすいかもですね。
ただここは、知る人ぞしる無名坂というよりは、手前の外苑西通りから千駄ヶ谷の駅前あたりに行こうとするとかなりの確率で通る坂道なので、知ってる方も多いとは思いますけど。


明治公園の高低差のある場所8
写真8

写真7の右側をみるとこんな感じで、外苑西通りと、前回の記事の写真3と4でも登場した明治公園の四季の森(写真7の左側)から東京体育館のあるほうへと渡れる歩道橋が見えていました。(写真8)


明治公園の高低差のある場所9
写真9

無名坂の坂上からの景色です。(写真9)
見てのとおり外苑西通りの向こうには東京体育館がででんとそびえたっていました。
そして、どうやらこちら側から体育館を見ると千駄ヶ谷駅からの様子とは違いかなり大きな建物のように見えるので、その謎を軽く調査してみるとですね。


明治公園の高低差のある場所10
写真10

ここから最後までは違う日にちょっと気になって立ち寄った際に携帯カメラで撮影したものになりますが、ここは右側に外苑西通りが見えていることからも、ちょうどさっきの写真9の坂の向こうに見えていた東京体育館の壁のように見えていた場所を、同じくさっきの写真8で見えていた橋の上から見てみたものです。(写真10)
右側に見えている道路が外苑西通りなので、写真1の四季の森内の階段の場所とこの道路はほぼ同じ高低差のレベルなので、そう考えると同じ明治公園内なのにかなりの高低差があったんですね。
しかも左側に見えている東京体育館側の歩道はずっと奥のほうに向かうと千駄ヶ谷駅のほうに行くことができ、じつはこの歩道、千駄ヶ谷駅前の海抜というか高低差とほぼ同じなのですよ。
なので、このあたりはかつてはちょっとした崖だったのではないかなどと想像してみると、なぜさっきの場所から東京体育館が大きく見えたのかもすこし納得できるかもですね。


明治公園の高低差のある場所11
写真11

いちおうさっき立っていたあたりもぱちりと。(写真11)
奥には国立競技場もちらりと見えていましたよ。
ただ暗くなりだしていたのでかなりぼけた写真ですが、記録ということでご容赦を。。


明治公園の高低差のある場所12
写真12

こちらは、道路のむこう側の明治公園がちょうど見える場所がありましたので。(写真12)
こうみるとかなりの高低差でしたよ。


明治公園の高低差のある場所13
地図

そして、最後は周辺地図にめもしてみたものなど。
赤の点線の場所がはじめにでてきた階段と坂道ですね。
で、オレンジの点線の場所が、写真10〜12に登場した場所で、だいたい高低差の違いはなく千駄ヶ谷駅も同じくらいの海抜の場所にあるということをめもしています。
あと、ブルーの点線もわかりにくいですがめもしているのは、実はこのラインに沿って、渋谷川の本流がかつてこのあたりを流れていたそうなんですよ。
いちおう古地図でも確認してみると、このあたりはたしかに川があったようですし、昭和毎日のサイトにある昭和31年の地図にも記載があるので、このことはどうやらほんとみたいです。
しかもですね、昭和毎日の池田信「1960年代の東京」のページにて、1962年10月(1964年のオリンピック直前ですね)に撮影された隠田川(渋谷川上流の本川)の千駄ヶ谷2丁目付近(要は今回の場所あたり)の写真と解説が掲載されていましたよ。
一部抜粋させていただくとですね、『隠田川の千駄ヶ谷2丁目付近。川は埋立てられ、流路は「オリンピックサービス道路」の外苑西通りに変身した。』と書いてありました。
なるほど。
あとリンク先の当時の写真を見てみると、どっち側から撮影したのかはわかりませんが、川の右側が崖みたいになっているようにもみえませんかね。
しかも、さっきの”千駄ヶ谷2丁目”という記述で気がついたんですが、この明治公園の四季の森なる場所、かつての渋谷川の川跡をなぞるように公園内に渋谷区と新宿区の区界が走っていたんですよ。。
たしかに意識してみれば、もっと前に気がついていたことかもしれなかったですが、僕自身はこの記事書いていて気がつきましたよ。。(だから公園の管理具合も中途半端になっていたんですかね?わかりませんけど。。)
そんなことからもこのあたりは元々あった川を底部とした高低差がある場所だった思われ、しかも現在の区界でもある場所に国立競技場(新宿区)やら東京体育館(渋谷区)やらができてしまったということで、なんか不思議なスキマの場所ができてしまったのかなと思うと、なんかいろいろおもしろいかもと思ってしまいましたよ。


ということで、今回はこんな感じですが、明治公園の話はもうすこし続くかもです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷1あたり ‎

前の記事で、国立競技場のことをすこし取り上げたので、今度はすこしまえに、実際に国立競技場周辺をぶらりとしたときに気になった場所(および高低差のある場所=階段)があったので、ちょっとその話でも。


国立競技場横にある明治公園の遺跡1
写真1

国立競技場の近くの明治公園をぶらぶらしていると、公園に隣接した国立競技場の柵に、写真1のような掲示物が張ってあるのを見つけたのですよ。
掲示物には、「国立競技場地区埋蔵文化財発掘調査工事のお知らせ」と書いてありました。
なんだなんだと、遺跡でもあるのか?と詳しく読んでみるもあまりわからず。
(ただ後ですこし調べてみたらすこしは分かったんですがそのことはのちほど。)

そんなわけで、現地ではわけがわからないので、まずは遺跡の近くに行ってみるかと思い、そばまできてみると周辺案内地図があったので見てみるとですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡2
写真2

こんな案内地図だったのですよ。(写真2)
あれ?
明治公園て、あの国立競技場の南側に隣接しているだだっ広いあの、フリマなんかがよく開催されている公園のことだけだと思っていたんですが、なんと国立競技場の西側のちょっと不思議な雰囲気の公園と東京体育館がある敷地も、実はこの案合図をみる限りでは同じ明治公園ということみたいなのですよ。
(それで帰ってから、気になったので軽く調べてみたら、東京都建設局の案内サイトにもきちんと公園案内図が書かれたサイトがありました。ということは、この明治公園も世田谷の駒沢公園と同じようなコンセプトで公園内に競技場がつくられたと考えていいのですかね。)
いやはや、なんともびっくりというか鈍感というか(汗)、今頃こんなことを知りましたよ。。
なんかそうみると明治公園て奇妙な敷地の形していたんですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡3
写真3

ちなみに写真1ででてきた遺跡の場所は、東京体育館から国立競技場へ歩道橋が延びているあたりの西側にあるみたいで、写真3でいえば、ちょうど正面の階段(歩道橋の人工的なものに見えますがいちおう地形を生かした階段のようでした)の向こうあたりにあるようです。


国立競技場横にある明治公園の遺跡4
写真4

写真3の背後には、地図のとおり東京体育館が、外苑西通りの向こうに見えていました。(写真4)
なので、むこうの場所も明治公園ということになるので、このような立派な歩道橋でつながっていると考えてよさそうですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡5
写真5

また公園内には、写真5のように柵に囲われた謎の巨石が唐突にいくつも置いてあったのですが、これはやはり始めに出てきた遺跡と関係あるかないのか。。

ちなみに、この遺跡の話、帰ってから軽く調べてみたところ、「旧街道をロードバイクで!ゼロからの挑戦」さんのブログで、現地の様子を写真もまじえてあげてくれていましたよ。
見た感じではけっこう本格的でした。
これどうするんでしょうかね。。

あとは、発掘調査をしている施工会社のサイトにもちょこっと、このことに触れているページがありましたよ。
とにかくサイトに書いてあった一文、「調査エリアには、明治神宮外苑競技場造営に伴い移転した立法寺(杉並区和田)や江戸幕府家臣の屋敷があった場所も含まれており、当時のものとみられる埋蔵物等が発掘されています。埋蔵文化財は地域の歴史や文化の成り立ちを理解する上で、欠くことの出来ない重要な歴史的遺産です。」という言葉は重いかもですね。

ということで、予定ではここから階段の話をしようかと思っていたのですが、前置きだけでけっこう長くなってしまいましたので、今回はとりあえずこんな感じです。


地図
新宿区霞ヶ丘町10-1

ちょっと前に、高島屋タイムズスクエアの屋上テラスに行ったので、ひさびさに定点観測してきましたよ。
いちおうこのブログでは、2011年の8月に「とある街の風景(新宿樹々景)」の記事で同じ場所を取り上げたみたいなので、3年ぶりの記事ということになりますかね。


新宿タイムズスクエアからの国立競技場1
写真1

とりあえず、今気になっている場所をまずパチリと一枚。(写真1)
2020年の東京オリンピックでメイン会場になると言われている国立競技場の今の姿が樹々の向こうにばっちり見えていましたよ。
国立競技場については、専門家の方々を中心に、建替とか改修とか色々たいへんな話になっていますけど、ここではそのことはとりあえず置いておいて、ただただ遠くから俯瞰してみました。


新宿タイムズスクエアからの国立競技場2
写真2

次は、写真1のちょっと左側を眺めてみたものです。(写真2)
このあたりは、国立競技場がどんな姿になるであろうと、おそらく変わることはないであろう風景かもですね。
ちなみにこの手前の樹々のある場所は、新宿御苑です。


新宿タイムズスクエアからの国立競技場3
写真3

いちおう、もうすこし近づいて国立あたりの景色をもう一枚。(写真3)
右側中央あたりに見える銀色のUFOみたいな屋根の建物が東京体育館で、その奥に見えるのが国立競技場ですね。
あとは国立の左側写真中央あたりに神宮外苑の銀杏並木の場所からだと正面に見えるはずの絵画館のドーム屋根がぽつんと見えていたり。
また、地図で確認してみると、写真3で見えている東京体育館の手前に首都高速が走っているんですけど、ここからだと手前の新宿御苑の樹々に隠れていて見えないみたいでしたね。
さてさて、今後、この景色はどうなってしまうんでしょうかね。。


新宿タイムズスクエアからの国立競技場4
写真4

最後に、高島屋タイムズスクエアの屋上テラスの方も気にかけてみると、前はいなかったはずの警備の方も立っておられました。。(ちなみにすこし話を聞いてみたところ、念のための警備とのことでしたが、やはり国立競技場のことは気にかけていらしたみたいでしたよ。)
ということで、今回はさらりとこんな感じですが、この定点観測、東京タワーや富士山の定点観測のように、引き続き、たまにふらりと訪れて確かめてみるのもいいかなと思った今回の散歩でした。


住所:渋谷区代々木2

このページのトップヘ