東京坂道さんぽ

2016年08月

所在地:目黒区八雲3-4あたり


(引き続き、目黒区の個別の坂道の話です。)


ばけ坂と呼ぶそうです。
場所は、八雲の住宅街の中にあり、目立った施設がないので説明しづらいのですが、前に取り上げた「しどめ坂(NO.273)」の坂下の道をそのまま北に数分ほど歩くと、今回の化坂の坂上あたりにやってきます。


化坂 (NO.275)1
写真1

では、まず坂上からの景色でも。(写真1)
見てのとおりなのですが、ここからではかなりわかりにくいほどの緩い傾斜の坂道だったのですよ。しかも、まわりは住宅街で坂下までまっすぐな道ということで、坂道景色的には閑静な住宅街によくみられるまちの風景という感じでした。

ただ、そうは言っても写真1の左側にも見えているとおり、ここには都内の坂道によくみられる坂の碑が設置してあったので、やはりここは昔からある坂道なのですよ。
そんなわけで、いつものように坂の碑の内容を抜粋するとですね、
『元の化坂は耕地整理のため消滅している。武蔵野台地の斜面に多い赤土層に砂礫層が露出し、湧水が出る所を「はけ」といった。それが転じて化坂となったといわれる。またこの坂が、衾と深沢の境を分けるので「分け坂」とも呼んだという。』
とありました。

なるほど、このあたりはやはり耕地整理されていたのですね。
どうりでまっすぐな道だったわけですね。
ということは、この道は、昔の坂道とはすこし場所が違うということでもあるわけですね。(汗)

坂の名前については、「武蔵野台地の斜面に多い赤土層に砂礫層が露出し、湧水が出る所を「はけ」といった」とあるとおり、地形由来だったのですね。
しかも、このあたりから湧水が湧き出ていたとは。
なお、「衾と深沢の境を分ける」とある、この”衾(ふすま)”は、目黒区のHPによると、碑文谷とともに、目黒の歴史を語るとき欠かすことのできない、目黒の代表的な地名の一つだったそうです。そして、昭和39年に新住居表示が実施され、衾という町名も姿を消すことになったそうですよ。

あと、いつもお世話になっている「東京の坂道」という本には、「目黒大観はこれを(略)化坂の称呼は何に因由するものか、文字通り怪異があったと云ふせつが最も多い。」とも書かれてありましたよ。
たしかに、「化」→ばける、と想像しがちで、本の説明にも怪異とあるとおり、怪異は化け物や妖怪などを意味する言葉なので、そういう怪奇話がでてきてもおかしくないかもですね。
どろどろどろ〜。ひゅー。とんとんとん。きゃー。(夏らしく、笑)
(ちなみに、目黒大観とは、昭和のはじめに刊行された書物です。)


化坂 (NO.275)2
写真2

すこし坂をくだったあたりから、坂上方向を見てみたものです。(写真2)
ここからだと、勾配具合がわかりやすいんじゃないですかね。


化坂 (NO.275)3
写真3

そして、一気に坂下あたりまできて、坂上方向を眺めてみました。(写真3)
写真的な見た目は、はじめにもいいましたがよくある落ち着いた住宅街という感じでしたかね。


化坂 (NO.275)4
写真4

ただですね、写真3の右側に、こんな感じの風情のある入口の茶屋があったのですよ。(写真4)
なんでも、看板をみると「八雲茶屋」というそうです。
散歩当日は、店が休みだったので、中には入れませんでしたが、かなりいい雰囲気の休憩処という感じでした。
帰ってから調べてみると、HPもありましたよ。
ただそれを見る限りでは、服装規定があるなどなかなか敷居高そうな感じにも思えましたが、今回の坂道沿いにぽつねんとあることや小規模な展覧会もやっているようですので、応援がてらHPをリンクしておきますので、気になる方はどうぞ。
→『八雲茶寮


あ、あとですね、これも「東京の坂道」の情報なのですが、この坂下あたりで、都立大の調査班により加曾利式土器が発掘されたそうですよ。
そのため、このすぐ東側を、呑川駒沢支流が流れていることからも、呑川沿いに先住民が生活したことがわかったそうですね。
なお、なぜ調査したのが都立大学だったかというのは、諸説あると思いますが、やはりこの坂の最寄り駅が都立大学とあるとおり、かつてこのあたりに都立大学があった(1991年に敷地が狭くなったことなどから、現在の多摩ニュータウンへ移転したのです)ことから、地域調査としておこなわれたのかなと予想しているのですが、どうでしょうかね。


ということで、今回は、こんな感じです。

地図:
目黒区八雲3-4あたり



(追記:この坂も草なぎさんが走った坂道なので、リストに追加しました。)

所在地:目黒区八雲3あたり

(ではいつもように坂道をとりあげます。)


たいこ坂と呼ぶそうです。
場所は前回取り上げた「しどめ坂(NO.273)」の西隣を平行して走っていて、目黒通り側から下っている坂道です。


太鼓坂 (NO.274)1
写真1

まずは坂下からの様子です。(写真1)
左側がしどめ坂(NO.273)にもでてきた宮前小学校で、今回はこの学校の西側に面している坂道を取り上げていることになりますかね。
なのでこの学校に接している東西の道が名前のついている坂道になっているという、なかなかたのしいつくりの小学校みたいでうらやましいです。
勾配具合などはしどめ坂(NO.273)とそれほど変わらないのですが、ここは両サイドが壁に囲まれたような感じになっているのが印象的でした。


太鼓坂 (NO.274)2
写真2

すこし坂をのぼり、坂下方向をみてみました。(写真2)
ここから見ると、さらに両サイドの擁壁のような建物の壁が際立っていましたかね。

しかも地図をみると、この左側はおしゃれな文房具をつくっていることでも知られるデルフォニックスの本社のようですね。
ただ、現地では、まわりは住宅街ということもあり、なにかお店があるとかそういう感じにも見えなかったので、地図で再確認してやっと気がつくという雰囲気の外観だったかもです。
というか、坂道側から見ると、白い壁には窓も見られるので、擁壁と一体になったかのようなつくりの建物でもあるようなので、その点でみてもなかなかおもしろかったですよ。

あとは、写真2の右側にもちらりと見えているとおり、ここにはいつものような坂の碑はなかったのですが、坂の説明が書かれた銀色のプレートが小学校の坂道側の壁にありましたので、いつものように抜粋しておくとですね、
『昔、この坂の斜面が太鼓のような形をしていたので、または、急坂のため太鼓を転がすように人が転げ落ちたので、太鼓坂と呼ばれるようになったといわれています。
また、目黒には多くの坂があり、この付近だけでも他に5つの坂があります。
_什筺´△靴匹畉筺´I浩邵筺´っ畑坂 ニ唳筺
とありました。

「太鼓を転がすように人が転げ落ちた」というのはなんとなくわかりますが、「斜面が太鼓のような形をしていた」というのは、ちょっとわかりにくいですね。。
太鼓の木枠の部分のことを言っているんですかね?
もしそうならば、なかなかの急坂といえるかもですが。
とにかく、なぜいきなり太鼓がでてくるかは不明ですが、そういう名前がつけられているのですよ。


太鼓坂 (NO.274)3
写真3

もうすこし坂をのぼると、両側が壁だった部分が一望できました。(写真3)
まわりが住宅街ということもあり、やはりこの両サイドの白い壁は印象に残りましたよ。


太鼓坂 (NO.274)4
写真4

今度は写真3とだいたい同じ位置より坂上方向を見てみました。(写真4)
見た感じはなんてことない坂道ともいえますかね。
ただ、場所柄か、左側のマンションが打ち放しでおしゃれな雰囲気のつくりになっていたところは、やはりなあと思ってみたり。


太鼓坂 (NO.274)5
写真5

最後は、坂上あたりからの景色です。(写真5)
道が一直線のためか坂下まで一望でき、さらにその向うまで道が続いているのは、このあたりの特徴でもあるかもですね。
ちなみにこの坂道も、しどめ坂(NO.273)と同じく、坂下を呑川の暗渠が横切っているので、別名で「しどめ坂」と読んでもいいかもしれないですね。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
目黒区八雲3あたり


(追記:この坂も草なぎさんが走った坂道なので、リストに追加しました。)

リオデジャネイロオリンピックの閉会式での2020年の東京大会プレゼンテーションよかったですよ。いろんな意味で。
ただ、今回はその中身についてというより、タイトルにもあるとおり、ドラえもんとマリオが共演したシーンの背景のことですね。

もちろん印象的なシーンで、東京にきたことあるかたならすぐにわかる場所でもある渋谷の交差点がメインだったのですが、実は道玄坂の坂下でもあるのですよね。(笑)
気がついたかたも多いとは思いますが。
(SNSでも坂道マニアではないような方でも坂道ネタとしてとりあげているかた、ちらほら見かけました)

しかもカメラアングルが、渋谷109のほうをむいていたので、まさに坂下から坂上方向をみているアングルとなり、坂道上でのシーンともいえて、そういう視点でみても楽しいですかね。
そして、ドラえもんとマリオと道玄坂のコラボ風景。
たまらんかったです。
まあ、交差点からの109の景色は、あまりにあたり前の渋谷の日常風景すぎてスルーしがちですが。。(汗)

念のため、このブログを訪れて、渋谷の道玄坂を知らないというかたは、少なめだとは思いますが、道玄坂に関する過去の記事もいちおうリンクしていきますので、よかったらどうぞ。
→ 道玄坂(NO.191) その1道玄坂(NO.191)その2


そんなこんなで、今回は、こんなうれしいことというか、坂道史的にもきちんと記録しておく意味でも、このブログに書いておくことにしましたが、最後に、せっかくなので、NHKのyoutubeにて東京大会プレゼンテーションの模様が全編公開されていますので、リンクしておきますね。(見た方多いとは思いますが。)

→『【NHKリオ】2020へ期待高まる!トーキョーショー』
https://youtu.be/sk6uU8gb8PA

なお、ドラえもんとマリオが共演した該当のシーンは、4:45くらいからみれます。
(ただ、このNHKのyoutubeの動画が、いつまで公開されているかは不明なので、もしみれなくなったらそのときはすみません。)



ドラえもん
写真1

こちらはおまけです。(写真1)
最近六本木ヒルズにて撮ったドラえもん(の像)です。
「ドラえもん」て何?という方は少ないと思いたいですが、念のため。(笑)


ということで、今回はさらりとこんな感じです。

このブログは、江戸時代、もしくはそれより昔からある坂道もとりあげているわけですが、よく考えてみたら、昔の殿様や著名人(政治とは縁遠い人も含む)などもこの坂道を歩いたとか、ほにゃららしたとか、よく坂の碑に書かれている割には、大昔の史実とあわせてこの数十年(ひろく見れば戦後)のことについて取り上げている坂道系のブログはほぼないことに気が付きまして、まずはそのきっかけにでもなればなと思い、今回は坂道における芸能史という意味もこめて参考資料がてらということで。
(これは、民俗学者の宮本常一さんが、「日本の民俗学が本当に完成するには、芸能史にも本格的にとりくまなければならない」と生前言っていたことに影響を受けて、坂道についても同じくいくつかの視点でとりあげて記録しておいてもいいんじゃないのかなというところからもきているのですが。。)

とにかく、SMAPの解散報道がでたときに、ふと思いつき、SNSでちらっとSMAPのメンバーが走った東京の坂道についてとりあげてみたのですが、その後、この坂道ブログを見なおしてみたところ、ブラタモリのほうは坂道記録として記事にしていたのですが、さすがにSMAPのほうについてはとりあげている記事がなかったのですよ。

なので、こんな機会に取り上げるのはすこし寂しい気もしますが、逆に言えば、このタイミングでしか書けないような気もしたので、タイトルにもあるように、SMAPさんのメンバーが走った東京の坂道について、さらりとまとめておくことにしましたよ。
(本当は、SMAPさんの番組が放送された頃に、このことに気がついていればよかったんですけどね。ただこれを書いていて、ブラタモリの初期のころとこのSMAPさんの番組の時期がかぶっているのは、今思えばなかなかおもしろいことだなあと思ってみたり。)


そんなわけで、肝心の番組内容については、2009年と2010年に放映されたもので、SMAPさんのメンバーの中で、木村拓哉さんと草なぎ剛さんが、テレビ朝日の『SMAPがんばりますっ!!』の1コーナーのなかで、2009年に木村拓哉さんが港区の坂50か所を1日で全力で登りきるという企画(第1弾)、そして、2010年には草剛さんが同じく1日で目黒区49の坂を走りきる企画(第2弾)があり、彼らが走ったわけなのですよ。

もともとのきっかけは、全力坂のウィキペディアにも書いてありますが、木村さんが、どうしても理解できない番組と評していた全力坂について、タモリさんから「やればわかると思うよ。今やっておかないとダメ!」と促されて坂道を走ることになったからだそうですよ。
ちなみになぜ50箇所なのかについては、放送当時、テレビ朝日が開局50周年ということで50箇所に決まったみたいですね。
放送されてからだいぶ時間が経っていますし、忘れているかたや知らない人も多いと思いますので、番組自体のこまかい内容について、ウィキペディアのページから抜粋してもいいのですが、長くなりそうですし、それよりなによりこのブログはバラエティー番組の紹介サイトではないので、気になるかたは全力坂のウィキペディアのページもみてもらうとSMAPさんの回のこともくわしく書いてくれてますので、そちらを見てください。

なお本家の全力坂については、今でもやっていますので、番組をみるなりサイトを見るなりしてどんな番組なのかは自身で判断してくださいな。

というわけで、ここでは、せっかくの自分のブログですので、木村拓哉さんと草なぎ剛さんが実際に走った坂道をリストアップしつつ、あわせてこのブログで取り上げた坂道もリンクしておくことにしますので、気になるかたはよかったらどうぞ。



木村拓哉さんが走った港区の坂50か所
1:霞坂 
2:笄坂
3:牛坂 
4:さくら坂  
5:暗闇坂 
6:七面坂 
7:大黒坂 
8:鳥居坂 
9:一本松坂 
10:内田坂 
11:仙台坂 
12:木下坂 
13:新富士見坂 
14:薬園坂 
15:奴坂 
16:新坂  ※複数あるため調査中。
17:青木坂 
18:狸坂 
19:釣堀坂 
20:愛宕坂(男坂)
21:桂坂 
22:魚籃坂
23:日吉坂 
24:雁木坂
25:三年坂 
26:江戸見坂 
27:スペイン坂 
28:道源寺坂 
29:南部坂  
30:狸穴坂 
31:鼠坂 
32:植木坂 
33:日向坂 
34:綱坂 
35:幽霊坂 
36:いちょう坂  
37:天神坂 
38:柘榴坂 
39:氷川坂 
40:転坂
41:本氷川坂 
42:檜坂 
43:円通寺坂 
44:牛鳴坂 
45:土器坂 
46:永井坂 
47:三分坂 
48:サカス坂 
49:乃木坂 
50:けやき坂



草なぎ剛さんが走ったが目黒区の坂49箇所
1:権之助坂
2:富士見坂  ※複数あるため調査中。
3:三折坂
4:石古坂
5:金毘羅坂
6:十七が坂
7:馬喰坂
8:行人坂
9:小川坂
10:松見坂
11:相ノ坂
12:蛇坂
13:大阪
14:謡坂
15:なべころ坂
16:稲荷坂
17:けこぼ坂
18:鶯坂
19:半兵衛坂
20:鉄飛坂
21:名無し坂
22:名無し坂
23:名無し坂
24:名無し坂
25:谷畑坂
26:しどめ坂
27:太鼓坂
28:化坂
29:天神坂
30:氷川坂
31:どぜむ坂
32:柿の木坂
33:睦坂
34:名無し坂(きゅうり坂)
35:名無し坂(横抜け坂)
36:蜀江坂(しょっこうざか)
37:兵庫坂
38:寺郷の坂
39:名無し坂(ひょうたん坂)
40:名無し坂(出会い坂)
41:名無し坂(たき火坂)
42:名無し坂(水アメ坂) 
43:名無し坂(鈴音坂)
44:茶屋坂
45:新茶屋坂
46:上村坂
47:目切坂
48:新道坂
49:別所坂



いやはや、この作業なかなか疲れましたな。
やっぱりこうしてみるとまだ記事にしてない坂道もたくさんありますねえ。(汗)
もちろん、これらの中には、すでに歩いていたり、調査したけれど記事にしていないだけの坂道もあるんですけどね。

なお、これらの坂道リストは、僕自身、前に坂道リストをつくったような記憶もあるのですが、その肝心なメモがみつからないため、今回は「テンメイのRUN&BIKE」というブログの記事を参考にさせていただきましたので、確実にリストの内容があっているとは言えないところでもありますので、あしからず。



追記:このリストからのリンクは、記事を新しく書いた時は、なるべく更新するようにしたいとも思っていますのでよろしくです。

追記2:坂道リンク追加しました。(20160831)

再びの目黒区にて、今回は3ヶ月ほど前に歩いた時に記録しておいたもので、界隈の坂道を数件ほどまわってみた時のことでも。


場所は、東横線の都立大学から西へ目黒通り沿いにすこし歩くと、今回の坂道の坂上あたりにやってきます。


しどめ坂(NO.273)
写真1

まずは坂上からの景色でも。(写真1)
見てのとおりなのですが、ここからも坂下の様子が見えているとおり、直線の坂道です。
ただ、まわりが閑静な住宅街ということもあり、背の高いビルなどがないためか高低差具合がわかりやすく、空もひらけていました。


しどめ坂(NO.273)2
写真2

写真1の背後を見てみると、目黒通りが見えていました。(写真2)


しどめ坂(NO.273)3
写真3

すこし、坂を下り、同じく坂上方向をみてみたものです。(写真3)
もうこのあたりから、写真でもわかるくらいの勾配具合になっていましたかね。


しどめ坂(NO.273)4
写真4

さらに坂を下り、今度は坂下方向を見てみました。(写真4)
このアングルからの景色、なかなかいい感じでしたよ。
左側は宮前小学校の敷地ということで、建物もないためこんな景色が見られるというわけですね。
ちなみに、写真でもちらりと見えているのですが、ここにもいつものような坂の碑がありましたので、いつものように抜粋するとですね、
『「しどめ」とはバラ科の草ぼけ(しどみ)のことで、赤い花の咲くとげのある木である。昔はこのしどめが、呑川の岸辺に群生していたので坂名になったといわれる。』
とのこと。

なるほど。
碑の説明にある「呑川」というのは、今回のしどめ坂の坂下を流れている川で、今は暗渠になっているようですね。
なお、クサボケ(草ぼけ)については、リンク先のサイトが詳しいので、そちらのほうを参考にしていただきたいのですが、ひとつ気になったのは、文化的背景として『平安時代の「倭名類聚抄」や、江戸時代の「本草綱目啓蒙」などの本草書に「木瓜」の名が現れています。万葉集に2首で詠われている「馬酔木」は、通常「アセビ」とされますが、「ボケ」であるとする説もあります。 』とあるとおり、草ぼけはかなり古くから日本にあったようですね。

また、目黒区の公式HPにも、しどめ坂のことが取り上げられており、呑川のことをふれているので、そちらも抜粋しておくとですね、
『戦前、この辺りは雑木林で、畑も多かった。畑では小麦やさつまいもが作られていた。しどめ坂はもっと急勾配で、坂道を下ると、今の八雲保育園のすぐ向こうに曲がりくねった呑川が流れ、周りには田んぼが広がっていた。耕地整理、暗きょ化で呑川も姿を消し、周りもすっかり住宅地になってしまった。』
とのこと。

なんとなく、このあたりの昔の雰囲気がわかって、ありがたいです。


しどめ坂(NO.273)5
写真5

すこし坂を下り、坂上方向を撮ってみたものです。(写真5)
おそらく、この坂道はさっきの写真4あたりの場所も含めて、このあたりが坂道風景的にはいい感じかもですね。
高低差具合もけっこうありますしね。

しどめ坂(NO.273)6
写真6

そんなわけで、一気に坂下あたりまでやってきました。(写真6)
こうしてみると、坂上あたりからの高低差もけっこうためか、坂上のほうから坂下のほうは見えたのですが、ここからは坂上あたりの様子は見えませんでした。

あ、そうそう。
この「しどめ坂」ですが、今日のネットやテレビなどでもかなり話題になったSMAPの解散ニュースを聞いて、突然思い出しのですよ。
SMAPさんのメンバーである草なぎさんが、2010年に目黒の坂道を番組内で走ったことをですね。
そして、復習してみたら、やっぱりこの坂も走っていたようですね。
なので、これまでにも草なぎさんが走った坂道で、すでに記事にしてしまっているところも多々あるようですので、このことに言及するのは今回限りにしますが(もしくは別記事に書くなど)、とにかく、そういう視点(坂道芸能史てきに??)で見ても、なかなかおもしろいことになりそうだなあということがわかった今回の散歩でした。


ということで、今回はこんな感じです。

地図
目黒区八雲3-12あたり

ひさびさに代々木公園の定点観測してきましたよ。
しかも、昨日の明るい時間帯にです。

まえにここを観測したのは、2015年11月なので、気がつけば9ヶ月も経ってしまったという感じですかね。


代々木公園定期観測2016-1
写真1

ではいきなりです。(写真1)
写真は渋谷門の近くにある展望デッキと名付けられた場所(歩道橋ですが)から代々木公園の広い方の北側エリアの噴水があるあたりを見たものですね。
この時期に代々木公園ときけば、ぴんとくるかたも多いかもですが、見てのとおりでこんな具合だったのですよ。
土曜の夕方とはいえ、さすがにまだ日差しも強くて暑いので、そんなにいないのではと考えていたのですが、やはりというべきか人の数が多かったです。
特にこの噴水のそばでイベントがやっているというわけでもなかったので、やっぱり今話題になっているポケモンGOの影響によるものだと思われますかね。
実際、このあと地上におりて、スマホ見ながら立ち止まっている人の画面をちらりとみると、予想通りポケモンGOやっている人ばかりでしたね。
いやはや。(笑)


代々木公園定期観測2016-2
写真2

そんなわけで、僕もスマホ片手にポケモンGOをやってみたわけですが、かなりの遭遇率でしたよ。
写真2はそんななかからの一枚です。
マダツボミというポケモンとのコラボです。
場所は、公園内のステージがある側にて撮ったもの(格闘中のもの、笑)ですね。
いちおう奥に歩道橋が見えているとおり、僕的にはナイスポイントで出会うことができましたかね。

ちなみに、この日はこのすぐ左横でネパール展なるイベントがやっていましたよ。
聞き慣れないインド系の雰囲気と言葉を話す方々が大勢参加していて、近くのステージではネパールに関係する歌手が歌っていたりと、なかなかにぎやかでしたよ。


代々木公園定期観測2016-3
写真3

写真2の場所から公園内の広い方の北エリアとステージのある南エリアをつなぐ歩道橋の上でも、遭遇しましたよ。(写真3)
ここではニドランとのコラボでしたね。
なんかこのアングルだと、地上の道路部分に巨大ポケモンがいる感じに写ってしまいました。



代々木公園定期観測2016-4
写真4

そして、最後は、写真1の撮影場所の真下を通っている歩道橋の階段で遭遇した時のものでも。(写真4)
プリンなるポケモンらしいです。
まだレベルが低いので出てくるポケモンもこんな感じでしたかね。
でもとりあえず、今回の散歩では、この階段とのコラボが撮れただけで、大満足です。(笑)


ということで、ブームが過ぎ去ってしまうまえに、定点観測と今のポケモンに対する気分も残しておきたいと思い、昨日の今日という、このブログではかなりめずらしい直近記事にしてみましたが、今回はさらりとこんな感じです。


住所
渋谷区代々木神園町2

今回も夜散歩した時のことでも。
といっても今回はすこし前の写真を交えながら。


神田明神男坂の夜散歩1
写真1

いきなりですが、階段の夜景写真です。(写真1)
ちょっと暗くて階段部分が見にくいですね。。
それはさておき、場所はタイトルにもあるとおり、JR御茶ノ水駅からほど近い神田明神の男坂ですね。
神田明神の男坂のこまかいことについては、過去記事をみてくださいな。
ただ前に訪れた時は、階段の両サイドで建物が工事中だったため、あまり風情のない感じになっていましたが、今回はさすがにそれらの工事もおわっていたようですね。

とにかく、この時間帯の景色は坂上と坂下の灯りの明暗の差が印象的で、よりこの階段の高低差具合がわかりやすくなっていたかもです。
そして、この坂の脇には昔、大きな銀杏があったらしく、安房上総辺(今のと千葉県あたり)から江戸へやってくる漁船の目標となったという話(坂の碑にも書いてありましたが)からも、昔は海からここの木がみえたということは、ここからもやはり海が見えたんでしょうかね。
そんな史実もあったこともあり、夜ならもうすこし、遠くの灯りもみえるかもと期待していたのですが、ちょっとまわりに高層のビルが多すぎて観測は難しかったです。


神田明神男坂の夜散歩2
写真2

せっかくなので、坂下からもぱちりと。(写真2)
やはり、坂下のほうがかなり明るいですね。
今回は、階段の途中にみえていた工事中の仮囲いもなくて、階段と建物の関係もきちんと見えていますし、前回仮囲いされていた階段上のマンションも完成したのかばっちりと見えていました。
なんというか、こういうのをみると、法律的には問題ないのかもしれないですが、個人的にはこういう地形も考慮した土地関連の法律も新しくできないものかなあとか思ってみたり。(まあ、こういう場所は多いので、いまさらなのですが。。)


神田明神男坂の夜散歩3
写真3

ちなみに当日は、神田明神境内の夜桜も撮っておいたのですよ。(もちろん手持ち撮影です。)(写真3)
なので、時期的には4ヶ月ほど前のことになりますかね。


神田明神男坂の夜散歩4
写真4

境内の南西側にある随神門をくぐり神社をでると、なにげに坂道になっていたので、ぱちりと一枚。(写真4)
明るい時間帯は人通りも多いため、あまり気にかけなかったのですが、こうしてみるとけっこうな高低差だったのですよ。


神田明神男坂の夜散歩5
写真5

最後はもう御茶ノ水というエリアつながりとしかいいようがありませんが、聖橋からのJR御茶ノ水駅の夜景など。(写真5)
ここも現在、大規模な工事中なのですよねえ。
なんか最近は、街に大きなものができそうなたびに(大工事現場をみると)せつなくなることが多いのですが、ここもそのうちのひとつになりそうですかね。(批判もうけそうですが、今の気持ちだから隠してもしかたがないので書いてしまいました。だからといってこういう開発が絶対だめだとか思っているわけでもないところがなかなか難しいところなのですよね。)
要は、ひと昔前は単純にこういう現場をみると楽しみでしかたがなかったことも多かったですが、今は、もうすこし既存の施設もうまく使ってよというところに考えがシフトしているだけなのかもしれないですが。
これが歳をとったからなのか、時代の流れの中での気持ちの変化なのかはわからないところではありますけど。。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
千代田区外神田2あたり

このページのトップヘ