東京坂道さんぽ

タグ:東京
ゆ嶺坂 (NO.44) その2 /新宿区若宮町
幽霊坂(NO.307)、幽霊坂(NO.308)、幽霊坂(NO.309) /千代田区
本氷川坂 (NO.130) その2 /港区
紀伊国坂(NO.306) / 港区
渋谷に神南坂という坂道はあるのか?
渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道
鼓坂 (NO.115) その2 /港区赤坂1丁目
いろは坂(NO.296)その2 /多摩市
へっぴり坂(NO.302)/ 多摩市
東京富士見坂(NO.301) / 目黒区+品川区
とある街の風景270(六本木坂道雪景)
とある街の風景269(大雪の日の乃木坂)
鐙坂(NO.292)、炭団坂(NO.293)、本妙寺坂(NO.294)/文京区
とある街の風景268(表参道ヒルズのクリスマスツリー2018)
とある街の風景267(西郷山公園で富士山)
山の婆坂(NO.291)/ 多摩市
菊坂(NO.288)、一葉坂(NO.289)、金魚坂(NO.290)/ 文京区
須賀神社男坂(NO.284)、東福院坂(NO.285)、円通寺坂(NO.286)、鉄砲坂(NO.287) / 新宿区
女坂(NO.283) / 千代田区
とある街の風景263(聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段)
山の上ホテルに行ってきました。
とある街の風景263(ひさびさに新宿高島屋からの国立)
聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道
聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道
とある街の風景262(代々木公園定期観測2017)
とある街の風景261(七夕さんぽ)
三べ坂(NO.281) /千代田区
諏訪坂(NO.280) /千代田区
東京タワーそばの金地院をぶらり
欅坂46の坂道の歌(=W-KEYAKIZAKAの詩)を聴いてみて。

まずは、最近、トラベルジェイピーの記事にて『将軍が名付けた珍しい坂道。東京・飯田橋駅そばに佇む若宮町・ゆ嶺坂』と題して、ゆ嶺坂を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。


今回は、このブログでもだいぶ前に取り上げたゆ嶺坂を取り上げてみました。
ただ、当時取り上げたときは、2006年ということもあり、過去記事読んでもらうとわかるかもですが、今とは違っていろいろ気がついてないことが多いですね。(汗)

当時は、どちらかというと坂上にある若宮八幡神社のほうに意識がいっていますね。
まあ、それはそれで悪くはないんですけどね。

あとは、今回の記事は幽霊坂シリーズ第2弾的(もしくは3)な意味合いもありますので、あしからず。(笑)

そんなわけで、ここからはいつものおまけ写真をいくつか。


ゆ嶺坂 (NO.44) その2-1
写真1

まずはなんといっても、今回の発見は「坊っちゃんの塔」でしたね。(写真1)
場所的には、ゆ嶺坂の隣の無名坂のほうなんですけどね。


ゆ嶺坂 (NO.44) その2-2
写真2

近代科学資料館です。(写真2)
たまにきたときは中の展示物のほうに気がまわってしまいますけど、実は外観も楽しい建物だったんですよね。

あとは、なぜこの写真2のような建物写真を記事で載せないかというのは、以前にも書いたかもしれないですが、建築写真をのせてしまうと、こちらのほうが写真的にインパクトが強くなってしまうこと(写真サイズも同じなので、どっちを伝えたいかわかりにくくなる。まあテレビとかで坂道を紹介するなどの場合だとそれでもいいのかもしれないですが。)と、個人的に建物を触れるときはエッセイ風に文章だけで紹介してみたいという思いがあるからです。


ゆ嶺坂 (NO.44) その2-3
写真3

そして、これが若宮公園の公衆トイレの入り口ですね。(写真3)
高低差を利用して、しかも石垣の中にはいるようなつくりが印象的でしたね。


ゆ嶺坂 (NO.44) その2-4
写真4

最後は、同じく若宮公園の坂道に面していない方の入り口あたりのものです。(写真4)
なんだか映画のセットのようなつくりですが、これも公園の一部なんですよね。


ということで、今回はこんな感じです。

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『再開発のはざまにひっそり残る東京・JR飯田橋駅界隈の3つの幽霊坂』と題して、3つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

なお今回は、同じ名前の幽霊坂が3つということで、後でどれがどの坂のナンバリングかで混乱しないように、この記事で決めておきますね。

1つ目の幽霊坂=幽霊坂(NO.307) /所在地:東京都千代田区富士見2
2つ目の幽霊坂=幽霊坂(NO.308) /所在地:東京都千代田区富士見1と2の間
3つ目の幽霊坂=幽霊坂(NO.309) /所在地:東京都千代田区富士見1

要は記事の順番そのままですね。
でも、幽霊坂自体はここ以外にもありますし、この記事で完結というわけではないので、やはり僕の場合、坂道にナンバリングするのは重要なことなのですよ。

ちなみに、今回の幽霊坂は、ブログでは取り上げていないのですが、昨年の夏に、民俗学的な視点での幽霊の話に惹かれて、このブログの記事で取り上げようと、実は都内の幽霊坂の7割くらいまわっていたんですけど、結局、写真だけ撮って記事は書かずじまいでした。

なので、またそのうちどこかでその写真などは公開するかもしれないですが、今回のトラベルジェイピーの記事でいえば、撮りおろしの坂道ですのであしからず。


そんなわけで、坂道自体のことは記事をみてもらうとして、ここからはいつものおまけ写真をいくつか。


3つの幽霊坂1
写真1

今回は、坂道からはすこし離れていて取り上げなかったのですが、JR飯田橋駅から飯田橋サクラテラスに行く途中に必ず見える教会がありますよね。(写真1)
これってなかなか渋いつくりで気になっていたんですけど、調べてみたら「富士見町教会」というそうで、一粒社ヴォーリズ建築事務所が設計した教会だったんですよ。
一粒社ヴォーリズ建築事務所といえば、ウィリアム・メレル・ヴォーリズなので、この建物もその流れをくんでいるみたいですね。

あとは、幽霊坂が密集している近くに、お寺はなくて教会だけあるというのもなにか不思議な感じではあったかも。(ちなみに靖国神社も近くにありますがそれはもっと広域なエリアに影響を与えている感じがするのでここではスルーしています。)

とにかく、今回の記事を書かなければおそらく調べないままだったので、そういう意味ではよかったですね。


3つの幽霊坂2
写真2

こちらは、幽霊坂(NO.309)の坂上に隣接しているふじみこどもひろばの写真です。(写真2)
まさに原っぱという感じで、まさか千代田区のど真ん中にこんな場所があるとは、という感じでしたかね。(今、この一文を書いていて、これもトラベルジェイピーの記事に載せておけばよかったかなと思ってみたり。笑)


3つの幽霊坂3
写真3

こちらも、トラベルジェイピーの記事に書くのを忘れていたのですが、「Q-DAN1991 」なるビル建築です。(写真3)
建築家の武澤秀一氏の設計によるものです。
ここは意識しないと、普通のビルにみえなくもないのですが、写真3のアングルからよくみると凝ったつくりしていましたね。

ということで、今回はこんな感じです。

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『勝海舟も暮らした東京・赤坂の「本氷川坂」と界隈坂道めぐり』と題して、3つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回取り上げた3つの坂道は、どれも過去にブログで取り上げており、内容的にはラストの部分をのぞいて焼き直しですが、現地での写真は撮りおろしです。


では、いつものおまけ写真でも。


本氷川坂 (NO.130) その2-1
写真1

本氷川坂の坂下にあった勝海舟邸跡地にたてられている木碑など。
ちなみに、トラベルジェイピーの記事の写真でも左の方にちらりと見えているのですよ。
なお、勝海舟邸跡地については過去にブログでも取り上げています。案内プレートの全文ものせていますので、気になる方はどうぞ。
→『とある街の風景(勝海舟邸跡)


本氷川坂 (NO.130) その2-2
写真2

こちらは氷川神社の入口です。
要は、氷川坂の途中にあるのですが、見てのとおり、意外にひっそりとした佇まいでしたね。


本氷川坂 (NO.130) その2-3
写真3

最後は、これも勝海舟邸跡地ですが、晩年暮らした場所のほうにもちゃんとあったんですよ。
トラベルジェイピーの記事でいえば、師弟像があった場所のすぐそばですね。
現地行けばすぐにわかると思いますよ。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『風光明媚な「紀伊国坂」は別名で赤坂。東京・赤坂との関係を探る坂と史跡めぐり』と題して、紀伊国坂を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回は、単純に、このブログでもまだ取り上げていなかったし、ドラマの西郷どんでも、紀伊徳川家に関わる話もちょうどでていたこともあり、なにげに関連している「紀伊国坂」を取り上げてみました。

そんなわけで、坂道自体のことは記事をみてもらうとして、ここではおまけ写真をいくつか。


紀伊国坂(NO.306)1
写真1

いちおう、紀伊国坂にもいつもの坂の碑はありました。(写真1)
ただ雨風がすごい場所なのか、坂の由来が書かれている部分は、色落ちしていてほとんど読めないほどになっていました。(残念。)
ただ、この坂の碑は平成8年(1996年)に建てられたものらしく、いうなれば22年間、雨風にさらされながらみたいなので、まあそうかもしれないですね。


紀伊国坂(NO.306)2
写真2

こちらは、坂下あたりを歩いていると、珍しいタイプの観光バスに遭遇したので、ぱちりと。(写真2)
紀伊国坂の坂下あたりの目玉といえば、高速道路の高架とのコラボですが、いちおう写真でもちらりと見えてはいますかね。


紀伊国坂(NO.306)3
写真3

ちなみに、記事ではふれなかったと思いますが、坂下あたりに隣接している弁慶堀には、こんな感じで貸しボート屋さんがやっているのですよ。(写真3)
しかも、釣具まで貸していて、釣りもできるんです。
いうなれば、ここは大きな釣り堀とも言えるかもですね。

あと、この弁慶堀の釣り堀(?)で思いだしたんですけど、都内の坂道には、なにげに坂の途中(しかも名前のある坂)に釣り堀があるところが何件かあるんですよね。
釣り堀と坂道、なんか関係あるんですかね。
またちょっと調べてみたくなってきました。(笑)


ということで、今回はこんな感じです。

今回は、無名坂といえばそうだし名前のある坂道というばそうかもしれないという渋谷の坂道について取り上げてみます。


渋谷のニトリの裏側の坂道
写真1

いきなりですが、これがその坂道です。(写真1)
タワレコから現在は工事中のパルコへと上る無名坂の途中からも見えていて、最近できたニトリの裏側というか西にあり、北へと上っている坂道ですかね。
前々から気になってはいたのですが、ブログでは取り上げずじまいの場所だったのですよ。

風景的には、やはりここは夜がいいかもですね。
坂上にはアパレル系の大型ショップが並ぶファッションストリート(言い方古いかな、笑)としても有名な場所ですかね。
そんなこともあり、この坂道沿いにもアパレル系の店が並んでいて、ファサードにも力を入れているので、坂道からの見栄えもいいんですよね。

そこで、やっとタイトルにもでてきた「神南坂」とはという話ですね。
写真を見てもらうと、左側のお店の看板に「jinnan-zaka」とあるんですよ。

じんなんざか??

神南といえば、この坂のあるあたりの地名なのですが、さすがに「神南坂」という坂がこのあたりにあるというのは聞いたことがないので、??と思い、ネットで調べてみてもそれらしきものがほぼない中で、ひとつだけ気になるサイトがあったのですよ。

それは「神南坂 | 渋谷文化プロジェクト」なる東急が運営するカルチャー紹介のサイトで、そこで神南坂という言葉がでてきていました。

ただサイトを読んでみても神南坂という坂道があるとは書いてないのですが、神南坂フレームという施設名はでてくるので、これは写真の左側の看板に書かれていた建物のことではないかと。

そんなわけで、神南坂フレーム(もしくはフレーム神南坂)という施設というかビルは、このビルに面した無名の坂道へのオマージュとしてつけたのではないかなという結論にいきついたわけなのですよ。

ただ、実は写真の左側にも道があって(撮り忘れましたけど・・・、というか歩いた時は人がけっこういて撮らなかったんですよね)、そこも坂道になっているんですよ。

なので、神南坂という坂道については、現状、この二つの可能性があるというしかないですし、ビルがなくなってしまえば、神南坂という名前は消えてしまうかもなので、ある意味貴重な存在のビルであり坂道かもです。

とにかく、今頃ですが、気がついてよかったです。
しかも調べた限りでは神南坂と坂道を結びつけているサイトはいまのところネット上にはない感じなので、このブログをきっかけに、さらに神南坂について調べてくれる方がでてくれるとうれしいかもです。


ということで、長くなりましたが、今回はこんな感じです。


地図
渋谷区神南1-18-2

ひさびさに無名坂でも取り上げてみます。

現在建替え中のパルコあたりを一眼カメラ持ってぶらぶらしてみたら、今の時期しか撮れない風景を見つけました。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道1
写真1

まずはこちらですね。(写真1)
パルコの建替風景というか工事現場が一望できる坂道で、位置的には坂下あたりの風景とも言えますかね。
ここは前から気になっていた坂道で、これまでブログで取り上げる機会を逃していたのですがやっと取り上げることができました。

しかも、写真右側にはUNIZOというホテルがあって、明るいうちは気が付きにくいのですが、暗くなってからくると階段がライトアップされているのですよ。
ちなみにこのUNIZOというホテル、建設中当時の看板にはホテル名に、南側に隣接するオルガン坂の名前が入っていたのですが、どうやら方針が変わり、今のホテル名になったみたいですね。
個人的にはホテル名に坂名が入っていてくれたら、ホテルだけでなく坂道自体も名所になったような気もするのですが、まあ仕方ないですね。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道2
写真2

こちらは写真1とだいたい同じ場所から坂上方向を見たものです。(写真2)
右側のマンションがあったところも工事していますが、ここはなんといっても坂上に渋谷区役所があることがポイントですかね。
ちなみに現在は渋谷区役所も建替工事中なので、この坂道沿いは現在、工事だらけの建物ばかりという感じでした。
すべてが建て替わったらどんな感じになるのやら。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道3
写真3

いきなりですが、2年くらい前の写真で、パルコの建替が決まった時くらいのものです。(写真3)
ちょうど、写真1の奥に見えていた感じで、道的にもつながっている場所でした。
まあ、こんな機会でないと公開できないので、忘れないうちにということで。


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道4
写真4

いちおう、旧・パルコ内にあった案内地図をちょっと加工してみました。(写真4)
左側に黄緑で描いている部分が、写真1と写真2の坂道部分で、紫色の線の部分が、写真3の場所です。
さらに右側にはスペイン坂とも接続していた場所なので、そういう意味ではなかなか興味深い感じはしなくもないですが、それが一体なんなのかとなるとまた詳しい説明がいりそうなので、ここでは軽くスルーしておきます。(笑)


渋谷パルコから渋谷区役所へと上る坂道5
写真5

最後は、写真3の道沿いにあった東京FMのスペイン坂スタジオの外観ですね。(写真5)
懐かしいです。
新しいパルコでは復活するのかな、それともなくなってしまうのか。

ということで今回はこんな感じです。


地図
渋谷区 宇田川町




追記:20180421
公開当初、オルガン坂のことをオランダ坂と書いておりました。。なので修正してオルガン坂にさらりとしております。とにかく、ここのオルガン坂については、スペイン坂が近くにあるからなのか、なぜかオランダ坂と思って勘違いしてしまうことが前から多々あるのですねよ。(汗)気をつけねば。

まずは、つい最近、トラベルジェイピーの記事にて『六本木の隠れ花見スポット「桜坂」と旧霊南坂教会痕跡めぐり』と題して、2つ+αの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

今回は桜の時期はもう終わってしまいましたが、そうじゃない時期でも読めるようなネタも取り上げたので、そのあたりの補足もかねてです。
なお、今回の記事で取り上げた坂道は過去にブログでも取り上げているのですが、詳しく調べていくと、以前に取り上げた鼓坂 (NO.115)についてだけ、当時の仮説が違う可能性がでてきたので、そのあたりを取り上げるために今回のようなタイトルにしました。


まず、以前の鼓坂 (NO.115)のブログエントリーでは、現在の霊南坂教会の北側を東西に走っている坂道が鼓坂であるとしていたのですが、どうやらそこのところが違うかもしれないという話なのですよ。


115) その2-1
画像1

こちらは、「雑木林の中から」というブログの記事に掲載されていた霊南坂教会工事中の案内図なるものを拝借して、北を上向きにして加工してみたものです。
要はアークヒルズが出来る前の工事案内看板ですね。
図では、ありがたいことに旧霊南坂教会と今ある霊南坂教会がふたつ書かれていて、紫の三角で囲んだあたりが、建替前の旧霊南坂教会で、丸で囲んでいるところが今現在建っている霊南坂教会ということみたいです。

そして、以前の鼓坂 (NO.115)のエントリーでは、江戸東京坂道事典という本に『鼓坂とは霊南坂教会の北わきを西へ下る坂道』と書かれていたことから、現在の霊南坂教会の北わきの道を取り上げたわけなのですよ。
でもですね・・・。
よくよく考えてみたら、僕が参考にした江戸東京坂道事典という本は、昭和46年12月に出版されたものなのですよ。そして、今の霊南坂教会ができたのが、昭和60年。。
ということは、この本で書かれている”霊南坂教会の北わき”というのは、旧霊南坂教会の北わきということになりそうですよね。
そんなわけで、かつての鼓坂は、上の地図の黄緑の位置にあった可能性がきわめて高いのでは?となったわけですね。
そしてそして、現在の地図を見てみると、霊南坂教会の南側とアークヒルズの間にも道路があり、トラベルジェイピーの記事でも取り上げた旧霊南坂教会の石碑のある場所(=上の画像の三角で囲った場所)などからも、鼓坂は見た目や高低差感などは大幅に変わったかもしれないですが、やはりここであっているという結論に達したわけなのです。
ただ、これはかなりの極論で、実は「昭和毎日:昭和の地図」なるサイトで昭和31年の古地図が見れるのですが、それで確認してみると旧霊南坂教会のあるところから西にむかって道が伸びていることから、アークヒルズで土地が改良される前は旧霊南坂教会の北脇あたりが坂上だった可能性がきわめて高いんですよね。(画像1でいえば、赤くぬられている道。)
なので、その1で取り上げた場所は間違っている可能性大ですし、今の鼓坂 (NO.115)についても昔の鼓坂と場所がかぶっている場所は、陸橋のある部分(旧霊南坂教会の石碑のある場所)より坂下側(西側、わかりやすくいえばサントリーホールの北側の道路部分)だけということになるのかもしれないですね。


115) その2-2
写真2

ちなみに、記事が公開されてから数日後の夜に訪れてみると、鼓坂 (NO.115)沿いもライトアップされていましたよ。(写真2)
写真は坂道沿いにある陸橋からのもので、ちょうど陸橋側から坂下方向をみたものです。
なので、このあたりだけが昔の鼓坂と位置がかぶっている部分といえるかもです。

(あとは、最近気がついたんですが、どうやらトラベルジェイピーの記事は公開後でも編集部に相談すれば加筆してもOKということなので、またそのうちこのライトアップのことも加えるかも。)


115) その2-3
写真3

最後はおまけです。(写真3)
鼓坂 (NO.115)の坂下あたりから陸橋へとつながっている階段を下から見上げると、なんと現在の霊南坂教会の十字架と月(そして桜)がうまい具合にコラボしていたのでぱちりと。(^^)

ということで、今回はこんな感じです。


住所
港区赤坂1

トラベルジェイピーの記事(ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう)にて、いろは坂を取り上げたわけですが、今回はいろは坂の中でもちょっと気になっていた階段を写真自体はけっこう前(2017年の1月頃)になりますが、当時の写真を交えながらすこしばかりこまかく取り上げてみます。

なお、いろは坂(NO.296)その1にあたるブログの記事はこちら(今回は、耳をすませばの聖地でもある、いろは坂についてです。)です。
書いた時はお知らせがてらの記事だったのでナンバリングしていませんが、坂上の洋菓子店の写真など、今思えば貴重な写真も載せているので、ここにて再度。


いろは坂(NO.296)その2-1
写真1

こちらは映画「耳すませば」の劇中で、月島雫が自分で創作した物語を創造しながら一気に階段を駆け下りるシーンで登場する階段でもあり、現実のいろは坂でいえば、坂上あたりにある階段ですね。(写真1)
地図を見てもらうと一番わかりやすいのですが、いろは坂は京王の聖蹟桜ヶ丘駅の方向から北側のかなりの高低差のある台地に上る坂道のため、途中は急カーブの折り返しの道が連続していて(これを「つづら折り」やら「ヘアピンカーブ」と言います)、そのため、ヘアピンカーブをそのまま歩くとたいへんなので、横切る形で階段がつくられています。
それがこれですね。
時期がよければ緑に囲まれて気持ちいいんでしょうね。


いろは坂(NO.296)その2-2
写真2

ちなみに、写真1の背後を見下ろすとこんな感じでした。(写真2)
まあこれがヘアピンカーブのひとつですね。
いろは坂ではこういうわかりやすい急カーブの場所が2箇所みられます。


いろは坂(NO.296)その2-3
写真3

写真1の場所から階段ではなく、道路のほうをすこし坂上に歩き、坂下方向を見たものです。(写真3)
写真1でいえば、右側方向に歩いていったものですね。
なので、左側には坂下の聖蹟桜ヶ丘駅界隈の高層ビルも見えていたりします。

この部分だけ切り取ってみてもいい感じの坂道でしたね。


いろは坂(NO.296)その2-4
写真4

写真3からほんのすこしだけ坂を上ってみたものです。(写真4)
ちょうど急カーブの真ん中あたりから見たものなので、坂上と坂下に向かう道の両方が見えていましたね。
もうすこし広角のレンズがあれば全景撮れたかもですが、それでもなんとかこの急カーブを伝えることはできたかなと。(笑)
なので、写真1の階段は、この奥を左側から右側へと上っているというわけですね。


いろは坂(NO.296)その2-5
写真5

さらに坂を上り、坂上方向を見たものです。(写真5)
写真4からはほんのすこし移動した場所からですね。
もうこのあたりは坂上と言っていい場所なので、右側には丘の上の住宅がいくつか見えていましたね。


いろは坂(NO.296)その2-6
写真6

こちらはさらに坂を上り、坂上あたりからの景色です。(写真6)
単純に、坂道の景色がいい感じだったので、載せておきました。


いろは坂(NO.296)その2-7
写真7

そして、やっとここですね。(写真7)
写真1の階段の最上部でもある場所です。
左側の道を下って行くと、写真6の景色が味わえるという場所ですね。

今更ですが写真見ながら気がついたのは、バイク走行禁止標識ですかね。
やはりツーリング気分で走る人も多いのかな。


いろは坂(NO.296)その2-8
写真8

そんなわけでトラベルジェイピーの記事にも載せた坂上からの写真を再び。(写真8)
まあいろいろと妄想してみてくださいな。(笑)


いろは坂(NO.296)その2-9
写真9

おまけですが、階段の途中からのものです。(写真9)
坂上の家もなかなかおしゃれな雰囲気をかもしだしていて、階段下から上って行くときはなかなかの高揚感だったかもですね。
坂下からはけっこうな距離でバテバテでしたけど、この景色みるとなにか上にありそうということで元気でたので、歩いた当時はこの写真を撮ったのだと思います。


いろは坂(NO.296)その2-10
写真10

トラベルジェイピーの記事でもでてきましたけど、映画で同級生の杉村が月島雫に告白した神社のモデルになったと言われる金比羅宮の境内ですね。(写真10)
けっこう映画の描写そのままのところもあっていろいろ妄想が広がりました。(笑)

あ、そうそう。記事では書いておかなかったですが、このあたりにはかつて砦があり、新田義貞軍と北条泰家軍の戦いがあった場所とも言われているそうです。(金比羅宮の案内看板に書いてありました。)
それで、気になりちょっと調べてみたらありましたよ。


いろは坂(NO.296)その2-11
画像11

それがこちらですね。
江戸名所図会3巻に掲載されている「関戸天守台」という絵ですね。
「江戸・東京デジタルミュージアム」という東京都のサイトで紹介されていたのですが、そのページの解説によるとですね、
『元弘3年(1333)、新田義貞が鎌倉幕府を攻めた「関戸の戦い」と呼ばれる戦いにおいて、このあたり一帯は戦場となり、義貞軍が北条泰家軍を敗走させた後、本陣をここに置いたと伝えられています。これが「関戸天守台」という名前の由来で、現在の多摩市桜ヶ丘にある金比羅宮(琴平社)あたりが「天守台」と呼ばれ、一帯の山を「城山」とも呼んでいます。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる景勝の地でもありました。』
とあるのですよ。
なるほど、そういうことだったのかという感じでしたね。
記事では、「天守台(関戸城跡)」としても取り上げていますが、実はこのブログでも関連して過去記事で取り上げています。
→「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道

おそらく絵にある階段が、ブログの記事「「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道」」で取り上げた階段の可能性が高いですが、もしかしたら今回取り上げた階段という可能性もあるのですよ。
あとはもう、この金比羅宮との位置関係と奥に広がる景色などから調べていくしかないですが、ちょっとこの絵だけはわかりかねるというのが現在の状況といえるかもです。
ただ、金比羅宮の境内にあった案内文には、境内に「物見の松」といわれる老木があったとも書かれていて、絵を見ると巨木が階段上にも見られるので、もしかしたらもしかするかもしれませんし、奥に描かれている川らしきものが多摩川かもしれないですが真相は定かではありません。

ということで、今回はこんな感じですが、それにしてもおもしろい史実に出会ったかもですね。


地図
多摩市桜ケ丘

今回はトラベルジェイピー(なにやら、たびねすという言葉は今年の3月から、サイト名を統一するとのことで使わないようにとの連絡がひそかにきたので、今後はトラベルジェイピー=たびねすと思ってください)の記事(ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう)の取材ついでに行った聖蹟桜ヶ丘界隈の坂道なのですが、変わった名前の坂道なのでこのままお蔵入りしてしまうのもなんですので、現地を歩いてから1年以上は経ってしまってますが(正確には2017年の1月頃)、取り上げておこうかなと。


場所については、前に取り上げた山の婆坂(NO.291)の坂上からすぐのところにあります。


へっぴり坂(NO.302)1
写真1

坂上あたりから坂下方向を見たものです。(写真1)
写真1のように右側に気持のいい感じでカーブしながら静かな住宅街を北側に下っている坂道でした。

ちなみに坂名の「へっぴり坂」については、多摩市の郷土資料「歴史のさんぽ道」によれば、昔はこの坂道があまりに急坂だったため、荷車などを引いて上る時には、思わず力を入れてしまいですね、おしりにも力が入り・・・。
「へ!」という例の音が、静かな坂道でこだましたことから(笑)、「へっぴり坂」と地元の人の中でそう呼ばれるようになったそうですよ。
なお「へっぴり」という言葉は、コトバンクによると「1:屁をひること。また、その人。」「2:つまらぬ奴。人をののしっていう語。」という意味で使われているそうです。そして”屁をひること”とは、要は”おならをすること”ですね。(笑)
なんとなく僕の感想では「へっぴり」といえば、「へっぴり腰」のほうをイメージしてしまっていたんですが、どうやらその意味ではないみたいですね。

まあ、現地を歩いているだけではまったく予想のつかない坂名といえるかもですね。


へっぴり坂(NO.302)2
写真2

こちらは坂下あたりから坂上方向を見てみたものです。(写真2)
厳密に言えば、坂道自体はもうすこし下り続けているのですが、あえてこのポイントを選んでみました。
まずなんといっても坂上のほうに見える大木ですかね。
1年前のものなので今もあるかどうかはわかりませんが、歩いた時はかなりのインパクトでした。
もうひとつは、右側の擁壁ですかね。
ここからだと左側にきれいにカーブしながらその大きさを縮めていっているのがいい感じでした。

あと、坂名については追加のエピソードがありましてですね、地元のひとたちの間では以下のような坂道に関する歌も歌われていたようですね。
『へっぴり坂でへをしって 百草、倉沢暗やんで 耕地、落川粉が降る』

ということで、今回は写真が少なめですが、さらりとこんな感じです。


地図
多摩市東寺方510あたり

まずは、つい最近、たびねすの記事にて『都心部で唯一富士山が綺麗に見える坂道!東京・目黒の富士見坂』と題して、2つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

なお、今回の記事では、以前に取り上げた富士見坂(NO.237)とあわせて、なにげにブログできちんと取り上げていなかった東京富士見坂についても取り上げてみました。
東京富士見坂については、眺望ポイントとしての名称として、これまではなんとなく僕自身捉えていたのですが、よく考えてみえれば、これも平成という時代につけられた坂名だよなあということにして考え直してみることにしました。
そんなわけで、東京富士見坂についても坂名リストに加えるということでナンバリングしておくことにしました。


東京富士見坂(NO.301)1
写真1

そういえば、富士見坂(NO.237)と東京富士見坂(NO.301)の間で、大規模なマンション建設をやっているみたいでしたね。(写真1)
写真1は、富士見坂(NO.237)側の仮囲いにマンション募集の看板があったのでぱちりと。完成すると雰囲気よくなるんですかね。
ただ現在の街並みは、坂道側からみると仮囲いだらけという感じで、最悪でしたけど。。


東京富士見坂(NO.301)2
写真2

富士見坂(NO.237)側からは工事現場も見えましたね。(写真2)
一部は東京富士見坂(NO.301)にも接していて、かなり大きな現場でした。
まあ、特に深い意味はなく記録がてらの写真です。


東京富士見坂(NO.301)3
写真3

こちらは、今回の坂道の場所からちと離れた場所にある三田公園にあった地名を紹介する案内板ですが、どうやら同じような内容のものが、富士見坂(NO.237)の途中にもかつてあったみたいですが、今はないようですね。(写真3)
ただ、そんなことから歌川広重による浮世絵「目黒千代か池」の舞台がこのあたりだったのかもという推測ができたわけなのですよ。


東京富士見坂(NO.301)4
画像

ちなみに、歌川広重による浮世絵「目黒千代か池」とはこれですね。
以前にも紹介してますけど、再び。
さすがに歌川広重が描くだけあって景色やら雰囲気もよかったんでしょうね。


あ、そうそう。
記事の中でダイヤモンド富士のことをふれているのですが、実はこれ、この日を狙って富士見坂に訪れたわけではなかったのですよ。(汗)
当日は、恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館で気になるイベントがやっていたので、それも見がてら富士山も撮ろうという気軽な気持で訪れて、恵比寿ガーデンプレイスと富士見坂を行ったりきたりしていたら、地元の方が今日はダイヤモンド富士が見える日なので見るべし!と言ってくださって、やっと気がついたわけなのですね。(汗)
まあ、この坂から富士山が見えて、時期があえばダイヤモンド富士が見えるということは知ってはいましたけど、さすがにその日にちまでは知らなかったわけなのです。
なので、ダイヤモンド富士が見れる日についてはあたかも知っているかのごとく書いてますけど、実はこれ、後付なのですよ。(ああ、言ってしまった。でもすっきり。笑)
でもまあこういう偶然みたいなことが次々と起こるから坂道散歩もやめられないのですけどね。

ということで、今回はこんな感じです。

とりあえず、昨日の朝は都心部だけでいえば、前回ほどの雪ではなかったので、前の乃木坂に続いて、同じく1月22日夜の大雪の日に撮っておいた坂道写真が何枚かあるので、公開しておきます。
乃木坂の時とは違って、ライブが終わってからの雪のピークが過ぎたあとのものなので、インパクトは少ないですし、今回の分はスマホで撮ったものばかりですが、時事ネタというか記録として残しておくという意味でも取り上げておくことにしました。


六本木坂道雪景1
写真1 

まずは坂上すぐの場所にアマンドがある芋洗坂の坂上からの景色など。(写真1)
もう雪はほぼやんでいましたが、けっこうな雪が積もっていました。
左側に見えている坂の碑の雪のひっつき具合(文字が見えない)から見ても、さきほどまではこの場所でもけっこうな雪が降っていた模様ですね。

ちなみにこの時はここから坂下に向かって右側の歩道を歩いていたのですが、途中、目の前に雪の塊がばさりとビルの屋根?から落ちてきた時はあせりましたね。。
この坂は電線もないので上空のほうはほぼノーマークだったもので。(笑)


六本木坂道雪景2
写真2

こちらは、同じく芋洗坂で、坂下からの風景ですね。(写真2)
それにしてもこのあたりからの景色は坂上と違ってちょっとだけ哀愁感があるのでなぜでしょ。
どこぞの雪の街かと思うくらいの積り方ですが、ここは六本木でしかも芋洗坂なんですよね。
地面もかろうじてべちゃべちゃした雪になる直前のものですしね。


六本木坂道雪景3
写真3

饂飩坂ですね。(写真3)
芋洗坂の途中で合流している坂道です。
写真3は坂下あたりからのものです。
こちらは人も車も少なめで芋洗坂よりも風の抜けがあって気温が低めだったのか、芋洗坂と比べると地面はさくさくの雪でしたね。


六本木坂道雪景4
写真4

最後は、坂道ではないですが、今回取り上げた坂道からすぐの場所にある六本木ヒルズ内の東京タワーが見えるポイントにてぱちりと。(写真4)
ヒルズ近くの路上はところどころべちゃ雪になっていたのですが、このあたりはビル風のため気温が低いのかまだ見た目にもさらさらな雪が残っていました。
しかも、写真4で地面が光っているあたりは通常ならば左右に人が通れる通路なのですが、あまりに雪が積もっているため通行禁止のロープがはられていました。
いやはや。

ということで、ブログでお見せできそうな雪景色の坂道写真はだいたい上げてみましたので、今回はこんな感じです。


住所
港区六本木5と6あたり

1月22日の夜ですかね、都内でも大雪になったのですが、ちょうどその日の夜にbirdさんのライブが六本木のミッドタウンであったので、ちょうど吹雪いている中、六本木に向かうことになり、途中には乃木坂もあったので、時事ネタもかねてあまり時間が過ぎないうちに。


大雪の日の乃木坂1
写真1

メトロ乃木坂駅の出口あたりからこんな雪景色でしたよ。(写真1)
お決まりのアングルともいえますが、やはり雪化粧された乃木坂は新鮮でしたね。
時間的には雪がピークの時で、まわりにビルも多いためか、ビル風もあいまって軽く吹雪いていたのですが。。


大雪の日の乃木坂2
写真2

こちらは、陸橋あたりから坂下方向を見たものです。(写真2)
道路はもちろん乃木神社や公園の木々も真っ白でした。
いつもなら車通りの多い時間帯ですが、ご覧の通りで真夜中のような静けさでしたね。


大雪の日の乃木坂3
写真3

これだけスマホで急いで撮ったものです。(写真3)
坂上近くの場所ですが、なんと原付きに乗ったおっちゃんが時々地面に片足をつけながら器用に坂道を上って行きました。
チェーンらしき音も聞こえてこなかったので、さすがにこれにはびっくりでしたよ。


大雪の日の乃木坂4
写真4

乃木坂についてはこれくらいにして、これは東京ミッドタウンのビルを広場から眺めているものですね。(写真4)
こちらはさらに人通りが少ない場所だったのでかなりの積り具合でした。
しかも写真4左には仮設のスケートリンクが造られていたのですが、中では作業員が熱心に除雪作業をしていましたね。


大雪の日の乃木坂5
写真5

最後は、東京ミッドタウンの広場から北東側にある檜坂のほうへと下る無名坂の様子です。(写真5)
(以前にブログでも取り上げてます→ミッドタウンわきの名もなき坂
なかなかな雪景色であり、積り具合でしたね。
しかも僕が行った時は、外国人の若いカップルが、スノーボードを持ってきてまさに滑ろうとしていたんですよ。(笑)
たしかにこれなら滑れそうだと思って、僕としても写真撮れたら楽しいので待っていたら、向うが僕に注意されるかもと気をつかいだして、結局はそのまま滑るのではなく、ボードをソリ代わりにして斜面を二人で滑り始めましてですね。。
まあそんなわけでスノボ写真は撮れなかったわけなのですよ。(笑)
ちなみに写真5は彼らが滑る前なので、その滑走跡は写っていませんのであしからず。

あと、今回、いい経験になったのは、吹雪いていて写真撮った後の画面チェックがいい加減になっていて、ピントがきちんとあってない写真が何枚か撮れてしまったことですかね。いちおうOMDで防水仕様だったので、撮影後もカメラ自体は何の故障もなかったのですが、やはりあれくらいビル風がまじっていたこともあって風も強く気温もかなり低めでさらに夜景(しかも手持ち)だったのでカメラも対応できなかったのかな?

ということで、今回はこんな感じですが、とにかくライブの日が重なったこともあり、夜とはいえ雪景色の乃木坂を含めて、なかなかレアな六本木の坂道写真が何枚か撮れたのは大収穫だったかもです。


住所
港区赤坂9あたり

すこし時間が空いてしまいましたが、たびねすの記事にて『樋口一葉の聖地、東京・本郷の樋口一葉旧居跡と鐙坂めぐり』および『近代文学発祥の坂道、東京・本郷の炭団坂と界隈坂道めぐり』と題して、2つの記事にわけて、本郷界隈にある3つの坂道を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。

で、ここからは各坂道をまわった時に気になったことでも。


本妙寺坂(NO.294)1
写真1

まずは前半の記事で取り上げた鐙坂の途中にあった金田一京助・晴彦旧居跡の外観ですかね。(写真1)
最初に歩いた時になぜか撮っていなかったので、もう一度訪れた時に撮ってみたものです。
他の用事ついでだったので、周りは暗くなっていてちょっとあやしい感じの写真になってしまいましたが。(笑)


本妙寺坂(NO.294)2
写真2

そして、鐙坂をとりあげた記事でさらりと取り上げた「右京山」ですが、実は鐙坂の西側にある清和公園内に写真2のような看板があったのですよ。(写真2)
これにはちょっとびっくりしてしまいましたかね。


本妙寺坂(NO.294)3
写真3

なお、右京山とセットで取り上げた東京市営真砂住宅地が写真2の公園に隣接して存在していたんですけど、界隈をブラブラ歩いてみたら、なんと当時の東京市営真砂住宅地に建っていた住宅がそのままの形で残っているところが一軒ありました。(写真3)
暗い中だったので、あやしい人物と見られていたかもしれませんが、たまらずカメラを向けてぱちりと。(笑)


本妙寺坂(NO.294)4
写真4

あとは、後半の記事で取り上げた本妙寺坂の坂の途中には、写真の看板に書いてあるような遺跡もあったんですよ。(写真4)
ただ、今回のたびねすの記事では、本妙寺のエピソードのほうをメインにしたため取り上げませんでしたけど。

ということで、今回も、この界隈の歩いたところをくまなく取り上げていると長くなりそうなので、また気になったところはブログで個別に取り上げるかもしれませんので、今回はさらりとこんな感じです。

12月のはじめの頃に、撮っておいたものなのですがちょうどいい機会なのでちょっこっと紹介。


表参道ヒルズのクリスマスツリー2018-1
写真1

いきなりですが、こちらですね。(写真1)
表参道ヒルズの吹き抜け空間でもあり大階段上にクリスマスツリーが置かれていたのでぱちりと。
ただ今回も散歩日記というよりは、どちらかというとこのクリスマスツリーを紹介したくて書いてみたので、このツリー自体にも着目しておくとですね、なにやらこれは「100色のクリスマスツリーの森」なるタイトルがつけられていて、しかも建築家・デザイナーのエマニュエル・ムホーさんがデザインしたものとのこと。なのでクリスマスツリーではあるけれどインスタレーション作品でもあるようなものみたいですね。なお現地の説明には、アートを取り入れたクリスマスツリーと書かれてありました。

正面の高さ7mのメインツリーに加えて、天井からは100色に塗り分けられた1500本のカラフルなミニツリーがつるされあざやかな空間が演出されていました。

そして、忘れてはいけないのが大階段とのコラボ。(笑)


表参道ヒルズのクリスマスツリー2018-2
写真2


いちおうメインツリーがよく見える位置からも。(写真2)
なるほどなるほど。
ここからだとメインツリーの高さ具合がわかりやすいですね。
しかもミニツリーのほうにも照明が埋め込まれているのもよく見えますね。

そういえば、つい最近、色を音に換える方法を編み出して、それを自分の表現方法として使ってるという色盲のアーティストのことを取り上げているニュースを見たんですけど、まさにこの空間にある色の組み合わせを音で表現したらどんな音になるんですかね。

ちなみに、この展示、実は25日いっぱいで終わるらしいので、このブログ見た方は、今日の夜か明日しか実物見れるチャンスはないので、気になる方はお早めに。

ということで、今回は個人的にもなんだか好きな感じのクリスマスツリーでもありインスタレーションでもあったので、さらりと取り上げてみました。

ではまた。


住所
渋谷区神宮前4-12

数日前のことですが、代官山からもほど近い西郷山公園にふらりと寄ってみたらなんと園内から富士山が見えたので、今回は忘れないうちにここにて記録がてらです。


西郷山公園で富士山1
写真1

西郷山公園内には、富士山がうまくいけば見えると書かれた看板もあるのですが、まさにそこから富士山が見えましたよ。(写真1)
僕自身、この公園で富士山が見れたのは初のことです。
いつもは、ここにくると富士山が見えるかもと、看板のある位置から今は見えないけど富士山のあるだろう方向(と思っていた)に向かってシャッターを切っていたのですが、実際の富士山は、もうちょい右側にあったみたいですね。(汗)


西郷山公園で富士山2
写真2

もうすこし引き気味の場所から。(写真2)
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、写真中央に見えていますよね。
このあたりは丘のようなつくりになっていて、さらに写真1の場所より高い位置にあり、さっきの場所(ちょうど写真左側に見えるゴミ箱があるあたり)よりは富士山が大きく見えていましたね。
ただそうは言っても手前のマンションでかなり削られてはいますけど。

ちなみにさっき書いた富士山が見えるだろうと思っていた方向とは、写真2でいえば左側のゴミ箱のある場所の向うに見えているマンションの向こうにあると思っていたんですよね。。
いやはや。


ということで、今回は最近、富士山ネタが少なかったこともあったので、さらりとですが取り上げてみました。


地図
目黒区青葉台2-10-7あたり

今回はたびねすの取材ついでに行った坂道なのですが、そろそろ公開しないと歩いてから1年が過ぎてしまいそうですので、かなり前(今年の1月頃です)のこと(=写真)でなんですが、聖蹟桜ヶ丘界隈の坂道を取り上げておこうと思います。


やまのばば坂というそうで、別名で「おばけ坂」や「グミの坂」ともいうそうです。
場所的には、いろは坂(そういえばナンバリングしていませんね。またそのうちリンク記事でも書きますかね)の東側を大栗川沿いにすこし歩いたところに今回の山の婆坂の坂下があります。


山の婆坂(NO.291)1
写真1

まずは坂下からの風景など。(写真1)
左側が背の高い擁壁になっている通り、崖地になっているのですが、これは駅側からみると山のような高台になっているため、ここからいきなり急勾配で左手には崖地がひろがっているんですよ。(あとでわかりやすい写真でてきますけど。)


山の婆坂(NO.291)2
写真2

さらに坂上方向に行くと、傾斜具合がきつくなってきました。(写真2)
坂下のほうでもわかりましたが、道もなにやらくねくねしている感じ。


山の婆坂(NO.291)3
写真3

写真2とだいた同じ場所から坂下方向を見てみたものです。(写真3)
こうしてみると、坂の右側はかなりの崖地ということがわかりやすいかもですね。

そこで、この坂道の名前の由来についてなのですが、ここには坂名を記すいつものような坂の碑はありませんでした。
しかも、多摩市の坂道については、本でまとめているものは今のところほとんどない状況なのですよ。
ただいろいろ調べてみるといくつかのサイトさんの情報で、多摩市の資料「子どものための歴史のさんぽみち」に、坂の由来が書かれているそうで、要約すると以下のような内容になるみたいです。
写真3でいえば、右側は山になっており、左側には今の大栗川が流れていて一面竹藪だったため、この坂道は昼間でも薄暗い道だったそうです。そして右側の山の中には老女が住んでいて、その姿は歯を真っ黒に染め、口は耳まで裂けていて、身の丈六尺(約2m)近くもあり、なんとも不気味な姿をしていた。しかも、その老女はいつもざるに小豆をいれて磨いており、人が通るとその大きなざるを頭からかぶせ捕らえては食べてしまったという。そんなこともあり部落の人たちは「山の婆坂」と呼んで怖がったという。
まあ、こんな具合の話らしいですね。


山の婆坂(NO.291)4
写真4

あと、写真3の右中央あたりに階段が見えてますけど、全景を写すとこんな感じでした。(写真4)
まさに崖地の階段で、長い。
しかもこの時は上りませんでしたが(汗)、地図で確認してみると階段はさらに続いていて階段上の住宅地にも行けるみたいですね。


山の婆坂(NO.291)5
写真5

もうすこし坂を上り、写真2で坂上に見えていた住宅のあるあたりまでやってきて、坂上方向を眺めてみたものなど。(写真5)
なかなかな急勾配具合ですかね。
なんというか風景的になにか気持ちいい感じ。


山の婆坂(NO.291)6
写真6

だいたい同じ場所からの坂下方向の風景など。(写真6)
ここから見ると道のうねり具合もよくわかりますかね。
左側もそれなりに崖地になっていて、その向うが小学校なので、景色もすこし開けているのですが、この位置からだとわかりにくいですね。


山の婆坂(NO.291)7
写真7

ちなみに写真5の左側には、またもや崖地を上る階段がありました。(写真7)
普通の抜道階段ぽいですが、途中に物置があったり、手摺の形状があまりみたことないタイプのものでしたかね。


山の婆坂(NO.291)8
写真8

そんなこんなで、坂上あたりまでやってきて坂下方向を見てみました。(写真8)
坂下中央左側の樹木がなければもうすこし遠景の景色も見える開けた感じの風景になりそうな場所でしたかね。


山の婆坂(NO.291)9
写真9

あとは、写真8の左側に宝泉院なるお寺が隣接しとりましたよ。(写真9)
写真9はちょうど入口前の様子です。
入口右側には地蔵さまがたくさん見えてますけど、これはまとめて「地蔵菩薩」と呼んでいるみたいですね。またこれらは通称「百地蔵」と呼ばれ、、横の案内板には、『旅の道中安全・子育て・足の痛みを直すためお百度参りをする人が沢山有ります。』と書かれてありました。
また、この奥にある宝泉院は、公式HPによると江戸時代初期に 開創されたとのことで、弘法大師多摩の札所九十四番所、多摩十三仏第三番札所にもなっているそうですよ。


最後に、宝泉院のこともでたので、「おばけ坂」という別名についてもふれておくとですね、どうやら多摩市史の民俗編の項によると、この坂はもともと大きなグミの木があったから「グミの坂」と呼ばれていたそうですが、宝泉院の下の坂はおばけがでるといううわさがでるようになり、そのことからおばけ坂と呼ばれるようにもなったということです。
なので、これだけ読むと、この坂道は「おばけ坂」でいいんじゃないかという気もするんですが、いろいろ資料(特に参考になったサイト:失なわれゆく風景)を追っていくと、はじめにでてきた老女が、おっかない坂だといいふらしたことで「おばけ坂」と呼ばれるようにもなったようにもとれるので、それならばやはり老女の名前をもじった「山の婆坂」のほうがこの坂道らしい名前だろうということにしてみたのですよ。

ということで、今回はこんな感じです。


地図
多摩市東寺方495あたり

またまた変なタイトルとなってしまいましたが、つい最近、たびねすの記事にて『樋口一葉に宮沢賢治など文学者とも縁深い東京・本郷の菊坂めぐり』と題して、3つの坂道(プラス無名坂)を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。


菊坂1
写真1

これらの坂道、これまではブログに載せる場合、ある程度地域の坂道をまとめてまわることが多かったこともあり、取り上げるタイミングがなかなか難しかったのですが、ようやくウェブ上(ブログではありませんが)にて公開することができましたかね。

あとはたびねすでは紹介しませんでしたが、界隈にはおもしろそうな無名坂もいくつかありましたので、そのあたりはこのブログでそのうち紹介できればなと思っています。
ただ、今回の坂道以外にも、過去にブログにのせるためにまわった坂道(無名坂含む)や取材ついでに歩いた坂道の写真もまだまだたくさんあるのでどのタイミングになるかはこれから考えます。(汗)

また、たびねすの記事では旅行喚起も大事な一面もあると思うのであまり深掘りしてませんが、取材しているとやはりこの菊坂界隈は歴史的なことや地形的なことについてもそれなりにネタがありますし、今回、取材したことで新たに気がついたこともありますので、そのあたりのこともどこかのタイミングで書ければなと。


菊坂2
写真2

しかし、今回の菊坂。都営大江戸線・本郷三丁目駅側というか東大側から歩いてくるとほんと写真2のようなような場所に出くわすわけですが、この風景見ると、いつも「え?ここ坂道?」と思ってしまいますよね。


菊坂3
写真3

でも、坂下の旧伊勢谷質店の建物あたりまでくると、視覚的にもけっこうな具合の勾配具合になりますし、さらに坂下のほうにいくと「菊坂下」なる交差点もあるので、ああここが坂下なんだと実感できるかもですね。
ちなみに写真3は、旧伊勢谷質店の外観を撮ったものですね。
京都なんかを歩いているとよく見かけるタイプの町屋ですが、やはり戦災や地震が多発した東京でこのタイプが残っているのは珍しいかもですね。


菊坂4
写真4

こちらは菊坂と平行して走っている菊坂下道ですね。場所的には宮沢賢治旧居跡のある坂下あたりです。取材時に古地図を確認してみたら、古地図にも当時の菊坂と並行して道らしきものが南側に描かれているので、この道も江戸時代からあった可能性はありそうですかね。
とりあえず僕の語れる部分はここくらいで、あとの詳しいことは暗渠マニアの方々におまかせします。(笑)


ということで、この界隈は歩いたところをくまなく取り上げていると長くなりそうなので、今回はさらりとこんな感じです。

なんだか変なタイトルとなってしまいましたが、まず始めに、つい最近、たびねすの記事にて『映画「君の名は。」の聖地、東京・四谷の須賀神社階段と界隈の坂道めぐり』と題して、タイトルに上げた4つの坂道を含めた「君の名は。」の聖地を取り上げてみましたので、よかったらどうぞ。


須賀神社男坂(NO.284)など1
写真1

ちなみに、記事では映画のキービジュアルと似た景色の須賀神社男坂(NO.284)の坂上からの写真もあげようかなと思いましたが、いろいろ考えた末にやめたので、こちらにてちらりと。(写真1)
ただこうしてじっくり見ると、キービジュアルのほうは遠景が現実とはけっこう違っていて、監督さんも含む映画スタッフさんのこうなったらいいなあという願望みたいなものがかなり入っている風景に変わっているかもなあと思ってみたり。
あとは、写真みると、東福院坂(NO.285)の坂上からの景色より須賀神社男坂(NO.284)の坂上からの景色のほうが高低差具合の関係がわかりやすいかもですね。


須賀神社男坂(NO.284)など2
写真2

あと、ここにきていつもびっくりするのは、須賀神社境内に「須賀の社hare terrace」なるなんとも現代的な集合住宅が建っていることですかね。(写真2)
写真2は須賀神社男坂(NO.284)の坂上あたりから境内方向をみているものです。


須賀神社男坂(NO.284)など3
写真3

「須賀の社hare terrace」を崖下から見るとこんな感じ。(写真3)
どうみても境内にある建物ですよね。


須賀神社男坂(NO.284)など4
写真4

あとはこれですかね。(写真4)
東福院坂(NO.285)の坂下あたりから須賀神社のほうを見ているものですが、たびねすの記事では須賀神社男坂(NO.284)の写真とアングルがかぶるので載せなかった写真ですね。
実は、映画で登場する東福院坂(NO.285)はまさにこのアングルからのもので、三葉がこの坂下から走ってくるシーンとして描かれていましたね。


そんなわけで、たびねすの記事では、4つの坂道を一気に紹介してみたわけですが、これらの坂道については、いずれもまだブログでは取り上げていない坂道ばかりなので、そのうち映画の聖地視点だけでなく、いつもの感じでも紹介できればなあと考えていますので、少々お待ちを。


ということで、今回はさらりとこんな感じです。

つい最近、たびねすの記事にて「都内屈指の崖地のユニークな坂道!御茶ノ水・駿河台の男坂と女坂」と題して、御茶ノ水・駿河台の男坂と女坂を取り上げたわけなのですが、なんとこれまでにブログでは男坂(NO.218)は取り上げていたのですが、女坂のほうについてはすでにみちくさ学会の記事にて取り上げていたこともあり、ブログで取り上げておらず、坂道カウントもしていなかったのですよ。(長い、笑)
そんなわけで、今回は坂道ナンバリングとお知らせもかねて書いておくことにします。

以前から、このブログを読んでくださってる方には、またあそこかなどと思われるかたもいたかもしれませんが、やはりたびねすのフォーマットの中では初めての場所ですし、今後もなにか別の場所で書くことでもあれば、同じように紹介するかもです。

それにしても、なぜ神社の境内でもない場所にあんな男坂&女坂が存在するのか。
謎ですね。
僕の予想はたびねすの記事でもちらりとふれてますけど、やはりオマージュみたいなものなのかなと。
ただそれはあくまで僕の推測なので、もっとなにかの理由があったかもしれないですよね。
なのでそういうことを、これまでもそしてこれからも訪れるであろう坂道調査の結果や経験の中から予測していけるかもしれないと思うことはやはり楽しみのひとつかもですね。


そんなわけで、ここからは取材時に撮った気になる場所の写真をいくつかあげておきますね。


女坂(NO.283)1
写真1

すぐ隣に坂の碑があるのですが、こちらはあえて古そうな坂の名前が書かれた石碑のほうをぱちりと。


女坂(NO.283)2
写真2

こちらは女坂の途中にあった隣接するビルの非常階段ですね。
意外といい感じだったもので。


女坂(NO.283)3
写真3

こちらは女坂の坂上すぐの場所にあるアテネ・フランセの外観ですね。


女坂(NO.283)4
写真4

そしてこちらが、同じアテネ・フランセなのですが、坂下側の崖下から撮ってみたものです。
アテネ・フランセの写真はよくみかけるのですが、こちら側からの写真はなかなか珍しいんじゃないですかね。


女坂(NO.283)5
写真5

最後は、たびねすの記事では取り上げませんでしたけど、女坂の坂下側からほんのすこし歩いた場所にある住友不動産猿楽町ビルですね。いちおう芦原建築設計研究所が設計した高層ビルとのことです。


ということで、今回はこんな感じです。


住所
千代田区神田駿河台2あたり

今回も、「ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう」の記事で同じ日にまわった時にみつけたよさげな階段をみつけたのでその時のことです。


聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段1
写真1

前に書いた記事「聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道」の坂道からほぼ坂上でつながっているところにあり、いろは坂からローターリーのある場所にいく途中の道(たぶん、いろは坂通りという名前がついていたと思います)からでも見える場所にありましたよ。(写真1)

さすがに写真に納めておいたのに、この階段と景色を紹介しないのは今までの流れから言ってもありえないなということで、今回取り上げておくことにしました。
ただ、この時は階段下まで行くことはしなかったので(汗)、とある街の風景カテゴリーにてとりあえず紹介ということにしてみたのですよ。

地図で方向を確認してみると、南東側に景色が開けているようで、多摩市や川崎市、横浜市(の山エリア)のあたりが見えていたみたいですね。
ただこのあたりは丘陵地帯なので、横浜市の街並みまで見えているかは要確認なのですが。。

でもまあ、これだけ階段上から景色が開けているところはなかなか珍しいので、一見の価値はあるかもですね。
あとは、前に取り上げた記事「聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道」にて登場した天守台がこのすぐ北東側にあることから、ここも丘陵地帯の一部というより、かつての武蔵野台地を一望できたという城山の一部のため、このような街並みが一望できる景色が堪能できるのかもしれないのかなと思ってみたり。


聖蹟桜ケ丘の眺めのいい階段2
写真2

こちらも同じく、坂上からのものですが、見てのとおりもうすこし引き気味で撮ってみたものですね。(写真2)
この背後を通っている通り(いろは坂通り?)からみる感じはだいたいこのアングルと同じですかね。
こういう風に景色が広がっていれば、たいていの人は「お!」という風になるんじゃないですかね。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
多摩市桜ケ丘1-3あたり

つい最近、御茶ノ水の山の上ホテルで「山の上ホテル作家展2017 ヴォーリズ建築としての山の上ホテル」という展覧会がやっていたので見てきましたよ。


山の上ホテルに行ってきました。1
写真1

会場内にはこんな具合に、ヴォーリズ建築事務所所蔵の山の上ホテルの設計図の原図やら当時の写真をはじめ貴重な資料が展示されていました。(写真1)
要は、このホテルの建物を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏に焦点をあてた展覧会ということみたいでしたね。


山の上ホテルに行ってきました。2
写真2

あと帰りには山の上ホテル特製の栞と鉛筆までおみやげにいただきました。(^o^) (写真2)
写真は、その鉛筆です。
「山の上ホテル」という文字にちょっと感動すら覚えましたかね。

なお展覧会自体は、最初に公式HPにリンクしておいたように、8月31日までやっているみたいなので、山の上ホテル(=ヴォーリズ建築)とあわせて体験できる貴重な機会だと思いますし、無料なので気になる方はおすすめですよ。


山の上ホテルに行ってきました。3

写真3

あとはなんといっても山の上ホテルの一室(宴会会場とのことですが)が会場の展覧会ということで、(しかも)写真撮影もOKということだったので、あわせて階段の写真も記念に撮っておきましたよ。(写真3)
写真では細かなディテールがみえにくいですが、かなり工夫こらされていましたよ。


山の上ホテルに行ってきました。4
写真4

階段以外にも何枚か撮らせてもらいましたが、今回はこの一枚だけ公開してみます。(写真4)
受付横にもラウンジがありましたが、こちらは階段を隔てて受付とは遠い側にあったラウンジのほうをパチリと。
このクラシックな感じ、たまらんですね。
公式HPのによると川端康成、三島由紀夫、池波正太郎をはじめ数多くの作家の定宿になっているとのことで、そういう意味では僕の好きな作家の一人でもある川端康成も生前ここでくつろいでいたのかなと思うとドキドキしてしまいましたかね。
あとは、このブログでも過去にホテルのことをふれている記事があったので読み直してみたら、村上春樹さんも以前はよく仕事で使っていたとのことみたいですね。


山の上ホテルに行ってきました。5
写真5

いろいろ書き留めたいこともありますが、今回はこれくらいにして、帰りにホテルの外観も一枚、記念に。(写真5)
雨模様の中に佇むホテルもいいですねえ。
行った時期は、梅雨明けしたのにもかかわらず、雨が降り続いた時期でしたかね。
ちなみにこのホテルは、1954年(昭和29年)の開業とのこと。
ちゃんと手入れして使っていれば、全然問題ないんですよね。というかこのホテル独特の空気感もちゃんとあって、いつかここに泊まることを夢見て頑張ろうという気になりました。(^o^)


山の上ホテルに行ってきました。6
写真6

そして、最後は、山の上ホテルから明大リバティ前の大通り(明大通り、というらしいですが)へと下る坂道が、前にも記事にしたことがある吉郎坂だったので、忘れずに一枚。(笑)(写真6)
太陽の位置と勾配具合がほどよいためか、雨のため路面が光っている具合が印象的でしたね。


ただこのあと、ひさびさに母校でもある明治のリバティー内にある図書館やら展望食堂なんかもついでに寄ろうと思ったんですが、盆休みで中に入れませんでした。。
できれば、展望食堂あたりからの山の上ホテルの風景も見れたらなあと思っていたんですけどね。
でもまあ、この時期らしいエピソードといえば、そうなのですが。(^o^)


ということで、今回は気がつけば、近くて遠い場所だった山の上ホテルの中に初めて入ることができたこともあり、ここにてさらりと書いておくことにしました。

ではまた。


地図
千代田区神田駿河台1-1

今回は、ひさびさに、少し前に新宿高島屋の屋上が開いている時間に行けたので、定点観測もかねての話でも。


ひさびさに新宿高島屋の屋上からの国立1
写真1

新宿高島屋の屋上から、現在建設中の国立競技場方面を撮ってみたものです。(写真1)
いちおう知らない方のために説明を追加しておくとですね、場所はちょうど写真正面あたり、赤と白のクレーンがたくさん見えているところが、国立競技場の建設現場ですね。(東京タワーもなにげにみえているんですけどね。)

時期的には、7月半ばに訪れた時の写真ですね。
7月半ばといえば、まだ晴れ間が続いて暑い時期でしたよね。

そして、今日(8月20日ですね)の時点で、東京では20日連続で雨が続き、40年ぶりの出来事になったという天気ニュースを読んで、ちょっと懐かしくなり、スカッと晴れていた時の青空写真を上げたくなったというのが、この記事書きたくなった動機ですかね。(笑)

しかも、昨日は世田谷でも雷雨になって花火大会も中止になったり。。
(せっかくなので、昨日の様子を伝えている動画ニュースにリンクしておきますよ。ちなみに選んだ動画は、長いことyoutube上に残っているANN系さんの動画ニュースにしてみました。)
たしか、世田谷以外にも、要は写真1でも写っている国立界隈でも雨降ったみたいですし、そういう意味では、この連日の雨模様、40年ぶりということは、競技場工事の進捗にも影響しているのかなあと思ってみたり。
大丈夫なのですかねえ。(汗)


ひさびさに新宿高島屋の屋上からの国立2
写真2

こちらは、おまけです。(写真2)
同じく屋上テラスにあった神社ですね。
なんかまわりの樹木にあたっている太陽の日差しが懐かしいような気もしますかね。(笑)
現地では由来を示す看板もなく、ただ熊鷹社と小さな鳥居に書かれていただけだったので、帰ってから調べてみると、ここは京都伏見稲荷大社の末社として鎮座しているとのこと。
簡単に言うと商売繁盛の神様みたいですね。
まあ、やはりという感じでした。

あとは、前から言ってますけど(汗)、今回のようなデパートやら商業施設ビルの屋上にある神社めぐりしたいなあと思っているんですけど、いつになることやら。(笑)
ただ、こうしてちょくちょく書くことで、思い出しますし、別に一気に回らなくても気がついた時(出会った時)に、写真撮っておいて、今日みたいに記事にしておくというのもありなのかなと思ってみたり。

ということで、今回はさらりとこんな感じです。


住所
渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 (いつもここが渋谷区ということに違和感がぬけないのは僕だけですかね。)

今回も、「ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう」の記事で取材した時に一緒にまわった時の話です。
名前はついていないようでしたが、なかなかの坂道だったので、取り上げておくことにしましたよ。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道1
写真1

ではいきなりですが。(写真1)
ここは、いろは坂の坂上にあたる場所(さらに前回の天守台(関戸城跡)よりすこしだけ坂上)でもあり、道の左側には桜ヶ丘浄水所がある場所です。
写真でも見えているとおり、左側には浄水所の給水塔が見えていて、奥の方に向かって下っている坂道です。
なんといっても給水塔とのコラボですかね。
なかなかいい感じだと思います。
さらに遠くのほうを眺めると、この地独特の高低差具合からくる景色もいい感じでした。
地図で見ると北東側に下っているので日野市あたりの街なみが見えていたのかもしれないですね。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道2
写真2

さらに坂を下り、坂下方向を見てみたものです。(写真2)
ここからもさらに下っているようで、遠景の街並みを確認すれば、その高低差具合もすこしばかりですが想像でそうでしたかね。
なお、この道路は坂上あたりの場所から「桜ヶ丘西通り」という通り名もついているため、ここからさらに坂下のほうへと道路は続いているようでした。

ちなみにこの浄水所、映画「耳をすませば」のラストシーンで、二人が景色を眺めていた場所なのかもしれないなどと、アニメの検証サイトで唱えている人も実はいたのですよ。たしかに雰囲気といい、いちおう多摩川の方向も向いているし、写真2の左の擁壁の上からならばそれっぽいところもあるのですが、僕の調べた限りではちょっと違う場所なのかなというのが正直な感想です。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道3
写真3

それはさておき、こちらは坂の途中から給水塔を見てみたものです。(写真3)
よく見ると、給水塔の壁面になにやら壁画が見えていますよね。
実はこれ、僕も現地ではほほーと思っていながら、どこにも説明らしきものがなかったので、帰ってから調べてみたら、多摩市のHPに説明があってですね、どうやら「輪華」という作品名で木版画家、河内成幸氏デザインのものらしいですよ。HPの説明によると『太陽を表す大きな円に、花弁が流れ飛ぶ様子が描かれています』とのこと。
ふむふむ。


聖蹟桜ヶ丘の桜ヶ丘浄水所横の坂道4
写真4

そして、これですよ。(写真4)
ここは坂上からの景気もいいですが、この坂下からの勾配具合やら途中から道が分かれてY字路になっている真ん中に、例の給水塔があるという具合がなんともよかったです。
給水塔と左側の坂道だけでもなかなかですが、加えてのこのアングルからの景色も印象的で、無名坂にしておくのはもったいない坂道だなあなんて思ってみたり。


ということで、今回はこんな感じです。



地図
多摩市桜ケ丘4-10あたり

今回は、けっこう前のことですが、たびねすの記事『ジブリ映画「耳をすませば」の聖地、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂を歩いてみよう』の取材とあわせてまわった階段の話でも。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道1
写真1

いきなりですがばばんと。(写真1)
たびねすの記事でもすこし取り上げましたが、京王の聖蹟桜ケ丘駅からいろは坂をのぼった高台のところに「天守台(関戸城跡)」なる案内板というか天守台の碑(標柱?)があり、その奥がかなりの高低差のある階段になっている場所があるんですよ。
そんなわけで、耳をすませばとの関連についてはたびねすのほうを見てもらうとしてですね、今回は階段自体についてクローズアップしてみたいと思うのです。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道2
写真2

天守台の碑のアップ写真など。(写真2)
せっかくなので、天守台の碑にも説明が書かれていましたので、いつものように抜粋させていただくとですね、
『桜ヶ丘一丁目の金比羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見的城砦として敵を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったとも考えられる。一帯は関戸城跡とされているが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。(多摩市教育委員会)』
ということだそうです。
地図で確認してみると、多摩川も武蔵野台地もここからなら北東側を眺めれば一望できた場所だったみたいですね。
まあ、この地の北側にいろは坂があることからも、史実のようですね。

じゃあ、目の前に見えている南東側(多摩川方向とは反対側)に下る階段は?ということになりそうですが、これはおそらく、『、一帯の山を「城山」ともいう』という一文があることからも、このあたりがちょっとした山でもあったことを示す階段なんじゃないですかね。(あくまで仮定の話ですが。)


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道3
写真3

ではまず、階段上から坂下方向を見てみたものなど。(写真3)
こうしてみるとかなり高低差のある階段でした。
坂下あたりの様子も見えないし。。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道4
写真4

こちらは坂上からはまわりの樹木がじゃまして見えなかったので、階段を下り、写真3でもみえていた踊り場のあたりからの街並みですね。(写真4)
なかなかいい感じでしたね。
かつてのほどの高さはないとはいえ、やはりここがちょっとした山だった感じはわかるかもですね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道5
写真5

一気に階段下までやってきて坂上方向を見てみました。(写真5)
なかなかの高低差ですね。
見た感じは抜道階段みたいにもみえそうですが、天守台の碑があることからも、けっこう昔からある階段なのかもしれないですね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道6
写真6

そして、写真5の右側をみるとなんともいい感じの坂道が。(写真6)
おそらくこの小山を車で上るために後からつくられた道路のようでしたね。
訪れた時期が真冬だったので、こんな感じの見え方ですが、今の時期ならもっと緑にあふれていて、さらにいい感じになっていそうな坂道でしたかね。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道7
写真7

坂の途中から見えた街並みなど。(写真7)
この景色もなんかいいですねえ。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道8
写真8

そんでもって、写真6からも見えていた、折り返し地点でもある180度カーブのあるところまでやってきて、ぱちりと。(写真8)
ここからの景色もいい感じでした。
正面の木々にY字路のように見えている道、そして180度カーブ。


聖蹟桜ヶ丘の天守台(関戸城跡)の階段と坂道9
写真9

最後は、写真8の右側に見えていた坂上あたりからの様子など。(写真9)
なので写真は、天守台の碑のあたりから坂下方向を眺めてみたものですね。
なお坂道自体は、今回、180度カーブのあるところからのみ取り上げましたが、このまままっすぐ東方向に下っていく道もあるようでしたね。(要は写真8の背後方向ですね。)

そしてここも今の時期に訪れたら緑でいっぱいの風景っぽいですね。

しかも、ここは階段→坂道→階段→坂道・・・という具合にループで坂道散歩できる場所ということを書いている今、気が付きました。(笑)
そういう意味ではなかなかこういう場所ないかも。(天守台跡でもありますしね。)


ということで、今回はこんな感じです。


地図
東京都多摩市桜ケ丘1-4あたり

ひさびさに定点観測ネタでも。
前は、2016年8月に書いたので一年ぶりですかね。
ただ、写真撮ったのは6月も終わりの時期ですのであしからず。


代々木公園定期観測2017-1
写真1

ではいつもの歩道橋の展望デッキと名付けられた場所からの夜景でも。(写真1)
今回はこれだけ正方形アングルで。
風景的には特に変わった様子はないですね。(ほ、笑)


代々木公園定期観測2017-2
写真2

写真1からもちらりと見えている噴水のある場所にてぱちりと。(写真2)
こちらも特に変わった感じもなく、当日はぼんやりと噴水の色が変わるのを眺めていましたかね。しかも、まだ蚊がいないぎりぎりの時期だったので、ここを離れるときも快適でした。(笑)


代々木公園定期観測2017-3
写真3

ただですね、公園を訪れた日は、さっきの場所から南側(渋谷駅側)にあるイベント広場にて、アイドルグループのライブやっていたのですよ。(写真3)
グループ名はちょっと忘れましたけど、けっこう盛り上がってて、人もけっこういましたかね。
写真3はちょっと離れた歩道橋からのものです。
おかげで、当日は噴水のある場所にいるときもライブの音が聞こえてきていましたよ。

しかも、ここ最近不穏な情報が流れてきていて、この場所にスタジアムができるかもとかなんとかいううわさがあり今後どうなるかわからない場所でもあるんですよね。



動画

そして、今回は定点観測初の動画なども公開してみようと思います。
場所は写真1と同じところですね。
このあたりだと、すぐ背後にイベント広場があるのでかなりライブの音が聞こえていて、おかげで動画でもけっこう音拾うことできましたよ。
(画質面ではちと物足りないところもあるかなとは思いますが、それはおいおい勉強していくということでご勘弁を。)
とりあえず公園の日常と非日常をちょうど記録できたかもですね。


ということで、今回は音にも着目して定点観測してみました。
ではまた。


追記:20170913
記事を書いた時は、失念していたのですが、記事公開後に気になりちょっと調べてみたら、動画で流れているグループは、BISHというグループだということがわかったんですよ。ただ、そうは言っても、記事を修正するわけでもなくそのままにしていたのですが、今日ちょっとしたきっかけがあり、忘れないうちにこちらに追記しておくことにしました。
また、僕が偶然出くわしたフリーライブの様子も記事になっていましたね。これも今、調べてみたら見つかったのでリンクがてらです。
それにしても3000人もいたんですね。



住所
渋谷区代々木神園町2



今日は、ひさびさに七夕にちなんだ時事さんぽしてきました。

以前はよく七夕の時期には、都内をさんぽして時事イベントでもやっていないかなあと歩いたものですが、ここ数年はごぶさただったのですよね。
そんなわけで、ひさびさに7月7日の今日、原宿から渋谷方面にてくてくと歩いてみると、いくつかそれらしきものを見つけたので、今回は日記がてらのエントリーです。
(なので、写真も今日撮ったものばかりですよ。)


ひさびさの七夕さんぽ01
写真1

まずは、青山通り(246号通り)でみつけたものですね。(写真1)
七夕まつりというほどではなかったですが、なぜか青山学院大学前あたりのコーヒーショップ前に短冊がいっぱいつけられた笹竹がありました。

ちょうど階段途中に設けられていることもあり思わずぱちりと。(笑)
とりあえず、周りには人がたくさんいたので、なるべく写らないように、かつ階段もそれなりにいい感じで見えるアングル探しに苦労しましたかね。


ひさびさの七夕さんぽ02
写真2

あと、表参道ヒルズ内にもありましたね。(写真2)
ひさびさに中の階段でも見に行こうと(笑)、寄り道してみたらあったというわけなのです。
どうやら表参道ヒルズでは「占いフェス 2017 SUMMER」なるイベントがやっていて、そのイベント関連の笹竹と短冊のようでした。
ちなみに、今日は地下のイベントスペースで占いフェスのメインイベントもやっていたのですが、けっこう並んでいたので入りませんでした。(汗)

それはさておき、なんとも豪華な七夕らしい笹竹と短冊が見れたのはよかったかもですね。


ひさびさの七夕さんぽ03
写真3

せっかくなので笹竹と短冊をちょっと違った角度からもぱちりと。(写真3)
なんというか、このブログらしく階段とのコラボ写真にしてみました。(笑)


ひさびさの七夕さんぽ04
画像

最後は写真ではないですが、歌川広重の浮世絵シリーズ名所江戸百景のひとつ『市中繁栄七夕祭』などでも。
ここ数年は、七夕の時期に都内を歩いていても、なかなか笹竹と短冊の姿を見る機会が少なくなったような気がしますけど、江戸時代はこの浮世絵のようにそこらじゅうに、風物詩的な景色が広がっていたのですかねえ。

最近ではハロウィンの時のほうがこんな感じの勢いを感じる今日このごろですが、やっぱり七夕のほうももうすこしこういう風物詩的な景色を身近に体験してみたいものですなあと今日、渋谷界隈を歩いてみてしみじみと思ったのでした。


ということで、気がつけば、階段(坂道)とのコラボ写真ばかりとなり、めでたしめでたしという感じで、今回はこんな感じです。

さんべ坂と呼ぶそうです。
場所は、東京メトロ永田町駅からすぐの場所にあり、坂上は国道246号と接しており、そこから衆参の議員会館の方へと下っている坂道です。


三べ坂(NO.281)1
写真1

まずは坂上からのものなど。(写真1)
ちょうどこの後ろが、東京メトロ永田町駅が地下にある国道246号という場所ですね。
このあたりは比較的ゆるやかに下っている感じでしたかね。


三べ坂(NO.281)2
写真2

ちょうど写真1の右側には参議院議長公邸が隣接しているのですが、そこの出入り口あたりに、こんな感じで「華族女学校跡」なる石碑もありました。(写真2)
これは、かつて華族女学校がこの地にあったことからということみたいですね。
ちなみに、この碑、ちょっと調べてみたら戦時中の昭和18年に建てられた碑とのことみたいです。なので、戦災で燃えたり壊れたりしないように、こんな大きな石を削って、石碑にしたのかなあと思ってみたり。


三べ坂(NO.281)3
写真3

一気に坂を下り、坂の中腹あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみたものです。(写真3)
この坂道のビューポイントはこのあたりですかね。
これまでにも何回かここを通っていますけど、議員会館が整然と並んでいる様やらこの高低差感、ヌケ感にいつも「ほほー」と思ってしまう感じですね。


三べ坂(NO.281)4
写真4

ほぼ同じ位置ですが、すこしばかり下って、今度は坂上方向を見てみたものです。(写真4)
こちら側は、両側の立派な擁壁が印象的でしたかね。
こっちからだと意外と高低差感あるように見えていました。

あと、写真4の右側にちらりと見えていますけど、ここにも坂の碑があったのですが、雨風にさらされて文字が見えなかったのですよ。。
なので、坂の碑に書かれていたことを抜粋してくれている東京23区の坂道さんのサイトを参考にさせていただくとですね(平成5年くらいの内容ですが)、
『この坂を三べ坂といいます。「新撰東京名所図会」には「華族女学校前より南の方に下る坂を、世俗三べ坂という。昔時、岡部筑前守・安部摂津守・渡辺丹後守の三邸ありし故に名づくといふ」とあります。また、坂上の西側一帯は松平出羽守の屋敷で、松平家が赤坂門の水番役をかねていたところから、門前の坂は、水坂ともよばれていました。』
とのこと。

「水坂」なんて別名もあったんですね。
なるほど。



三べ坂(NO.281)5
写真5

もうすこし、坂を下り、坂下方向を見てみました。(写真5)
ここからだと、衆参の議員会館もかなり近いですね。
あと、昔はこの坂の左側、今はフェンスになっているところは、いい感じのかつての大蔵大臣公邸の名残りの赤レンガの塀が残っていたんですが、なくなってしまいましたね。。
なんというか大臣公邸のものなので、かなり気合い入れてつくられたはずの塀なので、ちょっともったいなかったかなあと今さらながら思っているのですが。


三べ坂(NO.281)6
写真6

写真5の位置からほんの少し下って、坂上方向を見てみたものです。(写真6)
こちら側から見るとここも高低差感ありますね。

あとはこの右側に赤レンガがあればさぞかし印象的な景色だったろうなあと思ってみたりもしますが、それはさておき、ここからは、坂道の風景とともに、遠くに見える坂上のいろんなビル群が印象的だったので、写真に残しておくことにしたのですよ。


ということで今回はこんな感じです。


(ひとこと)
今回撮った写真は、たびねすの記事「メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり」の回で取材した時のものばかりです。なので、時期的にはその頃(2016年12月)の写真です。


地図
千代田区永田町2-17あたり

(とりあえず、昨年のたびねすの取材ついでにまわった坂道の写真もたまってきたので、しばらくはそのあたりの坂道を記事にしてみようかなと思っていますよ。)


すわ坂と呼ぶそうです。
場所は、メトロ永田町駅の出口とも直結していて、東京ガーデンテラス紀尾井町にも隣接している坂道です。


諏訪坂(NO.280)1
写真1

ではまず、坂下からの景色でも。(写真1)
比較的緩やかな勾配具合でしたかね。
しかもここからでも坂上あたりが見えているほど距離の短い坂道でした。

左側には、東京ガーデンテラス紀尾井町の高層ビルがあるんですが、ここは赤プリがかつてあった場所でもあるので、今のビル名よりも、赤プリ跡地と言ったほうが分かる人も多いかもですね。

ちなみに、このすぐそばには、いつものように坂の碑がありましたので、いつものように抜粋しておくとですね、
『この坂を諏訪坂といいます。「新撰東京名所図会」には「北白川宮御門より赤坂門の方へ下る坂を名づく。もと諏訪氏の邸宅ありしを以ってなり。」と記されています。道路の向かい都道府県会館の敷地には、江戸時代に旗本諏訪家が長期間屋敷を拝領していました。また、別名を達磨坂ともいいますが、旧北白川宮邸が紀州藩であった頃、その表門の柱にダルマに似た木目があったため達磨門とよばれ、その門前を達磨門前、坂の名も達磨坂と人々は呼ばれたためです。』
とありました。

坂の碑に書かれていたことも含めて、ちょっとした史実なんかについては、たびねすの記事の諏訪坂の項で書いてますのでそちらを見てくださいな。


諏訪坂(NO.280)2
写真2

前からだったのかは忘れましたが、東京ガーデンテラス紀尾井町の敷地内に「空の広場」という広場があるんですが、これがちょうど今回の坂下あたりと隣り合っていたのですよね。(写真2)
写真2は、広場側から坂道を見た写真ですけど、こんな感じになっていたのですよ。

ちなみにちなみに、東京ガーデンテラス紀尾井町のHPにも「空の広場」の記載があったので、抜粋しておきますよ。
『赤坂御門の歴史的遺構を保存しつつデザインに取り込んだ「空の広場」は、開放的でフラットな空間。東京メトロ永田町駅の出入口に近くアクセスしやすい位置にあり、イベントの開催など様々な用途に最適です。また、広場の高台からは、弁慶濠が見下ろすことができるなど、気持ちの良い眺望が広がります。』
まあ、赤坂御門のことはほぼ触れず見た目のことをそのまま書いているみたいですね。


諏訪坂(NO.280)3
写真3

そんなわけで、一気に坂上あたりまでやってきて、坂下方向を眺めてみました。(写真3)
左側は都道府県会館の敷地みたいなのですが、そこの空地と歩道が一帯になっていたので道路部分とあわせると道幅自体がけっこう広く見えていましたかね。
しかも遠くに見えるビルもちょっと雰囲気が一味違う外観のビルなので、やはり目がいってしまいますね。


諏訪坂(NO.280)4
写真4

そして、坂上あたりからさらに坂上方向を見ると、左側には、赤坂プリンスクラシックハウスが見えていましたよ。(写真4)
これは赤プリ時代からあった建物ですよね。
まあ東京ガーデンテラス紀尾井町ができるのにあわせてある程度はお化粧直しもされたみたいですけど。


諏訪坂(NO.280)5
写真5

最後は赤坂プリンスクラシックハウスのそばにあった「煉瓦基礎遺構」ですね。(写真5)
近くに案内看板があったので、一部を抜粋するとですね、
『2011年、旧李王家東京邸(現赤坂プリンスクラシックハウス)の保存工事の過程で地中より北白川宮邸洋館の煉瓦基礎が発見された。(略)洋館は煉瓦造2階建の壮麗なゴシック建築で、設計者はジョサイア・コンドルであった。』
ということだそうです。
そして、北白川宮邸洋館の跡地に今の赤坂プリンスクラシックハウスがあるというわけですよね。
(なお、案内看板に書かれていたことをかなり省いてしまいましたので、気になる方は現地でどうぞ。(笑))


なお、今回撮った写真は、たびねすの記事「メトロ永田町駅の富士見坂と赤プリ跡地界隈史跡めぐり」の回で取材した時のものばかりです。なので、時期的にはその頃の写真です。
とりあえず記事では2枚しか掲載できなかったので、こちらでも書いておくことにしました。
ということで、今回は、こんな感じです。

地図
千代田区平河町2あたり

たびねすの東京タワー界隈の坂道を取り上げた時(昨年の9月の記事)にあわせて東京タワー界隈もまわったのですが、そのときにちょっと気になる建築物を見つけたことを写真を見直していて思い出したので、今回はメモもかねてです。


金地院をぶらり1
写真1

東京タワーの真向かいに金地院というお寺があるのですが、その本堂がなんとも現代的なつくりだったので、写真に納めておいたというわけなのです。(写真1)
ふつう、お寺の本堂といえば、木造のあのつくりのパターンが多いわけですが、ここはちょっと違う感じでしたね。
こういう現代的なつくりの寺院といえば、築地本願寺をまず思いだしますし、もしかしてと思って設計者も調べてみると、伊東忠太ではありませんでしたが(笑)、坂本鹿名夫という建築家の方が設計したもののようでしたね。(検索してみたら興味深い記事がでてきたのでリンクしておきますね。)
つくりてきには、上からみると六角形になっていて、屋根にはなにやら不思議なオブジェもみられますね。


金地院をぶらり2
写真2

別角度(写真1の左側)からみるとこんな感じでした。(写真2)
ちなみに、この本堂は、昭和20年の東京大空襲によって以前あった本堂は消失してしまい、昭和29年(1954年)に再建されたもののようですね。(調べてみると、1956年新築という説もありますけど、とりあえず。)
なので築63年くらいですかね。
見た目は、さすがにお寺ということもあってメンテなどもそれなりにされているのか、つくりがシンプルなためなのか、それほど古さは感じないかもですね。
ただふつうの神社仏閣でこれくらいの築年数だとあまり驚かないのですが、つくりがまさにコンクリの現代風な建物だったので、これ知った時は、ちょっとだけ「え!」という気持ちになりましたけど。


金地院をぶらり3
写真3

そんなこんなで最後は、境内から東京タワーも見えていたのでぱちりと。(写真3)
まあ、こんな立地の場所だったのですよ。
なお、このお寺の公式HPのようなものはなかったですが、「霊場紹介」というサイトさんが、詳しい感じですので、お寺の史実などを知りたい方はそちらをどうぞ。

あ、あと、このお寺は、前にこのブログでもとりあげた、東京タワーの坂にも面しているんですよ。当時の記事ではこのお寺やら本堂の建物のことはスルーしてますけど。(笑)


ということで、今回はさらりとこんな感じです。


地図
港区芝公園3-5

なんとなく、自分の中で話が広がってきだしたので、今回はメモをかねての記事です。


ここ数年は、パソコンサイトにてグーグル検索などで「坂道」と検索しただけでは、それほどの変化はあまり感じられないのですけど、SNSで「坂道」と検索するとですね、トップアイドルの動向がわかってしまうという不思議な現象が起こっているのですよ。

まず、SNSで最近、僕が「坂道」検索して見つけた記事がこちらです。
→『ツイート数の多い「坂道AKB」とは?』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/111200014/032300036/

これを読むとここ最近のヒットチャートに「乃木坂46」やら「欅坂46」などの名前がでているとおりで、これらは坂道グループとよばれるアイドルグループの名前です。
そして、どうやら今時の若者はSNSを利用して、これらの人気グループ名をつぶやきに加えて頻繁にツイートしているみたいなのですよ。
そのおかげで、さきほどのトップアイドルの動向が「坂道」検索でわかってしまうという現象と書きましたが、このような事態につながるということですね。(笑)

なお、記事のタイトルにもあった「坂道AKB」とはこんなグループみたいです。(「坂道」検索で見つけたミュージックビデオがありました。)


坂道AKB


さらに、アイドル動画ばかりで、申し訳ないですが、先日SNSで、同様に「坂道」検索していたら、さらに新たな動画も発見しました。
それがこちらです。↓


欅坂46

さきほどの記事の中のヒットチャートにもでてきた欅坂46の「W-KEYAKIZAKAの詩」という曲のミュージックビデオ(=MV)です。
こちらはさきほどのチャートの曲とは違いますが、最近公開されたばかりの動画みたいですね。
この曲やMVに関する感想はまあいくつかありますけど、やはり、歌詞が坂道の歌(坂道をテーマにした曲とも言えますかね)にもなっているのが一番気になったポイントでしたかね。
あとは、これまでのことやグループの細かい並び順とか上下関係とかそのへんのことはわかりませんけど、各メンバー全体のカメラとの距離のとり方や映像の雰囲気が、個人的には、アニメ映画「耳をすませば」のエンディングロールをちょっと思い出してしまいましたよ。

ちなみに、「欅坂46」については、「鳥居坂46」になったかもしれなかったグループであることもおまけエピソードとしてありますよね。
なお、この「鳥居坂46」については、乃木坂と同様に実存する鳥居坂をモチーフにしていたみたいです。
実存する鳥居坂については、以前にたびねすの記事でも書いておりますよ。そういう意味では、まぼろしの鳥居坂46のエピソードのことも記事に一言いれておけばよかったかなとすこし後悔してみたり。(笑)

そんなわけで、なぜ急にこの記事をと思う人もあるかもですが、やはり坂道マニア(こう書くとまたどっちのこと言ってるかもわからなくなる人もいそうですが・・・。)としては、実存する坂道に加えて、坂道をテーマにした曲や坂道シーンが印象的にでてくる映画についても、ちょくちょく集めているので、このブログでも紹介してみることにしました。


ということで、坂道芸能民俗学的視点をおりまぜつつも(笑)、彼女たちのおかげで、「坂道」なるものが一般的にも楽しいものだというイメージを若者にはじまり色んな人に定着させてくれているかもしれないわけで、そういう意味でもちょっとした感謝もこめてこの記事を書いて残しておくことにしました。
では今回はこんな感じです。

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