東京坂道さんぽ

〚Category: 汐見坂/潮見坂 
汐見坂(NO.223)
汐見坂(NO.205)
汐見坂 (NO.118) /港区虎ノ門2丁目
潮見坂 (NO.97) /港区六本木5丁目

ブログネタ
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所在地:大田区中央5


しおみ坂と呼ぶそうです。
場所は、鐙坂(NO.222)の坂下から南へ徒歩10分くらい歩いたところにある黒鶴稲荷神社のすぐ南側にある坂道です。

ちなみにこの坂についても大田区の公式HPに説明があったので、しょっぱなからなんですが抜粋しておきますね。
『中央五丁目12番と13番の間の坂道。坂名について、かつてこの坂から大森の海や舟の白帆、海苔ひび(注釈)などがよく見えたため、この名で呼ばれるようになったといわれます。昭和の初めに耕地整理が行われるまでの汐見坂は、今より道幅も狭く、赤土の坂道で上る左側は畑でした。また、この坂道は池上本門寺へ通じる池上道の近道でもありました。今日では大森方面にビル群が建てこみ、惜しくも海などは見られなくなってしまいました。
※(注釈)海苔ひびとは、海苔を付着させるため、海中に立てておく木や竹の枝をたばねたもの』
なので、予想どおりというかやっぱり、汐見坂という名はついてますがこの坂からも海は見えないというわけで、期待されたかたは残念でした。。


汐見坂(NO.223)1
写真1

そんな落胆ムードの中(笑)、まずは坂下のほうから坂上のほうを眺めてみました。
この坂、ゆったりとした勾配に長い道という具合に、以外と他のエリアでもありそうでない坂道形状をしているようで、まわりの家も坂の名前の響きもあってかどうかわかりませんが、道にたいしての景観意識が高いようで各家々で道に対してひらかれた緑化というかガーデニングをしているところも多く、歩いていてなにげに気持ちよかったです。


汐見坂(NO.223)2
写真2

次はすこし坂を上り、同じく坂上のほうを見てみたものです。
すでに遠くのほうにこの坂の頂上あたりが見えていたりします。
またこのすぐそばには、いつものように坂の碑があり、
『かつて、この坂から大森の海や白帆・海苔浜などがよく見えたため、汐見坂と呼ばれた。また、この坂道は池上本門寺への旧池上道の近道でもあった。』
とありました。

ちなみに(突然ですが)、この汐見坂の“汐見”っていう言葉、なぜこういう名前ついたんですかね。いつも潮見坂とか汐見坂とか歩いているとき、ふと思うんですよね。自分でふっておいてなんですが気になるかたは辞書でも調べてみてください。(脱線・・・)

あと写真2の左側には公園があるのですが、実はこの公園内の案内板にも汐見坂の説明があったんですよ。
なので(しつこい感じになりますが)、こちらも抜粋しておきますね。
『この坂は、かつてここから大森の海や海苔ひび(海苔を付着させるために海中に立てておく木や竹をたばねたもの)がよく見えたことからこの名で呼ばれるようになりました。現在は、大森付近の埋め立てが進みビルも建ち並んで当時のように海は見られません。またこの付近は、江戸時代には桐々谷村と呼ばれ、東海道品川宿の助郷村(宿場に人馬を提供することを課せられた村)に指定されていました。その後、明治22年に荏原郡池上村に編入された大字桐々谷村、昭和7年の区政実施で大森桐里町、さらに昭和40年住居表示実施で現在の中央五丁目となりました。この中央五丁目公園は、昭和51年開設し昭和59年に現在の広さに拡張しました。傾斜地を利用したロッククライミングや擬木すべり台、季節の植物を配した植栽が特徴となっています。』


汐見坂(NO.223)3
写真3

そして、こちらはみてのとおりですが園内にあったすべり台です。どこが擬木なのかは不明ですが(もしかしたら説明文の擬木のあとに句読点があいだに入るのかもしれないですが・・)、とにかく地形の高低差をいかした滑り台がおもしろそうだったのでおもわずぱちりと。


汐見坂(NO.223)4
写真4

あとは公園内から汐見坂のほうをみると(汐見坂のほうからでも見えますが)、こんな木ありました。
案内板をみると「ナンジャモンジャの木」という木だそうですよ。
案内板の説明によると、
『この木は俗にナンジャモンジャの木と呼ばれ、この名の由来は、一般通説として、水戸黄門が参勤交代のおり、下総神埼神社に参詣され社殿横の大木(御神木)を御覧になり家臣は此の木の名も知らず、困りとっさに「モンジャ」ですと答えたといわれ、それ以来この神木を、ナンジャモンジャの木と呼び大切に保護したと伝えれます。(略)この木は明治神宮外苑にある大木より実生したもので、毎年5月中旬に白黄色の花をつけ、その風景はまるで雪が積もった様な美しさと云われています。珍木であるため異称が多く、その他ロクドクボウ(六道木)アンジャモンジャ、ナンジャモンジュ(南社門樹)等色々な呼び名があります。』
なんてことが書かれてありました。
なんともこんな普通な感じの公園の一角にある木の説明に神木やら珍木なんて書かれていたのでものすごく気になってしましましたよ。
なのでこちらも思わずぱちりと。(笑)
しかもこの水戸黄門のエピソードはウィキペディアのナンジャモンジャの木の説明にも記載ないみたいなんですよ。
いやはや。。


汐見坂(NO.223)5
写真5

そんなわけで、話が脱線しましたが、最後は坂上までやってきて、坂下のほうを眺めてみました。
高低差はそれほどない坂のはずなのに、今でもけっこう遠くのほうのビルなども見えてますね。
なのでこの地形の感じなら、坂の説明にもあったとおり、昔ならそれなりに海見えたかもしれないですね。



地図
大田区中央5

所在地:千代田区千代田1


やっと再開です。
そういうわけで、今回は皇居内坂道散歩の話です。

場所は皇居内の前にとりあげた天守閣跡あたりからみると、南西の方向(とある街の風景(天守閣跡からの眺め)の写真でいえば、2枚目の写真の左側あたり)にあり、地図でみると白鳥濠のちょうど北側に位置していて、北西方面に下っている坂道です。
坂の名は、しおみ坂とよぶそうで、別名で塩見坂ともいうそうです。



汐見坂(NO.205)1
写真1

まずは、写真1です。
天守閣跡のほうからテクテクと歩いてくると、立派な石垣が見えてきます。
高さでいえば3mくらいですかね。
むかしだったらここに門くらいあったかもと想像してしまうようなつくりです。



汐見坂(NO.205)2
写真2

そして、写真1でも奥にちらりと坂上あたりの様子が見えていましたけど、樹々と石垣に囲まれた薄暗い場所をぬけると、一気に視界はひらけて明るく坂下のほうまで見わたせる場所にでてきました。
坂下には武蔵野の雑木林に模した林がひろがり、遠くには大手町あたりの高層ビル群が見えていました。
ちなみにここには坂の案内板もあり(写真1でも見えていますけど)、
『本丸と二の丸をつなぐ坂道でした。その昔、今の新橋から皇居前広場の近くまで日比谷入江が入り込み、この坂から海を眺めることができました。坂の上には、潮見坂門が設けられていました。』
とありました。
ということは、案内板の説明によれば、写真1の場所あたりにはかつて汐見坂門なる門がやっぱりあったということですかね。
あと補足の意味で、いつもお世話になっている“江戸東京坂道事典”の一部を抜粋させていただくと、
『むかしは本丸の上から江戸湾が一望にみえるので汐見坂の坂名がつけられた。“紫の一本”には、「塩見坂、梅林坂の上手御門の内なり、此所より海よく見え、汐のさしくる時は波ただ爰元へ寄るやうなる故塩見坂といふ、今は家居にかくされて見えず」と記され、下町方面が埋立てられて市街となってからは海も遠くなったようである。』
とあり、これと案内板の説明をあわせると、なんとなく当時の様子というか眼下にひろがっていた風景もすこし想像しやすいじゃないんですかね。 



汐見坂(NO.205)3
写真3

次はすこし坂をくだって、坂上のほうを眺めたものです。
よくみると正面+右側の石垣と右奥+左側の石垣のつくりがすこしちがっていましたよ。
これはなにを意味するんでしょう。



汐見坂(NO.205)4
写真4

それで、せっかくなので、だいたい同じ位置より左側のほうをみてみると、なんとも強固そうな石垣とその下にある白鳥濠が見えていました。
もうここまでくると芸術の領域ですかね。人工造形物の。



汐見坂(NO.205)5
写真5

今度は同じく右側の景色なども。
こちらは写真4にくらべると見劣り感が若干ありますけど、それでも圧倒感みたいなものはすごいです。 
まあ、どちらにしてもトマソンてき隙みたいなものはほとんど感じない場所であるのかもなあとも思ってみたり。 



汐見坂(NO.205)6
写真6

あと、写真5でもちらりと見えていますが、なにやらここから見えている石垣のことについての説明が書かれた案内板が設置されていたのでぱちりと一枚。
とにかく説明がいっぱいあってわかりにくいんですけど、どうやらこの石垣はかつてはかなり古びていて損傷もひどかったようなので、最近修復工事がおこなわれたみたいで、その時のことが事細かに書かれているみたいでしたよ。
くわしいことはここでは書きませんけど、以外とじっくり読むとなかなかおもしろかったので、よかったら現地に行ったときにでもどうぞ。



汐見坂(NO.205)7
写真7

そして、最後は坂下からの風景です。
こうしてみると以外と高低差はないようですね。
ただそれ以外はなにもつっこみようがありません・・・。
なんだかすごくかっちりした感じにも見えてきます。


地図
千代田区千代田1

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所在地:港区虎ノ門2



しおみ坂と呼ぶそうで、別名で大和坂ともいうそうです。
場所は、霊南坂 (NO.117) の坂下あたりが、ちょうど汐見坂の坂上となっており、湾岸方面(正確にいえば南西方向です)へ下る坂道です。


汐見坂 (NO.118) 1
坂上より

坂上からの様子ですが、見てのとおり、かなり緩やかな坂道で、坂の名前からもわかるかもしれませんが、かつてはこの坂上から海を眺めることができたらしいですよ。


汐見坂 (NO.118) 2
坂の途中より

すこし坂道をくだり、坂上のほうをみたものです。
ちょうど正面にみえている信号のあるあたりが、坂上であり、そこを左へ曲がると霊南坂 (NO.117) の坂道があるということになります。
ここからみると坂道の勾配具合がゆるやかだというのがわかりやすいんじゃないですかね。

それにしても、この写真では人が写っていないっすね・・・。(笑)
しかも信号機が赤になっているのがみょうに非現実感をかもしだしているようなそうでもないような。。



汐見坂 (NO.118) 3

まあ先の写真は現実の一瞬を切りとっているだけでして、実際には坂の途中の写真の左側にはホテルオークラがあり、いろんな人がホテルに出入りしていましたよ。


汐見坂 (NO.118) 4
坂下より

そんな感じであっというまに坂下あたりにきてしまいました。
ここからみると、実際歩いていても感じたことなのですが、ちょっとしたオフィス街の道をぬけている感じなのだけれど、この坂道は昔からあったのだなあというありきたりな思いもあわせて、ちょっと不思議な気持ちをもってしまったのですが、これってどこの部分からきているのでしょうかね。。
街路樹があるからなのかな、それとも適度な道幅とゆるやかな勾配のおかげ?、はたまたビルのあいまにみえている空・・・?。
う〜ん、わかりません。。(笑)

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑があり、
『江戸時代中期以前には、海が眺望できた坂である。南側に松平大和守(幕末には川越藩)邸があって、大和坂ともいった。』
とありました。

(あ、そうそうこれは別にいわなくていいことなのかもしれませんが、前回の船の話のあとにこの話をもってきたのは、かなりわざとです。(笑) あまりにわざとらしいので引いてしまったかたもいるかもしれませんが、こうしたほうが、海というか湾岸のイメージとリンクして想像しやすいかなあと思ってみたもので・・。←わからないかたは、日付順で前回のをみてもらえればわかりやすいと思いますので、あしからず。。)

(追記:よみかたは同じですが潮見坂という書き方もあるようです。)



地図
港区虎ノ門2

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所在地:港区六本木5

しおみ坂と呼ぶそうで、汐見坂とも書くそうです。
場所は、鳥居坂 (NO.96) の坂上あたりから、東のほうへぬける道が潮見坂の坂上あたりにあたる坂道です。


潮見坂 (NO.97) 1
坂上より

坂上あたりの様子です。
正面はいきどまりというか直角に左折する道となっており、見た感じ、なんてことない道で、歩いている時はあまり気にならなかったのですが、こうして改めてみると、緑が多いですね。。
各家ごとに緑がある感じ。


潮見坂 (NO.97) 2
坂上あたり

また、一枚目のあたりから、ふり返り、鳥居坂 (NO.96)の方向を見てみると、ちょうど六本木ヒルズがず〜んと見えていました。
あと、左側の木がいっぱいならんでいるあたりがシンガポール大使館だったりします。
それにしても、ここからみても(歩いている時はやっぱり気にしなかったりしたのですが)、両サイドに緑が多いですね。


潮見坂 (NO.97) 3
坂の途中より

そして、一枚目の写真のつきあたりまでいき、くいっと左へ曲がるとこんな感じでした。
なんだか、道というより駐車場の一部という感じ。。


潮見坂 (NO.97) 4
坂の途中2

道沿いをつらつらと歩くと、また道らしくなったので、まずは坂上のほうを見てみたのですが、道の舗装状態(いぼいぼ舗装)からもわかるとおり、正面の車が停めてあるあたりから、いきなり急坂になっていました。
あと、ひとつ気になったのですが、正面のガードレール、これって必要なのですかね。。
別に車が通れないようにするだけだったら、ガードレールはいらないような気がするのですが・・。(汗)
(でもまあ、視覚的にわかりやすくするために、つけたのかもしれませんけどね。)


潮見坂 (NO.97) 5
坂の途中3

4枚目の写真の位置から左側をみると、こんな感じでやっと坂下あたりが見えてきました。
このあたりに来てやっと坂道らしい雰囲気になってきたというか、かなりいい感じだったのですが、ここにもやっぱりガードレールがありますね。。


潮見坂 (NO.97) 6
坂下より

坂下からですが、こうしてみるとかなりの急坂具合がわかりやすいのではないでしょうかね。
あとは、坂道の雰囲気にまけないくらいの立派な木が両サイドにあったのが、印象的でした。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はなく、また、この坂道の名が、潮見坂という名前からも、かってはここから海が見えたのかもしれませんが、現在はまったく見えないし、どうがんばっても見えそうにない感じでした。




地図
港区六本木5

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