東京坂道さんぽ

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ハロウィンということで、幽霊坂セレクト?
SMAPのメンバーが走った東京の坂道
たまには、カメラのことでも。
ぶろぐ9年
今月末にまち歩きイベントやりますよ。
友人のオープンハウスと坂道散歩。
上野公園、時の鐘
ブラタモリの坂道記録
ブラタモリ、やってますねえ。
江ノ島の階段散歩
とある街の風景159(新宿雪見散歩)
またまた古地図散歩
ぶらぶらとイベント散歩2
アースダイバー
三年坂 (NO.37) /新宿区神楽坂3丁目

なんとなく日本では幽霊ときくとあまりにもあっち系の想像をするかたも多いとは思いますが、今回は、せっかくのハロウィンということなので、お化けつながりで過去の記事で書いた幽霊坂についてセレクトしてみようという思いつきエントリーです。(笑)
まあ、ハロウィンで日本の幽霊のコスプレする人もいないとは思いますが。(と思ってネットで調べたら、普通にありましたよ。。)


まず過去に取り上げた幽霊坂といえば、御茶ノ水にある「幽霊坂(NO.208)」でしたかね。
まさに名前がドンピシャ。
少し前に行った時は、周りの再開発工事もおわり、すっかり雰囲気の違う坂道となっていましたけど。


次は「ゆ嶺坂 (NO.44) 」ですね。
神楽坂からすぐの場所にある坂道ですよ。
ゆれい→幽霊と想像しがちですが、ブログにも書いてあるとおり、ここの坂名は梅の名所の名からきているのですよ。
ただ、この坂道には別名があり、それが幽霊坂というわけなのです。


ハロウィンということで、幽霊坂セレクト?1
写真1

ちなみに、こちらは今年の8月頃に撮った「ゆ嶺坂 (NO.44)」の様子ですね。(写真1)
見た感じ、2006年とあまり変わってないようですね。(ひと安心。)


あとは、「紅梅坂(NO.207)」。
御茶ノ水にある坂ですが、一説によると、はじめに取り上げた幽霊坂(NO.208)とは昔、ひとつの坂道だったという話もあるため、ここも別名で幽霊坂と呼ばれているのですよ。

そして、最後は、「乃木坂 (NO.132)」です。(乃木坂 (NO.132)その2
メトロの乃木坂駅そばの坂道ですね。
ここは、今でこそ乃木坂と呼ばれていますが、かつて乃木大将が殉死した大正元年9月以降、なぜか幽霊坂という名前だったのが乃木坂と改名されたそうですよ。
しかもあの坂の途中にあるトンネルでもいわゆる都市伝説てきな話がちらほらきかれるので、じつはこの坂道が一番、"らしい"坂道といえるかも。

ということで、都内には幽霊坂とついた坂道はまだありますし、すでに歩いているところも多くあるのですが、記事にしているのはこれのみです。
幽霊と坂道の関係などについては、今回、まったくとりあげませんでしたが、それについては幽霊坂などをまわった都度、気にして調べて書いてみようと思っています。

ちなみに、この幽霊坂については、夏に民俗学的な視点で幽霊坂などをとらえて、おばけや幽霊、妖怪に関係する坂道をまわり、写真も撮っておいたのですが、夏が終わってしまい(汗)、それでも取材した分をブログで取り上げるかどうか、もんもんとしていたのですよ。
なので、とりあえず今年のハロウィンがちょうどいいガス抜きになったかも。(笑)

あと、すでにまわった分をカテゴリー分けしておきましたので、今後はこのブログの幽霊坂カテゴリーをみてもらえれば、幽霊坂などの話は都度まとめて見れると思いますので、よろしくです。

そんなわけで、Trick or Treat 。

このブログは、江戸時代、もしくはそれより昔からある坂道もとりあげているわけですが、よく考えてみたら、昔の殿様や著名人(政治とは縁遠い人も含む)などもこの坂道を歩いたとか、ほにゃららしたとか、よく坂の碑に書かれている割には、大昔の史実とあわせてこの数十年(ひろく見れば戦後)のことについて取り上げている坂道系のブログはほぼないことに気が付きまして、まずはそのきっかけにでもなればなと思い、今回は坂道における芸能史という意味もこめて参考資料がてらということで。
(これは、民俗学者の宮本常一さんが、「日本の民俗学が本当に完成するには、芸能史にも本格的にとりくまなければならない」と生前言っていたことに影響を受けて、坂道についても同じくいくつかの視点でとりあげて記録しておいてもいいんじゃないのかなというところからもきているのですが。。)

とにかく、SMAPの解散報道がでたときに、ふと思いつき、SNSでちらっとSMAPのメンバーが走った東京の坂道についてとりあげてみたのですが、その後、この坂道ブログを見なおしてみたところ、ブラタモリのほうは坂道記録として記事にしていたのですが、さすがにSMAPのほうについてはとりあげている記事がなかったのですよ。

なので、こんな機会に取り上げるのはすこし寂しい気もしますが、逆に言えば、このタイミングでしか書けないような気もしたので、タイトルにもあるように、SMAPさんのメンバーが走った東京の坂道について、さらりとまとめておくことにしましたよ。
(本当は、SMAPさんの番組が放送された頃に、このことに気がついていればよかったんですけどね。ただこれを書いていて、ブラタモリの初期のころとこのSMAPさんの番組の時期がかぶっているのは、今思えばなかなかおもしろいことだなあと思ってみたり。)


そんなわけで、肝心の番組内容については、2009年と2010年に放映されたもので、SMAPさんのメンバーの中で、木村拓哉さんと草なぎ剛さんが、テレビ朝日の『SMAPがんばりますっ!!』の1コーナーのなかで、2009年に木村拓哉さんが港区の坂50か所を1日で全力で登りきるという企画(第1弾)、そして、2010年には草剛さんが同じく1日で目黒区49の坂を走りきる企画(第2弾)があり、彼らが走ったわけなのですよ。

もともとのきっかけは、全力坂のウィキペディアにも書いてありますが、木村さんが、どうしても理解できない番組と評していた全力坂について、タモリさんから「やればわかると思うよ。今やっておかないとダメ!」と促されて坂道を走ることになったからだそうですよ。
ちなみになぜ50箇所なのかについては、放送当時、テレビ朝日が開局50周年ということで50箇所に決まったみたいですね。
放送されてからだいぶ時間が経っていますし、忘れているかたや知らない人も多いと思いますので、番組自体のこまかい内容について、ウィキペディアのページから抜粋してもいいのですが、長くなりそうですし、それよりなによりこのブログはバラエティー番組の紹介サイトではないので、気になるかたは全力坂のウィキペディアのページもみてもらうとSMAPさんの回のこともくわしく書いてくれてますので、そちらを見てください。

なお本家の全力坂については、今でもやっていますので、番組をみるなりサイトを見るなりしてどんな番組なのかは自身で判断してくださいな。

というわけで、ここでは、せっかくの自分のブログですので、木村拓哉さんと草なぎ剛さんが実際に走った坂道をリストアップしつつ、あわせてこのブログで取り上げた坂道もリンクしておくことにしますので、気になるかたはよかったらどうぞ。



木村拓哉さんが走った港区の坂50か所
1:霞坂 
2:笄坂
3:牛坂 
4:さくら坂  
5:暗闇坂 
6:七面坂 
7:大黒坂 
8:鳥居坂 
9:一本松坂 
10:内田坂 
11:仙台坂 
12:木下坂 
13:新富士見坂 
14:薬園坂 
15:奴坂 
16:新坂  ※複数あるため調査中。
17:青木坂 
18:狸坂 
19:釣堀坂 
20:愛宕坂(男坂)
21:桂坂 
22:魚籃坂
23:日吉坂 
24:雁木坂
25:三年坂 
26:江戸見坂 
27:スペイン坂 
28:道源寺坂 
29:南部坂  
30:狸穴坂 
31:鼠坂 
32:植木坂 
33:日向坂 
34:綱坂 
35:幽霊坂 
36:いちょう坂  
37:天神坂 
38:柘榴坂 
39:氷川坂 
40:転坂
41:本氷川坂 
42:檜坂 
43:円通寺坂 
44:牛鳴坂 
45:土器坂 
46:永井坂 
47:三分坂 
48:サカス坂 
49:乃木坂 
50:けやき坂



草なぎ剛さんが走ったが目黒区の坂49箇所
1:権之助坂
2:富士見坂  ※複数あるため調査中。
3:三折坂
4:石古坂
5:金毘羅坂
6:十七が坂
7:馬喰坂
8:行人坂
9:小川坂
10:松見坂
11:相ノ坂
12:蛇坂
13:大阪
14:謡坂
15:なべころ坂
16:稲荷坂
17:けこぼ坂
18:鶯坂
19:半兵衛坂
20:鉄飛坂
21:名無し坂
22:名無し坂
23:名無し坂
24:名無し坂
25:谷畑坂
26:しどめ坂
27:太鼓坂
28:化坂
29:天神坂
30:氷川坂
31:どぜむ坂
32:柿の木坂
33:睦坂
34:名無し坂(きゅうり坂)
35:名無し坂(横抜け坂)
36:蜀江坂(しょっこうざか)
37:兵庫坂
38:寺郷の坂
39:名無し坂(ひょうたん坂)
40:名無し坂(出会い坂)
41:名無し坂(たき火坂)
42:名無し坂(水アメ坂) 
43:名無し坂(鈴音坂)
44:茶屋坂
45:新茶屋坂
46:上村坂
47:目切坂
48:新道坂
49:別所坂



いやはや、この作業なかなか疲れましたな。
やっぱりこうしてみるとまだ記事にしてない坂道もたくさんありますねえ。(汗)
もちろん、これらの中には、すでに歩いていたり、調査したけれど記事にしていないだけの坂道もあるんですけどね。

なお、これらの坂道リストは、僕自身、前に坂道リストをつくったような記憶もあるのですが、その肝心なメモがみつからないため、今回は「テンメイのRUN&BIKE」というブログの記事を参考にさせていただきましたので、確実にリストの内容があっているとは言えないところでもありますので、あしからず。



追記:このリストからのリンクは、記事を新しく書いた時は、なるべく更新するようにしたいとも思っていますのでよろしくです。

追記2:坂道リンク追加しました。(20160831)

たまには

とりあえず、さきほど近所を散歩しながら、宮本常一さんを意識して(汗、冗談です・・)、penの実践配備というか、たまに使う形から普段使い(坂道さんぽなどで)へと今後移行すべく、まずは試しに夜景撮影してきました。

よく考えてみればこれだけ写真をブログにアップしているのにも関わらず、最近はカメラのことについてはなあなあな感じになっていて、さらにブログの更新頻度も落ちてるので今回は気分転換ということでちょっと寄り道です。

とにかくpen自体はだいぶ前から持っていたのですけど、やはり普段使いするとなったら話は別で、僕の場合、まずは機器の細かい設定をせずにオートの状態で夜景撮影することで、カメラがどれくらい光をとらえてくれるかがすぐわかることと、手ぶれ具合も三脚なしでどれくらいまで対応できるかもすぐわかるので、たまに手慣らしがてらこんなテストをしています。

ただ普段使いのカメラということでいえばやはり機動性からいっても今のカメラはかなり使い古したものとはいえ電池の持ちが半端なくよくてまだまだ使えそうなので、併用というのがベストかもしれませんし、ちょっとした日常の感じを記録したいということが多いので、とにかく普段使いしてみて試してみないとわからないというのが本当のところですが。。

あとは、フジフィルムのXQ1という昨年でたばかりの機種も機動性の点から言っても気になってはいますが、penで大丈夫となればそれはそれでという感じになりそうなので、このことについてはまだ先の話なので、まあなんというかかんというか。。

2005年4月26日にブログを始めて以来、今日で9年が経ちました〜。

昨年は、この時期、みちくさ学会の電子書籍が出版されたりして、いろんな意味で浮き足立っていたとこともあり、例年書いていたのにもかかわらず書くの忘れていましたけど、今年はちゃんと書けましたよ。

とにかくこの一年は、坂道ネタにもかかわらず、お台場カルカルの坂道サミットだけでなく、坂道散歩イベント(&レクチャー)もあわせて、ひとまえに出ることがたびたびあって、いろいろ学ぶことが多かったです。
イベントに参加してくださった方々、ありがとうございました。
そして、もうそろそろ自分もいい歳なので、ここまできたらいっそのこと坂道探検だけに没頭というだけでなく、いろいろな方々と協力していくこともそろそろしてみても面白いのかなーとか時々思ってはいるのですが、どうしましょうかね・・・。

あとは、最近すっかりご無沙汰しているみちくさ学会のほうも、あれは別にサイトが終了したわけではなく、締め切りがなくなっただけですので(汗)、気が向けばまた再開できればなあとか考えていますけど、こちらもどうなることやら。。
なので、当面は、みちくさ学会の電子書籍のほうで楽しんでいただければと。

ということで、これからどんどん温かくなってきて散歩もしやすい季節になってきましたので、いろいろ独自の視点も交えて坂道探索していきたいと思ってますのでよろしくお願いします。



みちくさ学会 研究報告第1集 自宅の近所・通勤通学路にあるもの (impress QuickBooks)

お知らせ続きでなんですが、今年の3月に本格的に動き出した「東京てくてく」というNPO法人東京まち歩き倶楽部から声かけていただき、まち歩きイベントのガイドやることになりました。
とにかく僕がおすすめのいくつかの坂道コースを江口さん(30代前半だったかな?)と話し合いながら徐々にポイントしぼって開催ということになりました。
ですので詳しくは「東京てくてく」さんのサイト見てみてください。

■日程など
平成25年3月31日(日) 14:00〜16:00
富士見坂目指して東京坂道さんぽ〈麻布・芝界隈の15坂を登り降り〉
〜 古地図とともに、坂名の由来の謎・タモリさん絶賛の坂・貝塚跡・富士見坂を訪ねて 〜
■詳細・申し込みは→ こちら(「東京てくてく」さんのページ)

ではよろしくお願いします。

このまえ、町田のほうで開かれた友人の関川くんの自身初のオープンハウスでのことはこのブログでも紹介しましたが、なんとそれからまだ日も経ってないのに、またまた新しい家が竣工したらしく、そのお披露目会というかオープンハウスにお呼ばれしたのでとりあえず行ってみましたので、今回はその報告など。

時期的にはもう気がつけば一ヶ月ほど前の話なのですが、当日はさすがに前回の町田の家から一ヶ月しか経ってないのにまたオープンハウスを開くということをきき、ちょっとびっくりしながらも、ちょうどうまく時間があいている日だったので訪問することができました。

まず、この家の場所なのですが、(お施主さんのプライバシーのこともあるので、だいたいの場所しかいえませんが)JRの大森駅から徒歩10分くらいの場所にありました。
なのでこのブログ読んでくださっているかたならわかると思いますけど、最初、メールでこの家の住所をきいた時は「ええ〜!」という感じでしたよ、笑。(ここ最近取り上げている池上本門寺界隈の坂道から大森駅までは距離的に目と鼻の先ほど近いですからね。)
そんなこともあり、当日はオープンハウス見学とあわせて坂道散歩まで強行してしまったわけですが(汗)、これが以外といろんな視点でみる練習にもなり、建築見学に坂道散歩、さらに友人との再会という具合に、なんとも楽しい一日をすごすことができたかもです。
唯一のこころ残りは、坂道散歩したおかげで、オープンハウスがおこなわれている現地に到着するのが遅くなり、関川くん以外の見学にきた大学時代の同級たちとスレ違いになってしまったことですかね。

そんなわけで、すこし現地見学した時のことに話をもどしましてですね。


またまたオープンハウスです。1
写真1

坂道散歩してくたくたになりながらも大森駅を通過し、教えられた住所までやってくるとありましたよ。(写真1)
白を基調とした外観のかっこいい感じの家でした。
しかも規模も大きかったです。


またまたオープンハウスです。2
写真2

今回は室内の写真もたくさん撮ったのですが、実はまだ工事中のところも多かったので、大半の写真はピカサのほうにおさめつつ、ここではその中から、リビング・ダイニングルームの大空間の様子を撮ったものをセレクトしてみました。(写真2)
もうなんかこれみるだけでもつくりがゆったりとしているというなんというか。
とにかく豪邸でしたよ。
建築面積だけでもおよそですが80坪あるそうです。(驚)
もちろん2階もありますしね・・・。(2階もあわせると約130坪だそうですよ!)
あとは建築的な視点でみれば、前の町田の家ほどには空間的にはそれほど凝ったことはしておらず(敷地内の高低差もないためとは思いますが)、そのあたりはいたってオーソドックスな設計なのかなーといった印象でしたが、設備系はすごく豪華そうなものばかりだったかもです(日本間やらシアタールームもありましたし)。


またまたオープンハウスです。3
写真3

で、こちら(写真3)は関川くんの後ろ姿です。(笑)
見学者になにやら説明をしているようでした。
ちなみにこちらの部屋は写真2と同じくリビング・ダイニングルームです。

そして、これ以外にも見学途中でパートナーさん(奥さんですね)が操作中に天窓が閉まらなくなり壊れた〜と騒ぎになったり(これはこのあと解決しました)、帰りにはおみやげものをいただくなどもして、なにげにサプライズあったりして。
そういう意味ではいろんな意味で楽しめましたので、感謝ですなり。


ということで、今回は日記がてらのエントリーなのでさらりとこんな感じですが、いちおうさきほども書いたとおり、このほかにも室内の様子を撮った写真をピカサ(ウェブアルバムです)にたくさんあげてありますので、気になるかたはよかったらそちらもどうぞ。

→ ピカサの写真ページ(大森の家by関川)

上野公園をぶらりとするまえに、みちくさ学会の「寺社と坂道」の記事を書いているときに、赤坂にも時の鐘なるものがあり、それ経由で上野の時の鐘のことも知って、坂道散歩のついでに立ち寄ってみました。



時の鐘1

行く前にネットでだいたいの場所を調べて、やっと見つけたのがこの鐘楼です。
場所は上野公園内にある韻松亭上野精養軒のあいだのちょっとした高台のうえにひっそりとありました。
ふつうに歩いている分にはちょっと気がつかないというか目線に入りにくいひとつ高い場所にあるので、空と樹木のあいだくらいをキョロキョロみながら歩いているとみつかったりするかもです。



時の鐘2

アップで見るとこんな感じ。
なかなか味のある鐘楼です。

ちなみにこのすぐ横に、これまたひっそりと案内板が設置されていました。
せっかくなので、今回もそのまま抜粋してみるとですね、
『 花の雲 鐘は上野か 浅草か

 芭蕉が詠んだ句はここの鐘のことである。
 時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていたが、寛永三年(一六二六)になって、日本橋石町三丁目に移され、江戸市民に時を告げるようになったという。元禄以降、江戸の町の拡大に伴い、上野山内・浅草寺のほか、本所横川・芝切通し・市谷八幡・目白不動・目黒円通寺・四谷天竜寺などにも置かれた。
 初代の鐘は、寛永六年(一六六六)の鋳造。銘に「願主柏木好古」とあったという。その後、天明七年(一七八七)に、谷中感応寺(現、天王寺)で鋳直されたものが、現存の鐘である。正面に「東叡山大銅鐘」、反対側には、「天明七丁未歳八月」、下に「如来常住、無有変易、一切衆生、悉有仏性」と刻まれている。
 現在も鐘楼を守る人によって、朝夕六時と正午の三回、昔ながらの音色を響かせている。
 なお、平成八年六月、環境庁の、残したい「日本の音風景一〇〇選」に選ばれた。 』
とありました。

いろいろとややこしいこともかかれてますが、とりあえず「日本の音風景一〇〇選」のサイトもみてみましたが、やっぱり今でも朝夕6時と正午に撞かれているようですね。

それで、これまた時の鐘の音とはどんなものぜよ?(笑)というわけで、ちょっと気になり動画検索してきたら、やっぱりありました。。(想像だけですましたいかたは見ないほうがいいかもですね。興味あるかたのみどうぞ)
http://www.youtube.com/watch?v=xJJWNtB3F0o

そのほかには「江戸時の鐘−上野」というサイトに上野の時の鐘についてけっこうくわしく書かれていましたので、よかったらどうぞ。


ということで、今回はあまり深入りせず(汗)、さらりとこんな感じです。。


住所
台東区上野公園4

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とうとう『ブラタモリ』が終わってしまったということで、ちょっとばかし、感謝の気持ちと復習がてら、取り上げてみることにしました。

なんていうか、見ている方向が、あっ、いっしょだあ!なんてことも多く、もちろんこれは違うなあ、というか、おーなるほどねえという時も多々ありつつも、月並みな言い方ですけど、最後まで、なかなか楽しめる番組だったなあと。

そして、今回は、いつものように番組の感想みたいなことをさらに書こうかなとも思ったんですけど、それもいまさらだし、なんだか番組批評みたいな話になりそうなので、それはとりあえずおいておくことにしますよ。

それで、今日は、このブログではまだ各坂道を区ごとだったりで整理していないこともあり(汗)、せっかくなので、記憶が薄れないうちに、番組でタモリさんたちが歩いた坂道をおさらいがてら、このブログで、まわったところとまわっていなかったところを一目で読めるようにしてみようと思います。


なので、まずは、第一回から、順にはじめてみますので、お暇なかたはどうぞ。。(笑)

第1回:早稲田をブラタモリ
@胸突坂[文京区目白台1あたり]→まだ歩いてないです。

第2回:上野をブラタモリ
@暗闇坂(清水坂)[台東区池之端4あたり] →まだ歩いてないです。

第5回:三田・麻布をブラタモリ
@暗闇坂[港区元麻布3あたり]→暗闇坂 (NO.69)

第8回:本郷台地をブラタモリ
@妻恋坂[文京区湯島3と千代田区外神田6]→妻恋坂(NO.170)
@立爪坂[文京区湯島3]→とある街の風景(立爪坂)
@見送り坂[文京区本郷4あたり] →まだ歩いてないです。
@見返り坂[文京区本郷4あたり] →まだ歩いてないです。
@菊坂[文京区本郷4丁目あたり] →まだ歩いてないです。
@炭団坂[文京区本郷4丁目あたり] →まだ歩いてないです。

第12回:神田をブラタモリ
@昌平坂[文京区湯島1あたり] →昌平坂(NO.162)
@相生坂[文京区湯島1あたり] →相生坂(NO.161)

第14回:赤坂をブラタモリ
@薬研坂[港区赤坂4]→薬研坂 (NO.137)
@丹後坂[港区赤坂4]→丹後坂 (NO.138)
@円通寺坂[港区赤坂4あたり]→円通寺坂 (NO.134)
@三分坂[港区赤坂5あたり]→三分坂 (NO.133)

第15回:六本木をブラタモリ
@ねずみ坂[港区麻布狸穴町あたり]→鼠坂 (NO.94)
@三年坂[港区麻布台1]→三年坂 (NO.59)
@けやき坂[港区六本木6]→六本木けやき坂通り (NO.24)
@さくら坂[港区六本木6]→さくら坂 (NO.77)
@玄硯坂[港区六本木6] →玄硯坂 (NO.78)


と、こんな感じだったと思いますよ。
今、あらためて昔の坂道散歩記録を読んでみるとはずかしいこともたくさん書いてますけど、そのあたりはさらりとお願いしますね。(汗)
いちおうこれらは、放送時の自分の記憶とウィキペディアと番組公式サイトを参考にしながら、番組内で、タモリさんたちがただ歩いていた場面だけから判断したものも含めて、リストアップしてみました。

ただ、以外とこの作業時間かかってしまいましたよ。。
なんていうか、さらさらといつものように番組の感想書くだけの方がラクだったかもです。(笑)


参考サイト
ブラタモリ(公式サイト)
ブラタモリ(Wikipedia)


「ぶらたもり」 たかたかたかたか・・・、というフレーズがなんだか耳に残る、あのタモリさんが都内をぶらぶらする番組ですけど、やはりこれは、このブログの記事としてそろそろ書いておきたいなあということで、今日はさらりと。

それにしても、なぜかこの番組、いつのまにか知っていましたよ。
誰からも教えられたわけでもなく、新聞をとっているわけでもなく、なんとなくネットをぶらりとしていて、たまたまNHKの番組ページにいきあたり、その時点で近々放送されることに気がつき、めでたく最初から見ることにあいなりました。

なので最初は、タモリ倶楽部の流れをひきつつもNHKらしくまじめな話などもまざりつつの番組なんだろうなあ、と思っていたら、やっぱりその通りで(笑)、そこは何回か見た後の今でもあまり感想は変らないですが、なんといっても、各回の内容がつぼをコリコリと心地よく揉んでくれる時もあれば、ああそこはまだこってないですよという内容もあるにはありましたが、どれもこれも今度は自分でも足運んでみようという話というか場所ばかりで(もちろんすでに足を運んだところもありますけど)、そういう意味では、やっぱりうれしい限りで興味深い番組という感じですよ

最近の放送(12月3日分)では、本郷台地ということで、地形と坂道の話がいっぱい出てきて、わ〜いという感じでしたが、それ以外にも三田・麻布の回での“がま池”の話も、以前にこの界隈を坂道散歩がてら、ぶらりとし、ブログを書いていて、なんとなく知ったことなのですが、あんなところにあんな場所があったなんてびっくりでした。
あとは、銀座の高低差にもちょっと驚きましたが、この回では、銀座の裏道界隈話のほうが興味深かったです。
それと、二子玉川が取り上げられたのは川つながりなのかなあとか、そういえばこの近くに国分寺崖線もあったなあとか、いろいろ思いつつも、どちらかというと今住んでいるところと同じ区内だし、それほどは遠くないので、タモリさんのちょっとひいた感じの態度とは違い、けっこう親近感を持ってみてしまいました。

しかも、ゲストの方たちもびっくりするような専門家の方々が大勢でていて、びっくりです。。

それで、それで・・・・。

と、
なんだか各場所で書きたいこともたくさんでてきてしまいましたが、このブログを見てもらってもわかるとおり、細かいことやどうでもいいようなことをいろいろとひろげながら妄想もくわえつつ書いてしまうくせがあるので(汗)、今回のようにまとめていろいろと書いているとほんとうにきりなさそうです。。

なので、その他のことは実際に歩いた時に、各記事でちょこちょこっと書いていこうかなと思いつつ、とりあえず今回はこれぐらいでやめておきますよ。。

ということで、前回までの放送では、
早稲田→上野→二子玉川→銀座→三田・麻布→秋葉原→日本橋→本郷台地
という順で都内めぐりをしており、来週は品川とのことです。


あと最後にですが、このブログを見ていて、もしまだ「ブラタモリ」を見ていないかたでもいれば、一度見てみるといいかもですよ。
(ちなみに、こういう話にうといと思われる(たぶん・・)、高校時代からの友人でもこの番組のことを知っていたので、こんなことを最後に書かなくてもよかったかもしれませんが、とりあえず。。)



追伸
上のリンクの方が、固定されたアドレスだったみたいなので、あらたなリンク追加しておきますよ。
ブラタモリ@Wikipedia

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今回は、番外編です。

このまえ、ひさびさ(たぶん一年ぶり)に江ノ島に行ってきたのですが、さすがに同じような写真を毎年、撮ってもなんなので、今回はすこし視点を変えてみることに。

というのは、江ノ島を歩いてみたかたならわかると思いますが、島内をぶらぶらしてみると、いつもなら、道の途中にお土産もの屋さんが点在していてたりするので、それをみたり、途中の神社などにお参りしたり、まわりの絶景といえる海の景色ばかり楽しんでいる自分がいたのですが、すこし視点を変えて見てみると、島内は以外と各場所での高低差があったりして、坂道はそれほどなかったと思いますが、階段がけっこうたくさんあったので、今回は、江ノ島散歩ついでに、ちょっと気になった階段をいくつか、気にしてみてみました。


江ノ島の階段散歩1

まずはじめは、江ノ島におとずれて、みやげもの屋さんがずらりとならぶあたりをぬけると、まず目に入ってくる階段です。
よくよく見てみると、けっこうかわったつくりの階段まわりというかなんというか。


江ノ島の階段散歩2

とりあえず、さきほどの階段をすこし横から見てみましたが、違う角度でみると、なんだか違う階段を見ているようでした。
ちなみに、左の白い変わったつくりの門は、瑞心門というそうです。


江ノ島の階段散歩3

次は展望台のあるあたりからさらに奥へ行く途中で、ふと気になったので、ぱちりと。
とりあえず、なんともいいがたい瓦屋根の建物のみやげもの屋にはさまれた道のむこうに見える階段と山の緑のバランスが印象的だったかもです。

あと、僕が行った日は、過去に経験したことのないくらい観光客が多くいて、しかも若い人が多かったです(もしかしたら、前日の夜中に全国のFM放送曲で桑田佳祐さんのライヴがオンエアされていたので、もしかしたら関係あるのかもしれませんし、連休中だったので、ただたんに混んでいただけかもなのしれませんし、よくわかりません)。


江ノ島の階段散歩4

そして、最後は、さらに奥へと行き、江ノ島岩屋という洞窟へいく途中にあった、海の見える絶景階段です。
せまい急階段に、景色のいいなんとも味のある食堂、そして、海。
前回来た時は、あまり意識しなかったのですが、今回は、行った時間もよかったのか、いろんな光の具合や景色の見えぐあいが絶妙でした。
そんなこともあり、混んでいる中、むりやり立ち止まりパチリと一枚。。

ということで、いくつか歩いていて気になったものをとりあげてみましたが、いろいろあげていっていたらきりがなさそうですので、今日はこんな感じです。



地図
神奈川県藤沢市江の島

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昨日は、東京でも2年ぶりという大雪でしたね。

そんなこともあり、やっぱり外出してみたくなり、今回は新宿に行ってみました。


あっ、そうそうこれは個人的なことなのですが、昨日、新宿に行く前に4年か5年ぶりに家の近くの駅で大学時代の友人と会いましたよ。

おたがいこんなところで〜、という感じでした。。

おそらく、雪が降らなかったら、ぜんぜん違う時間帯に外出していたと思うので、今回の再開は雪さまさまという感じだったかもです。(それにしても、なぜ家の近くの駅に友人がいたかはわからずじまいでしたが。。(笑))



新宿雪見散歩1

そんな感じで、新宿駅についたときはお昼をすぎたころだったので、外はまだかなりの雪が降っていて、ふつうの道でもそれなりに積もっており、外を歩いていると靴もすぐに湿ってきそうだったので、ほとんど外に出ずにアクセスできる都庁の展望台にきてみたわけです。

ただ、やはりというかなんというか、予想はしていたのですが、ここの展望台くらいの高さとなると、さすがに雪のせいで窓の外は真っ白でした。

けど、ねばっているうちに、かろうじて新宿中央公園が見えたので、パチリと。

ほとんどわかりませんね・・。(汗)



新宿雪見散歩2

すこし遠目のほうを見ると、もうこんな感じで、外は雨ではなく雪だったこともあり、こんなスモーク状態の景色も、なんというかスキー場で、外が吹雪いているときにレストハウスで休憩している時のような気分になってしまいましたよ。

まあ、そういう空気感みたいな想像がふと頭をよぎったというほうがよいのですかね。。



新宿雪見散歩3

そんなこともあり、ふと思いついて、行く予定はなかったのですが、気がつけば1年以上訪れていなかったのですが、さっき窓から見えていた新宿中央公園にきてしまいました。

ここは、見てのとおり(といってもわからないですよね・・)、前にも何度かこのブログでもとりあげた富士見台からのものです。

この公園内では一番の高台でもありますし、かつてはここから富士山も見えたとか。

前にきたときは、9月だったので、かなり緑が生い茂っていましたが、今回は、さすがにその景色も一変していました。

前がグリーンでいっぱいなら今回はホワイトでいっぱいという感じですかな。。


ということで、一日おくれの雪見散歩でしたが、今日はこんな感じです。


地図
新宿区西新宿2

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前回のニュースでとりあげたヤフーの「古地図で東京めぐり」サイトが期間限定なこともありせっかくなので、またまた古地図などをプリントスクリーンさせていただいて、今度は渋谷の宮益坂 (NO.1) あたりの話でも。


渋谷古地図_今
現代


宮益坂 (NO.1) といえば、地図でみてもわかるようにほんとに渋谷の駅前の目と鼻の先の場所にある坂道で、かつては、ここから富士山も見えたことから富士見坂ともよばれている坂道です。

でも、まあ実際に歩いていると坂道は坂道ですが、どちらかといえば食事処が多いので、僕はお腹がすいた時にふらりと行くことが多いですけどね。。


渋谷古地図_明治
明治

以前に書いた宮益坂 (NO.1) の記事や現代の地図とくらべてみると、道の途中にあった御嶽神社という神社は、今もありますが妙祐寺なるお寺は、今はないみたいですね。

あと、これも前にとりあげた渋谷川(とある街の風景13にてありました)もちゃんとあるんですね。


渋谷古地図_江戸
江戸

そして、江戸時代。
地図では、宮益坂と富士見坂がわかれて書かれてますね。
昔はちょっと場所が違ったのかな?
また、明治の地図にもあった妙祐寺というお寺は、この時代からあったのですね・・。
じゃーなんで、今は妙祐寺はないのだろう?と思い、いろいろ検索してみると、なんと昭和20年のあの戦争の際の空爆に遭って焼失してしまい、世田谷区北烏山へ移転したそうですよ。

そして、渋谷川もこの時代からあったのですね〜。
いまでこそ、てきと〜につくった川みたいになってしまっていますが・・・。

そんなこんなで、ふと思ったのですが、「江戸名所図会」(宮益坂 (NO.1) の記事にも同じ文を載せたのですが・・)にこの坂のことが書いてあり、「富士見坂 渋谷宮益町より西に向ひて下る坂を云ふ。斜に芙蓉の峰に対、ふ故に名とす。相模街道の立場にして、茶店酒亭あり、麗の小川に架せる橋をも富士見橋と名づけたり。相州街道の中、坂の数四十八ありとなり、此富士見坂は其首なりといへり」と記されていることと、今回の古地図をみて、当時は坂下にきれいな渋谷川が流れていて、道の両側には休憩処がならび、遠景には富士山が見えているというなんとも気持ちのよい場所だったのかもしれませんね。

でもまあ、これはお城側から歩いてきた場合なのですけどね・・・。

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先週となってしまいましたが、アークヒルズの帰りにこれまた六本木にある「AXIS」という名前の施設によってみました。


イベント散歩2_1

あまり詳しいことは書きませんが、知っているかたも多いかもしれませんが、いわゆるデザインスポットとしてはかなり有名な場所で、外苑東通沿いにあるビルです。
中は、デザイン関連のお店やギャラリーが所狭しと軒をつらねています。

当日は、吉岡徳仁さんという有名なデザイナーの方の展覧会がやっており、誰でも見れることもあったため、それ目当てでいってみました。
展示場内のパンを焼くような発想で作られたというパンの椅子や場内が雪が積もったように演出されていたりとなかなか面白かったです。
また場内の説明文の一文にあった弱いもので組織をつくるという言葉(だったかな?たしかそんなような感じでした・・)がなんだかすごくしっくりきました。。


イベント散歩2_2

ついでに、 AXIS内の中庭を上から一枚パチリと。


そして、別の日に、すこし前の話にもでたTDW2006のメイン会場の神宮外苑の絵画館前に行ってみました。

イベント散歩2_3
入場門前あたり


イベント散歩2_4
入場門近くの場内の様子


イベント散歩2_5
場内の様子


ということで、場内をいくつか撮ってみましたが、細かい説明は置いておいて場内の雰囲気は写真のような感じでした。
ちょっと俯瞰的な写真ばかりになってしまいましたが・・・。(汗)でも、個々のものを載せている延々と写真ばかりになりそうですしね。(笑)
そんな感じで場内をぶらぶらしつつ、どちらかというと去年よりはなんだかパワーダウンしているのかな〜と僕的には感じてしまいましたが、そのような中、僕の考えを吹き飛ばすようなおおぜいの人が見にきていて広い場内にもかかわらず大盛況な雰囲気になっていましたよ。


イベント散歩2_6

そして、帰りは、かの有名な外苑前の銀杏並木道を通って帰ったのでした。。
(ちなみに、3枚目の写真をふりかえるとこの場所なんですけどね。(笑))




地図
AXIS→港区六本木5
外苑前→港区北青山1あたり

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ひさしぶりに、本の話です。

アースダイバー


アースダイバーという本で、ネーミングがなかなかいいですよね。
この本はむずかしくとらえようと思えばいくらでも、深く堀さげれられそうな本なのですが、このブログらしく気楽に言ってみるとですね、江戸や近代という時代よりさらに時代をさかのぼって縄文時代の地図や地形的な神話とともに東京を散歩してみたらこんな発見があるよね〜という感じで書かれている本のように思えました。

前に新宿の熊野の記事でもすこしとりあげましたが、新宿の副都心の十二社のことも書かれていたりしますよ。
また、坂と崖下の項で坂のことも書いてはいるのですが、こちらはどちらかといえば神社でお坊さんが過去のことや今のご時世のことを神話まじりで話すようにたんたんと書かれている感じがつよく、この項に関してはまた何回か読まないとちょっと理解しづらいように思えましたよ。
逆に東京タワーの話はわかりやすくなるほど・なるほど〜とうなずくことも多かったです。
文を読んでいると、土地の精霊がふらふら歴史にいたずらしているような感じでもあり、はたまた縄文時代の地図を突きつけられてふと現実にもどって考えせられることが多かったりと、神話のような話でもあり現実のような話でもあり、なんだか虚実が入り混じっているような話の展開がすごくここちよくて、その点はすごく引き込まれてしまいあっという間に読んでしまいました。
それにしても、縄文地図と今の地形がつながっているという視点はすごく新鮮で、各ページにあるEarth Diving Mapという縄文時代の地形に現代の施設を重ね合わせている地図もなかなかおもしろいです。
そして、本の中で、著者が言っていたこの本は”大地の歌”を変換しただけだということをちらりと書いていたのですが、たしかに土地の精霊の声に耳をかたむけると自然と文書なんてかけるのかもしれませんね。(汗)

なのでこの本は1回だけで終わらせるのではなく、何回か読むとおもしろい本かもしれませんよ。
読んではその場所を散歩、また読んでは違う場所を訪れるという具合ですかね。(笑)

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所在地:新宿区神楽坂3



前回とりあげた、軽子坂とは、ちょうど坂の途中あたりでクロスしていて、坂上では、神楽坂とつながっている坂でもあります。


三年坂1
坂上あたり

ここには、坂の碑らしいものは見当たりませんでした。

三年坂という名前ですが、これは、べつに京都にある有名な三年坂とは、関係なくですね、23区の坂道さんのサイトで知ったのですが、『江戸の坂東京の坂』という本において、ここらあたりには、寺や墓地の近くにあり、「その坂で転んだものはすぐにその土を三度なめないと三年以内に死ぬ」という迷信があったとされていたことに由来することからきているとのことです。

なんだかすごい迷信ですね。(汗)


坂上あたりは、本多横町というと通りになっていて、飲食店が建ちならんでいる通りになっています。

写真では、ふつうな感じの飲食店街という感じですが、実際はもうすこし赴きがあり、通りから路地などをみると、神楽坂らしい路地がちらりとみえたりしていました。


三年坂2
坂下あたりより



地図
新宿区神楽坂3

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