東京坂道さんぽ

2014年10月

同じ場所の坂道ばかりでは自分でも飽きてくるので、ちょっと違う場所のことでも。

昨日(もう一昨日ですかね)、代官山のTSUTAYA(代官山T-SITE)にレンタルと本探しおよびこの時期恒例のデザインイベントを店内でやっいるということでふらりと行ってきたわけですが、なんとその日は、店内でロバートハリスさんと坂本美雨さんによるトークイベント(しかも東京文化発信プロジェクトがらみということで無料!)も偶然やっていた日だったのですよ。
なので本来は予約してからの参加みたいだったのですがそれもせず、FMラジオをよく聞く身としてはなんとも懐かしく、こっそり横のほうで見させてもらいました。(気になる話題も満載で楽しかったです。あえて、一言ここで書き残しておくとすれば坂本美雨さんが言っていた猫をガラス越しに見せているお店は外国人(特に西洋系)に驚かれるだろうし馬鹿にされるかもと言っていたのがじわじわときております。)

と、そんな日記的なことから始めつつも、実はイベントの始まるすこし前に、代官山のTSUTAYAのすぐそばにある上村坂をぶらりと歩いてみたのですよ。



上村坂の坂上からの夜景1
写真1

その時の記録がこちらです。(写真1)
ぶらりとしている時に、みるみるうちに日が沈み出して、辺りは暗くなり出してしまったので、さすがにいつものように坂道をいろんなアングルから撮影するのには躊躇したわけですが、それでも坂上あたりにやって来たときに、ちょうど太陽が完全に沈んでしまう直前のあのなんともいえない空の色に引かれて思わずぱちりと一枚。
正面の信号の下、建物の間を奥のほうにいくと上村坂という名の急坂がある場所で、左右を走っているのが旧山手通りで、代官山のTSUTAYAはこの通りを左側にすこし歩いていったところにあります。
なので写真1は、上村坂の坂上からの風景ということになるわけですが、この坂道、かなりの高低差で車で上るのもかなりアクセルを踏み込まないと上れない場所で、写真でもわかるかもしれないですが、このあたりから西南方向(中目黒方向)に向かって目黒川あたりまでかなりの崖地になっているのですよ。
とにかく、この坂道はまだこのブログでは取り上げていない(でも春などに桜見物で目黒川に訪れた時についでに歩いて写真には記録しているのですけどね)ので、そのうちきちんと取り上げますので、それまでのお待ちくださいな。


上村坂の坂上からの夜景2
写真2

そして、最後にもう一枚。(写真2)
同じ位置からの写真ですけど、実はこの旧山手通り、この夕方の時間帯の車の行き来がかなり多くて坂道がちゃんとみえるものを撮ろうとするだけでひと苦労だったのですよ。
なので今回は、ペンの夜景モードで、新戦力のクネクネうごく僕的には変な名前に感じる(名称はあえてあげませんけど)ミニ三脚を使用して撮影してみると、通りを左折して坂道のほうへと曲がっていく車がなにやらお化けのように写ってしまいました。。
しかも、撮影中は、坂の(特に)左側のお店の人に怪しまれないかどうかということもけっこうドキドキしていましたよ。(笑)

ということで、今回はこんな感じです。


住所
目黒区青葉台1-4あたり

所在地:世田谷区瀬田1-8あたり


坂名は、あんか坂と呼ぶそうです。
場所は前に登場した行善寺坂(NO.250)とつながっていて、行善寺坂(NO.250)の中腹あたりから東側へと上っていく坂道です。


行火坂(NO.251)1
写真1

まずは坂下から坂上方向を眺めてみたものなど。(写真1)
樹木に覆われた坂道といった感じで、ここから見る分には勾配具合といい左右の擁壁といいなにか不思議な空気感を醸し出している坂道だったかもです。
またここには、写真1の右下にちらりと写っていますけど、坂名を記した石碑がありました。
ただ、ここの石碑には、坂名が書かれているのみで、いつものような坂名の由来が書かれたものではありませんでしたよ。

そんなわけで、この「行火坂」という坂名については、坂学会さん(のホームページ)がここの坂名の由来のことを調べてくれていたようで、それによると『勾配が急なため,土地の人はこの坂を上るだけで身体が熱くなるので「あんか坂」と呼んでいた。(「てくたくぶっく」による)』
とありました。
ちなみにこの「てくたくぶっく」とは、世田谷区の役所に行けば買えます。(というのも、僕もこの本を昔、学生時代に授業でこのあたりの地誌を調べるときに役所で買ったのですけど、なぜか今、見当たらないのですよ。。)

あと、この坂の由来の説明よんで、なぜ体が温かくなるのであんか坂?と思った若い人もいると思いますけど、これは”行火(あんか)”で辞書(今回はyahoo辞書を使用)を調べてみるとですね、「炭火を入れて手足を温めるために用いる暖房器具。普通,丸みを帯びた箱形の土器で,床(とこ)の中に入れたり,置きごたつとして用いる。」ということなのですよ。
まあ、説明のとおりですが昔の暖房器具ですね。(ただ僕もあまり絵がうまく頭の中ででてこなかったので、今度は”行火”でグーグル画像検索すると、イメージでてきますよ。こんな感じで。


行火坂(NO.251)2
写真2

ではまた、坂道のほうに話はもどりまして、ちょうど写真1の背後にはこんなお店があったのですよ。(写真2)
前の行善寺坂(NO.250)でも登場した写真ですが、あまりに良い感じだったので再び登場です。


行火坂(NO.251)3
写真3

次は、坂道をすこし上り、坂下方向を見てみたものです。(写真3)
正面に写真2で出てきたお店が見えていますけど、それとあわせてやはり坂下との高低差具合ですかね。
すこし上っただけなのに、かなりの高低差が坂下とでてきていました。
あとは、左側の擁壁が奥から手前に向かってぐぐんと高くなっている感じは、以外と坂道風景的には新鮮だったかもです。


行火坂(NO.251)4
写真4

もうすこし坂を上り、一息がてら坂上方向を眺めてみました。(写真4)
左右の立派な擁壁といい、坂下あたりほどではないですがなかなかの勾配具合の坂道景色を楽しむことができました。
また、舗装に目を向けて見ても、ドーナツ型に加えて、きざみ型のハイブリッドな舗装が、これは道幅が広がったため新旧の舗装がみられるのだろうか?とか、たまたま予算の関係上の時差工事でこうなったのだろうか?など、いろいろと想像がふくらむつくりが興味深かったです。


行火坂(NO.251)5
写真5

そして、最後は坂上からの景色など。(写真5)
たぶん、学生時代だったら、このあたりに座ってとりあえずスケッチでもしていたかも。(笑)
とにかく、勾配具合はもちろん、左側の樹木も年月が経ち良い感じで道側にせり出してきていてるなど、いろんな要素が時間の経過とあわせてうまく混ざっていて、距離の短い道でしたけど興味深い坂道風景を見ることができたかもです。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1-8あたり

前回とりあげた「行善寺坂(NO.250)」の坂上でつながっていて、行善寺に隣接した場所に良い感じの無名坂というか階段がありましたので、ちょっと寄り道してみましたよ。


行善寺横の階段-1
写真1

まずは、行善寺坂(NO.250)の坂上あたりを歩いていると、坂道から路地の奥のほうに視界の開けている場所がちらりと見えたのでおもわずぱちりと。(写真1)
また路地の左側に見えている渋いつくりの建物は、行善寺の境内の建物みたいですね。


行善寺横の階段-2
写真2

せっかくなので、行善寺の境内に入るための門を坂道側から見てみたものなども。(写真2)
位置的には、写真1の場所からすこし左側(坂下方向)に移動した場所になりますかね。
あとこのアングルからだと、行善寺の由来などが書かれた案内板が見えているので、そのまま抜粋するとですね、
『本寺の開基は長崎伊予守重光(法名・行善)、開山は法蓮社印誉上人伝光和尚であり、永禄年間(一五五九〜一五六九)に建立された。
本尊は阿弥陀如来で、寺宝にが玉川出現楠薬師があった。
この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。

二子渡船 太田子徳
玉くしけ二子のわたり明ぬやと
見しや鵜船の篝也けり』
とありました。

ちなみに、長崎伊予守重光さんなる方は、北条氏の家臣だったとのこと。
しかも、城めぐ.comというサイトの説明によると、この場所には瀬田城というお城がかつてあったそうですよ。
なるほどー。
(なお行善寺については、猫のあしあとなるサイトの解説ページが詳しいです。)


行善寺横の階段-3
写真3

そんなわけで、写真1の路地を奥に進むと、いきなりこんな急傾斜の階段が姿を現しました。(写真3)
坂下には、東急田園都市線が横切っていて、撮影時にはうまい具合に電車が走りぬけてくれました。


行善寺横の階段-4
写真4

いちおう、坂上方向も見てみました。(写真4)
右側の緑に覆われた塀がすごく印象的な感じですが、こちらは行善寺の塀ですね。


行善寺横の階段-5
写真5

坂上からの遠景はこんな感じでした。(写真5)
正面には玉川通り(246号ですね)の高架もちらりと見えているのですが、高さ的には、地形の高低差の関係もあって全然目立っていませんでした。
このあたりの地形のことを知らないでこの景色をみてしまったらちょっと不思議な風景と感じてしまうかもですね。


行善寺横の階段-6
写真6

そして、一気に坂下までやってきて、坂上のほうを眺めてみました。(写真6)
両サイドの樹々といい、傾斜具合といい、ちょっと無名階段として放っておくにはもったいない風情のある階段だったかもです。
ただそういう意味では、もしこの階段に名前をつけるとしたらやはりここも写真6の右側に行善寺が隣接しているので「行善寺坂」ということになるんですかね?


行善寺横の階段-7
写真7

ちなみに、右側の行善寺のほうも見てみました。
まさに崖の上に建つお寺という感じでしたよ。
まあこんな感じなら、昔の人もこの崖の上にお城をつくりたくなるのもなんとなくわかるかもですね。


行善寺横の階段-8
写真8

最後は、写真6・7の場所から、左側方向を見てみたものです。(写真8)
実はこの道路も坂道になっていたんですよ。(もちろん無名坂です。)
しかも景色的にもなんだか良い感じ。


ということで、今回はこんな感じです。


住所:
世田谷区瀬田1-12あたり

所在地:世田谷区瀬田1丁目12あたり


とりあえずこれまでの品川駅界隈の坂道探索は、いったん中断して、今回からは、そういえば今住んでいる地元の世田谷区の坂道をこのブログではまったく取り上げていなかったことを思い出しまして、ちょっとふらりと行ってきましたよ。


坂名は、ぎょうぜんじ坂と呼ぶそうで、場所は、東急田園都市線の二子玉川駅から北側へ徒歩10分くらいの場所にあり、坂下を流れる丸子川から北へと上っている坂道です。


行善寺坂(NO.250)1
写真1

まずは坂下からの眺めなど。(写真1)
見た感じは、両サイドに緑が満載で、まさに閑静な住宅街といった感じでした。
勾配具合は、写真で見た感じではそれほど急な感じには見えないですが、実は、この坂のまわり(界隈)は、知っている方も多いとは思いますが、国分寺崖線と呼ばれるかの有名な崖線エリアで、実は坂上と坂下でけっこうな高低差があり、この坂も例にもれずの場所だったので、歩いているときはなかなかしんどかったです。


行善寺坂(NO.250)2
写真2

すこし坂を上り、坂下のほうを見てみました。(写真2)
写真2の奥に見えている信号のあたりにさきほどの話でもでてきた丸子川が横切っていたりします。


行善寺坂(NO.250)3
写真3

次は写真2とだいた同じ位置より、坂上のほうを眺めてみました。(写真3)
坂道はまだまだ続いており、実はこのあたりからの坂道景色も良い感じだったのですが、左側の場所で住宅の新築工事中だったため、散歩時には工事車両が止まっていて、ベストアングルからの撮影ができなかったのはちょっと心残りだったかもです(天気もよかったので。。)。


行善寺坂(NO.250)4
写真4

そんなわけで、工事車両がぎりぎりに写らない場所まで坂を上り、坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真4)
坂道のカーブ具合と左の大きな樹木がかなり良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)5
写真5

そして、しばらく坂を上っていくと、坂の途中になかなか良い感じのお店を発見。(写真5)
僕が行ったときは店は休みだったので中には入れませんでしたけど。
また、この向かいには、次回以降に話す、坂道もあったりと。


行善寺坂(NO.250)6
写真6

写真5で出てきたお店の場所から、もうすこし坂を上ってから坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真6)
ここから見た感じだと勾配具合もほんと緩やかに見えていますね。。
しかも左側の石垣やら樹木もかなり良い感じだったのですが、現地では宅急便の車両が止まっていて(しかもけっこう待ったのですがなかなか動かずでした・・・。)、ちょっと残念な感じとなってしまいました。
でも、まあ、これもとある街の生活風景と考えればいいかもですし、車の通行が少ない道路なのかなということもこれから想像できそうですしね。


行善寺坂(NO.250)7
写真7

さらに坂は続きまして、このあたりはすこし勾配具合がちょっと急な感じでした。(写真7)
おそらくこのあたりで一気に高低差を稼ぐ感じの場所だったかもです。


行善寺坂(NO.250)8
写真8

さらに坂を上りまして、次は坂下のほうを眺めてみました。(写真8)
いわゆるここは地域のなんてことない生活道路みたいだったのですが、なにやら改めて整備されたかのように坂道景色はなかなか良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)9
写真9

とまあ、そんな感じで距離の長い坂道を上り終えた頃に、やっとこの坂道の名前の由来ともなった「行善寺」の門が見えてきました。(写真9)
ちなみに、ここにはいつものような坂の説明を記した碑はなく、坂上のこの門のところに(写真9では見えていませんけど)、「世田谷百景 瀬田の行善寺と行善寺坂」と書かれた標識があるのみでした。
ただこの奥にある行善寺についての説明を記した案内板も同じ場所にあるのですが、ここに、『この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。』という一文がありましたよ。
なので、昔からここは高低差があり景色が開けた場所だったと読み替えることもできそうですね。
あと、この坂道は、大山道なる古道でもあったそうですよ。



行善寺坂(NO.250)
写真10

こちらはおまけです。(写真10)
実は、写真8の場所からすこし坂を上ったあたりに「瀬田貝塚跡」なる石碑がありました。
ネットで軽く検索してみたところでは、どうやらこれは縄文時代前期の頃の貝塚跡という情報が多かったです。(文献をきちんと調べたわけではないので、これくらいでぼかした言い方してます。。)
まあ、古道沿いの坂道なのでそういう場所があってもおかしくはないかもですね。

ということで、いろいろと話を広げたくなる史実もけっこうありましたけど、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1丁目12あたり

今回は、”ひさしぶり”と書いてみましたが、過去記事を探してみると、どうやら2006年に書いた「とある街の風景104(都庁からの夜景)」の記事で同じ場所を取り上げて以来ということになりそうですが、やはり今回もpenの実験撮影もかねて再訪してみました。


そんなわけで、つい最近、都庁の展望台にひさびさに登ったわけですが、やはり前と比べて圧倒的に海外からの旅行客の方々が増えていましたよ。
しかも前は、アジア系の人が多かったように思いますが、今回はいろんな地域の方々がいらしていました。


ひさしぶりの新宿都庁からの東京タワー1

写真1

そんな中、ぱちりと撮ってみたのがこちらですね。(写真1)
これはまさに、2006年の記事「とある街の風景104(都庁からの夜景)」の2枚目と同じ場所からのものなのですよ。
ただ今回のほうが時間帯が遅めなので、まわりのビルの窓の明かりが明るく光っている違いはあるかもです。(というか、カメラの性能の違いでたくさん光を拾っているという可能性もありますし、照明器具自体がLEDになっているところも前よりは多くなっているはずなので、その違いもあるかもしれませんし、カメラの設定に慣れていないというのもありますし。。)

そして、なにより今回は、前回の「とある街の風景226(ピンクリボンライトアップ@東京タワーと坂道)」でも取り上げたピンクリボンライトアップがこの都庁でもおこなわれていて(たぶん12日まで)、右側の都庁の壁を見てもらえれば一目瞭然ですが、僕がここを訪れた時もピンク色にライトアップされていました。
その関係で、おそらくこの窓にもライトアップのライトが照射されていたためかなんとなく外の景色までピンク色っぽくなってしまっているのかなあと。


ひさしぶりの新宿都庁からの東京タワー2
地図1

そして、こちらは、今回、ただ景色というか夜景を眺めているだけというのもなんですので、写真1でも遠くにちらりと見えていて、前回の記事「とある街の風景226(ピンクリボンライトアップ@東京タワーと坂道)」でも登場した東京タワーとの位置関係を記した地図(元地図はグーグルマップさんです)をつくってみました。
それが地図1なのですが、この地図では都庁のところからピンク色の線がぴーんと延びていますが、この行き着く先が東京タワーということなのですよ。(いうなれば都庁とタワーの軸線です。)
そして、その軸線をじっと追っていくとですね、なんとこちらも最近の記事「明治公園と国立に挟まれた無名坂」でとりあげた国立競技場の敷地も通っていたのですよ。
ただ写真1では、正面の背の高めのKDDIビル(おそらく)のおかげで見えていませんけどね。


ひさしぶりの新宿都庁からの東京タワー3
地図2

あと、ついでなので、都庁とタワーの軸線とあわせて、この前の記事「とある街の風景225(代々木体育館の坂道と東京タワー)」でも登場した代々木体育館と東京タワ−も、同じように二つの場所を結んでみて、それを黄緑色の線でメモしてみました。
すると、とある街の風景225(代々木体育館の坂道と東京タワー)」の2枚目と3枚目にも写っているとおり、この場所からも東京タワーがうまく見えたわけなのですが、この地図2で確認してみると(線の左端が体育館で、右端がタワーです)なんというか、軸線上には、公園やら墓地やら学校、大使館など高層でない建物の割合が多かったという偶然も重なっていて、かなり奇跡的に代々木体育館(しかも地面からですよ)からタワーが見えていたことがわかってしまいましたよ。
とにかく地図2を見てみても、そういう公共性のある場所に加えて、軸線上に明治通りや青山通り、首都高なども横切っているのですが、どうやら通り沿いの高層ビルにはぶつからずに、視線が抜けていたのはやはり驚きだったかもです。



住所
新宿区西新宿2-8

一昨日の10月1日に東京タワー付近を歩いていると、なにやらタワーがピンク色にライトアップされていたので、近くまで行って見てきましたよ。
(そして今回もpenを鞄にいれていたので、そちらで撮影してみました。というか今後アップする写真は、ひとこと無い限りはpenでの撮影になりますのであしからず。)


ピンクリボンライトアップ@東京タワーと坂道1
写真1

まず地図ではタワー下と記されている場所から、ぱちりと一枚。(写真1)
見てのとおりですが、この日の東京タワーはピンク色になっていました。
ただこのライトアップ、どうやらピンクリボンキャンペーンの一環としておこなわれたものらしく、期間限定のライトアップとのことみたいです。
ちなみに、ピンクリボンキャンペーンとは、乳がんの知識啓発活動の一環として毎年行われているキャンペーンとのこと。
(こちらのニュースにて当日のキャンペーンの簡単な説明がありましたので、気になる方はどうぞ
→『東京タワー、都庁などがピンク色に〜「ピンクリボン」イルミネーション各地で』
http://www.oricon.co.jp/news/2042833/full/ 

また、この場所ですが、見ての通り、タワーに向かって坂道になっている場所で、このブログでも「富士見坂 (NO.2)」としてとりあげた坂道だったりしますので、昼間の様子と比べてみるのもなかなかおもしろいかもです。
あと、この坂道はあとで出てくる「富士見坂 (NO.2)その2」での話のとおり、富士見坂と呼んでいいのかは、さらに詳しい調査が必要になりそうですかね。


ピンクリボンライトアップ@東京タワーと坂道2
写真2

さらにタワー下まできてみました。(写真2)
実はここも、「富士見坂 (NO.2)その2」で取り上げた場所で、写真2は「富士見坂 (NO.2)その2」の写真でも記録した坂上のお堂の横で静粛な気持ちのもと(汗)、撮影したものなのですよ。。
だからというわけではないですが、タワーのまわりになにやらオーラのようなものが。。
(というのは半分冗談ですが、なぜこんな現象がおきたのかは、このカメラ(pen)の機能や特性のことについてはまだ不慣れなのでよくわかりませんので、知ってる方いたら教えてください。)


ピンクリボンライトアップ@東京タワーと坂道3
写真3

最後は、タワーの西側(桜田通り側)までやってきて、坂道とともにピンク色にライトアップされた東京タワーを眺めてみました。(写真3)
そして、ここも前にブログで取り上げており、「永井坂(榎坂?) (NO.55)」という坂名がつけられている場所なのですよ。


住所
港区芝公園4-3(および3-5)あたり。

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