東京坂道さんぽ

タグ:広重
雨の七夕ということで名所江戸百景でも
清水坂と清水堂をタイムトリップ
湯島天神坂上眺望

昨日、本屋に寄ったら、赤瀬川原平さんの「広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ」の新装版が、最近でたみたいで新刊コーナに並んでいましたよ。
ちなみに以前のタイトルは「赤瀬川原平の名画探険 広重ベスト百景」という名で2000年に出版されていたみたいです。




[新装版] 広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ



そんなわけで、今日は七夕、そして広重さんつながりで名所江戸百景に「市中繁栄七夕祭」という、江戸時代の七夕祭りの時の江戸のまちの様子を描いた浮世絵があったことを思い出したので、知らない人もいるかと思いますので軽く紹介がてら。


「市中繁栄七夕祭」


上の画像が、広重さんの「市中繁栄七夕祭」ですね。
いちおう七夕が主役のようですが、富士見画でもあったりするのですよ。
「ここが広重・画「東京百景」」という手元にある本の説明によると、江戸の七夕祭は毎年盛大に行われていたそうで、この絵は、当時の広重さんの自分の家からの江戸市中の眺めを描いたものらしく、今の場所で言えば、東京駅のすぐ東側にあるブリジストン美術館のあたりから、富士山を眺めたものとみていいようですね。
なので、現在の地図の場所と見比べてみてもわかるかもですが、途中には皇居内に今も残っている富士見櫓なんかも浮き世絵の右側にちらりと見えていたりするので、あのあたりが昔の江戸城の敷地で、今の丸ビルあたりが、絵の手前の白壁の倉の向こうあたりに描かれた当時の富裕な商家町(これは本の説明にもあり史実のようです)なんだろうなあとか想像できてしまうわけなんですよ。
とにかくこの絵から、風流なのんびりとした江戸の日常を想像するのか、はたまた本の解説にもあったとおり江戸の繁栄ぶりを想像するのか、いろんな見方ができそうな絵かもですね。(ちなみに僕はどちらかといえば前者のほうを想像してしまいましたけど。)

というわけで、赤瀬川原平さんの「広重ベスト百景 赤瀬川原平が選ぶ」の新装版のほうについてはさらりと触れただけでなんですが、今回は七夕らしくということで、さらりとこんな感じです。

脱線ついでにもういっちょです。


清水坂と清水堂1
写真1

まえにまわった上野公園内にある清水坂(NO.192)
前回の湯島天神の坂道の風景画と同じように、こちらも広重さんの浮世絵「上野清水堂不忍池」にちょっぴりとだけ描かれていました。


清水坂と清水堂2
上野清水堂不忍池

絵の一番下に人が昇り降りしている階段がみえていますけど、こちらが江戸時代の清水坂。
現代の清水坂(NO.192)と比較してもそんなにかわらない感じですかね。
右側の赤い建物が坂の名の由来にもなった清水堂です。
前にも書いたかもしれないですけど、京都の清水寺を模してつくられたそうです。
左側には不忍池が描かれています。


清水坂と清水堂3
写真3

そして写真3が現在の清水坂(NO.192)からみた清水堂です。
広重さんの絵にかなりのデフォルメがはいっているのか、はたまた新しくリニューアルされて昔の絵の建物とちがってしまったかは不明ですけど、舞台と下の地面の高さ具合がかなり違っているみたいですね。


清水坂と清水堂4
写真4

また清水坂(NO.192)の坂下のすぐそばには不忍池へと下っていく階段もありました。
おそらく昔は「上野清水堂不忍池」の絵にあるように坂自体も一気に池の端まで下っていっていたかもしれないですが、今は途中に公園をぐるりと歩くための歩道がひとつできていて、これはそこから池の真ん中あたりにある弁財天の方向を眺めたものです。
階段というか坂道的には美階段で(笑)、坂上の眺望も今思い出してみても、なかなかいい感じだったと思います。
(ちなみにこちらの階段坂道風景はブログ初公開の写真です。そのほかの写真も実は坂道散歩した時とは別の日のものなんですけどね。)


清水坂と清水堂5
上野山内月のまつ

それでもって最後にもう一枚。
こちらも広重さんの浮世絵です。
実はこの絵、写真4の奥のほうの不忍池がうつっている風景とだいたい同じ場所(方向)を見ているようなんですよ。
ちょっと木々に隠れてわかりにくいですけど。
手前に大きく描かれている松が、この絵のタイトルにもなっている“月のまつ”とよばれる松で、実は上でのせた「上野清水堂不忍池」の左側にもちらりと見えていたりします。(笑)
そんなこんなで「上野清水堂不忍池」の絵に松のそばでぼんやりと池のほうを眺めている人も描かれてますけど、この「上野山内月のまつ」の絵はまさにこの人の視線(と場所)でシャッターを切られたものといえるのかもしれないですね。


地図
台東区上野2あたり

半年くらいまえ(かもうすこしまえ)に、古地図の本を買ってしまってからというもの、どうやら坂道散歩にかなりの影響を与えだしていますよ。。
まずはじめにみちくさ学会の記事書くときに応用してみたのですけど、そのおかげで、最近やっと坂道取材で皇居編につづくあらたな場所にいって取材がてらあるいてきたんですけど、それを記事にしようと思った時点で、古地図やら浮世絵(こちらは前からそれ系の本持ってましたけど、古地図と連動して気になりだしたという感じです)やらをあっちみてこってみてという具合に、なかなか進みません・・・。(汗)
まあいろんな時代や場所、言葉のレイヤーを行き来している感じですかね。

そんなわけで、今回も坂道記事書いてて、ちょっと気がついたので脱線話です。(笑)


湯島天神坂上眺望

去年ぐらいに湯島天神訪れたときに、このブログでも天神石坂(NO.186)天神女坂(NO.187)のエントリー書いたと思いますけど、最近広重さんの浮世絵系の本をぱらぱらと見ていたら、なんとストレートにも、湯島天神内の坂道の坂上からの風景を描いた浮世絵を発見しましたよ。
それが上の浮世絵で、タイトルもずばり「湯しま天神坂上眺望」となっていました。(驚)
なんで今まで気がつかなかったんでしょ?(笑)

絵は、今でいえば女坂(天神女坂(NO.187))から坂下のほうを眺めたもので、右下にちょこっと石段みえてますけど、それが男坂(天神石坂(NO.186))ということみたいです。
そして遠くには池らしきものが見えていて、それが今の上野公園内にある不忍池で池の真ん中の弁財天のあるあの島も描かれています。
また坂上からの景色は、なんだかすごく雄大に描かれていて、実際、池までこんなに高低差あったっけと思えなくもないですけど。
あとは、この雪景色ですかね。
雪の時期の景色がよかったのか、それともたまたま雪の降る時期に描いたものなのか。。
本人がいればきいてみたいですよ。

というわけで、今回もさらりと脱線話でしたけど、湯島天神かいわいの坂道話については過去エントリーをみてください。

いちおう上でもリンクしましたけど。
湯島天神の男坂→天神石坂(NO.186)
湯島天神の女坂→天神女坂(NO.187)


住所
文京区湯島3(湯島天神内)

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