東京坂道さんぽ

〚Category: ★街歩き+番外編 [東京編]
宮益坂下のホープくん
西新宿、策の井と水
国立競技場の側から見てみた神宮外苑花火大会2015
明治公園の高低差のある場所
国立競技場横にある明治公園と遺跡
雨の七夕ということで名所江戸百景でも
青山スパイラルができる前の話
お台場のカーズ
汐留、採集講義
神田明神いろいろ
旧中山道をふらりと
新宿三越アルコットの三圍神社
新宿タイムズスクエアーの樹木たち
皇居展望台
天守閣跡からの眺め
森鴎外旧居跡
上野公園、時の鐘
とある街の風景(ライトアップタワー)
御茶ノ水聖橋より
夢の大橋
新宿でF1
赤坂サカスをぶらり
日比谷公園
日比谷公園に行ってみると・・・
アークガーデン
神宮外苑の建国記念文庫
東京でざいん散歩
東京シティビューと森美術館に行ってみる
麻布十番のまつり
横浜マリンタワー

ちょっと前に知ったのですが、宮益坂の坂下にあるビックカメラの前を歩いているとですね、明治通り沿いの歩道になにやら気になるものが。



宮益坂下のホープくん1
写真1

それがこちらですね。(写真1)
ふくろうの銅像です。
な、なぜこんなところに。(笑)

この銅像、名前もちゃんとつけられていて「ホープくん」というそうです。
どうしてこのような名前がつけられたのかについてはわかりませんでしたが、この銅像は彫刻家の佐藤賢太郎氏によるものだそうですよ。

ちなみに、当日はなにげなく撮ったので、はしっこできれていますけど、写真下のほうに薄緑の文字で「パティオ宮益」と書かれているのですよ。
これはなんじゃらほい?と思い、調べてみるとですね。
なんと、JR渋谷駅の東口に、「パティオ宮益」という広場があるそうなのですよ。。
そんなのあったかなと記憶をたどってみると、まさにJR渋谷駅の東側、最近できた渋谷ヒカリエと渋谷駅の間にある明治通りに面している駅側のバスロータリーに隣接する広場がそう呼ばれているそうなのですよ。
そこにこの銅像はあったらしいため、「パティオ宮益」という文字が刻まれていたみたいですね。

ただ、今は知っている方も多いとは思いますが、JR渋谷駅の東側は現在、おおがかりな再開発の工事がどんどん進んでいるため、パティオ宮益も広場としての機能はほとんどはたしてないため(もしくは失くなってしまう?)、今の場所に移設されたようですね。
この銅像自体が2001年11月につくられたものなのでまだ新しいもののためか、以前の地ではハチ公のようには待ち合わせスポットとしては有名にならなかった中、再開発の波をうけてひっそりとこの地にうつってきたというわけですね。

なお、以前の地でのホープくんの様子を記録してくれているサイトがありましたので、リンクしておきますよ。
→ http://www.enjoytokyo.jp/kuchikomi/127572/

いやあ、あんなところにあったとは知りませんでした。(汗)
今の地と同様、宮益坂の坂下のほうを向いていたみたいなので、渋谷駅側から歩いてきたときは気がつかない場所だったのですね。
しかも宮益坂から歩いてきた時は、坂のほうばかり見ていた記憶があるので当時はまったく気がついていませんでした。。
それにしてもこの時は東急東横線の改札もこのすぐ近くにあったのですなあ。(遠い目、写真みながら)


宮益坂下のホープくん2
写真2

つい最近、特に記事に載せようとかは思わず散歩中なにげに記録がてら撮っておいたものですが、そういえばということで。(写真2)
ちょうどヒカリエの展望スペースからさきほどでてきたJR渋谷駅の東口、かつての「パティオ宮益」広場の現在の様子が見えていましたよ。
ふたつの線路が交差するあたりのちょっと右下、写真でいえば、ちょうど真ん中あたりに見えてますかね。
まさに大工事中です。
広場なんてあったの?という感じですね。(汗)


宮益坂下のホープくん3
写真3

最後は、宮益坂とホープくんとのコラボでも。(写真3)
今後もがんばって宮益坂を見守ってくださいな。(笑)

あ、そういえば22日に公開されたポケモンGOでも、このふくろうはポケストップになっているのですかねえ。
また近くを通った時にでも確かめてみますかね、今度は一眼カメラも持って。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
渋谷区渋谷1-24-12あたり

西新宿を歩いていて前から気になっていた場所なのですが、すこし前にやっとミラーレスカメラをかかえながら、このあたりをぶらぶらする機会があり、撮影もできたので、せっかくなのでとりあげておきたいと思います。


西新宿、策の井1
写真1

それがこちらですね。(写真1)
なにやらピラミッド形のオブジェと案内板が見えていますが、ここはなんと西新宿の新宿エルタワーの敷地内であり、そばには東京モード学園のあの高層の包帯ビルのそばに、こんなものがぽつねんとあったのですよ。
これに気がついたのはずいぶんまえだったのですが、今回はカメラをかかえていたので、記事にするためにもぱちりと一枚、というわけだったのです。


西新宿、策の井2
写真2

遠目からのものです。(写真2)
これなら位置関係もわかりやすいかもですね。
新宿エルタワーの敷地内の西側あたりから新宿駅方向に撮っているものです。
こうしてバックに東京モード学園の高層ビルが見えているとなんか不思議な感じがして気になっていたのですよ。

あ、そうそう。
肝心のこの場所は、「策の井(むちのい)」と呼ばれているそうです。


西新宿、策の井3
写真3

こちらが、案内板のアップですね。(写真3)
せっかくなので、内容を抜粋させていただくとですね、
『当敷地内に存した「策の井」は江戸時代より名井として知られ、天和年間(一六八一〜一六八三)に出版された戸田茂睡の「紫の一本」(むらさきのひともと)に「策の井は四谷伊賀の先にあり、いま尾張摂津下屋敷内にあり、東照公鷹野に成らせられし時、ここに名水あるよしきこし召し、おたづねなされ、水を召し上られ、御鷹の策のよごれをお洗われたる故、この名ありという」と書かれている。この地は尾張摂津下屋敷であった所であり、また、享保年間(一七一六〜一七三五)に出版された「江戸砂子」(えどすなご)という本にも同主旨の文章が見られ「策の井」が名水とうたわれた。』
とのこと。

いろいろ書かれていますが、どうやらこのあたりから、いまでいうおいしい水が湧き出ていたみたいですね。
なんか信じられない感じですねえ。

なお、一般社団法人新宿観光振興協会のサイトにも策の井が取り上げられていまして、それによると、ここの井戸が『策の井』といわれるようになったのは、徳川家康が鷹狩りの帰途、汚れた「策」を洗ったという伝承からの説が有力みたいですね。

鷹狩りといえば、目黒区の茶屋坂(NO.263)のことが思い浮かびますかね。
なので、はじめは、将軍が、鷹狩りをした後に、茶屋坂(NO.263)のお茶屋で休憩して、ここで策を洗ったかもということで、実は話がつながっていたのです!・・・という予想をたてたわけですが、どうやら茶屋坂(NO.263)については、3代将軍家光や8代将軍吉宗が鷹狩りをするときによく通った場所であり、今回の策の井のほうは家康なので、時代が違うようですね。

ただ、この西新宿がかつて、淀橋浄水場であったり(いまは給水場もあったかな、たしかブラタモリでも取り上げられていたと思います)、このすぐ西側(西新宿の西端)には、十二社熊野神社(ブログでも過去にとりあげています)があり、浮世絵にも描かれているような池や滝があったり、今回のおいしい水がでていたという策の井なる井戸の痕跡があるなど、今となっては目に見える形としてはわかりにくいものが多いですが、なにかと水にまつわる場所が多い場所だったのだなあということを再確認できた今回の散歩だったかもです。


地図
新宿区西新宿1-6-1

タイトルそのままですが、先週、開催された神宮外苑花火大会に行ってきましたよ。
しかも、今年は、外苑の中にある話題の国立競技場が、例の騒動でなくなってしまったこともあり(泣)、今年だけしか見れない風景があるかもということで、国立競技場界隈の視点から、このブログでは久々に、花火大会の様子でも取り上げてみたいと思います。


神宮外苑花火大会2015-1
写真1

そんなわけで、まずはこちらから。(写真1)
国立競技場と東京体育館の間を走っている外苑西通りからの眺めです。
(写真については、これから掲載する写真すべてについて、現地ではISOをあげまくって(汗)、いつものとおりpenくんで手持ち撮影しましたので、こんな感じの写真がこれから続きますので、あしからず。。)
とにかく、大会中のこのあたりは、隣接する公園も閉鎖されているためか、人通りが多い割に通れる道が限られていて、東京体育館側の写真手前の方は、無料の観覧席となっていたので、かなり大変なことになっていました。

ちなみに平日の様子は、以前、国立競技場が取り壊される前にまわった「明治公園の高低差のある場所」のブログ記事の写真8の場所が、まさにこのあたりになりますかね。
ただ、今回のは、花火と一緒に撮るために、もうすこし競技場よりのアングルですが。


神宮外苑花火大会2015-2
写真2

こちらはもうすこし、南側(千駄ヶ谷駅から離れる方)に歩いていたときに、同じく外苑西通りから見えた花火です。(写真2)
ここからだと、かなりの確率で、今しか見れない視点で花火が撮れたかもですね。
もちろん、それはかつてあった国立競技場がなくなってしまったからですし、将来もしここに新たな施設ができれば見えなくなってしまう場所かもしれないですからね。(公園になれば話は別ですが。。)


神宮外苑花火大会2015-3
写真3

そして、今回の花火大会散歩で一番驚いたのが、これでした。(写真3)
外苑西通りの東京体育館という交差点から西へと上っている坂道(ここは無名坂のようです)が、仮設の観客席になっていたのですよ。(要は僕の背後に花火が見えるということですね。)
しかも、坂上のほうに向かって道がカーブしているので、その様子がかなりわかりやすいんじゃないですかね。
ほんと、今まで気がつかなかったのが恥ずかしいくらいでしたが、もしかしたら国立競技場の建物がなくなった今年だけの対応なのかもと妄想もしてみましたが、まあそんなことはないですよね。(汗)


神宮外苑花火大会2015-4
写真4

さらに外苑西通りを南へ歩くと、また、さっきと同じように坂道が観客席になっていました。(写真4)
こちらは、写真ではわかりにくいですが、右側のほうが仮設の観客席になっていて大勢の方々が地べたに座っており、左側が通路ということになっていました。
さっきの無名坂と同様、こういう坂道に人がたくさんいる景色は、表参道とかでも見れることはあるのですが、今回の違いはなんといっても坂道の向こうに見える花火をみんなで見ているという体験が共有されていることかもしれないですね。


神宮外苑花火大会2015-5
写真5

さらに外苑西通りを南に歩くと、仙寿院という交差点にやってくるのですが、こちらはそこから、明治公園と都営霞ヶ関アパートの間にあるこれまた無名坂から見えた花火ですね。
ここは、まさに坂道と花火が見れる僕的には絶景ポイントだったのですが、見ての通り交通規制されていて、警察官の方々が必死で「立ち止まらないでください!」と怖い顔で連呼していたので、落ち着いて撮ることはできませんでしたが、なんとか一枚撮ってみたのがこの写真5です。
(あと個人的には、国立競技場の件があったからなのか、この場所に限らず警備の警察官の方々の雰囲気が、他の花火大会に比べると殺気だっているように感じてしまったのですが、気のせいだったのでしょうかね。)


神宮外苑花火大会2015-6
写真6

いちおう、そばに建っている都営霞ヶ関アパートとあわせての花火もぱちりと。
写真ではわかりにくいですが、道路が大混雑の中、アパートの住民の方々が、隣接するアパートの敷地内でのんびりとバーベキューをしている様子がなんとも面白かったです。


神宮外苑花火大会2015-7
写真7

長々となってしまいましたが、最後は、一気に場所を変えて、国立競技場の北側にある神宮外苑アイススケート場のそばから、今はなにもなくなってしまっている国立競技場の敷地とともに花火をぱちりと。
はてさて、数年後のここからの景色はどうなっているのでしょうかね。



ということで、今回はこんな感じです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷1あたり

前回の「国立競技場横にある明治公園と遺跡」の記事に引き続き、明治公園の話です。

前置きだけで中断した話の続きですが、明治公園の四季の森なる、あの不思議な雰囲気の国立競技場に隣接している細長い場所に、気になる階段があったのですよ。


明治公園の高低差のある場所1
写真1

それがこちらですね。(写真1)
ひっそりとした場所なのに(今は)、立派なつくりの階段でした。
しかもこの背後に、ばばんと現在の国立競技場が見えていたんですよ。
なので、ここは見た感じでは国立に入るために演出も兼ねて人工的に高低差をつけられた階段のように見えますが、実はこの階段、僕がまわりを歩いて調査した結果ではおそらくここは地形的な要因で、このような形になったと思われ、そんなことからもこの階段をまずは取り上げてみたわけなんですよ。


明治公園の高低差のある場所2
写真2

もうすこし近寄って見てみました。(写真2)
遠くからみると、階段の真ん中にある花壇がけっこうかっこよく見えたのですけど、近くでみるとなんか荒れてますし、階段上のほうには謎の柵がつくられていたので、見た目てきにも悲しい感じではあります。。
しかも手前の地面やら階段自体もなんか草ボーボーで、世田谷の駒沢公園なんかと比べてみても手入れが行き届いてないなあと、いらぬことを考えてみたり。(まああまり人が通らなそうなところではあるんですが。。)
ただ、上空のほうを見ると、そんな場所にもかかわらず国立競技場の外観のカーブ具合が、写真1と同様にかっこよく見えてちょっとびっくりしました。


明治公園の高低差のある場所3
写真3

こちらは見てのとおり、階段上からのものです。(写真3)
鳩と雀がタイミングよく一緒に階段で休んでいたので、おもわずぱちりと。
あと、写真3の左上になにげにオレンジの柵が写っていますが、これは前回の記事の写真5でもとりあげた遺跡からの石がたくさん置かれているかもしれないと予想してみた場所だったりします。
あんな感じでごろごろと置かれていたのですよ。
しかも、この明治公園の四季の森には、この石を小さくしたようなものがいたるところでオブジェのように配置されて使われているんですよ。
なんか関係あるんですかね。


明治公園の高低差のある場所4
写真4

そして、こちらです。(写真4)
これは、写真1に戻って見てもらうとわかりやすいのですが、階段上のさらに国立側(上)のほうに設置されていたものです。
しっかりと1964年と刻まれてましたよ。


明治公園の高低差のある場所5
写真5

隣をみるとこんな感じでした。(写真5)
各種目の優勝者の記録が刻まれているみたいでした。


明治公園の高低差のある場所6
写真6

また階段下の道路近くにも、こんな感じで東京オリンピックを記念した石碑が置いてありました。(写真6)
なので、この公園もつくられた当時はオリンピックに関連してしっかり計画してつくれた場所だったということがこの石碑からも想像できそうですね。


明治公園の高低差のある場所7
写真7

そして、階段からさらに北側(千駄ヶ谷駅)方向に歩いていくと、明治公園の最北端の場所にもこんな無名の坂道もありました。(写真7)
こちらは、明らかに地形的な高低差による坂道というのがわかりやすいかもですね。
ただここは、知る人ぞしる無名坂というよりは、手前の外苑西通りから千駄ヶ谷の駅前あたりに行こうとするとかなりの確率で通る坂道なので、知ってる方も多いとは思いますけど。


明治公園の高低差のある場所8
写真8

写真7の右側をみるとこんな感じで、外苑西通りと、前回の記事の写真3と4でも登場した明治公園の四季の森(写真7の左側)から東京体育館のあるほうへと渡れる歩道橋が見えていました。(写真8)


明治公園の高低差のある場所9
写真9

無名坂の坂上からの景色です。(写真9)
見てのとおり外苑西通りの向こうには東京体育館がででんとそびえたっていました。
そして、どうやらこちら側から体育館を見ると千駄ヶ谷駅からの様子とは違いかなり大きな建物のように見えるので、その謎を軽く調査してみるとですね。


明治公園の高低差のある場所10
写真10

ここから最後までは違う日にちょっと気になって立ち寄った際に携帯カメラで撮影したものになりますが、ここは右側に外苑西通りが見えていることからも、ちょうどさっきの写真9の坂の向こうに見えていた東京体育館の壁のように見えていた場所を、同じくさっきの写真8で見えていた橋の上から見てみたものです。(写真10)
右側に見えている道路が外苑西通りなので、写真1の四季の森内の階段の場所とこの道路はほぼ同じ高低差のレベルなので、そう考えると同じ明治公園内なのにかなりの高低差があったんですね。
しかも左側に見えている東京体育館側の歩道はずっと奥のほうに向かうと千駄ヶ谷駅のほうに行くことができ、じつはこの歩道、千駄ヶ谷駅前の海抜というか高低差とほぼ同じなのですよ。
なので、このあたりはかつてはちょっとした崖だったのではないかなどと想像してみると、なぜさっきの場所から東京体育館が大きく見えたのかもすこし納得できるかもですね。


明治公園の高低差のある場所11
写真11

いちおうさっき立っていたあたりもぱちりと。(写真11)
奥には国立競技場もちらりと見えていましたよ。
ただ暗くなりだしていたのでかなりぼけた写真ですが、記録ということでご容赦を。。


明治公園の高低差のある場所12
写真12

こちらは、道路のむこう側の明治公園がちょうど見える場所がありましたので。(写真12)
こうみるとかなりの高低差でしたよ。


明治公園の高低差のある場所13
地図

そして、最後は周辺地図にめもしてみたものなど。
赤の点線の場所がはじめにでてきた階段と坂道ですね。
で、オレンジの点線の場所が、写真10〜12に登場した場所で、だいたい高低差の違いはなく千駄ヶ谷駅も同じくらいの海抜の場所にあるということをめもしています。
あと、ブルーの点線もわかりにくいですがめもしているのは、実はこのラインに沿って、渋谷川の本流がかつてこのあたりを流れていたそうなんですよ。
いちおう古地図でも確認してみると、このあたりはたしかに川があったようですし、昭和毎日のサイトにある昭和31年の地図にも記載があるので、このことはどうやらほんとみたいです。
しかもですね、昭和毎日の池田信「1960年代の東京」のページにて、1962年10月(1964年のオリンピック直前ですね)に撮影された隠田川(渋谷川上流の本川)の千駄ヶ谷2丁目付近(要は今回の場所あたり)の写真と解説が掲載されていましたよ。
一部抜粋させていただくとですね、『隠田川の千駄ヶ谷2丁目付近。川は埋立てられ、流路は「オリンピックサービス道路」の外苑西通りに変身した。』と書いてありました。
なるほど。
あとリンク先の当時の写真を見てみると、どっち側から撮影したのかはわかりませんが、川の右側が崖みたいになっているようにもみえませんかね。
しかも、さっきの”千駄ヶ谷2丁目”という記述で気がついたんですが、この明治公園の四季の森なる場所、かつての渋谷川の川跡をなぞるように公園内に渋谷区と新宿区の区界が走っていたんですよ。。
たしかに意識してみれば、もっと前に気がついていたことかもしれなかったですが、僕自身はこの記事書いていて気がつきましたよ。。(だから公園の管理具合も中途半端になっていたんですかね?わかりませんけど。。)
そんなことからもこのあたりは元々あった川を底部とした高低差がある場所だった思われ、しかも現在の区界でもある場所に国立競技場(新宿区)やら東京体育館(渋谷区)やらができてしまったということで、なんか不思議なスキマの場所ができてしまったのかなと思うと、なんかいろいろおもしろいかもと思ってしまいましたよ。


ということで、今回はこんな感じですが、明治公園の話はもうすこし続くかもです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷1あたり ‎

前の記事で、国立競技場のことをすこし取り上げたので、今度はすこしまえに、実際に国立競技場周辺をぶらりとしたときに気になった場所(および高低差のある場所=階段)があったので、ちょっとその話でも。


国立競技場横にある明治公園の遺跡1
写真1

国立競技場の近くの明治公園をぶらぶらしていると、公園に隣接した国立競技場の柵に、写真1のような掲示物が張ってあるのを見つけたのですよ。
掲示物には、「国立競技場地区埋蔵文化財発掘調査工事のお知らせ」と書いてありました。
なんだなんだと、遺跡でもあるのか?と詳しく読んでみるもあまりわからず。
(ただ後ですこし調べてみたらすこしは分かったんですがそのことはのちほど。)

そんなわけで、現地ではわけがわからないので、まずは遺跡の近くに行ってみるかと思い、そばまできてみると周辺案内地図があったので見てみるとですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡2
写真2

こんな案内地図だったのですよ。(写真2)
あれ?
明治公園て、あの国立競技場の南側に隣接しているだだっ広いあの、フリマなんかがよく開催されている公園のことだけだと思っていたんですが、なんと国立競技場の西側のちょっと不思議な雰囲気の公園と東京体育館がある敷地も、実はこの案合図をみる限りでは同じ明治公園ということみたいなのですよ。
(それで帰ってから、気になったので軽く調べてみたら、東京都建設局の案内サイトにもきちんと公園案内図が書かれたサイトがありました。ということは、この明治公園も世田谷の駒沢公園と同じようなコンセプトで公園内に競技場がつくられたと考えていいのですかね。)
いやはや、なんともびっくりというか鈍感というか(汗)、今頃こんなことを知りましたよ。。
なんかそうみると明治公園て奇妙な敷地の形していたんですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡3
写真3

ちなみに写真1ででてきた遺跡の場所は、東京体育館から国立競技場へ歩道橋が延びているあたりの西側にあるみたいで、写真3でいえば、ちょうど正面の階段(歩道橋の人工的なものに見えますがいちおう地形を生かした階段のようでした)の向こうあたりにあるようです。


国立競技場横にある明治公園の遺跡4
写真4

写真3の背後には、地図のとおり東京体育館が、外苑西通りの向こうに見えていました。(写真4)
なので、むこうの場所も明治公園ということになるので、このような立派な歩道橋でつながっていると考えてよさそうですね。


国立競技場横にある明治公園の遺跡5
写真5

また公園内には、写真5のように柵に囲われた謎の巨石が唐突にいくつも置いてあったのですが、これはやはり始めに出てきた遺跡と関係あるかないのか。。

ちなみに、この遺跡の話、帰ってから軽く調べてみたところ、「旧街道をロードバイクで!ゼロからの挑戦」さんのブログで、現地の様子を写真もまじえてあげてくれていましたよ。
見た感じではけっこう本格的でした。
これどうするんでしょうかね。。

あとは、発掘調査をしている施工会社のサイトにもちょこっと、このことに触れているページがありましたよ。
とにかくサイトに書いてあった一文、「調査エリアには、明治神宮外苑競技場造営に伴い移転した立法寺(杉並区和田)や江戸幕府家臣の屋敷があった場所も含まれており、当時のものとみられる埋蔵物等が発掘されています。埋蔵文化財は地域の歴史や文化の成り立ちを理解する上で、欠くことの出来ない重要な歴史的遺産です。」という言葉は重いかもですね。

ということで、予定ではここから階段の話をしようかと思っていたのですが、前置きだけでけっこう長くなってしまいましたので、今回はとりあえずこんな感じです。


地図
新宿区霞ヶ丘町10-1

昨日、本屋に寄ったら、赤瀬川原平さんの「広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ」の新装版が、最近でたみたいで新刊コーナに並んでいましたよ。
ちなみに以前のタイトルは「赤瀬川原平の名画探険 広重ベスト百景」という名で2000年に出版されていたみたいです。




[新装版] 広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ



そんなわけで、今日は七夕、そして広重さんつながりで名所江戸百景に「市中繁栄七夕祭」という、江戸時代の七夕祭りの時の江戸のまちの様子を描いた浮世絵があったことを思い出したので、知らない人もいるかと思いますので軽く紹介がてら。


「市中繁栄七夕祭」


上の画像が、広重さんの「市中繁栄七夕祭」ですね。
いちおう七夕が主役のようですが、富士見画でもあったりするのですよ。
「ここが広重・画「東京百景」」という手元にある本の説明によると、江戸の七夕祭は毎年盛大に行われていたそうで、この絵は、当時の広重さんの自分の家からの江戸市中の眺めを描いたものらしく、今の場所で言えば、東京駅のすぐ東側にあるブリジストン美術館のあたりから、富士山を眺めたものとみていいようですね。
なので、現在の地図の場所と見比べてみてもわかるかもですが、途中には皇居内に今も残っている富士見櫓なんかも浮き世絵の右側にちらりと見えていたりするので、あのあたりが昔の江戸城の敷地で、今の丸ビルあたりが、絵の手前の白壁の倉の向こうあたりに描かれた当時の富裕な商家町(これは本の説明にもあり史実のようです)なんだろうなあとか想像できてしまうわけなんですよ。
とにかくこの絵から、風流なのんびりとした江戸の日常を想像するのか、はたまた本の解説にもあったとおり江戸の繁栄ぶりを想像するのか、いろんな見方ができそうな絵かもですね。(ちなみに僕はどちらかといえば前者のほうを想像してしまいましたけど。)

というわけで、赤瀬川原平さんの「広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ」の新装版のほうについてはさらりと触れただけでなんですが、今回は七夕らしくということで、さらりとこんな感じです。

ちょっと今回は気分を変えて、坂道以外のことでも。
(考えてみれば、このブログは今まで坂道とあわせてその他もろもろの散歩話のことも時々取り上げてきたわけでして、たまにはそちらの話題でもというわけなのです。)


青山スパイラルができる前の話1
写真1


この前、ひさしぶりに青山のスパイラルに行ってきたわけなんですが、実はスパイラルの入り口あたりに写真1のような石碑がちょこんとあったりするんですよ。
とにかく前から取り上げようと思って写真には撮っておいたものだったのですが、この機会にふと思い出したのでちょっと調べてみることにしました。

この石碑には「高野長英先生隠れ家」と書かれてあり、
『ここは昔の青山百人町幕臣幕臣 与力小島持ち家で質屋伊勢屋の離れ屋先生の隠れ家又最後の処である時は嘉永嘉永三年(一八五〇)十月卅(30)日夜であつたこの度青山善光寺の碑の再建に際しここを表彰する 千九百六十四年(1964年)』
という説明文が加えられていました。


青山スパイラルができる前の話2
写真2

石碑のアップはこんな感じですね。

この石碑にでてくる高野長英さんは1804年生まれの江戸時代後期の医者・蘭学者だそうです。
その他の詳しいことはWikipediaのページでも見てくださいな。
→ 高野長英 ; Wikipedia


ちなみに、この地に今のスパイラルができたのが1985年とのこと。
ということは、先の石碑が設置されたのが、1964年ということみたいなので、このスパイラルができるまえから石碑はあったということになりますかね。(でも今の石碑自体なんだか新しめな感じので、もしかしたら説明だけは昔のものという可能性もありますけど。)
ちなみにちなみに、このスパイラルという名前は建物内の1階奥の吹抜けに螺旋スロープがあり、これがこの建物の名前の由来となっているそうでよ。
なので、建物自体は高野長英さんとはほとんど関係ないことはわかってしまったわけなのですが、それとは別にこのスパイラル、名前の由来からすると実は坂道つながりの施設なのでは?と強引に思ってみたりしてるんですが、どうでしょ。。


青山スパイラルができる前の話3
写真3
坂下方向


青山スパイラルができる前の話4
写真4
坂上方向

そして、この写真3と4だけ、最近のやつです。
もちろんさっきでてきた施設内の吹き抜け部分の螺旋スロープを撮ったものですよ。
またこの時は吹き抜け部分でアートイベントやっていたので、なんかワイワイした感じではありますかね。
(ていうかスルーしてもなんですので、これは大山さんも出展していたアートイベント開催中に、イベント見学とあわせて、とにかく気になってしまったので、あわせてスロープを撮ってみたものなんですよ。)


青山スパイラルができる前の話5
写真5

最後は、せっかくなのでスパイラルの外観なども。
ただしこちらは、最初の2枚同様、一年くらい前の写真ですけどね。


住所:港区南青山5-6-23

最近ネタがけっこうたまっているわりには更新頻度が落ちてるので、気が付けばけっこう前のことになりますが、お台場にこんなものがあったんですよ。


お台場のカーズ1
写真1

こちらはお台場のヴィーナスフォート内にある「ヒストリーガレージ」とよばれる車の博物館(簡単に言えばメガウェブの別館みたいな場所ですかね。知っている方も多いとは思いますけど)内にあったものです。
車てきにはBMWイセッタ300というそうですけど、ここでは映画のカーズ使用になっていましたよ。
たしか敵役ででてきたキャラだと思いますけどね。
そして周りを見渡すとカーズのグッズもたくさん置かれていました。


お台場のカーズ2
写真2

しかも館内にはこの他にも、あのデロリアンが。
懐かしすぎです。
これみたら車そっちのけでバック・トゥ・ザ・フューチャーのいろんな名シーンが頭の中にふつふつと。。(笑)


あ、そうそう。
映画ネタがでたついでに、みたのはずいぶん前ですが、写真1のキャラも登場したカーズ2、ネットのいくつかの映画サイトでは賛否両論といった作品みたいだったので実はあまり期待してなかったんですけど(汗)、実際見てみたら、個人的にはなかなかおもしろかったですよ。
まあなんというかてんこ盛り感はすこしありましたけど、レンタルで借りる前は挿入歌となっているPerfumeのポリリズム目当てだったので予想外というかなんというか。
しかも劇中でポリリズムが流れていたレセプション会場があの六本木にある黒川紀章設計の国立新美術館だったんですよ。(ポリリズムが流れていた場所については映画の記憶がだいぶうすれていますのであいまいですがたぶんあっていると思いますよ・・・)
そんなわけで劇中ではCGでかなり忠実に再現された国立新美術館(特に外観、中身はかなりフィクションですがシンボル的な場所はきちんと再現されてました)がはじめのほうの各場面で使われていて個人的にはなかなかの感動ものでしたよ。


お台場のカーズ3
写真3

そして、話を博物館のほうにもどしまして、他にもこんな具合に各国の懐かしい名車がおしげもなく展示されていました。
これにはいちいち車に対面するたびにびっくりという感じでした。

しかもここ入場無料なんですよ。
なのでまたちかいうちに行ってみますかねー。

ということで、今回はこんな感じです。


住所
江東区青海1-3

この前行ってきましたよ。
タイトルだけみてぴんときた方もいるかもしれないですけど、「今和次郎・採集講義展」にですね。


汐留、採集講義1

場所は新橋駅というか汐留駅のすぐそばにあるパナソニック汐留ミュージアムというところ。
写真のポスターにも書いてますけどね。
なのでこちらは入口横にあったものをぱちりと一枚。

それから会場内に入って展示物をいろいろと見させていただきました。
まあ一言でいえばスケッチうますぎです。
(人によっては南方熊楠のスケッチを彷彿とするとか展覧会の感想に書かれている人いたので、ほほうと、軽く検索してみると、たしかにその一面はありそうでした。)
そして、バラック装飾社に生活学や服装研究。
これらは、「考現学入門」でも掲載されてたものでしたけど、実際に現物を目の前にするとやっぱりなにか違う、という具合。(当たり前ですけど。)
そしてそして、これ知らなかったんですけど、彼はいちおう設計活動もしていたんですね。
でもまあこのことについては、(個人的には)当時の深刻な住宅不足などのおかげで(建築学科の先生でもあるので)仕方なくやられたのかなあという感じがしなくもないですし、今の住宅飽和状態の時代に彼が生きていれば、おそらくそういうことに手を出さなかったのかもなあ(まあ現に、今の大学の先生方でも設計活動しない人たくさんいますしね)とちょっと思ってみたり。。


汐留、採集講義2

そんなわけで、彼はブリコラージュ的作家でもあったのだなあと(勝手ながら)再認識した展覧会だったかもです。



汐留、採集講義3

それはさておき、いつもならここで終わるんですけど、今回はすこし続きがあって、会場内の同フロアから、旧新橋停車場駅舎がみえていたのでこちらもぱちりと。
ただそれだけではブログに載せません。(笑)
ウォーリーを探せじゃないですけど、中に意外な人たちの活動も写ってますのでよかったら探してみてください。


汐留、採集講義4

そして、外にはまだ雪が残ってました。
(そういえば今年は雪降ったのに写真なかったので記念にですね。。)


汐留、採集講義5


そんでもって、最後は今和次郎展の話はどこへやらという感じですけど、カレッタ汐留の最上階にのぼってみました。
ひさしぶりの東京湾景。

このあとは同じビル内にまった「アドミュージアム東京」なる場所にも興味本位でついでに寄ってみたんですけど、こちらもなかなかおもしろかったですよ。(しかも無料でした。)


というわけで、今回は今後の坂道ブログの活動に与える影響としては計り知れない内容のものに出会った散歩だったのですが、それ書いてるときりないので、ブログ記事的にはさらりと流して書いていますのであしからず。。


住所
港区東新橋1

今日も息抜きエントリーです。。

とりあえず前回に引き続き、神田明神をぶらりとしていると、


神田明神いろいろ1

こんな風景を見つけました。

もうだいたいお分かりかと思います。

でもこれだと本殿がメインといった感じですね。


神田明神いろいろ2

そんなわけでやっぱりもう一枚。

はい、これでどっちがメインかわからなくなりましたね。(笑)

でもなぜか東京タワーと違い、スカイツリーは上海あたりにポンと建ってそうな高層ビルのデザインしているせいか、個人的にはこういう風景撮ってみても東京タワーの時ほどの情緒感やコントラスト感がわいてこないというかなんというか。。

でもこの神田明神とはけっこう距離が離れているにもかかわらず、これだけ大きく見えているのはやっぱりすごいですよね。


神田明神いろいろ3

それから次は、けっこう何度かここに来てたわりに、今回はじめてこんなものがあることを知りました。
ちょっとわかりにくいかもしれないですけど、神社の駐車場の屋上部分に屋上庭園なるものがありました。
いつからあったんですかね?

ちなみに公式HP見ると、神田明神の鎮守の森の変りとして、もとからあった立体駐車場を縮小して回遊式・屋上緑園を造ったとの記述がありました。
(ということはけっこう最近できたものなのかもしれないですね。)

今年9月の新宿散歩の時にもすこしふれましたけど、なんていうか日本の神様も今の日本人と同様、高く浮揚する感覚がお好きなのかもしれないですね。


神田明神いろいろ4

ということで、最後は同じく屋上庭園の入口あたりにあったおみくじなんかに書いてそうなもの(神様の言葉?)が、さらりと設置してあったので、思わずぱちりと。


住所
千代田区外神田2

ヒルズの話ばかり続いたので今回はひとやすみです。

でも散歩の話、です。


旧中山道をふらりと1

神田の古本まつりのついでに寄ってみた神田明神でのことです。
ちょうど境内に入るための大きな鳥居の横に「旧中山道」なる案内板を発見。
(中山道については今回説明する気力ありませんので、wikipediaのページ見てください。
中山道 )


旧中山道をふらりと2

それで矢印に従って歩いてみると、路地に入りました。
おそらく、中山道は今の日本橋から埼玉方面へぬける道なので、この道がかつての中山道みたいですね。

それはさておき。

正面の古めかしい記号のような文字で書かれた看板に目をとられているかたも多いかとは思います。
でも、今回はそちらではないんですよ。

なので、念のためもう一度、2枚目のじっと写真みておいてください。


旧中山道をふらりと3

じゃーん。(書いてて虚しいですけど・・・。)

というわけで、2枚目の写真の右の壁のほうにもちらりと見えていたんですけど、なんとこんな具合に、おそらく瓦でつくられた鍾馗の人形が、微妙なセキュリティーのもと、設置されてました。

(ちなみにこちらも、鍾馗って何?というかた、「鍾馗」で検索するか、いつもお世話になぅている、みちくさ学会の鍾馗さんの記事などをいくつか見てみるとちょっと理解できるかもです。)

とりあえず、鍾馗の人形と中山道がどう関係しているかは不明ですけど、こういう古い神社のまわりをふらりと歩いてみると以外な発見もできるかもしれないので、今後も気が向いたときには歩いてみたいと思います。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
文京区湯島1-3

知ってました?
新宿駅から徒歩5分もかからない場所にある新宿三越アルコットというビル(ジュンク堂が入っているビルです)の屋上に神社があることを。

というわけで、このまえ新宿をぶらりとしたときにふと気になる場所をみつけてしまいました。


新宿三越アルコットの神社1

このビルの屋上にはフットサルコートもあります。
というかこっちのほうを知ってる方多いかもですね。

でも実は、その向こうにちらりと見えているのですけど、なんとビルの屋上に小さな鳥居が見えています。
なのであそこが三圍神社ということみたいです。
僕もそういえばあったかなあというぐらいの感覚で、ここにきてみてなんとなく思い出したくらいの神社だったかもです。


新宿三越アルコットの神社2

とりあえず近寄ってみました。
いちおう正面のが本殿ということになるんですかね。。
かなりこじんまりとしてます。


新宿三越アルコットの神社3

社務所らしき建物も隣にありました。
しかも本殿より大きいなつくりかも。。
ということは僕が立っている場所は境内ということですか・・・・。(汗)


新宿三越アルコットの神社4

そして、左隣にはおみくじを結ぶ場所がありました。
ということは(しつこい・・・)、隣の社務所に人がいる時があるということですかね。


新宿三越アルコットの神社5
それはさておき、さらにその後ろには、木製の案内板もありました。
でもあまりに傷んでいて読めません・・・。(汗)
屋根が上に架かっているのにもかかわらず。。
(これはせめて直しておいてほしかったかも。運気下がりそうですもんね。)

でも、検索してみると・・・・。
今回は情報ありませんでした。(泣)

ただ日本橋三越のほうのHPに「三圍神社(みめぐりじんじゃ)」という記述を見つけました。
それで、HPの説明文を新宿の案内板と見比べてみるとすこしだけ解読できました。
『今から六二五年前の文和年間(1352年〜1356年)の頃、近江三井寺の僧源慶が東国を巡錫中、墨田川牛島のほとりの弘法大師建立になる、荒れはてた小堂に立ち寄った際、その床下より現れた壷をあけると、その中より忽然と白狐が現れ、壷の中の宇迦之御魂命の神像のまわりを、三度めぐっていずこともなく消え去ったので、爾今この社を「みめぐり」(三圍)とよばれるようになったと伝えられております。(あとの文は解読不能) 』
という感じで、ここの案内板は下のほうがかなりかすれていたので、幾分推測入ってますけど、こんな具合の内容でした。
案内板のほうはさらに説明が続いているんですけど、さすがにこれ以上はちょっと判別不能でした。

そんなわけで、案内板のはじめにある「今から六二五年前」という記述から想像するに、この案内板はおそらく1980年前後に作成されたもので、それ以来ほとんど修理されてないものなのかもしれないですね。


新宿三越アルコットの神社6

最後はなんとなく屋上からの包帯ビルの眺めなど。

というわけで、なぜこんなところに神社があるのかはわからずじまいだったので、またそのうち調べるという宿題にしておくこととして、今日はさらりとこんな感じです。


住所
新宿区新宿3-29

しかしよくよくこの時期に新宿を歩いていると、なんとも緑が元気よくていいですね。
そんなわけで、前は遠くの樹々を見て楽しんでみましたが、今度はこれまたいつもと視点を変えて新宿南口あたりにあった樹木観察をしてみました。


タイムズスクエアーの樹木たち1

まずは前回の“とある街の風景(新宿樹々景)”と同じく新宿高島屋タイムズスクエアの屋上にあった樹木たちです。
ふとドコモタワーを見ようとするとなんとも元気よく育っていて全然みれないなあというところから急に気になってきたわけなんですけど、よくよくじっくりかれらを眺めているとこの時期特有のパワーを感じて(笑)、思わずぱちりと。
しかもこんな地面から遠く離れた場所でも見事に育っているんですよねえ。


タイムズスクエアーの樹木たち2

それでちょっと気になりさらにまじまじとそれぞれの緑を見てみると木の種類が記されたネームプレートがかけてありました。
見てのとおりですけど「イヌシデ」という樹木らしいです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イヌシデ
(せっかくなのでネットのURLものせておきますね。)


タイムズスクエアーの樹木たち3

またそのそばにあった緑は「フイリヤブラン」というそうです。
http://gbiz.saloon.jp/kaidan/life628.html


タイムズスクエアーの樹木たち4

さて場所は変りまして、こちらは高島屋タイムズスクエアのJR側の二階デッキ上にあった樹木たちです。
ふだんは何気なく素通りしてたんですけど、あったんですよねえ。
このあたりはビル風やらもなかなかすごうそうですし、夏なら熱がたまりそうでけっこう植物にとってはたいへんな環境のような気もしますけど、こちらも手入れがいいのか元気よく育っていました。


タイムズスクエアーの樹木たち5

そして、こちらにもプレートがかけてありました。
「アメリカザイフリボク」という樹木らしいです。
http://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/hana-america-zaifuriboku_large.html


タイムズスクエアーの樹木たち6

それからまた場所は変り、こちらはサザンテラスを歩いたことある人なら一度は目にするおおきな樹々たちかもですね。
場所的にはサザンテラスのフランフランの前あたりにあったものです。
なんだか模型の木のようにも見えてきますけど、こんな環境の中りっぱに生きている植物たちです。
ちなみに奥のガラス張りのビルが小田急ホテルサザンセンチュリータワーということになります。


タイムズスクエアーの樹木たち7

またこちらにもプレートがかけられていて「タブノキ」と書かれてありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/タブノキ


タイムズスクエアーの樹木たち8

そして最後はこちらです。
ネームプレートがなかったので種類までは把握できませんでしたけど、とにかく三種類の緑がそれぞれに手入れされてきれいにカットされていたので、思わずぱちりと。
冬でもこんな感じでしたっけ?
もしそうでないなら、やっぱりこの雨季特有の風景かもですね。

ということで、今回せっかくのこういう雨季で植物たちも元気がよさげだったので、思わず樹木観察してみたわけですけど、よくよく歩きながら観察していると新宿駅かいわいって以外とこういうちょこっとした緑が多いんだなあと改めて感じることになった散歩でした。


住所
渋谷区代々木2あたり

ふたたぶ皇居内の話です。

そういえば、汐見坂(NO.205)の白鳥濠をはさんだすぐ南側に「展望台」なる場所があったので、そのことでも。


皇居展望台1

実はこの写真みちくさ学会の潮見坂の記事の時に使ったものとダブりますけど、手前の池みたいに見えているのが白鳥濠です。
そして、その奥に右側から左側へと上っている坂道っぽい感じの傾斜があるところが、前にとりあげた汐見坂(NO.205)という具合の場所です。
なのでこの展望台の位置も汐見坂(NO.205)の時の写真をみてもらいながら想像してもらうとだいたいの場所がつかめるかもですね。
またさらに遠くには、ちょっと渋めの背が低めではしっこに白い筒のようなものがついているビルが見えていたりしますけど、こちらはパレスサイドビルといって実は知る人ぞしる名作ビルだったりします。
そんでこのビルの地下あたりにメトロ東西線の竹橋駅があるわけですよ。


皇居展望台2

あと、もうちょっと右側をみてみると、さらに背の高いビルが間近にみえていました。
でもこの皇居内とあのむこうの高層ビル群との間には大手濠(内堀ですね)や内堀通りやらがあるはずなので、こんなに間近に見えるということは、よくよく考えてみると、むこうの高層ビルは相当背がたかいんでしょうね。。


皇居展望台3

そして最後は場所が変りますが、皇居内に入る前に撮っておいた一枚目の写真で見えていたパレスサイドビルとその手前の内堀通りあたりのものです。(なのでこの右側が皇居内ということになります。)
こうしてみると、展望台からパレスサイドビルあたりを眺めたときはやたらと手前にせまってくるようだった高層ビル群もなんだかえらくゆったりとした感じで見えていましたよ。

そんなわけで、高層ビルを見てなにか変だなと疑問に思ったとき(批判したくなった時?)はいろんな角度からみてみよう(笑)、と思ったところで、今日の話はさらりとこんな感じです。


住所
千代田区千代田1

やっと上野界隈の坂道散歩も一段落したので、今度は昨年みちくさ学会の取材で皇居内をぶらりとした時のことを数回にわけて書いてみたいと思います。(なんだかみちくさ学会的口調になってきましたけど・・・。汗)



天守閣跡からの眺め01
写真1

まずは本丸ともいえる天守閣跡ちかくを歩いたときの写真です。
気がつけば去年の暑いさかりに訪れたときのものなので、まわりの人も半袖短パン姿の人もいますけど、まあそのあたりはご愛嬌として、写真1は現在の天守閣跡のもので、見てのとおり下部の石垣のみで建物自体はありません。
ご存知の方も多いとはおもいますけど、いちおう城の歴史を見てみると、1607年にまずは天守閣が完成し、そのあと大改修されて1638年に工事はおわり江戸幕府の権威を象徴する形で国内で最も大きな天守閣として生まれ変わったそうです。
高さは58メートル(今でいえば14、5階建てのマンションくらいの高さですかね)ほどあったそうですよ。
国内最大という言葉を信じれば、今現存しているどのお城よりも大きかったということになりますかね。
ただその権威の城も火事には弱かったらしく、19年後の1657年に大火の時に飛び火によって城の多くの部分が消失してしまったそうです。

ちなみに最近すっかり使うのを忘れていた古地図サイトも見てみましたが、やっぱりというかもちろんというべきか、このエリアだけは真っ白で鶴と亀の絵が描かれているだけでした。。



天守閣跡からの眺め02
写真2

そしてもう一枚。
写真2は石垣の上から今の東京駅のほうを眺めたものです。
現地で見たときは、手前の皇居内の手入れされた自然のきれさに、奥の高層ビルはなんて無骨で遠慮がないんだろう?なんて思ったりしたのですけど、こうして写真で見てみるとなかなかいい感じですね。(笑)

ということで、今回はさらりとこんな感じですが、(おそらく)次回から皇居内の坂道探索をいつものようにしますのでよろしくです。


住所
千代田区千代田1(←おそらくですけどね・・・)

ブログネタ
街の風景【東京全域】 に参加中!
前回の名もなき坂道の坂下の道をてくてくと北へ歩いて行くとちょうど道沿いにあったのでちょっと立ち寄ってみることにしてみました。



森鴎外旧居跡1

見てのとおり、文豪森鴎外がかつて住んでいたという場所のようで、さすがに道路からこれだけ目立つ看板とホテル名があればやっぱり僕みたいなものはふらりと入ってしまいますよ。(笑)
でも外観はふつうのビル風情のホテルという感じでした。



森鴎外旧居跡2

あと一枚目でも見えていた「森鴎外居住の跡」なる看板下に案内板と石碑があったので、これまたパチリと一枚。

例のごとくせっかくなので看板に書いてあることを抜粋してみますとですね、
『森鴎外は文久二年(一八六二)正月十九日、石見国津和野藩典医森静雄の長男として生まれた。本名を林太郎という。
明治二十二年(一八八九)三月九日、海軍中称赤松則良の長女登志子と結婚し、その夏に根岸からこの地(下谷区上野花園町十一番地)に移り住んだ。この家は、現在でもホテルの中庭に残されている。
同年八月に「国民之友」夏期附録として、「於母影」を発表。十月二十五日に文学評論「しがらみ草子」を創刊し、翌二十三年一月には処女作「舞姫」を「国民之友」に発表するなど、当地で初期の文学活動を行った。 一方、陸軍軍医学校教官としても活躍した。
しかし、家庭的には恵まれず、長男於菟が生まれた二十三年に登志子と離婚し、翌十月、本郷区駒込千駄木五十七番地に転居していった。 』
だそうです。
なんだか国語の教科書に書かれていそうな内容ですね。。
気になる方は検索でもかけてみて、さらなるディープな世界をお楽しみください。(笑)



森鴎外旧居跡3

そんなこんなでビルというかホテル内にはいり、すこしうろついた後にやっとそれらしき入口を見つけることができました。
この奥はホテルの中庭になっているみたいです。



森鴎外旧居跡4

そして奥にはホテルの外観からは想像もしていなかった日本家屋がそのままぽつねんと建っていました。
なのでここに森鴎外が住んでいたということみたいですね。
ふつう、こんな立派な日本家屋(しかもここは森鴎外の旧居!)なんてのは、高い塀に囲まれていてなかなかおいそれとは見れない場合が多いのですが、ここはホテル内にはいる勇気さえあれば誰でも見ることができるという気楽さがなんともすごいかもです。

ただここを訪れた時はなかで宴会かなにかが開かれていたので、家の中までは見学できなかったです。



森鴎外旧居跡5

今の精度の高い透明な窓ガラスに慣れている目としては、なんだかガラスのむこうに見えている室内の風景がなにか別の次元の世界のようにぼんやりと見えていたのがなんとも不思議な感じだったかも。


というわけで、森鴎外とこの家のことなどを調べだすときりがなさそうですので(しつこいですけど気になるかたは自分で検索するなり文献検索するなりしてディープな世界をお楽しみください・・・)、これ以上深入りしないようにして(汗)、今回はさらりとこんな感じです。

住所
台東区池之端3

上野公園をぶらりとするまえに、みちくさ学会の「寺社と坂道」の記事を書いているときに、赤坂にも時の鐘なるものがあり、それ経由で上野の時の鐘のことも知って、坂道散歩のついでに立ち寄ってみました。



時の鐘1

行く前にネットでだいたいの場所を調べて、やっと見つけたのがこの鐘楼です。
場所は上野公園内にある韻松亭上野精養軒のあいだのちょっとした高台のうえにひっそりとありました。
ふつうに歩いている分にはちょっと気がつかないというか目線に入りにくいひとつ高い場所にあるので、空と樹木のあいだくらいをキョロキョロみながら歩いているとみつかったりするかもです。



時の鐘2

アップで見るとこんな感じ。
なかなか味のある鐘楼です。

ちなみにこのすぐ横に、これまたひっそりと案内板が設置されていました。
せっかくなので、今回もそのまま抜粋してみるとですね、
『 花の雲 鐘は上野か 浅草か

 芭蕉が詠んだ句はここの鐘のことである。
 時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていたが、寛永三年(一六二六)になって、日本橋石町三丁目に移され、江戸市民に時を告げるようになったという。元禄以降、江戸の町の拡大に伴い、上野山内・浅草寺のほか、本所横川・芝切通し・市谷八幡・目白不動・目黒円通寺・四谷天竜寺などにも置かれた。
 初代の鐘は、寛永六年(一六六六)の鋳造。銘に「願主柏木好古」とあったという。その後、天明七年(一七八七)に、谷中感応寺(現、天王寺)で鋳直されたものが、現存の鐘である。正面に「東叡山大銅鐘」、反対側には、「天明七丁未歳八月」、下に「如来常住、無有変易、一切衆生、悉有仏性」と刻まれている。
 現在も鐘楼を守る人によって、朝夕六時と正午の三回、昔ながらの音色を響かせている。
 なお、平成八年六月、環境庁の、残したい「日本の音風景一〇〇選」に選ばれた。 』
とありました。

いろいろとややこしいこともかかれてますが、とりあえず「日本の音風景一〇〇選」のサイトもみてみましたが、やっぱり今でも朝夕6時と正午に撞かれているようですね。

それで、これまた時の鐘の音とはどんなものぜよ?(笑)というわけで、ちょっと気になり動画検索してきたら、やっぱりありました。。(想像だけですましたいかたは見ないほうがいいかもですね。興味あるかたのみどうぞ)
http://www.youtube.com/watch?v=xJJWNtB3F0o

そのほかには「江戸時の鐘−上野」というサイトに上野の時の鐘についてけっこうくわしく書かれていましたので、よかったらどうぞ。


ということで、今回はあまり深入りせず(汗)、さらりとこんな感じです。。


住所
台東区上野公園4

ブログネタ
路上探検 に参加中!
ここ数日暑さがぶりかえしてきた感じですが、それでも夜になれば秋の気配を感じる今日この頃。
そんなわけで、今日はひと休み。(笑)
ひさしぶりの場所をぶらりとしてきました。



とある街の風景(ライトアップ)1

中秋の名月を明日にひかえてなんとなく夜の話をしたいなあと思っていたら、このまえぶらりと立ち寄った東京タワーのライトアップの写真があったので、アップしてみました。

なにか白みがかった明るめの赤に銀色に近い白の照明というちょっとガンダムちっくというかなんというか、そんな感じのライトアップが気になりぱちりと。
前はもっと赤みがかったライトアップだったような気がしましたが、最近はかわったんですかね。
しかも、頂上部のほうはたまたま霧かなにかで霞んでいてちょっと神秘的な感じでした。

最近はカメラの調子に波がでてきて、夜景を撮ろうとすると、感度よく微妙な夜の光もとりこんで風景をきりとることができる時もあれば、センサーが不調なのかかなり暗めの、目でみた感じよりちょい暗い具合に写ってしまったりすることもあったのですけど、今回のはそれなりに感度よく撮れていましたよ。



とある街の風景(ライトアップ)2

せっかくなので、タワしたにも行ってみてパチリと。
なんだかメカニカル・・・。
霧かなにかに反射したタワーの光がオーラのようでした。


住所:港区芝公園4

今回はひさしぶりに御茶ノ水あたりをぶらりと。


聖橋よりw


タイトルにあるとおり御茶ノ水駅そばの聖橋を渡っているときに、あまりに気持ちよく川横の大きな樹たちがふさふさと風になびかれていたので、おもわずぱちりと。
なんというか文学的でもあり政治的でもある景色というか、ちょっと最近都心なんかに増えつつある工学的景色とはなにかが違う場所なのかなあと、かなり感覚的ですが、そんな気がしてしまいましたよ。(わかりにくい適当な表現ですいません・・・。)

また、この風景、以前このブログでもとりあげたかもなあと思って過去のエントリーをたどってみると“駿河台渓谷”というタイトルで約4年前にJRのホームから撮った写真がありましたよ(とりあえず、過去の写真と比べてみても、現在の風景と四年前の風景とはあんまり変わっていないようですね)。
それで、このあたりのことは駿河台渓谷って言うだったなあと、「駿河台渓谷」でさらに検索してみると、今度は“とある街の風景138(駿河台渓谷) ”なんていうエントリーもちょうど、検索結果としてひっかかってきて、これも過去にこのブログで書いたものだったよなあと思いだしたりしたわけなのですけどね(完全にこの記事書いたこと忘れていました・・・)。
なので気がつけば、この数年でいろんな視点からこの渓谷を撮っていたんですね。。

ちなみに橋のたもとには、聖橋の由来と書かれたプレートがあり、
『聖橋は、東京市により関東大震災の復興橋りょうとして、総工費72万4807円で2年8ヶ月の歳月を要して昭和2年7月に完成した。
神田川の美しい景観の中にあってこの橋のデザインには、とくに気を使い、橋長92.47m、幅員22mのモダンなアーチ橋が架けられた。
橋名の由来は、北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所「湯島聖堂」と、南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風の建物「日本ハリストス正教会堂復活大聖堂」(通称ニコライ堂)の両聖堂にちなんでいる。
聖橋は、近くの鋼ラーメンの御茶ノ水橋、アーチの昌平橋、万世橋とともに「東京の著名橋」に選定され、神田川の名所となっている。』
とありましたよ。
なるほどなるほど、橋の両サイドにある各聖堂を結んでいるから聖橋ですか。。

ということで、この聖橋とその周辺のことを調べていくときりがなさそうなので、今回はこのあたりでとどめておくとして、実はそのついでに坂道散歩もしていたこともありまして、とりあえず渋谷界隈の坂道散歩は中断して、次回からこの近くの坂道話でもしようと思っていますのでよろしくです。



地図
聖橋(地図ではこのあたりは文京区と千代田区の間なもので・・・。)

タイトルだけみると、え?どこ?という感じですが、またまたお台場散歩です。
今回はビックサイトから駅へ向かう途中に、お台場の周辺地図をなにげなく見ると、「夢の大橋」なる不思議な名前のついた橋が架かっていることを知り、ちょっと回り道をしていくことにしてみました。


夢の大橋1

なんだか壮大な風景ですが、東京ビックサイトのほうから、テクテクとすこし歩くとこんな景色がひろがっていたのですが、どうやら、というか遠くにパレットタウンの観覧車やフジテレビの建物が見えているとおり、お台場の東西(正確にはちょっと違うんですけど)を結ぶ大通りの途中に橋が架かっているといった感じで、おそらくビックサイトからフジテレビのほうへ歩いていこうとすると、ここが一番気持ちよく歩ける道なのかなと思いました。
橋自体は、写真で言うと、ちょっとした下り坂のあと、また上がり坂となっていますが、その上がっていっているあたりからが「夢の大橋」ということになるみたいです。
しかも、こんなとてつもない道幅にもかかわらず緊急時以外は車は通行禁止になっているみたいで(Wikipediaによると日本一幅広い歩道橋ということみたいです)、なんともぜいたくな計画をしたものですね。



夢の大橋2

そして、橋を実際に歩いてみましたが、なんといっても人が少なかったです。。
また、橋のうえにいろんな形をした照明が見えていますが、ゆりかもめのサイトによると江戸火消しのまといや灯ろうをイメージしデザインされたものだそうです。なので、夜になるとけっこういい感じにライトアップされるみたいですね。



夢の大橋3

さらにふらふらと橋を渡り、今度はビックサイトのほうを眺めたものです。
なんかここから見ると、橋自体の雰囲気は変わっていないのですが、どうも周りの景色が人によっては”近未来的な風景だ”なんて言うかたもいるかもしれませんが、僕的には中国のとある街を歩いているような気分になってしまいました。なんていうか、このスケール感に、右側に見えている2棟の高層ビルが高層部でつながっているビルが、いかにも中国にもありそうな感じのデザインといった感じで、そんなこともあり、異国へトリップしたような気持ちがふつふつとわいてしまったのでした。

ということで、偶然にこんな長い道であり壮大な橋に出会ったわけですが、またなにか機会があれば、この橋の上でも行われるというイベントやライトアップされた風景なども、見てみたいなあと思った今回のお台場散歩でした。

(あっそうそう、今回もそうだったのですが、どうも最近は、”とある街の風景”と”街歩き”のカテゴリーの区別がかなりあいまいになってきていて、自分で言うのもなんですが、どちらに振り分けるべきなのかかなり迷うことが多くなってきたりしていますが、とりあえずはあまり深くは考えず気楽に書き分けていこうとは思っていますが、どうなることやら。。)



地図
江東区有明3あたり

ブログネタ
展覧会&美術館 に参加中!
この前なんとなく行ってみたくなり、新宿の東京オペラシティアートギャラリーにて「F1 疾走するデザイン」なる展覧会がやっていたので、ふらりと見てきました。



新宿でF1

オペラシティアートギャラリーといえば、いつもはアート系の作品の展覧会をやっているイメージだったので、今回のようなF1に関する催しものが開かれると知ってすこしびっくりしたのですが、実際に行って見てみると、思っていたより、シンプルというか過去のF1マシンがデデ〜ンと数台並んでいて、車の説明やレーサーの話などのパネルが年代ごとに展示されていて、どちらかというと、自動車メーカーのショールームで開催されていてもおかしくない雰囲気もあったかもです。

それに加えて、見方によっては、よくテレビなんかでやっている社長宅訪問で、車のコレクションがずらりと並んでいる風にもちょっとだけ想像してしまったりもしましたが(汗)、そこは、やはり美術館ということもあり場内を歩いているとF1カーがまるで、美術品のように感じてしまう自分がいるとともに、各時代の最先端のテクノロジーのかたまりをみることで、その時代の雰囲気まで感じることができたかなあ、なんて思ったりもしました。

そして、いつものように展覧会を見ていたのですが、今回は、なんだか普段とは違う感覚で展覧会を見ている自分がいたようで、数台のF1マシンがならぶなか、やはり自分のなかで期待していたというか忘れかけていたアイルトン・セナの乗っていた赤白のマクラーレン・ホンダの車が目の前にあわられ、そして、セナがガレージからコースへと出る映像のシーンを横の映像パネルで見たときは、ほんとうに涙がでそうになりました。

僕にとってセナが活躍した10代後半というのは、地元にいてテレビを通じてしか、そのF1の雰囲気を感じれなかったわけで、ある意味一番影響を受けやすい年頃に見て(今思えば、テレビでセナ、セナと言っていたこともあり影響を受けたのかなという面はあると思いますが・・)、やはり、今、そのあこがれていた車が目の前にあるというのは、やはりどうしようもなくうれしくせつないことで、しばらくはマシンの前で足がうごかない状態でした。

そんな感じで、それ以外にも、懐かしい車から最新の車まで、いろいろ展示されていて、F1好きならだいたい知っていることばかりだったとはいえ、なかなか興味深く、落ち着いた印象の展覧会だったのですが、いちおう車の宣伝というわけではなく(はじめに、ショールームで開催されていてもおかしくないなどと書きましたが・・)、F1におけるデザインをテーマとした国際巡回展の日本展という位置づけでやっているみたいですね。

ということで、ある意味、道つながりということもあり、ひさしぶりに展覧会のことなど書いてみましたが、こういうイベントにありがちなテクノロジーの説明ばかりになったり、宣伝目的のはなやかなイベントという感じでない雰囲気でF1の説明やマシンを見れたのは以外と新鮮なことだったので、なかなかよかったですよ。

ちなみに、場内では撮影禁止だったもので、写真は上の一枚のみです。。



地図
新宿区西新宿3

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街写真 に参加中!
なんとなく予想はついていたかたもいたかもしれませんが、円通寺坂 (NO.134) などからもちらりと敷地内の高層ビルが見えていましたが、赤坂サカスをぶらりとしてみました。



赤坂サカスをぶらり1

今回は、地下鉄の赤坂駅から向かったのですが、その地下から赤坂サカスというか赤坂BLITZのほうへとあがる途中にあったMedia Stairsなる階段を利用した、ふつうに言えば電光掲示板みたいな役割をはたすものがこんなところに取りつけられていました。

たしかこんな感じで階段にとりつけられている例はあまり見たことがありませんが、ここの場合、地下からあがってくるすこし暗めの場所であり、よく考えてみるとあまりに明るい場所でのこのような階段掲示板はわかりにくかもしれないので、似たようなものが増えるという可能性は少ないのかもしれませんが、やはり僕的にはこのような感じでどこの階段でも、これと同じようなものを広めてはほしくないかなと思いつつも、なんというか、道においてある永久に電源の消せないテレビというか(笑)、よく休みの日に走っているリサイクル回収車のようにこちらが望んでないのに道から一方的に流されるスピーカー音のように音楽なりが町中にながされたり、ということになったら、やっぱり僕的にはう〜んとなるわけで、街をあるくとこれ見なさいという感じで、でーんとあるのもある意味同じ要素があるわけで、そのあたりのことからいろいろ思ってしまったわけです。

でも、なんだかんだといって、ここでのこの階段の使われ方は、個人的には興味をもっていたので写真に撮っておきましたよ。



赤坂サカスをぶらり2

今度は、地上に出て、BizタワーとアネックスのあたりからTBSが見えていたので、パチリと。

やっぱり写真におさめやすい場所なのかどうかわかりませんが、他のかたもいれかわり立ちかわり写真を撮っていましたよ。



赤坂サカスをぶらり3

さらに、奥へいくとTBSの建物もこんな感じで見えていました。

ビックハットという愛称(らしいです)の屋上の円盤のようにもみえるパラボラアンテナがこの建物のらしさをだしているようにも思いますが、さらに実際にたしかめたわけではありませんが、他のいくつかのサイト(レッツエンジョイ東京など)によると、夜にこのビックハットはライトアップされ、明日の天気によって、その色を変えているらしいですよ。



赤坂サカスをぶらり4

そして、さくら坂なる道も敷地内にあり、けっこうぶらぶらと歩いているかたもいましたが、坂道自体の話は、まだ道ができたばかりで整備しているところもあったので、また今度ということで。

ちなみに、正面の高層ビルは円通寺坂 (NO.134) からも見えていましたよ。

あと、坂道で思い出したのですが、赤坂サカスのサカスは、このあたりにあるたくさんの坂道=坂S=サカス(しかも、右からよむとSACA・saka・SAKA=坂・坂・坂でだそうですよ。)とエリア内の100本の桜を咲かすという2つの意味をこめてネーミングされたものらしいですよ。

どうりで。
でも、ネーミングの由来のひとつにつけるくらいだから、よほど生活に密着した坂道がまわりに多いのか、ただ開発者の下調べと語呂合わせでそうなっただけなのかわかりませんが、この周辺には坂道がおおいということだけは、再確認できたわけで、しかもあらたな坂道がふたつも増えたわけで。。

ということで、とりあえず、外回りを中心にぶらぶらしてみましたが、この周辺の坂道については、おいおい書き加えていきますので、気長におつきあいください。


地図
港区赤坂5

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今回は、有楽町の無印良品にて、「地震ITSUMO+無印良品」展なる地震というか防災に関係するちょっとした催しものが開かれていることを知り、行ってみたのですが、ふと年末に訪れた日比谷公園もけっこうこの近くにあることをなんとなく思いだしたので、行ってみることにしました。


日比谷公園1

このまえ来たときは、真っ暗で、クリスマスイベントとしておこなわれていたイルミネーションのほうに目がいき、それとともに人の多さばかりが気になる感じでしたが、今日は、このまえの人の多さがうそのように、のどかで、ゆっくりと散歩ができましたよ。

写真は、イベントの時、とてつもなく大きなクリスマスツリーがあった場所でもあるのですが、ほんとうにあのときがうそのように静かで、噴水の水しぶきの音が、けっこう遠くからでも聞こえていました。
ちなみに、このあたりを知っているかたには説明不要なことなのかもしれませんが、奥に見えている建物は帝国ホテルだったりします。


日比谷公園2

噴水のあたりを遠めにみると、こんな感じ。
なんとも広々としていましたが、さすがに真冬なので寒々しい風景にもみえなくもないですね。。
また、あったかい時にでもきてみます。


日比谷公園3

そんな感じで、図書館やそのまわりをぶらぶらと歩いた後、帰り際に、はじめに日比谷交差点のほうから来た時に、あのむこうの崖上のあたりから眺めることができた心字池なる場所をこんどは反対方向から眺めることができるところがあったので、ぱちりと。
ちょうど正面になにげなくみえている頑丈そうな石垣なのですが、なんとこれ江戸時代からあるものらしく、江戸城の日比谷御門の石垣の一部とのことみたいですよ。
あと、この池を上からみると心という形に見えるという話もあるみたいなのですが、地図をみるかぎりはよくわかりませんでした。(知っているかたがいたら教えてください。。)

ということで、スタバ女をさがしに・・、じゃなくて、有楽町のMUJIに行くついでに、なんとなく来てしまった日比谷公園をぶらぶらしながら、ほかにも写真は撮ってみたのですが、いろいろと載せるのもなんですので、今日はこんな感じです。




地図
千代田区日比谷公園

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クリスマスはおわってしまいましたが、クリスマスをはさんで今年いっぱい(1月1日)まで開催されているイベントが日比谷公園でやっていたので、なんだか気になり見にいってみました。


日比谷公園に行ってみると1

なんでもTOKYO FANTASIA 2007というらしく、公園内の既存の緑や噴水などに大規模なイルミネーションをほどこし、都市のなかにある緑や環境の大切さ、はたまた公園の魅力を多くのひとに知ってもらおうという考えのもと開催されているイベントのようで、その中でもひときわ目立つ、もともと日比谷公園にあった大噴水の上に設置されているテントのようなクリスマスツリーを撮ってみました。

このツリーですが、なんと高さが42m(ビル10階か11階ぶんくらいでしょうか)もあるらしく、時間、日によって色や光が変化するらしいのですが、さすがに大きすぎて真下あたりからは全景がみれないので、かなり離れた場所からのものですが、いま思いおこしてみると、もしかしたら、この大きさはその下にある大噴水の大きさ(直径)から、それらしいツリーをつくろうとすると、こんな大きさになったのかもなあなんて思ってみたりもしましたよ。


それにしても、行く前は、会場のほうもそれなりにのんびりしているのかなあと思っていたらテレビでも宣伝していたこともあってか、僕が行ったときは予想以上に人が多かったです。

実は、写真でもすこし見えていたりしますが。。

しかも、記念に携帯やデジカメでイルミネーションをパシャパシャとみなさん撮っていて、思わずその風景というか様子を撮ったほうがおもしろそうかも、なんて思ったくらいでしたよ・・。


日比谷公園に行ってみると2

ということで、そのほかにもたくさん写真は撮ったのですが、あとは公式サイトでもいくつか会場の写真が掲載されていますし、いろんなサイトやブログでも様々なイルミネーションの写真をのせているみたいですので、そちらのほうをみていただければなあと。



地図
千代田区日比谷公園1

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今回は、前回の坂道記事の続きみたいな話なのですが、アークガーデン内をぶらぶらしていてみました。


アークガーデン1

ここは、メインガーデンとよぶ場所です。
気がつけば、けっこう前になってしまったので、まだ緑が青々としていますが、まるでビニールハウス内で栽培されているようにたくさんの木や花たちが生い茂っていました。


アークガーデン2

とりあえず、ガーデン内をぐるりとまわってみると、青々とした緑の奥になにげに見えているのですが、ほんとうにまじかに高層マンションの低層部が見えており、すこし木がのびたら住居部分のベランダへすぐに忍びこめそうなくらい近接している感じでした。。


アークガーデン3

そんなか、ふとガーデン内で見えたものです・・。
なんと、こんなところにガーデンを監視しているカメラがありましたよ。。
まあ、人通りが少ない場所ですからね。(笑)
でも、なんか複雑な気分になってしまいましたが・・・。

そんな感じで、雁木坂 (NO.116) からフォーシーズンズガーデンに入り、他のガーデンもなにげに歩いた後(これは写真をのせませんでしが・・・)、最後にこのメインガーデンにきたわけで、その後しばらくのあいだ、ここでぼ〜としていたあと、ついこのカメラを見てしまったので驚いてしまったというわけですよ。。


アークガーデン4

そして、メインガーデンをぬけて、さらに南へむかってガーデン内の道を歩くと、だいぶ前にとりあげたスペイン坂 (NO.66)が正面に見えていました。
ということで、このあたりは、昔からのものやあたらしいものまで、アークガーデンのまわりにいろいろな坂道がすぐそばにあって、ほんと歩いていても、ふと気がつくと、あれ?ここって前歩いた坂道の途中??あれれ・・(汗)という感じの場所が多発するところだったかもです。


アークガーデン5
アークガーデンの案内図



地図
港区六本木1あたり

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先週、明治神宮外苑あたりをぶらぶらしていたら、おもわず出会ってしまいましたよ。


建国記念文庫1

はじめにみたときは、場違いというかなんというか、なんとも愛嬌のある屋根の形をしている建物(なのかな?)を見つけてしまい、おやこんなところに鐘があるのかな?と思い、近づいてみてみると、鐘ではなく建国記念文庫なる「建国記念の日」の祝日の制定を記念して建てられたもののようでした。

しかも、よくみると中心部にガラスのようなものが見えていて、なんだか不思議な感じ。



建国記念文庫2

そして、さらに近づいてみると。。

近くに看板があったので、よんでみたのですが、このガラスの中には建国記念の日の制定を希望する方々の意見書が、記念として保管されているとのことみたいでした。

それにして、こんなところにこんなものがあるし、ちかくというか同じ敷地内に、洋風な絵画館や近代的なスタジアムがあったりと、まさに和洋折衷といった感じの明治神宮外苑といえるのですかね。。(笑)



建国記念文庫3

あっ、そうそう、僕が行ったときは、この建国記念文庫のすぐ横にある国立競技場でサッカーの試合もしていて、歓声がすごかったので、思わずパチリと。。


ということで、この日は、野球、サッカー、ラグビーの試合やらデザインイベントなどいろいろな催しが神宮外苑でおこなわれていたこともあり、ぶらぶらと散歩などをしている人を含めて、いろんな人たちが、このあたりを歩いていて、そんな人たちを観察しているだけでも、(実は)なかなか楽しめたかもです。



地図
新宿区霞ヶ丘町

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この土日は、このブログでも、去年とりあげましたし、J-WAVEでもイベント会場から生放送していたので、知っているかたもいるかもしれませんが、都内のいろんな場所で年に一度のデザインイベントがやっていたので、ぶらぶらと散歩がてらみてきましたよ。


でざいん散歩1

今回は、神宮外苑で開催されていた東京デザイナーズウィーク2007などにはじまり、様々なイベントがあったので、おかげで青山あたりをぶらぶらするきっかけもできたのですが、僕的には、ネットの力もあってかどうかわかりませんが、前もってちいさな規模のものというか個人のネットワークというか、そんな各つながりみたいなものや会期中の各イベントの様子が、ちょっとおおげさな言い方をすれば、今回はサイトを通して可視化されうまく整理されていたためか、イベントの雰囲気を行く前から知ることができ、ささいなことかもしれませんが、そんな点でもよかったかもです。
そして、そういう予備知識もあったためかもしれませんが、今年は、各場所をぶらぶらしていても、どのイベント会場も規模的にもちょうどいいなあと思いつつ、まえもって宣伝されていた情報や雰囲気とだいたいリンクしていたように感じ、イベント自体のウェルカムというひらかれた雰囲気もあってか(個人てきな感想ですが・・)、なかなか楽しめたかもなあと思いました。


でざいん散歩2

そんななか、青山あたりのデザイン散歩を、いったん一区切りして、六本木のミッドタウンにもきてみたのですが、もうすでにまわりは暗くなっていましたが、ここでも関連イベントがやっていました。
ちなみに、この写真は、ミッドタウンガーデン内のもので、道の両サイドに、今回のイベント企画の一環でクリエーターのかたが創作したみかげ石のオブジェがたくさん並んでいて、ふと遠くにちょうど東京タワーも見えてしまったのでおもわずぱちりと。。(笑)

ただ、この六本木周辺の外国の大使館でもデザインイベントをやっていたらしく、めったにはいることのできない大使館に入るチャンスだったのに、そのことに気がつかなかったことには、しまった〜という感じでしたし、そういえば各大使館のすぐ近くにも、このあたりの坂道がいろいろあったなあと思い、来年も同じようなイベントがあれば、今度こそ行ってみなければと思ってしまいましたよ。。

ということで、ちょこっと写真をのせるだけにしようと思っていたのですが、気がつけば、いろいろえらそうなことやあまり関係ないことも言ってしまいましたが(汗)、このイベントを見にくるたびに、世の中にはいろんなひとがいるもんだなあ〜と思いつつも、なんだかんだといってデザインの楽しさみたいなものを再認識できたイベントだったかもです。



(今回は、いろいろな場所の話なので、地図なしです。。)

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かなりひさしぶりに、六本木ヒルズの展望台(東京シティビュー)に、きてみました。


東京シティビューと森美術館に行ってみる

といっても、麻布十番まつりに行ったあとに来たので、もう夜になっていて、撮影しようにも、室内の灯りが反射していたり、カップルが窓際に大勢いたため(あたり前ですが・・)、写真を撮るのもひとくろうというなか、一枚撮ってみました。

ただ、この展望台にきたのは、ちょっとしたおまけで、最近は余程のことがない限りここへはこないだろうなあと思っていたので、ちょうどよい感じでした。

そして、そんないきさつもありつつ、この展望台のフロアにある森美術館で、現在、開催されているル・コルビュジエ展にきてみたのですが、これほどのル・コルビュジエに関するコレクションが一同に展示されていることに驚きつつも、すこしだけまわりのかたが同伴者と話をしているのを横でこっそり聞いていると、あきらかにというかやっぱり建築にたずさわっている人がはなしそうなことを語り合っている人が多かった気がしました。。
(あくまで推測ですが・・・。あと、僕てきにすごく気になったのが、ソビエトの建築(コンペのみで実現しなかったものです。)の大画面の映像でのコーナーで、その映像や音楽がなんだかホラー映画みたいで、これからなにか怖いものがでてきそうな音楽と映像の雰囲気が、なんだか気になってしまいました。(汗)見にいっていないかたにはわかりにくい話ですいません。。)

ということで、話がすこしそれましたが(汗)、いろんな意味でいい刺激をもらえましたが、なんといっていいかわかりませんが、僕てきには、いい意味でですが、どっと疲れる展覧会でもあったかもです。

また、ちょうど行ったときは、展望台のフロアにて、”スカイ アクアリウム”という、うまくいえませんが、アクアリウムと東京の眺望、インテリアを融合させたイベント空間というかイベントが開催されていたのですが、こちらはものすごくよかったですよ。

あくまで主役は魚たちのはずなんですが、色鮮やかな数々のアクアリウムや展望台からの景色をバックにしたアクアリウムなど、アクアリウム・アーティストとよばれる方々がてがけたはっとするようなアクアリウムの数々がなんとも印象的で、なんだか、どこかの海外のリゾート地の海辺で、魚たちにで出会ったような気分にさせてもらえたかもです。(もちろんこれは想像なのですが・・・。(笑))



地図
港区六本木6

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先週なにげに聞いていたFMラジオでさかんに話題にしていたこともあり、おもわず他の用事もかねてだったのですが、麻布十番にて開催されていた納涼まつりに行ってきました。


麻布十番のまつり1

坂道散歩でこの近くをぶらぶらしているのは、過去の記事をみてもらえれば、ごしょうちのとおりかもですが、この祭り自体は、ラジオでもさかんに話題にしてたこともあるのか想像以上に人が多かったです。
そして、そんな中、行く前から、かなり気になっていたワールドバザールなるイベント場所へ行ってみました。
ここでは、近くにあるであろう各国の大使館のテイクアウト料理などが食べられる屋台が公園内にフードコートのようにならんでおり、ちょっとわかりにくいかもしれませが、写真は、その場内の様子です。(もちろん、僕もいくつか食べましたよ。)


麻布十番のまつり2

そして、すこしとおめの場所から、会場を眺めてみたものですが、人の多さもあれですが、なにげに気になった(いつものようにですが・・・)のは、この会場の上空を通っている高速道路(首都高の一ノ橋ジャンクション)で、なんとも各路線が入りくんだあたりに公園があったんですね。。
ちなみに、ここは、一の橋公園といい、手前に見えているように古川という川が公園のそば(というか公園内??)を流れていました。


麻布十番のまつり3

こちらは、暗闇坂 (NO.69)のある通りで、その通り沿いにある麻布十番温泉のそばで、メインの通りの場所(十番大通り)をぱちりと。
なかなかの混み具合ですが、この通りは、麻布十番の駅あたりから、えんえんと、こんな感じの混み具合でした。(汗)
ちなみに、ちょうど正面に六本木ヒルズがみえている方を撮ってみました。


麻布十番のまつり4

そんな感じで、麻布十番の駅からぶらぶらと歩き、結局、六本木ヒルズまで歩いてきてみると、ヒルズ内のアリーナで、これまたイベントというか、盆踊り大会が開催されていて、ここにも屋台などがでていて大勢の人がいましたよ。


麻布十番のまつり5

そして、すこし盆踊りの様子を見ていると、なんとドラえもん(といってもかぶりものですが・・・)たちが、でてきて踊りだしはじめましたよ。。
まあとなりがテレビ朝日だからということもあるかと思いますが、なんだかんだといって、小さいころから親しんできたキャラクターというか漫画だったということもあり、おもわずぱちりと。。(笑)

ということで、今回は、ちょっとした地域のイベントだと思ってきてみたのですが、実際にきてみると、思ってもいなかったほどの人の多さにびっくりという感じでした。




地図
港区麻布十番1あたり

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今度も東京をすこし離れて横浜に来てみました。


横浜マリンタワー1

今回は、横浜の山下公園の近くにある横浜マリンタワーを見にきてみました。
実は、横浜はなんども来ているのにもかかわらず、こんなまじかでマリンタワーを見るのは、ひさしぶりだったりします。
ただ、現在は、このタワーは2006年12月に営業を終了してしまい展望室にはあがることはできないらしく、まさしく横浜港のモニュメントとして存在しているという感じでした。

ちなみに、マリンタワーの入口にあった、いつかなくなるかもしれない案内看板の説明によると、地上からの高さが世界一高い灯台としてギネスブックにものっているタワーということらしいですよ・・。
そんな感じで、あまりに気になったので、帰ってから、すこしネットで調べてみると、横浜市のホームページにて、このマリンタワーの改修工事などが計画されているらしく、2009年春のリニューアルオープンに向けて計画が着々と進んでいるとのことらしいですよ。


横浜マリンタワー2

最後に、せっかくなので、すぐそばにある山下公園より横浜マリンタワーを眺めてみました。
(それにしても、あまりの暑さと直射日光などのためかどうかわかりませんが、マリンタワーあたりがすこしぼやけているように見えるんですが、気のせいですかね・・。)

ということで、この横浜マリンタワーがなくなることはなさそうということで、ほっ、という感じですが、このタワーからの眺めは2009年までのお楽しみということですかね。。




地図
神奈川県横浜市中区山下町15

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