東京坂道さんぽ

〚Category: 幽霊坂
ハロウィンということで、幽霊坂セレクト?
乃木坂 (NO.132)その2
幽霊坂(NO.208)
紅梅坂(NO.207)
乃木坂 (NO.132)
ゆ嶺坂 (NO.44) /新宿区若宮町

なんとなく日本では幽霊ときくとあまりにもあっち系の想像をするかたも多いとは思いますが、今回は、せっかくのハロウィンということなので、お化けつながりで過去の記事で書いた幽霊坂についてセレクトしてみようという思いつきエントリーです。(笑)
まあ、ハロウィンで日本の幽霊のコスプレする人もいないとは思いますが。(と思ってネットで調べたら、普通にありましたよ。。)


まず過去に取り上げた幽霊坂といえば、御茶ノ水にある「幽霊坂(NO.208)」でしたかね。
まさに名前がドンピシャ。
少し前に行った時は、周りの再開発工事もおわり、すっかり雰囲気の違う坂道となっていましたけど。


次は「ゆ嶺坂 (NO.44) 」ですね。
神楽坂からすぐの場所にある坂道ですよ。
ゆれい→幽霊と想像しがちですが、ブログにも書いてあるとおり、ここの坂名は梅の名所の名からきているのですよ。
ただ、この坂道には別名があり、それが幽霊坂というわけなのです。


ハロウィンということで、幽霊坂セレクト?1
写真1

ちなみに、こちらは今年の8月頃に撮った「ゆ嶺坂 (NO.44)」の様子ですね。(写真1)
見た感じ、2006年とあまり変わってないようですね。(ひと安心。)


あとは、「紅梅坂(NO.207)」。
御茶ノ水にある坂ですが、一説によると、はじめに取り上げた幽霊坂(NO.208)とは昔、ひとつの坂道だったという話もあるため、ここも別名で幽霊坂と呼ばれているのですよ。

そして、最後は、「乃木坂 (NO.132)」です。(乃木坂 (NO.132)その2
メトロの乃木坂駅そばの坂道ですね。
ここは、今でこそ乃木坂と呼ばれていますが、かつて乃木大将が殉死した大正元年9月以降、なぜか幽霊坂という名前だったのが乃木坂と改名されたそうですよ。
しかもあの坂の途中にあるトンネルでもいわゆる都市伝説てきな話がちらほらきかれるので、じつはこの坂道が一番、"らしい"坂道といえるかも。

ということで、都内には幽霊坂とついた坂道はまだありますし、すでに歩いているところも多くあるのですが、記事にしているのはこれのみです。
幽霊と坂道の関係などについては、今回、まったくとりあげませんでしたが、それについては幽霊坂などをまわった都度、気にして調べて書いてみようと思っています。

ちなみに、この幽霊坂については、夏に民俗学的な視点で幽霊坂などをとらえて、おばけや幽霊、妖怪に関係する坂道をまわり、写真も撮っておいたのですが、夏が終わってしまい(汗)、それでも取材した分をブログで取り上げるかどうか、もんもんとしていたのですよ。
なので、とりあえず今年のハロウィンがちょうどいいガス抜きになったかも。(笑)

あと、すでにまわった分をカテゴリー分けしておきましたので、今後はこのブログの幽霊坂カテゴリーをみてもらえれば、幽霊坂などの話は都度まとめて見れると思いますので、よろしくです。

そんなわけで、Trick or Treat 。

そういえば、だいぶ前に歩いた乃木坂 (NO.132)ですが、実はまだ坂上のほうの写真を撮っていなかったことを急に思い出して、このまえちょうど六本木界隈をぶらつくついでに行ってきました。


乃木坂 (NO.132)その2_1
写真1

以前のエントリーみてもらうとわかりやすいかもですが、前はここから坂下(奥へ)へとくだる場所を乃木坂と思っていたので、そこまでしか調査してなかったのですが・・・。


乃木坂 (NO.132)その2_2
写真2

今回はそこから外苑東通りへと合流するまでの乃木坂の風景をぱちぱちと記録してみたわけです。
そして、写真2が坂の中腹からの様子ですよ。
ちょうど右側の橋の上を外苑東通りが走っていて、この高さの分がイコール高低差ということになりそうですかね。
見た目的にも坂の途中で左にギュッとカーブしていて、アイストップの位置に外苑東通りにも隣接している樹木が見えていて、その奥にはヒルズもという感じのなかなかの雰囲気の場所だったかもです。


乃木坂 (NO.132)その2_3
写真3

次は、坂をのぼりさっき遠くに見えていた樹木がすぐ間近に見えるあたりまでやってきて坂上のほうを眺めてみました。
いい感じでカーブしながら上っていますね。
またよくよくじっとこの景色をみると、実は左のビルのファサードもこの坂のカーブにあわせるようにギュニューと曲がっていましたよ。
なんていうかなかなかのお心遣い。(笑)


乃木坂 (NO.132)その2_4
写真4

見上げてみるとこんな感じ。
そして、ここのビル名は「SME NogizakaBuilding」というそうです。(写真3でもちらりと見えているんですけどね。)
ということで、実はここ、最近は乃木坂で検索すると必ずぶちあたる(笑)、乃木坂46というアイドルグループの名前の由来にもなったビルだそうですよ。(ただ建物の箱自体は特に関係はなさそうですけどね。)


乃木坂 (NO.132)その2_5
写真5

さらに坂を上り、坂下のほうをみるとこんな感じでした。
こうして見ると道が赤というかオレンジというか。。
そっちのほうが気になったりしました。


132)その2_6
写真6

そして最後は坂上のほうからぱちりと一枚。
もうここまでくると左側を走る外苑東通りともほぼ同じ高さレベルというのもわかりやすんいじゃないですかね。
車でここ通るとおもしろそうなカーブ具合かもですね。

ということで、乃木坂 (NO.132)の続編はさらりとこんな感じです。


地図
港区赤坂8あたり

所在地:千代田区神田駿河台4あたり


ゆうれい坂よぶそうで、別名で光感寺坂や埃坂ともいうそうです。
場所は前回同様御茶ノ水駅から徒歩数分の場所にあり、坂上のほうが本郷通りに面していて、かつては紅梅坂(NO.207)とひと続きになっていた坂のようですが、現在は本郷通りによって坂道は分断されて名称も違うふたつの坂道があるということになっているようです。


幽霊坂(NO.208)1
写真1

まずは坂上からの眺めです。
地図でみると紅梅坂(NO.207)と直線上につながっている小道もあるのですが、今回の幽霊坂はかくっと90度左に曲がってもういちど90度右にまがるとこの坂上あたりの場所にやってきます。
みたところ結構な高低差ぐあいですが、いちおうちらりとですけど、坂下の様子もうかがえます。
しかも坂上と坂下のほうでビル建設の工事をやっていたので、けっこう殺風景な景色がひろがっていました。


幽霊坂(NO.208)2
写真2

すこし坂を下って坂上のほうを見てみました。
右側はみごとに工事の仮囲いに囲まれていてある意味不思議な景色がひろがっていたかもです。

そして、坂上にちらりと見えてますけど、ここにもいつもの坂の碑があり『この坂を幽霊坂といいます。もとは紅梅坂と続いていましたが、大正一三年(一九二四)の区画整理の際、本郷通りができたため二つに分かれた形となりました。「東京名所図会」には、”紅梅坂は””往時樹木陰鬱にして、昼尚凄寂たりしを以って俗に幽霊坂と唱えたりを、今は改めて紅梅坂と称す。”とかかれています。また古くは光感寺坂とも埃坂などとも呼ばれていたこともあるようですが、一般には幽霊坂の名でとおっています。』
とありました。
別名で光感寺坂ともいうとありますが、これはその名のとおりかつてここに光感寺というお寺があったからだと思いますけど、古地図でみた限りではそのようなお寺はありませんでした。


幽霊坂(NO.208)3
写真3

さらに坂を下り、坂下のほうを眺めたものです。
両サイドで工事していたので、まだビルが道路にせまってなくて幽霊坂と呼ぶ坂にしては明るい感じかもですね。
どちらかといえば光感寺坂というほうがしっくりくる感じでした。
あとは接触を防ぐためだろうとは思いますけど、上空の電線に黄色いカバーが巻きつけられている光景はなんとも不思議な感じでしたよ。


幽霊坂(NO.208)4
写真4

そいでやっと坂下あたりまでやってきました。
両サイドにビルがせまってきてなくていちおうは開けた感じはあるんですけど、この不思議などんより感はなんですかね。
あと遠くにでんと大きく見えている高層ビルは、紅梅坂(NO.207)に隣接している新御茶ノ水ビルです。


幽霊坂(NO.208)5
写真5

最後は、写真4でもちらりと左側の工事中の仮囲いにも見えていますけど、写真4のあたりからさらに坂下のほうへ向かう側に、こんな感じで数個の浮世絵がプリントされていました。
すべてお見せしてもいいんですけど、とりあえずはこの一枚でも。

というわけで、幽霊坂の話はこんな具合なのですけど、実はこのあたりの古地図みていて、どうも最近の坂道の名とは違う坂道名が古地図にいくつか記されいて、あれれと思うこともあったんですけど、とりあえずそれについてはおいおい調べていくとして、今日はこんな感じです。

地図
千代田区神田駿河台4あたり

所在地:千代田区神田駿河台4あたり


いやはやなんとも気が付けばこのブログに限っていえば前回から二ヶ月もたってしまいましたが、やっとメインの坂道の話でも。
そしてやっと新しい場所に移動します。。


こうばい坂と呼ぶそうで、別名で幽霊坂や埃(ごみ)坂ともいうそうです。
場所は御茶ノ水駅から徒歩数分の場所にあるニコライ堂の北隣を東へ下っている坂道です。


紅梅坂(NO.207)1
写真1

写真1は坂上からの風景です。
もうこの位置からも坂下で接している本郷通りがちらりと見えていますけど、かなり緩やかな、はたまた高低差があまり感じられない坂道でした。
もちろん見てのとおり右側にはかのニコライ堂も見えています。
しかもここから見えるまわりのビル(ビルばかりなんですよ!)なんとなく意匠てきにがんばっているようにもみえますけど、やっぱりニコライ堂の存在感にはかないませんかね。

あとは左のレンガっぽい色したビルが知る人ぞしる井上眼科だそうです。
こちらは、神保町へ行こうというサイトに「またニコライ堂近くの井上眼科で出会った女性に、漱石が恋をしたというエピソードは有名。ちなみに井上眼科は、場所を何回か変えたものの、今でもニコライ堂の隣に健在。」とありました。
まあいちおう雑学程度に。


紅梅坂(NO.207)2
写真2

そいで、写真2はもうすこし坂を下り、さらに坂下のほうを眺めたものです。
正面を横切っている道路が本郷通りで、この道を写真でいうと左のほうにてくてくとちょっとばかし(1、2分)歩くと御茶ノ水駅という立地の場所ですよ。

また手前の標識にじゃまされてちらりとしか見えてないですけど、ここにもいつもの坂の碑があり、
『この坂を紅梅坂といいます。このあたりは紅梅町とよんでいたのでこの坂名がつきました。淡路町に下る幽霊坂とつながっていましたが、大正一三年(一九二四)の区画整理の際、本郷通りができたため二つに分かれた形になりました。「東京名所図会」には、”東紅梅町の中間より淡路町二丁目に下る坂あり。もと埃坂と唱えしに、維新以後、淡路町の幽霊坂と併せて紅梅坂と改称せり”とかかれています。』
とありました。
また今度とりあげるんですけど、この坂下には幽霊坂という坂があって、以前はひとつの坂だったようですね。
ただ古地図でみてみるとそれらしき道はないみたいなので江戸時代以降にできた坂道っぽいんですけどね。


紅梅坂(NO.207)3
写真3

そして、坂下までやってきて坂上のほうを見てみました。
ここからだと坂の碑もしっかりみえてますよね。
しかも右側の奥のビル、新御茶ノ水ビルっていうらしいんですけど、写真であらためてみてみるとでかいですね。。
こんな高層ビル駅前にあったっけ?という感じですよ。
そんなわけでこの坂道、勾配具合やらカーブ具合なんかからいったらあまりレベル高くない坂ですけど、やっぱり隣にニコライ堂があるというのが印象深い坂道なのかもしれないですね。
んでもって、よくよく写真みてみると右側のなんだかよくわからない場所にある樹々にくわえてそのほかにも樹々がみられて都心の駅前そばにもかかわらず緑は以外と多いかもです。


紅梅坂(NO.207)4
写真4

あとは以外と坂の碑の中でも赤塗されていてなんだか立派ないでたちのものだったのでめずらしく坂の碑のおひろめです。。(笑)
紅梅の紅から朱色ぽくしてるんですかね?
よくみると平成22年補修とありました。
なのでかなりきれいだったんですね。


紅梅坂(NO.207)5
写真5

そして最後はやっぱりニコライ堂。
もちろん坂の途中で撮ったものです。
ちなみに、江戸東京坂道事典によると、このニコライ堂が建てられた当初は、ドームの上から外国人が皇居を見下ろすのはけしからんと一部新聞が書き立てるような事件もあったそうですよ。


地図
千代田区神田駿河台4あたり

ブログネタ
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所在地:港区赤坂8あたり


のぎ坂と呼ぶそうで、別名で、なだれ坂、行合坂、膝折坂、幽霊坂など、いろいろとよびかたがあるそうです。
場所は、東京メトロ乃木坂駅のすぐそばというか真上あたりにあり、北東へ下る坂道です。


乃木坂 (NO.132) 1
坂上あたりより

坂上あたりの乃木坂駅のほうから坂下のほうを眺めたものです。
ゆったりとしたカーブになだらかな勾配が印象的で、道幅の具合や建物の高さのバランスもなかなか悪くない感じでした。
いちおう、この通りは赤坂通りというらしく、この道をまっすぐにいくと赤坂のほうへ行くことができます。
なので、遠くのほうには赤坂の高層ビル群も見えていたりします。


乃木坂 (NO.132) 2
坂上より

こんどは、ふり返り、さらに坂上のほうを見たものです。
もしかしたら、坂道はこの左にカーブしているので、外苑東通りに合流するあたりまでかもしれませんが、今回は、とりあえずこのあたりを坂上あたりということにしてみました。
あと、正面にみえているトンネルは、乃木坂トンネルというそうです。


乃木坂 (NO.132) 3
乃木坂トンネル

さらに奥にはいりパチリと。
そういえば、このトンネルはテレビなどのロケ地としてもよく使われていると聞いたような気がします。(あくまで、うる覚えなので確実ではありませんけど。)

それにしても、いつきてもここのトンネルのオレンジの照明やトンネルそのものの雰囲気が印象に残る場所だなあ、なんて思ったりしますがどうでしょ。

それと、写真の向こう側というかトンネルをぬけると青山霊園というのもなんだか気になりつつも、そのせいで幽霊坂なんて名前がついているのではないかと思ってしまったのですが、いつもお世話になっている東京23区の坂道のサイトによると、僕は見のがしてしまったのですが、坂の途中に東京赤坂ライオンズクラブ設置の看板があるらしく、そこに「乃木大将の殉死された大正元年九月以来幽霊坂が乃木坂と改名された。」とあり、もともとは幽霊坂の名のほうが古いみたいなので、ますますその考えを深めてしまったりしてしまいました。
ただ、その他にもいろいろな別名があるみたいなので、なんともいえませんが。。


乃木坂 (NO.132) 4
坂下より

そんな感じで、坂下あたりまできてみましたが、道がカーブしているからなのかどうかわかりませんが、坂上からの風景とはまた違った雰囲気のように感じてしまいました。

ということで、坂道名が駅名になっているくらいだから、ここも神楽坂くらいのポテンシャルがある場所なのかもしれないなあと思いきてみたのですが、たしかに、なんとなくそういう風な雰囲気もなくはないような気がするのですが、いかんせん坂道の名前の由来にひっかかるものがあるのか、はたまた、たまたまなのかわかりませんが、思っていたよりは周辺も落ち着いた感じの坂道だったかもです。


乃木坂 (NO.132) 5
乃木神社

あ、そうそう4枚目の写真の右側にもすこし見えていましたが、この坂道の名前の由来にもなったであろう乃木神社がありました。
ちなみに、僕が行った時は、境内で骨董市もやっていましたよ。


地図
港区赤坂8あたり

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所在地:新宿区若宮町



ゆれい坂と呼びます。

(「ゆ」という漢字がブログでは、文字ばけしてしまうためひらがなにしています。)

前回の新坂とは坂上でつながっている坂です。
坂上には、若宮八幡神社があり、坂下は外堀通りとつながっています。

また、地図をみて気づいたのですが、すぐとなりには、東京理科大学の校舎があったりします。


ゆれい坂1
坂上あたりより

このあたりは、いたってふつうな感じですが、このすぐ左側に若宮八幡神社があります。


ゆれい坂2
若宮八幡神社

住宅街のすきまにあるのですが、けっこう立派なつくりをしていました。

また、この神社は、鎌倉幕府の将軍源頼朝が平泉の藤原氏を平定して凱旋する途中に建立したと伝えられているそうで、なかなか有名な神社らしいですよ。


ゆれい坂3
坂の途中より

写真のようにこのあたりより、いきなり坂道の勾配が急になってきており、このあたりから坂道としてもいい感じになってきますよ。


ゆれい坂4
坂下より

この写真のとおり、坂下の外堀通りから坂にはいるとこんな感じにみえていて、道もカーブしていて坂下あたりはかなりいい感じの坂道といえるのかもしれませんね。

またここにも坂の碑があり、
『江戸初期この坂のあたりが美しい梅林があったため、二代将軍秀忠が中国の梅の名所の名をとったと伝えられるが、他にも坂名の由来は諸説あるという(「御府内備考」)。別名「行人坂」「唯念坂」「ゆう玄坂」「幽霊坂」「若宮坂」とも呼ばれる。』
とありました。


ゆれい坂5
坂下あたりのようす

正面にみえているのが、外堀通りで、そのむこうが外堀、そのまたむこうにビルがみえて、なんだかこのあたりらしい風景だなあと感じたりしました。



地図
新宿区若宮町

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