東京坂道さんぽ

2016年01月

今年もこの日がやってきてしまいました。
毎年言ってますが(もう諦めてこれからも何度も言わせていただこうと思います)、早いもので、もうあれから21年ですか。

そして、昨年の1月17日のブログでも「これからも今まで同様、震災遺構の旅(散歩?)を続けよう」と言ったこともあり、今年も年始に引き続きいくつかまわってきましたが、今回はその中のひとつだけを紹介してみたいと思います。

今年の年始は、久々に地元のいつもの同級生のメンツに加えて、すこし疎遠になっていた小学校から同じ学校だった近所の同級とも一緒に会うことができて、変わらないところ変わったところ、参加メンツを通じて聞く、今回はきていなかった他の同級のうわさ話などから、自分たちが過ごしてきた年月の長さを感じた年始めのなか、今年はどこをまわろうかな?と思っていたところ、ふと昨年のブログの記事で「神戸ルミナリエの悲喜こもごも。」という神戸ルミナリエに関する記事を書いたこともあり、そんなことからも神戸ルミナリエの会場のひとつでもある東山遊園地を選んでみることにしました。

ただ、東山遊園地といえば、今日の新聞やテレビなどでも報じられているとおり、午前5時から「1・17のつどい」が開かれている場所でもあり、自分の中でも心理的ハードルが高く、いつか1・17のつどいに参加して、その様子を書こうと思っていた場所でもあったのですが、今回、いろいろと調べているうちに、公園内に「慰霊と復興のモニュメント」という震災関連のモニュメントがあることを知り、20年も過ぎたことだしという心理も働いて、今回、思い切って行ってみることにしたというわけなのです。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年1
写真1

東山遊園地の場所ですが、三宮駅からフラワーロードという大通りをすこし南下すると、神戸市役所があるのですが、今回の公園は、市役所のすぐ南側(海側)にあります。
そして、この写真ですが、これが「慰霊と復興のモニュメント」です。(写真1)
東山遊園地のフラワーロード側の公園中央あたりにあり、規模も大きめでした。
見た感じはまさに地形模型といった感じでしたが、もちろんそこにはいろいろな思いが込められているようでした。

この「慰霊と復興のモニュメント」は、地震で亡くなった方々の慰霊と、復興を願い、市民の募金によって2000年1月17日につくられたものだそうです。
またこのモニュメントを計画するにあたって、指名コンペがおこなわれ、安藤忠雄氏、植松奎二氏、楠田信吾氏、福岡道夫氏らの応募作品の中から、造形作家の楠田信吾氏の作品が選ばれたそうです。
作品名は、あとでも軽くふれますが、「COSMIC ELEMENTS」というそうです。

そして、この作品のコンセプトも神戸市の公式サイトには書かれていて、それによると、このモニュメントのコンセプトは、「地、太陽、空、水、風、石、ガラス」にわかれているそうです。
まず写真1の黒い石の説明碑の手前の正方形のタイルが敷き詰められた地面の部分が、「地」にあたるそうで、白い大地=新しく生まれる神戸の街、を意味しており、写真1の左に見えている木の部分が、「風」にあたり、草木=風の流れ、時の流れ、となり、レンガ色の地形模型の段差の部分が、「太陽」で赤い丘=生命と力の源・生命の暖かさ、永続性、を意味しているとのこと。
なるほど。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年2
写真2

もうすこしアングルを変えて見てみました。(写真2)
この真ん中の割れ目のところは、意味のある通路になっていて、奥にある地下の瞑想空間へとつながっています。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年3
写真3

取材当日は、写真2の通路を奥に行ってみたのですが、ご覧のとおり、年始のため入ることができませんでした。(写真3)


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年4
写真4

ただ、さっきの格子ごしに奥をみてみると、中がすこしだけ見れました。(写真4)
奥には、地下瞑想空間とよばれる震災で亡くなられた方々の名前が刻まれた空間があるようです。
今回は、見れませんでしたが、ある意味、気持ちが整理できたので、逆によかったのかもしれませんが。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年5
写真5

こちらは、写真2でも見えていたさっきの通路の上、要はモニュメントの頂上あたりの様子です。(写真5)
正面に見えているガラスの部分ですが、これはコンセプトの「ガラス」にあたり、未来を映し出す、ということを意味しているようです。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年6
写真6

また、写真5にもちらりと見えていますが、モニュメント作成者の名前などもきちんと残されいました。(写真6)


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年7
写真7

さらにアングルを変え、写真1と写真2の中央右あたりに見えていた滝のように水の流れている場所がよくみえるところにきてみました。(写真7)
位置的には、ちょうど写真2の背後ということになりますかね。
ここは、作品コンセプトでいえば、「水」にあたり、落水=水は新しい命の象徴。復興へのエネルギー、という意味を込められており、その上にある黒い石にも「石」、地球上の物質の象徴=巨石を宙に浮かせる事で人間と自然の儀式的な舞台装置となる、という意味が込められているそうです。
そうですか、意味的にはこの黒い石は浮いているということになっているのですね。
たしかにこのくらい遠目でみるとそう見えなくもないかもです。


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年8
写真8

こちらは、写真7の場所から奥のほうへ少し歩き、振り返ってモニュメントを見てみたものです。
なので、先の滝の部分は右側に見えていますよね。(写真8)
また奥には神戸市役所の高層ビルも見えていました。
偶然なのかどうかわかりませんが、軸線がちょうどあっているのはやはり狙ってなのですかね?


東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年9
写真9

そして、最後にこちらです。(写真9)
位置的は、写真8の中央左あたりにもちらりと見えていますが、これが、「1.17希望の灯り」です。
うしろにコンセプトの太陽にあたる地形模型のような段々が見えていることもあり、これも慰霊と復興のモニュメントと一体に考えてもよいかなと思い、今回、紹介してみることにしました。

これについては、自分で説明してもよいのですが、写真左側の銀色のほうにこの1.17希望の灯りについての説明が書いてありましたので、最後にそのまま抜粋させていただいて、今年はおわりたいと思います。

『 1.17希望の灯り

この碑文には、阪神淡路大震災で奪われたすべてのいのちと
生かされた私たちの思いが凝縮されています。

あの震災から15年、街の復興は進みましたが・・・
愛する家族を、友人を、仲間を奪われた方々のこころの傷はまだ癒えてはいません・・・

マグニチュード7.3を記録したあの大地震の時、
私たちはかけがえのない「いのち」を失うと同時に
国籍や宗教、肩書きなどの違いを超えて、家族や隣人、地域で
お互いに心を結び助け合いました。

電気もガスも水道もない中、手をたずさえて支えあったあの「こころ」は
まさに暗闇を照らす小さな灯火だったのです。

被災地の公園や街角、学校や会社には、亡くなられた方々の「生きた証」として
多くの「慰霊碑」・「追悼碑」・「モニュメント」がつくられています。
これらは失われた多くのいのちを、「個人の死」・「一人の死」としてではなく
「みんなの死」として受け止めた被災した方々のごく自然の営みでした。

ここに点されている灯りは、2000年1月17日午前5時46分
被災10市10町と全国47都道府県から届けていただいた種火をひとつにして、
「生きている証」として点しました。

2010年1月17日記す


1.17 Flame of Hope

5.46am, 17th January 1995
The Great Hanshin Earthquake

This earthquake took many things,
Lives, Jobs, Communities, Our Cityscape, Our Memories,
These things appear safe , permanent,
Even moments before, we cannot know

This earthquake left many things behind,
Kindness, Compassion, Human Bonds, Friendship

This flame links the lives which were taken away,
With our thoughts, the survivors.

Inscribed by Masami Horiuchi




東山遊園地の慰霊と復興のモニュメント。そして21年10
写真10

1.17希望の灯り

1995年1月17日午前5時46分 
阪神淡路大震災

震災が奪ったもの
命 仕事 団欒 街並み 思い出

・・・たった1秒先が予見できない人間の限界・・・

震災が残してくれたもの 
やさしさ 思いやり 絆 仲間

この灯りは 
奪われた 
すべてのいのちと

生き残った
わたしたちの思いを
むすびつなぐ




地図
兵庫県神戸市中央区加納町6-4

なんとなく年始の気分が自分の中でもあるうちに、年末年始に地元神戸をぶらりとした時にちょっとおもしろい場所を見つけてしまいましたので、またまた寄り道がてらです。


芦屋東山公園のライトアップ1
写真1

いきなりですがこちらですね。(写真1)
実はここ、なんかのテーマパークというわけではなくて、東山公園と呼ばれる、いわゆるまちなかにふつうにある公園で、まわりも自分の足音がきこえるくらいの静かな住宅街なのですよ。
場所的には、JR芦屋駅から北へ10分も歩かないうちにこれる場所なのですが、当日はここでこんなことになっているとは知らず、昨年、この近くの別の公園のニュースがネットで流れていて気になっていたので、今回はそこにいく途中(そして地図でおもしろそうなこの公園を見つけたので)、ちょっと寄り道したら、という感じだったのです。(笑)

とにかくびっくりしましたよ。
もちろん訪れた時は、公園の入口などになにか告知看板(このライトアップのですな)とかあるわけでもなく、クリスマスの時期も過ぎていたわけですが、右側のベンチのそばにはクリスマスツリーもあったので、おそらくクリスマスにあわせて設置されたものだろうとは思われますが。。


芦屋東山公園のライトアップ2
写真2

それから、奥に行くとこんな感じでした。(写真2)
ここだけでも、けっこうな高低差の擁壁があり、建物でいえば2階分くらいの高さはある感じでした。
ちなみに、今見ている方向は、北側にあたり、この方向に向かって山の斜面は続いており、この東山公園は、南北に長い高低差のある公園みたいでした。(みたいでした、というのは、実はここ、過去にきた覚えがほぼないので、おそらく初めてきた公園だと思います。)


芦屋東山公園のライトアップ3
写真3

写真2の左側に見えていた階段を上って、階段上から、ライトアップを見てみました。(写真3)
ここから見るとわかりやすいですが、要はこのあたりだけなぜか豪華にライトアップされていたみたいですね。
しかも、左のほうには「ふれあいかいだん」というプレートが。。
ということは、場所由来とはほど遠い感じですが、それでもこの階段の名前は、”ふれあいかいだん”ということになりますかね。(めもメモ)


芦屋東山公園のライトアップ4
写真4

こちらは、正月からなのかクリスマスからなのか、いつもやっているのか不明だったライトアップされた場所から、さらに公園内のいくつかの階段や坂道を上って(北側に移動)いくと、”てっぺんかだん”(←かいだんではないですよ。現地では僕自身勘違いしてしまったので・・)なる、おそらくこの公園内の頂上付近の場所があったので、そこから海の方向(南側)を向いてパチリと一枚。(写真4)
なので、奥に見えている灯りは、芦屋市街のものということになりますかね。

ちなみに今いる場所の標高は、マピオン地図によれば海抜54mだそうで、写真1の場所の標高は、海抜39mなのだそうですよ。
ということは高低差は15m、ですか。
どうりで公園内をぶらぶらするだけでも疲れたわけですな。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
兵庫県芦屋市東山町12あたり

おめでとうございます。

昨年は、特に夏以後がくっと更新頻度が落ちてしまった中でも、坂道ブログ的には、テレビ関係の方々に声をかけていただいたりすることが数件続くという驚きの展開があり、このブログを見て下さっているかたというか気にかけてくださっている方々とお話などもできる機会もあったので、その点ではすごくはげみになりました。
(ちなみに忘れないうちにここにて軽く報告しておきますが、企画の相談を受けた「美の壺」の坂道特集のほう、BS放送だったため、リアルタイムでみることが出来なかったのですが、録画してもらっていたものをやった最近みることができましたよ。内容のほうは、なるほどーという感じでしたし、おもしろかったです。(感想になっていませんが・・・。))

あとは、数年後の東京オリンピックに向けて、都内に住んでいる方はすでに気がついている方も多いとは思いますが、東京のいろんな場所の景色が忽然と消えたり、はたまた加速度的に動きだしているので、そういう点も大いに気にしつつも、昨年も言ったと思いますが、タイトルに”東京”とついていることもあり、初期の頃はほぼ東京ネタ中心でしたが、やはり気になる坂道があれば、東京だけにこだわらず記事にしてみようという考えは、あいかわらず今年も持っていますので、都内の坂道(および建物、景色)とあわせて、ぼちぼちと更新していければなあと思っておりますよ。

ということで、本年もよろしくお願いいたします。


あけまして2016new

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