東京坂道さんぽ

2017年03月

なんとなく、自分の中で話が広がってきだしたので、今回はメモをかねての記事です。


ここ数年は、パソコンサイトにてグーグル検索などで「坂道」と検索しただけでは、それほどの変化はあまり感じられないのですけど、SNSで「坂道」と検索するとですね、トップアイドルの動向がわかってしまうという不思議な現象が起こっているのですよ。

まず、SNSで最近、僕が「坂道」検索して見つけた記事がこちらです。
→『ツイート数の多い「坂道AKB」とは?』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/111200014/032300036/

これを読むとここ最近のヒットチャートに「乃木坂46」やら「欅坂46」などの名前がでているとおりで、これらは坂道グループとよばれるアイドルグループの名前です。
そして、どうやら今時の若者はSNSを利用して、これらの人気グループ名をつぶやきに加えて頻繁にツイートしているみたいなのですよ。
そのおかげで、さきほどのトップアイドルの動向が「坂道」検索でわかってしまうという現象と書きましたが、このような事態につながるということですね。(笑)

なお、記事のタイトルにもあった「坂道AKB」とはこんなグループみたいです。(「坂道」検索で見つけたミュージックビデオがありました。)


坂道AKB


さらに、アイドル動画ばかりで、申し訳ないですが、先日SNSで、同様に「坂道」検索していたら、さらに新たな動画も発見しました。
それがこちらです。↓


欅坂46

さきほどの記事の中のヒットチャートにもでてきた欅坂46の「W-KEYAKIZAKAの詩」という曲のミュージックビデオ(=MV)です。
こちらはさきほどのチャートの曲とは違いますが、最近公開されたばかりの動画みたいですね。
この曲やMVに関する感想はまあいくつかありますけど、やはり、歌詞が坂道の歌(坂道をテーマにした曲とも言えますかね)にもなっているのが一番気になったポイントでしたかね。
あとは、これまでのことやグループの細かい並び順とか上下関係とかそのへんのことはわかりませんけど、各メンバー全体のカメラとの距離のとり方や映像の雰囲気が、個人的には、アニメ映画「耳をすませば」のエンディングロールをちょっと思い出してしまいましたよ。

ちなみに、「欅坂46」については、「鳥居坂46」になったかもしれなかったグループであることもおまけエピソードとしてありますよね。
なお、この「鳥居坂46」については、乃木坂と同様に実存する鳥居坂をモチーフにしていたみたいです。
実存する鳥居坂については、以前にたびねすの記事でも書いておりますよ。そういう意味では、まぼろしの鳥居坂46のエピソードのことも記事に一言いれておけばよかったかなとすこし後悔してみたり。(笑)

そんなわけで、なぜ急にこの記事をと思う人もあるかもですが、やはり坂道マニア(こう書くとまたどっちのこと言ってるかもわからなくなる人もいそうですが・・・。)としては、実存する坂道に加えて、坂道をテーマにした曲や坂道シーンが印象的にでてくる映画についても、ちょくちょく集めているので、このブログでも紹介してみることにしました。


ということで、坂道芸能民俗学的視点をおりまぜつつも(笑)、彼女たちのおかげで、「坂道」なるものが一般的にも楽しいものだというイメージを若者にはじまり色んな人に定着させてくれているかもしれないわけで、そういう意味でもちょっとした感謝もこめてこの記事を書いて残しておくことにしました。
では今回はこんな感じです。

今回は最近みた映画「ミケランジェロ・プロジェクト」のことでも。


ミケランジェロ・プロジェクト [DVD]
ジョージ・クルーニー (出演, 監督), マット・デイモン (出演) 形式: DVD


蔦屋レンタルなら準新作で置いているくらいの時期の作品(2015年11月公開)です。タイトルだけみるとなんかアート系の映画?という感じですが、まあ大なり小なりあっているとも言えますかね。
実は映画を見る前に、古本屋でタイトルと内容が気になって原作本を買っておいたのですが、そのまま読まずじまいでいたので、気になっていた映画ではあったのですよ。

内容的には、第二次世界大戦中のナチス・ドイツに略奪された美術品を奪還するという実話をもとにしたものらしく、実存した「モニュメンツ・メン」という美術品救出作戦を実行する部隊のメンバーが主役の映画でした。
元々、史実が元の映画なので、エンター・テイメント的には弱く淡々としているし、賛否両論の映画みたいなのですが、史実確認という視点でみると、アート好きならなにがしか響いていてくる映画かもですね。(なぜなら「モニュメンツ・メン」のメンバーが、アート系の人たちばかりですからね。まあそれ以外にもいろいろありますが。)
なお詳しい映画の内容については、ウィキペディアにもありますのでそちらもどうぞ。映画観た感じだと、予備知識として、これを事前に読んでおくと、淡々とした場面も乗り切れると思います。(笑)

とにかく、この映画のおかげで「モニュメンツ・メン」の活躍によって今の西洋の美術品がちゃんと世に存在している、あるいは残されたということを初めて知れましたし、もちろん映画を観ることで癒やされたりはしないです。でも元気はなんだかもらえました。

そして坂道散歩の時も、おおげさかもですが彼ら先人のような気持をすこしばかりでもいいので持ち続けて探索を続けたい気持ちは増しましたかね。(笑)

ちなみに、日本でも戦時中に文化財を守るなどの活動はあったみたいですね。(→『BS1スペシャル「美術家たちの太平洋戦争〜日本の文化財はこうして守られた〜」』)


ということで、世間一般的な映画紹介とは程遠いお気楽なノリと内容で書いてしまいましたが、この坂道ブログを読んでくれている方ならなにがしか響くものはあると思い、すでに観た方も多いかもしれませんが、あえてこちらでも取り上げてみることにしました。

(あとは、ビル・マーレイファンで、建築好きなら見るべしかも。笑)

最後に、このブログでは珍しいですが、「ミケランジェロ・プロジェクト」の予告動画のほうも張っておきますよ。





今回は、たびねすで記事を書いていて、いろいろ追記したい事柄がでてきたこともあり、乃木坂 (NO.132)の続編でも書いてみたいと思います。


乃木坂今昔1
写真1

まずはこちらですね。(写真1)
坂の途中で、乃木坂トンネルにもぐる道と左に曲がり新しい部分の乃木坂に向かうところの写真ですね。

トンネルの上の部分は乃木坂陸橋とも呼ばれていて、昭和49年3月に完成したとのことです。
昭和49年?あれ?けっこう最近という感じですよね。


乃木坂今昔2
写真2

そこでこれなのですよ。(写真2)
たびねすの記事では、こういう昔の写真やら浮世絵を説明に使うことがNGなので、載せれなかったのですが、こんな風なかつての乃木坂の写真が、「江戸の坂 東京の坂」という本の中にあり、ちょっと拝借。
おそらく写真2は、写真1と同じ方向で、坂の途中から坂上方向を見てみたものと推測されます。
要はトンネルできる前の乃木坂ですね。
時期的には、「江戸の坂 東京の坂」の巻末に、これらの写真は昭和35年から42年にかけて著者が撮影したものと書かれていますので、だいたいそれくらいの時期のものだと思われます。

また今の乃木坂はかつて、幽霊坂という名前だったことはたびねすの記事でも書きましたが、「江戸の坂 東京の坂」の説明によると、実はそれ以前、行合坂やら膝折坂とも呼ばれていたそうですよ。
なので、本の説明部分を抜粋させてもらうとですね、
『『江戸大名町案内』という写本には、「麻布竜土、ひざ折坂あり」と記してある。嘉永七年正月の江戸切絵図『赤坂今井辺図』(近吾堂版)には、竜土の行合坂の上、突き当たりに「八幡社」とある。これが竜土八幡、青山八幡、馬八幡、駒留八幡などと呼ばれた八幡社であった。したがって、ここの行合坂が、そのときの膝折坂なのである。この坂は、のちに坂下に妙福寺という寺と墓地があったので、幽霊坂とも呼ばれた。』
とありました。

ということは、「幽霊坂」の前の名前が「行合坂」で、別名で「膝折坂」とも呼ばれていたという感じなのですかね。

あとは、いつもお世話になっている「江戸東京坂道事典」という本には、『『新撰東京名所図会』は「市兵衛町二丁目より箪笥町との間を下る坂あり、なだれ坂と称す。』なんてことも書かれていて、新撰東京名所図会は、明治時代の書物なので、これを加味すると、行合坂→幽霊坂→なだれ坂→乃木坂、という具合の名前変更の歴史があるのかもしれないですね。(汗)


乃木坂今昔3new
古地図1

せっかくなので、古地図も見てみましょうかね。(古地図1)
画像の部分で、赤く塗った部分が乃木坂で、今も昔も変わらない位置にあります。
で、青でうすく塗った部分が、現在の外苑東通りということになりますかね。
古地図を見ると乃木坂の西側つきあたりに「八幡宮」というのがありますよね。これがまさに『竜土の行合坂の上、突き当たりに「八幡社」とある。』の部分なのではないですかね。


乃木坂今昔4new
古地図2

さっきのは「東都青山絵図」のほうだったのですが、こちらは「赤坂全図」のほうですね。(古地図2)
地図でいえばちょうど端っこのかぶっているエリアに乃木坂はあるみたいで、こちらの地図はどちらかといえば、乃木坂の東側エリアが詳しく記録されているもののようですね。
そして、これをみると赤くぬった部分の乃木坂のちゅうど真ん中あたりに「妙福寺」と書いてあります。なので、これが『この坂は、のちに坂下に妙福寺という寺と墓地があったので、幽霊坂とも呼ばれた。』の部分で、幽霊坂と命名される元となったお寺もちゃんと地図に残っていて、実際にあったということですよね。


乃木坂今昔5

地図

そんなわけで、現代の地図(Googleさんの地図を拝借)に江戸時代の乃木坂の位置を描いてみるとこんな具合になりそうでした。
ちなみに、ちょうど今のギャラリー間のあるTOTO乃木坂ビルのあるあたりを緑で囲ってみました。古地図1を振り返ってみると、お寺があった位置とかぶりそうですね。
まあだからなんなんだという話でもありますけど、僕としてはギャラリー間に訪れるたびにいつも、ビルの前の道がへんなつくりだなあと思っていたのですが、こうして古地図で振り返ってみると、かつての古道は紫の色で塗った部分であったわけで、そういう意味では、このローターリーみたいになっていた場所(乃木坂駅への入口もありますよね)もそういう歴史があったのだなあとちょっと納得したわけだったのですよ。

あとは、写真2では坂道が二手に分かれていて、かつての乃木坂が、どちらかなのかは今でもわかりかねますし、この風景だって江戸時代の時とは違うのかもしれませんよね。
ただ、なんとなく今の乃木坂のトンネルと右側の階段、左側の坂道のつくりをみるとその名残りもあるのかなあと思いつつも、こればかりはもうちっと調べないとわからないところですかね。

ということで、今回はこんな感じです。


住所
港区赤坂8あたり

たびねすの記事で乃木坂を取り上げたついでと言ったらなんですが、それとあわせてちょうど元SMAPのメンバーさん(超ぼかしてます、笑)のニュースも流れてきたということで、今回はこのネタつながりの話でも。

昨年の8月13日にSMAPが解散するという大きなニュースが流れたのはご存知の方も多いとは思いますが、実はその報道が流れる同日直前にたまたま乃木坂をぶらぶらと歩いて夜景撮影していたのですよ。

なので、今回は、目に見える景色だけがすべてじゃないという感じで、撮影してからだいぶ時間が経ってしまいましたが、記録もかねてその時の乃木坂の景色を振り返ってみたいと思います。


あの解散報道直前の乃木坂1
写真1

まずは、坂の途中にある乃木坂トンネルのところから坂下方向を見てみたものなど。(写真1)
時間的には20時前という写真記録が残っています。(もちろん日付は2016年8月13日。)
この日は土曜日で、しかもこの時間帯ということで車も少なかったですね。

しかも今あらためてじっくり見てみると、夜のほうが高低差具合もわかりやすいですね。


あの解散報道直前の乃木坂2
写真2

次は坂下あたりから坂上方向を見てみたものです。(写真2)
知っている方はわかると思いますが、このすぐそばには、あのニュースの中心となったジャニーズ事務所があるのですよ。
まあ、見てのとおりですが、この時は解散報道があるという雰囲気は微塵も感じられなかったですね。


あの解散報道直前の乃木坂3
写真3

そして・・・。(こっそり見えないアングルより。汗)(写真3)
当日はほんとひっそりしていて、報道陣がいたわけでもなく、全然わかりませんでしたかね。


あの解散報道直前の乃木坂4
写真4

そんなわけで、最後は乃木坂の新しい部分というか、坂の途中から坂上方向を眺めてみたものですね。(写真4)
こうしてみると、乃木坂って夜景でみるほうがなんか坂道景色的には楽しいかもなんて思ってしまったのですが、どうでしょうかね。


ということで、どうだったでしょうか。(笑)
とりあえず、写真だけみると、いつもの乃木坂の夜景にしか見えませんが、ほんと目に見える景色だけがすべてじゃないのですよ。
僕自身、これを書いていて、当日の雰囲気をすこし思い出しましたかね。
そして、なにより世間のなにかが変わる前の乃木坂の景色が記録できたのはよかったですし、ある意味、かつての乃木将軍以来の社会にインパクトを与える震源地としての乃木坂の存在が確認できたのもよかったかもです。


住所
港区赤坂8あたり

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『 乃木坂46や駅名だけじゃない!アイドルと縁深い乃木坂めぐり』
http://guide.travel.co.jp/article/24883/



乃木坂については、過去にブログでもとりあげていますが、歩いて、いくつか地霊を調べてみて、ブログでは取り上げていなかったこともあわせて書いてみました。


では、ブログの過去記事リンクしておきますね。

乃木坂 (NO.132)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51364948.html


とある街の風景162(乃木神社)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51369013.html


乃木坂 (NO.132)その2
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/52006140.html


あとは、いつものようにおまけ写真をいくつか。


港区の「乃木坂」についてです。01
写真1

乃木坂の坂名の由来が書かれた石碑ですね。乃木神社の入口横にありました。(写真1)


港区の「乃木坂」についてです。02
写真2

最初に乃木坂を取材した日は、なんと節分の日だったのですよ。(写真2)
取材をしているとわさわさと乃木神社界隈が騒がしくなりだしたので、急遽境内に直行。(笑)
そんなわけで、節分祭の様子も撮っておきました。
そして、当日は豆もゲットしましたよ。

ただ、そのおかげで、当日は乃木坂の坂下界隈が賑わっていたため、いい坂道写真が撮れず、後日写真だけを取りに再訪しましたが。。(笑)


ということで、記事のほうよろしくです。

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