東京坂道さんぽ

タグ:世田谷区
新坂(NO.258) /世田谷区
岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257) /世田谷区
堂ヶ谷戸坂(NO.256)/ 世田谷区
無名坂(NO.255) /世田谷区
岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。
おんな坂(NO.254)/ 世田谷区
とある街の風景235(岩崎家玉川廟への階段)
馬坂 (NO.253)/ 世田谷区
高島屋ガーデンアイランド横の坂道  /世田谷区瀬田2丁目
とある街の風景229(玉川高島屋S・Cの階段いろいろ)
瀬田隧道の真上を通っている階段 / 世田谷区瀬田1丁目
まむし坂(NO.252) / 世田谷区瀬田1丁目
国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段 / 世田谷区瀬田1丁目
行火坂(NO.251) / 世田谷区瀬田1丁目
行善寺横の階段 /世田谷区瀬田
行善寺坂(NO.250) /世田谷区瀬田1丁目
とある街の風景(世田谷三茶から富士山を探してみる)

しん坂と呼ぶそうです。
場所は、前回とりあげた岡本三丁目の坂(NO.257)の西側にあり、仙川と野川と東名高速道路に囲まれたエリアにある坂道で、坂の途中には永安寺というお寺があります。


新坂(NO.258)1
写真1

まずは東名高速道路側(北側)のほうからからの様子でも。(写真1)
写真1をみて、東名高速道路側??書き間違い?と思ったかたもいたかもしれないですが、いくつかの資料から、今回の坂道は、いったん上がってまた下がる場所すべてを新坂としているようですので、見ためてきには坂上方向なのですが、こんな説明にしてみました。
ここから見える分には、カーブしている坂道と正面にみえる階段が鑑賞ポイントといえるかもですね。


新坂(NO.258)2
写真2

次は、もうすこし坂を上り、南側(坂上方向)を見たものです。(写真2)
とりあえず、いつもお世話になっているマピオンでは、このあたりの海抜は27mとしているようで、しかも坂道上のいくつかのポイントを計測してみてもすべて27mとでてきてしまったため、地図上では平坦な道ということになっているようでした。
ただ現地では写真2のようななかなかな勾配具合の景色がひろがっていたわけなのですよ。


新坂(NO.258)3
写真3

写真2とだいたい同じ位置より、さっきとは反対の北側(坂下方向)を見てみたものです。(写真3)
奥には、東名高速道路の高架が見えていて、坂上方向ののどかな様子とはまた違った感じの景色がひろがっていました。


新坂(NO.258)4
写真4

さらに坂を上り、南側方向(東名高速道路と反対方向ですね)を見てみたものです。(写真4)
いちおう目の前に見えているあたりが、歩いた感じでは今回の坂道の最高地点の場所のようでした。(マピオンでは、あいかわらず海抜27mと示されていますが・・・。)


新坂(NO.258)5
写真5

すこし写真4の位置から、南側(東名高速道路と反対方向)に歩いて、北側(東名高速道路のある方向)の景色などでも。(写真5)
こうしてみると、ちょっとわかりにくですが、さっきまで歩いてきた場所とはけっこうな高低差があるのがわかりますかね。
あと、遠くに森のようなものが見えてその上に茶色の建物が見えていますが、あのあたりは砧公園のようですね。
マピオンでは、公園内の海抜は40mくらいになっていましたので、見え方的にはまあ正しいかなと。
なので、この坂道はここまで歩いてきた感じでは国分寺崖線とはあまり関係のない坂道なのだろうと思われます。


新坂(NO.258)6
写真6

そして、写真5とだいたい同じ位置より反対方向の南側(東名高速道路と反対方向)を見ると、見てのとおりですが、また下り始めていました。(写真6)


新坂(NO.258)7
写真7

さらに坂を下って、坂下方向の南側(東名高速道路と反対方向)に進む)を見てみました。(写真7)
このあたりは、マピオンによれば、海抜で5mくらい下がる場所のようですが、見た感じではさすがにそれはないだろうと最初は思ったわけですが、まわりの家をよく観察してみると手前と奥では1階分くらいの高低差はありそうですので、距離が長くて錯覚してしまいましたが、実は正しいのかもなあと認識をあらためたわけですが。。


258)8
写真8

そして、坂下まじかのあたりに永安寺というお寺があり、坂から見えるところに、こんな感じで、文字が刻まれる前の墓石がたくさん置かれていましたよ。(写真8)
なんかこれだけ並んでいると、ちょっと不思議な感じだったので、おもわずぱちりと。


新坂(NO.258)9
写真9

そんなこんなで、やっと坂道南端の坂下あたりにやってきて、坂上方向の北側(東名高速道路側)を見てみたのがこちらです。(写真9)
ここからみると、写真7よりも高低差感がすごくわかりやすいかもですね。
あと写真8ででてきた永安寺は見ての通りですが、写真右側に見えていました。

ちなみに、今回の新坂は、いつものような坂の碑はないことから、新しめの坂道だと思われますし、世田谷ののどかな一面をすこしばかり感じれる坂道だったかもです。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区大蔵6-12あたり

やっときましたよ。
タイトルに「岡本三丁目の坂 」とつけているのは、通称というわけでなく、世田谷区の国分寺崖線発見マップにも、岡本三丁目の坂ということで載せているようでしたので、ここでは坂名として「岡本三丁目の坂」と呼ぶことにしますので、あしからず。

場所は、前に取り上げた「堂ヶ谷戸坂(NO.256)」の北側にあり坂上でつながっているところにあります。


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)1
写真1

そんなわけで、まずは坂下からの様子など。(写真1)
見てのとおりですが、坂下あたりよりすこし離れた場所から、今回の坂道を眺めてみたものです。
これだけみても、高低差がものすごい坂道ということはわかるんじゃないですかね。
普通に6階か7階分くらいはありそうかも。


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)2
写真2

写真1と立ち位置がだいたい同じ場所なのですが、すぐそばを仙川が流れていました。
このあたりには、この仙川だったり、野川やこれまでに登場した丸子川だったりいろいろな川がありややこしいですが、まあそのあたりは地図でも見て確認してみてくださいな。。


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)3
写真3

次は、坂下あたりからの風景です。(写真3)
なにか独特の雰囲気を感じてしまいましたが、気のせいでしょうかね。
とりあえず、坂上の頂上あたりは見えているのにはるか遠くという感じだったかもです。

あと、この右側には写真では見えていませんが、玉川幼稚園があり、今は建て替えられておもかげはないそうですが、かつての岡本幼稚園の建物は政治家の高橋是清の別跡だったそうですよ。(参考サイト:せたがや百景 No.69 岡本玉川幼稚園と水神橋


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)4
写真4

すこし坂をのぼり、勾配が急になり出すあたりから、坂上方向を見てみたものです。(写真4)
やはりこのあたりにくるとかなりの急坂でした。
だからか右側には階段もありましたよ。


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)5
写真5

写真4とだいたい同じ場所から、今度は坂下方向を見てみました。(写真5)
まあ、このアングルだと、よくある感じの坂道という感じですかね。。


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)6
写真6

でも中腹あたりまできて、同じように坂下方向をみてみると、さっきとは全然違う景色が広がっていましたよ。(写真6)
しかも、左側は空き地になっているので、ひらけ具合が半端なかったです。
(ということで、ここはぜひ公園に!(笑))


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)7
写真7

いちおう、写真6と同じ位置より、坂上方向を見てみました。
あいかわらずの勾配具合でした。
あと、このあたりで、スマホの傾斜を計れるアプリで何度か計測したところ、だいたい13度前後の値がでてきましたよ。
なんとなく体感では20度くらいあるかなあと思っていましたので、ある意味びっくりだったかもです。
(でもまあ、無料のおもちゃアプリなので、多少の誤差はあるかもしれないですけど。)


岡本三丁目の坂 [東京富士見坂](NO.257)8
写真8

そして、やっと坂上あたりまでやってきて、坂下方向を見てみました。
やはり坂上からの景色も、国分寺崖線による高低差とその向こうも住宅街ということで低層の建物が多かったので、遠くのほうまで街を見渡せてかなりよかったですよ。
ちなみに、この坂道、タイトルの中に”東京富士見坂”と入れているとおり、このそばに「関東の富士見百景」という国土交通省関東地方整備局設置の標識もあり、国公認の富士見スポットとしても有名なのですが、散歩した当日は、富士山は見えませんでしたよ。


ということで、この岡本三丁目の坂については、これからも定期的に訪れて、そのうち富士山が写った写真を記録しておこうとは思っていますので、またその写真がとれ次第報告してみたいと思いますが、今回はこんな感じです。



地図
世田谷区岡本3丁目あたり

どうがやと坂と呼ぶそうです。
場所はおんな坂(NO.254)で登場した岡本八幡神社の南側を流れる丸子川沿いに西へすこし歩くと、今回の坂道の坂下あたりにやってきます。


堂ヶ谷戸坂(NO.256)1
写真1

まずは坂下からの様子でも。(写真1)
ちょうど今、立っているそばを丸子川が流れていて、そこから一気に上る形の坂道でした。
もちろんここも、国分寺崖線を上り降りするために通された道のようでかなりの勾配具合でしたよ。


堂ヶ谷戸坂(NO.256)2
写真2

いちおう、写真1の右側を見てみると、丸子川が見えていました。(写真2)

あと、ここにはいつものような坂の碑はなかったため、正式な坂名の由来は、わかりませんでしたが、ネット情報では東京の坂風情という本に、谷戸というのは崖地の入り込んだところで,堂ヶ谷は文献のうえで“西の方にあると書かれているそうです。
ちなみに、今、僕が立っている丸子川を渡るための橋には”堂ヶ谷戸橋”という名前がつけられているそうで、この橋は1971年にできたとのこと。
そういうわけですので、この坂道は1971年以前にできたものなのか、橋の名前からそう呼ばれるようになったのか、古地図とか見てみないとよくわからんですが、とりあえず手元にはありませんので、このあたりは今後の宿題にして軽くスルーということで。。


堂ヶ谷戸坂(NO.256)3
写真3

次は坂の中腹あたりまで上り、坂下方向を眺めたものです。(写真3)
かなり直線的なつくりの坂道かもですね。
高低差てきには建物3階分くらいでしょうかね。


堂ヶ谷戸坂(NO.256)4
写真4

写真3とだいたい同じ位置より坂上方向を見てみたものです。(写真4)
こうしてみるとやはり急勾配な坂道ですかね。


堂ヶ谷戸坂(NO.256)5
写真5

そんなこんなで、一気に坂上あたりまでやってきました。(写真5)
結局、坂下から坂上までカーブのない直線の坂道で、こうしてみると、やはりここは新しめの坂道なのかなあと思ってみたり。
ちなみに、この右側あたりには、かつてアルジェリア大使館があったそうですが、今はサイト見ると目黒区のほうに移転したみたいで、ないようですね。

あとは、右側の樹木と建物がなければ、ここも地形具合などにより遠景に富士山が見えるかもしれないですが、それを許容するときりがないですので、とりあえず樹木が少ないときに見える場合のみ隠れ富士見坂としてこのブログではカテゴリー分けすることにしてみますので、今回は、普通の坂道ということにしてみましたので、あしからず。

ということで、今回はこんな感じです。

地図
世田谷区岡本3-30あたり

むめい坂と呼ぶそうです。
場所は、馬坂 (NO.253)の坂上、または坂下を北に向かってすこし歩くとある坂道です。

ちなみに、なぜ馬坂 (NO.253)の坂上と坂下を北に歩くと、今回の坂に合流できるのかは、地図をみてもらうと一発でわかりやすいのですが、前に登場した岡本静嘉堂緑地の南側を丸子川、北側を谷戸川が流れていて、実は緑地の東側で合流しているのですよ。
なので、丸子川が坂下でそこから国分寺崖線の崖になっていると思い込んでいると、実は谷戸川が坂下と坂上と予想していた間に流れているという構造になっていて、あれ?となってしまう場所だったので、ここで地形図を見ればわかるかもなのですが、とりあえず手元にないので、マピオンで標高をぽちぽち押して調べてみると、どうやら丸子川のあたりはたしかに崖線の坂下あたりであり、そこからいったん岡本静嘉堂緑地のあたりまで一気にのぼり、谷戸川のあたりで踊り場になるかもしくは少し下がって、今回の無名坂や馬坂 (NO.253)の坂上あたりで、頂上あたりになるという地形具合になっているみたいでした。


無名坂(NO.255)1
写真1

そんなこんなで、まずは坂下あたりの様子でも。(写真1)
坂道もなかなかいい感じでしたが、なんといっても右側の擁壁とその上の樹木がすごい感じでした。
現地ではへえすごいなあというくらいで通りすごしたのですが、帰ってから調べてみると、右側は多摩川テラスと呼ばれるマンションの敷地らしいです。
またこの多摩川テラスは、第1回「せたがや界隈賞」を受賞したという地元でも人気のあるマンションらしく、Googleマップにも記載がありますが、マンションの管理棟が武家屋敷門(伊木家下屋敷門)とのことみたいですね。



無名坂(NO.255)2
写真2

また、写真1の左の方には、勾配具合を示す案内板もありました。(写真2)
これは「見た目より傾斜あるよ」ということを注意してくれているのかどうなのか、今になっても実はどういう基準でこれがおかれているのかわかりかねているので(汗)、またいつか調べてみないといけないかもですね。


無名坂(NO.255)3
写真3

次はすこし坂をのぼり、坂上のほうを見てみたものです。(写真3)
写真1ではわかりにくかったかもですが、右側には階段も併設されていました。


無名坂(NO.255)4
写真4

あと、写真3の左下あたりにもちらりと見えているのですが、なんとも奇妙な舗装具合にひかれてパチリと一枚。(写真4)


無名坂(NO.255)5
写真5

さらに坂を上り、今度は坂下方向を見てみました。(写真5)
ここからだと、すでに坂下とは建物3階ぶんくらいの高低差になっているのがわかり、勾配具合もわかりやすいかもですね。


無名坂(NO.255)6
写真6

すこし坂を上り、坂上方向を見てみたものがこちらです。(写真6)
とにかく、このあたりから一気に勾配具合がゆるやかになっているのですが、たまに坂道を上っていると勾配具合が緩やかになる場所での空の抜け具合がとても気持ちのいい場所に出くわすことがあるのですが、ここがその地点だったみたいでかなりよかったです。
それにしても、坂下からそうでしたが、ここの道幅は、近くのどの道よりも広かったです。
あとから開発された道とかそういうのなのですかね。


無名坂(NO.255)7
写真7

いちおうだいたい同じ位置より、坂下方向も見てみました。(写真7)
よく見てみると、左側の階段の幅がさらに広くなってました。
あと、坂の奥にも樹々がたくさんある場所がなにげに見えていたんですけど、あれは岡本静嘉堂緑地の緑なのですよ。


無名坂(NO.255)8
写真8

こちらは、さらに坂を上り、わかりにくいですが、坂上方向を見ているものですね。(写真8)
ちょっと都内でもなかなか見ないつくりの雰囲気というかそんな感じの道路とまわりの閑静な住宅街という感じの風景が広がっていました。


無名坂(NO.255)9
写真9

同じく、写真8とだいたい同じ場所から坂下方向を見てみたものです。(写真9)
こうしてみると写真8ではまわりが樹木ばかりでわかりにくかったですが、しっかり坂道になっていることがわかりやすかったです。


無名坂(NO.255)10
写真10

そして、一気に坂上あたりまでやってきました。(写真10)
そこで、やっとこの坂道につけられた「無名坂」という名前の由来にふれたいと思いますが、実はこの坂道の名前は、昔からあったわけではなく、なんと写真10の右側にレンガつくりの住宅ぽい建物が見えていますが、ここは俳優の仲代達矢さんの無名塾という稽古場なのだそうですよ。そして、写真10にもちらりと見えていますが、実は壁に銅製のプレートが嵌め込まれていまして、そこには、
『若きもの 
名もなきもの 
ただひたすら駆けのぼる

ここに青春ありき 
人よんで無名坂

一九七五年始まる 無名塾  
仲代達矢 隆巴』
と記されているのでした。

そんなわけで、無名塾の公式HPのアクセス図にも、ここの坂については急坂としか書かれていませんが、とりあえず、このプレートで宣言していることもあり、やはり坂道好きのものとしては、この急坂を”無名坂”という坂名として認識していいと思いました。


無名坂(NO.255)11
写真11

最後は、イメージがわきにくいかもということで、そのプレートのアップです。


ということで、今回はこんな感じです。

地図
世田谷区岡本1-7あたり

前回に、世田谷区の岡本八幡神社境内にあるおんな坂(NO.254)を取り上げたわけなのですが、実は、多くの神社内に女坂という坂道があればたいてい、男(おとこ)坂という女坂より勾配名な坂道や階段があるものなのですが、この岡本八幡神社では、そのような正式に名付けられた男坂がないようのですよ。

ただ、境内を歩いてみると、明らかにここは男坂と呼んでもいいでしょ?という場所がありましたので、今回はそこをぶらりと。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。1
写真1

まずは、こちらです。(写真1)
だいたい予想つくと思いますけど、本堂に行くための参道の入口ですね。
鳥居の上のほうに良い感じで樹木がたくさん見えていてそっちも気になるところではありますが、今回はそれより下のほう、写真だけではわかりにくいですけど、鳥居の奥のほうに階段が見えているのですよ。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。2
写真2

それがこちらですね。〔写真2)
見てのとおりですが、かなりの勾配具合の階段がありました。(というより急階段ですね。(汗))
ちなみに前回のおんな坂(NO.254)との位置関係ですが、この階段の右側をだいたい並行してある感じで、この階段についていえば、おんな坂(NO.254)の高低差分がそのまま階段になったのかなという感じでした。
なので、ここも国分寺崖線の高低差を一気に上り下りすることができる階段とも考えることができるかもですね。

あと、現地では気がつかなったのですが、帰ってから調べていたら、どうやら写真2の両側にどどんと写っている石灯篭、なんとユーミン夫妻こと松任谷夫妻が奉納した石灯篭とのことですよ。(どちらかなのか両方なのかはわかりませんが・・・。参照元:ミスティの虹いろ日記より)
そんなわけで、民家園の奥にある、あのひっそりとした神社にこんなものがということで、おもわずタイトルにも加えてしまいましたよ。。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。3
写真3

また、写真2の左側には、なかなか風情ある構えの入口もありました。(写真3)
実は、この奥は世田谷区立岡本公園民家園になっていて、中には世田谷区指定文化財でもある「旧長崎家主屋」、「旧浦野家土蔵」を移築・復元した古民家があるそうなのですが、ここも訪れた時は休み中だったのか中に入れなかったのですよ。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。4
写真4

そんなこんなで階段を上りはじめました。(写真4)
「ここの手すりは真ん中についているのだなあ、こんなつくりの階段なんて他にあったっけ?」などと思いつつ、上っておりましたよ。(笑)
でも、後々よく考えてみると、ここは参道でもあるので、混んでる時などは特に、こうしておけば行きと帰りの道をわけやすいのかもと考えてみるとすこし納得できるかなあと。(真相はさだかではありませんが。。)


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。5
写真5

いちおう、だいたい同じ位置より、坂下方向をみてみました。
なんとなくこじんまりとしていて、回りには緑がたくさんあったのが、印象的でした。
(しかも左側の灯籠のそばに、光加減のせいだとは思いますが、犬かなにかがいるみたいに見えていてちょっと怖い感じでもありますが。。)


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。6
写真6

写真5と似たようなアングルですが、階段をさらに上ってから、再び坂下方向を見てみたものです。
ちょっと下の写真5のあたりから見下ろすと、すこし神秘的な感じがしないでもなかったのですが、このあたりから見てみると光の抜け具合とかそういうのもあるのかもしれないですが、さきほどよりはふつうな感覚で高低差のある場所だなあと。
でもまわりに樹木がたくさんあったので、それほど高くて怖いという感じではなかったですけどね。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。7
写真7

そんでもって、後ろを振り返ると、こんな感じでした。(写真7)
奥に見えているのが本殿ですかね。


岡本八幡神社のおとこ坂?そしてユーミンの石灯篭。。8
写真8

いちおう坂上からの様子なども。(写真8)
こちらは、現地でなんとなく坂の景色がよさげな場所から撮ったものなのですが、帰ってからすこし気になり、富士山の見える方向を調べてみると、どうやらそれほど的はずれでなかったようで、写真8の中央から右側までのどこかに、もし樹木がなかったら富士山が見えるかもしれないみたいでした。
なので、ここも国分寺崖線のおかげで、坂下とはかなりの高低差なこともあり他の場所より建物に影響されないはずなので、樹木しだい(季節しだい)では景色もかなり開けて見え、ここも隠れ富士見坂ということになるのかもしれないですね。


住所:
世田谷区岡本2-22

再び世田谷区の坂道です。
場所は、前に「とある街の風景235(岩崎家玉川廟への階段)」の記事でも登場した岡本静嘉堂緑地の西側に岡本八幡神社という神社が隣接しているのですが、今回の坂道は、その境内にある坂道です。


おんな坂(NO.254)1
写真1

いきなりですが、坂上あたりからの風景がこちらです。(写真1)
おんな坂という名前からも、ここに緩やかな坂道があることを想像していたのすが、実際にきてみると写真のような階段になっていました。
しかもここが岡本八幡神社の境内の一部と言われても・・・、という感じの場所だったかもです。


おんな坂(NO.254)2
写真2

ちなみに、写真1の背後には、こんな具合に、岡本静嘉堂緑地への裏門もありました。(写真2)


おんな坂(NO.254)3
写真3

次は、坂道というか階段をさらに下った場所から、坂上のほうを見てみたものです。(写真3)
なかなか自然味あふれる坂道でした。
しかも階段ということもありなかなかの勾配具合。


おんな坂(NO.254)4
写真4

さらに坂を下り、今度は坂下方向を見てみました。(写真4)
もうなんだか、ここが神社の境内ということを忘れるくらいの山道具合でした。
でもまあ、よく考えてみると、左側が岡本静嘉堂緑地なので、この一体が緑地の延長のような場所と考えてみれば、これでもよく整備されていたのかもなあと思ってみたりもしましたが。


おんな坂(NO.254)5
写真5

すこし階段を下りると、さらにワイルドな雰囲気に見える場所があったので、とりあえず様子見ということで。(写真5)
左側の階段は、神社の本堂のほうに向かう階段のようだったので、実は、この神社のおんな坂はこの左の階段のほうが正しいのかもという可能性もありますが、とりあえず今回はさらりとスルーです。(汗)


おんな坂(NO.254)6
写真6

さらに坂をくだると、やっと階段はなくなり見てのとおりの坂道となっていました。(写真6)
ただ、この場所、本当に境内なのかという疑問は消えませんでしたけど。


おんな坂(NO.254)7
写真7

そんなこんなで坂下あたりまでやってきました。(写真7)
あと、右側はあいかわらず緑地(ただこのあたりは岡本静嘉堂緑地ではなく丸子川浸水公園ぽいみたいでしたけど)ということもあり、右側と左側の景色のコントラストがなかなか面白かったです。


おんな坂(NO.254)8
写真8

そして、さらに坂下方向に行くと、丸子川を渡る橋も目の前に見えていました。(写真8)
なので、このことからも、このおんな坂は、国分寺崖線を上り下りするためにつくられた坂道でもあったということもわかったわけなんですよ。(と言いつつも、はじめに地図で確認しているので、だいたいは予想していたんですけどね。。)


ということで、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区岡本2-22あたり

今回は、世田谷区の坂道の寄り道話でも。

というのも、前回の「馬坂 (NO.253)」の坂下あたりに岡本静嘉堂緑地があることは、すこし記事でもお知らせした通りで、散歩当日はせっかくなので寄り道してきたわけですが、実はこの緑地、なんとかつてはあの三菱財閥の創始者岩崎家の持ち物というか敷地だったそうなのですよ。


岩崎家玉川廟への階段1
写真1

そして、この緑地の中心地あたりに、こんなものがあったのです。(写真1)
知っている方もいるかもしれないですが、これは岩崎家代々の納骨堂(お墓)で「岩崎家玉川廟」と呼ばれているそうなのですよ。
しかも、この岩崎家玉川廟を設計したのは、鹿鳴館の設計者としてよく知られていて、東京駅を設計したことでも知られる辰野金吾氏などの日本人建築家を育成し、明治以後の日本建築界の基礎を築いたといわれている建築家のジョサイア・コンドル氏とのこと。
こ、こんなところに、という感じでありました。
あと、現地ではこの「岩崎家玉川廟」についての案内看板もありましたが、「せたがや百景」というサイトにて、この緑地のことなどを詳しく説明してくれているようですので、今回は、そちらをどうぞ。


岩崎家玉川廟への階段2
写真2

ちなみに、本題の階段についてですが、まずはこちらから。(写真2)
階段上方向からの眺めですね。
位置的には、この写真2の背後に写真1で写っていた岩崎家玉川廟があります。
なのでいちおう表玄関的な階段のはずです。
ただ、この階段、写真では、気にしてみれば分かるかもしれないですけど、かなり問題があったのですよ。。
というのも、階段の地面を見てもらうとわかりやすいですが、落葉いっぱい落ちていますよね。
実はここ、僕が現地を訪れた時は、廟ということもあってか、通常の見学コースとはされてないようで、こっそり歩くならいいよ(汗)という感じで入れるようになっていて、そのためかどうかわかりませんが清掃も行き届いてなく、これも写真ではまったくわかりませんが、通路上空には蜘蛛の巣もはっていて、しゃがんで歩かないといけない場所まであるくらいだったのですよ。(汗)(というか気分は、ちょっとした探検家という感じでした、笑)


岩崎家玉川廟への階段3
写真3

そして、こちらが階段下あたりからの風景です。(写真3)
坂下からみるとけっこうな高低差具合でしたよ。
あとは、この感じだとさっきの坂上からのものよりは放置具合がわかりやすいんじゃないですかね。
しかも、わかりにくいですが、いちおう写真上のほうには、大きな蜘蛛の巣も見えているのですな。。(汗)
まあ、あれくらい大きな蜘蛛の巣を払おうと思ったら、日常清掃レベルでは、なかなかたいへんだ思うので、そのまま放置されているのかなと思ってみたりしたのですが、深層は謎のままでした。

ということで、この場所は、もし今も、僕が行った時のままならば、青山霊園あたりを歩く気分でいくと、けっこう蜘蛛の巣まみれになるのでかなり気をつけて歩かないといけないですよという一言を加えておいて、今日はこんな感じです。


住所
世田谷区岡本2-23あたり

住所:世田谷区岡本1-1あたり


(ちょっと前から時間が空いてしまいましたが、世田谷区の坂道の続きです。)

うま坂と呼ぶそうです。
説明しにくいのですが、東急田園都市線の二子玉川駅から北西に少し歩いた場所(徒歩ならけっこう遠いです)にあり、区指定の有形文化財に指定されている小坂家住宅のある敷地や岡本静嘉堂緑地に隣接している坂道です。


馬坂 (NO.253)1
写真1

まずは、坂下あたりの様子など。(写真1)
右側には、区指定の有形文化財に指定されているという小坂家住宅のある敷地が隣接していることもあり、その敷地内の樹木がかなり印象的に見えていました。


馬坂 (NO.253)2
写真2

次は、すこし坂を上り、写真1でも見えていたいい感じに左側にカーブしているあたりのところまできて、坂上方向を見てみました。(写真2)
ちょうどアイストップとして、大きな樹々が見えていて、こちらもなかなかの景色でした。
左側のマンションとのコントラストがなかなか印象的な場所かもですね。
あと勾配具合は、写真1の場所よりは緩い感じでした。


馬坂 (NO.253)3
写真3

こちらは、写真2とだいたい同じ位置より、坂下方向をみてみたものです。(写真3)
こうしてみると、道の両側に大きな樹木が見えていて、坂下にはおそらく岡本静嘉堂緑地内の大きな樹木も見えていて、見えるところの緑率多いし、回りに建物も少ないのでスケール感もなんだかくるってきてしまいそうでしたよ。


馬坂 (NO.253)4

写真4

さらに坂を上り、今度は坂上方向を見てみました。(写真4)
とりあえず、坂下あたりから、同じ勾配具合の坂道がさらに上まで続いているという感じでした。


馬坂 (NO.253)5
写真5

こちらは、写真4とそれほど変わらない場所から、さっきとは逆の坂下方向を見てみたものです。(写真5)
この感じでは、あまりにもわかりにくいですが、実は、奥のカーブしているあたりの道路左側に、坂の石碑が写っているのですよ。(といいつつ写真1や2にも写っているのですが・・・。)
ちなみに、この馬坂の坂の碑については、今回、散歩の途中では残念ながら気がつかなかったのですが、帰ってから他のいくつかの坂道サイトの情報から坂の石碑はあるらしいという情報を得て、もしかしたらと思い探してみたら、今回もまた一眼カメラ特有の解像度のおかげで、石碑を発見できたというわけなのですよ。(汗)
ただ、その碑には、坂の説明までは書かれていないらしく、坂名の由来についてもいつもお世話になっているいくつかの坂道系のサイトでもわからないままだったのですが、「世田谷区玉川地区とプラス付近の名所紹介」というサイトにて、この馬坂のことについて、区などの資料から由来を探してくれていたようで、それによると、かつて、このあたりは道の勾配が国分寺崖線を横断する場所のためかなり厳しく、馬ではどうしようなかったことから、新たに馬でも歩くことができるこの坂道をつくったことから、馬坂と呼ばれるようになったとのことみたいですね。


馬坂 (NO.253)6
写真6

そんなこんなで、なかなか距離の長い坂道で写真5あたりからはだいたい同じような景色だったので、一気に坂上あたりまでやってきて、坂下方向を見てみたのがこちらです。(写真6)
あいかわらず緑率多いですね。
あと、写真6の左側中央あたりに、区指定の有形文化財に指定されている小坂家住宅のある敷地(瀬田四丁目広場)への入口があったのですが、今回散歩した時は閉まってて入れませんでした。
なので、また近いうちに、今回の坂道散歩の記事書きの仮定で新たに発見したいくつかの坂道をめぐろうと思っていますので、その時にこの施設が開いていれば、ついでに回ってみようと思っていますので、その時まで、少々お待ちくださいな。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区岡本1-1あたり

二子玉界隈の玉川通りに点在している高島屋S・Cの中で一番北側にある施設でガーデンアイランドとよばれる場所のすぐ隣に、前から気になっていた坂道がありまして、この前歩いてきましたので、今回はその坂を取り上げてみたいと思います。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道1
写真1

いきなりですが、こちらなんですよ。(写真1)
けっこうな高低差の場所を一気にかけあがっていく感じの坂道で、右側には初めにすこしふれた高島屋S・Cガーデンアイランドの建物が地形に沿うようなつくりで建っていました。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道2
写真2

また、写真1の左側をみるとこんな感じのトンネルがあったんですよ。(写真2)
なかなかアートな雰囲気のトンネルで、名前もそのままで「瀬田アートトンネル」という名前がつけられていました。
ちなみに、このトンネル「公共の色彩賞」という賞も受賞しているらしいのですが、その原動力となったであろう左右のモザイク壁画は、プロの作品というわけではないようで地元の美術大学のボランティアによって制作されたとのこと。
またそれもあってなのか、「相棒シーズン6」でロケ地として使われたこともあるそうです。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道3
写真3

次は、坂をすこし上り、坂下方向を見てみたものです。(写真3)
トンネルと坂下との関係も見えていますよね。
あとは、左側の歩道部分には、普通の歩道ではあまり見かけない感じの街路樹やその下には花などが丁寧に植えられていましたよ。
おそらくこの歩道はガーデンアイランドが提供している場所なのかもしれないですね。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道4
写真4

そして、一気に坂上のほうまでやってきて、坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真4)
ここからの感じだと、この場所を通ったことがある人なら、「あああそこかあ」と思い出された方もいるかもしれませんが、写真4の右側を走っているのは玉川通り(246号)だったりします。
とにかく坂道と246号の風景が一望できるなかなかおもしろい場所で、国分寺崖線の地形的な要因や246号(および玉川通り)の道幅のおかげで、かなり雄大な景色を楽しめる場所なのですよ。
そんなこともあり、坂下のほうはつきあたりになっていたとおりでここからの眺めでも直接には玉川通りに面していない左側の高島屋S・Cガーデンアイランドは、名前に”高島屋S・C”という名はついてますけど、地理的にみると他の高島屋S・Cの施設とはかなり離れた場所にあるので、いつもここを通るたびに気になっていたのですよ。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道5
写真5

あとは、写真4の左側をみると、地形的にはさらに高低差があるようでなかなかな勾配具合の坂道になっていました。(写真5)
ただ目の前の坂道も今回のガーデンアイランド横の坂と同様に坂道に名前はついていませんでしたので、とりあえず今回はこのあたりまでの坂道を取り上げておわりということにしたいと思います。


高島屋ガーデンアイランド横の坂道6
写真6

最後は、おまけがてら。(写真6)
ガーデンアイランド横の坂道が一望できる場所から、すこし望遠気味にして撮影したものですが、こうしてみると、遠くのほうに高島屋S・Cの本館の建物がわかりやすく見えていましたよ。
しかも、写真4では真ん中の電柱がけっこう邪魔してわかりにくかったのですが、右側を走っている道路はこのあたりで玉川通りと246号にわかれていて、奥のいい感じでカーブしながら地形の高低差にあわせるようにこのあたりからすこし上りながら高島屋の本館のほうに延びている高架部分は246号だったりします。
そして、ガーデンアイランド横の今回取りあげた坂と246号の高架の間にも道があって、それが玉川通りなのですけど、こちらも写真奥のほうに向かって下っている道なので、なんというか、このあたりはかなり興味深い地形具合だったりするのですよ。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
世田谷区瀬田2-32あたり

またまた寄り道です。
今回は、二子玉川界隈の坂道をぶらりとしたついでに寄った玉川高島屋S・Cの建物内にて、前からいくつか気になっていた階段があったので、この際なので、まとめて紹介してみたいと思います。
ちなみに玉川高島屋S・Cは、今のライズができる前から、二子玉川の駅前にどどんと建っていたやつであり、1969年にできた日本では始めてといわれる郊外型ショッピングセンター(SC)なのですよ。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ1
写真1

玉川高島屋S・Cのことはそれくらいにして、本館と東館をつなぐ玉川通りの上空を通る渡り廊下の本館側の接続部分あたりにこんな階段があったのですよ。(写真1)
蹴上げ部分に、赤や青のタイルがほどよく埋め込まれているのがなんとも気になってしまいパチリと一枚。
しかも、写真では全景撮ってないので、わかりにくいですが、この階段を手すりが三分割していて、それぞれ違った場所から、階段上の屋上庭園部分に合流するというつくりになっていました。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ2
写真2

写真1の左側には、こんな感じで、屋根の上にどう説明したらよいのかわかりませんけど、恐竜かなにかの骨というかオブジェのようなものが乗っかっているのを間近に見ることができました。(写真2)


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ3
写真3

こちらはおまけで、ひさびさの屋上写真でありますが、写真1の階段上にひろがっていた屋上庭園の様子など。(写真3)
とにかく緑がいっぱいという感じでした。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ4
写真4

いちおう、外の玉川通り側からあの恐竜の骨のようなオブジェがあしらわれている本館の外観の様子も写真に収めておいたので、参考までに。(写真4)
ちなみに、この玉川高島屋SCを始めに設計した松田平田設計のHPに、この建物の紹介ページもあり、道路側からの全景写真も掲載されているのですが、それみると今の外観はできた当時とはだいぶ変わっていたんですね。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ5
写真5

それでふと思い出して玉川高島屋SCの昔の写真を探していたら、やっぱり手元にあったので、ちょっと載せてみました。(写真5)
撮影時期は2000年なので、14年前の風景ということになりますかね。
当時は、こんな感じだったんですよ。
(これだけpenで撮ったものではありませんのであしからず。)


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ6
写真6

こちらは、場所が変わりまして隣の南館にあった外階段です。(写真6)
なぜ、こんなところに外階段を作ったのか謎ですが、個人的には二子玉川の駅前を眺めながら上り下りできる階段なので楽しかったりします。
ただ、現在はライズの商業ビルが道路を隔てた目の前にどどんとあるので、前はここから多摩川の景色がよくみえたのが、見えなくなってしまったんですけどね。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ7
写真7

次は写真6とだいたい同じ場所から、今度は階段下を眺めてみたのがこちらです。(写真7)
見てのとおり、かなりの高低差というか下の階までいけてしまう階段なのですよ。
とにかく楽しすぎて何度も上り下りしたくなってしまうのですが、左側には玉川高島屋SC内の高級レストランや階段上にはスタバなどがあり、店からもけっこう見える場所なので、実際のところは、かなり気をつかう場所ではあるのですよ。。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ8
写真8

あと、写真6と7の階段を一番下まで降りていくと、この場所にやってくるわけですが、ここには蹴上げの部分が光っている階段もありましたよ。(写真8)
その先にエスカレータ−があるのもなかなか変わったつくりというかなんというか。


玉川高島屋S・Cの階段いろいろ9
写真9

そして、最後は南館の玉川通り側からの外観などでも。(写真9)
この外装の白いルーバーみたいなのは、写真6や7でも見えていましたよね。
ちなみにこちらの建物は、2003年に増築リニューアルされたものらしいです。
古い前のものは、写真5の奥のほうにちらりと見えていたりしますので、それと比べると増築具合もわかりやすいかもですよ。


ということで、なんだか写真が多くなってしまいましたが、今回はこんな感じです。

住所:
世田谷区玉川3

また寄り道です。
場所は、前にとりあげた「まむし坂(NO.252)」の途中にある無名階段です。


瀬田隧道の真上を通っている階段1
写真1

こちらが、その階段です。(写真1)
見てのとおりですが、坂下からの様子です。
またこの階段は「まむし坂(NO.252)」の記事の7枚目(写真7)でもちらりと登場しています。
高低差具合はもちろん、S字にくねくねと曲がっているなかなか視覚的にもおもしろい階段でした。


瀬田隧道の真上を通っている階段2
写真2

次はですね、こちらも「まむし坂(NO.252)」の記事の8枚目(写真8)で登場したものなのですが、この写真、penで撮っていたおかげで元画像はかなりの高解像度で記録されていたため、画像は粗いですがこのような拡大写真が作成できたわけなのですよ。(写真2)
で、そこにはなにが写っていたかというと、瀬田隧道の扉だったんですよ。

実は、このまむし坂(NO.252)を記事にしているときに、まむし坂(NO.252)沿いに、瀬田隧道なるものがあるということを知り、もちろん現地では素通りしてしまい、写真1でも、存在に気がついていれば一枚の写真におさめることも出来たのですが、残念ながら今回はその様子をとらえていなかったので、このようなことをしてみたわけなのです。
なので、写真2の右下に、Googleマップより拝借した画像で写真1と同じアングルの瀬田隧道のトンネルの扉が右のほうに写っているものも貼り付けてみました。

ちなみに瀬田隧道の”隧道”とは、僕自身はトンネルという意味でとらえていましたけど、やはりコトバンクで調べてみても「地中に掘った,墓室に通じる通路」や「トンネル」という意味がでてきますので、瀬田隧道の場合は、トンネルととらえていいと思います。
またこの瀬田隧道、ネット情報によれば(なので確定情報ではありませぬ)、写真2の場所からトンネルになっていて、まむし坂(NO.252)などでもでてきた坂下にある丸子川につながっているそうです。(しかも、場所は「整体協会」の隣にあるという情報もあったので、Googleマップで調べてみるとそれらしい入口らしきものを見つけましたが、今回は撮影していないので、括弧書きです。。)
とにかく、今まで歩いたこのあたりの地形具合を考えると、写真2の扉の場所と丸子川までは高低差があるはずなので(扉側が高くて、丸子川側が低い)、水を流すにはちょうど良さそうな感じになっているかもですね。

あと、「ウルトラシリーズロケ地探訪」なるサイトにも瀬田隧道のことが取り上げられていまして、なにごとかと思ったらウルトラマンの「ミイラの叫び」の回やウルトラQの「育てよ!カメ」の回で、この扉が登場するとのこと。


瀬田隧道の真上を通っている階段3
写真3

しつこいですが、こちらも”まむし坂(NO.252)”の記事の写真6を拡大表示させてみたものです。(写真3)
ここにもちらりと見えておりました。(汗)
(今度、ぶらりとしたときは、絶対に階段とあわせて撮ります!)


瀬田隧道の真上を通っている階段4
写真4

と、そんなこんなでやっと階段を上りはじめ、坂下のほうをみてみたものがこちらです。(写真4)
じっくり眺めてもらうとわかるかもですが、この階段、なかなかつくりが凝っていて、特に気になったのが右側の擁壁も兼ねている白い壁が微妙にななめりながらカーブしているんですよ。
しかも、その手前(下?)の白の擁壁と階段の間にあるコンクリートのしきりみたいなものも、実はなくても問題なさそうなものなのに存在していて、手前の90度カーブしているところのつくりなどはなんともきれいに曲線を描いていて、この階段、特に坂上になにか有名な施設があるわけでもなく、どこにでもあるような抜け道的な用途のためのものだったので、ちょっとびっくりしてしまいました。
やはりこれは瀬田隧道の影響ということになるんですかね。


瀬田隧道の真上を通っている階段5
写真5

さらに階段を上り、坂下方向をみてみたものです。(写真5)
踊り場のしきりと擁壁というか白い壁のカーブ具合も良い感じ。


瀬田隧道の真上を通っている階段6
写真6

そして、やっとこのあたりが坂上ということになります。(写真6)
坂下とはかなりの高低差具合でした。
また、この階段の下に、おそらく瀬田隧道のトンネルがあると思われます。


瀬田隧道の真上を通っている階段7
写真7

いちおう、写真6の背後もみてみました。(写真7)
さきほども触れたとおり、なにか変わったものがあるというわけでもなく、ふつうに閑静な住宅街でした。
ただ、地図で確認した感じでは、この道路と丸子側が地図上で交差するところに「整体協会」(もうかたほうの瀬田隧道の入口)があるようなので、この道路の形状にあわせて瀬田隧道が地下を通っているのかなあと予想はしているのですが。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
東京都世田谷区瀬田1-3と2の間あたり

所在地:世田谷区瀬田1-5あたり


この坂道は、漢字ではなく、ひらがなで”まむし”と書いてまむし坂と呼ばれているようです。
場所については、東急大井町線の上野毛駅の北側に多摩美術大学があるのですが、その大学の敷地の北側を駒沢通りが東西に通っていまして、今回の坂道はまさにその駒沢通りが坂道自身という具合のところであります。


まむし坂(NO.252)1
写真1

まずは坂下からの様子など。(写真1)
(はじめに多摩美術大学のことにふれましたが、大学は坂上のほうにありますのであしからず。)
このあたりはかなり緩やかな勾配具合の坂道でした。
まわりの雰囲気もなんとなくゆったりとした感じで、奥に見えている東急の線路とその右側に五島美術館の敷地があるためか、背の高いマンションが視界にはいらずかなり空が広く見えていました。(その分、電線が目立ちますけど。)


まむし坂(NO.252)2
写真2

あと、写真1のそば、坂下あたりには、やはり行善寺坂(NO.250)などでも出てきた丸子川が坂を横切っていて、勾配具合などの見た目はかなり違いますが「国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段」と同じくここも国分寺崖線に由来する坂道だということがこの川のおかげでわかりやすく視覚化されていたかもです。(写真2)


まむし坂(NO.252)3
写真3

すこし坂を上り、坂下方向を見たものです。(写真3)
ここからだと、ただの平坦な道という感じでしたが、微妙にS字に曲がっている具合や数種の街路樹などのせいか、はたまた奥の視線の抜けている方向に多摩川があるためか(ふつうなら家なりビルが見えるものですが)、ちょっと他の場所とはなんか違う景色に感じてしまいました。

ちなみにこの道は、駒沢通りと言いましたけど、実は今の段階では(地図をみてもらうとわかるのですが)、奥のほうにある多摩川沿いの道路(多摩堤通り)と駒沢通りとは現在つながっていないのですが、どうやら地元の人らしき方々のブログの情報から、二子玉川ライズの再開発により新しい道ができるみたいですね。


まむし坂(NO.252)4
写真4

次は、写真1でも見えていた東急の高架が間近に見える場所まできてみました。(写真4)
このあたりから坂道らしい勾配具合が続いていくようでした。


まむし坂(NO.252)5
写真5

さらに坂を上り、坂下方向をみてみました。(写真5)
高架を渡る電車もそうなのですが、左側の五島美術館内にあると思われる大きな樹々がえらい高さになって見えているなあと、帰ってから写真を見直して不思議に思ったのでGoogleマップの航空写真の45度バージョンで確かめてみたら、まさにあのあたりは崖の上に樹々が育っていて、五島美術館の建物自体も崖の上に建っているという感じでしたよ。
なので、このことから(あとで地図を確認してもらうとわかりやすいのですが)、この坂道は、まむし坂という名がつけられてますが、実際のところ駒沢通りなので、20m以上の高低差のある国分寺崖線に対して一気に最短距離で横切る道をつくってしまうとかなりの急勾配な道となってしまうので、このように道を蛇行させて勾配具合を押さえたのだろうと思われ、そのため坂下にいくほど、道の両側が崖になっており、目の前に見えている東急の高架やらものすごく背の高く見える樹木やらやたらと高い擁壁(右側にあるやつです)などが目の前に広がっていたのだなあと。


まむし坂(NO.252)6
写真6

すこし坂を上り、今度は坂上方向を眺めてみました。(写真6)
良い感じで道が右にカーブしながら上っているわけですが、やはり左側には背の高めの擁壁がちらちらと見えていましたよ。


まむし坂(NO.252)7
写真7

また途中には、こんな階段もありましたよ。(写真7)
まさに崖地を上り下りするための階段という感じですかね。


まむし坂(NO.252)8
写真8

さらに坂をのぼり、背の高い擁壁が印象的な場所にて、坂下方向をみてみました。(写真8)
このあたりは坂の中腹なのですが、この擁壁の高さ具合を見る限り、まだ坂上との高低差はありそうでした。



まむし坂(NO.252)9
写真9

さらに坂を上っていくと、坂道はまだ続いていて、しかもいままでの中で一番勾配具合の急な場所が見えてきました。(写真9)
それにしても右側の樹木が大きいですね。


まむし坂(NO.252)10
写真10

あと写真9の右側あたりに、なかなか渋いつくりの標識があったんですよ。(写真10)
マヤ遺跡っぽいというか、建築学的には、フランク・ロイド・ライト風というか。
内容は、「おもいはせの路(国分寺崖線散歩道)」というもので、『坂を巡る  穏やかに伸びる坂道は、まだ見ぬ光景を予感させる。一見、平板な印象を与える都市が、実は多くの傾斜、多くの坂道の集積であることに気付くとき、人々の持つ都市のイメージは、一変する。』
と書かれてありました。
いわゆる坂道ポエムというやつですかね。
ただ、肝心のまむし坂のことについての説明はなくて、地図上に”まむし坂”という記載があるのみでした。


まむし坂(NO.252)11
写真11

さらに坂を上りまして、今度は坂下のほうを眺めてみました。(写真11)
なぜここだけ、左側のような立派な街路樹が植えられていたのかは謎でしたけど、景色的にはなかなかいい味だしていたかもです。


まむし坂(NO.252)12
写真12

そんなこんなでやっと坂上あたりまでやってきました。(写真12)
もうこのあたりまでくると、道はほぼ平坦になっていました。


まむし坂(NO.252)13
写真13

また写真12の左側は、多摩美術大学の敷地で、ちょうどこんな感じで大学の出入口なんかもありましたよ。(写真13)

ちなみに、この坂道には、いつものような坂の碑はありませんでした。
なので、このまむし坂の名前の由来もわからなかったのですが、おそらくこの界隈にまむしが多く出没したとか 長くくねくねと蛇行しているその形がまむしと似ているからとかそういうことから、この名前がついたのだろうと思われます。

ということで、今回は写真だけでもけっこうな数になり長くなってしまいましたが、こんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1-5あたり

また世田谷の坂道の話にもどりまして、今回は前に取り上げた行火坂(NO.251)の坂上の道を東の方向にすこし歩いた場所になかなか高低差具合のはげしい階段を見つけたので、その時のことでも。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段1
写真1

まずは坂上あたりからのものなど。(写真1)
なんてことない緩やかな坂道なのですが、奥のほうに大きな木が見えていたので、そのあたりまでとりあえず行ってみることに。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段2
写真2

大木のあたりまで行く途中に、坂の南側(写真1でいえば右側)を見ると、遠くのほうに建設中の二子玉川ライズの高層住宅ビル群がなにげに見えていましたよ。(写真2)
見るからにこの地形的な高台にあるこの場所よりも高いビルということがわかりやすいかもですね。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段3
写真3

大木のあたりまでやってくると、さらに奥のほうに階段が見えてきました。(写真3)
それにしても大木の道への占拠具合がなかなかのものでしたよ。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段4
写真4

写真3の位置からすこしばかり進んで、階段がよく見渡せるところまでやってきました。(写真4)
階段なのであたりまえですけど、正面奥に見えている場所までかなりの高低差があるようで、しかも階段は写真4ではわかりにくいですけど、さらに右に曲がって続いているようでした。
現地では実際のところ、地図を見ながら歩いていたので、ここから国分寺崖線の崖地になっているだろうなということはだいたい予想できていたわけですが、やはりこれだけ山道のように急に降りていく階段をみると驚いてしまいましたよ。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段5
写真5

そして、一気に写真4で見えていた踊り場のような役割の場所まで降りてきて、坂上方向をみてみました。
とりあえずここまでで、建物の2階から1階に降りる分くらいの高低差はありそうでした。
あとは階段途中の樹木と階段との関係がなんとも珍しい感じだったかもです。
なかなか都内の階段でこういうつくりの場所はちょっと思い出せないですかね。



国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段6
写真6

次は、写真5の左側を見てみるとですね。(写真6)
さらに階段は坂下まで続いていて、まさに崖という感じで、階段下には川が流れているようでした。
見た感じの高低差は建物でいえば3階か4階分くらいありそうですかね。
景色的にはまわりの樹木がなければかなりの開け具合なのかもしれませんが、僕が歩いた時には、まわりに樹木を覆われている階段という印象でした。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段7
写真7

そんなわけで、一気に階段下まで降りてきて坂上方向を見てみました。(写真7)
名も無き階段ですが、国分寺崖線の崖地具合を堪能できるかなりダイナミックなつくりの階段だったかもです。
また、写真左側にマンションの一部が写っていて、ここからみるとかなり背のたかそうなマンションに見えますけど、実は同じマンションの屋上部分が写真2の左側にちらりと写っていまして、そのことからもこの階段の高低差具合を想像してもらうとおもしろいかもしれないですね。


国分寺崖線の崖具合を楽しめる階段8
写真8

最後は、写真7の右側をみるとこんな感じで川が流れていましたよ。
こちらは、行善寺坂(NO.250)でも登場した丸子川とのこと。

ちなみにさきほどから何度も出てきた国分寺崖線ですが、wikipediaの説明を一部抜粋させてもらうとですね、
『国分寺崖線は武蔵村山市緑が丘付近に始まり、西武拝島線と多摩都市モノレールの玉川上水駅付近を通り、JR中央線を国立駅の東側で横切り、国分寺市・小金井市と国立市・府中市の市境に沿って東に進む。さらに野川の北に沿いながら調布市に入って深大寺付近を通り、つつじヶ丘などの舌状台地を作りながら世田谷区の砧地域、玉川地域南部を通り、大田区の田園調布を経て同区の嶺町付近に至る。高低差は20メートル近くになる。なおこの国分寺崖線は、古多摩川(関東ローム層下に存在)の浸食による自然河川堤防と考えられている』
とのこと。

今回は細かい説明は省きますけど、ひとつだけ上げるなら”崖の高低差は20メートル近くになる”という記述、今回歩いた無名階段にあてはめてみると、坂上と坂下でだいたい建物6階分くらいの高低差があったわけなので、1階分を3.5mで計算すると21mということで、だいたいあっているという感じですかね。

ということで、そのうち国分寺崖線沿いにある他の坂道もまわると思うので、他の説明はその都度おこなうということにして、今回はこんな感じです。


住所
世田谷区瀬田1-2と9の間あたり

所在地:世田谷区瀬田1-8あたり


坂名は、あんか坂と呼ぶそうです。
場所は前に登場した行善寺坂(NO.250)とつながっていて、行善寺坂(NO.250)の中腹あたりから東側へと上っていく坂道です。


行火坂(NO.251)1
写真1

まずは坂下から坂上方向を眺めてみたものなど。(写真1)
樹木に覆われた坂道といった感じで、ここから見る分には勾配具合といい左右の擁壁といいなにか不思議な空気感を醸し出している坂道だったかもです。
またここには、写真1の右下にちらりと写っていますけど、坂名を記した石碑がありました。
ただ、ここの石碑には、坂名が書かれているのみで、いつものような坂名の由来が書かれたものではありませんでしたよ。

そんなわけで、この「行火坂」という坂名については、坂学会さん(のホームページ)がここの坂名の由来のことを調べてくれていたようで、それによると『勾配が急なため,土地の人はこの坂を上るだけで身体が熱くなるので「あんか坂」と呼んでいた。(「てくたくぶっく」による)』
とありました。
ちなみにこの「てくたくぶっく」とは、世田谷区の役所に行けば買えます。(というのも、僕もこの本を昔、学生時代に授業でこのあたりの地誌を調べるときに役所で買ったのですけど、なぜか今、見当たらないのですよ。。)

あと、この坂の由来の説明よんで、なぜ体が温かくなるのであんか坂?と思った若い人もいると思いますけど、これは”行火(あんか)”で辞書(今回はyahoo辞書を使用)を調べてみるとですね、「炭火を入れて手足を温めるために用いる暖房器具。普通,丸みを帯びた箱形の土器で,床(とこ)の中に入れたり,置きごたつとして用いる。」ということなのですよ。
まあ、説明のとおりですが昔の暖房器具ですね。(ただ僕もあまり絵がうまく頭の中ででてこなかったので、今度は”行火”でグーグル画像検索すると、イメージでてきますよ。こんな感じで。


行火坂(NO.251)2
写真2

ではまた、坂道のほうに話はもどりまして、ちょうど写真1の背後にはこんなお店があったのですよ。(写真2)
前の行善寺坂(NO.250)でも登場した写真ですが、あまりに良い感じだったので再び登場です。


行火坂(NO.251)3
写真3

次は、坂道をすこし上り、坂下方向を見てみたものです。(写真3)
正面に写真2で出てきたお店が見えていますけど、それとあわせてやはり坂下との高低差具合ですかね。
すこし上っただけなのに、かなりの高低差が坂下とでてきていました。
あとは、左側の擁壁が奥から手前に向かってぐぐんと高くなっている感じは、以外と坂道風景的には新鮮だったかもです。


行火坂(NO.251)4
写真4

もうすこし坂を上り、一息がてら坂上方向を眺めてみました。(写真4)
左右の立派な擁壁といい、坂下あたりほどではないですがなかなかの勾配具合の坂道景色を楽しむことができました。
また、舗装に目を向けて見ても、ドーナツ型に加えて、きざみ型のハイブリッドな舗装が、これは道幅が広がったため新旧の舗装がみられるのだろうか?とか、たまたま予算の関係上の時差工事でこうなったのだろうか?など、いろいろと想像がふくらむつくりが興味深かったです。


行火坂(NO.251)5
写真5

そして、最後は坂上からの景色など。(写真5)
たぶん、学生時代だったら、このあたりに座ってとりあえずスケッチでもしていたかも。(笑)
とにかく、勾配具合はもちろん、左側の樹木も年月が経ち良い感じで道側にせり出してきていてるなど、いろんな要素が時間の経過とあわせてうまく混ざっていて、距離の短い道でしたけど興味深い坂道風景を見ることができたかもです。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1-8あたり

前回とりあげた「行善寺坂(NO.250)」の坂上でつながっていて、行善寺に隣接した場所に良い感じの無名坂というか階段がありましたので、ちょっと寄り道してみましたよ。


行善寺横の階段-1
写真1

まずは、行善寺坂(NO.250)の坂上あたりを歩いていると、坂道から路地の奥のほうに視界の開けている場所がちらりと見えたのでおもわずぱちりと。(写真1)
また路地の左側に見えている渋いつくりの建物は、行善寺の境内の建物みたいですね。


行善寺横の階段-2
写真2

せっかくなので、行善寺の境内に入るための門を坂道側から見てみたものなども。(写真2)
位置的には、写真1の場所からすこし左側(坂下方向)に移動した場所になりますかね。
あとこのアングルからだと、行善寺の由来などが書かれた案内板が見えているので、そのまま抜粋するとですね、
『本寺の開基は長崎伊予守重光(法名・行善)、開山は法蓮社印誉上人伝光和尚であり、永禄年間(一五五九〜一五六九)に建立された。
本尊は阿弥陀如来で、寺宝にが玉川出現楠薬師があった。
この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。

二子渡船 太田子徳
玉くしけ二子のわたり明ぬやと
見しや鵜船の篝也けり』
とありました。

ちなみに、長崎伊予守重光さんなる方は、北条氏の家臣だったとのこと。
しかも、城めぐ.comというサイトの説明によると、この場所には瀬田城というお城がかつてあったそうですよ。
なるほどー。
(なお行善寺については、猫のあしあとなるサイトの解説ページが詳しいです。)


行善寺横の階段-3
写真3

そんなわけで、写真1の路地を奥に進むと、いきなりこんな急傾斜の階段が姿を現しました。(写真3)
坂下には、東急田園都市線が横切っていて、撮影時にはうまい具合に電車が走りぬけてくれました。


行善寺横の階段-4
写真4

いちおう、坂上方向も見てみました。(写真4)
右側の緑に覆われた塀がすごく印象的な感じですが、こちらは行善寺の塀ですね。


行善寺横の階段-5
写真5

坂上からの遠景はこんな感じでした。(写真5)
正面には玉川通り(246号ですね)の高架もちらりと見えているのですが、高さ的には、地形の高低差の関係もあって全然目立っていませんでした。
このあたりの地形のことを知らないでこの景色をみてしまったらちょっと不思議な風景と感じてしまうかもですね。


行善寺横の階段-6
写真6

そして、一気に坂下までやってきて、坂上のほうを眺めてみました。(写真6)
両サイドの樹々といい、傾斜具合といい、ちょっと無名階段として放っておくにはもったいない風情のある階段だったかもです。
ただそういう意味では、もしこの階段に名前をつけるとしたらやはりここも写真6の右側に行善寺が隣接しているので「行善寺坂」ということになるんですかね?


行善寺横の階段-7
写真7

ちなみに、右側の行善寺のほうも見てみました。
まさに崖の上に建つお寺という感じでしたよ。
まあこんな感じなら、昔の人もこの崖の上にお城をつくりたくなるのもなんとなくわかるかもですね。


行善寺横の階段-8
写真8

最後は、写真6・7の場所から、左側方向を見てみたものです。(写真8)
実はこの道路も坂道になっていたんですよ。(もちろん無名坂です。)
しかも景色的にもなんだか良い感じ。


ということで、今回はこんな感じです。


住所:
世田谷区瀬田1-12あたり

所在地:世田谷区瀬田1丁目12あたり


とりあえずこれまでの品川駅界隈の坂道探索は、いったん中断して、今回からは、そういえば今住んでいる地元の世田谷区の坂道をこのブログではまったく取り上げていなかったことを思い出しまして、ちょっとふらりと行ってきましたよ。


坂名は、ぎょうぜんじ坂と呼ぶそうで、場所は、東急田園都市線の二子玉川駅から北側へ徒歩10分くらいの場所にあり、坂下を流れる丸子川から北へと上っている坂道です。


行善寺坂(NO.250)1
写真1

まずは坂下からの眺めなど。(写真1)
見た感じは、両サイドに緑が満載で、まさに閑静な住宅街といった感じでした。
勾配具合は、写真で見た感じではそれほど急な感じには見えないですが、実は、この坂のまわり(界隈)は、知っている方も多いとは思いますが、国分寺崖線と呼ばれるかの有名な崖線エリアで、実は坂上と坂下でけっこうな高低差があり、この坂も例にもれずの場所だったので、歩いているときはなかなかしんどかったです。


行善寺坂(NO.250)2
写真2

すこし坂を上り、坂下のほうを見てみました。(写真2)
写真2の奥に見えている信号のあたりにさきほどの話でもでてきた丸子川が横切っていたりします。


行善寺坂(NO.250)3
写真3

次は写真2とだいた同じ位置より、坂上のほうを眺めてみました。(写真3)
坂道はまだまだ続いており、実はこのあたりからの坂道景色も良い感じだったのですが、左側の場所で住宅の新築工事中だったため、散歩時には工事車両が止まっていて、ベストアングルからの撮影ができなかったのはちょっと心残りだったかもです(天気もよかったので。。)。


行善寺坂(NO.250)4
写真4

そんなわけで、工事車両がぎりぎりに写らない場所まで坂を上り、坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真4)
坂道のカーブ具合と左の大きな樹木がかなり良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)5
写真5

そして、しばらく坂を上っていくと、坂の途中になかなか良い感じのお店を発見。(写真5)
僕が行ったときは店は休みだったので中には入れませんでしたけど。
また、この向かいには、次回以降に話す、坂道もあったりと。


行善寺坂(NO.250)6
写真6

写真5で出てきたお店の場所から、もうすこし坂を上ってから坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真6)
ここから見た感じだと勾配具合もほんと緩やかに見えていますね。。
しかも左側の石垣やら樹木もかなり良い感じだったのですが、現地では宅急便の車両が止まっていて(しかもけっこう待ったのですがなかなか動かずでした・・・。)、ちょっと残念な感じとなってしまいました。
でも、まあ、これもとある街の生活風景と考えればいいかもですし、車の通行が少ない道路なのかなということもこれから想像できそうですしね。


行善寺坂(NO.250)7
写真7

さらに坂は続きまして、このあたりはすこし勾配具合がちょっと急な感じでした。(写真7)
おそらくこのあたりで一気に高低差を稼ぐ感じの場所だったかもです。


行善寺坂(NO.250)8
写真8

さらに坂を上りまして、次は坂下のほうを眺めてみました。(写真8)
いわゆるここは地域のなんてことない生活道路みたいだったのですが、なにやら改めて整備されたかのように坂道景色はなかなか良い感じでしたよ。


行善寺坂(NO.250)9
写真9

とまあ、そんな感じで距離の長い坂道を上り終えた頃に、やっとこの坂道の名前の由来ともなった「行善寺」の門が見えてきました。(写真9)
ちなみに、ここにはいつものような坂の説明を記した碑はなく、坂上のこの門のところに(写真9では見えていませんけど)、「世田谷百景 瀬田の行善寺と行善寺坂」と書かれた標識があるのみでした。
ただこの奥にある行善寺についての説明を記した案内板も同じ場所にあるのですが、ここに、『この地は展望にめぐまれ、江戸時代から玉川八景として有名であり、将軍も遊覧の折、しばしば立ち寄った。』という一文がありましたよ。
なので、昔からここは高低差があり景色が開けた場所だったと読み替えることもできそうですね。
あと、この坂道は、大山道なる古道でもあったそうですよ。



行善寺坂(NO.250)
写真10

こちらはおまけです。(写真10)
実は、写真8の場所からすこし坂を上ったあたりに「瀬田貝塚跡」なる石碑がありました。
ネットで軽く検索してみたところでは、どうやらこれは縄文時代前期の頃の貝塚跡という情報が多かったです。(文献をきちんと調べたわけではないので、これくらいでぼかした言い方してます。。)
まあ、古道沿いの坂道なのでそういう場所があってもおかしくはないかもですね。

ということで、いろいろと話を広げたくなる史実もけっこうありましたけど、今回はこんな感じです。


地図
世田谷区瀬田1丁目12あたり

さてさて、まずはみちくさ学会にて坂道と富士山つながり記事がこのまえアップされましたので、よかったらどうぞ。
http://michikusa-ac.jp/archives/3250140.html

ということで、今回は(も?)坂道話はひとやすみして、三軒茶屋にあるキャロットタワ―の展望台にひさびさにのぼってきたときのことでも。


世田谷三茶から富士山を探してみる1

もちろん展望台では、富士見坂つながりというか富士山がみえないかなあということで、まっさきに富士山があるほうを眺めてましたが数時間前に雨が降っていたこともあってか、なにも見えませんでした。
これだけ高い位置からみているので、うまくいけばシルエットだけでもみれるかなあと思っていたので、ちょっと残念な訪問となってしまいました。
また真夏のころの天気のよい時にでもきてみてばっちり写真におさめたいと思います。

そういえば、この景色をみながらふと、ちょっとまえに設置可能な日本の各家の屋根に太陽光発電パネルのとりつけをめざすというニュースが流れていたことを思い出したんですけど、こうあらためてまじまじと(しかもはずかしげもなく)眼下の家々を見てみると、以外と設置できそうな場所がけっこうありそうなので、もしそういうことになったらなんかすごい風景になるかもですね。
ただ、いくつかの家の近くに背のたかめのマンションがあったりしているので、(今みているのは南西方向なので)ここからだとビルの手前にみえている家なんかはパネルをとりつけてもかなり効率わるそうですし、もし義務化でもされたら、それこそ新旧の背の高いマンションと低層住宅とのあいだで日照権の争いがたいへんなことになりそうな気もしますがどうでしょ・・・。


世田谷三茶から富士山を探してみる2

それはさておき、こちらは展望室の窓そばにあった案内パネルです。
うまくいけばこんな具合に富士山がみえるみたいですよ。


世田谷三茶から富士山を探してみる3

というわけで最後は、ほっこりと世田谷線の風景でも。
上りと下りの電車がちょうど駅に停車しているめずらしい場面にでくわしたので、おもわずぱちりと。


住所
世田谷区太子堂4

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