東京坂道さんぽ

〚Category: ★坂道[No61〜100]
道源寺坂 (NO.67) 2014年版 /港区六本木1丁目
スペイン坂 (NO.66) その2 /港区六本木1丁目
玄硯坂(玄磧坂)(NO.78)その2 /港区六本木6丁目
木下坂 (NO.100) /港区南麻布5丁目
永坂 (NO.99) /港区六本木5丁目
於多福坂 (NO.98) /港区六本木5丁目
潮見坂 (NO.97) /港区六本木5丁目
鳥居坂 (NO.96) /港区六本木5丁目
我善坊谷坂 (NO.95)  /港区麻布台1丁目
鼠坂 (NO.94) /港区麻布狸穴町
植木坂 (NO.93)その2  /港区麻布台3丁目
閻魔坂 (NO.92) /港区六本木3丁目
不動坂 (NO.91) /港区六本木3丁目
丹波谷坂 (NO.90) /港区六本木3丁目
市三坂 (NO.89) /港区六本木3丁目
霞坂 (NO.88) /港区西麻布1丁目
北坂 (NO.87) /港区南青山6丁目
笄坂 (NO.86) /港区西麻布4丁目
牛坂 (NO.85) /港区西麻布4丁目
堀田坂 (NO.84) /港区西麻布4丁目
北条坂 (NO.83)その2 /港区西麻布3丁目
北条坂 (NO.82) /港区西麻布3丁目
中坂 (NO.81) /港区西麻布3丁目
芥坂 (NO.80) /港区西麻布3丁目
大横丁坂 (NO.79) /港区西麻布3丁目
玄硯坂(玄磧坂) (NO.78) /港区六本木6丁目
さくら坂 (NO.77) /港区六本木6丁目
内田坂 (NO.76) /港区元麻布3丁目
宮村坂 (NO.75) /港区元麻布3丁目
狐坂 (NO.74) /港区元麻布3丁目

今回は、2006年に初散歩して、その後、隣接した場所が工事中だった頃のことも「とある街の風景(道源寺坂&行合坂)」にて取り上げたりした道源寺坂 (NO.67) なのですが、こちらのほう隣接していた大規模ビル、アークヒルズサウスタワーが昨年ついに完成したようで、今回、桜見物のついでに歩いてみると坂の景色にもかなり影響があったようなので、今回は「道源寺坂 (NO.67) 2014版」と題して、再び取り上げてみたいと思います。


道源寺坂 (NO.67)2014年版1
写真1

まずは坂下からの景色など。(写真1)
過去にブログでとりあげた坂道風景と比べてみると(アークヒルズサウスタワーは写真右側です)、ビル自体は外観が変わっただけかもというくらいなにが変わったのかわからない感じだったのですが、よく見てみると、坂の碑の位置がなんかちがうんですよね。
というか以前は坂道だった場所にまで浸食してないですかね?


道源寺坂 (NO.67)2014年版2
写真2

でもこのあたりまで坂を上ってくると、さすがに坂道とビルの敷地の関係は変わっていないようで、街灯も昔のままのようでしたが、やはりビル側の擁壁は新しくなっていました。(写真2)

ちなみに写真に写っている桜は、西光寺というお寺の境内にあったもので、写真1にお寺への入口がちらりと写っていたりします。


道源寺坂 (NO.67)2014年版3
写真3

せっかくなの上空を見上げてみると、アークヒルズサウスタワーがででんとそびえ立っていました。(写真3)


道源寺坂 (NO.67) 2014年版4
写真4

さらに坂を上ると、正面に見覚えのある大木が見えてきました。(写真4)
しかも地面のドーナツ型の滑り止め舗装もよくみると新しくなっていましたよ。


道源寺坂 (NO.67) 2014年版5
写真5

すこし坂を上り、今度は坂下方向を眺めてみました。(写真5)
ここは、ちょうど道源寺坂 (NO.67)の写真「坂の途中その4」とほぼ同じ位置のようでしたよ。
こうしてみると、その違いは明らかで、前は左側にビルがかなり坂道に隣接して建っていたようですけど、現在はこんな感じで車も出入りして止めれるくらいの広い場所になっていました。


道源寺坂 (NO.67)2014年版6
写真6

そして、最後は坂上ではないですけど、今回の坂道の変化を一望できるあたりから、坂下のほうを見てみました。(写真6)
見ての通りなんですが、前と比べてみると、ここからの景色は、明らかに変わっていて新しいビルが高層化して微妙な圧迫感はありましたけど、実はビル自体がすこし左側にずれたため遠くの景色は前より開けていましたよ。


ということで、写真6にも写っている隣の再開発ビルの新築にあわせて道源寺坂 (NO.67)自体もなんかリニューアルされていて、すこしびっくりした坂道散歩でしたが、今回はさらりとこんな感じです。


住所
港区六本木1

気がついたら桜シーズンも終わってしまったわけですが、ここでは今回も桜見物の続きです。

前回取り上げた桜坂 (NO.114)からすぐの場所に、2006年に取り上げたスペイン坂 (NO.66)があるわけですが、実はここも街路樹に桜が選ばれていたんですよ。
しかも、2006年で取り上げた時は、ブログ始めて間もない時だったこともあり、物珍しかったのか途中からアークヒルズの話になっているみたいだったので、今回はきっちり坂道散歩も兼ねてということで、タイトルのほうも”その2”ということにしてみました。


スペイン坂 (NO.66)その2_1
写真1

ということで、まずは坂上からの景色など。
見た感じでもけっこう勾配ありそうですけど、正面にみえている傾斜を示す黄色の案内板には11%という表示が記されていたので、9%の桜坂 (NO.114)よりもきつく、やはりそれなりの勾配具合のようですね。 


スペイン坂 (NO.66)その2_2
写真2

すこし坂を下り、さらに坂下のほうを見てみたものです。
このあたりは2006年にも撮影しているので比較がしやすいかもですね。
ちなみにアークヒルズは写真の右側にありますので、あしからず。


スペイン坂 (NO.66)その2_3
写真3

さらに坂を下り、坂上のほうを見てみました。
前はたしか、このあたりから東京タワーが坂上のほうに見えたと思うんですけど、その後、正面の高層ビルが新たにできたみたいで、今回は見えませんでした。。


スペイン坂 (NO.66)その2_4
写真4

次は、一気に坂下あたりまでやってきて、坂道を一望できるあたりで同じく坂上のほうを見たものです。
こうしてみるとけっこう距離の長い坂道だったんですね。


スペイン坂 (NO.66)その2_5
写真5

そして、さらに坂下方向にすこし歩くと、今度は前はなかった歩道橋(って言っていいのかな?)が、坂の上空を横切っていましたよ。


スペイン坂 (NO.66)その2_6
写真6

せっかくなので、その歩道橋をじっくり観察してみると、柱がえらいことになっていました。
なんだか樹木の枝のようですね。
しかもメタリックぽい赤。。

ちなみにこの歩道橋は、このブログでも2年ほど前に泉ガーデン界隈を取り上げた時に(とある街の風景(道源寺坂&行合坂))登場した建設中だったビルとアークヒルズをつなぐものみたいですね。
(実はこの歩道橋、とある街の風景(道源寺坂&行合坂)の写真2になにげに写っていたりします。)


ということで、今回はこんな感じです。


住所
港区六本木1

今回は、だいぶ前に書いた「玄硯坂(玄磧坂) (NO.78)」の続き話です。
前の時からすこし情報がひろがったので報告がてらなのですが、やっと玄硯坂の位置を確定することができましたよ。

ちなみにこの界隈の階段についていくつか検証してみたエントリーもありますのでよかったらどうぞ。
六本木ヒルズの消えた階段六本木ヒルズの階段から古地図見比べ

本当はこの時に玄硯坂の位置を把握できてればよかったんですけど、いかんせん航空写真のみだったもので、まあだいたいこのあたりだろうなあという予測はあったんですが、まあこの時は言及せずじまいという感じでした。


78)その2_1
そんなわけで、まずはありし日の玄硯坂の様子。
こちらは前にも載せたものですが、「歩いてみたい東京の坂〈下巻〉」より拝借した画像です。
とりあえず復習がてらですね。


78)その2_2
そしてこちらはゼンリンの住宅地図の1999年度版を加工したものです。
要は六本木ヒルズができる直前の地図ですね。
地図画像見てもらえればわかると思いますが、赤ラインで書かれた部分がかつての玄硯坂で、青丸で囲まれた部分のところが、前の「六本木ヒルズの消えた階段」の1999年当時の位置ということになります。(1999年時点では残っていたんですね。)
そしてかつてのテレビ朝日があったあたりが今の六本木ヒルズのあるあたりということになりますかね。
あと地図右上のほうにあるニッカ池は現在、毛利庭園という名にかわりそのままの位置で残されているようです。

それで、なぜ坂の位置がわかったかというとですね、地図にちゃんと「玄硯坂」と書かれてあったんですよ。
そのままなんですけどね。。(笑)

というわけで、玄硯坂エピソードについては、これでいったん一段落という感じですかね。

78)その2_3

でもせっかくなので、もう一枚当時の坂の様子がわかる写真があったので、載せてみることに。
「六本木六丁目残景」という本にあったものを拝借してみました。
(問題あれば連絡ください。)
こちらは、一枚目の坂上からのものに対して、坂下からの景色を撮ったものみたいです。
高低差わかりやすいかもですね。
そして1999年の地図と今の地図の位置を見比べながら、これみてみると、ほんとなんだかなあ〜という感じで、やっぱり景色全然ちがいますね。。(汗)


78)その2_4

そんなわけで、いろいろ思うことはありつつ、最後に現在のけやき坂の坂下からの景色でも眺めながら・・・。。
なんだかそう思うとこの景色もなにか複雑なものに見えてくるのは僕だけですかね?


住所
港区六本木6

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所在地:港区南麻布5


きのした坂と呼ぶそうです。
場所は、テレビ朝日通りを南下していくと同じ道上にあり、すぐそばには北条坂 (NO.82) の坂上が今回の木下坂の坂上あたりとつながっており、そこから有栖川宮記念公園の西側を南西に下る坂道です。


木下坂 (NO.100) 1
坂下より

広尾駅からもけっこう近くにある坂下あたりの風景ですが、このあたりは、かなりゆるやかな坂道という感じでした。
また、写真右側には、立派な木々が見えているとおり公園がひろがっており、かなり良い感じでした。


木下坂 (NO.100) 2
坂の途中より

すこし坂道をのぼり坂上あたりを見てみたものです。
なかなかいい具合に道がカーブしています。
やっぱりこのあたりは、建物や坂道よりもどうしても、右側の公園の木々に目がいってしまいますが、季節が違うとまた違う雰囲気になるのかもしれませんね。


木下坂 (NO.100) 3
坂の途中より2

さらに坂をあがってみると、すらりとのびた直線というか坂道とともにその右側に有栖川宮記念公園の大きな木々がみごとにならび、その存在感は抜群で、坂道に接して公園があるようなのですが、高い塀があるわけでもなく、道側からでも公園の雰囲気が味わえて、歩いていても気分がよかったです。


木下坂 (NO.100) 4
坂の途中より3

さらに坂をのぼり坂下方面をみると、なんだか変わった外観デザインの教会(末日聖徒イエス・キリスト教会というちゃんとした教会みたいでした)が見えていました。


木下坂 (NO.100) 5
坂上あたり

坂上あたりにきて、さらに坂上のほうを見たものですが、ゆるやかなカーブとともに遠くに六本木ヒルズのビル群もなにげに見えていました。
なので、カーブのむこうあたりが、北条坂 (NO.82) の坂上あたりということにもなります。


木下坂 (NO.100) 6

あと、5枚目の写真のちょうど右側あたりには、写真のように、公園への入口があったのですが、なかなかワイルドな感じでしたよ。。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり
『北側に、大名木下家の屋敷があり、その門前に面していたために、呼ばれるようになった坂名である。』
とありました。




地図
港区南麻布5

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なが坂と呼ぶそうで、長坂とも書くそうです。
場所は、於多福坂 (NO.98) と並行で、その東側にあり、坂道上には首都高速が走っていて、この道路をさらに北へいけば、同じ道路上にある行合坂 (NO.63) のふもとにもつながる坂道です。


永坂 (NO.99)1
坂下より

麻布十番駅のほうからてくてくと歩いてくると、永坂の坂下あたりにくるのですが、坂道自体は、道路の真ん中に首都高速が走っていることもあり、かなり幅のひろい道路となっていました。


永坂 (NO.99)2
坂の途中より

すこし坂上まできて、坂下をみてみると、思っていた以上に高低差というか勾配具合が感じられたのですが、それ以上に坂下のすぐ近くがJCT(ジャンクション)だったためか、首都高速やらいろんな道路がひとつに交わりけっこう複雑に交差している場所みたいで、それとあわせて坂道のというか地形の高低差があるためか、なんだかややこしいことになっていました。。


永坂 (NO.99)3
坂の途中より2

そして、2枚目の写真の立ち位置より、今度は坂上の方を眺めてみました。
まあ、なんてことない・・、と言いたいところですが、左側の階段がやたらと気になりましたが、まったく無意味な階段というわけではなさそうなところが、どう言っていいやら難しいところです。

でも、なんかバランスおかしいですよね。(笑)


永坂 (NO.99)4
坂上より

とりあえず、坂の碑があったので、ここを坂上あたりとしてみました。
あと、3枚目のなぞの階段のあがったあたりが右側に見えていますが、ここからみると、やっぱりあんなに大げさな階段でなくてもよいんじゃないかなーという気がしますが、どうでしょうね。。

ということで、ここにもいつものように坂の碑がありましたが、そこには、
『麻布台上から十番へ下る長い坂であったためにいう。長坂氏が付近に住んでいたともいうが、その確証はえられていない。』
とありました。


永坂 (NO.99)5

ちなみに、4枚目の写真の左側に走っている首都高速の向こう側(東側)の風景は、こんな感じで、西側に比べると、首都高速などが見た目にもわかりやすく積み重なっており、なんだかかなりの壁みたいになっているようにも見えてしまいましたよ。




地図
港区六本木5あたり

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おたふく坂と呼ぶそうです。
場所は、ちょうど前回にとりあげた潮見坂 (NO.97) の坂下あたりが坂下になり、そこから北側へと上がる坂道です。


於多福坂 (NO.98) 1
坂下より

はじめにこの坂下にきたときは、名前も於多福坂ということもあり、なんだかおもしろそうな坂を予感させる雰囲気がありました。
ちなみに、写真をとっている位置の左側が、潮見坂 (NO.97) の坂下あたりです。


於多福坂 (NO.98) 2
坂の途中より

すこしあがって坂下あたりを見てみました。
ここからみると、坂下あたりでは、抜け道てきな雰囲気だなあと思っていたのが、ここからみると、高低差もあってか急に視界も開けて、雰囲気も坂下とはなんだか違う感じでした。


於多福坂 (NO.98) 3
坂の途中より2

そして、さらに坂道をあがっていくと、こんどは、いったん平坦になり、また坂道となっていました。
また両サイドの立派な塀というか壁がかなり印象的で、坂上にくるほどにまわりの雰囲気もハイソな感じになってきているようでした。


於多福坂 (NO.98) 4

また、3枚目の写真で、一番手前に見えている左右に通っている道で、これはその右側のほうを見たものですが、歩いていたらなにげに六本木ヒルズが道のちょうど正面に見えていました。


於多福坂 (NO.98) 5

そして、それだけじゃなんですので、こんどは、4枚目の方向と反対側(3枚目の写真の左側)をみると、こんどは東京タワーが見えていましたよ。。
(実は、ここも写真でみてもわかるかもしれませんが、微妙に坂道になっているので、個人的には、なんか名前をつけたいくらいですが・・。(笑))


於多福坂 (NO.98) 6
坂上より

坂上まできてみましたが、よくよくみてみると、勾配ぐあいは急坂という感じではなかったのですが、坂下からの高低差がけっこうありそうな坂道でした。
しかし、このあたりの坂道は(ここもそうですが)、道沿いにりっぱな木というか緑が植えられているところが多いですね。

ちなみに、ここには、写真にも見えているとおり、いつものような坂の碑があり
『坂の傾斜が、途中でいったんゆるやかになって、また下ったので、顔のまん中の低いお多福面のようだと名づけられた。』
とありました。




地図
港区六本木5

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しおみ坂と呼ぶそうで、汐見坂とも書くそうです。
場所は、鳥居坂 (NO.96) の坂上あたりから、東のほうへぬける道が潮見坂の坂上あたりにあたる坂道です。


潮見坂 (NO.97) 1
坂上より

坂上あたりの様子です。
正面はいきどまりというか直角に左折する道となっており、見た感じ、なんてことない道で、歩いている時はあまり気にならなかったのですが、こうして改めてみると、緑が多いですね。。
各家ごとに緑がある感じ。


潮見坂 (NO.97) 2
坂上あたり

また、一枚目のあたりから、ふり返り、鳥居坂 (NO.96)の方向を見てみると、ちょうど六本木ヒルズがず〜んと見えていました。
あと、左側の木がいっぱいならんでいるあたりがシンガポール大使館だったりします。
それにしても、ここからみても(歩いている時はやっぱり気にしなかったりしたのですが)、両サイドに緑が多いですね。


潮見坂 (NO.97) 3
坂の途中より

そして、一枚目の写真のつきあたりまでいき、くいっと左へ曲がるとこんな感じでした。
なんだか、道というより駐車場の一部という感じ。。


潮見坂 (NO.97) 4
坂の途中2

道沿いをつらつらと歩くと、また道らしくなったので、まずは坂上のほうを見てみたのですが、道の舗装状態(いぼいぼ舗装)からもわかるとおり、正面の車が停めてあるあたりから、いきなり急坂になっていました。
あと、ひとつ気になったのですが、正面のガードレール、これって必要なのですかね。。
別に車が通れないようにするだけだったら、ガードレールはいらないような気がするのですが・・。(汗)
(でもまあ、視覚的にわかりやすくするために、つけたのかもしれませんけどね。)


潮見坂 (NO.97) 5
坂の途中3

4枚目の写真の位置から左側をみると、こんな感じでやっと坂下あたりが見えてきました。
このあたりに来てやっと坂道らしい雰囲気になってきたというか、かなりいい感じだったのですが、ここにもやっぱりガードレールがありますね。。


潮見坂 (NO.97) 6
坂下より

坂下からですが、こうしてみるとかなりの急坂具合がわかりやすいのではないでしょうかね。
あとは、坂道の雰囲気にまけないくらいの立派な木が両サイドにあったのが、印象的でした。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はなく、また、この坂道の名が、潮見坂という名前からも、かってはここから海が見えたのかもしれませんが、現在はまったく見えないし、どうがんばっても見えそうにない感じでした。




地図
港区六本木5

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とりい坂とよぶそうで、別名で鳥井坂とも書くそうです。
場所は、以前にとりあげた暗闇坂 (NO.69) の坂下あたりの近くにあり鳥居坂の坂下あたりからは麻布十番温泉の看板や暗闇坂の坂下がみえるくらい近接しており、正確にいうと、鳥居坂下交差点より外苑東通り方面(北)へと上がる坂道です。


鳥居坂 (NO.96)0
坂上より

もう見るからに、急坂という感じで、ここから坂下はまったく見えませんでした。
ただ、遠景にみえる高層マンション(過去の記事に名前が書いてあったりしますが・・)が、印象深くもありますが、なんとも立派な塀や立派な木がなかなかいい味をだしている感じがしました。


鳥居坂 (NO.96)1
さらに坂上より

すこしもどって、もうすこし坂上のほうの様子を見てみると、こんな感じで、もう、いかにもハイソな感じですが、あらためて、地図で確認してみると、このあたりには東洋英和女学院や国際文化会館、そして、一枚目の左側にもすこし見えていたシンガポール大使館などがありました。。


鳥居坂 (NO.96)2
坂の途中より

場所はもどり、坂道の途中の様子です。
ここは、車の行き来も多いので、完全に車と人の通り道は分けられていました。
また、この写真では、それほど急な感じに見えていないかもしれませんが、道路の舗装(イボイボ舗装)などや、正面にみえている通りの信号などをよくみてみるとかなりな勾配具合がわかるのではないでしょうかね。。


鳥居坂 (NO.96)3
坂下より

ここからみると、坂道の急勾配の具合に加えて、右側のものすごく高い塀というか壁とおそらくシンガポール大使館の敷地内にあるものと思われる立派な木々が、この坂の雰囲気を盛り上げているような気がしました。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり、
『江戸時代のなかばまで、坂の東側に大名鳥居家の屋敷があった。元禄年間(一六八八〜一七〇三)ごろ開かれた道である。』
とありました。


鳥居坂 (NO.96)4
さらに坂下

また、この坂下からさらに南側をみると、暗闇坂 (NO.69) の坂下の風景が見えていました。


鳥居坂 (NO.96)5
国際文化会館

あと、最後に、坂上にあったこの国際文化会館の建物なのですが、施設内の説明をみると、なんと日本を代表する建築家である、前川國男、吉村順三、坂倉準三の3人による共同設計によって完成したものらしいですよ。(汗)




地図
港区六本木5

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所在地:港区麻布台1


がぜんぼうだに坂とよぶそうです。
実は、この坂は、いくつかの坂道本があるなか正確な場所もあまり書かれておらず、数人のかたからお知らせいただいて、やっと気がついた坂道です。

場所は、三年坂 (NO.59) の坂下をつらつらと北へ歩くと、我善坊谷坂の坂下あたりになり、そこから西へ上る坂道です。
また、”東京23区の坂道”さんのサイトによると、別名で「稲荷坂」ともよぶそうです。


我善坊谷坂 (NO.95) 1
坂下より

坂道の赴きある感じに対して、正面の高層マンションがかなり印象的な感じでした。
坂道自体は、幅もせまく、舗装の様子から見てもわかりやすいですが、けっこうな急坂で、坂上も確認できないくらいの急カーブを描いていました。


我善坊谷坂 (NO.95) 2
坂の途中より

急カーブをまがり、坂上を眺めてみたものですが、両サイドの立派な木と高い壁がかなりいい感じで、それ以外にもなんだか懐かしい雰囲気というか要素がたくさんあるように思えました。


我善坊谷坂 (NO.95) 3
坂の途中より2

そして、今度は坂下のほうを見てみると、一枚目の写真では見えなかったのですが、ちょうど正面のアイストップの位置に花屋さんが見えていたり、遠めにはあの霊友会の建物がみえていたり、さらにそのむこうには東京タワーも見えていたりとなかなかのもので、車などが通らなければ、なにげにぼ〜としていたいくらいなにか惹かれるものがあったかもです。


我善坊谷坂 (NO.95) 4
坂上より

そして、さらに坂上までくるとこんな感じでした。
ここからだと、霊友会の建物と東京タワーもはっきりと見えていますね。

ちなみに、この写真の左側から後ろにかけて、ラフォーレミュージアム六本木など高層マンション群があり、見てすぐわかる感じの再開発地域で、坂上と坂下のあまりの雰囲気の違いにすこし驚いてしまいました。

あと、ここにはやっぱりというか、いつものような坂の碑はありませんでした。



地図
港区麻布台1

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所在地:港区麻布狸穴町あたり


そのまま、ねずみ坂とよぶそうです。
ここも、以前に植木坂 (NO.62) でこのあたりを訪れたときに気が付かなかった坂道なのですが、場所は植木坂/その2 (NO.93) の坂下から南のほうへ幅のせまめな道をすこしだけ歩くと、鼠坂の坂上があり、坂下をつらつら道なりに歩くと、狸穴公園につきあたる坂道です。


鼠坂 (NO.94)1
坂上より

道幅はかなりせまく車も通れないようになっており、なんだか懐かしい感じのする坂道でしたが、それに対して左側に見えているなんともいえない半円のガラス屋根のようなものや遠くに見える近代的な超高層ビルなどがなにげに見えて、なんだか不思議な気分になりました。
また、道の舗装から判断すると実際の勾配はそれほどないのかもしれませんが、けっこう急な感じに見えた坂道でした。


鼠坂 (NO.94)2
坂下あたりより

ここの坂道はあっというまに坂下にきてしまいました。
ここからみると、さらに懐かしい感じがしましたが、左側のなんともいえない立派な木や高い壁に対して右側のマンションのアンバランスな感じが印象的でした。

ちなみにここには、写真でも見えているとおり、いつもの坂の碑があり、
『細長く狭い道を、江戸でねずみ坂と呼ぶふうがあった。一名鼬(いたち)坂で上は植木坂につながる。』
とありました。


鼠坂 (NO.94)3

あと、2枚目の写真の左上のほうにちらりと見えている小屋らしきものが、あまりに気になったので、パチリと一枚。
こんなところに、という感じでしたが、小屋の木の壁や窓などの雰囲気もさることながら、小屋の土台あたりのコンクリートのなんともダイナミックな感じもなんともいえませんでした。。



地図
港区麻布狸穴町あたり

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この坂は、以前に植木坂 (NO.62) でとりあげた坂なのですが、あらためてこのあたりを歩いてみると、以前には気がつかなかった坂の碑があったので、続編として、書いてみることにしました。


植木坂/その2 (NO.93)  1
坂下より

ということで、坂下あたりの様子です。
短い坂道でしたが、道に丸の形のいぼいぼすべり止めがあるように、写真ではわかりにくいかもしれませんが、けっこうな急坂でした。
しかも、道幅はかなり狭かったです。


植木坂/その2 (NO.93)  2

あと、1枚目の位置から右側を見ると、植木坂 (NO.62) でとりあげた坂下あたりが見えていました。

ちなみに、ここにははじめにも言いましたが、坂の碑があり、
『この付近に植木屋があり、菊人形を始めたという。外苑東通りからおりる所という説もある。』
とありました。
なので、以前の植木坂 (NO.62) もあながち間違いではなかったのですね。。


植木坂/その2 (NO.93)  3
坂の途中より

ここから見ると、けっこうな急坂でせまい抜け道という感じがわかりやすいかもしれませんね。
ただ、急勾配なわりに、あまり景色はひらけていませんでした。


植木坂/その2 (NO.93)  4
坂上より

坂上にくると、けっこう雰囲気がかわり、見た目てきにもわかりやすい閑静な住宅街という雰囲気でした。


植木坂/その2 (NO.93)  5

また、すぐそばには、写真のように、大きな木々に囲まれたブリジストン美術館分室などもありましたよ。




地図
港区麻布台3

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えんま坂とよぶそうです。
場所は、不動坂 (NO.91) のすぐそばにあり、坂下あたりは共同墓地と接しており、坂上は外苑東通りに面している坂道です。


閻魔坂 (NO.92)1
坂下より

坂下からのものですが、ちょうど左側が共同墓地となっており、坂上あたりが外苑東通りということになります。
道自体は、けっこうゆるやかな感じの坂道でした。


閻魔坂 (NO.92)2
坂上より

みた感じはふつうな感じですが、実際に歩いていると、まわりに飲み処が多かったので、夜になれば雰囲気も違ってくるのかもしれませんが、僕が行った時間帯は、けっこう静かな感じだったかもです。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑はありませんでしたが、江戸東京坂道事典には、『六本木三丁目十三番と十四番の間を北東に、共同墓地わきへ下る。旧麻布三河台町の坂で、「麻布区史」には「八番地(三河台町)の横、崇巌寺に下る急坂は里俗閻魔坂と呼ぶ。これは崇巌寺の閻魔堂に因んだ呼称である」と記されている。』とありました。


閻魔坂 (NO.92)3

そういえば、坂の途中にこんな感じのけっこう急な階段坂があり、このあたりの地形の複雑さみたいなものにちょっと驚き、思わずパチリと。



地図
港区六本木3

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ふどう坂とよぶそうです。
場所は、丹波谷坂 (NO.90) のすぐそばの南側を同じように並行に東側へと登る坂道です。


不動坂 (NO.91)1
坂下より

坂下からみたものですが、丹波谷坂 (NO.90) と並行にあり、よくよく考えてみると市三坂 (NO.89) や 丹波谷坂と同じくらいの高低差や登る時のしんどさがあってもいいはずなのですが、ここは少し違い、このあたり独特の地形のためなのか、道が短いせいなのかわかりませんが、それほどは登るのがたいへんという感じがしませんでした。
でも、写真でみるとけっこうな勾配の坂道にみえますね・・・。


不動坂 (NO.91)2
坂上より

ということで、今回は、あっというまに坂上まできてみましたが、抜け道のためか、道幅がそれほどないため両サイドのビルなどで、坂上からの眺めは特にひらけている感じはなかったです。
ただ、見にくいかもしれませんが、坂下のあたりのほんとこの道の軸線上に、なんとも味のある建物があったため、実はそのむこうに共同墓地があったのですが、写真でもわかるとおり、見えていませんね。
なので、共同墓地側からいくと、一瞬、あれ?坂道がない〜という感じになるかもしれませんが。。

あと、ここには、いつものような坂の碑は、なかったのですが、江戸東京坂道事典に、『六本木三丁目と十五番の間を共同墓地わきへ下る坂で、坂下には不動院があったが戦災で焼けて、坂南のほうに移ったという(略)。むかしは同寺の門前町を不動院前ととなえ坂道の由来ともなった。』とありました。



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たんばだに坂とよぶそうです。
場所は、市三坂 (NO.89) の坂の途中から東側へとぬける道をすこし歩くと、この丹波谷坂の坂下あたりに来ます。
地図的にみると、外苑東通りとだいたい並行になっており、東側へと登る坂道です。


丹波谷坂 (NO.90) 1
坂下より

坂下より見たものですが、住宅街の中になにげなくあり抜け道という感じでしたが、かなり急な坂道でおそらく建物でいえば2階から3階分くらいの高低差はありそうでした。


丹波谷坂 (NO.90) 2
坂の途中より

坂の途中なのに、けっこう勾配具合が見た目にもわかりやすいかもしれませんし、そのためか、道の舗装も丸の形のすべり止めのようないぼいぼになっていました。


丹波谷坂 (NO.90) 3
坂上より

ここまでくると、かなり息もあがるくらいでしたが、両サイドのビルのため、見晴らしはいまいちで、どちらかといえば、坂の途中からのほうが良い感じでした。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑があり、
『元和年間旗本岡部丹波守の屋敷ができ、坂下を丹波谷といった。明治初期この坂を開き、谷の名から坂の名称とした。』
とありました。


丹波谷坂 (NO.90) 4

あと、最後に坂下から坂の途中にかけて、写真のように六本木ヒルズやミッドタウンのビルがなにげに見えていたので、パチリと撮ってみて、ついでに一枚にしてみましたが、どうでしょうかね。。



地図
港区六本木3

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所在地:港区六本木3あたり


いちみ坂と呼ぶそうです。
場所は、外苑東通りと六本木通りが重なる、あのアマンドがあることでも有名な六本木交差点を坂上として、赤坂の溜池山王方面へ下っている坂道です。


市三坂 (NO.89) 1
坂上より

坂上、すなわち、六本木交差点からの風景ですが、写真でみてもわかるとおり上空に高速道路が走っている以外は、なんてことない風景です。


市三坂 (NO.89) 2
坂上あたり

ただ、坂上方面の方を見ると、あ〜ここ!というより、いわずとしれたアマンドなども写っていますね。
このまま正面に歩いていけば六本木ヒルズへ、右側につらつらといけばミッドタウンへといける場所でもありますが、とりあえず、これで、ここが六本木交差点ということが、わかっていただけましたかね。(笑)


市三坂 (NO.89) 3
坂の途中

そして、六本木交差点から、つらつらと坂道を下ってみました。
坂上からの写真では、見えにくかったのですが、こうしてみるとかなり高低差のある坂道であり、だだっぴろい道路でした。


市三坂 (NO.89) 4
坂下より

くどい!といわれそうですが、坂下あたりからのものです。
このあたりは、坂上のざわざわした感じとはうってかわり、落ち着いた感じでした。

ちなみに、ここには、いつものような坂の碑があり
『明治二十年代に開かれた坂。名主の名がついた市兵衛町と松平三河守忠直邸のあった三河台町との間で両頭文字をとった。』
とあり、この坂道の名が、この地にゆかりのあるものの各頭文字をとって市三という名になったようですね。

それにしても、このあたりはアップダウンが激しいですね。




地図
港区六本木3あたり

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所在地:港区西麻布1あたり


かすみ坂と呼ぶそうです。
場所は、六本木通りと外苑西通りの交差点あたりが坂下となり、西へと登る坂道です。
なので、外苑西通りと対象に前にとりあげた笄坂 (NO.86) がある坂道ともいえますが。


霞坂 (NO.88) 1
坂下あたり

笄坂 (NO.86) と同様、なんともダイナミックな風景でした。
しかも、行った時は、六本木ヒルズに太陽の光があたりピカピカしていて、やたらと気になりましたが・・。(笑)


霞坂 (NO.88) 2
坂の途中より

すこし坂道をのぼったあたりのものです。
見た感じは、ふつうの大きな道路とその上にかかる高速道路がみえる風景といったところでした。
ただ、坂道の勾配ぐあいはわかりやすいかもと思ってのせてみました。

ちなみに、ここにはいつものように坂の碑があり、
『明治初年に霞山稲荷(現在の桜田神社)から霞町の町名ができ、そこを貫通する道が明治二十年代に開かれて霞坂と呼んだ。』
とありました。

そういえば、桜田神社といえば、玄硯坂 (NO.78) でも出てきた神社なのですが、地図でみるとけっこう離れていて、なぜかな?と思っていたのですが、今の西麻布1丁目と3丁目がかつての霞町だったらしいということと江戸東京坂道事典に『霞町の町名は明治初年につけられたもので、(略)、隣町の桜田町がその町内にあった霞山桜田神社の桜田をとった町名であったことから、それにならって霞山の霞をとって霞町としたものであった。』とあり、なるほど〜といった感じでした。。


霞坂 (NO.88) 3
もうすこし坂上より

坂上あたりから坂下を眺めたものです。
このあたりまでくると、この道が坂道であるということをあまり感じないように思えました。
あとあたりまえですが、とにかく道路の幅広いですね。
しかも、そのためか高速道路の柱もなんかたよりない感じに見えてしまいましたが、気のせいですよね。。




地図
港区西麻布1あたり

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所在地:港区南青山6あたり


きた坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、笄坂 (NO.86) の途中に外苑西通りと並行して走っている道を北へとつらつらとかなり長い距離を歩いていくとあり、坂に隣接して根津美術館がある坂道です。


北坂 (NO.87) 1
坂下より

この風景を見て、あ!ここねと思われたかたもいるかもしれませんが、左側の立派な塀の向こうに根津美術館があります。
なかなかいい感じの坂道ですね。
ただ、この坂道は、笄坂 (NO.86) につながっている坂道とはいえ、住所も南青山なので、一瞬なんで?と思うかもしれませんが、その理由は、またのちほど。。
でも、この僕が立っている位置は、西麻布2あたりだったりしますけど。


北坂 (NO.87) 2
坂の途中より

すこし坂をのぼって、坂下を眺めてみると・・・。
こうみると、六本木もちかいんだなあという感じでした。
しかし、こうしてここからみると坂下でみえていた坂道とは違いなんだかゆるやかな坂道に見えてしまっていますね。


北坂 (NO.87) 3
坂上より

そして、坂上まできてみると、もうそこは表参道へと一直線につながる道で、あきらかに青山界隈となっていました。(笑)
なので、右側が根津美術館ということになります。
ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はなかったのですが、江戸東京坂道事典におもしろい逸話が書いてありましたよ。
『北坂はもと青山南町五丁目の通称長者丸というあたりから墓地わきをぬけて笄町へ至る坂道であった。この長者丸は、住古、渋谷長者が住んでいたといわれ芝白金長者と並び称されていたという。ここに一つの伝説があって、白金長者の息子と渋谷長者の娘とが恋を語らい、笄橋のたもとを出会い場所にしていたが、あるとき渋谷長者の姫は駕籠にものらず、ひとりで笄橋まで坂を下りて行ったので、その坂を姫下坂とよぶようになったという。もちろん伝説の中の坂であるから、どの坂道であったかは知れないが、長者丸と笄橋とをむすぶと、北坂の道がほぼ姫下坂の伝説の道順と似ている。』
とあり、かなりそのままのせてしまいましたが(汗)、姫下坂(ひめおりざか)の伝説とともに、牛坂 (NO.85) や笄坂 (NO.86)の歴史話と重ねあわせてみるとなんとなく想像できそうなところがなんともいえませんでした。

ということで、この話がしたいがために、北坂がここにきたというわけなんですよ。。




地図
港区南青山6あたり

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所在地:港区西麻布4あたり


こうがい坂と呼ぶそうです。
場所は、牛坂 (NO.85) とほぼ並行にあり、外苑西通りをさらに北へ行き、外苑西通りと六本木通りが交わる西麻布交差点あたりがこの坂道の坂下になり、六本木通りを西(渋谷方面)へ上がる坂道です。


笄坂 (NO.86)  1
坂下より

見ての通り首都高速が道路の上を走っており、なんともダイナミックな風景でした。
また、この地下には東京メトロの日比谷線が走っている場所でもあります。
ここってけっこう、六本木通りを通って六本木あたりから渋谷へ向かう時にけっこうなアップダウンがある場所なので、あーここね〜と思われるかたも多いかもしれませんが。
それにしても、坂上と坂下の高低差がかなりありましたよ。


笄坂 (NO.86)  2
坂上より

今回は、イッキに坂上まできてしまいました。
ここからだと、この道が坂道だということがわかりにくいのですが・・・。(汗)
そんな感じで、景色は高速道路とだだっ広い道路という感じで昔のおもかげはみじんもないのですが、そんな中、東京タワーと六本木ヒルズがうまく見えるポイントがあったので、とりあえずここで一枚撮ってみました。

最後に、ここにはいつものような坂の碑はなかったのですが、江戸東京坂道事典に
『この坂はつまり霞坂の延長で、霞町の西隣が笄町なので、その部分を笄坂とよんだのである。』
とあり
『笄町の町名はこの坂下に笄川が流れ、南のほう富士見坂下に笄橋が架かっていたことに起源している。』
とのことです。

そういえば、笄橋は、牛坂 (NO.85) の坂の碑にも書いてありましたね。



地図
港区西麻布4あたり

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所在地:港区西麻布4


うし坂と、そのまま呼び、別名として、牛鳴坂とも言うそうです。
場所は、堀田坂 (NO.84) とほぼ並行にあり、さらに北へあがっていくとあり、牛坂の坂下からすこし歩くと外苑西通りに面していて、通りに対して向かい側に、富士見坂 (NO.7) の坂下があったりします。


牛坂 (NO.85) 1
坂下より

坂下あたりの様子ですが、ここから見ると、なかなか勾配もありそうで、道幅はすこし窮屈な感じもありますが、雰囲気は悪くない感じでした。

また、写真にも見えているとおり、いつものような坂の碑があり、
『源経基や白金長者の伝説のある笄橋に続く古代の交通路で、牛車が往来したためと想像される。』
とありました。
ただ、これだけでは、”源経基や白金長者”のほうの言葉に気がいってしまいがちで、それなら牛車が通る坂道なら全部ついてしまうわけで、その点で僕自身あれれ?と思ってしまったのですが、いつもの江戸東京坂道事典での一文に「坂名は赤坂の牛鳴坂と同様に悪路のうえ険しかったので荷牛が難渋したことによるものであろう」とあり、これを読んでから改めて解釈してみると、別名で牛鳴坂と呼ぶことや、歴史的な奥深さもこめられて牛坂という名前になったのかなあと想像してしまいましたよ。


牛坂 (NO.85) 2
坂の途中より

このあたりまで、上がってくると、坂下のざわざわした感じもなくなり、坂下からも見えていたのんびりな雰囲気になっていました。
ただ、坂下あたりのらせん階段のついた細長いビルが、ニョキと見えていたのですが、こうして裏側からみると、なんだかな〜という感じでした。。(汗)

また道の両サイドには、この場所ならではの豪華というかなんというか、かなりハイソなマンションや建物がありました。


牛坂 (NO.85) 3

そんな感じで、たぶん地図で見ても想像できそうなのですが、今回はそのうちのとあるマンションの入口あたりを撮ってみました。。
こんなのんびりした坂道の途中に、こんな感じであると、けっこうびっくりしてしまいますよ。
でも、この坂道も名前の由来からするとけっこう歴史はある道であり坂道みたいなので、まあありといえばありと思いますけどね。(笑)


牛坂 (NO.85) 4
坂上あたりより

ここからみると、かなりの高低差も感じられ、坂下からみた風景とはべつもののように閑静な雰囲気でした。
そして、道からみえる緑もかなり多くなり、歩いていても楽しい坂道になっていましたよ。




地図
港区西麻布4

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所在地:港区西麻布4あたり


ほった坂と呼ぶそうです。
場所は、北条坂 (NO.82) に近い場所で、外苑西通りから一歩奥に入ったところに堀田坂の坂下があります。


堀田坂 (NO.84) 1
坂下より

かなりの逆光になってしまいました。(汗)
まあ、それはおいておくとしまして、この坂道は、写真でもそれなりに伝わっているかもしれませんが、見るからに歩いていて気持ちのよさそうな感じがありありと伝わってきましたよ。
坂道の左側は、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、崖みたいになっていてけっこう景色がひらけていました。


堀田坂 (NO.84) 2
ほぼ坂上あたり

一枚目の写真で見えていた坂上まで登り、坂下を見てみたものです。
こうみると、ここも六本木のちかくなんだな〜と感じてしまうほど、六本木ヒルズがはっきりと見えており、ちょうど坂に対してほぼ一直線の位置にある(まあだいたいということでお願いします・・・)のも、なんだかいろんなことを想像してしまう坂道かもしれませんね。

あと、ここには、いつものような坂の碑があり、
『江戸時代には、大名堀田家の下屋敷に向かって登る坂になっていた。』
とありました。
それにしても、坂道自体もなかなかいい感じで何度も歩きたくなる衝動にかられそうなのですが、それとあわせて坂下あたりをよく見るとこれまたぽつねんと木が一本立っているのがなんともおもしろいかもです。


堀田坂 (NO.84) 3
坂上あたり

さらに道をあがったところからですが、この坂道は写真のように、このあたりで急にカーブしており、ここからはまったく坂下はみえないのですが、正面が崖ということもあってなにかが正面にありそうな雰囲気がやんわりとあって、それはそれでいい感じなんなのかなーと思いました。
いちおう、このあたりにもうひとつの坂の碑があったので、堀田坂の坂上はこのあたりまでなのかもしれませんが、今回はもうすこし坂上方向に行ってみました。


堀田坂 (NO.84) 4
さらに坂上あたり

そんな感じで、さらに坂上あたりにくると、これまた街路樹に囲まれたいい感じの道になっていましたよ。

ちなみに、右側に見えているのは、広尾ガーデンヒルズという見た目は団地ぽいのですが、実際は都内でも有数の高級マンションらしく、最終的には1987年に竣工してそれなりの年月が経っているらしいのですが、当時はかなり話題になったマンション群らしいですよ。。



地図
港区西麻布4あたり

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所在地:港区西麻布3あたり


北条坂 (NO.82) の坂下あたりといえば、それまでなのですが、ながい坂なので、ふたつに分けてみました。
しかも、地図をみると”鉄砲坂”となっており、江戸東京坂道事典にも、坂下のほうを鉄砲坂ともよび、その左側に鉄砲組屋敷(組頭井上左大夫)があったためとも書いてあったので、 鉄砲坂 (NO.83) としてもよかったのですけどね・・。


鉄砲坂 (NO.83) 1

実は、北条坂 (NO.82) の一番最後の写真と同じなのですが、(写真では見にくいかもしれませんが)坂道をくだる手前に、坂上にもあった北条坂 (NO.82) の坂碑があったので、なぜなのかなという感じでした。
やっぱり、これより坂下は、北条坂ではないということなんですかね?


鉄砲坂 (NO.83) 2
坂下より

外苑西通りより見た坂道です。
まあ見た感じは、なんてことない坂道みたいに見えていますが。

そして、写真のちょうど右側(坂下からみると外苑西通りをはさんで向こう側)に、知るひとぞ知るかもしれない?建物というか食事処がありました。


鉄砲坂 (NO.83) 3
分とく山

分とく山という、いかにもハイソな感じの食事処で僕はここで食べたことはないので味のことについてはなんともいえませんが、実は建物自体も有名なデザイナーの方たちが手がけたけっこう有名な建築だったりするんですよ。

今回はあまり細かいことはいいませんが。(笑)
でもまあ、見た目がみためだけにわかりやすいのですけどね・・。



地図
港区西麻布3あたり

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所在地:港区西麻布3あたり


ほうじょう坂と呼ぶそうです。
場所は、前回の中坂 (NO.81) と並行して、南側にあり、坂上はテレビ朝日通りに面している坂道です。


北条坂 (NO.82) 1
坂上より

坂上は、ふつうの幅の道でしたが、歩道がやたらと広かったので、けっこう視界が開けた感じでした。
また、ここには写真でも見えているとおり、坂の碑があり、
『坂下近く南側に大名北条家の下屋敷があったために、この名がついた。』
とありました。


北条坂 (NO.82) 2
坂の途中より1

すこし坂道をくだって、坂上を眺めてみました。
なかなかいい感じですね〜。
ここから見ると、道の両側に、緑もあるし、右側のマンションらしきものも、うまく坂道の雰囲気をもりあげてくれているような感じがします。
ただその分、真ん中の電柱と電線がやたらと目につきましたが・・・。(汗)


北条坂 (NO.82) 3
坂の途中より2

さらに下った場所で、ここで、いったん勾配がほとんどなくなり平坦な道となります。
写真は、坂上方向を見たものですが、実際にこのあたりを歩いていると、写真ではうまくつたわらないかもしれませんが、やたらと高級なマンションや建物があり身が引き締まる感じでしたが、歩いているぶんにはなかなか楽しい道だったかもしれません。
それにしても、ちょっとだけ坂上のカーブがなつかしくなるくらい坂道が長いです。
ただ途中に、いい感じのおしゃれな家具屋さんらしきものがなにげに一軒ぽつんとあったのは、わるくないかも。


北条坂 (NO.82) 4
坂下あたりをみる

見てもわかるとおり、いったん平坦になっていた道がまた坂道となっており、さらに道の両側にはいかにも、この内側になんともすごそうな住宅やマンションがありそうな雰囲気の入口や塀が見えていますね・・。
ちなみに、正面に見えている道路が外苑西通りということになります。
それにしても、長い坂道ですね。。

ということで、さすがにこの坂道は、途中でカーブしていたり、坂道が2段になっていたりして、車の行き来はけっこうあったのですが、なかなか歩いていて楽しい坂道でしたよ。



地図
港区西麻布3あたり

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なか坂と呼ぶそうです。
場所は、坂上がテレビ朝日通りに面しており、芥坂 (NO.80) の南側にあたる坂道です。
また、テレビ朝日通りをはさんだ東側の道は、前にとりあげた狐坂 (NO.74) の坂上にあたる場所でもあります。


中坂01
坂上より

けっこうな急坂だったので、なかなか坂上からの景色もパノラマビューな感じでしたよ。
写真で見た感じはふつうな感じですが、両サイドの建物(しいていえば右側)とすこし急な坂道のため道路にイボイボというかドーナツの形をしたすべり止めがついていたのが、すごく気になりました。
あと、南国にありそうな木がぽつねんと一本あるのもなんだかほのぼのな気分にさせてもらえましたかな。。

また、ここにもいつものような坂の碑はなかったので、例のごとく、江戸東京坂道事典の一文によると
『北条坂と芥坂の間なので中坂とよばれる。』
とありました。
とりあえず、この近くの3つの坂道の中では、一番後に名づけられた坂道かもしれませんね。


中坂02
坂下より

坂下からみると、けっこうな急坂だというのがわかりやすいかもしれませんね。
それにしても個人的には、この坂道は、坂下から眺めるほうがいい感じかなあなんて思ってしまいました。
手前左手の真っ白できれいな建物が歩いているとやたらと気になりましたが、こうして写真でみると、それよりテレビ朝日通り沿いにある坂上のマンション群と坂道の対比がなんだかおもしろいかなと。
坂道自体は、車がすれちがうにはちと厳しいかなという幅でしたが、そんなに狭さは感じない坂道だったのですが、坂下から坂上へ歩いていると、ドーナツの形をしたすべり止めがついていたあたりは見た目以上に登るときにはきつい坂道でした・・。

あと、これから刻々と動きがありそうな青空と時間がとまったように見える建物たちとのコントラストもなかなかかもです。。



地図
港区西麻布3

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所在地:港区西麻布3



ごみ坂とよぶそうです。
場所は、テレビ朝日通りにある中国大使館のすぐそばで、前にとりあげた富士見坂 (NO.7) のすこし南側にあります。


芥坂01
坂上より

見てのとおりかなり小さな坂で、正面のフェンスが張ってあるところまでしかいけない坂でした。

ただこの坂にもいつものような坂の碑がなかったこともあり、はじめは、あれ?ここかな?という感じでしたが、江戸東京坂道事典には、”西麻布三丁目五と六番の間を中国大使館前から西へくだる小坂で、中坂の北にならぶ。”とあったので、たぶんここだろうと思います。

また、同じくこの本では、この坂道の由来は坂下のほうがかつてゴミ捨て場に使われていたことだったからとも書いてあり、さらにこの坂辺に紺屋が一軒あったため”紺屋坂”という別名もあるということだそうですよ。


芥坂02
坂下より

こうしてみると、道幅のせまい坂道という感じでした。
あと、写真では、あまり見えていませんが、この正面の坂上に中国大使館があるのですが、この大使館の場所はもとはあの後藤新平の屋敷だったらしいですよ。

いやはや(汗)

そういうことを考えていると、かつてここで暮らしていたであろう人が計画した東京の都市計画が当時しっかりと実行されていれば、歩いていても楽しい東京になっていたかな〜?、それとも車にやさしいだけの街になっていたのかな?、それとも・・・。

まあ、なんともいえませんですが、そんな都市計画だけでふりまわされるような街にはなってほしくないと思いつつも、なんだかいろんなことをふと考えてしまいましたよ。。



地図
港区西麻布3

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おおよこちょう坂とよぶそうです。
場所は、六本木ヒルズより西側にあり、だいぶ前にとりあげた富士見坂 (NO.7) の途中にあるギリシャ大使館の東側を南へのぼる坂道です。

大横丁坂01
坂下より

閑静な住宅街のふつうの道といった感じでした。
しかし、ちょうど右側が、実はギリシャ大使館ということなのですが、警備をしている人もいない感じで、建物自体もふつうのマンションでした。

ちなみに、この坂にはいつものような坂の碑はなく、富士見坂自体が大横丁坂という説もあるようですが、江戸東京坂道事典には「富士見坂の途中、西麻布三丁目三番ラオス大使館の西側から四番へ上る坂道で(略)」(まあ文章だけで判断すると富士見坂上にあるように勘違いしそうですけどね・・)とあることからも、今回はここを大横丁坂としてみました。


大横丁坂02
坂の途中より

坂の途中より坂下を眺めるとこんな感じで、かなりゆるやかな坂道でした。
正面のつきあたりの道が富士見坂 (NO.7)ということになります。


大横丁坂03

2枚目の写真の手前右側にありました。
パッとみると、え?なに?という感じかもしれませんが、階段下のすきまになんとも風情のあるというかなんというかはわかりませんが、小さな場所にも日本のこころといわんばかりに様々な形をした石がところせましと置かれていましたよ。。


大横丁坂05
坂上より

坂上は、見ての通り途中でカクっと曲がっていました。
左側は散歩した時は、工事中でしたが、坂上からみても坂下から見てもけっこう目に入る場所であり建物になりそうな感じなので、この建物しだいでは、この坂道の印象が良くも悪くもなりそうかもでした。




地図
港区西麻布3

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所在地:港区六本木6


実は、この坂道は、今はもう無くなってしまった坂道なのです。
というと、え〜!という感じですが、正確には、前回とりあげたさくら坂 (NO.77) とだいたい同じ場所にかつてあった坂道で、六本木ヒルズの再開発というか建設が始まる前までは、たしかにあった坂道らしいですよ。
なので、いちおう玄硯坂≒さくら坂と考えていいみたいです。
(たぶん・・。)

坂名は、なかなかむずかしい漢字ですが、げんせき坂とよぶそうです。


げんせきさか1
現在のさくら坂

江戸東京坂道事典によると、
『藪下に下りる坂なので藪下坂ともいった。六本木六丁目四番と十五番の間をテレビ朝日通り桜田神社前から南東、日々窪へ下る狭い急坂で、坂の南側に日蓮宗妙経寺がある。』
とあり、地図でみると今のけやき坂通り (NO.24) の坂上あたりに桜田神社があることから、けやき坂の入口あたりが、かつての玄硯坂の坂上あたりだったようで、さくら坂 (NO.77)に隣接している妙経寺が玄硯坂の南側にあったということからも、もしかしたら建物の配置の計画上、玄硯坂をそのまま残すことができなかったため、むりやり今の2つの坂にしてしまったのかもしれませんね。(あくまで予想ですが・・。(汗))

う〜ん、それにしても、どうしてこうなってしまったんでしょうね・・。

最後に、”歩いてみたい東京の坂〈下〉”という本に、かつての玄硯坂の写真があったので、拝借させていただきました。(問題があればご一報ください。)


げんせきさか2
かつての玄硯坂

かなりの急坂だったようですね。
見えないかもしれませんが、写真のなかの電柱に住所が六本木6-15と書いてあることからも、江戸東京坂道事典の文も納得といった感じですかね。



地図(いちおうです。。)
港区六本木6

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所在地:港区六本木6


とうとうこの坂にきてしまいましたよ。。
住所的には、六本木にあたるのですが、前回の内田坂 (NO.76)とはとなりだったので取り上げてみました。
場所は、六本木ヒルズ内の最南端にある坂で、前回取り上げた内田坂 (NO.76) の北側に並行にはしっている坂道で、見た目はかなり新しい坂道です。


さくら坂 (NO.77) 01
坂上より

だいぶ前にとりあげた同じヒルズ内の六本木けやき坂通り (NO.24) の坂上あたりに、このさくら坂への入り口があります。
あ〜ここ!と思ったかたも多いかもしれませんね。(笑)
なので、このことからもわかるかもしれませんが、さくら坂は新たにつくられた坂道といってしまっていいかもしれませんが・・・。


さくら坂 (NO.77) 02
坂の途中より

坂上のカーブをきゅっと曲がって坂下方面をみるとこんな景色がひろがっていました。
六本木ヒルズの再開発とともに、整備された道のため、やっぱり整然としていていい感じの坂道ですね。
適度にカーブしているのもなかなかかもです。


さくら坂 (NO.77) 03
日蓮宗妙経寺

ちなみに、2枚目の写真のすぐ右手には、日蓮宗妙経寺なるお寺がありました。
このお寺もかなりあたらしく、調べてみると、やっぱりここも再開発地区の一部だったらしく六本木ヒルズ建設とともにここに移転したとのことです。


さくら坂 (NO.77) 04
坂の途中より2

そして、つらつらと坂道をくだり、またカーブを曲がったあたりで、坂上をみてみました。
ここもカーブの具合がよいですね。


さくら坂 (NO.77) 05
さくら坂公園

また、4枚目の写真の橋らしき建造物の向こう側にさくら坂公園なる写真のようなダイナミックなつくりの公園が坂道に隣接していましたよ。
そして、この公園は、お隣の内田坂 (NO.76) とも接していて、どちらの道からでもアクセスできる公園でした。


さくら坂 (NO.77) 06
坂の途中より3

左側には、レジデンスやゲートタワーなどの建物が見えてかなりダイナミックな風景がひろがっていました。
それにしても、また道がカーブしていて坂下がみえませんね・・。


さくら坂 (NO.77) 07
坂下より

やっとこ坂下にきてみると、これまたなんとも大迫力な景色が・・・。
正面のレジデンスの建物がやたらと迫力があり、なんだか坂道の存在を忘れるほどでしたよ。
ということで、かなりくねくねした道だったので、写真がかなり多くなってしまいましたが、歩いているぶんには、なかなか楽しい坂道でした。

ちなみに、この坂道には、はじめの写真にあった坂上のさくら坂という標識以外、やっぱりというか、いつものような坂の碑はありませんでした。



地図
港区六本木6

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所在地:港区元麻布3あたり


うちだ坂と呼ぶそうです。
場所は、わかりやすくいえば六本木ヒルズのすぐ南にあり、ヒルズ内のけやき坂通り、その南隣のさくら坂、そして内田坂の順に坂道が並行にはしっており、いうなれば一番南側の坂道ということもできるかもしれません。


内田坂 (NO.76)01
坂上あたりより

この坂道は西から東方面へと下っている坂道なのですが、もしかしたらもうすこし西側までが、ここの坂道の坂上かもしれませんが、今回はこのあたりにしてみました。
道自体は古くせまめの道路でしたが、写真左側の建物が新しいためか、なんだか新しい道のように感じてしまいました。
あと、建物のあいだからひょっこりと東京タワーが見えていたのもなかなかよい感じかもです。


内田坂 (NO.76)02
六本木ルーテル教会

1枚目の写真のすぐ左側には、建物自体はやたらと新しい”六本木ルーテル教会”なる教会がありました。


内田坂 (NO.76)03

また、同じ場所から、ちらりと上を見るとこんな景色が・・・。
これで、ここがほんとに六本木ヒルズの隣ということがわかってもらえましたかな。(笑)


内田坂 (NO.76)04
坂の途中

そして、写真のようなちょうどいい感じの勾配の坂道がすこし続いていました。
ちなみに、この坂道には、いつものような坂の碑はありませんでした。


内田坂 (NO.76)05
坂下あたり

坂道がいい感じでカーブしていて、歩く先がなかなかみえてこなかったのは歩いていておもしろかったです。
また、写真右側には高校があり(あとで調べてみると六本木高校ということらしく、また左側には小学校もあるみたいでした。)、手前の落ち着いた雰囲気の学校と一番奥に見えるヒルズの建物群が一緒にみえていて、これまたこういう景色をみているとなんだか変な感じというか違和感というかなんというかはわかりませんが、ヒルズとお寺の関係を一緒にみているような・・・そんな気持ちになってしまいましたよ。



地図
港区元麻布3あたり

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所在地:港区元麻布3


ちょっと間があいてしまいましたね・・。(汗)

みやむら坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狐坂 (NO.74) の坂下ちかくで、実は狐坂の坂下写真から右側を見ると、今回の坂下がすぐみえる場所にあります。


宮村坂 (NO.75) 01
坂下より

写真を見て、え〜!、と思ったかたもいるかもしれませんが、この道だけがやけに計画された感じで周辺の道路とはかなりかけ離れており、どうも私道っぽい雰囲気でした・・。(近くに中国大使館の警備をされていた警察の方がいたので、ついでにこの道のことを聞いてみても、そんな感じの答えでしたよ。)
でも、坂道自体は、勾配はほとんど感じないくらいでしたが、かなりインパクトのある道というか両サイドの建物との一体感もなかなかのものでした。

あと、この坂はいろんなサイトをみさせてもらってもいくつかの説があるようなのですが、江戸東京坂道事典には”元麻布3丁目5番と6番の間を西北に上る坂で、もと宮村町の坂道なので、宮村坂とよぶ。”とあるようで、住所でみるとやっぱりこの道だったので、今回はこちらを参考にさせてもらいました。

ということで、もとからあった坂道のうえからこのような住宅開発がおこなわれたようですが、坂道の両サイドにあった主に3階建ての団地風というかマンション群自体は、なかなかすっきりとしたデザインというかこの場所にあった感じのなかなかな高級感を持ったものでしたよ。


宮村坂 (NO.75) 02
坂上より

坂上あたりから見たものですが、写真のようにいきなり道の途中で、舗装のつくりがいきなり変わっていました。
しかも、舗装が変わったとたんに、両サイドに電柱があるのもなんかおもしろいかもです。

ただ、ここにはいつものような坂の碑はなく、そんなことから、今回の再開発の様子とあわせて考えてみると、かっての宮村坂の坂下が狐坂 (NO.74) までのびていたかは、実は不明で江戸東京坂道事典の本文をみてもわからず、もしかしたらあとで坂下が狐坂 (NO.74)とつながった可能性もまったくないわけではないかもしれないのですが、今回はこんな感じにしてみました。

でも、やっぱり昔からこの道はあったと思いたいのですけどね。。



地図
港区元麻布3

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所在地:港区元麻布3あたり



きつね坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狸坂 (NO.73) の坂下とつながっていて、別名、大隈坂ともいうそうで、さらに狸坂に対して狐坂と呼ぶようになったとも言われているそうです。


狐坂 (NO.74) 01
坂下あたりより

いちおう坂下あたりとしていますが、実際の坂下は、もうすこし下でほとんど狸坂 (NO.73) の坂下あたりらしいのですが、今回は、その予想地点よりすこしあがったところのものにしてみました。

ということで、道幅はちょうどいい感じでしたが、勾配のほうになるとちょっときついかなというくらいなのですが、なにせ坂道が長くずっとつづくのがなんといっても利いていて、写真でみてもわかるとおりなのですが、自転車に乗ってのぼるにはかなりきつい坂道でした。


狐坂 (NO.74) 02
坂の途中より

すこし坂道をあがった場所ですが、右側(ちょっと坂下ですが・・・)には本光寺という古くからあるお寺があり、そのためか立派な木が生い茂っているのが目につくのに、左側の建物がやけに新しいのがなんとも対照的でした。

あと、僕が行った時は、以外に車の通りが少なかったので、自転車でぶ〜んとかっ飛ばすには気持ち良さそうでしたよ。(笑)


狐坂 (NO.74) 03
本玄寺

また、2枚目の写真のすぐ左側をみると、本玄寺という、やたらと近代的なつくりのお寺があり、よくよく考えてみるとここも、坂道の途中にお寺が何度もでてきますね。
ついでに、左側に六本木ヒルズも見えているのですが、ここの建物がコンクリート仕上げの今っぽい建物のためか、同時に写してみても、けっこうふつうな感じにみえてしまいました。


狐坂 (NO.74) 04
坂上あたり

坂上あたりの様子ですが、このあたりにくると勾配もゆるくなりだしたのですが、なんと今度は左側に中国大使館があり、ここではうまいこと姿がほとんど見えていないのですが、まわりには警備の警察官のかたが何人もおり(汗)、写真が撮りづらい雰囲気でした。(なんとか警察管のかたがほとんど写らない場所がこのポイントということですよ・・。)
なので、中国大使館の門などもこの坂道沿いにあったのですが、上記のとおり、今回は撮れませんでした。

また、ここの坂道には、いつものような坂の碑は見当たりませんでした。

ただ、江戸東京坂道事典に当時のこのあたりのことがすこし書かれており、
『このあたりは藪下の地名が語るように藪原で、狸坂、狐坂、黒闇坂がいずれもその藪下にくだっており、大正初期まではたいへん寂しい場所であったという。』
とあり、以前は寂しい場所だったとのことですが、逆に今は、それがメリットになっている感じで六本木ヒルズなどがチラチラと横目に見えているほどすぐ近くの場所にもかかわらず落ち着いた閑静な住宅街になっているようでしたよ。



地図
港区元麻布3あたり

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