東京坂道さんぽ

2017年05月

(とりあえず、昨年のたびねすの取材ついでにまわった坂道の写真もたまってきたので、しばらくはそのあたりの坂道を記事にしてみようかなと思っていますよ。)


すわ坂と呼ぶそうです。
場所は、メトロ永田町駅の出口とも直結していて、東京ガーデンテラス紀尾井町にも隣接している坂道です。


諏訪坂(NO.280)1
写真1

ではまず、坂下からの景色でも。(写真1)
比較的緩やかな勾配具合でしたかね。
しかもここからでも坂上あたりが見えているほど距離の短い坂道でした。

左側には、東京ガーデンテラス紀尾井町の高層ビルがあるんですが、ここは赤プリがかつてあった場所でもあるので、今のビル名よりも、赤プリ跡地と言ったほうが分かる人も多いかもですね。

ちなみに、このすぐそばには、いつものように坂の碑がありましたので、いつものように抜粋しておくとですね、
『この坂を諏訪坂といいます。「新撰東京名所図会」には「北白川宮御門より赤坂門の方へ下る坂を名づく。もと諏訪氏の邸宅ありしを以ってなり。」と記されています。道路の向かい都道府県会館の敷地には、江戸時代に旗本諏訪家が長期間屋敷を拝領していました。また、別名を達磨坂ともいいますが、旧北白川宮邸が紀州藩であった頃、その表門の柱にダルマに似た木目があったため達磨門とよばれ、その門前を達磨門前、坂の名も達磨坂と人々は呼ばれたためです。』
とありました。

坂の碑に書かれていたことも含めて、ちょっとした史実なんかについては、たびねすの記事の諏訪坂の項で書いてますのでそちらを見てくださいな。


諏訪坂(NO.280)2
写真2

前からだったのかは忘れましたが、東京ガーデンテラス紀尾井町の敷地内に「空の広場」という広場があるんですが、これがちょうど今回の坂下あたりと隣り合っていたのですよね。(写真2)
写真2は、広場側から坂道を見た写真ですけど、こんな感じになっていたのですよ。

ちなみにちなみに、東京ガーデンテラス紀尾井町のHPにも「空の広場」の記載があったので、抜粋しておきますよ。
『赤坂御門の歴史的遺構を保存しつつデザインに取り込んだ「空の広場」は、開放的でフラットな空間。東京メトロ永田町駅の出入口に近くアクセスしやすい位置にあり、イベントの開催など様々な用途に最適です。また、広場の高台からは、弁慶濠が見下ろすことができるなど、気持ちの良い眺望が広がります。』
まあ、赤坂御門のことはほぼ触れず見た目のことをそのまま書いているみたいですね。


諏訪坂(NO.280)3
写真3

そんなわけで、一気に坂上あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみました。(写真3)
左側は都道府県会館の敷地みたいなのですが、そこの空地と歩道が一帯になっていたので道路部分とあわせると道幅自体がけっこう広く見えていましたかね。
しかも遠くに見えるビルもちょっと雰囲気が一味違う外観のビルなので、やはり目がいってしまいますね。


諏訪坂(NO.280)4
写真4

そして、坂上あたりからさらに坂上方向を見ると、左側には、赤坂プリンスクラシックハウスが見えていましたよ。(写真4)
これは赤プリ時代からあった建物ですよね。
まあ東京ガーデンテラス紀尾井町ができるのにあわせてある程度はお化粧直しもされたみたいですけど。


諏訪坂(NO.280)5
写真5

最後は赤坂プリンスクラシックハウスのそばにあった「煉瓦基礎遺構」ですね。(写真5)
近くに案内看板があったので、一部を抜粋するとですね、
『2011年、旧李王家東京邸(現赤坂プリンスクラシックハウス)の保存工事の過程で地中より北白川宮邸洋館の煉瓦基礎が発見された。(略)洋館は煉瓦造2階建の壮麗なゴシック建築で、設計者はジョサイア・コンドルであった。』
ということだそうです。
そして、北白川宮邸洋館の跡地に今の赤坂プリンスクラシックハウスがあるというわけですよね。
(なお、案内看板に書かれていたことをかなり省いてしまいましたので、気になる方は現地でどうぞ。(笑))


なお、今回撮った写真は、たびねすの記事「メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり」の回で取材した時のものばかりです。なので、時期的にはその頃の写真です。
とりあえず記事では2枚しか掲載できなかったので、こちらでも書いておくことにしました。
ということで、今回は、こんな感じです。

地図
千代田区平河町2あたり

たびねすの東京タワー界隈の坂道を取り上げた時(昨年の9月の記事)にあわせて東京タワー界隈もまわったのですが、そのときにちょっと気になる建築物を見つけたことを写真を見直していて思い出したので、今回はメモもかねてです。


金地院をぶらり1
写真1

東京タワーの真向かいに金地院というお寺があるのですが、その本堂がなんとも現代的なつくりだったので、写真に納めておいたというわけなのです。(写真1)
ふつう、お寺の本堂といえば、木造のあのつくりのパターンが多いわけですが、ここはちょっと違う感じでしたね。
こういう現代的なつくりの寺院といえば、築地本願寺をまず思いだしますし、もしかしてと思って設計者も調べてみると、伊東忠太ではありませんでしたが(笑)、坂本鹿名夫という建築家の方が設計したもののようでしたね。(検索してみたら興味深い記事がでてきたのでリンクしておきますね。)
つくりてきには、上からみると六角形になっていて、屋根にはなにやら不思議なオブジェもみられますね。


金地院をぶらり2
写真2

別角度(写真1の左側)からみるとこんな感じでした。(写真2)
ちなみに、この本堂は、昭和20年の東京大空襲によって以前あった本堂は消失してしまい、昭和29年(1954年)に再建されたもののようですね。(調べてみると、1956年新築という説もありますけど、とりあえず。)
なので築63年くらいですかね。
見た目は、さすがにお寺ということもあってメンテなどもそれなりにされているのか、つくりがシンプルなためなのか、それほど古さは感じないかもですね。
ただふつうの神社仏閣でこれくらいの築年数だとあまり驚かないのですが、つくりがまさにコンクリの現代風な建物だったので、これ知った時は、ちょっとだけ「え!」という気持ちになりましたけど。


金地院をぶらり3
写真3

そんなこんなで最後は、境内から東京タワーも見えていたのでぱちりと。(写真3)
まあ、こんな立地の場所だったのですよ。
なお、このお寺の公式HPのようなものはなかったですが、「霊場紹介」というサイトさんが、詳しい感じですので、お寺の史実などを知りたい方はそちらをどうぞ。

あ、あと、このお寺は、前にこのブログでもとりあげた、東京タワーの坂にも面しているんですよ。当時の記事ではこのお寺やら本堂の建物のことはスルーしてますけど。(笑)


ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
港区芝公園3-5

昨日、思い出しました。(笑)

2005年4月26日にブログを始めたので、12年目に突入してから1週間ということになりますかね。

なお11年目に突入してから年末までの主な動きなどについては、2017年の新年のあいさつで書いたとおりで、それからは特に変わっていないので、気になる方はそちらをどうぞ。

あとは、今、東京はオリンピックに向けて、なにかと大きめのビルなどができたり、建て替えられたりして、坂道からの景色も目まぐるしく変化しているところが多いですよね。
なので、そのあたりの変化については見逃さないようにしつつも、今年からは、もうすこし古い建物やらリノベ建物なんかについても、気にしてみようかなと思っています。
古いものなどについては、これまでも普段から気にはしていましたが、ブログではあまり取り上げてこなかったので、もうすこし意識して写真などで記録していこうかなとも思っています。
もちろん、坂道自体が古い存在なので、これまでのように新しい建物とのコントラストが面白いところもあるとは思います。でも「古い坂+古いもの」でもなにか楽しい発見はありそうですよね。

そういう意味では、これまでの視点に加えて、さらにプラスアルファの視点として、有形無形のものを扱う民俗学的なものも交えればなあと考えていますよ。とにかく個人的な興味も含めて、古いもの(+坂道)を理解するのにも、このブログなどを読んでくれている方々に伝えるのにもよさそうな感じがしているので、そういう視点も持って、今後は楽しんでみようかなと思っています。

ということで、今シーズンもよかったら気楽におつきあいください。

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