東京坂道さんぽ

タグ:新坂
新坂 (NO.136)
新坂 (NO.102) /港区南麻布3丁目
新坂 (NO.43) /新宿区若宮町

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区赤坂7あたり


しん坂とよぶそうで、”しんざか”という言い方と”しんさか”というふたつのよび方があるそうです。

場所は、稲荷坂 (NO.135) のすぐ近く(北西)にあり、地図でみると赤坂7丁目と8丁目のあいだを北西に上がり、そのまま道沿いに行くと、青山通りまで通じている坂道です。



新坂 (NO.136) 1
坂下より

坂下からの様子ですが、車一台がふつうに通れるくらいの道幅といった感じで、勾配具合も緩やかな坂道というのが、ここの第一印象でした。

それと、写真では、左側からせり出している立派な木々のおかげで、すこし暗い感じに見えていますが、実際に歩いている時には、あまりそんなことは感じず、それより周辺の落ちついた雰囲気が、気になったかもです。

ちなみに、ここには写真でも見えていますが、いつもの坂の碑があり
『できた当時は、新しい坂の意味だったが、開かれたのは古く元禄十二年(一六九九)である。しんさかとも発音する。』
とありました。



新坂 (NO.136) 2
坂上あたりより

いきなり、坂上まできてしまいましたが、もうこのあたりまでくると、勾配具合もほとんどなくなり、ほぼ平坦な道となっていましたが、やっぱりここからも、坂の途中あたりからちらちらと姿をあらわしていたミッドタウンが遠景に見えていました。

あと、坂下を歩いたときにも感じたこの坂道にただよう落ち着いた雰囲気は、ここまできてもそれほど変わらず、やはりこのあたりは閑静な住宅街なのだなということは、あらためて感じることができましたし、周辺の坂道と比べてもこの坂道はそういう雰囲気を持った場所なのかもと思いました。
(というか、あとで書きますがすこしばかり先入観もあったので、こう感じた部分も多かったかもしれません。。しかも、今回は写真を撮りそこねましたが、地図をみてもらうとわかりやすいのですけど、僕の立っている位置の左うしろのほうにカナダ大使館があったんですよ。。)


あと、余談ですが、この坂下あたりで生まれた三宅艶子の”赤坂新坂町”という回想記の一文に「私が生まれたのは、赤坂新坂町八二番地である。(略)私の家は新坂という坂の下にあった。何という名前か今は忘れたが、すぐそばにあと二つ坂があり、三つの坂の下のくぼみのようなところであった。 新坂町は、坂の途中から上にかけては屋敷町で、今でもそこは閑静な住宅地だが、昔は何候爵、誰子爵というような家が多く、華族でないまでも、大きな家が並んでいた。(略)」と、このあたりのかつての描写が書いてありました。ちなみにこれは、いつも参考にしている”江戸東京坂道事典”に書いてあったことで、なるほどー、と思ったので、書き留めておいたのですが、実際に歩いたあとで、この文をあらためて読むと、ああそうだったのか、うーん納得、という面も多かったです。



地図
港区赤坂7あたり

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:港区南麻布3あたり


しんざかと呼ぶそうです。
場所は、南部坂 (NO.101) の坂上からすこし歩いてから、南の方へ行くとある坂で、坂下は明治通りにつながっている坂道です。


新坂 (NO.102) 1
坂上あたり

坂上あたりの様子です。
近くには、フィンランド大使館がなにげにあったりしましたが、道自体はすこし勾配がある感じで、実際の坂道はもうすこし先のほうにあるようでした。
ただ、左手に見えている茶色の建物が気になりましたよ。


新坂 (NO.102) 2

ということで、もうすこし近寄ってから撮ってみましたが、かな〜り古い感じですが、電柱のうしろあたりにみえている建物のファサードというか建物にとりつけられている格子というかルーバーみたいなものはなかなかいい感じだったかもです。。


新坂 (NO.102) 3

もう一枚です。
一枚目の茶色の建物の奥に建物の壁いっぱいに蔦がからまっている建物が見えていますが、正面から見るとこんな感じでした。
こちらも、かなり古い建物のようで、さすがに茶色の建物と同様、まわりの建物と比べると浮いている感じではありましたが、なにか惹かれるものがあり、撮ってみました。


新坂 (NO.102) 4
坂の途中より

坂をてくてくとすこし下り、坂上のほうを眺めてみました。
ここからみると、坂道の勾配具合もわかりやすいかもしれませんね。


新坂 (NO.102)5
坂の途中より2

さらに坂道をくだると、こんな感じの風景で、気のせいかもしれませんが、両サイドの建物が以外と個性的なつくりのものが多かったような気がしました。


新坂 (NO.102) 6
坂下より

坂下から坂上のほうを見たものです。
なので、この写真の背後が明治通りということになります。

また、この坂道には、いつものように坂の碑があり、
『できた当時は、新しい坂の意味だったが、開かれたのは古く元禄十二年(一六九九)である。しんさかとも発音する。』
とありました。
それにしても、1699年からとはなんだかんだといって歴史のある道というか坂道だったのですね。。



地図
港区南麻布3あたり

ブログネタ
街写真 に参加中!
所在地:新宿区若宮町


前にとりあげた、地蔵坂の坂上からすぐの場所で、住所は、新宿区若宮町ということになります。


新坂1
坂上より

この坂道は、住宅街の間になにげにある感じでした。
しかし、場所が場所だけに閑静な住宅街でしたよ。

ただ日本の住宅街のさがで、写真だけではそれが感じれないかなしさはあったりしますが・・・。

でもまあ歩いてみるとわかるんですけどね。(汗)

あと、この坂上のすぐ近所に宮城道雄記念館があったりします。


新坂2
坂の途中より

ここにも坂の碑があり、
『「御府内沿革図書」によると、享保十六年(一七三一)四月に諏訪安芸守(戸田左門)の屋敷地の中に新しく道路が造られた。新坂は新しく開通した坂として命名されたと伝えられる。』
とありました。


新坂3
坂下あたりより

坂下あたりは、地図をみてもわかりますが、くねっとS字の道になっており、けっこうな勾配の坂でした。

このまま坂下のほうへ歩くと若宮八幡神社があり、しかもまたまた庾嶺坂という坂道の坂上とぶつかるということで、なんとも2つあわせればかなりの坂道といえるかもしれまんね。




地図
新宿区若宮町

このページのトップヘ