東京坂道さんぽ

〚Category: ★街歩き+番外編
横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら
幕張の夜
芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館
芦屋東山公園のライトアップ
セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ
石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと
江ノ島をぶらぶら

今回もお知らせをかねてですが、衣紋坂(NO.282)を歩いたついでに、以前からなにげに気になっていた「日本大通り」なる大通りを歩いて調べてみたら意外と面白い場所だったので、たびねすにて取り上げることにしてみたのですよ。

→『日本初の西洋式街路!海へと続く並木道・横浜「日本大通り」を歩いてみよう

通りのだいたいの歴史やら人物と土地の関係なんかについては、たびねすの記事のほうにまとめていますので、そちらのほうをどうぞ。

数年前までは「日本大通り」というなんとも大袈裟な名前の駅があるなあくらいしか、実は関内あたりを訪れた時は思ってなかったんですが、やはり駅の名前になるだけあって、大阪の御堂筋みたいなほど地域以外の人に知られているような場所ではないかもですけど、この関内の日本大通り自体も調べてみると、なんていうかまちづくりの歴史まで知ることができて一石二鳥という感じでしたかね。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら1
写真1

ちなみに通り沿いには、これでもかというくらい「日本大通り」と書かれた案内板がありましたね。(写真1)
写真1は名称だけのものですが、近くをきょろきょろしてみると。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら2
写真2

こんな具合に、坂の碑のように通り自体の史実が書かれたものがあったり。(写真2)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら3
写真3

もうすこし新しめの通り沿いの有名な建物の由来が記された案内板と同じフォーマットのものもいくつかありましたね。(写真3)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら4
写真4

あと、びっくりしたのは、通り沿いにある横浜情報文化センター内にあったこちらですね。(写真4)
昔の輪転機らしんですけど、この大きさにはびっくりでした。(笑)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら5
写真5

ちなみに、同じ館内の1階によさげな階段もあったので、記念にぱちりと。(写真5)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら6
写真6

こちらは横浜情報文化センターの外観ですね。(写真6)
なんか上に新しいのが付け加えられているようですが、この建物自体は1929年(昭和4年)に建てられたもので、2000年に保存活用するため、今の横浜情報文化センターに生まれ変わったみたいです。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら7
写真7

最後はおまけです。(写真7)
これは「キングの塔」の愛称を持っていることでも知られる神奈川県庁本庁舎ですね。
ちょうど建物の上にある塔も見えるポイントがあったので、ぱちりと。


ということで、通り沿いの施設をすべて取り上げていたら、キリがなさですので、またなにか機会があればおいおい取り上げていければいいかなという感じにして、今回はこんな感じです。


地図
神奈川県横浜市中区日本大通

今回もひとやすみです。

気がつけば、一ヶ月がたちかなり客観的になれそうなこととあまり期間をあけてしまうと、この日のことを書くのもおっくうになりそうでしたので、今回は日記気分で幕張に行った時のことでも。

ほぼ一ヶ月前の6月16日に幕張メッセでおこなわれたperfumeの幕張ライブ初日に参加してみたわけですが、今回はそのことにはあまりふれず(なんじゃい、笑)、ライブ終了後に電車がお客でむちゃ混みしそうだったので、いく前から考えていた幕張メッセ周辺の夜散歩を実行してみたのです。

そこで、幕張といえば海ということで、幕張メッセを出て、海方向に歩いて行く途中にですね、いろいろぱちぱちと写真を撮ってみたのですよ。


幕張の夜1
写真1

まずはこちらから。(写真1)
幕張メッセの海側には県立幕張海浜公園なる公園があったので、そちらにいく途中、大通りを渡る歩道橋があり、ちょうど幕張メッセが見える場所があったので、ぱちりと一枚。

幕張メッセの南東側にアパホテルの高層ビルがあるのですが、ここはそのホテルのそばにあった歩道橋で、そこから北西側を撮ったものです。
ちょうどポイントとして、メッセの中でも、さきほどまで参加していたライブ会場のあったメッセの北西側エリアのホールの屋根やら建物がみえておりましたよ。
「おー、さっきまであそこの中にみんないたんだなあー」としんみり。(笑)
ちなみに、当日は一日中雨が降っていて、写真をみてもわかる通り、夜もけっこうな雨が降っていました。
ただ、僕がこの日もっていったミラーレスカメラが簡易防水仕様で強烈な手ぶれ補正のおかげで夜景にも強いので、こんな写真が気楽に撮れたのですよ。(傘もって片手でシャッターでもですよ。)
おかげでカメラはかなりびしょびしょでしたが、ふつうに動いてくれました。

雨風のためレンズまでぬれてしまい、いちいち何度も布でふきふきしながらの撮影を経験できたわけですが、その点ではよくブラタモリが雨の中、ロケをやっているのを思い出して、番組では特にそういうカメラの画面が雨粒でぬれるシーンというのもほとんどないので、そういう意味ではテレビのカメラマンさんのノウハウすごいなあとあらためて思ってみたり。


幕張の夜2
写真2

せっかくなので、道もいいですが、このブログらしく階段からの景色なども。(写真2)
正面に見えている曲線の影のシルエットが幕張メッセですね。
まさにあの天井の下、シルエットのなかでライブがおこなわれたわけですな。(しみじみ)


幕張の夜3
写真3

あと、この歩道橋自体もかなりかっこいいつくりになっていたのですよ。(写真3)
雨露がライトアップに照らされているのもいい感じ。
というか、肉眼でみた時よりも、カメラが光を多くひろってくれたおかげで、実際の見た目以上にきれく撮れているかも。
そして、海はこの奥にあるのですよ。
なので真暗です。


幕張の夜4
写真4

そして県立幕張海浜公園の中をぬけて、砂浜まででてきてぱちりと。(写真4)
方角的には北西なので、ちょうど都内のほうを向いて撮った感じですかね。
右のほうには千葉ロッテマリーンズの本拠地でもあるQVCマリンフィールドもちらりと見えていました。
ただこの場所、写真ではけっこう周辺の景色も見えていますけど、実はまわりに照明などがなく、歩くときは懐中電灯(当日はスマホの簡易ライトでしたが)がないと歩けないくらい真暗だったのですよ。
でもこのカメラなら奥のわずかな船の灯りをひろってくれて、シャッターがきれたのですよ。
しかも、この時も雨だったので、三脚などつかわずに手持ちです!(ありがたやー、オリンパスさん、笑)
ちなみにこのあたりは幕張新都心とよばれる1970年代後半に埋め立てによって開発された場所のようで、この砂浜も自然のものではなく人工砂浜のようですね。
そのためか、ここには明るい時にもきたことがありますけど、広々としていて人工ということもあり、こんな砂浜があったらいいのになあという要素がけっこう盛り込まれている場所だったことは覚えておりますよ。
そんなこんなで、この時はさっき書いたとおりけっこうな雨だったので、砂浜はけっこう雨水を吸い込んでどろどろだったので、写真を撮ったあとは、海のそばまではいかずさっさと退散したのでした。


幕張の夜5
写真5

夜のこともいいのですが、先日、perfumeのTwitterで、ライブ当日のこともサイトで取り上げてもOKみたいなつぶやきがあったので、せっかくなので当日屋内でのコンデジ写真もすこし。(笑)
写真5は、グッズ売り場の様子です。
こんな広々とした幕張ははじめてだったので驚いて何枚か撮ってみたものの中からの一枚です。
とにかく広い!
おそらく、僕の行った日は平日だったので、これくらいの混み方で済んでますが、土日はさらに混むのでこれくらいの広さがないとだめなのかもしれないですね。
通常なら会場の外(野外)などにあることが多いはずですが、ひとブロックを借りてしまうとは。。
おそろしやperfume。(笑)
ちなみにライブ会場は、このブロックの左隣に有料の荷物置き場のブロックがここと同じような広さの場所であり、さらにその左隣がライブ会場という室内構成になっとりましたよ。
そしてライブ会場自体もとんでもなく広かったのですよ。
とある匿名のTwitterに「この会場構成に、お客のことを考えてこの広さにしたのでは?そういう意味ではホスピタリティーがすごい」とか書いている人がいて、そのことが実は今も記憶に残っていて、そういわれてみたらそうだよなあと、写真を見直しながら(好意的に)思ってみたり。


幕張の夜6
写真6

いちおう、写真6だけでは、なんの会場だかわからんかもなので、同じ会場で記念に撮っておいたものでも。(写真6)
今回のツアーグッズを並べているブースですね。
僕も記念にバッジくらいは買いましたよ。(笑)

なんというか、過去にはシンガーソングライター系の歌手の方々やjazz系のライブなどに足を運ぶことが多かったのですが、この数年の間に不思議な出会いを経て、なんとなくperfumeの存在を知ってから、こんなところまで(もちろんいい意味でですよ)きてしまうとは。(笑)


幕張の夜7
写真7

ということで、夕方のライブのことを書いているとだんだん熱くなってきて余計なことも書いてしまいそうなので、これくらいにして、最後は幕張メッセのメインゲート部にある階段を帰り際に撮ったものでも。(写真7)
さすがにライブが終わってから時間がだいぶ経っていたので人はほとんどいませんでしたかね。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
千葉県千葉市美浜区中瀬2あたり

いやはや、気がつけば前回更新してからけっこう時間が経ってしまいましたが、もうしばし関西の話でも。

今回は、再び芦屋にもどってなのですが、年始に、青空文庫に谷崎潤一郎が登録されたという記事を見たこともあり、そういえば、市内に谷崎潤一郎記念館があったよなあ、ということで、ふらりと行ってみたのですよ。
ただ、行った日は正月で記念館は休みだったので、まわりをぶらりとしてみると、ちょっと気がついたことがあったのでそのことでも。


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館1
写真1

まずはこちらですね。(写真1)
ちょうど谷崎潤一郎記念館を見下ろせる階段があったのですよ。
右側の手すりにも、記念館はあちらという矢印が見えていますが、写真1でいえば、右側の建物がそれですかね。
高低差的には、建物2階分くらい。
この高低差は大事なので、覚えておいてくださいよ。


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館2
写真2

ただ、写真1だけでは、どこ?という感じもありますので、写真1と同じ立ち位置より右側を見てみたものがこちらです。(写真2)
最近、大山さんの記事でも取り上げられていて、知った方もいるとは思いますが、これが防波堤跡の場所ですね。
今でこそ写真のように埋め立て地となり、道があり奥には高層団地も見えていますが、昔はここから右側は海だったのですよ。
昔は、ここでも、ざざ〜んと、波の音が聞こえていたんですねえ。
そりゃあ、その時代を知っている人からすれば、空き缶ひとつでも投げたくなりますよね。。



芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館3
写真3

それはさておき、再び、写真1で見えていた階段にもどりまして、こちらは階段途中から、真横方向を見てみたものです。(写真3)
なんか真ん中あたりに道のようでもあり溝のようでもある場所が見えていますが、ここを歩いている人をいまだかって見たことないですし、それ以前に写真1を見ると、手すりがあって入れない場所ですので、おそらく雨水を逃がす溝だと思われます。
このときは、注意深く斜面一体にきちんと石が敷き詰められているのを見たわけですが、よく思い出してみたら小さい頃からあった風景だったのですよ、ここ。
そういう意味では、改めて驚いてしまいましたかね。


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館4
写真4

そして、階段下からの様子です。(写真4)
なんてことない階段(と、言いつつも蹴上げの部分の石のつくりがおもしろいですが)なのですが、要はこの高低差なんですよ。
始めに、この高低差を覚えておいてくださいと言ったように、階段上にはかつての堤防がそのまま残っていて、その奥は埋め立て地なわけなのですが、実はこの埋め立て地の地表レベルが、階段上の高さと同じなのです。
なので、今僕が建っている場所は昔からある場所ですが、実は海側の埋め立て地のほうが、この場所より高い、しかもその高低差が建物2階分ということだったのですね。
こういうのは全国的にみても珍しいんじゃないですかね。

なんというか、この堤防といいこの高低差といい、小さい頃はそんなことも知らず当たり前のようにこの高低差を上り下りしたり、自転車で堤防跡沿いの道を走っていたりしていたとは。。
ちなみにこの堤防跡のことを初めて知ったのは、ずいぶん前に、村上春樹さんの小説(羊をめぐる冒険、ですね)を読んで、あれ?これはあそこのことを言っているのでは?えー!びっくり〜、という感じだったのであります。(笑)


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館5
写真5

こちらは、写真4の背後方向(山側)を見てみたものですね。(写真5)
右側には谷崎潤一郎記念館の建物が見えていますが、塀が高めなので、階段途中から見えていた時よりは見えていなかったですね。。
この記念館は、1988年に開館、設計したのは富家建築事務所なる建築家事務所みたいですね。


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館6
写真6

また写真5の左側には、谷崎潤一郎記念館に隣接してある芦屋市立美術博物館の建物も見えていました。(写真6)


芦屋浜埋め立て地の階段と谷崎記念館7
写真7

そして、最後は、左側に谷崎潤一郎記念館の入口を望みながら、奥に例の階段が見えるポイントでぱちりと。(写真7)

あ、そうそう。
左側に銀色のプレートとその奥に巨石が見えていますが、じつはこれも谷崎潤一郎記念館の重要アイテムみたいなのですよ。
いつものように、プレートに書かれていた内容を抜粋するとですね、
『この重さ十五トンもある巨石は、神戸市東灘区岡本の旧谷崎邸にあったものです。 この家は昭和三年に谷崎潤一郎が建て、約三年間住み、「蓼食う蟲」などを書いたところです。
昭和十三年、六甲の山津波が起こり、芦屋川をはじめ各河川が氾濫して、芦屋も大きな被害を受けました。その情況は潤一郎の名作 「細雪」に見事に描かれていますが、当時梅の谷と呼ばれた旧邸のあたりもすざまじい土石流に襲われました。
この石は、その山津波で旧邸内に流入し、そのまま庭石として置かれ、五十年の星霜を経ました。そして、阪神大水害五十周年に あたる今年、谷崎潤一郎記念館の竣工に際し、旧邸の所有者文箭智行氏のご好意により、この地に移されました。
この石が、文豪のゆかりと、自然の脅威や治山治水の大切さを後世に伝えるよすがとして、末永く記念館を見守ってくれることを 願うものです。
昭和六十三年七月 芦屋市・芦屋市観光協会』
とのこと。

ちなみに、細雪で書かれている災害や当時の様子などについても、今回取り上げようかなとも思いましたが、それはまた来年以降、詳しく調べてからということにして、とりあえず今回は「No.135 阪神大水害(その2)  「細雪」に見る災害」という防災情報新聞なるサイトの記事が詳しいですので、そちらをリンクしておきますので、気になる方はどうぞ。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
兵庫県芦屋市伊勢町12−25あたり

なんとなく年始の気分が自分の中でもあるうちに、年末年始に地元神戸をぶらりとした時にちょっとおもしろい場所を見つけてしまいましたので、またまた寄り道がてらです。


芦屋東山公園のライトアップ1
写真1

いきなりですがこちらですね。(写真1)
実はここ、なんかのテーマパークというわけではなくて、東山公園と呼ばれる、いわゆるまちなかにふつうにある公園で、まわりも自分の足音がきこえるくらいの静かな住宅街なのですよ。
場所的には、JR芦屋駅から北へ10分も歩かないうちにこれる場所なのですが、当日はここでこんなことになっているとは知らず、昨年、この近くの別の公園のニュースがネットで流れていて気になっていたので、今回はそこにいく途中(そして地図でおもしろそうなこの公園を見つけたので)、ちょっと寄り道したら、という感じだったのです。(笑)

とにかくびっくりしましたよ。
もちろん訪れた時は、公園の入口などになにか告知看板(このライトアップのですな)とかあるわけでもなく、クリスマスの時期も過ぎていたわけですが、右側のベンチのそばにはクリスマスツリーもあったので、おそらくクリスマスにあわせて設置されたものだろうとは思われますが。。


芦屋東山公園のライトアップ2
写真2

それから、奥に行くとこんな感じでした。(写真2)
ここだけでも、けっこうな高低差の擁壁があり、建物でいえば2階分くらいの高さはある感じでした。
ちなみに、今見ている方向は、北側にあたり、この方向に向かって山の斜面は続いており、この東山公園は、南北に長い高低差のある公園みたいでした。(みたいでした、というのは、実はここ、過去にきた覚えがほぼないので、おそらく初めてきた公園だと思います。)


芦屋東山公園のライトアップ3
写真3

写真2の左側に見えていた階段を上って、階段上から、ライトアップを見てみました。(写真3)
ここから見るとわかりやすいですが、要はこのあたりだけなぜか豪華にライトアップされていたみたいですね。
しかも、左のほうには「ふれあいかいだん」というプレートが。。
ということは、場所由来とはほど遠い感じですが、それでもこの階段の名前は、”ふれあいかいだん”ということになりますかね。(めもメモ)


芦屋東山公園のライトアップ4
写真4

こちらは、正月からなのかクリスマスからなのか、いつもやっているのか不明だったライトアップされた場所から、さらに公園内のいくつかの階段や坂道を上って(北側に移動)いくと、”てっぺんかだん”(←かいだんではないですよ。現地では僕自身勘違いしてしまったので・・)なる、おそらくこの公園内の頂上付近の場所があったので、そこから海の方向(南側)を向いてパチリと一枚。(写真4)
なので、奥に見えている灯りは、芦屋市街のものということになりますかね。

ちなみに今いる場所の標高は、マピオン地図によれば海抜54mだそうで、写真1の場所の標高は、海抜39mなのだそうですよ。
ということは高低差は15m、ですか。
どうりで公園内をぶらぶらするだけでも疲れたわけですな。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
兵庫県芦屋市東山町12あたり

今回も、軽井沢編であります。
しかも、前よりマニアックな場所になりますかね。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ1
写真1

そんなわけで、いきなりの写真です。(写真1)
こちらは、タイトルにもあるとおり、セゾン現代美術館という美術館の入口になります。
この右横を一般道が通っているという具合のところですかね。
場所は、前に取り上げた石の教会・内村鑑三記念堂から、北へ3キロくらいの場所にあります。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ2
写真2

写真1の入口から入るとこんな道があるんですよ。(写真2)
どこかの登山道などではなく、奥のほうが写真1に写っていた入口あたりということになります。
とにかく、こうしてみると南側から北側へと上る、けっこうな高低差具合の坂道でした。
ただ今回も、特にセゾン現代美術館を紹介するというわけではありませんので(汗)、とりあえずこの坂道の高低差具合を覚えておいてくださいね。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ3
写真3

写真2の場所から、広大な敷地内を西側(写真2でいえば、左側)のほうに歩いていくと、やっと美術館の建物が見えてきました。(写真3)
なので、ここまでは無料で誰でも入れるわけなのですよ。
ちなみに、セゾン現代美術館の建物は1981年にできたそうで、設計者は建築家の菊竹清訓さんだそうです。(例のごとくその他の詳しいことは公式サイトのほうでどうぞ。)


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ4
写真4

こちらは、写真2と写真3の建物のちょうど間あたり(でよかったかな?)の場所に、なんとも奇妙な地形具合の場所があったので、パチリと一枚。(写真4)
後から盛ったのか、自然の地形なのかどうかはわかりかねましたが、どうみても芝生の坂道ですね。(笑)
しかも、奥のほうをみると坂上あたりと美術館の建物の屋根の関係がかなり一体物のように見えていて、まるで屋根と芝生の坂上あたりとが繋がっているかのようでした。(でも写真3を見ればそうではないことはわかりますよね。)

そして、ここで写真2の入口あたりと手前の場所との高低差具合を思い出してみるとですね、なんかここの芝生の坂道の高低差具合と似たような高さだったんですよ。
なので、元からあった地形を掘って建物を建てて、目の前の芝生の坂道は、坂上あたりが入口あたりと同じ高さなこともあり、元からあったものかもしれないと思ってみたり。。
ただ、Googleマップで、セゾン現代美術館あたりを拡大して見てみるとですね、建物を囲むように川が流れているんですよ。
そして、川との関係でいえば、今立っている低いほうの位置のほうが、元からあった場所っぽいので、やはりこの芝生の場所は後から、盛ったのではないかという疑問がますます深まっていくのでありました。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ5
写真5

あと、写真4でもちらりと見えていたのですが、芝生の坂になにやらオブジェらしきものが見えていたので近寄ってみました。(写真5)
これは明らかに意味ありげなつくりですよね。
しかもここから見ると、屋根との一体感が半端ではなかったです。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ6
写真6

オブジェを違った角度から見てみました。(写真6)
すると、手前の枠の中に、奥のオブジェがおさまってしまいましたよ。
しかも、その奥というか向こうには山らしきものが見えていました。
気になったので、再びGoogleマップを見てみるとですね、軸線方向には、なんと浅間山があったのですよ。
ということは。。
わざわざオブジェの枠の中に浅間山までおさまってしまうのは、あまりにも偶然すぎるので、やはり、この作品のためにこの芝生の坂道というか地形が新たにつくられた可能生が高いということなのですかね。
ちなみに、このオブジェは彫刻家の安田侃さんによる「天沐」「天聖」という作品だそうですが、さすがにそういうことに言及しているサイトはないみたいでした。

ちなみにちなみに、僕がなぜ、奥にある浅間山に驚いたかというとですね、この前のブラタモリの軽井沢編を見たかたは、ピンとくるかもしれないですが、軽井沢の成り立ちと浅間山は切ってもきれない関係だからなのですよ。


ということで、今回はこんな感じです。
そして、取り上げ始めてからずいぶんと時間が経ってしまいましたが、今回で、草津・軽井沢編の坂道散歩はひと段落です。


地図
長野県北佐久郡軽井沢町長倉芹ケ沢2140

草津の話はとりあえず終わりましたので、次は長野県は軽井沢に行った時に気になった場所のことでもしたいと思います。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと1
写真1

そこでいきなりの写真からスタートです。(写真1)
これは、タイトルにもあるとおり、石の教会・内村鑑三記念堂と名付けられた教会の建物なんですよ。
場所は、北陸新幹線の軽井沢駅から、しなの鉄道線でひと駅の中軽井沢駅から日本ロマンチック街道なる道路を北に1キロくらいの場所にあって、近くには、ずいぶん前にこのブログでもすこしとりあげたトンボの湯などもあるエリアなのですが、ふとブログの日付をみると2006年とあるので、今回は8年ぶりの軽井沢だったみたいですね。

それはさておき、この教会については、今回の記事では、建築紹介というわけではないのですが、せっかくなので軽くふれておくとですね、ここは、内村鑑三記念堂とあるとおり、内村鑑三の功績を称えて建てられた教会だそうで、アメリカの建築家のケンドリック・ケロッグ氏が1988年に設計したそうです。(ということはバブル期にできた建物ということですか。とりあえず、あとの詳しいことは公式HPなどを見てくださいな。)

あと、始めに見た感じというか現地では、なんとなくフランク・ロイド・ライトさんの建築を思い浮かべてしまったのですが、帰ってから公式HPをみたら(たしか現地にも説明あったかもですが)、この教会はオーガニック建築の部類に入るとあったので、まあライトさんもオーガニック建築と呼ばれる部類の建築を多く設計しているので、あながち所感は間違ってなかったのだなあと思ってみたり。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと2
写真2

建物のことはこれくらいにして、この石の教会にはこんな場所があってですね、なんとここが教会のロビーにあたる場所なのだそうですよ。(写真2)
見た感じは野外広場のように見えますけどね。。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと3
写真3

そして、エントランスから教会の敷地内に入ると、こんな具合の道というか通路がありました。(写真3)
写真3の奥にさっきの写真2に写っていたエントランスが見えているとおり、いきなりこのようなつくりの道になっていたのですよ。
なんとも不思議なつくりの道でしたよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと4
写真4

ちなみに、写真3の左側からは、写真1で見えていた教会の正面入口側の全景がよく見えました。(写真4)
ここから見える景色では、奥の部分との高低差がけっこうあるようでしたので、この道の両サイドまで石が積まれていることとこの高低差というか地形具合とはなにか関係がありそうでしたが、当日は観光のついでだったこともあり、これ以上つっこんだ調査はしませんでしたが・・。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと5
写真5

写真3の場所からすこし敷地奥のほうにきてみて、エントランス方向を撮影してみたものです。(写真5)
なんとこのあたりから、坂道(奥のほうが低いですかね)になっていて、地面やら両サイドの石塀がかなり複雑な形になっていたのですよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと6
写真6

もうすこし奥に入った場所からエントランス方向を見てみたものです。(写真6)
このあたりからみると、奥の方が明らかに下っている感じがわかりやすいんじゃないですかね。
しかもここから見る分には、石塀と地面部分が一帯になっていて、ここがかつて水路かなにかで昔は水が流れていたのですよと言ってしまってもおかしくないほどの雰囲気を醸し出していたかもです。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと7
写真7

こちらは、写真6の左側に広がっていた階段で、写真7の坂上あたりが、ちょうど写真6で立っていた場所ということになりますかね。(写真7)
なので、写真6の時にいた場所が、実は今回の小道での高低差的には最高点ということになりそうでした。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと8
写真8

そんなこんなで、写真7のような森の小道でもある階段を下りていき、道に沿って歩いていくと、ここにやってくるのでした。(写真8)
ここは、石の教会の地下にある展示室への入口になっているようでしたよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと9
写真9

そして最後は、石の教会の中を通りぬけ(中の様子が気になる方は公式HPみてくださいね)、写真1の場所の近くにあった(写真1でいえば左側のほうですかね)、これまた神秘的なつくりの通路があったのでぱちりと一枚。(写真9)
しかも、その奥には・・・!

それはさておき、実はこの場所、写真4の右下あたりにも見えていたのですよ。
なので、当日は、奥の華麗な夫婦に気をとられ、しかも観光ついでにきていたので、あまり意識してなく気がつかなかったのですが、さきほどの石塀に囲まれた道は、この上を通っていたみたいですね。
しかも、この写真9の通路は、石の教会の内部と繋がっているはずなので、なんとまあ敷地を大きく使って複雑なつくりにと、今となって感心しきりというか気がついたというか、体たらくでありましたよ。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
長野県北佐久郡軽井沢町長倉

ブログネタ
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今回はひさびさに番外編です。
ちょっと前になってしまいましたが、ひさしぶりに湘南というか江ノ島あたりをぶらぶらしてきました。


江ノ島をぶらぶら1

いきなりですが、江の島展望灯台がけっこう近くに見える場所があったので撮ってみましたが、あらためてこうみると奇抜な形をした展望台ですね。
台風の時なんかは、だいじょうぶなのかなと思うほど、頼りない感じですが、まあだいじょうぶなんでしょう。。
あと、こうしておみやげもの屋さんなどの家の屋根がつらなってみえると、写真だけでは、ここが江ノ島という感じにみえないかもしれませんが、こういう景色もありだな〜と思い、一枚撮ってみました。


江ノ島をぶらぶら2

そして、前に来たときは、訪れなかった展望台にきてみました。
だいたい予想はしていたのですが、かなり近代的なつくりの展望台で、しかも手すりとか床とかなにやらがやたらとボルトでとめられているのが目で見えてしまい、だいじょうぶだとはわかっていても、けっこう不安な気持ちになってしまいましたが、景色は絶景でしたよ。


江ノ島をぶらぶら3

さらに、展望台のスペースは2層になっていて上にあがれたので、行ってみると、こんな景色が見えました。
まあ一番わかりやすかったもので・・。(笑)


江ノ島をぶらぶら4

そんな感じで、島をてくてく歩きまわり、くたくたになった帰り際に、お店が軒をつらねている入口あたりの道で、パチリと。
風情のあるお店も印象的なのですが、その奥に神社がなにげなく見えているのもかなり印象的な風景だと思うのですが、どうでしょうかね。

ということで、今回も季節はずれに来てしまいましたが、気がつけば前回ここに来てから約1年半ぶり(まあ近くは通ったことはありますが・・)ということでしたが、あいかわらずの場所だったので安心するとともに、自然のままの海も見たかったので、いい気分転換になりました。



地図
神奈川県藤沢市江の島

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