東京坂道さんぽ

〚Category: 東京タワーが見える坂
馬喰坂(NO.267) /目黒区
タワー下のthank you & welcome坂
富士見坂 (NO.2)その2 /港区芝公園4丁目
切通坂 (NO.112) /港区芝公園3丁目
銀杏坂 (NO.111) /港区芝公園3丁目
ミッドタウンわきの名もなき坂
於多福坂 (NO.98) /港区六本木5丁目
我善坊谷坂 (NO.95)  /港区麻布台1丁目
笄坂 (NO.86) /港区西麻布4丁目
内田坂 (NO.76) /港区元麻布3丁目
大黒坂(NO.70) /港区元麻布1丁目
落合坂 (NO.64) /港区麻布台1丁目
植木坂 (NO.62) /港区麻布台3丁目
榎坂 (NO.57) /:港区麻布台1丁目
土器坂 (NO.56) /港区麻布台2丁目
永井坂(榎坂?) (NO.55) /港区芝公園3丁目
東京タワーの坂 (NO.54) 港区芝公園3丁目
六本木けやき坂通り (NO.24) /港区六本木6丁目
富士見坂 (NO.2) /港区芝公園4丁目

ばくろ坂というそうです。
場所は、目黒駅の西側、山手通りをこえたあたりにあり、前にとりあげた新茶屋坂 (NO.264)の坂下からもほど近い場所にあります。


馬喰坂(NO.267)1
写真1

まずは、坂下の様子など。(写真1)
すぐそばには山手通りが走っており、騒々しいですが、この坂道はそこから一歩奥に入った場所にあり、このあたりから一気に静かな住宅街になっていました。

ちなみに、このすぐそばに馬喰坂の坂名の由来が書かれた案内板がありましたので、そのまま抜粋するとですね、
『逆Sの字にカーブを描く目の前の坂が馬喰坂。その昔、坂はとても急で、切り通しの工事を行った。しかし、頂上部は、庚申道が交差して、思い切った工事ができず、風雨にさらされると、大小の穴で路面が凹凸していた。道路に穴があいた状態を昔の方言で「ばくろ」といい、それが坂の名になったという。馬喰の字は当て字らしい。』
とありました。

「逆Sの字にカーブ」と始めにありますが、もうこのあたりからその雰囲気は出ているかもですね。
「急坂」とありますが、それはのちほどということで。


馬喰坂(NO.267)2
写真2

しばらく坂をのぼり、坂上方向を見てみたものです。(写真2)
坂上のほうが見えないくらいのカーブ具合、いいですねえ。


馬喰坂(NO.267)3
写真3

こちらはすこし坂をのぼり、さっきのカーブを曲がりきったあたりからの景色です。(写真3)
たしかに逆S字にカーブしてますね。
勾配具合といいカーブ具合といい、なかなか良い感じの景色でしたかね。


馬喰坂(NO.267)4
写真4

さらに坂を上り、今度は坂下方向を見てみたものです。(写真4)
こっちからみるとS字カーブですね。。
しかも勾配具合もわかりづらいです。(というか写真の問題なんですけどね。)
山手通りからの車がそれなりに走ってくる坂道でしたが、基本的には静かな場所でしたよ。
(しかも、この右側のマンションは人がいなくて廃墟みたいになっていました。というかその建物に入る道(写真でいえばオレンジ色の柵があるところです)が坂道になっていて、今回、ブログには載せませんけど、かなり気になる坂道景色だったかも。ただし、今はどうかわかりませんけど。)


馬喰坂(NO.267)5
写真5

写真4とだいたい同じ位置より、今度は坂上方向を見てみました。(写真5)
このあたりから勾配具合が急になってきていました。
あいかわらず坂上の様子が見えないのもいいですね。


馬喰坂(NO.267)6
写真6

すこし坂をのぼり、坂下方向を見たものです。(写真6)
やはり勾配具合がわかりにくいですね。
でも遠くのマンションの見え具合からも、その高低差感がわかるので、気になる方はよく見てみてくださいな。


馬喰坂(NO.267)7
写真7

そんなこんなで、やっと坂上あたりまでやっていました。(写真7)
もうこのあたりまでくると、坂下あたりとはかなりの高低差になっていることもあり、遠景の景色も良い感じで見えていましたよ。
気になったのは、真ん中左に見えている煙突でしたかね。
これは、新茶屋坂(NO.264)でも、登場した目黒清掃工場の煙突のようでした。
ここからみるとやたらと高く見えていますが、それだけこのあたりのほうが、清掃工場のあるあたりより低い位置にあることがわかるわけですよね。
個人的には、この景色を見ていて、目の前は急な下り坂なのに、遠くにはここより高い場所があるという凹凸具合が目でみて感じれる場所というのが、面白いなあと思ったのでした。

ちなみに、写真7でも見えていますが、ここにもいつものように坂の碑がありましたので、抜粋しておくとですね、
『馬の鑑定や売買を行う馬喰(博労・伯楽)と関連させる説と、風雨にさらされて地面に穴のあいた状態を目黒の古い方言で「ばくろ」と言ったという説がある。』
とありました。

坂下の説明に加えて、「馬の鑑定や売買を行う馬喰(博労・伯楽)と関連させる説」まで、でてきましたねえ。
しかも、常に道路に穴があいた状態だったからこそ、この坂名がついたということであれば、そういう意味では、この道は昔からけっこうな人通り(馬通り?)があったと見ていいのか、それとも穴ぼこができるくらいまで人の手入れが行き届いてなかったこともあり、実はそれほど人通りがなかったのか、まあこれだけでもいろいろと想像してしまいましたかね。

あとは、道路に穴があいた状態を目黒の古い方言で「ばくろ」ということから、いつものドーナツ型の滑り止めも「馬喰」型と呼んでみてはどうなんだろうと妄想してしまいましたが、どうでしょうかね。(笑)


馬喰坂(NO.267)8
写真8

あ、そうそう。(写真8)
写真7でちょっと見にくかったので、拡大してみたのですが、実は坂上からの景色として、東京タワーも見えていたのですよ。
なので、この坂道、実は東京タワーが正面に見える坂道でもあったんですよ。


馬喰坂(NO.267)9
写真9

あとは、坂上そばには〔写真9の右側)、坂下の案内版の説明でもでてきた、庚申塔もありましたよ。(写真9)
案内版には、「馬喰坂上の庚申塔群」とありました。
なお、庚申塔については、これまでもたびたび登場していることもありますので、そのうち機会があれば、詳しく掘り下げてみたいと思ってはいますが、現段階では、wikipediaの説明をリンクしておくに留めておきますので、気になる方はそちらのほうを読んでおいてくださいな。→ https://ja.wikipedia.org/wiki/庚申塔


ということで、今回はこんな感じです。


地図
目黒区中目黒4-9あたり

今回は東京タワーつながりで、タワー下をふらりと歩いていたら、ちょっと気になる坂道を発見。


タワー下のthank you & welcome坂1
写真1

見てのとおりなんですが、タワー下の切符売り場の場所から駐車場に向かう途中にあった坂道です。
簡単にいえば右の車が通るところと分けるためにつくられた歩道のような役割の場所だったのですけど、これを無名の坂道という視点で見なおしてみるとなんだかとても気になる存在になってしまったのでおもわずぱちりと。

それにしてもあらためてまじまじと見てみるとけっこうおもしろいつくりしていて、高低差もなかなかある感じでした。


タワー下のthank you & welcome坂2
写真2

こちらが坂上からのものです。
この写真だとここが坂道だということがわかりにくいですね。
でも坂下のほうをみるとなんとなく感じがつかめるかもですよ。

ちなみに、坂上のほうにも今回は写真撮るの忘れてしまいましたが、坂下のthank youに対してwelcomeの文字が設置されていました。
そして、これらは暗くなるとネオン管のような発色で光るんですよ。


タワー下のthank you & welcome坂3
写真3

そいでもって、こちらが実は坂下にもあったんですが、welcomeの文字の左右にいたノッポンの人形の片方です。
なんだか撮ってくれと言われているような気がしてズームでぱちりと一枚。
ただこの人形、まったくといっていいほど汚れてないので、もしかしたら毎日外してるんですかね。。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。



住所
港区芝公園4-2

もう気がつけば8年ほど前に書いた記事(富士見坂 (NO.2))ですが、ここでとりあげた富士見坂がどうやら場所がすこしずれているらしいということに気がついてからはや数年・・・。


2)その2

そんなわけで、最近、まじめにこの富士見坂 (NO.2)に再度訪れることにして、やっとみちくさ学会の記事を通じてとりあげることができました。
それがこちらです。 →東京タワー下の富士見坂

ちなみにこのみちくさ学会の記事ではのせなかったのですが、実はこのブログでは初登場の本「東京の坂道」というけっこう古めの本に大正12年の富士見坂の頂上あたりの写真(もちろん観音堂も写ってます)が載っていたりしますので、興味があるかたは調べてみてくださいな。
とにかくまわりは今とはだいぶ違った感じですけど、観音堂まわりはそんなに変わってない感じがちょっと印象的でした。


そして、ついでに富士山ネタつながりで、今日のニュースでもかなり取り上げられていたと思いますけど、とうとう富士山が世界遺産への登録を勧告されたそうですよ。
富士山:世界遺産へ-ユネスコ諮問機関、登録を勧告 (毎日jpより)
めでたいことです。
この富士見坂もなんか相乗効果ないものですかね。(笑)


ということで、今回はお知らせもかねたエントリーでした。

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所在地:港区芝公園3あたり

きりとおし坂とよぶそうです。
場所は、榎坂 (NO.55) の坂上あたりを北へとぬける道をそのまま、つらつらと歩くとオランダ大使館がるのですが、そのあたりが、切通坂の坂上ということになります。


切通坂 (NO.112) 1
坂上より

坂上のオランダ大使館前あたりから坂下方面を眺めたものです。
ゆるやかな坂道で、道自体もかなり整備されており、写真でみてもわかるとおり広々とした道路という感じでした。
あと、正面にすこし変わった感じのシルエットのビル(愛宕グリーンヒルズの高層ビル)がで〜んと見えていました。


切通坂 (NO.112) 2

また、だいたい同じ場所から後ろをみると、東京タワーがいい具合に見えていましたよ。


切通坂 (NO.112) 3
坂の途中より

かなり逆光になっていますが(汗)、坂上のほうを眺めたものですが、ここから見てもやっぱりゆるやかな坂道という感じで、さらにこれだけではわかりにくいですが、ちょうど正面あたりにはオランダ大使館が見えていたりします。


切通坂 (NO.112) 4
坂下あたり

そして、すこし坂道をくだり、坂道の途中にあった正則学院をすぎたあたりから、坂下のほうを見たものです。
道はすこし左にカーブしつつも、ちょうど一枚目の写真にも見えていた愛宕グリーンヒルズの高層ビルが真正面にみえていました。


切通坂 (NO.112) 5
坂の途中より3

ちなみに、同じ場所から坂上のほうをみると、こんな感じでした。
左手に学校があるためかどうかわかりませんが、すぐとなりに大きめな通りというか道路があり、どちらかといえば抜け道てきな道路のはずなのに、坂道の両サイドにりっぱな木があったのが、なにげに気になりました。
(そう考えると、坂上のほうも立派な道でしたが・・・。)


切通坂 (NO.112) 6
坂下より

そんな感じで、けっこう長い坂道を下りてきて、坂上のほうをみてみると、ちょうど坂道の延長上に東京タワーも見えていました。
ちなみに、ここには、いつものような坂の碑はありませんでした。
ただ、この道は、もともと増上寺裏門の涅槃(ねはん)門の通路だったそうで、かつて坂のわきに「時の鐘」なるものがあり、正則学院・芝高中・オランダ大使館・芝給水所のあるところは、広い原っばだったらしく今でいう浅草にあるようなお店が集まり、浅草のような賑わいが明治維新まで続いた場所でもあったらしいですよ。(驚)
(※「中央区郷土史同好会」というサイトや江戸東京坂道事典を参考にさせていただきました)




地図
港区芝公園3あたり

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所在地:港区芝公園3


いちょう坂とよぶそうです。
場所は、東京タワーのすぐそばで、坂上は、前にとりあげた”東京タワーの坂 (NO.54)”の坂下あたりにあり、東京プリンスホテルの北側から西へと上がる坂道です。


銀杏坂 (NO.111)1
坂下あたり

坂下あたりの様子ですが、近くに歩道橋がありそこからなら、ちょうど坂道とあわせて東京タワーも見えていました。


銀杏坂 (NO.111)2
東京プリンスホテル

また、ホテルも見えていたので、パチリと。。
あとホテルのむこうにちらりと増上寺が、見えていますね。


銀杏坂 (NO.111)3
坂下より

ということで、地上というか道沿い(?)にもどり、歩いてみましたが、写真でもわかるとおり、かなりゆるやかな勾配でしたが、緑に覆われているなか、いい具合にカーブを描きつつ東京タワー方面へとむかっていく坂道でした。


銀杏坂 (NO.111)4
坂の途中より

すこし坂道をのぼり、坂下のほうをながめてみたものです。
いつもお世話になっている江戸東京坂道事典によると「終戦後は徳川将軍や夫人の霊屋が取り払われて、跡地は西武土地会社に売却されて東京プリンスホテルが建った。その間、道路も自動車交通のために拡張改修されているので、銀杏坂はむかしどおりの坂でなくなった。」とあるとおり、かなり道幅のひろい道となっており、坂道自体もかなり変更されているみたいで、終戦前にもこのあたりの谷地はうめたてられるなどしたみたいなので、かなり昔とはかわっているのかもしれませんね。


銀杏坂 (NO.111)5

そんでもって、このあたりから、空をみあげると、ちょうど東京タワーもいいアングルで見えていました。


銀杏坂 (NO.111)6
坂上あたり

そして、さらに坂上あたりをみているものですが、もうこのあたりまでくると、ほとんど平らな道となっており、右側が公園になっているためか、緑におおわれたちょっとした散歩コースという感じになっていました。
ちなみに、ここには、いつものような坂の碑はありませんでした。




地図
港区芝公園3

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所在地:港区赤坂9


ミッドタウンのまわりをぶらぶらしていると、なにげに見つけてしまい取り上げてみました。
いちおう名前を調べてみたのですが、特に名前もないようなので、今回のタイトルとなっています。
場所としては、ミッドタウンに隣接してある赤坂中学校からミッドタウンガーデン、檜町公園に隣接しながら、東へと下る坂道です。


ミッドタウンわきの名もなき坂1
坂上あたり

ぱっと聞いてもわかりにくかもしれませんが、ミッドタウンガーデン内にある21_21 DESIGN SIGHTの建物の裏手にこんな道があったりします。。
道の右側に、ミッドタウンガーデン側からでもけっこう目立って見えている赤坂中学校内の立派な木も見えています。


ミッドタウンわきの名もなき坂2
坂上より

そして、一枚目の写真に対して、そのまま反対側にふりかえり同じ道を東方面にすこし歩くと、こんな景色がひらけていました。
かなりの急坂で、道自体も、学校が近くにあるためかもしれませんが、グリーンの舗装になっており、なんといっても正面の一本の立派な木がすごく印象的でした。
なので、写真では見えていませんが、右側あたりがミッドタウンガーデンということになります。


ミッドタウンわきの名もなき坂3
坂の途中より

また、坂の途中には、ちょうど手前に檜町公園、遠めに東京タワーが見えるポイントがありました。
なんだか、歩くたびにいろんな景色が楽しめる感じでした。


ミッドタウンわきの名もなき坂4
坂下より

それにしても、立派な木となかなかの急坂というか高低差がすごいです。


ミッドタウンわきの名もなき坂5
坂の全景

最後にですが、今回は、めずらしい位置から坂の様子がうかがえたので、おもわずぱちりと。
もちろん、グリーンの道が今回の坂道で、これは檜町公園側からみた風景です。
まあ、手前の緑でちょっとみにくいですが・・・。

ということで、今回は、特別な資料もないので、こんな感じです。




地図
港区赤坂9

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所在地:港区六本木5



おたふく坂と呼ぶそうです。
場所は、ちょうど前回にとりあげた潮見坂 (NO.97) の坂下あたりが坂下になり、そこから北側へと上がる坂道です。


於多福坂 (NO.98) 1
坂下より

はじめにこの坂下にきたときは、名前も於多福坂ということもあり、なんだかおもしろそうな坂を予感させる雰囲気がありました。
ちなみに、写真をとっている位置の左側が、潮見坂 (NO.97) の坂下あたりです。


於多福坂 (NO.98) 2
坂の途中より

すこしあがって坂下あたりを見てみました。
ここからみると、坂下あたりでは、抜け道てきな雰囲気だなあと思っていたのが、ここからみると、高低差もあってか急に視界も開けて、雰囲気も坂下とはなんだか違う感じでした。


於多福坂 (NO.98) 3
坂の途中より2

そして、さらに坂道をあがっていくと、こんどは、いったん平坦になり、また坂道となっていました。
また両サイドの立派な塀というか壁がかなり印象的で、坂上にくるほどにまわりの雰囲気もハイソな感じになってきているようでした。


於多福坂 (NO.98) 4

また、3枚目の写真で、一番手前に見えている左右に通っている道で、これはその右側のほうを見たものですが、歩いていたらなにげに六本木ヒルズが道のちょうど正面に見えていました。


於多福坂 (NO.98) 5

そして、それだけじゃなんですので、こんどは、4枚目の方向と反対側(3枚目の写真の左側)をみると、こんどは東京タワーが見えていましたよ。。
(実は、ここも写真でみてもわかるかもしれませんが、微妙に坂道になっているので、個人的には、なんか名前をつけたいくらいですが・・。(笑))


於多福坂 (NO.98) 6
坂上より

坂上まできてみましたが、よくよくみてみると、勾配ぐあいは急坂という感じではなかったのですが、坂下からの高低差がけっこうありそうな坂道でした。
しかし、このあたりの坂道は(ここもそうですが)、道沿いにりっぱな木というか緑が植えられているところが多いですね。

ちなみに、ここには、写真にも見えているとおり、いつものような坂の碑があり
『坂の傾斜が、途中でいったんゆるやかになって、また下ったので、顔のまん中の低いお多福面のようだと名づけられた。』
とありました。




地図
港区六本木5

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所在地:港区麻布台1


がぜんぼうだに坂とよぶそうです。
実は、この坂は、いくつかの坂道本があるなか正確な場所もあまり書かれておらず、数人のかたからお知らせいただいて、やっと気がついた坂道です。

場所は、三年坂 (NO.59) の坂下をつらつらと北へ歩くと、我善坊谷坂の坂下あたりになり、そこから西へ上る坂道です。
また、”東京23区の坂道”さんのサイトによると、別名で「稲荷坂」ともよぶそうです。


我善坊谷坂 (NO.95) 1
坂下より

坂道の赴きある感じに対して、正面の高層マンションがかなり印象的な感じでした。
坂道自体は、幅もせまく、舗装の様子から見てもわかりやすいですが、けっこうな急坂で、坂上も確認できないくらいの急カーブを描いていました。


我善坊谷坂 (NO.95) 2
坂の途中より

急カーブをまがり、坂上を眺めてみたものですが、両サイドの立派な木と高い壁がかなりいい感じで、それ以外にもなんだか懐かしい雰囲気というか要素がたくさんあるように思えました。


我善坊谷坂 (NO.95) 3
坂の途中より2

そして、今度は坂下のほうを見てみると、一枚目の写真では見えなかったのですが、ちょうど正面のアイストップの位置に花屋さんが見えていたり、遠めにはあの霊友会の建物がみえていたり、さらにそのむこうには東京タワーも見えていたりとなかなかのもので、車などが通らなければ、なにげにぼ〜としていたいくらいなにか惹かれるものがあったかもです。


我善坊谷坂 (NO.95) 4
坂上より

そして、さらに坂上までくるとこんな感じでした。
ここからだと、霊友会の建物と東京タワーもはっきりと見えていますね。

ちなみに、この写真の左側から後ろにかけて、ラフォーレミュージアム六本木など高層マンション群があり、見てすぐわかる感じの再開発地域で、坂上と坂下のあまりの雰囲気の違いにすこし驚いてしまいました。

あと、ここにはやっぱりというか、いつものような坂の碑はありませんでした。



地図
港区麻布台1

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所在地:港区西麻布4あたり


こうがい坂と呼ぶそうです。
場所は、牛坂 (NO.85) とほぼ並行にあり、外苑西通りをさらに北へ行き、外苑西通りと六本木通りが交わる西麻布交差点あたりがこの坂道の坂下になり、六本木通りを西(渋谷方面)へ上がる坂道です。


笄坂 (NO.86)  1
坂下より

見ての通り首都高速が道路の上を走っており、なんともダイナミックな風景でした。
また、この地下には東京メトロの日比谷線が走っている場所でもあります。
ここってけっこう、六本木通りを通って六本木あたりから渋谷へ向かう時にけっこうなアップダウンがある場所なので、あーここね〜と思われるかたも多いかもしれませんが。
それにしても、坂上と坂下の高低差がかなりありましたよ。


笄坂 (NO.86)  2
坂上より

今回は、イッキに坂上まできてしまいました。
ここからだと、この道が坂道だということがわかりにくいのですが・・・。(汗)
そんな感じで、景色は高速道路とだだっ広い道路という感じで昔のおもかげはみじんもないのですが、そんな中、東京タワーと六本木ヒルズがうまく見えるポイントがあったので、とりあえずここで一枚撮ってみました。

最後に、ここにはいつものような坂の碑はなかったのですが、江戸東京坂道事典に
『この坂はつまり霞坂の延長で、霞町の西隣が笄町なので、その部分を笄坂とよんだのである。』
とあり
『笄町の町名はこの坂下に笄川が流れ、南のほう富士見坂下に笄橋が架かっていたことに起源している。』
とのことです。

そういえば、笄橋は、牛坂 (NO.85) の坂の碑にも書いてありましたね。



地図
港区西麻布4あたり

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所在地:港区元麻布3あたり


うちだ坂と呼ぶそうです。
場所は、わかりやすくいえば六本木ヒルズのすぐ南にあり、ヒルズ内のけやき坂通り、その南隣のさくら坂、そして内田坂の順に坂道が並行にはしっており、いうなれば一番南側の坂道ということもできるかもしれません。


内田坂 (NO.76)01
坂上あたりより

この坂道は西から東方面へと下っている坂道なのですが、もしかしたらもうすこし西側までが、ここの坂道の坂上かもしれませんが、今回はこのあたりにしてみました。
道自体は古くせまめの道路でしたが、写真左側の建物が新しいためか、なんだか新しい道のように感じてしまいました。
あと、建物のあいだからひょっこりと東京タワーが見えていたのもなかなかよい感じかもです。


内田坂 (NO.76)02
六本木ルーテル教会

1枚目の写真のすぐ左側には、建物自体はやたらと新しい”六本木ルーテル教会”なる教会がありました。


内田坂 (NO.76)03

また、同じ場所から、ちらりと上を見るとこんな景色が・・・。
これで、ここがほんとに六本木ヒルズの隣ということがわかってもらえましたかな。(笑)


内田坂 (NO.76)04
坂の途中

そして、写真のようなちょうどいい感じの勾配の坂道がすこし続いていました。
ちなみに、この坂道には、いつものような坂の碑はありませんでした。


内田坂 (NO.76)05
坂下あたり

坂道がいい感じでカーブしていて、歩く先がなかなかみえてこなかったのは歩いていておもしろかったです。
また、写真右側には高校があり(あとで調べてみると六本木高校ということらしく、また左側には小学校もあるみたいでした。)、手前の落ち着いた雰囲気の学校と一番奥に見えるヒルズの建物群が一緒にみえていて、これまたこういう景色をみているとなんだか変な感じというか違和感というかなんというかはわかりませんが、ヒルズとお寺の関係を一緒にみているような・・・そんな気持ちになってしまいましたよ。



地図
港区元麻布3あたり

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所在地:港区元麻布1あたり


だいこく坂とよぶそうです。
場所は、前回に取上げた暗闇坂 (NO.69) とは、坂上でつながっており暗闇坂が北側へ下る坂に対して、北西へとくだる坂道です。


大黒坂01
坂上より

坂上からですが、この坂道は閑静な住宅街の中にある坂道のようでしたが、まわりにはお寺が多かったです。

そして、写真でも見えていますが、ここにも例のごとく坂の碑があり、
『大国坂とも書く。坂の中腹北側に、大黒天(港区七福神のひとつ)をまつる大法寺があったために呼んだ坂名である。』
とありました。


大黒坂02
坂の途中より

坂上を見上げたものです。勾配がいい感じですね。
そして、坂上を右に曲がると暗闇坂 (NO.69) ということになります。
この写真のアングルからだけでみると、すこしふつうな感じなのですが、実際に歩いてみると写真の雰囲気とは違う感じで、もうすこし元気を感じる道でしたよ。


大黒坂03
大法寺

2枚目の写真の右手にちらりと見えていましたが、大法寺というお寺があり、ここは坂の碑にも書いてあったように 港区七福神めぐりのひとつのお寺として有名らしいです。


大黒坂04
坂下より

坂下に来ると、もう坂全体を見渡すことはできませんが、坂道の両サイドにお寺があったせいか、麻布十番の商店街に近い場所であるにもかかわらず、なんだか落ち着いた雰囲気がありました。


大黒坂05
坂上から見てみる

最後に、すこしもどって坂上からの写真なのですが、ちょっとづれた位置から撮ってみると、ひょっこりとマンションの隙間から東京タワーが見えていました。地図で確認してみると、ちょうど、この坂道の軸線の方向に東京タワーがあるみたいで、そのため見えたようですね。

そんな感じで、地元に住んでいる方にとってはあたりまえの東京タワーなのかもしれませんが、僕からみると坂道を下りながら東京タワーがわずかだけども、見えるというのは、なんだか珍しく感じパチリと撮ってみましたよ。



地図
港区元麻布1あたり

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所在地:港区麻布台1


おちあい坂とよぶそうです。
前回の行合坂の途中から東のほうへ行く道で、麻布小学校の北側あたりにある坂です。


落合坂01
坂上より

坂上あたりの様子です。
前回の3枚目の写真の右側にもすこし写っていて、ちょうどくだり道の落ち合うあたりが、この場所ですね。
そして、坂上から遠めに見てみると、あの霊友会の建物も見えていますね。(汗)


落合坂02
坂上あたり

坂の途中よりこうして坂上あたりをみると、首都高のある道とはかなり高低差があるようです。
また道路沿いの高層マンション群もかなり気になるところです。
あと、一枚目の写真にも見えていましたが、ここにも坂の碑があり、
『我善坊谷へ下る坂で、赤坂方面から往来する人が、行きあう位置にあるので、落合坂と読んだ。位置に別の説もある。』
とありました。


落合坂03
坂下より

坂の途中あたりからは、場所柄なのか、高級そうなマンションがあると思えば、けっこう古そうなアパートもあり、どちらかといえば、ふつうな住宅街といった感じでした。
そしてここは、ご覧のとおり、かなりまっすぐな坂道でしたよ。


落合坂04
坂下あたりより

やっぱりここからも東京タワーが見えていました。しかも霊友会の建物のうしろにですね。
それにしても、この写真の場合だけかもしれませんが、やけに電柱や電線が気になります・・・ね。(笑)
あと、前にとりあげた三年坂 (NO.59) もこの道沿いに霊友会の建物のほうへむかって歩いていけばいけるみたいですよ。



地図
港区麻布台1

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所在地:港区麻布台3


うえき坂とよぶそうです。
場所はちょうど狸穴坂のとなりにあり、坂上は外苑東通りに面している坂です。

この植木坂は、いろいろなとらえられかたをされている坂のようですね。
今回は、”江戸東京坂道辞典”に書かれているのを参考にしてみました。


植木坂01
坂上より

坂上の外苑東通りから撮ったものです。
道幅はせまめで、車一台がやっと通れる幅でした。
でも勾配具合はいい感じですね。


植木坂02
坂の途中より

こうしてみるとなかなかいい感じの坂でした。
右側の建物のタイルの色が坂の雰囲気を決めているようで印象的でした。
あと、一言つけくわえておかなければいけないのですが、いろいろ調べてみるとですね、一枚目の写真でわずかに見える坂下あたりを右に曲がりブリジストン美術館分室の建物があるあたりまでが、植木坂ということみたいです。

また坂下には坂の碑があるらしく(東京23区の坂道さんのサイトによると)
『この付近に植木屋があり菊人形を始めたという。外苑東通りからおりる所という説もある。』
と書いてあるそうです。

ただ僕が行ったときは、手前に見えている舗装されている部分が植木坂とてっきり思っていました。
なので、坂下あたりの写真はありませんよ。(汗)

でもせっかくなので”江戸東京坂道辞典”にかってこの坂のわきに住んでいたという島崎藤村が、当時の様子を語っており、その随筆「飯倉附近」(大東京繁盛記・山手篇)の中で、
『鼠坂は、私たちの家の前あたりから東に森元町(現・東麻布二丁目)の方へ谷を降りて行かうとするところにある坂だ。植木坂と鼠坂とは狸穴坂に並行した一つの連続と見ていい。ただ狸穴坂の方はなだらかに長く延びて行ってゐる傾斜の地勢にあるにひきかへ、こちらは二段になった坂であるだけ、勾配も急で、雨でも降ると道の砂利を流す。・・・略・・・。』
と語っていたそうです。


植木坂03
東京タワー

最後に2枚目の写真を撮ったあたりで、右手をみるとこんな感じでした。
道路沿いの高層マンションが左側にみえつつも、右側にいくほど背の高いマンションもなくなり、さらに坂道をくだっていることにもなるので、そのおかげでなんとかここからでも東京タワーが見えていました。



地図
港区麻布台3


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所在地:港区麻布台1あたり


えのきざかと呼ぶそうです。
まえにも、同名の榎坂がありましたが、ここも同じ名前のようですね。
前回の土器坂ともうひとつの榎坂とは、坂下でつながっています。


榎坂 (NO.57) 01
坂下より

なかなかいい感じでカーブしている坂でした。
ちょうどこの左手には、土器坂でも取り上げたノアビルがあったりします。
また、正面に、豪華な塀のむこうにモコモコと生い茂った木がたくさん見えていますが、ロシア大使館のようでした。
そのためか、警察の方もけっこうまわりにいましたよ。


榎坂 (NO.57) 02
坂の途中より

坂の途中より坂下を眺めたものです。
正面にS字を描くように榎坂とつながっており、またそのちょうど真ん中あたりに交差点がみえていますが、それが桜田通りです。
なので右手には土器坂があることになりますね。


ちなみにここには、坂の碑はありませんでしたが、例のごとく”江戸東京坂道辞典”に
『「続江戸砂子」は「榎坂 かはらけ町四辻より六本木へ上る坂なり、大木の榎ありしゆへとぞ、古江戸図に榎町とあり」とし、・・・(略)・・・』
とありました。(略の部分はあまりに長いし、かなり古い文体だったため省略してみました。)

また、このあたりは、島崎藤村の「大東京繁盛記・山手篇」という本でもでてくるそうですよ。


榎坂 (NO.57) 03
坂上あたり

左手には、ロシア大使館が見えています。
そして、いい忘れていましたがもうこのあたりの道は外苑東通となっているようです。
道路の両サイドに生い茂った木が印象的でした。


榎坂 (NO.57) 04
坂上より

坂上から坂下を眺めたものですが、この位置からならばっちり東京タワーが正面に見えていますね。
またノアビルもけっこう印象的にみえていますね。




地図
港区麻布台1あたり

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所在地:港区麻布台2あたり



かわらけ坂と呼ぶそうです。
また別名で、“かわら毛坂”(このかわらは漢字で変換できなかったためひらがな表示になっています。)や“河原毛坂”ともいうそうです。

前回の榎坂とは坂上でつながっている坂です。


土器坂01
坂下より

かなり幅ひろいですがこれが土器坂ですね。
しかもこの道は桜田通りそのもので、正面右手の白いビルの向こう側が前回の榎坂です。

なんか正面にへんな建物も見えていますね・・・。


土器坂02
熊野神社

坂の途中には、ビルの合間に、写真のような熊野神社という神社がありました。

大通りで背の高いビルが建ち並ぶなかほっとするようなたたずまいの神社があったものでなんとも気がひかれてしまいましたよ。


土器坂03
タワー

また坂の途中にふとビルの合間から東京タワーも見えていました。(喜)
やっぱり近いですね。


坂の碑のようなものはなかったようでしたが、“江戸東京坂道辞典”には、
『「江戸砂子」はこの坂を「むかし渡辺綱三田にありし時、此所を過るに馬五郎の引ける馬を見て求めたり。此馬かわら毛にて類なき名馬なり。それよりかわら毛坂といへり、いつの程にか、器(かわらけ)坂と云ふ。町もかはらけ町といふなる」としている。坂下の赤羽橋の赤羽は「赤埴」の転化で(赤土)で焼物をつくる人々が住んでいたのが土器の起源だという説が有力で、・・・・(略)・・・。』
とありました。


土器坂04
坂上より

坂上からのものです。
とにかく広い坂道で、遠くまでビルに囲まれた感じのする道でした。

また写真からもわかるかもしれませんが、周辺のビルひとつひとつの建物の壁の色がみごとなほどに違っているのがなんだか歩いていてすごく気になりましたよ。(汗)


土器坂05
ノアビル

また坂上からの写真のちょうど右手に、なかなか変わったビルがありましたよ。
ノアビルといって、建築家の白井晟一氏と竹中工務店の共同設計によるものらしいです。
しかも低層部の茶色い部分はショールームなんだそうですよ。

現地では気づきませんでしたよ・・・。(汗)




地図
港区麻布台2あたり

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所在地:港区芝公園3あたり



えのきざかと呼ぶそうです。(※下記の追伸参照。)
坂上をつらつらと歩くと東京タワーわきの道へとつながる坂で、前回の“東京タワーの坂”とは同じ道ともいえますね。


榎坂01
坂下より

坂下あたりは、かなり広々としていて、桜田通りと面していることもあり交差点と化していました。
また右手には東京タワーも見えているのがこの場所の特徴のひとつかもしれませんね。


榎坂02
坂の途中より

坂の途中には、写真のように、聖アンデレ教会や聖オルバン教会というのが立て続けにあり、坂の雰囲気を盛り立てているようでしたよ。

手前の建物が聖アンデレ教会で、その奥の茶色の建物が聖オルバン教会ということですね。


榎坂03
聖アンデレ教会

あとこの教会は、建築家の香山壽夫氏による設計なんだそうです。

ちなみにこのかた大学時代、僕の母校で先生をやっておられた方だったもので、直接の指導教員ではないのですが講義はまじめに受けた方なので、かなりなじみの深いかたでもあるんですよ。

HP:聖アンデレ教会  



榎坂04
聖オルバン教会

またこの建物も、なかなかおもしろい建物でアメリカ人建築家であるアントニン・レイモンド氏の設計による教会のようですね。

HP:聖オルバン教会  


また、この坂道のことについて“江戸東京坂道事典”によると、
『「紫の一本」に、「榎坂 増上寺裏門通り、切り通しより金地院の前を通り、牧野飛騨守殿屋敷前より下の坂を云ふ。此坂を下れば四辻あり」と書かれている。 ・・・(略)・・・   坂下の交差点、つまり飯倉の四つ辻を渡れば、さらに同名の榎坂があるが、こちら側の榎坂の名はいまでは忘れさられているようだ。』
とありました。


榎坂05
坂上より

坂上からみると、まあ坂下ほどのインパクトはありませんが、適度な道幅と微妙にカーブしている感じやほどよい勾配ぐあいにくわえて遠景にみえているビルの様子などが、うまくあいまって良い雰囲気をかもしだしいるように思いました。



地図
港区芝公園3あたり


追伸(2013/0324):はじめにまわった時は坂の碑はなかったので書籍からの引用でしたが、現在は坂の碑があり、ここは「永井坂」というのが正しい坂名らしいです。)

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所在地:港区芝公園3




今回から新シリーズです。
場所は、東京タワーのそばにある坂です。


東京タワーの坂01
坂上より

実はここは歴史的ものとはあまり関係がない場所で、坂道の名前もない道なんですが、見ての通りあきらかに坂のようだし、せっかくなので取り上げてみました。

ほんとに東京タワーの真下にある場所ですよね。
赤のタワーの土台部分がものすごく大きく感じる場所です。


東京タワーの坂02
坂の途中より

見てのとおりけっこうな急勾配な坂でした。
しかも適度にカーブしていて良い感じ。

ちなみにこの写真の左側のほうに、だいぶ前にとりあげた富士見坂があったりします。


東京タワーの坂03
東京タワー

そしてこのあたりから、上を見上げてみました。
おお〜という感じでした。(笑)


東京タワーの坂04

また写真のように道沿いには、東京タワーを見上げてみれるレストランもありましたよ。

GARB pintinoというそうです。
(そういえばカーサブルータスでも紹介されたいましたよ。しかもHP見るとTVドラマでのワンシーンでおそらくみたことのあるような(ないような)店内の様子が写っていましたが・・・。どうでしょ?)
夜にくるとよさそうなレストランのようですね。


東京タワーの坂05
坂下より

かなりインパクトのある風景となっていました。
ただ坂道よりタワーのほうに目がいってしまいがちですが、それはそれでここの魅力を倍増していそうでしたよ。




地図
港区芝公園3



追記(20170510):
この坂というか道路には、調査時にはなかったはずですが、「東京タワー通り」という名称がついていますよ。

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所在地:港区六本木6


とりあえず富士見坂は僕が調べたところでは、一段落という感じです。

なので、これからは、都内(いまのところ23区です)の有名な坂道からなにげない坂道まで、いろいろのせていこうかなと思ってますよ。


ということで、今回は、六本木の“けやき坂”、通称「六本木けやき坂通り」の写真でも。


1けやき坂_坂上

まずは坂上あたりより。
ちょうどいい感じで正面に東京タワーが見えます。

この坂というか通りは、まあヒルズの一部として計画されたためか、青山の表参道のブランド通りと同じくらい大手のブランドのお店がならんでいますかな。


2けやき坂_坂の途中1

坂下あたりにはツタヤがあったり、テレビ朝日があったりします。
ちなみにテレビ朝日の建物は、代官山のヒルサイドテラスの設計でも知られている建築家の槇文彦氏の設計だったりします。
坂上からだと左手に見える建物です。


3けやき坂_坂の途中2

そのほかにも通りの歩道には、さまざまなアーティストや建築家の方々が手がけたパブリックアートがあったりします。(今回は撮るの忘れてました。(汗))

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富士見坂2


富士見坂 / 港区芝公園4丁目3


富士見坂2_1
坂上より

芝公園の東京タワーの東向かいにある観音堂のところは、もとは富士見台と呼ばれて一九号地(現・東京タワーの下辺)のほうから上がっていく台地で、そこへ上がる細い坂道を富士見坂と呼ばれていました。

現在は八段ほどの短い石段が、観音前にあるにすぎません。

「新撰東京名所図会」の芝公園之部には「富士見坂 十九号地切通しの上なる山をいふ。山上に観世音の座像あり」と記されています。


富士見坂2_2
坂の途中より



富士見坂2_3
坂下あたり

周辺は公園であったり、オフィスビルなどであり、オフィス街に近いといえる場所です。昭和33年(1958)末に完成した333mの東京タワーは都内でも有数の高さをほこる展望台を売り物としていますが、いまはそこからでも富士山が見えることはまれです。
もちろん坂上から富士山などは周辺の高層ビルにより全く見えません。


地図 
港区芝公園4

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