気がつけば、すこし前のことになりましたが、六本木ヒルズのさくら坂をぶらりとしてきましたので、ひさしぶりにさくら坂界隈の話でも。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔1
写真1

いきなりですが、そのときに坂の様子を撮ってみたのがこちらです。(写真1)
坂上あたりから、坂下方向を眺めてみたものですよ。
さすがに、もうこのあたりは六本木ヒルズがなくならない限りは、今の坂道景色が続いていくのだろうなあと思いつつ。
ちなみにこのさくら坂は、2007年に「さくら坂 (NO.77) /港区六本木6丁目」の記事で取り上げていまして、今みると、撮影した時間が夕方だったこともあり、カメラのISOの感度との兼ね合いもあってか微妙なノイズが混ざっていて、なんとも昔のいい思い出といった感じですが(汗)、やはり7年経った今でもほとんど坂道景色に変化がないことだけは確認できるかもですね。

また、この坂のあったあたりは、実は埋め立て地でもあるのですよ。
とりあえず、こちらも7年前に書いた「玄硯坂(玄磧坂) (NO.78) /港区六本木6丁目」の記事をみてもらうとすこしくらいはわかるかもですが、今のさくら坂の下にかつて街があり、そこに玄硯坂(玄磧坂) (NO.78) という坂道もあったという話です。

あと、その後の調査で、「六本木六丁目残影」という本にも、当時の玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)の写真が載っていたことがわかったのですよ。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔2
画像1(「六本木六丁目残景」より拝借)

それがこちらですね。(画像1)
図書館で該当ページだけコピーしたので白黒画像ですが、当時の玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)の坂の途中からの様子を記録したもののようでした。
いまは、写真1で紹介したさくら坂 (NO.77)の道路の下にこの風景がそのまま埋まっているのかもしれないですね。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔3
画像2(「六本木六丁目残景」より拝借)

あと、本には数枚ほどの坂の写真がありましたが、その中で気になった画像をもう一枚。(画像2)
なんかこの画像だけみると白黒なのでおどろおどろしい感じですけど、こちらも玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)の坂下あたりの写真らしいです。
また坂を上った上(画像2でいえば、左上に上がっていく坂の上)にさくら坂 (NO.77) の記事でもでてきた妙経寺なるお寺があるとのことが本に書かれてありました。
ただ、この当時の妙経寺の場所は、今のお寺のある場所とはすこし違っているのですけどね。
そして、これも同じく、この風景というか地形がいまのさくら坂 (NO.77)の道路の下にそのまま埋まっているのかもしれないのですよ。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔4
写真2

と、そんなことをこの日、さくら坂 (NO.77) を歩いていて、思い出したので、かつての玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)界隈の地形の痕跡がそのまま残っている場所にも来てみました。(写真2)
この場所は、2011年に書いた「六本木ヒルズの消えた階段」や「六本木ヒルズの階段から古地図見比べ」のブログ記事でも登場した場所です。
これらの記事は、2007年に「玄硯坂(玄磧坂) (NO.78) /港区六本木6丁目」の記事のため歩いた時に、当時、なんとなくもやもやとしていたことが、その数年後に放送されたブラタモリでこの場所が取り上げられて、一気に解消したのを機に取材してみたものでもあるのですよ。
詳しいことは「六本木ヒルズの消えた階段」と「六本木ヒルズの階段から古地図見比べ」の記事を読んでもらうとして、とにかく、写真2の中央に見えている階段が、ずんずんと続いていて、今は埋まってしまってみえないですけど、玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)の坂下あたりまで下り、合流しているというわけだったのです。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔5
1999年の地図

こちらは、1999年の今の六本木ヒルズのある場所と同じ位置を記録しているゼンリンの住宅地図(要はヒルズができる前の地図です)が図書館にあったので拝借してみました。
前に玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)や写真2の階段を取り上げた時は、航空写真だけでしたけど、こうして詳細な住宅地図を眺めてみると、地図には玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)という記載もあるし、写真2に写っている階段とその左に写っているビルもそのまま地図に記載されていましたよ。(地図の水色に塗っているところが該当箇所です。ニッカ池は違いますけど。)
ちなみに水色でマークした現在の消えてしまった階段の左側には、さきほどふれた開発前の妙経寺の記載もあり(この地図ではわかりにくいですが、お寺のマークが見えていますよね。というかわざと粗くしてみにくくしているのですが・・)、この地図と画像2を比べてみてもなんとなく、画像2がどの位置で撮られたものかが想像できるかもですね。
また同じく、古地図(1999年ですが・・)と画像1と2を見比べてみると、画像1についてもなんとなく撮影場所が想像できてしまい、僕の予想では画像2の坂上側(画像2の右上あたり)からすこし坂を上ったあたりから坂上方向に撮ってみたのが画像1ではないかと思っているのですが、どうでしょうかね。

あとは、江戸東京坂道事典の玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)の坂の説明を再度抜粋させていただきまして、
『藪下に下りる坂なので藪下坂ともいった。六本木六丁目四番と十五番の間をテレビ朝日通り桜田神社前から南東、日々窪へ下る狭い急坂で、坂の南側に日蓮宗妙経寺がある。』
という、この文と1999年の地図と見比べながら、地図を追っていくとかなり興味深いですよ。


六本木ヒルズさくら坂と玄硯坂の今昔6
写真3

最後は余談ですが、同日、さくら坂 (NO.77)をそんなセンチな気分で歩いた後に、ヒルズのイベント広場にいくと、なんとあのパトレイバーにでてきたイングラム立像が持ち込まれておりましたよ。(写真3)
いやはや。(二重のセンチ。)

ということで、今回はこんな感じです。


住所
港区六本木6-16あたり