東京坂道さんぽ

2015年10月

こちらも気がつけば、8月に訪れてからすこし時間が経ってしまいましたので、忘れないうちにということで。

といいつつ、いつものように写真で始めてみても、ふつうの木造住宅の階段みたいに見えてしまっているところも多いですの、まずは百段階段についてさらり説明でも。

場所については、JR目黒駅の西側に目黒雅叙園なる「昭和の竜宮城」ともよばれている内装の宿泊、結婚式場などがある施設があるのですが、そこの施設内に百段階段はあるのですよ。
なぜ竜宮城と呼ばれているのかは、今回は雅叙園内の写真はのせませんので、実際に行ってみて感じるのが一番いいかもです。

ただ、実際のところ、百段階段というのは、通称で、目黒雅叙園の敷地内には大きなビルと古くからある木造建築が混在しており、今回の百段階段は、その木造建築の中にある階段のことをいうらしいのですよ。
しかも、この木造建築の建っている場所が、目黒駅から目黒川へと下っているあの高低差の半端ない傾斜地(高低差具合などは、富士見坂(目黒区三田2あたり)の記事がわかりやすいかもですね。)にあり、建物内には趣の違う内装の7部屋が階段状に坂上から坂下に配置されていて、それらの部屋を99段の長い階段廊下が繋いでいるという構造をしているそうなのですよ。(俯瞰できる場所がなかったので、わかりやすい写真はありませんが。)
そして、当日は、普段は建物内に入ることができないのですが、その7つの部屋に展示物が置かれてイベント(しかも、撮影もOK)がやっていたおかげで、階段も見学できたというわけなのです。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり1
写真1

そんな感じで、説明はそこそこにして、さっそく百段階段の様子など。(写真1)
まず建物内に入ると、まずやってくる坂下あたりにあたる場所で階段の足元をみると、写真1のような感じで番号がふってありました。
なのでこれが100まで続くということになるのですかね。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり2
写真2

次は、6段目あたり(番号振ってくれていると説明しやすいですね、笑)までやってきて坂上方向を見てみました。(写真2)
とにかく、ここからみるとどこかの温泉旅館の通路のように見えたりもしなくはないですが、こんな感じで、階段がなんと一直線で坂上まで繋がっていたのですよ。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり3
写真3

次はもうすこし階段を上り、25段目あたりから、坂下方向を眺めてみたものです。(写真3)
おそらくこのあたりで、建物2階半くらいの高低差はあったと思います。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり4
写真4

せっかくなので、7つの部屋のうちのひとつを紹介。(写真4)
たしか、これはいちばん坂下側にある部屋で、「十畝の間」なる部屋だったと思います。
目黒雅叙園のパンフレットから抜粋させてもらうとですね、『天井には前室に八面、本間に一五面、合計二三面の襖仕立ての鏡面に荒木十畝による四季の花鳥画が描かれています。黒漆の螺鈿細工が随所に見られる重厚な造りの部屋です。』とのこと。
ちなみに、散歩当日は、「和のあかり×百段階段」なるイベントが催されていて、各部屋にはアートな照明(器具)がたくさん展示されており、写真4でも右と左に照明作品が置かれていました。
ただ今回はイベントレポートではないので、これ以上はあまりふれません。(汗)


目黒雅叙園の百段階段をぶらり5
写真5

こちらは、頂上の部屋から2つめの部屋(清方の間)の壁に描かれていた「目黒名所風景図 行人坂」です。(写真5)
美人画の大家、鏑木清方さんによるものだそうです。
行人坂といえば、目黒雅叙園そばの坂道ということで、おもわずぱちりと。(まわりは暗くて、さらに手持ち撮影だったのでわかりにくいですが。。)


目黒雅叙園の百段階段をぶらり6
写真6

そんなわけでいっきに坂上というか階段の頂上ちかくの92段目までやってきて、坂上方向を見てみました。(写真6)
とにかく、当日は、イベント中だったこともあり、この写真のように人のいないタイミングをみつけるのがとにかくたいへんだったのですよ。
写真6でいえば、撮影中に階段上の右側にある部屋(頂上の間)から人がでてくることが何度もありましたかね。。
あとは、階段をふくめて、この百段階段のある建物は、1935年(昭和10年)に建てられたものらしいのですが、さすがに国の登録有形文化財に指定されていることもあり、手入れはかなり行き届いていて良い感じでした。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり7
写真7

そして、記念に階段の頂上にて。(写真7)
99段しかないのに100段階段とはどうしてなの?なんてことは考えないようにしておきますかね。(汗)


目黒雅叙園の百段階段をぶらり8
写真8

最後は、階段頂上からの眺めです。(写真8)
途中、長めの踊り場があるので、下の方は見えませんでしたけどね。


目黒雅叙園の百段階段をぶらり9
写真9

こちらはおまけです。(写真9)
どこの踊り場だったのかは忘れましたが(たぶん写真8の下のほうに見えていたものかも?)、窓から光がけっこう差し込んでいて、窓枠の形も面白かったので、思わずぱちりと。
窓枠をすこしいじるだけでも、今の既成窓にはない違ったイメージになるのだなあとしみじみ、そしてこの窓のあかりのおかげで、百段階段も活きてくるのだなあと思ってみたり。


ということで、これ以上の百段階段の各部屋などのことについては、公式サイトにおまかせして、今回はこんな感じです。

住所
目黒区下目黒1-8-1

前回の記事(とある街の風景243(東京タワーと平和の灯))で取り上げた芝公園を歩いた時には、他のところもまわったので、その時のことでも。


芝丸山古墳界隈の高低差1
写真1

芝公園内の南側には、こんな場所もあったのですよ。(写真1)
いかにも公園という場所からすこし奥のほうに階段があったので、そこを上っていくと、ここにくるのですが、この奥にはなんと写真1の石碑にも記してあるとおり芝丸山古墳という名の古墳があったのですよ。
とにかく行った時は人もいなくて静かな場所というほかなく、ここが東京タワーの近くの場所いうのが信じられないくらいでした。
しかも、この山道のような荒々しい雰囲気にもかなりびっくり。
ただ、これは、これまでの過去の散歩途中に出会った古墳についても、とりたてて整備などが施されてないパターンが多かったので、ここも昔からある古墳を大事にして、そのままの状態で残した結果が、目の前にあるものなのかもしれないですね。
そういう意味では、ここの古墳はかなり規模の大きいものなのかもしれないですが、古墳についてはあまり詳しくないので、ここでは、wikipediaの芝丸山古墳のページでもリンクしておきますので、そちらで確認でもしてくださいな。(と書きつつひとこと加えておくとですね、写真1に写っている案内板には、都内最大級の規模で標高約16mとありましたので、やっぱりかなりの規模の古墳なのですよ。)


芝丸山古墳界隈の高低差2
写真2

そして、こちらが、写真1の真ん中あたりに見えていた階段ですね。(写真2)
ここから古墳の頂部に向かってかなりの高低差具合の階段になっていました。
こうしてみると、場所柄なんか色々と想像をかき立てられる階段だったかもです。


芝丸山古墳界隈の高低差3
写真3

階段をのぼり、うんたらよっこいしょという感じで、歩いていると、古墳の頂部にやってくるのですが、こちらは、そこにあったものですね。(写真3)
近づいて調べてみると、伊能忠敬記念碑なるものでしたよ。
なぜこんなところに?という感じでしたし、帰ってから軽くネットで調べてみてもよくわからなかったので、またそのうち詳しく調べるということで、今回は軽くスルーです。(汗)


芝丸山古墳界隈の高低差4
写真4

ちなみに、写真3の石碑からの眺めがこちらです。(写真4)
まわりはちょっとした広場になっていて、写真4は南側(写真3の背後)を眺めているものなので、奥のほうに行くと、さっきでてきた階段の坂上あたりとぶつかるという感じですかね。
あとは、手前の小さな石に囲まれた大石も見えていますが、これがなにかは不明です。(笑)


芝丸山古墳界隈の高低差5
写真5

せっかくなので、気になったものでも。(写真5)
写真2の階段を上りきったあたりにあったのですよ。
なかなか珍しい形をしていて、しかもなぜこんなところに感があったので、思わずぱちりと。(笑)


芝丸山古墳界隈の高低差6
写真6

こちらは、古墳の南側エリアにも階段があったので、試しに歩いてみたときに、坂下方向を見たものです。(写真6)
ちょっとわかりにくいですが、奥のほうの道路(車が見えているあたりです)とかなりの高低差があったんですよ。
しかも坂道的にもなかなか良い感じ。


芝丸山古墳界隈の高低差7
写真7

そして、最後は芝丸山古墳と東京タワーが一緒にみえるポイントでぱちりと。(写真7)
こちらもわかりにくいですが(それもそのはずで、これは古墳に行く前に撮ったものですので、かなり偶然なアングルなのですよ)、左側の奥のほうに樹々に覆われた小山が見えていますが、それが古墳部分ですね。
なので、これを見ると、さきほど、案内板に、都内最大級の規模で標高約16m(建物でいえば5階分くらいの高低差)とあると書きましたが、なんとなく大きさ具合が実感できるのではないですかね。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
東京都港区芝公園4-8-25

最近は、記事のボリュームが多くなってきていて、更新が遅れがちだったこともあり、今回はさらりとです。


東京タワーと平和の灯1
写真1

いきなりですが、ひさびさの東京タワーの写真でも。
場所は、すこし想像できるかもしれませんが、増上寺の南側にある芝公園からのタワーです。
写真のとおりですが、ここからなら、かなりいいアングルで、しかもじっくりと東京タワーを眺めることができたのですよ。(汗)
ちょっと家からは遠いですが、代々木公園と同じく、これからはタイミングがあえば、定点観測でもできればなあと思いながら当日は歩いておりましたよ。
ただ、ひとつ問題なのは、この公園の場所とタワーの関係が、ちょうど太陽光線の方向にカメラを向ける感じになりそうなので、これ撮ったのは夕方だったのですが、昼間の撮影は逆光でけっこう厳しいのかなあと思ってみたり。(これもやってみないとわからないですが。。)

ちなみに、この芝公園、当日はなんか新しい感じだなあと思ったのですが、今書きながら調べてみると、1873年(明治6年)にできた公園らしく、都内でも上野恩賜公園などと並ぶ古い公園とのことみたいですね。
しかもwikipediaによると、かつてこの地は飯倉御厨と呼ばれる伊勢神宮の荘園だったそうですよ。


東京タワーと平和の灯2
写真2

こちらは、園内をぶらぶらしていたら、「平和の灯」なる場所があったので、そこからタワーとあわせてぱちりと一枚。
実は、散歩したのは7月のおわりだったこともあり、本当は8月中のタイムリーな時期に、記事を書いておけばよかったのかもしれませんが、ここは「平和の灯」という名前のとおり、下のほうに写っているランプシェードのような容器の中では火が灯っていて、この火は、港区の公式HPによると、『広島市の「平和の灯(ともしび)」、福岡県八女市の「平和の火」、長崎市の「ナガサキ誓いの火」をあわせたもの』だそうです。
なんだか唐突にあってびっくりしたのですが、この場所は港区が「港区平和都市宣言」を行ってから20年後が経ったということを記念して2005年8月15日にできたそうですよ。
しかも、この場所の説明が記された案内版が、ちょうどタワーを眺めながら見れる位置(要は写真2の立っている場所のそば)にあり、そういう意味では、これを考えた人(設置した人)も、目の前に見えている東京タワーについても平和のシンボルとしてみていたのかなあと、深読みをしてしまったのですが、どうなんでしょうかね。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
港区芝公園4-8

タイトルそのままですね。
今回は、2015年8月31日をもって建て替えのために閉館してしまったホテルオークラ東京の本館についてのことについて取り上げてみたいと思っています。
ただこのブログではやはり、建物自体というよりは、せっかくまわりに著名な坂道たちに囲まれた場所でもあるとおり、高低差にめぐまれた立地にあることから、他の方とはちょっと違った視点でもあり、このブログでは定番の視点で振り返ってみたいと思います。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる1
写真1

まずはこちらから。(写真1)
ホテルの北側にはこんな具合に広々とした場所があるのですよ。
撮影した時期は、ホテルの建て替えのニュースが流れ始めた頃に、直前になるとマークが厳くなるかもと思い、昨年の11月のなかばに散歩してきたものでありまして、この時点では、ホテルが閉館になったらブログにアップしようと思いながら歩き、こっそり撮影していました。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる2
写真2

写真1のうしろには、若干傾斜しているように見える道路が接しているのですが、実はここ、汐見坂なんですよ。(写真2)
ちなみにこの坂は、前にこのブログでも取り上げてますのでよかったらどうぞ。
→ 汐見坂 (NO.118) 


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる3
写真3

そして、肝心の坂道がここですよ。(写真3)
場所的には、写真1の右側のスロープを奥へすこし歩くとここにやってきます。
要は、写真1の側から入る側とは別の場所から入ってきた車が通る場所なのですが、現地で歩いていると、目の前の高低差具合と左に見えているオークラの外観が一緒に鑑賞できてかなり楽しかったです。
しかも、手前と奥の高低差具合もオークラの外観をみると、一発でわかりますよね。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる4
写真4

すこし坂を上ってみて、坂上方向を見てみました。(写真4)
坂は右に曲がる形で、まだ上っているようでした。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる5
写真5

いちおう、写真4とだいたい同じ位置より、坂下方向も見てみました。(写真5)
まだまだ坂下あたりという感じですかね。
ただ奥の道もスロープになっていることから、写真1の場所と比べると建物1階分くらいの高低差はある場所ということになります。



ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる6
写真6

あと、写真5の左側には、こんな場所がありました。(写真6)
通常は、こういうところまでは気にして撮影しないのですが、さすがに見納めかもと思うと、やはり撮らずにはいられませんでした。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる7
写真7

奥を覗くと、これまたかなりの高低差の階段が。。(写真7)
見た感じ建物1階分以上の高低差がありそうですね。
この道路の下にも、オークラのなんらかの施設があるということですかね。
ということは、取り壊しの際は、やはり今回取り上げた坂道も無くなってしまう可能性が高いということなのかも。。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる8
写真8

坂道にもどりまして、さらに坂を上り、坂上方向をみてみました。(写真8)
この位置から坂道をみると、カーブしながら上る感じとか建物の関係とかが面白いですね。
やはりこの写真も通常なら、写真4でまとめて説明をすませてしまうところなのですが、見納めということで今回は載せてみたのですが、坂道の曲がり具合とか坂道と建物の関係部分なども含めてあらためてじっくりと写真で見るとかなり良い感じですね。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる9
写真9

せっかくなので、写真8の位置からの坂下方向の景色なども。(写真9)
こうしてみると、坂道はもちろん、右側のオークラの外観の庇の飛び出し具合が比べられて、これはこれでまた楽しい写真なのかも。(そして、そういう視点で、写真3とか写真4を見直してみると、これまた感慨深いですね。)


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる10
写真10

そして、もうすこし坂を上り、坂下方向を眺めてみたものです。(写真10)
もうこれは、個人的には絵はがきにしたいくらいのものかもですよ。(今、思えば、三脚たててきちんとここから撮っておいてもよかったかもと後悔しておりますが。。)
こうしてみるとオークラの外観ておもしろいですね。(もちろん坂道との関係もです。)


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる11
写真11

次は、写真10とだいたい同じ位置より、坂上方向を見てみたものです。(写真11)
さっきまでと同じくかなりの急勾配の坂道でした。
ここからのも坂道景色的にはおもしろいかもですね。
ちなみに奥に見えている高層ビルは、ANAインターコンチネンタルホテルのようですね。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる12
写真12

さらに坂を上り、坂下方向を見てみました。(写真12)
こうしてみると右側の擁壁のようにみえていたものもオークラの施設の一部だったということがわかりやすいかもですし、高低差具合もしかりという感じ。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる13
写真13

こちらは、写真12の左のほうに見えていた車が止まっていた砂利の駐車場からのホテルオークラの外観です。(写真13)
今回の坂道散歩では、坂道景色と同様に、いかにオークラの建物もいい位置で見れる(撮れる)かも気にしながら歩いていたのですよ。
ただこの位置からだと、太陽光のおかげで、ファサードがこれまで見てきたような色とりどりな変化のある感じとは違い、あまり変化のない(のっぺりとした)ように見えていたのはおもしろい発見だったかも。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる14
写真14

再び坂道にもどりまして、さらに坂を上ってみました。(写真14)
こんなところで車が駐車するのかとも思いましたが、地面には「駐停車禁止」という表示が書いてありました。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる15
写真15

そんなこんなで、やっと坂上あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみました。(写真15)
もうここまでくると、途中、いろいろと景色的にも楽しめるポイントが多くあったためか、坂下ははるか下という感じでした。


ホテルオークラ東京の坂道を歩いてみる16
写真16

ちなみに写真15の右側にはこんな景色が広がっていたのいたのですよ。(写真16)
坂道好きなら知っている方も多いとは思いますが、右に見えている道路は霊南坂の坂上あたりなのです。
こちらも過去にブログなどで、坂道を取り上げてますので、気になる方はどうぞ。
→ 霊南坂 (NO.117) 
→ アメリカ大使館と霊南坂
なので、今回の無名坂(そう、ここでいきなり登場しましたが、ここは名前のない坂道なのです)も実は霊南坂と同じ高低差具合のはずなので、そのあたりのことも想像しながら歩ければ最高ですが、そうもいかなそうなので、過去のブログ記事を見ながら、今回の無名坂と比べてもらえれば、違った感覚が味わえるかもですね。


ということで、これから取り壊されてしまうであろうホテルオークラ本館(特に内部)についてはいろんな方々が独自の視点で書かれているものも多々ありますので、そちらをみていただくことにして、今回の坂道散歩は長々となってしまいましたがこんな感じです。



住所
東京都港区虎ノ門2-10-1

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