東京坂道さんぽ

〚Category: ■京都府の坂道
知恩院の女坂(NO.279) / 京都府京都市東山区
知恩院の男坂(NO.278) / 京都府京都市東山区

前に知恩院の男坂を取り上げましたが、やはり男坂があれば、女坂もあるのは全国共通ということですね。

場所は、同じく京都の知恩院の境内にあります。


知恩院の女坂(NO.279)1
写真1

では坂下からの景色でも。(写真1)
明らかに男坂と比べても緩やかですね。
ただ、ここは女坂によく見られるスロープではなく、階段でした。
ここから見るとなかなかかっこいいですし、まわりの緑との調和具合もいい感じです。


知恩院の女坂(NO.279)2
写真2

写真1の場所から左のほうをみると、ドーンとみえます。(写真2)
国宝の三門ですね。
三門についてのことは、男坂のほうで解説していますので、気になる方はそちらをどうぞ。


知恩院の女坂(NO.279)3
写真3

すこし階段を上り、坂下方向を見てみたものです。(写真3)
坂下から見たときより、ここからのほうが高低差感ありましたかね。
それにしても三門と女坂、いいですねえ。


知恩院の女坂(NO.279)4
写真4

さらに階段を上ると、カクンとカーブするところがあり、そのあたりからの坂上方向を見たものです。(写真4)
もうここからなら坂上あたりが見えていました。
坂上の御影堂が仮囲いされてなければ、もうちっと京都っぽい景色になっていたのですが、残念。(笑)

あ、そうそう。
今仮囲されていて見えない御影堂ですが、実はこれも国宝なのですよね。
公式HPによると、『寛永10年(1633)の火災により焼失しましたが、寛永16年(1639)に徳川家光によって再建され、平成14年には国宝に指定されました。』
とあるので、僕が過去に見たものは、1639年に再建されたものということみたいですね。
なお、この御影堂の修理がおわり竣工するのは、2019年らしいです。


知恩院の女坂(NO.279)5
写真5

さらに階段を上り、坂下方向を見てみました。(写真5)
ここからのカーブ具合いい感じでしたね。
そして、なにやら左側にも古そうな建物があったのですが、名前については調べるの忘れましたので(汗)、またそのうち再訪した時にでも調べておきますよ。


知恩院の女坂(NO.279)6
写真6

そんなわけで、やっと坂上あたりまでやってきました。(写真6)
なんかこう見ると、坂道の雰囲気、新しい感じがしなくもなかったですかね。
ちなみに、左下の「総本山 知恩院」と書かれた手摺の石柱が見えてますが、その裏には、平成23年2月建立と書かれてありましたよ。
むむむ。
ということは、この女坂も新しめの坂道なのですかね。
でも前からここはあったような。。
まあ、これもそのうち再訪した時に調べておきますよ。(汗)


ということで、今回はこんな感じです。


地図
京都府京都市東山区林下町400

今年の正月は、関西の坂道もかなり散歩して写真も撮ったこともあり、名前のついた関西の坂道では、このブログ初となる場所を取り上げてみたいと思います。(みちくさ学会の記事ではダイジェストで書いていますけど、今回の坂道は取り上げていませんよ。)


場所は、京都市内にある八坂神社近くの知恩院の境内にあります。
三門から御影堂の方へと上る急階段で、坂名は男坂と名付けられています。


知恩院の男坂1
写真1

では、いきなりですが、坂下からの様子でも。(写真1)
知恩院に行ったことあるかたならわかると思いますが、大抵の人はここを歩くんじゃないですかね。
手前に2段、それから普通な感じの石段に踊り場。そしてその奥に急階段。
とにかく写真だけだと、わかりにくいですが、いい階段でしたよ。


知恩院の男坂2
写真2

次は階段を上り、踊り場まできて後ろを振り返ってみました。(写真2)
これみれば、あ!ここかあ、と思う人もでてきそうですかね。
奥に見えているのは、知恩院の三門で、公式HPによると「元和7年(1621)、徳川二代将軍秀忠公の命を受け建立されました。平成14年には国宝に指定されました。」とのこと。
国宝ですよ。国宝。
よく考えてみたらすごいですね。
しかも現存の木造建築としては最大級の二重門だそうですよ。

ちなみに、この門は徳川時代につくられたもののようですが、知恩院自体は(公式HPみてもわかりにくいので、ウィキペディアのほうを参考にしてみると)承安5年(1175年)創建らしいです。
なので、この坂道というか階段については、すこし現地などで詳しく調べなおしてみないと、江戸時代にできたものなのか、それより昔のものなのかちょっと判断しかねますかね。
でもまあ、この階段はおそらく三門がつくられたときよりは整備されていなかったとはいえ、江戸時代より前にはすでにあった可能性は高いとは思いますけどね。(ほんとは江戸時代よりずっと昔にあった坂道なのですよねー、ほほー。と、きっぱり言いたいところなのですが。笑)


知恩院の男坂3
写真3

写真2と同じ位置より、今度は坂上方向を見てみたものです。(写真3)
かなりの急階段ですねえ。
一段一段の段差もけっこう大きいですね。

しかも、左右の擁壁も歴史感じますねー。


知恩院の男坂4
写真4

さらに階段を上り、急階段の途中からです。(写真4)
急勾配すぎて坂上のほうは見えませんね。


知恩院の男坂5
写真5

いちおう、階段の勾配具合もぱちりと。(写真5)
なんかこうしてみるとそんな感じはしないですが、現地ではかなりの急勾配感があったのですよ。


知恩院の男坂6
写真6

そんなわけで、坂上までやってきて坂下方向を見てみました。(写真6)
これだと急勾配具合わかりやすいんじゃないですかね。(汗)
そして、高低差具合もすごいです。


知恩院の男坂7
写真7

ちなみに、坂上そばには「七百五十万霊塔」なる立派な建造物も見えていましたよ。(写真7)
公式HPの年表を見ると、1959年落成とあるので、こちらは新しいもののようですね。


知恩院の男坂8
写真8

あと、奥にはだいぶ前にきたときは中に入った記憶もある御影堂ですが、現在は写真8のように大改修中でありましたよ。(写真8)
なんかすごい囲いですね。


知恩院の男坂9
写真9

ここからはおまけです。(写真9)
写真2でも登場した三門を、階段でいえば坂下方向側の知恩院の敷地外から見てみたものです。
僕自身、知恩院といえば、この風景を思い浮かべていたわけですが。
ちなみに、門手前の階段は、境内の案内看板によれば男坂ではないみたいですね。


知恩院の男坂10
写真10

最後は、三門にある賽銭箱のあたりから、坂下方向を見てみました。(写真10)
門の向こうには、知恩院道なる広々とした道路があり、なんか軸線概念ぽかったので、思わずぱちりと。


ということで、京都市内の坂道については、今回の男坂をみてもらっただけでもわかるとは思いますが、周辺の歴史的レイヤーがありすぎますし、写真についても空いている時期に坂道を歩くのもなかなか難しそうなので、一気に調査という感じにせず、今後ぼちぼちと定点観測していければなあと思っていますのでよろしくです。



地図
京都府京都市東山区林下町400

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