東京坂道さんぽ

タグ:建築
横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら
衣紋坂(NO.282) / 神奈川県横浜市中区真砂町1あたり
今回は、田町駅すぐにある「潮見坂」と「聖坂」の2つを取り上げました。 /たびねす記事掲載お知らせ。
三べ坂(NO.281) /千代田区
記事掲載お知らせ:ヱビスビール発祥の地、東京・恵比寿と縁深いビール坂めぐり
諏訪坂(NO.280) /千代田区
たびねすの記事掲載されてます。今回は、永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈についてです。
たびねすの記事掲載されてます。今回は、代官山の「目切坂」界隈です。
たびねすの記事掲載されてます。今回は、港区六本木の「鳥居坂」界隈です。
トラベルjp(たびねす)にて記事の寄稿はじめますよ〜。
セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ
石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと
とある街の風景197(深大寺の低山)
とある街の風景195(お台場の階段建築)
友人のオープンハウスと坂道散歩。
友人のオープンハウスに行ってみる
夜のAo
オープンハウスに行ってみる
新橋というか銀座のカプセルマンション

今回もお知らせをかねてですが、衣紋坂(NO.282)を歩いたついでに、以前からなにげに気になっていた「日本大通り」なる大通りを歩いて調べてみたら意外と面白い場所だったので、たびねすにて取り上げることにしてみたのですよ。

→『日本初の西洋式街路!海へと続く並木道・横浜「日本大通り」を歩いてみよう

通りのだいたいの歴史やら人物と土地の関係なんかについては、たびねすの記事のほうにまとめていますので、そちらのほうをどうぞ。

数年前までは「日本大通り」というなんとも大袈裟な名前の駅があるなあくらいしか、実は関内あたりを訪れた時は思ってなかったんですが、やはり駅の名前になるだけあって、大阪の御堂筋みたいなほど地域以外の人に知られているような場所ではないかもですけど、この関内の日本大通り自体も調べてみると、なんていうかまちづくりの歴史まで知ることができて一石二鳥という感じでしたかね。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら1
写真1

ちなみに通り沿いには、これでもかというくらい「日本大通り」と書かれた案内板がありましたね。(写真1)
写真1は名称だけのものですが、近くをきょろきょろしてみると。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら2
写真2

こんな具合に、坂の碑のように通り自体の史実が書かれたものがあったり。(写真2)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら3
写真3

もうすこし新しめの通り沿いの有名な建物の由来が記された案内板と同じフォーマットのものもいくつかありましたね。(写真3)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら4
写真4

あと、びっくりしたのは、通り沿いにある横浜情報文化センター内にあったこちらですね。(写真4)
昔の輪転機らしんですけど、この大きさにはびっくりでした。(笑)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら5
写真5

ちなみに、同じ館内の1階によさげな階段もあったので、記念にぱちりと。(写真5)


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら6
写真6

こちらは横浜情報文化センターの外観ですね。(写真6)
なんか上に新しいのが付け加えられているようですが、この建物自体は1929年(昭和4年)に建てられたもので、2000年に保存活用するため、今の横浜情報文化センターに生まれ変わったみたいです。


横浜・関内の「日本大通り」をぶらぶら7
写真7

最後はおまけです。(写真7)
これは「キングの塔」の愛称を持っていることでも知られる神奈川県庁本庁舎ですね。
ちょうど建物の上にある塔も見えるポイントがあったので、ぱちりと。


ということで、通り沿いの施設をすべて取り上げていたら、キリがなさですので、またなにか機会があればおいおい取り上げていければいいかなという感じにして、今回はこんな感じです。


地図
神奈川県横浜市中区日本大通

先日、たびねすに「衣紋坂」の記事を寄稿したのですが、今後も記事公開を続けていくと、ブログで取り上げた坂道以外の場所についてもけっこうな数になりそうなので、今回から以前のみちくさ学会の時にしたように通常のブログ記事の中でお知らせする形とすることにしました。

中身はあまり変わらないかもしれないですが(笑)、坂道記事に関しては補足事項があれば、その2、その3みたいにしていつもどおりに追加していければなとも思っています。(今回はその可能性大なので。)


衣紋坂(NO.282)1


そんなわけで、今回はブログでも取り上げる機会がなかなかとれなかった、横浜市の坂道をやっと取材して、たびねすの記事を通じて取り上げることができましたので、よかったらどうぞ。
→『関内にも坂道があった?横浜スタジアムを眺めながら巡る衣紋坂 | 神奈川県


衣紋坂の由来については、記事にある通りなのですが、事前の調査で過去の絵図をいくつかみつけることができたので、おいおいこのブログにて紹介していこうかなと思っています。(ほんとうはたびねすの記事で一緒に紹介できればわかりやすくていいのですが、それができない規定なので。)

それにしても、あの関内に坂道があったことは、実は今年になって知り、どのタイミングで取り上げようなかなと思っていたのですが、ちょうど先月記録的な長雨で都内は雨ばかり続いたこともあり、それでは夏だし海も近い横浜に行こうという感じでした。
ところが、いざ調べだすと、坂道界隈だけで、かなりの数の歴史的建造物やら関内自体の史実にたくさんぶつかり、まさに関内の地霊を調べるという具合になってしまいました。
でもまあ、そのおかげで、関内あたりにはかなり土地勘できました。(笑)
しかも、あのあたりは見ておくべき近代建築がたくさんあることに加えて、ライトアップイベントやらアートイベントで訪れることもなにかと多い場所だったので、土地勘どころか愛着さえ沸いてくる感じでしたかね。
とにかくあの港町にも坂道とアートがあるということで、なんというか気持的なものではありますが精神的な軸ができ、自分としてはちょっとうれしい発見だったかもです。


ということで、今回は長くなりそうなので、いったんこれくらいにして、また次回以降に周辺の建築物やら衣紋坂自体のことについても取り上げようかなと思っていますので、しばしお待ちください。



地図
横浜市中区真砂町1あたり

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。


→『東京・田町駅すぐ 三田・潮見坂&聖坂界隈はかつての海岸線だった?』
http://guide.travel.co.jp/article/27881/


今回はJR田町駅からすぐの場所にある「潮見坂」と「聖坂」を取り上げてみました。
真夏ということで、単純に海にちなんだ坂道を選んでみたわけですが(笑)、ちょっとだけ時間の概念をいれて、ひと味違った見方できないかなあと考えていたのですよ。
それで、そうだ!アースダイバーがあったなということで、読み返してみたら参考になることがあったので、そこから話を広げる感じで書いてみました。
とはいいつつも、観光ガイド記事のため、あまりつっこまずという感じだったので、なんだかブラタモリ風(もしくは脚本風?)になったかなあと思ってみたり。(笑)

あと、今回は、まだブログでは取り上げていない坂道でしたかね。

そんなわけで、過去記事へのリンクはありませんので、いつものようにおまけ写真をいくつか。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」1
写真1

まずは、潮見坂の坂の碑など。(写真1)
港区の坂道にはこうして坂の碑が設置されているパターンが多いのでありがたいですね。
今回は坂上と坂下にきちんとあるパターンでしたよ。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」2
写真2

潮見坂の坂上にあった学校の案内看板ですね。(写真2)
とにかく、訪れた時は名前に驚いてしまいましたかね。
「普連土=フレンド」だとは思いますが、真相はさだかではないです。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」3-名所図会
画像3

そして、こちらが江戸名所図会に掲載されている潮見坂の絵ですね。
たびねすの記事ではこういう古い絵は掲載不可なので、こちらにて紹介しておきますね。
絵を見るとけっこうデフォルメされてますけど、たしかに遠くには海が描かれていますよね。
田町あたりが海だとこういう景色になるんですかね。
ちなみに、この画像は国立国会図書館デジタルコレクション から拝借したものですが、サイトによるとこの絵も掲載されている江戸名所図会は1893年に出版されたものなので、この景色も100年以上前の景色ということになりますかね。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」4
写真4

次は、聖坂の坂上からのものですね。(写真4)
取材当日は道路工事していて、終わるまでそのあたりで時間つぶして、今回掲載した写真を撮ることができたのですよ。
坂道散歩していると、たまにこういうことがあります。
たぶん階段ではそういうことないと思いますけど、坂道は道路なので地下にいろいろ埋まってますからね。
あと、この角度からなら東京タワーも左側に見えてますね。(さっき気がつきました。汗)
やっぱり坂上からの景色もいい感じの坂道だったんですねえ。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」5
写真5

これは、さっきの写真4のする隣に建っているクウェート大使館ですね。(写真5)
こんなところにも丹下建築があったとは。


田町駅すくにある「潮見坂」と「聖坂」6
写真6

そして、最後は、同じく聖坂の途中にあったアリマストンビルの看板などをぱちりと。(写真6)
けっこう前からあったと思いますけど、今も工事中なのですね。(手作りなのでそうりゃあそうですけど。)

以上です。

ということで、記事のほうよろしくです。

さんべ坂と呼ぶそうです。
場所は、東京メトロ永田町駅からすぐの場所にあり、坂上は国道246号と接しており、そこから衆参の議員会館の方へと下っている坂道です。


三べ坂(NO.281)1
写真1

まずは坂上からのものなど。(写真1)
ちょうどこの後ろが、東京メトロ永田町駅が地下にある国道246号という場所ですね。
このあたりは比較的ゆるやかに下っている感じでしたかね。


三べ坂(NO.281)2
写真2

ちょうど写真1の右側には参議院議長公邸が隣接しているのですが、そこの出入り口あたりに、こんな感じで「華族女学校跡」なる石碑もありました。(写真2)
これは、かつて華族女学校がこの地にあったことからということみたいですね。
ちなみに、この碑、ちょっと調べてみたら戦時中の昭和18年に建てられた碑とのことみたいです。なので、戦災で燃えたり壊れたりしないように、こんな大きな石を削って、石碑にしたのかなあと思ってみたり。


三べ坂(NO.281)3
写真3

一気に坂を下り、坂の中腹あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみたものです。(写真3)
この坂道のビューポイントはこのあたりですかね。
これまでにも何回かここを通っていますけど、議員会館が整然と並んでいる様やらこの高低差感、ヌケ感にいつも「ほほー」と思ってしまう感じですね。


三べ坂(NO.281)4
写真4

ほぼ同じ位置ですが、すこしばかり下って、今度は坂上方向を見てみたものです。(写真4)
こちら側は、両側の立派な擁壁が印象的でしたかね。
こっちからだと意外と高低差感あるように見えていました。

あと、写真4の右側にちらりと見えていますけど、ここにも坂の碑があったのですが、雨風にさらされて文字が見えなかったのですよ。。
なので、坂の碑に書かれていたことを抜粋してくれている東京23区の坂道さんのサイトを参考にさせていただくとですね(平成5年くらいの内容ですが)、
『この坂を三べ坂といいます。「新撰東京名所図会」には「華族女学校前より南の方に下る坂を、世俗三べ坂という。昔時、岡部筑前守・安部摂津守・渡辺丹後守の三邸ありし故に名づくといふ」とあります。また、坂上の西側一帯は松平出羽守の屋敷で、松平家が赤坂門の水番役をかねていたところから、門前の坂は、水坂ともよばれていました。』
とのこと。

「水坂」なんて別名もあったんですね。
なるほど。



三べ坂(NO.281)5
写真5

もうすこし、坂を下り、坂下方向を見てみました。(写真5)
ここからだと、衆参の議員会館もかなり近いですね。
あと、昔はこの坂の左側、今はフェンスになっているところは、いい感じのかつての大蔵大臣公邸の名残りの赤レンガの塀が残っていたんですが、なくなってしまいましたね。。
なんというか大臣公邸のものなので、かなり気合い入れてつくられたはずの塀なので、ちょっともったいなかったかなあと今さらながら思っているのですが。


三べ坂(NO.281)6
写真6

写真5の位置からほんの少し下って、坂上方向を見てみたものです。(写真6)
こちら側から見るとここも高低差感ありますね。

あとはこの右側に赤レンガがあればさぞかし印象的な景色だったろうなあと思ってみたりもしますが、それはさておき、ここからは、坂道の風景とともに、遠くに見える坂上のいろんなビル群が印象的だったので、写真に残しておくことにしたのですよ。


ということで今回はこんな感じです。


(ひとこと)
今回撮った写真は、たびねすの記事「メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり」の回で取材した時のものばかりです。なので、時期的にはその頃(2016年12月)の写真です。


地図
千代田区永田町2-17あたり

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『 ヱビスビール発祥の地、東京・恵比寿と縁深いビール坂めぐり 』
http://guide.travel.co.jp/article/26748/


今回は、恵比寿ガーデンプレイスからすぐの場所にあるビール坂を取り上げてみました。ちょうどこれから暑くなり、ビール飲むのもちょうどいい季節ですしね。
とにかくビール坂という名前自体にインパクトもあって、恵比寿といえばビール坂というのも僕の中にあったので、いつか紹介したいなあと思っていた坂道だったのですよ。

では、今回もブログの過去記事ありますので、リンクしておきますね。

ビール坂(NO.155)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51576367.html

ネギ山坂(NO.176)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51744448.html


あとは、いつものようにおまけ写真をいくつか。


ビール坂の記事1
写真1

まずはビール坂の坂上にあった建築家の平倉直子氏の設計による「渋谷警察署恵比寿四丁目交番」など。(写真1)
たしかに普通の交番の雰囲気からすると一風変わっているかもですね。


ビール坂の記事2
写真2

ビール坂の途中の景色ですね。(写真2)
ちょうど児童遊園地があるあたりです。
前はこの左側あたりにシーラカンスの設計による「SELFISH」という小規模なビルがあったはずなのになあと思い出し、調査前に建築物のことでちょっと調べてみたら、やっぱりなくなったみたいですね。
今は周辺を一体開発したマンションになっていました。


ビール坂の記事3
写真3

一応、調査時には「ヱビスビール記念館」にも寄ってみました。(写真3)
写真は館内に大階段があったので、記念に撮っておいたものです。


ビール坂の記事4
写真4

同じく恵比寿ガーデンプレイス内にある「恵比寿神社」もぱちりと。(写真4)
庭園の奥まったところにひっそりとありました。


ビール坂の記事5
写真5

そして、最後はネギ山坂の坂上で見つけた景色です。
ちょうど方角的に、はたまた地形具合のおかげで、東北寺の墓地の向うに東京タワーが見えていました。


ということで、記事のほうよろしくです。

(とりあえず、昨年のたびねすの取材ついでにまわった坂道の写真もたまってきたので、しばらくはそのあたりの坂道を記事にしてみようかなと思っていますよ。)


すわ坂と呼ぶそうです。
場所は、メトロ永田町駅の出口とも直結していて、東京ガーデンテラス紀尾井町にも隣接している坂道です。


諏訪坂(NO.280)1
写真1

ではまず、坂下からの景色でも。(写真1)
比較的緩やかな勾配具合でしたかね。
しかもここからでも坂上あたりが見えているほど距離の短い坂道でした。

左側には、東京ガーデンテラス紀尾井町の高層ビルがあるんですが、ここは赤プリがかつてあった場所でもあるので、今のビル名よりも、赤プリ跡地と言ったほうが分かる人も多いかもですね。

ちなみに、このすぐそばには、いつものように坂の碑がありましたので、いつものように抜粋しておくとですね、
『この坂を諏訪坂といいます。「新撰東京名所図会」には「北白川宮御門より赤坂門の方へ下る坂を名づく。もと諏訪氏の邸宅ありしを以ってなり。」と記されています。道路の向かい都道府県会館の敷地には、江戸時代に旗本諏訪家が長期間屋敷を拝領していました。また、別名を達磨坂ともいいますが、旧北白川宮邸が紀州藩であった頃、その表門の柱にダルマに似た木目があったため達磨門とよばれ、その門前を達磨門前、坂の名も達磨坂と人々は呼ばれたためです。』
とありました。

坂の碑に書かれていたことも含めて、ちょっとした史実なんかについては、たびねすの記事の諏訪坂の項で書いてますのでそちらを見てくださいな。


諏訪坂(NO.280)2
写真2

前からだったのかは忘れましたが、東京ガーデンテラス紀尾井町の敷地内に「空の広場」という広場があるんですが、これがちょうど今回の坂下あたりと隣り合っていたのですよね。(写真2)
写真2は、広場側から坂道を見た写真ですけど、こんな感じになっていたのですよ。

ちなみにちなみに、東京ガーデンテラス紀尾井町のHPにも「空の広場」の記載があったので、抜粋しておきますよ。
『赤坂御門の歴史的遺構を保存しつつデザインに取り込んだ「空の広場」は、開放的でフラットな空間。東京メトロ永田町駅の出入口に近くアクセスしやすい位置にあり、イベントの開催など様々な用途に最適です。また、広場の高台からは、弁慶濠が見下ろすことができるなど、気持ちの良い眺望が広がります。』
まあ、赤坂御門のことはほぼ触れず見た目のことをそのまま書いているみたいですね。


諏訪坂(NO.280)3
写真3

そんなわけで、一気に坂上あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみました。(写真3)
左側は都道府県会館の敷地みたいなのですが、そこの空地と歩道が一帯になっていたので道路部分とあわせると道幅自体がけっこう広く見えていましたかね。
しかも遠くに見えるビルもちょっと雰囲気が一味違う外観のビルなので、やはり目がいってしまいますね。


諏訪坂(NO.280)4
写真4

そして、坂上あたりからさらに坂上方向を見ると、左側には、赤坂プリンスクラシックハウスが見えていましたよ。(写真4)
これは赤プリ時代からあった建物ですよね。
まあ東京ガーデンテラス紀尾井町ができるのにあわせてある程度はお化粧直しもされたみたいですけど。


諏訪坂(NO.280)5
写真5

最後は赤坂プリンスクラシックハウスのそばにあった「煉瓦基礎遺構」ですね。(写真5)
近くに案内看板があったので、一部を抜粋するとですね、
『2011年、旧李王家東京邸(現赤坂プリンスクラシックハウス)の保存工事の過程で地中より北白川宮邸洋館の煉瓦基礎が発見された。(略)洋館は煉瓦造2階建の壮麗なゴシック建築で、設計者はジョサイア・コンドルであった。』
ということだそうです。
そして、北白川宮邸洋館の跡地に今の赤坂プリンスクラシックハウスがあるというわけですよね。
(なお、案内看板に書かれていたことをかなり省いてしまいましたので、気になる方は現地でどうぞ。(笑))


なお、今回撮った写真は、たびねすの記事「メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり」の回で取材した時のものばかりです。なので、時期的にはその頃の写真です。
とりあえず記事では2枚しか掲載できなかったので、こちらでも書いておくことにしました。
ということで、今回は、こんな感じです。

地図
千代田区平河町2あたり

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり』
http://guide.travel.co.jp/article/23524/


今回は、記事見てもらってもわかるかもですが、富士見坂沿いにおもしろそうなポイントがいくつかあり、さらに新たにできた散歩スポットもあるなど、盛りだくさんな感じになったのが特徴ですかね。
下手すると、永田町の富士見坂だけでも記事にできてしまうほどでしたが、そこに無理やり諏訪坂をねじこんだという感じです。(笑)

ちなみに今回の記事で紹介した坂道については、富士見坂のみですかね。

富士見坂 (NO.10) /千代田区永田町2丁目
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/50058235.html


あとはいつものようにおまけ写真をいくつか。


永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について1
写真1

これは、東京ガーデンテラス紀尾井町敷地内にある赤坂プリンスクラシックハウスですね。(写真1)
東京ガーデンテラス紀尾井町ができるときに、あわせて改修され、写真1のようにきれくなったみたいです。


永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について2
写真2

こちらも同じく、東京ガーデンテラス紀尾井町敷地内にある場所です。(写真2)
「空の広場」と名付けられたまさに広場ですかね。
そして、ここから見るとまったくわからないのですが、記事にも書いた説明のとおりで、赤坂御門の古い石垣をうまく再利用した広場でもあったんですよ。



永田町の富士見坂と赤プリ跡地界隈について3
画像1

最後はいきなりですが、たびねすの記事は、オリコンニュースでも転載されているのですが、ちょうど僕がページを開いたときにでてきた画面です。(画像1)
なんともびっくりというか、綾瀬はるかさんのCMに坂道記事が囲まれるという事態に思わず、記念にスクリーンショットしてみたものです。(笑)
とにかく、こんなことに反応してしまうのもどうかと思ったのですが、記事のマニアなタイトルに対しての、このまさに凹凸な感じというか違和感がなんとも面白かったもので。。

ただこの時は、次に開いたとき、普通の画面になっていたので、今でもオリコンニュースのサイトでこれが見れるかは運しだいかもですね。(試す人もいないとは思いますが。笑)


ということで、これ以上脱線してしまわないうちに今回の記事おわります。

では、よろしくです。

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『隠れ史跡スポット東京「代官山」目切坂で富士山を&上村坂で昭和の大スターを想う 』
http://guide.travel.co.jp/article/23066/


そんなわけで、今回の目切坂界隈あらためて復習してみると、史跡多かったでねえ。
あとは、界隈としているとおりで、どのエリアまで紹介しようというのが、毎回のことですが迷いどころでしたかね。

ちなみに今回の記事で紹介した坂道もブログで取り上げているものが多くありますので、リンクしておきますね。

目切坂(NO.154)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51562039.html

上村坂(NO.157)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51608379.html

代官山の猿楽塚
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/50804164.html


これぐらいですかね。

あとはおまけ写真をさらりと。


代官山の「目切坂」界隈1
写真1

これは、上村坂の坂の碑ですね。(写真1)


代官山の「目切坂」界隈2
写真2

そして、これが上村坂の坂の途中からみた「東京目黒 美空ひばり記念館」の外観ですね。(写真2)
まさに坂の途中。
しかも、坂道の途中でもけっこうな勾配具合のあるあたりにありましたよ。

ちなみに、この記念館というか御殿、サンスポの2014年の開館を伝えているネット記事によると、「84年にひばりさん自らが設計した3階建ての自宅」とあるのですが、これは本当なのですかね。もし本当なら、自宅を建てる時にかなり関わってらしたということになるのですかね。
(いちおう、記念館の受付の人にも聞いてみましたが、わからないとのことでしたよ)
→『ひばりさん御殿にキャデラック!28日から公開!!』
http://www.sanspo.com/geino/news/20140505/oth14050505030005-n1.html

あとは、youtubeに動画もありましたよ。
これも開館のニュースを伝えるものですが、館内の様子も一部映っていますね。
→『美空ひばり記念館オープン 目黒の自宅を一部公開』
https://youtu.be/rr_0Z0c_Uoc


代官山の「目切坂」界隈3
写真3

最後は、旧山手通りの様子でも。(写真3)
代官山交番前交差点の上を通る歩道橋からの景色です。
左側に見えている白い建物がヒルサイドテラスですね。


ということで、たびねすの記事のお知らせとあわせて、スペースの関係上載せなかった写真も含めて紹介してみました。
では、よろしくです。

数日前に、たびねすへの寄稿記事が公開されてますので、よかったらどうぞ。

→『東京「裏六本木」鳥居坂とあわせて散策したいおすすめスポット 』
http://guide.travel.co.jp/article/22569/


とりあえず、今回は最初の記事よりも坂道にフォーカスして書いてみました。
当初は、もっと建築物のほうにもつっこんで話をしようかなとも思っていたのですが、やはり坂道探検家と名のっていることもあるし、そういうこまかいことは、このブログで書くくらいにしたほうがいいのかもという気もしてきたので、しばらくはこの流れでいきそうですかね。


ちなみに、今回取り上げた4つの坂道は、すべて過去にブログで取り上げてますよ。
参考がてら、リンクしておきますね。

鳥居坂 (NO.96) 
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/50989416.html

潮見坂 (NO.97) 
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51003155.html

於多福坂 (NO.98)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51024067.html

あひる坂(NO.190)
http://blog.livedoor.jp/kf7654/archives/51848678.html


以上です。
とりあえず、たびねすの記事の写真は、最近撮った最新版なので、昔の景色と見比べるもの楽しいかもしれないですね。(なんかたびねす風の言葉が侵食してきているような気が。。)


鳥居坂-たびねす

記事にでてきた坂道の碑です。↑

今日はお知らせです。

「トラベルjp(たびねす)」というベンチャーリパブリックさんが運営している旅行ガイドメディアなるwebサイトがあるんですが、そこの運営の方から声をかけていただき、なんと旅行ナビゲーターとして記事の寄稿を始めることになりましたよ。

しばりとしては、旅行記とは一味違う、その道の専門家によるおすすめの観光案内(=旅行ガイド)を書いてほしいということだけで、あとは僕自身が詳しい坂道と建築について好きにテーマを選んで書いてもいいということだったので引き受けさせていただくことにしたのですよ。
しかも、今回は編集の方もいて、変なところがあればアドバイスいただけるので、このブログとは一味ちがった緊張感の中でやれそうですかね。

とりあえず、第一回目の記事がすでにサイトのほうで掲載されてますので、こちらにもリンク張っておきますよ。よかったらどうぞ。

→タイムトラベル気分で歩く!東京タワー下「富士見坂」と「永井坂」
http://guide.travel.co.jp/article/21446/


ということで、今後もこの坂道ブログと並行して、定期的に書くことになりそうですので、よろしくです。


トラベルjp(たびねす)にて記事の寄稿はじめますよ〜。

記事にでてきた坂道の碑です。↑

今回も、軽井沢編であります。
しかも、前よりマニアックな場所になりますかね。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ1
写真1

そんなわけで、いきなりの写真です。(写真1)
こちらは、タイトルにもあるとおり、セゾン現代美術館という美術館の入口になります。
この右横を一般道が通っているという具合のところですかね。
場所は、前に取り上げた石の教会・内村鑑三記念堂から、北へ3キロくらいの場所にあります。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ2
写真2

写真1の入口から入るとこんな道があるんですよ。(写真2)
どこかの登山道などではなく、奥のほうが写真1に写っていた入口あたりということになります。
とにかく、こうしてみると南側から北側へと上る、けっこうな高低差具合の坂道でした。
ただ今回も、特にセゾン現代美術館を紹介するというわけではありませんので(汗)、とりあえずこの坂道の高低差具合を覚えておいてくださいね。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ3
写真3

写真2の場所から、広大な敷地内を西側(写真2でいえば、左側)のほうに歩いていくと、やっと美術館の建物が見えてきました。(写真3)
なので、ここまでは無料で誰でも入れるわけなのですよ。
ちなみに、セゾン現代美術館の建物は1981年にできたそうで、設計者は建築家の菊竹清訓さんだそうです。(例のごとくその他の詳しいことは公式サイトのほうでどうぞ。)


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ4
写真4

こちらは、写真2と写真3の建物のちょうど間あたり(でよかったかな?)の場所に、なんとも奇妙な地形具合の場所があったので、パチリと一枚。(写真4)
後から盛ったのか、自然の地形なのかどうかはわかりかねましたが、どうみても芝生の坂道ですね。(笑)
しかも、奥のほうをみると坂上あたりと美術館の建物の屋根の関係がかなり一体物のように見えていて、まるで屋根と芝生の坂上あたりとが繋がっているかのようでした。(でも写真3を見ればそうではないことはわかりますよね。)

そして、ここで写真2の入口あたりと手前の場所との高低差具合を思い出してみるとですね、なんかここの芝生の坂道の高低差具合と似たような高さだったんですよ。
なので、元からあった地形を掘って建物を建てて、目の前の芝生の坂道は、坂上あたりが入口あたりと同じ高さなこともあり、元からあったものかもしれないと思ってみたり。。
ただ、Googleマップで、セゾン現代美術館あたりを拡大して見てみるとですね、建物を囲むように川が流れているんですよ。
そして、川との関係でいえば、今立っている低いほうの位置のほうが、元からあった場所っぽいので、やはりこの芝生の場所は後から、盛ったのではないかという疑問がますます深まっていくのでありました。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ5
写真5

あと、写真4でもちらりと見えていたのですが、芝生の坂になにやらオブジェらしきものが見えていたので近寄ってみました。(写真5)
これは明らかに意味ありげなつくりですよね。
しかもここから見ると、屋根との一体感が半端ではなかったです。


セゾン現代美術館の傾斜具合を楽しむ6
写真6

オブジェを違った角度から見てみました。(写真6)
すると、手前の枠の中に、奥のオブジェがおさまってしまいましたよ。
しかも、その奥というか向こうには山らしきものが見えていました。
気になったので、再びGoogleマップを見てみるとですね、軸線方向には、なんと浅間山があったのですよ。
ということは。。
わざわざオブジェの枠の中に浅間山までおさまってしまうのは、あまりにも偶然すぎるので、やはり、この作品のためにこの芝生の坂道というか地形が新たにつくられた可能生が高いということなのですかね。
ちなみに、このオブジェは彫刻家の安田侃さんによる「天沐」「天聖」という作品だそうですが、さすがにそういうことに言及しているサイトはないみたいでした。

ちなみにちなみに、僕がなぜ、奥にある浅間山に驚いたかというとですね、この前のブラタモリの軽井沢編を見たかたは、ピンとくるかもしれないですが、軽井沢の成り立ちと浅間山は切ってもきれない関係だからなのですよ。


ということで、今回はこんな感じです。
そして、取り上げ始めてからずいぶんと時間が経ってしまいましたが、今回で、草津・軽井沢編の坂道散歩はひと段落です。


地図
長野県北佐久郡軽井沢町長倉芹ケ沢2140

草津の話はとりあえず終わりましたので、次は長野県は軽井沢に行った時に気になった場所のことでもしたいと思います。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと1
写真1

そこでいきなりの写真からスタートです。(写真1)
これは、タイトルにもあるとおり、石の教会・内村鑑三記念堂と名付けられた教会の建物なんですよ。
場所は、北陸新幹線の軽井沢駅から、しなの鉄道線でひと駅の中軽井沢駅から日本ロマンチック街道なる道路を北に1キロくらいの場所にあって、近くには、ずいぶん前にこのブログでもすこしとりあげたトンボの湯などもあるエリアなのですが、ふとブログの日付をみると2006年とあるので、今回は8年ぶりの軽井沢だったみたいですね。

それはさておき、この教会については、今回の記事では、建築紹介というわけではないのですが、せっかくなので軽くふれておくとですね、ここは、内村鑑三記念堂とあるとおり、内村鑑三の功績を称えて建てられた教会だそうで、アメリカの建築家のケンドリック・ケロッグ氏が1988年に設計したそうです。(ということはバブル期にできた建物ということですか。とりあえず、あとの詳しいことは公式HPなどを見てくださいな。)

あと、始めに見た感じというか現地では、なんとなくフランク・ロイド・ライトさんの建築を思い浮かべてしまったのですが、帰ってから公式HPをみたら(たしか現地にも説明あったかもですが)、この教会はオーガニック建築の部類に入るとあったので、まあライトさんもオーガニック建築と呼ばれる部類の建築を多く設計しているので、あながち所感は間違ってなかったのだなあと思ってみたり。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと2
写真2

建物のことはこれくらいにして、この石の教会にはこんな場所があってですね、なんとここが教会のロビーにあたる場所なのだそうですよ。(写真2)
見た感じは野外広場のように見えますけどね。。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと3
写真3

そして、エントランスから教会の敷地内に入ると、こんな具合の道というか通路がありました。(写真3)
写真3の奥にさっきの写真2に写っていたエントランスが見えているとおり、いきなりこのようなつくりの道になっていたのですよ。
なんとも不思議なつくりの道でしたよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと4
写真4

ちなみに、写真3の左側からは、写真1で見えていた教会の正面入口側の全景がよく見えました。(写真4)
ここから見える景色では、奥の部分との高低差がけっこうあるようでしたので、この道の両サイドまで石が積まれていることとこの高低差というか地形具合とはなにか関係がありそうでしたが、当日は観光のついでだったこともあり、これ以上つっこんだ調査はしませんでしたが・・。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと5
写真5

写真3の場所からすこし敷地奥のほうにきてみて、エントランス方向を撮影してみたものです。(写真5)
なんとこのあたりから、坂道(奥のほうが低いですかね)になっていて、地面やら両サイドの石塀がかなり複雑な形になっていたのですよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと6
写真6

もうすこし奥に入った場所からエントランス方向を見てみたものです。(写真6)
このあたりからみると、奥の方が明らかに下っている感じがわかりやすいんじゃないですかね。
しかもここから見る分には、石塀と地面部分が一帯になっていて、ここがかつて水路かなにかで昔は水が流れていたのですよと言ってしまってもおかしくないほどの雰囲気を醸し出していたかもです。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと7
写真7

こちらは、写真6の左側に広がっていた階段で、写真7の坂上あたりが、ちょうど写真6で立っていた場所ということになりますかね。(写真7)
なので、写真6の時にいた場所が、実は今回の小道での高低差的には最高点ということになりそうでした。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと8
写真8

そんなこんなで、写真7のような森の小道でもある階段を下りていき、道に沿って歩いていくと、ここにやってくるのでした。(写真8)
ここは、石の教会の地下にある展示室への入口になっているようでしたよ。


石の教会・内村鑑三記念堂内の坂道をぶらりと9
写真9

そして最後は、石の教会の中を通りぬけ(中の様子が気になる方は公式HPみてくださいね)、写真1の場所の近くにあった(写真1でいえば左側のほうですかね)、これまた神秘的なつくりの通路があったのでぱちりと一枚。(写真9)
しかも、その奥には・・・!

それはさておき、実はこの場所、写真4の右下あたりにも見えていたのですよ。
なので、当日は、奥の華麗な夫婦に気をとられ、しかも観光ついでにきていたので、あまり意識してなく気がつかなかったのですが、さきほどの石塀に囲まれた道は、この上を通っていたみたいですね。
しかも、この写真9の通路は、石の教会の内部と繋がっているはずなので、なんとまあ敷地を大きく使って複雑なつくりにと、今となって感心しきりというか気がついたというか、体たらくでありましたよ。


ということで、今回はこんな感じです。


地図
長野県北佐久郡軽井沢町長倉

けっこう前のことなんですけど、行ってきましたよ。
深大寺とかですね。

で、そこで近くの公園に奇妙な小山がありました。


深大寺の低山1
写真1

深大寺の北側に神代植物公園なる場所があるのですが、そこの近くで見かけました。
神代植物公園に隣接しているなんてことない公園にこの高低差感のある低山。
すごーく気になりました。
お!これは都内でうわさの超低山がこんなところにも・・・、と


深大寺の低山2
写真2

どうやらこの小山には入ってもいいようなので、頂上に向かって上ってみました。
写真2だけではここはどこよという感じですが。。


深大寺の低山3
写真3

そして、頂上あたりはなんかうねうねしていました。
とにかく不思議なこのうねうね感。
変わった低山だなーということで、さらにうろうろ。


深大寺の低山4
写真4

でもさらに小山を歩いていたら、あきらかに自然な小山という感じではない場所になってきました。



深大寺の低山5
写真5

そして、気がつけばなんと眼下に建物の屋上らしき景色が見えてきました。

なぬ、ここはどうなっているのだー。
と、疑問に思ったので、下に降りてさらにまわりを歩いてみると。


深大寺の低山6
写真6

なんと、屋上あたりが緑だらけ。
ということで上の小山は、この施設の屋上だったんですよ。
これにはあせりました。

ちなみにここは調布市総合体育館という名の体育館やらプールがある公共施設らしいです。
軽く検索してみると、施設の大半が半地下になっているとのことですよ。


深大寺の低山7

最後はおまけでいちおう上からみた地図をグーグルマップから拝借してちょっと加工してみたものです。
こまかいことは説明しませんが、とりあえずこの空撮から想像してみてくださいな。

というわけで当日は画像の南(下のほう)から歩いてきたので、けっこうあせってしまったというわけですね。

いやはや。


住所
調布市深大寺北町2-1

今回はタイトルは建築とついていますが、いちおう話的には階段というか坂道話です。(無理矢理感ありますが・・。)
ちょっと前の暑いさかりにお台場に行った時に見かけて気になったものです。


お台場の階段建築1
写真1

見てのとおりなのですが、ふらりと埋立地を歩いていると屋根というか屋上というかそういう部分が階段になっていた建物を発見してしまいました。
ちなみにここは「有明清掃工場」というごみ処理施設のようで、見た感じでは高低差もあっていかにも歩いてみてくださいという階段だったので、「おおー、この階段上って海を見てみたい〜!」と思ったわけですが、実際、入口までいってみると残念ながら中には許可なくは入れないようになっているようでした。。
そういう意味ではなんと無駄なつくりだろうという感じですが・・・。(笑)
ただ階段の方向的には北東を向いているので、階段上からの景色を予想すると海よりも陸地や川そしてスカイツリーなんかがうまくみえるんだろうなーという感じかもですね。

それでなぜか気になったので建築データも調べてみるとやっぱりありましたよ。
東京都臨海副都心清掃工場(有明清掃工場)
けっこう遠目からみると渋いつくりしていたんですね。


お台場の階段建築2
写真2

そして、写真1の右側をみると、これまた奇妙な外観の建物が。。
こちらは「有明スポーツセンター体育館」という区の施設のようでした。
まさにビルの上にUFOという感じですかね。
いちおうこちらも建築データありました。
有明スポーツセンター


お台場の階段建築3
写真3

ちなみにこの有明スポーツセンターへ道路側から入るためには、こんなふうに道路レベルからまるまる建物1階分の高低差のけっこう立派な階段があったりします。
ここは人工階段で土地や地形の制約も少ないので、たぶん階段的にはこれくらいの勾配具合が理想なのかもしれないですね。


お台場の階段建築4
写真4

最後はおまけですが、有明スポーツセンター体育館、写真2でいえば建物の最上部が横長の長い窓になっていますけど、そこの内部から見えたレインボーブリッジの風景です。

そんなわけで、有明清掃工場の階段については、いつか許可でもとって上り降りしてみたいですが、いつのことになるのやら。。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
江東区有明2-3

このまえ、町田のほうで開かれた友人の関川くんの自身初のオープンハウスでのことはこのブログでも紹介しましたが、なんとそれからまだ日も経ってないのに、またまた新しい家が竣工したらしく、そのお披露目会というかオープンハウスにお呼ばれしたのでとりあえず行ってみましたので、今回はその報告など。

時期的にはもう気がつけば一ヶ月ほど前の話なのですが、当日はさすがに前回の町田の家から一ヶ月しか経ってないのにまたオープンハウスを開くということをきき、ちょっとびっくりしながらも、ちょうどうまく時間があいている日だったので訪問することができました。

まず、この家の場所なのですが、(お施主さんのプライバシーのこともあるので、だいたいの場所しかいえませんが)JRの大森駅から徒歩10分くらいの場所にありました。
なのでこのブログ読んでくださっているかたならわかると思いますけど、最初、メールでこの家の住所をきいた時は「ええ〜!」という感じでしたよ、笑。(ここ最近取り上げている池上本門寺界隈の坂道から大森駅までは距離的に目と鼻の先ほど近いですからね。)
そんなこともあり、当日はオープンハウス見学とあわせて坂道散歩まで強行してしまったわけですが(汗)、これが以外といろんな視点でみる練習にもなり、建築見学に坂道散歩、さらに友人との再会という具合に、なんとも楽しい一日をすごすことができたかもです。
唯一のこころ残りは、坂道散歩したおかげで、オープンハウスがおこなわれている現地に到着するのが遅くなり、関川くん以外の見学にきた大学時代の同級たちとスレ違いになってしまったことですかね。

そんなわけで、すこし現地見学した時のことに話をもどしましてですね。


またまたオープンハウスです。1
写真1

坂道散歩してくたくたになりながらも大森駅を通過し、教えられた住所までやってくるとありましたよ。(写真1)
白を基調とした外観のかっこいい感じの家でした。
しかも規模も大きかったです。


またまたオープンハウスです。2
写真2

今回は室内の写真もたくさん撮ったのですが、実はまだ工事中のところも多かったので、大半の写真はピカサのほうにおさめつつ、ここではその中から、リビング・ダイニングルームの大空間の様子を撮ったものをセレクトしてみました。(写真2)
もうなんかこれみるだけでもつくりがゆったりとしているというなんというか。
とにかく豪邸でしたよ。
建築面積だけでもおよそですが80坪あるそうです。(驚)
もちろん2階もありますしね・・・。(2階もあわせると約130坪だそうですよ!)
あとは建築的な視点でみれば、前の町田の家ほどには空間的にはそれほど凝ったことはしておらず(敷地内の高低差もないためとは思いますが)、そのあたりはいたってオーソドックスな設計なのかなーといった印象でしたが、設備系はすごく豪華そうなものばかりだったかもです(日本間やらシアタールームもありましたし)。


またまたオープンハウスです。3
写真3

で、こちら(写真3)は関川くんの後ろ姿です。(笑)
見学者になにやら説明をしているようでした。
ちなみにこちらの部屋は写真2と同じくリビング・ダイニングルームです。

そして、これ以外にも見学途中でパートナーさん(奥さんですね)が操作中に天窓が閉まらなくなり壊れた〜と騒ぎになったり(これはこのあと解決しました)、帰りにはおみやげものをいただくなどもして、なにげにサプライズあったりして。
そういう意味ではいろんな意味で楽しめましたので、感謝ですなり。


ということで、今回は日記がてらのエントリーなのでさらりとこんな感じですが、いちおうさきほども書いたとおり、このほかにも室内の様子を撮った写真をピカサ(ウェブアルバムです)にたくさんあげてありますので、気になるかたはよかったらそちらもどうぞ。

→ ピカサの写真ページ(大森の家by関川)

さてさて、ひさびさの建築話といえばそうなのかもしれないですが、6月のはじめに、大学時代の友人の関川くんが独立後に自身で設計した住宅の初の見学会を開くという連絡をいただいたので、めでたくもあり応援気分もあって、気分は、いつもの散歩気分とあわせて、渡辺篤史さんの建物探訪風(そういうテレビ番組がやっているんですよ)というか、そんな気分でオープンハウスに参加してきました。


友人のオープンハウス1
写真1

今回の住宅の場所は、町田市のとある場所にあり、駅前からテクテクと歩いてみたわけですが、やはりこのエリアは多摩丘陵地帯に属する場所なのか、駅から歩いてくるだけでもいくつかの高低差のある場所をとおりぬける感じで(途中、これはブログで紹介してもいいなあと思えるくらいの高低差具合がすばらしい階段にも出会いましたよ。急いでたの写真は撮ってませんが・・・。)、今回の住宅もそんな高低差を感じれる斜面地の途中にありました。

で、前置き長くなりましたが、メインの道路から坂道をテクテクとのぼりやっとたどりついた場所に、こんな具合に住宅が建っていました。
(ちなみに写真の撮った順の時系列はいくつか変えてますのであしからず。)

はじめにぱっと見た時は、道路に対してはすごく閉じた具合なのねという感じでした。
(でも学生の時から彼の設計スタンス(作風)にふれてきた僕としては、あいかわらずというか彼らしいというかなんというかそんな感想も同時にもってみたり。)


友人のオープンハウス2
写真2

そんなわけで中に入ってみました。
こちらは入口あたりの様子です。
外観の印象とはうってかわり、明るい感じ。
しかもドア部分を内部にひっこめることで、ひさしがわりにもなっていて、そのあたりの親切なつくりにまずは感心。
そして、やはり、この家は建築家の作品でもあるんですよね。
そんなこともありキリリと気持ちを引き締めなおして、スリッパをはいて階段を上ると。


n03

写真3

なんとも外の印象からは想像できないほど明るく、広々としたリビングがありました。


友人のオープンハウス4

写真4

さらにリビングを見渡してみると、一段高くなっている場所にキッチンがありました。
ここは、図面みると、となりにテーブル置いて、ダイニングルームとしてもつかえるそうです。
これは気持ちいいかもですね。

またキッチンの手前にちょっと背の低めの手摺が見えてますけど、こちら、なんと一本の木からできてるそうですよ。
(ちなみにこれは関川くんのパートナーのeさん(奥さんで、助手でもあるらしいです。)から教えてもらった話です。そして当日、家の説明してもらったのもほとんどが彼女からの説明でしたよ。まあ関川くんと会うといつも適当にあしらわれるのでまあ慣れたことではありますけどね。。笑)

と、それはさておき、(このブログを読んでくださっている方ならもしかしたら想像しやすいかもしれないですが)実はキッチンとリビングの部分の段差の部分に腰掛けることもできるそうですよ。
そして、さっきとりあげた長い手摺はカップがおけるくらいの幅に実はなっていて、ちょっとしたテーブルがわりにもなり、そこでぷふぁーと座りながらお茶もできるとのこと。
個人的にはこういう仕掛けはかなり好きな感じです。


友人のオープンハウス5
写真5

そして、リビングからはこんな景色が見えていました。
手前から奥へと傾斜地になっていたので、景色ひらけてますねえ。
空もひろいです。(いいなあ。)


友人のオープンハウス6
写真6

で次は、写真4のキッチンの下階に写っていた部屋に移動して、リビングのほうを見てみたものです。(左上がリビングです。)
ちょうどこの階が玄関と同じ高さの部屋で上のリビングが半階上というつくりになっているようでした。
なのでこの階が、写真1でみた道路レベルということみたいです。
そしてこの半階下にはお風呂やら寝室やら外には庭とかあるみたいで、要はこの家、渋谷の東急ハンズのように0.5階ずつのフロアレベルのつくりになっているようでしたよ。


友人のオープンハウス7
写真7

そしておまけ写真。
写真6の部屋からですが、実はここからも空みえました。(いいなあ〜ww)


友人のオープンハウス8
写真8

そして最後は、この家の設計者の関川くん(もちろん建築家)です。
ちなみに彼は、前にもこのブログに登場してくれてますよ。
S氏のあつまり


ということで、個人的にはめでたい話でもあるので今回は彼の応援もかねて(いちおう僕個人のブログでもありますので)、しかもいつもの坂道散歩のノリで住宅内外部を歩きまわる記事にしてみましたがどんなもんだったでしょうか。。
あ、あと、もし彼に家たのみたいとかそういうのあれば、また別途連絡でもくだされば関川くんに連絡でもしますんでよろしくなりです。(そっちですか、笑)


住所
東京都町田市あたり

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街写真 に参加中!
今日はひと休みがてら、青山に最近できたばかりのAoという商業施設をぶらりと。
といっても、買い物に行ったとかそういうわけではなく、たまたま青山通りを歩いていたら、もうできていたのねという感じで、とりあえず(というか恐る恐る・・)施設内にふらりと入ってしまっただけなんですけどね。。



夜のAo1

そんな具合の中、場内を冷や汗を流しながらさらりと歩いた後、ちょっと気になった場所にて空を見上げながらパチリと一枚。
いちおう写真ではわかりにくかもしれませんが、遠目から見るとくさび型の形をしているビルみたいですね。
しかも、さすがにアオという名がつけられている施設だけあってか、青のライトアップが施されていました。

ちなみに、このあたりの地名である「青山」については、青色とはまったく関係がないみたいでウィキペディアによると青山氏の広大な屋敷があったことに由来するみたいですね。
ついでに、この青山のように“青”がつく地名や由来だけを調べてもなかなかおもしろそうな感じでしたが、あまりに話がそれそうなので、これ以上突っ込みませんけどね。。



夜のAo2

そして、建物内から青山通りの裏手のほうも見えたので、ちらりと見てみると、過去にこのブログでも取り上げたセントグレース大聖堂なる建物が煌々とライトアップされているのが見え、さらに遠くには新宿副都心の高層ビル群も見えていました。

そういえばセントグレース大聖堂もそうですが、この場所は、このAoのできる前、これまたこのブログで取り上げたnakata.net cafeなんてのもあったんですねえ。
なんか過去のエントリーを見直していたらなんだか、なんですかねえ、なんというか・・(笑)。


住所
港区北青山3

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建築 に参加中!
今日は、街歩きの一部といえばそうなるのかもしれませんが、いちおうカテゴリーわけはしている建築の話です。

といっても、あまり堅苦しいものではなく、ムトウくんという前田紀貞アトリエという建築設計事務所に勤めている、大学時代の後輩で、このまえの年末にゼミの先輩後輩をまじえた何人かでサークル気分で集まってひさびさに飲んだこともあってか彼も僕に連絡しやすかったのか、僕がこのブログを書いていることを伝えておいたので今まで見てくれていて連絡しやすかったのかどうかわかりませんが(前置きが長くてすいません・・)、彼が設計担当した住宅が、つい最近完成して、その見学会というかオープンハウスによんでいただいたので、せっかくの後輩からの誘いでもあるし、なんてえらそうにいいつつも、内心はびびりまくりで、気分は渡辺篤史さんの建物探訪風(そういうテレビ番組がやっているんですよ)というか(汗)、なんというか、そんな気分で見に行くことにしてみました。


オープンハウスに行ってみる1

場所はくわしくはいえませんが町田市のとある場所なのですが、現地に行ってみると、このあたりは、多摩丘陵地帯にあたる場所のようで、いわゆる坂道の多発地帯ともいえる場所でもあり、この住宅に行くときもかなりきつい坂道を駅から延々とのぼりながらやってくるという感じでした。
写真は、その住宅なのですが、今回は正面からの写真はおいて置いて(もしかしたらもうすこしあとにでる建築か住宅系の雑誌などでみられるかもしれませんよ)、すこしあまのじゃくに、横から撮ってみました。
なんというか、このあたりも、写真正面にむかって下っている場所で、いわゆる崖にそって建てられている住宅で、僕が立っている場所はこの住宅でいえば2階にあたるのですが、なんとそちらからのアプローチということみたいでした。


オープンハウスに行ってみる2

そして、入口からはいってみました。
あたりまえですが、僕以外にも何人かのかたが見学にきているようです。


オープンハウスに行ってみる3

次に、入り口からも見えていた奥の階段を下におりると、こんな感じ。
ここから見ると真っ白な部屋から真っ黒な部屋へ移ってきたようにも思えてしまいます。


オープンハウスに行ってみる4

せっかくなので、今度は坂上(汗)のほうではなく、階段上のほうを眺めてみました。
なかなか、アクロバチックなつくりというかデザインですな。


オープンハウスに行ってみる5

最後に、すこし場所は飛んでしまいますが、2階の部屋の窓からのもので、ちょっとわかりにくいかもしれませんが周辺の多摩丘陵らしい風景も見えていましたよ。

ということで、当日は風邪気味でかなり頭がぼーとしている中の見学で、そんな中、かなり個人的な視点で写真を撮ってしまったので、あとで写真をみると、なんであそこ撮っておかなかったんだろうという後悔もあったりしましたが、よくよく考えてみると誰がつくったかわからないなんというかつくった人の顔のみえない家なんかの見学はこれからもそれなりに体験できるのかもしれませんが、今回みたいに親しい仲間がつくった住宅の見学会なんて、そんなに体験できないことかもしれないので、ほんとうによかったです。
あと、この家には、MACHINE HEADという名もついているらしく、いわれてみればかなりメカニカルな雰囲気も感じられましたが、彼の性格をすこしばかり知るものとして、僕としては、なんとなく彼らしさみたいなものがデザインのそこかしこにでているのかなあなんて思ってしまいましたよ。
まあ、もちろんここに住むかたの意見が反映されたものなんですけどね。


追伸
いちおう、担当者のムトウくんにもこのブログにのせることに了承を得ているので、あしからず。(といっても、ムトウくんだけの了承でいいのかどうかはわかりませんが、とりあえず、よしということでお願いします。。)


地図
東京都町田市

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建築 に参加中!
この前、すこしおもしろいところに行く機会がありましたよ。


新橋というか銀座のカプセルマンション1

見てのとおりというか、知る人ぞ知るといった建物で銀座の近くにあるのですが、このまえの都知事選にも立候補したことで知られる建築家の黒川紀章氏の設計した中銀カプセルタワービルという名前のついたマンションなのですが、なんと、ここに大学時代からの友人が住んでいるということで、見学がてら来てみたというわけです。


新橋というか銀座のカプセルマンション2

ちなみにここは、見た目の奇抜さからもわかるとおり、過去にもそれなりの話題を提供した建物なのですが、写真にも見えているとおり、ブドウというかとうもろこしというかそんなイメージで、部屋の部分(こちらが実の部分ですかね)が建物の中心部にあるエレベーター(これが芯です)にくっついて存在しているという感じの建物で、しかも、最近、残念ながら取り壊しが決まったらしく、そんなこともあり、かなり忙しい友人にお願いして、夜にも関わらず、おしかけたという感じです。。


新橋というか銀座のカプセルマンション3

そして、部屋に入り、外から見えていた丸窓を通して外をのぞいてみました。
ただ、ちょっとこれだけでは、なんともいえない感じで、部屋も暗くしないと、あたりまえですが室内ばかりが反射して見えてしまうので、むずかしいところではありましたよ。
(ちなみに室内の様子は、さすがに現在も使用中なため、撮りませんでしたが、じつはここの室内もあまりにシンプルな設備しかなく、なかなか興味深い感じでしたよ。)


新橋というか銀座のカプセルマンション4

せっかくなので、窓から見える風景など。
ちょうど高速道路が、いい感じで見えていました。


新橋というか銀座のカプセルマンション5

そして、今度は、もうすこし上を眺めてみると、正面に、以前にこのブログでもとりあげた汐留の電通ビルも見えていましたよ。
こうしてあらためてまじかでみると、大きいビルですね。。
(これでだいたいの場所がわかったかもしれませんが・・。)
でも、取り壊しがはじまってしまったら、こんな感じでみれないかもしれないので、なかなか貴重な体験ができたかもです。


新橋というか銀座のカプセルマンション6

最後にすこしまわりが明るくはなっていましたが、(それでもちょっと感度がよすぎて明るい感じですが)ここから、見るとなんだか違った感じにみえたので、ここからも一枚撮ってみました。
ちなみに、この建物は、1972年にできたらしく、できた当初には写真で見る限りはまわりに同じような高さのビルもあまりなかったようですね。(当時の室内やまわりの様子、この建物にまつわる話が建築マップというサイトにありましたよ。)

ということで、ここにくるまでは、実はただの派手な建物という感じで見ていた感があったのですが、ここにきてみていろいろ体験させてもらい、しかも黒川氏設計の建物で銀座に近い場所というのにもかかわらず破格といっていいほどの家賃の安さや、さらにこのマンションの年もひとつだけ自分より年上ということがわかり年齢も近いこともあってか、なんだか親近感がわいてきた感じかもです。。

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